「先……生……?」  
 戸惑った様子で、もう一度呼び掛ける洋子。  
 そんな彼女を強く抱き、その束縛と力を緩める事のないこの腕。  
 
 今ならまだ、間に合う。  
 
 今一度この濁った感情を抑え込み、腕の力を緩めてしまえば、全ては俺の心中だけのざわめきで済む。内なる激情を彼女にぶつけるような、みっともない姿を晒さずに済む。  
 わかっている。わかっているが……  
 
 
 ──どうして止める事など出来ようか。  
 
 
「んん……ふっ、ぅん……」  
 押さえた背を離さぬまま、淡い色の唇を塞いだ。柔らかくも弾力のあるそれの隙間に舌をねじ込み、洋子の口内を掻き回す。  
 上体を起こしつつ、横ざまに捕らえたままの細い体を自身の体の下に追いやり、覆い被さるようにして口付ける。合間に呼吸を整えようと試みる彼女の頭を手で押さえ、動けぬように固定した。  
「んん……!んっ、ぐ……ふっ、んんぅっ」  
 顔を朱に染め、眉間に皴を寄せる洋子。苦しげに訴えるその目に僅かに浮かぶ涙。嗜虐をそそる表情を間近で目に焼き付けながら、口腔に唾液を流し込んだ。  
 
 重ねた口の隙間から収まりきらなかった唾液が溢れ、口端に生温くぬるりとした感触を纏わせる。  
 
 僅かに隙間から零れる熱い息と、間近で嗅ぎ取る事の出来る彼女の匂いに意識が荒みを増し、まともな思考が押し流されてしまいそうだ。  
 彼女の潤んだ瞳の焦点がぼやけてきた頃、顔を離し唇を解放した。  
 漸くまともに空気を取り込めるようになり、彼女は胸を激しく上下させて呼吸している。  
「あぁっ……はあっ、はあぁ………」  
 口を半開きにしたまま、彼女は喘いでいる。口の周りに付いた唾液を拭う余裕もないらしい。  
 愛らしくも美しい顔が涙と唾液に乱されるさまに、衝動は熱を増すばかりだ。もっと汚してやりたい、掻き乱してしまいたいとさえ思う。  
 落ち着く暇を与えてやるつもりなどなかった。いくらか火照った肌に舌を這わせ、呼吸に合わせて大きく上下する胸を掴んだ。彼女の息が再び詰まり、堪えるような声が小さく漏れる。  
 五指を動かす度に、掌からはみ出た乳房が形を歪める。圧迫によって白い柔肌にほのかに赤みがさしていくのが、指の隙間から見えた。  
 
 片手で乳房を捏ね回しながら、もう一方の膨らみの先端を口全体で包んだ。  
 硬くなり始めている突起を舌で何度も転がし、そこにぬめった感触を擦り付け、広げる。  
「あ……やぁっ、せっ……せん……せ……」  
 途切れ途切れの小さな呼び掛け。  
 顔を上げると、洋子が熱っぽい目で俺を見下ろしている。  
 行為への恥じらいと、快感に意識を侵される事への悦びと戸惑いに潤んだ瞳。これまで身体を重ねる毎に、俺の欲求を満たし続けてきた視線。  
 
 ……だが、まだ足りない。  
 
「ぃっ……!」  
 乳首を強く噛み、肌に食い込ませた手に更に力を込めて膨らみを押し潰した。甘く蕩けるような声が一転し、鋭い痛みに耐える苦しげなものへと変わる。  
 きっといつもなら、彼女が痛がった所で行為をやめていただろう。そもそもこんな乱暴な愛撫はしなかった筈だ。  
 
 ──この胸も、温もりも、かつてはあの男の手の中にあった。  
 
 そう思うだけで、自分でも信じ難い程の黒い熱に思考を乱される。今更蒸し返しても、詮なき事だというのに。  
 
「あぁ……ん、や……ぁっ」  
 ぴんと張り詰めた胸の頂きを唇で挟み、音を立てて吸うと、洋子はまた小さな甘ったるい声を上げ始めた。  
 
 舌先で突起を転がし、つつき、更に胸全体を貪るように舐めしゃぶり、赤らんだ柔肌を唾液で汚していく。  
 
 攻めの手を緩める事なく肢体を湿らせ、掌の感触を刻み込んでいると、耐えきれなくなったのか、彼女の手が俺の腕に触れ、そっと押し戻そうとした。  
「……どうした。嫌になったか?」  
 そう問いながらも、胸を弄る手は決して止めない。止めてやるつもりなどない。  
 きっと彼女が嫌だと言っても、この手を離す事はなかっただろう。  
 洋子は小さく首を振り、艶めいた唇を開かせた。  
「あ……あの、先生……んっ、もしかして………その、怒って……ます?」  
 遠慮がちな言葉が僅かに震えているのは、未だ途切れぬ愛撫の為か。  
「なんだかいつもより………んっ……ぁっ、荒々しく……て……ぇっ!」  
 また一つ、汗と唾液に塗れた肌に鬱血の痕を刻んだ。今度は顔を上方に持ち上げ、うなじや耳裏の辺りに幾つも。  
「………怖いか?」  
 彼女の問いには答えない。どうせ嘘を吐いても、見透かされてしまうから。  
 それがわかっているからこそ、そんな彼女が愛しくて、憎らしい。大事に抱いてやりたいのに、虐めてやりたくもなる。  
 
 洋子はまたゆるりと首を振り、腕を掴んでいた手をそっと離した。  
「……大丈夫……です」  
 
 ……また、そんな風に笑うのか。  
 そうやって、俺を気遣うような事ばかり──  
 
 いかなる時にも俺の気持ちを安らがせてくれた優しい笑み。今はそれさえもが、この歪んだ欲望を猛らせた。  
 
 ──気遣い微笑む余裕さえなくなる位、彼女を貪ってやりたい──  
 
 彼女の上から身を離し、閉じられていた細い足を大きく開かせる。  
 既にいくらか濡れている秘裂。ゆっくり解きほぐしてやる為ではなく、引っ掻き回して蜜を搾りとる為に指を突っ込んだ。  
「くぅ、んっ……あっ、や……あぁ!」  
 苦しそうな、それでいて甘く悶えるような声を上げる彼女に構わず、二本の指で膣肉を拡げ、内部の淫液を外に掻き出した。  
 白い濁りを含んだ蜜が、震える花弁を更に艶めかせ、そこに漂う女の匂いを濃厚なものにしていく。  
 陰唇を覆うように口付け、溢れた愛液をずるずると啜ると、恥ずかしいのか、洋子がふるふると首を振るのが見えた。  
「んうぅ……ふっ、ぅん……ん……く……」  
 声を押し殺して快感に耐える彼女。俺の頭を除けようと触れる手を払い、もう遮る事が出来ぬよう陰核を軽く爪で引っ掻いた。  
 
「ひぁんっ!!」  
 
 裏返った悲鳴が小さく響き、酩酊するような心地よさをもって欲情した意識を満たそうとする。だが、それでもまだ──  
 
「……足りないな……」  
 
 この程度で淀みを孕んだ欲を晴らす事など、出来る筈がない。俺の事以外何も考えられなくなる位、彼女を狂わせてやりたい。  
 指に粘つく愛液をねぶると、腿に手を添え広げさせ、滾る自身をいくらか扱き、陰唇に亀頭を宛った。震える肉の花弁に先端を浸し、やや強く押し入れる。  
「んっ……くうっ………!」  
 淫液に塗れたそこに自らの怒張を押し込むと、洋子の腰が震え、中がきゅっと締まるのがわかる。半ばまで挿れたところを圧迫され、一つ吐息が漏れた。  
「あぁ……ん、先生………」  
 噛み締めるような呼び掛け。繋がる温もりに嬉々とした瞳。  
 ……可愛すぎて、眩暈がしそうだ。  
 彼女に飲み込まれて我を忘れてしまいそうになるところを、腰を突き動かす事で堪えた。  
 絡む媚肉を掻き分け、熱く溶けそうな胎内に己を通し、より奥へ届くようにと抜き差しを繰り返す。  
 茂みの下で出入りを続ける自身は、彼女の蜜に包まれてぬらぬらと妖しく光っている。  
 
 熱を帯びた粘液を纏った強張りを突き立てる度に、膣は吸い付くように棹に張り付く。  
 そして幾度となく蕩けるような刺激を俺に与えてきた。  
 
「やんっ!あぅっ……あっ、はぁっ……んんぅっ!」  
 
 互いの陰毛が交ざる程深く打ち付け、肉杭が抜け落ちそうになる程に腰を引き、その動作を徐々に速めていけば、すぐ傍から上がる嬌声は更に甘さと大きさを増していく。  
 
 縋るような呼び声も、重ね合う悦びに震える瞳も、今は俺に向けられている………そう、"今"は。  
 きっとこれと同じものが、あの男に向けられていた時があった。もしかしたら、今以上に歓喜に満ちたものであったかもしれない。  
 過去を過去として割り切れないでいる自分はどうしようもなく惨めで、滑稽なものにさえ思える。  
 それでも……体を繋げる度に、思わずにはいられない。  
 
 こんな風に乱れ、快楽に身を焦がす彼女を見る事が出来るのは、俺だけでなければならない。  
 そんな彼女の欲求を満たしてやれるのも、俺だけでなければならない。  
 
 ………俺だけであるようにしなければ。  
 
「んく……あっ!はっ、あ、ああっ、あうっ!!」  
 
 押し付ける腰に勢いをつけ、淫液が飛び散る程激しくペニスを打ち込んだ。  
 喉をがくりと反らせ、泣いているような声を洋子が漏らす。  
 勢いあまって太股に添えた手の力が増し、指が白磁のような肌に食い込み、小刻みに揺れる身体の温もりがより深く伝わってきた。  
「ひっ、く……ぅ……あっ……ああぁっ……」  
「っ……くっ………」  
 
 手足を突っ張らせ、びくびくとわななく手折れそうな身体。ぎちぎちと俺を締め上げる胎内。  
 思わず欲望の丈をぶちまけてしまいそうになり、ぐっと息を詰めた。  
 堪えながら顔を上げると、未だ震えの止まらぬ彼女の眼は大きく開かれ、虚ろに宙に向けられている。  
 同じく開かれたままの口からは消え入りそうな声が零れ、小さな舌が覗いている。恐らく昇り詰めてしまったのだろう。  
 快感の頂きに意識を浮かばせて喘ぐ唇に、正気を失くして淫悦交じりに流される涙。  
 思考を乱すものばかりを振り撒かれ、自身の猛りも解放してやりたいと思うが、まだ駄目だと抑制をかける。  
 まだ鳴かせ足りない。もっと狂わせてやらなければ。  
 
 膣圧が幾らか和らいだ頃、少し勢いをつけて怒張を抜き出した。  
 名残惜し気に絡む肉の感触に愛しささえ覚えるが、まずは耐えて下半身を離す。  
「……先生……?」  
 絶頂の余韻に小さく震えながら、洋子は戸惑いがちに俺を見上げてきた。  
 当然だろう。  
 いつもなら互いに達し、自身の餓えが満たされきるまで、彼女の中から抜け出したりする事はないのだから。  
 だが勿論、このまま終わらせてやるつもりなどない。脱力しきった体を俯せにし、引き摺るように彼女の足を広げさせる。  
 そして腰を引き寄せ、やや愛液に濡れた弾力のある双丘を持ち上げた。  
「あっ………」  
 まだひくついている茂みに陰茎を宛うと、洋子は小さく声を上げた。そしてなんとか体勢を変えようともがき始める。  
 後ろから挿れるとかなり奥まで攻められるのだが、どうやら彼女はこの体位が好きではないらしい。恥ずかしげに首を振り、やめてほしいと訴えてくる。  
 しかし力の抜けきった体では抗える筈もない。前に押し出ようとする腰を強く押さえ、一思いの内に貫いた。  
「あぅっ!!」  
 達したばかりでくたりと弛緩していた体が、再び大きくはねた。溢れんばかりの愛液に満ちてとろとろの膣壁が纏わり付いてくる。  
 
 きつく締め付けるだけでなく、快感を引き出す為に吸い付いてくる肉の感触に思考を乱されつつも、彼女の全てを味わいたくて後ろから腕を伸ばした。  
 そうして律動に合わせて揺れる胸を、両手で強く、ゆっくりと揉み解す。  
 
「あ……んっ、あぁっ!せ、せんせ……っ……ひぁ、いやぁ……っ!」  
 
 必死で首を振り、この腕から逃れようとする彼女。  
 だが上半身を前に突っ伏して息を詰まらせる洋子の声はやはり甘く響き、本気で嫌がっているようには思えない。  
「嫌……か」  
 耳元に吹き掛けるように、そっと囁く。  
「本当に?」  
 問い掛けた刹那、抜き差しに合わせて動いていた身体が、それとは別の意味で震えたのを、俺は見逃さなかった。  
 速度をいくらか緩め、裏筋でざらつきが密集した箇所のみを何度も攻める。  
 奥深くまで貫いた時よりも気怠げな声を出す彼女の頭を押さえ、顔をこちらに向けさせると、理性の光を失いかけ、陶然とした様子の目が視界に入った。  
「ぃぁ……あぁっ……んっ、ふっ、うぅ……」  
 こんな表情で告げられる"嫌"に真実など微塵も含まれていない事位、すぐにわかる。  
 
「そんな顔をして……」  
 
 口の端が自然と歪むのがわかる。きっと今の俺は、ひどく意地の悪い顔をしている違いない。  
 
「全然説得力がないな」  
 
 乳房を掴んでいた手を離し、両の手を腰に回した。余裕を滲ませる言葉を吐いてはみたが、もう、限界だ。  
 
 一旦自身をぎりぎりまで引き抜き、内壁を削ぐように引っ掻き回す。  
 他の場所を愛してやるだけの猶予もないが、今はどうでもいい。  
 解放を主張する熱の塊を奥の奥まで注ぎ込み、この女を俺で満たし尽くせれば、それでいい。  
「──ひっ!?……ぅく、あく、ぁっ、あうっ、ああぁんっ!」  
 速まる抽迭に根を上げ、言葉として意味を成さぬ声ばかりを吐き散らかす洋子。そこにはもう、形ばかりの拒絶さえ見られない。  
 俺だけを受け入れ、余計な思考を失くし、絡め合う悦びに咽ぶ彼女の姿に、喰らい尽くすような陰鬱な欲望がじわじわと満たされていくようだった。  
「ひぅ……っ!!あっ……!あぁぁっ………」  
 甘やかな悲鳴が高く鋭くなった瞬間、洋子の白く細い背が反り返り、肉襞が収縮し、自身が圧迫された。  
 
「うぐっ──!くっ……ぅ……」  
 
 目の奥で、光が弾けた。  
 
 体が強張り、腰の動きが止まる。  
 そればかりか、指一本すらまともに動かせなくなる程の快感に我を奪われ、精が放出されている事に気付くのに少し時を要した。  
 自身と彼女を共に満たしているという事実が、胸の内のくだらない苛立ちを溶かしていく。想いの全てを重ねているという実感が、心身の隅々まで染み渡っていく。  
 それらが堪らなく愛おしくて、束の間瞑目して意識の内に刻み込んだ。  
 
 
 
  *  *  *  *  *  
 
 
 
「………洋子」  
 長くも短い至福の後、繋げた箇所をゆっくり離した。  
 萎えた自身と花弁との間から粘液が溢れ出るさまに昂ぶりを覚えない訳ではないが、今少しこの幸福感を味わっていたかった。  
「………………」  
 吐息混じりに呼び掛ける声に、彼女は答えない。足を広げて俯せたまま、顔をシーツに埋めてしまっている。  
 
 ……やりすぎただろうか。  
 こんな風に強引にした事はなかったから、気を悪くしたのかもしれない。  
 そんな事を思いつつティッシュを取り出し、まだ体液を纏ったままの自身を拭う。  
 その間にも洋子は動かない。聞こえるのは、規則正しい呼吸音のみ──  
 
「…………?」  
 
 処理を終え、彼女の方を見やる。乱れて顔を覆ってしまっている髪をそろそろと払い、表情を窺った。  
 
「………………」  
 
 眠っている。  
 
 ……というより、気を失ってしまったのだろう。しばし前まで荒かった呼吸は既に落ち着いていて、その表情はどこか安らかだ。  
 
「やはり、やりすぎたかな……」  
 まだほのかに赤い柔らかな頬を撫でながら、自分の自制心のなさに苦笑した。  
 もう少し気を遣ってやれたら良いものを。こんな事だから、彼女に心配ばかりさせてしまうのかもしれない。  
 
 ……だが、気持ちはいくらか軽やかだった。  
 どんな形であれ、俺の前で見せてくれる姿こそが、他ならぬ俺だけの彼女なのだと気付けたのだから。  
 
 例えばこの先、彼女との道程の中で、またあの男の影がちらつく事もあるかもしれない。  
 ……同じように、身勝手な苛立ちを覚える事もあるかもしれない。  
 
 それでも俺は俺のまま、彼女を傷つけずに傍にいられる存在でありたいと思った。もっとも、出来るかどうかはわからないが。  
 
 しかし今のところは……  
 
「まだまだだな……」  
 
 再び一人ごちながら、洋子の額にそっと口付けた。  
 

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