肌寒い冬の夜―  
 
まだ春の訪れは遠く、外を往く人々は白い息を吐きながら、ネオンに彩られた夜闇に自らの欲望を満たすものを求めてさまよう。  
そんな夜の賑わいの中に、秘やかに点るように、客の訪れを待つ店が一つ。  
 
「バーかすみ」。  
 
その店のオーナー、天沼かすみは一人静かにグラスを磨いていた。客は誰もおらず、店内にはゆったりした曲が流れているだけだ。  
 
……ややあって、カラカラと音を立てて扉が開き、今夜一人目の客を迎え入れる。  
「いらっしゃいませ」  
「あぁ…」  
かすみの声に客は少し頷いて応え、いつものスツールに腰掛ける。  
「…何になさいます?」  
「……あぁ…いつものを」  
彼が頼む酒は大抵決まっている。慣れた手つきでグラスに琥珀色の液体―カミュを注ぎ、つまみと共に差し出す。  
「どうぞ」  
「…ありがとう」  
彼はグラスを取ると一気にそれを煽る。  
その様が、まるで何かを振り払おうとしているように見えて、かすみは気遣わしげに見つめていた。  
 
 
どれ位の時間が流れたのだろう。  
既に途中でやって来た客達は帰ってしまい、店内には最初の客とかすみだけとなっていた。  
彼は何杯目かのカミュに口を付け、ゆっくりと飲み干す。  
 
「あの…神宮寺さん、それ位にしておいた方が…」  
ようやくの思いでかすみは男―神宮寺三郎を制す。酒を何杯も飲み続ける彼の姿はひどく淋し気で、止めるのは忍びないような気がして、今に至るまで声を掛けられなかったのだ。  
神宮寺は空のグラスから視線を持ち上げ、目の前のオーナーに焦点を合わせる。  
「ん……すまない。閉店の時間か?」  
そう呟くと、ゆっくりとスツールから腰を上げようとする。その足はやや心許ない。  
「いえ…でも、お酒はそろそろ止めた方がよろしいかと…」  
「……」  
かすみの言葉に神宮寺はグラスから手を離す。そしてどこか所在なげにカウンターに視線を落とした。  
 
しばしの沈黙―  
 
神宮寺は何を考えるでもなくぼんやりと煙草を吸い、かすみは客の去ったテーブルの上を片付けている。  
「…あの…」  
「……?」  
かすみはテーブルを拭く手を止め、掛ける言葉を探した。だがそれらしい言葉も見つからず、再び手を動かし始めた。  
「…いえ、何でもありません…」  
「…あまり居座っていては、邪魔、かな…」  
「いえ、そんな…まだお店を閉めるまで時間はありますし」  
「そうか…」  
 
「……」  
「……」  
「………」  
 
「…今日は、まなみがいないんだな」  
今更気付いたように、神宮寺が呟く。  
「ええ、友達の家に泊まって来るって言ってました」  
「そうか…」  
かすみが少し意地悪そうに微笑む。  
「私が相手じゃご不満ですか?」  
神宮寺は苦笑した。  
「まさか…ただ、うるさいのがいないから気になっただけだよ…」  
「フフ…」  
かすみは柔らかく微笑んだ。  
「やっと笑ってくれましたね」  
「ん…?」  
「なんだか、ずっと沈み込んでらっしゃるようでしたから…」  
「俺が…?」  
「ええ」  
「……」  
神宮寺は再び空のグラスに目を落とす。  
「…すまないが、やはりもう一杯もらえないかな」  
「……」  
かすみはそっと息をつくと、店内を出て行き、やがて戻って来た。  
「かすみ…?」  
不思議そうに見つめている神宮寺の元に歩み寄り、かすみは彼のグラスに酒を注ぐ。  
「今日はもうお店はお終いです」  
そう言うと、もう一つグラスを取り出し、酒を注いだ。  
「一緒に飲ませてもらって構いませんか?」  
かすみは神宮寺の隣に座って微笑んだ。  
 
「大丈夫か…?」  
「……」  
神宮寺はかすみに声を掛け、彼女の手からグラスを遠ざけた。一時間程酒を飲みながら他愛のない話をしていたのだが、酒に弱いかすみは、案の定酔いが回ってしまったらしい。ぼんやりした様子で、体が微かに揺れている。  
このまま放って置くのも心配だったので、神宮寺はとりあえずソファーに彼女を座らせた。  
「かすみ…大丈夫か?」  
もう一度尋ねると、かすみは辺りを見回した。  
「神宮寺さん…あら…グラスは…?」  
(まだ飲む気なのか…)  
「もう止めておいた方がいいだろう」  
半ば呆れつつかすみを制すと、細い腕が神宮寺の袖を掴んだ。  
「フフ…まだ大丈夫ですよ…」  
そう呟く彼女の眼は艶を帯びていて、思わず神宮寺は目を逸らす。  
「いや、今日はもう…」  
「フフフ…」  
甘く温かな吐息が、彼の耳に優しくかかる。  
「酔った女の相手なんて出来ませんか…?」  
そのどこか試すような楽しげな響きに、神宮寺は不意に目を据えた。  
「分かってるか…?」  
「はい…?」  
「今…俺と君しかいないんだぞ」  
欝屈と、いつも以上のペースで飲んだ為の酔いと、そして今のかすみの様子とに揺さぶられ、彼自身の理性は揺らぎつつあった。  
 
そんな神宮寺の心中を知ってか知らずか、かすみは再び笑みを浮かべて耳元に囁く。  
「…だからこうしているんじゃないですか」  
酔っている為か、自ら誘うように腕を絡ませてくる。  
「…なら…」  
神宮寺はジャケットを脱ぎ捨てると、かすみの頬に手を触れる。  
「君も、共犯だな」  
そして柔らかな唇に自身のそれを重ね、彼女もろともソファーに倒れ込んだ。  
 
触れるだけの口付けを交わしながら、頬に触れていた手を柔らかな髪へと伸ばす。結われていたそれをそっと解くと、ほのかな照明によく映える栗色の髪が零れ落ちた。  
神宮寺はかすみの唇に舌を割り込ませ、口内を味わった。酒の匂いのする互いの唾液が音を立てて混ざり合う。  
「んっ……んん…」  
かすみは神宮寺の舌をただ受け入れていたが、やがて激しくなってきた動きに合わせて舌を絡め始める。その吸い付いてくるような感触に、神宮寺はますます己を昇ぶらせてゆく。  
指通りの良い髪に手を埋もれさせながら、もう一方の手は細い首筋に這わせ、鎖骨を辿り、やがて豊かな膨らみに行き着いた。服越しに伝わってくる、柔らかくも弾力のある膨らみ。  
 
滑らかな衣服の上から愛撫していると、かすみはもどかしそうに着衣を下腹部辺りまで下げ、下着を露わにした。  
薄暗い照明の中、白く美しい肌が、神宮寺の意識の内の欲望を駆り立てていく。  
窮屈そうな胸を解放すると、外から目に映っていたもの以上に豊満なそれが姿を表した。  
唇を解放し、両手で胸を揉みしだく。かすみは飲み込みきれなかった唾液を口端から垂らしながら、沸き上がってくる官能を味わい始めた。  
「あっ、はあぁ……んん……」  
彼女の甘い喘ぎに、思わず胸を弄る手に力が篭る。手だけでは物足りなくなって、硬くなり始めた胸の突起を口に含んだ。  
舌で転がし、唾液で濡らし、軽く歯を立てて、彼女の意識を責め苛んでいく。下から持ち上げるようにして唾液と汗でヌルついた乳房を揉みほぐしていると、かすみは少し喉をのけ反らせ、吐息を吐き出した。  
「ん…はぁっ…や、あんっ…」  
声を震わせ、彼の頭を抱き締めながら、かすみはその身体を目の前の男に捧げている。  
綺麗な曲線を描くウエストに手を回すと、快い温もりが掌に伝わってきた。神宮寺は胸から腹部へと舌を落とし、熱い吐息を吹き掛ける。  
 
かすみの細くも弾力のある腿の感触を楽しみながら、スカートをたくし上げると、太股の付け根にある彼女の秘部を下着越しに撫で上げた。  
「…随分濡れてるな…」  
「や…言わないで下さ―」  
かすみの言葉が終わるのも待たずに、神宮寺は指の動きを早める。秘肉に下着が食い込み、指を押し付けた場所をじわりと湿らせる。  
「ぁっ…やぁっ、ぬ、脱がせて下さい!お願…いっ…」  
下着が汚れるのが嫌なのか、かぶりを振って懇願している。その様に一層掻き立てられ、神宮寺はやや乱暴に恥部を覆う布きれを剥ぎ取り、両の足を押し開かせ、女の秘められていた箇所を露わにした。  
茂みの下に息づく柘榴のような色の花弁。閉ざされてはいるが、そこは既に、己を高みへと導いてくれる存在を欲してじっとりと湿り、女の匂いを漂わせている。  
両手の指で秘孔の入り口を広げると、わずかに男を誘う蜜が零れ、その少し上にはつんとした突起が姿を見せている。神宮寺は愛液をその突起に擦りつけ、秘部にそっと指を挿し入れた。かすみはビクッと腰を震わせる。  
「あっ…!」  
 
きつく締め付けてくる膣内を探るようにして掻き回す。ひどく卑猥な音を立てて指の侵入を受け入れるそこは、まるで生き物のように蠢き、愛液を指にまとわり付かせてきた。  
もう一方の手は陰核に添え、爪で引っ掻き、摘み上げる。  
「ひっ…ああぁ…んっ、くぅっ…んんっ…」  
無骨な指にしては繊細な愛撫に、かすみに残されていた僅かな理性さえもが溶かされていく。  
膣を弄る指は二本に増え、神宮寺の手の甲にまで蜜が伝っていた。  
彼女自身から響く淫らな音が、店内に流れる曲に混じり奇妙な不協和音を奏でている。それがまた、二人の意識を甘く激しい高みへ誘う。  
「っ…じ…んぐうじ…さ、ん……はぁ…!」  
自分に縋るような甘い声に、神宮寺の中の嗜虐心は益々高まり、秘所の中の指を思いきり拡げた。  
「ぃっ…あっ、あああぁーーっ…!!」  
痛みとそれに勝る快感とによって、かすみの意識は一気に弾け、背を反らし、透き通るような声を響かせた。  
くたりとかすみの体から力が抜け、ソファーにその身が沈められると、神宮寺は耳朶にそっと口付けた。ふわりと香る髪が彼の欲望を掻き立てるが、それに反し、神宮寺はゆっくりとかすみの体を離す。  
「…大丈夫か…?」  
「…あ…は…」  
 
神宮寺がまだ絶頂の余韻に浸っている彼女の衣服を整えてやろうとすると、かすみが戸惑った表情を浮かべた。  
「あ…やめてしまわれるんですか…?」  
「…このまま最後までする訳にはいかんだろう…」  
彼女の潤んだ瞳を見ないようにして言う。当然の事ながら、神宮寺は避妊具など持ってはいなかった。  
「あの…」  
かすみは不意にスカートのポケットを探り、中から何かを差し出した。その手の中にあるのは、コンドーム。  
「……」  
神宮寺が少し驚いて彼女を見ると、かすみは顔を赤らめ恥ずかしげに告げた。  
「そっ…そういうお客様もいらっしゃるものですから…」  
「…そうか…」  
「あ…でも、ちゃんとお断りはしているんですよ?なるべくそうならないようにはしているんですけど…」  
言い訳じみた事を口にするとかすみは益々恥ずかしくなり、俯いてしまった。  
「じゃあ…」  
顔を上げて見ると、避妊具をつけた彼に唇を重ねられ、再びソファーに身を落とす。  
「俺もそういう客の一人…って事かな」  
フッと笑う神宮寺に安堵して、かすみも笑みを浮かべた。  
「神宮寺さんは、特別です」  
本気とも冗談ともつかないその言葉をありがたく感じながら、神宮寺は己の欲望の塊を、かすみの秘部に押し込んだ。  
 
「うっ…くうぅ…!」  
指で散々掻き回したとはいえ中は強く彼自身を締め付けてくる。拒絶というよりも、飲み込んで、味わおうとしているような膣壁。その中をえぐるようにして、神宮寺は腰を強く打ち付けた。  
「あっ!!」  
ゴム越しに伝わるかすみの体温、圧迫感、ぬめるような肉穴の感触… それらが彼の衝動に拍車をかけた。  
指とは比べものにならない苦痛さえもが、かすみの身体から引き出されていく悦楽による疼きを抑える慰めとなる。淫猥な音を絶え間なく立てる結合部からは愛液が溢れ、彼女の後孔まで垂れ流されている。  
「あん!やぁっ…はぅ!はぁん…!!」  
身体を重ね、足を絡め、ソファーを揺らす。硬くピンと立った胸の蕾を指で弾かれ、引っ張られ、乳房が鷲掴みにされる。乱暴とも言える程強い愛撫にさえ、かすみの身体は喜びを覚えた。  
「あっ…あっ!じ、神宮寺さ…ん!」  
律動の快楽にいくらか慣れ、蕩けるような笑みを浮かべ、神宮寺の顔を見つめる。その眼にはかすみ同様欲望の火を浮かばせていたが、何故か哀しげにさえ見えた。  
 
何かを振り払うように、痛みを忘れようとするように、神宮寺は目の前の女の肉体をひたすら貪り続ける。苛立ちや自己嫌悪さえも、己の肉棒をいきり立たせる衝動に変えて。  
「うんっ…ふあっ…はぁ…」  
敏感な箇所を突かれ、喘ぎながら、かすみは震える手を神宮寺の頬に伸ばした。ハッとして我を取り戻した彼と目が合う。  
寂しげな眼―  
何故か、今、この人は独りなのだという気がして、それがとても切なく思えて、かすみは触れていた頬を慈しむように撫でた。  
「かすみ…」  
開かれた神宮寺の唇から、自分に抱かれてくれている女の名前が零れる。  
自分を包みこみ、受け入れてくれる存在…そこに『彼女』の姿を見つけようとしているようで、一層自分が惨めに思えてきた。  
「すまない…」  
神宮寺は彼女の胸を掴んでいた手を背に回し、甘い香りのする髪に顔を埋め、呟いた。かすみは彼の頬に口付けると、その抱擁に身を委ね、そっと囁く。  
「…いいえ…」  
再び男の腰の動きが速まり、律動のペースが増していく。かすみは神宮寺の胸にしがみつき、更なる快感によがる。  
「ああっ!はぁ、うん!くっ!やあぁ!!」  
 
艶やかな声が漏れる唇を塞ぎ、唾液を流し込むと、苦しそうにのけ反りながらもコクリと音を立てて飲み込む。  
引っ掻くように胸を掴み、乳房をこね回し、息も出来なくなる程抱き締めると、かすみの秘所は強く男根を締め付け射精を促す。  
「んっ…んふっ…んん!んっんんっ!!」  
「…っく…ぐっ…ううぅっ!!」  
神宮寺は堪らず呻くと、刹那己自身を膨張させ、その中に溜め込んでいたものを一気に吐き出す。膣壁を更に押し拡げられ、かすみもまた、二度目の高みに行き着いた。  
「はあっ、ああぁ、あああぁぁーーーっ!!!」  
高らかに声を上げ、全身をビクビクと震わせる。そして不意に力が抜け、かすみは身体と意識が沈み込んでいくのを感じた。  
 
 
「…本当にすまなかった…」  
行為の後処理を終え、酔いもだいぶ醒めてきた神宮寺は心底申し訳なさそうに言った。  
かすみは髪を結い直しながらクスリと笑う。  
「謝られるような事をなさったんですか…?」  
謝る当人にそう言われると何とも言いようがなく、神宮寺は黙り込んでしまう。  
「…それに、誘ったのは私じゃありませんか」  
「ん…いや、まあ…そうだが…」  
かすみは、まだどこか決まり悪そうにしている彼の顔を不安げに覗き込んだ。  
 
「…お嫌でしたか…?」  
「い、いや、そんな事はないが…」  
慌てて否定する神宮寺がどこか滑稽で、かすみはクスクスと笑いを堪える。そんな彼女につられて、神宮寺の口元も少し緩んだ。  
 
「…そろそろ、帰られた方がよろしいかもしれませんね」  
かすみが遠慮がちにそう言った頃には、既に夜が明けていた。  
「そうだな…流石にこれ以上居ては迷惑だろう」  
「いえ、そんな事は…。でも、洋子さんに怒られてしまうかもしれませんよ?」  
「…いや、それはないよ…」  
かすみの楽しむような口調に、神宮寺は軽く笑って答える。だがその表情にはどこか陰りがあった。  
「彼女は…いないからな…」  
「お休み…ですか?」  
「いや……」  
逡巡する神宮寺の言葉を、かすみは静かに待っている。彼は流れ続ける曲に耳を傾けながら、ぽつりと言った。  
「…辞めてもらったんだ…」  
「……」  
 
僅かな沈黙―  
 
神宮寺はソファーから腰を上げると、改めて衣服を整え、上着を羽織った。  
「…邪魔したな」  
「あっ、いえ…」  
彼を見送ろうと、かすみもまた立ち上がる。  
「あの、神宮寺さん…」  
 
扉に手をかけ、ゆっくりと振り返ると、かすみはいつもの柔らかい笑みを浮かべた。  
「また…いつでもいらして下さいね…」  
「…ああ、ありがとう」  
 
神宮寺はフッと微笑み、早朝の新宿の街へと踏み出した―  
 
 
 
 
 

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