ここはとある南国のホテルの一室。
虎桜組若頭の那由多龍は、組長で妻の沙紀とハネムーン中。
日中は大して面白くもない買い物だの観光だのに付き合っていたが、夜こそお待ちかねの時間。
窓の外には素晴らしい夜景が広がっているが、そんなものを鑑賞する余裕は龍にない。
先にシャワーを済ませた龍はバスロ−ブをはおり、寝酒を飲みながら、沙紀が出てくるのを今か今かと待っている。
屋敷ではなかなか思うようにイチャイチャ出来ず不満が溜まっていた龍であったが、旅行中は沙紀を独占できる。
そして、鼻の下を伸ばしながら、沙紀とのあれこれを妄想するのであった。
「ごめんなさい龍さん。お待たせしました。」
「い、いえ、お嬢。さあ、こっちへ来てください。」
バスルームから出てきた沙紀は、龍と同じくバスローブ姿だった。ほのかに漂うシャンプーの香りが、龍の欲望をそそる。
龍はベッドから起き上がり、手招きして自分の隣に座るように誘う。
恥ずかしそうにうつむいた沙紀の顔を上げ、目を閉じて唇をふれ合わせようとした、その時。
RRRRRRRRRR!
「誰かな、こんな時に。」
けたたましい電話のコール音に、沙紀はついと立ち上がる。
龍は標的を失って、勢いをつけてベッドへ沈んだ。
「うわああああっ!」
そんな龍をよそに、沙紀は電話対応していた。
「もしもし。はい、そうですけど…。香織?どうしたの?」
龍は何とか立ち直り、電話が終わるのを仕方なく待った。
通話が終わったことを確かめて、龍は声を荒げた。
「誰ですか、全く、こんな時間に!」
「ごめんなさい。香織から、智とこっちのコンドミニアムに来てるから、明日一緒に遊ぼうって…。でも、断っておきましたから。」
「俺も、ちょっと言い過ぎました。お嬢が謝ることじゃないですよ。さあ、こっちへ。」
気を取り直して沙紀の手を握り、お互いの顔を見つめあう。
「お嬢、愛してます。」
「龍さん、私も…。」
どちらからともなく、二人の唇は重ねあわされた。
RRRRRRRRR!
甘い雰囲気をぶち壊すコール音にハッとする二人。
「お嬢、今度は俺が出ます。」
電話を取ろうとする沙紀を制して、龍が出る。
受話器から聞こえてくるのは、龍にとって聞き飽きたというか、あまり聞きたくない、耳に馴染んだ低い声。
『私だ。組長はいるか?』
「朝生?お前、なんでこんなとこまでわざわざ電話してきやがるんだよ!」
『用事があるからに決まっているだろう。それすらも理解できん馬鹿か、お前は。』
「あ、朝生!てめえ…!」
『いいからさっさと組長に代われ。お前と無駄話をしている暇はない。』
朝生に譲る気はないと悟り、しぶしぶ龍は、沙紀に受話器を手渡す。
「お嬢、朝生からです。なんでも、お嬢に用があるとかで。」
「朝生さんが?わかりました。」
沙紀が電話に出て話している間、明らかに龍はイラついていた。
しばらく後に通話を終えた沙紀に、龍がたずねる。
「で、朝生の用事って何ですか?つまらねえ事なら、帰ってからたたき切ってやる…!」
「いいえ、すごく大事なことでしたよ。お金の件で。」
「お金?」
「はい。龍さんがお金を使いすぎるので、カードを使えないようにした。その分、戻るまでに私専用のカードを作っておく、ですって。」
「なにいいい!朝生の野郎、俺の、俺の大事なpizaゴールドカードをっ!」
激昂した龍を、沙紀がなだめる。
「でも龍さん、お金は無限に湧いてくるものじゃないし、やっぱり無駄遣いはよくないと思うんです。私たち結婚したんだから、いずれ子供ができた時のためにきちんと貯金していきましょう?」
「は、はい。そうですね。俺とお嬢の子供…。」
沙紀似の娘がいる家庭をしばし夢想する龍。
リビングのソファで新聞を読む龍、白いエプロンをつけてキッチンで料理する沙紀、そしてそれを手伝う沙紀似の娘。
その妄想が龍の本能を駆り立てた。
「お嬢、その、俺と子供を作りましょう。」
直接的表現過ぎる誘いに、沙紀は顔を赤らめた。
「龍さん…。」
龍は沙紀を抱きしめ、そっとベッドに押し倒した。
RRRRRRRRRRR!
二度あることは三度ある。
龍はうんざりした表情で立ちあがり、荒々しく受話器を取った。
「もしもし!」
自棄になって出た龍の耳に響く、おなじみの無気力ボイス。
『あ、青龍。小泉、いる?』
「無為先生!どうしたんですか?」
『今、お前たちと同じホテルにいる。小泉のカレーが食べたい。』
「ダメです!俺達は今ハネムーン中ですから、いくら無為先生の頼みでもダメです!!」
『カレー…。』
「失礼します!」
受話器の向こうでカレーに執着する武藤を無視して、強引に龍は電話を切った。
「はあ、なんでこう、どいつもこいつも…。」
RRRRRRRRRRR!
またまた部屋に鳴り響く無粋な電話のコール音。
「だから無為先生、お嬢は貸せませんったら!」
『違いますよ、若頭。僕です、京吾ですよ。』
「京吾、お前まで俺らの邪魔をしようってのか!」
『そ、そうじゃないんです。ヤスさんたちが二人の邪魔をしようって計画してたから、それを知らせようと思って――』
ツーッツーッツーッ。
そこで京吾の声は途切れ、電話の切れた音だけが龍の耳にこだまする。
「おい京吾、おい!」
「あの、龍さん…。」
沙紀の右手には、引き抜かれた電話のコード。
「これでもう、誰にも邪魔はできないですよ。」
「は、はは、最初からそうすればよかったですね。」
お互いに顔を見合わせ、ひとしきり笑いあった。
「お嬢…。」
「龍さん…。」
甘い雰囲気の中、龍は沙紀をベッドに横たえる。
唇を貪りながら、龍は沙紀のバスローブの紐を解き、腕を抜いた。
瑞々しい肢体を前に、龍も慌ただしくバスローブを脱ぎ捨てる。
沙紀の両腕が龍の背中に回され、更に唇を重ねあう。
陶然とした瞳をした沙紀は、龍の耳元で囁いた。
「龍さん、今日からは私のこと、名前で呼んでくださいね?」
「わかりました。おじょ、いや、沙紀…。」
龍は少し体を離し、大きく温かい掌で沙紀の胸を揉み始める。
「すごく、柔らかい…。」
「…っ、あぁ…。」
沙紀の喘ぐ声が、龍の欲望の火を煽る。
胸とは反対側の手が、沙紀の首筋、鎖骨、わき腹、太ももなどを撫でまわす。
「沙紀の肌は、なめらかで、指に吸いついてくる…!」
「んっ…!ダ、ダメ、です…。」
口では拒否しながら、もっとその先を期待している。
軽く抵抗して龍を煽ることで、結果として沙紀自身の官能が高まることを知っているのだ。
「ダメなことはないでしょう?ほら…。」
「あ…、ああっ!」
胸の頂点を軽くつままれて、沙紀は大きい声を上げる。
「沙紀、気持ちいい?」
「そんなこと、言えません…。」
恥じらう沙紀を、龍はなおも追い詰める。
一瞬の隙をついて右手を両足の間に割りこませ、秘所の状態を探る。
指の感覚で、既に潤ってきているのを知った龍。
その中で、一際敏感な肉芽を探り当てた龍はほくそ笑んだ。
「ここ、濡れてきてる。正直に言って?」
「あ、あん、気持ち、いい…。」
肉芽を攻められた沙紀は、素直に与えられた快感に酔う。
もっと沙紀を喘がせたい。自分の前でだけしか見せない姿を見せてほしい。
龍は己の感情に従って、沙紀を乱れさせることに専念した。
「すごいな、もう、こんなにあふれてる…。」
指を沙紀の中に入れ、わざと音がするようにかき回した。
ちゅくちゅく、という淫らな水音が、沙紀に羞恥を覚えさせた。
「りゅ、龍さんが、そういうコトするから…!」
体をよじって逃れようとする沙紀だったが、いつの間にか龍の左腕が首の下に差し入れられ、しっかりと頭をつかんで離さない。
その間にも龍は中を攻め、指を曲げたり、かき回したりと間断なく嬲り続ける。
甘い吐息と嬌声、中の感触に興奮が極限まで押し上げられた龍は、沙紀の耳元で囁いた。
「もう、入れてもいい?」
「龍さん、お願い…!」
龍は張り詰め切ったものを入り口に押し当て、一気に突きこんだ。
潤みきったそこは、なんなく龍を受け入れる。
「すごいな、中が、こんなに熱い…。」
「…はあぁぁん!」
沙紀を狂わせようと、激しく動く龍。
次第に、沙紀の声も大きく、快楽を素直に訴えるものになっていく。
「もっと、お前を感じたい。沙紀に、もっと俺を感じて欲しい…!」
「ああっ…、龍さん、りゅ、う…、すごく、感じる…!」
こみあげる愛おしさと同じくらい、沙紀を突き続けて壊してしまいたい。
龍は相反する感情を抑えきれず、律動を続けながら沙紀に口づけた。
「沙紀、俺だけの沙紀…!」
「あっ…、龍さん、激し、すぎ…っ。」
沙紀も負けじと、腰を動かして龍を歓待する。
歓喜した龍に思うがまま蹂躙されて、沙紀は息も絶え絶え。
「も、もう…、私…!」
「いいよ、イッて…?」
限界を訴えた沙紀を、容赦せず追い上げる龍。
快楽の階段を駆け上がった沙紀は眉根を寄せ、きつく龍を抱きしめた。
「あぁん…、イ、ク…、イっちゃう…!」
龍は激しく締め付けられ、己も臨界点に達することを悟る。
「俺も、もう…、ううっ…!」
龍は熱い精を放ち、沙紀の中で果てた。
事後の余韻の中でひしと抱き合う二人。
「龍さん、愛してます…。」
そう言いながら、沙紀は龍に軽いキスをした。
「俺もです、お嬢。」
龍も口づけを返す。それを聞いた沙紀は少し不満げな表情を浮かべた。
「もう、『お嬢』はやめにするんじゃなかったんですか?」
「そ、そうでしたっけ、あは、あはは…。」
笑ってごまかす龍。
再び欲望の兆しを覚えた龍は、沙紀の耳を甘噛みした。
「もう一回、いいですよね?」
「りゅ、龍さんったら…、あんっ!」
そして二人は、再び快楽の海へと耽溺していった。
一方そのころ、虎桜組屋敷では。
「おっかしいなあ、なんでつながらないんだろうなあ?」
「や、やめましょうよみなさん、若頭はハネムーン中ですし…。」
「京吾、お前は黙ってろ!」
「そうだ、ホテルのフロントにかけてみるとかどうっスかね?」
「お、いいアイデアだなヤス。そっちにかけてみるか。」
居間で三バカトリオがよからぬことを企み、京吾がそれを止めかねている。
そこへ朝生が呆れ顔でやってきた。
「お前ら、そこで何やってる?」
「ええと、若頭とお嬢の邪魔を…。」
「バカ、正直に言うやつがあるか!」
余計なことを言ったばっかりに、山木にしめられるヤス。
「すいません、僕は止めたんですけど…。」
京吾が申し訳なさそうに説明する。
朝生は冷たい眼差しで、その場にいる全員に言い放った。
「そんなことをしている暇があったら、とっとと仕事をしろ!無駄飯食らいを養ってやるほど、私は甘くないからな。」
朝生の剣幕に恐れをなした組員たちは、しぶしぶ仕事に取り掛かるべく立ち上がった。
「朝生さんだって、お嬢に電話したくせに…。」
例によってヤスが余計なことを言う。
「何か言ったか?」
「いえ、何も…。」
踵を返そうとする朝生は、ふいに立ち止まった。
「京吾を除いて、来月のお前らの給料は20%減棒する。」
「ええっ、そんなあ!」
人の恋路を邪魔した報いを受けた、3バカトリオの悲鳴が屋敷内にこだまするのであった。