「霧山くんのバカ」  
帰宅後、部屋で独りごちる。  
 
私を趣味にするって何なのよ、シュミって。珍獣か。  
女性として見てくれるならまだしも、まったくもう!  
 
 
翌日にはもう署内中に噂は広まり、しかしお構い無しに霧山くんが私のことを終始観察している。  
「十文字さんに、尾行の仕方教わったんですよ」  
と、呑気な霧山くんの声が聞こえる。  
レクチャー受けた人もあれだけど、これじゃあ尾行の意味無いじゃない。  
 
「でも、これってもしかして、ストーカー?」  
「犯罪スレスレだねぇ」  
「署内だとまだOKな感じじゃないですか?」  
「おいおい、そんな訳ないだろ〜」  
と、揃って笑いあっている。時効管理課の面々は相変わらずだ。  
 
私はまだ怒ってはいるものの、正直少々嬉しくもある。  
「三日月さん、意外と楽しんでるんじゃないですか?」  
と、パトロール中に神泉に指摘されてしまった。  
 
…そんなことはないけど、  
あの時にツーステップ踏んでたのがバレたかしら?  
それとも、さっき道路にチョークでハート書いてたのが見つかった?  
それとも…  
 
一応、自分でも単純なのには自覚あるけど。  
話はつまんないけど、前彼の九門竜さんだって  
『君のそういうところが可愛い』と言ってくれたし。  
もっとも、九門竜さんから見たら誰でも面白いと思うけど。  
 
一方肝心の霧山くんは、どう思ってるのかは未だに謎だけど…  
先日のあの驚きっぷりも、恋愛対象と意識してのそれじゃあないみたいだし。  
いつかの事件で、茗荷谷真弓ちゃんが  
『霧山くんが私のこと好きみたい』と言ってたのは  
やっぱり勘違いだったのかなあ…?  
 
と、突然ケータイが着信を伝えた。霧山くんだ。  
「もしもし…何?」  
嬉しさを出来るだけ隠して、つっけんどんに話す。  
「今度の日曜に、三日月くんの部屋に行っていい?」  
「…なんで?」  
「用件が無くちゃ行っちゃ悪いの?」  
「べ、別に…?…そうね、いいわよ」  
「じゃあ、また明日ね」  
と、用件のみの電話だったけれど…嬉しくてサンバでも踊りたい気分。  
実際に踊った訳ではないけど、当日着る服とか考えてたら、つい徹夜してしまっていたのだった。  
 
 
そうして、待ちに待った日曜日。  
朝から部屋を掃除して、霧山くんを迎える。「こんにちは」  
「いらっしゃい…さ、入って」  
日曜に霧山くんは眼鏡を外している。  
いつもは眼鏡越しの大きな黒い瞳で見つめられると  
ちょっとドキドキしちゃう。  
 
「ふぅー、ご馳走さま。  
三日月くんてさ…本当料理上手だよね」  
「そんなに〜?ありがとっ♪」  
霧山くんは私が腕によりをかけた料理をたいらげ、寛いでいる。  
料理を食べて貰ったことは何度かあったけど、  
なあんか、いいじゃないですかこういうの。夫婦みたいで。  
 
洗いものを終え、霧山くんの向かいに座る。  
しかし、霧山くんは眼鏡を外しているからといって、  
コンタクトを着けてる訳でも無い。  
唐突に、ぼんやりとしか彼の視界に映ってないようなことが  
訳も無くとても悲しくなり、涙が出てきた。  
「ちょっと…どうしたの?」  
 
ああもう、霧山くんの朴念仁。  
事件のことは良く分かるのに、私の気持ちは何故分からないんだろう。  
 
と、突然何か柔らかいものが触れる。  
 
目を開けると、ものすごい近くに霧山くんの顔。何故かびっくりして目を開けている。  
 
なんと、私に触れていたのは、霧山くんの唇だった。  
 
 
ゆっくり唇が離れ、私から切り出す。  
「…どうして?」  
「なんとなく…僕にも何故か良く分からないんだけど」  
 
…なんだそりゃ。引っ込んだ涙返しやがれ。  
「なんとなく、でキス出来るんだ?霧山くんてば、実はそーゆー人だったんだあ?」  
プクー人形のように、膨れっ面になる。  
すると、霧山くんも意地になって言い返す。「そっちがいきなり泣いたりするからだろ!?…ほんっと、分かんないよ三日月くんてば!  
前も僕の夢に勝手に出て来て、強引にエッチなことしたりとかするしさあ!」  
 
「な、何よそれぇ!?勝手に夢見たのはそっちの方じゃない!」  
「いつも僕の閃きを助けてくれるかと思えばさあ、心を掻き乱すようなことしたりするし、いつも君のこと気にしてる僕は何なんだよもう!…ブス!!」  
「んなっ…!」  
 
…ちょっとタンマ。ん?何それ、どゆこと?  
「…あの、さ。ちょっと…いい?」  
怖々と手を挙げてみる。  
何となく、それはもしかすると万が一。  
「霧山くんはさ…あ、もし違ってたらごめん。私のこと、ひょっとしたら……好き…なんじゃないかって…」  
 
事件の推理力は霧山くんには負けるけど、  
今までの霧山くんの発言と行動から思うに…だけど。  
まあ、希望的解釈も少しばかりはあるけどね。  
 
当の霧山くんはと言えば、ハトが豆鉄砲食らったような顔で放心している。  
「おーい、霧山くーん。きーりたーん?」  
目の前で手をひらひらさせても気付く気配が無い。と、突然  
「ああ〜〜〜〜〜っ!!」  
霧山くんの中で、今までバラバラだったパズルのピースが  
ひとつになったみたいだけど、突然大きな声出すものだから  
驚いてひっくり返ってしまった。  
「…いったあ…びっくりするじゃない、もう!」  
霧山くんは何かぶつぶつ呟いていたかと思うと、私の方を向き、心底嫌そうに言う。  
「ええ〜〜〜?」  
 
何よそれ?ちょっとトサカにくるじゃあないのさ。  
 
「さっきキスしたりしときながら、それはないんじゃない?」  
ずずいと霧山くんに詰め寄り、更に続ける。  
「第一、エッチな夢ってどんなのよ?」  
すると霧山くんは顔を背け、私の目を見ようとはせず、しかし心なしか頬は赤い。  
「…言っても怒らないかな」  
「何?言えないくらい疚しいの?」  
「そうじゃないけど…じゃあ言うけど、三日月くんがさ、僕を食べたいって言って…その、  
で…そして実際に食べちゃったんだ」  
 
―――んん?それのどこがエッチなんだ?  
 
訳が分からず、きょとんと霧山くんを見つめていたけど、良くみれば霧山くんの指先の方向は―――  
「もう!ちょっと信じらんない!そんな願望あった訳ぇ!?」  
「僕だって男だから当たり前だろ!?」  
「あー!開き直った!認めるんだ、エッチなの」  
「み、三日月くんだって何かと僕にベタベタしたりして、  
人のこと言えないだろ!?」  
 
「…私は、好きな人としかそういう事したくないもん」  
と、思い切って霧山くんの胸に飛び込む。  
 
我ながら最高の殺し文句だとは思うんだけど。  
ここまで据え膳揃えたんだから、本当手付けないのはどうなのよ。  
いつもとは違って、霧山くんも嫌がってる様子は無いようだった。まあ、固まっていたからかも知れないけど…  
こうしてると、霧山くんの心臓の音が早いのが良く分かる。  
とは言え、私の心臓の音か分からなくなるくらいにお互いドキドキしていたけれど。  
霧山くんはそのまま私をギュッと抱き締め、耳元で囁く。  
「…いいの?」  
 
ああもう、どうしてこんな時に限って一番の勝負下着じゃなかったんだろう。『もしかして勝負?下着』だし、  
こうなる前に  
あと3キロダイエットしとけば良かったとか、  
一応今日は安全日だから大丈夫だわとか、  
いろいろな事が頭の中をぐるぐる回って、最終的に口をついて出た言葉は何故か  
 
「…よろしくお願いします」  
 
だった。  
 
 
改めて霧山くんが唇を重ねる。  
霧山くんの髪が私の頬を時々くすぐるのが  
キスよりなんだか恥ずかしい。  
何度か啄むようなキスの後で、唇に妙な感触。  
霧山くんの舌が、私の唇をノックするようにして、侵入を催促する。  
「…ふ…」  
「口、開けて…んっ…」  
わずかに開けた唇に捩じ込むようにして、霧山くんの舌が私の口腔に侵入してきた。  
無我夢中で舌を絡み合わせるものの、霧山くんのキスの方が一枚上手だった。  
「…は、あっ…ん…っう…」  
霧山くんの舌が私の上顎をなぞるように蠢く。  
それだけで私の思考は麻痺していくのが分かった。  
「…ふ、にゃ…?」  
唇が離れるのが名残惜しい程、キスだけで蕩けそうになる。  
濃密なキスでぼうっとしていると、いつの間に脱がされていたのか、気付けば下着だけしか身に着けていなかった。  
「…なんでっ!?」  
「なんでって…脱がなきゃ邪魔じゃない。それとももしかして、着たままするのが好きなの?」  
「え…そうじゃないけど。なんか、あまりのことにどうしていいか分からなくて…」  
すると霧山くんは意外なことを口にした。  
 
「じゃあ、止めよっか」  
 
霧山くんは脱ぎかけていた自分の服をさっさと着直してしまう。  
「ええっ!?ちょっと…」  
 
ここまで来てそれはないんじゃないの?  
 
一瞬の躊躇はあったものの、私はある覚悟を決めた。  
 
「…なんちゃっ…て…て、ちょっと、三日月くん!?」  
霧山くんは服を着直していたものの、  
ベルトは緩めていたままだったおかげで  
意外と手間取らずに霧山くんの分身を開放出来た。  
それをわしっと掴み、わざと挑発するよう霧山くんの顔を見つめながら  
大きく下から舐め上げる。  
「……っ…」  
 
私だってこんな下着だけの姿で恥ずかしいけど、霧山くんがそういうつもりなら、私もするだけの事。  
実践は無くても  
知識としてはあるからなんとかなるというもので。  
「え…?本…気…なの…?」  
「霧山くんが、んっ…して欲しかったん、でしょ…?」  
「だけど、うっ、そんな…」  
 
あれあれ?なんか最初は対抗心からだったけど、  
なんだか霧山くんの反応が可愛くて、なかなか楽しいじゃないですか。  
霧山くんの全てがいとおしく思えて、つい熱が入る。  
 
「気持ちいい…?霧山くん…」  
「ん、いいよ…三日月くん…」  
そう言った後、そろそろと頭を撫でてくる。  
それでは、ますます頑張らなくちゃという気になる。  
「も、もうそろそろ、離れて…」  
「いいよ…別にっ…」「あ…っ、だ、って、汚れる、からっ…」  
「霧山くんのだもん。構わないよ…」  
そう言った後で、喉の一番奥まで咥えると  
霧山くんの全てを吸い尽くさんばかりに吸い上げる。  
「…だ、めだっ!くうぅっ…」  
霧山くんが大きく天井を仰ぐと、私の口の中のもうひとつの霧山くんが  
びくびくとより一層大きくなった後で、熱い迸りを噴き出す。  
飲み込めると思ったものの、正直思ったより美味しくなかったので思わず口を押さえて手をティッシュボックスに伸ばしていた。  
「…すごい、たくさん出たね」  
そう言われて霧山くんの顔が少し赤くなる。  
「…三日月くんがそんなに頑張るとは、思わなかったんだよ」  
思わず二人共えへへ、と照れ笑いしていた。「…続きはベッド行ってからにしようか」  
と、私の方から切り出した。  
 
ふと、霧山くんはベッドに向かっていた踵を返し、自分の荷物を何やらがさごそ探っている。  
「どうしたの?」  
と、霧山くんの背中に声をかける。  
「やっぱり無いか…ねえ、三日月くん。避妊具ってある?」  
いつもの調子でサラリと、まるで『何か書くものある?』というように言われてしまい、ちょっと面食らってしまったものの  
『ちょうど偶然』  
あったので、化粧台の引き出しから出したものを手渡した。  
 
「え…?………いろいろ親切過ぎて、言葉が出ないよ…」  
「まあ、大は小を兼ねるっていうから、大きい方がいいかと思って」  
未開封のを箱ごと渡され、戸惑いを隠せないようだった。  
 
大きさはまあ、  
さっきの感じからしてそんなに変わらないでしょ。  
 
そうこうしているうちに、霧山くんが装着し終えると、ぱぱっと手早く自分の服を脱ぎ捨てた。  
二人ベッドに倒れたあと、するりとブラも取り外され、  
霧山くんの眼前に胸をさらけ出す。  
そろそろと霧山くんの手が胸に触れて来た時、一際高い声が出てしまう。  
「あんっ…」  
そのまま優しいタッチで胸を揉まれる。  
大好きな霧山くんの手が、指先が、私の体に触れるだけでも心が満たされる。  
嬉しさのあまり、つい  
「もっと…霧山くん、もっと触って…?」  
と、口走っていた。  
霧山くんは一瞬動きが止まり、驚いた顔をしたかと思うと、そのまますぐにふにゃ〜っとした笑顔になる。  
「ちょっと…さっきから大胆だよ?三日月くん」  
そのまま私の胸の突起を吸われ、体に火が点いたように熱い。  
「違っ…うぅん。もっと、私を…感じて…?」  
 
んん?言えば言う程どんどん深みにハマってる?  
 
それを聞いた霧山くんはまたふにゃっとした笑顔を向ける。  
「やーらしーい。いいよ、いっぱい触ってあげるね?」  
 
いやまあ、違うけど、意図するところとは違うんだけど。  
直接的な気持ち良さだけじゃなくて、心から幸せな気持ち良さなんだけど…まあいいか。  
胸に触れていた霧山くんの手が、するすると腰に下りていく。  
やがて、私の最も敏感な場所に触れた時、既にそこは熱く濡れそぼっていた。  
「あ、ぁは…やぁっ…」  
すると霧山くんは意外にも体をずらしたと思うと、私の足の間に顔を埋め、そこにキスをした。  
 
「あああっ…!や、そんな、に、見ないでっ…」  
「さっき君がしたことと同じだよ?おあいこじゃない」  
どんどん体が熱くなり、高みに追い詰められる私とは対照的に、ひどく冷静な口調で返してくる。  
「そういう、こと、じゃな…あっ…そ、れ、一緒に触っちゃっ、あ、やっ…んぅっ…」  
私の熱いそこに指を入れてかき回し、と同時にその上の芽を指先で優しく撫でられると  
一気に高みに追い詰められる。  
「く、ふぅっ…ん、あんっ…」  
「…三日月くん、そろそろ、入れたいけど…いい?」  
不意に指が抜かれ、足を大きく開かされたと思うと、一際熱いものに貫かれる。  
「あ…はああぁ…っ!」  
霧山くんの熱い楔。霧山くんとひとつになれて、嬉しさのあまりギュッと抱きついていた。  
霧山くんは何も言わなかったけど、力強く抱き返してくれたりキスしてくれたりすることで  
気持ちが伝わってくる。  
 
がしかし、そのまま何もして来る気配がない霧山くんに、つい聞いてみた。  
「…ねえ、なんで、じっとしてるの…?」  
「え…?動いていいの?」  
「私が、動く訳、ないでしょ?」  
何処となく意地悪く微笑んで、霧山くんは言う。  
「でも三日月くん、自分で腰動かしてるよ?」  
そう指摘されて、顔から火が出るかと思った。恥ずかしくてそのまま霧山くんの胸を叩いて急かす。  
「もう…!だったら早く動いてよっ!」  
「ぐ…ごめん」  
そう言うと霧山くんは、私の右足を抱え、肩に担ぐような格好になる。と同時に、霧山くんが私のより深い場所に入って来た。  
「…きゃあんっ!」  
「可愛いね、三日月くんは」  
霧山くんの髪型は変わってない。語尾に『はい』もついてない。  
眼鏡は外しているから顔に汗をかいているかは分からないが、多分嘘ではないはず。  
「ほん、と…に?」  
今まで見たことがなかったような、  
そして思わず惚れ直してしまうような、とても優しい微笑みだった。  
「本当だよ」  
「嬉しい、っ…ああんっ…やあ、そこぉっ…」  
霧山くんの動きが早く、激しさを増す。  
「ここ、が、いいの?」  
「ダメぇ、そこぉ…ダメえっ…やあん、はぅん…熱い、のおっ…!」  
どんどん頭は真っ白になるのに、繋がってる場所はとても熱い。  
まるで、霧山くんを絡め取って、溶かしていくんじゃないかとさえ思うくらい。  
 
「三日月、くん…っ、いっても…いいよっ…!」  
「やああ…一緒に、お願…ぁんあっ、あ、ダメえっ…もうダメ、ダメ、ダメ  
…修一朗ぉっ…!」  
「え…?…あ、って、ちょっ―――――」  
 
頭が真っ白になり、ぼんやりとしたままの私の体の奥に霧山くんの熱い迸りを感じた。  
 
 
息を整え、体が離れると、霧山くんの方から切り出した。  
「ちょっと、三日月くん…」  
「ん…?」  
まだ余韻に浸り、ぼうっとする。  
「なんで最後下の名前で突然呼ぶかなあ…?」  
「だって…呼びたかったんだもん」  
「なんだか、僕はずっとしずかくんに振り回されっ放しだ」  
狭いベッドに二人向かい合って寝そべってはいるけど、何となく霧山くんの顔は見られない。  
おかげで今、どんな顔で『しずかくん』と言ったのかが分からなかったのがとても悔やまれる。  
「え…?今の…」  
「もう言わない」  
「ずるい、そんなの!」  
私の抗議には耳も向けず、霧山くんはさっさとシャワーを浴びにベッドから下りてしまった。  
間もなくお風呂場から聞こえてきた、シャワーの水音を聞きながら私はあっと言う間に眠りに落ちた。  
目覚めた時、夢で無ければいいと思いながら―――  
 
 
翌朝、お味噌汁の匂いがして目覚めた。  
もしやと思い、がばっと勢い良く起き上がると、霧山くんが台所に立っていたのだ。  
「あ、起きた?おはよう。お味噌汁出来たから」  
 
何故お味噌汁『だけ』なのかとか、具は豆腐だけなのかとか、本来なら私がそこに立っていて、  
「もう起きて、朝よ。修一朗さん」なんて  
優しく起こすはずだったのにとか、いろいろ言いたいことは山程ある。  
しかし何となく言えない雰囲気がして、つい  
「…有り合わせのもので良かったら作ろうか?」  
と、ベッドから出ようとして気付いた。  
「…三日月くん、服。」  
「え。……きゃあっ!?」  
昨晩あのまま、何も着ずに寝てしまっていたので  
改めて霧山くんに裸を見られてしまった。  
 
「わ、私シャワー浴びて来る!」  
毛布をひっ掴んで、ダッシュで浴室に向かう。  
シャワーを浴びながら、時々昨晩のことを思い出してはほくそ笑む。  
そして同時に不安が過ぎった。  
 
―――力強く抱き締めてくれたけど、  
『可愛い』とは言ってくれてたけど、  
『好き』とか『愛してる』とかは口にしてくれなかった。  
私だけが舞い上がってしまってるんじゃないだろうか―――?  
 
 
どんどん大きくなる不安の塊を無理矢理心にしまい、身支度を整え、浴室を出た。  
 
「ねえ、霧山くん」  
「何?」  
霧山くんはお味噌汁をテーブルに置きながら返事する。  
「あの、…あのね。改めて、私のことどう思ってるの?」  
本当はこんなことのあとで聞くべき事じゃない気もするけど、でもやっぱりちゃんと聞いておきたい。  
 
霧山くんはちょっと迷って、私の真正面を向いて話し出した。  
「…三日月くんの事は、本当に言われるまで自分でも気付かなかったんだ」  
そう言うと、淡々と、しかし堰を切ったように話し出す。  
「最初は普通に趣味の捜査に協力して貰う為だったんだけど、こないだの熱賀しおりの件で一人で行った時、  
なんだか調子狂うというかさ…いや、違うな。  
その前に君が以前付き合ってた人と会ってるという時、なんだか言い様の無いもやもや感が心にずっとあってさ…  
その前にも、僕が入院してた時にもお見舞いやお世話して貰ったりしてさ…  
あ、ごめん。結局何が言いたかったのかと言うと、  
僕は…ずっと、三日月くんが好きだって事。  
……僕と、結婚して下さい。」  
 
 
―――なんて、ロマンチックな雰囲気を妄想していたけれど、  
現実はと言えば。  
 
 
「三日月くんのこと?好きだよー。僕だって好きじゃなきゃこうなったりはしないよ〜」  
…だもんねえ。本気で泣きたくなってしまった。  
折角の告白も、こうまでサラリと言われては、まったく有り難みもヘッタクレも無いというものじゃない?  
まあ、捜査抜きで今度の休みに普通にデートの約束を取り付けただけでも、  
前よりは十分進展しているのかも知れないけど。  
念願のイタリアンディナーだしね。  
 
「何ぶつぶつ言ってんの?早く食べて仕事行かないと」  
「うん、そうだね♪」「あ、ひとつ言い忘れてたけど」  
「何?」  
 
「エッチなのは、僕の前だけにしといてね」  
いつもの霧山くんの呑気な口調で言われたから  
一瞬何のことか理解出来なかったものの、それってもしかして?  
 
「分かったら返事っ!」  
にまにまと霧山くんの顔を見てたら、照れ隠しからか怒られてしまった。  
でもついつい頬の筋肉が緩むのを抑えられないまま、  
 
「…はい。そうします♪」と  
微笑み返したのだった。  
 
 
 
 
―終わり―  
 

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