「だ、誰なの!」  
辺りは暗闇。灯台のぼんやりとした明かりは足元すら照らさずただ暗い。  
漂う沈の香の典雅な匂い。背筋を冷たいものが走り抜ける。  
「で、でてきなさいよ」  
震える口元を抑え、悲鳴を喉の奥に押し込めて、声を張る。  
我ながらなんと見栄っ張りな虚勢。でも食いしばって耐えてなければ崩れ落ちそうだった。  
 
「!」  
ふと。  
目の前を赤いものがよぎる。  
(なに・・・?)  
幻惑されたのも一瞬・・・鋭い衝撃がお腹に突き刺さる。  
あたしはそのまま意識を失った。  
 
 
ぼにゃりとした暗闇から視界が戻って、真先に見たものは紫苑の狩衣だった。  
あたしは倒れ伏していて、傍に立つもう一人が誰なのかわからない。  
ただ、それが高彬や守弥でないことははっきりしていた。  
(あいつらは・・・こんな着こなしができるほど美丈夫じゃないわ!)  
我ながら情けない確信が持ててしまうほど、目の前の男は匂い立つような立ち姿だった。  
「お目覚めですか・・・瑠璃姫」  
「!」  
意識を取り戻したことに気付いて、男があたしの顔を覗き込んできた。その顔を見て、驚愕する。  
「た、鷹男っ」  
いや、違う。  
顔立ちは似ているけれど、別人だ。  
優雅の中にも男らしさがある。高貴さは似通っているが、雰囲気が鷹男よりもやや年上そうな。言い換えれば老練だった。  
「わたしはそのようなものではありませんよ」  
「じゃ、じゃあ誰なのよ、あんた」  
言ってから馬鹿な質問だと気付いた。今日この日に忍び込んでくる貴族・・・なんて心当たりは一つしかない。  
「帥の宮!帥の宮ね、あんた」  
「ずいぶんとこわい物言いですね」  
にっこりと微笑む。  
それがあまりにも記憶にある鷹男の笑顔と被っているので、思わず息を呑んだ。  
この状況からしてあたしを殴って、つかの間気絶させたのはこいつしかいないのに、どうしてそんな笑顔ができるのよ!  
 
「無礼はお詫びしましょう。今あなたに騒がれたのでは、せっかく忍び込んだ甲斐がない」  
「な、何しに来たのよ」  
「誘っておいて、それはない」  
微笑みながら帥の宮の手が背を撫でる。ここではじめて、両の腕を後ろで縛られていることに気付いた。  
「じょ、じょ、じょ、冗談・・」  
「ではありません。もちろん」  
軽やかな声音で笑いながら言う。あたしの背を撫でながら。  
(う、嘘・・・)  
洒落にならない。  
じんわりとした恐怖が足先をびりびりと痺れさせた。  
 
帥の宮はその印象を裏切らない優美な手つきであたしの体の線をなぞっていった。首筋に差し入れられて、ぞっと悪寒が走りぬけた。  
「あ、あた、あたしにこんなことしておいて、ただですむと思ってないでしょうね!」  
「ほう、どうすると」  
なんでもないような口調が混乱を煽る。  
「と、とうさまに言いつけてやるっ!島流しにしてやるわっ」  
「ほう、瑠璃姫はこれからおこることを人に言えると仰るのですね」  
「!」  
「大した方だ」  
帥の宮はにっこりと、思わず見とれてしまうような笑みを浮かべ・・  
着物の襟を左右に割った。  
 
あまりのことに、一瞬言葉も出なかった。  
「口は塞ぎません。人を呼びたければ騒げばいい。あなたの女房に、あなたの素敵な姿を見てもらいましょう」  
ぐいぐいと着物を剥ぎ取りながら、まるで歌でも吟じているような口調で言う。  
上半身から身にまとったものが消え、素肌に夜の空気が当たる。  
(こ、こんな・・こんな姿・・高彬にしか・・)  
「あなたが悪いのですよ。何の意図あってかは存じ上げませんが、人の邪魔をなさろうとする。いけない方だ」  
「な、なんのこと・・」  
「大人しくしていなさい」  
子供をたしなめるように言った。  
「大人しくしていれば、優しく良くしてあげましょう。抵抗すれば、その体に一つ二つ、赤黒い醜い花ができますよ」  
「っ!」  
「恨むのなら、己の軽率さと運のなさを恨みなさい。わたしのような人間に関わってしまった、世の不条理を」  
小声でそう言うと、帥の宮はあたしの背に馬乗りになり膝で両足を割った。  
「や、やめてっ」  
股から冷たい手が這い上がってくる。抵抗しようにもあたしに圧し掛かる帥の宮の力は強くて、ぴくりとも動かない。  
「やめて、やめてよ」  
涙がこぼれる。怖くてたまらない。  
そんなあたしを慰めるような憐れむような声が降る。  
「怯えることはありませんよ。あなたも、男を知らぬ身でもあるまいし・・素直に身を委ねなさい。そうすれば、すべてわたしがやりましょう」  
「あ!」  
帥の宮の指先があらぬところに触れ、まさぐり始める。  
(高彬・・・!)  
言い知れぬ、喪失の絶望に、あたしは大好きな夫の名を叫んだ。  
 
忍び込んだ指が上下左右に揺れるたび、重たい感覚に腰が震えた。  
帥の宮はあたしの上からどいていた。膝を立たせて腰だけを持ち上げられた格好で、執拗に愛撫を繰り返す。  
「ん、ん、んうう・・」  
あたしは唇をかみ締め、喉から込み上げる吐息をこらえた。  
「意地を張っても、どうにもなりませんよ」  
せせら笑うかのような帥の宮の声。  
「あなたがどれほど拒絶の言葉を吐いても、正直な体のことは、どうするのですか」  
「あ、あう」  
奥を突く感覚に、声が漏れでる。あたしの視界の正反対から聞こえる水音は、もうごまかせないほどだった。  
「あ、ああ、あっ」  
一番敏感な部分を擦られ、悶えた。  
「そろそろか・・」  
着物をめくられ、腿にひんやりとした空気が触れる。足を伝う濡れたものの感触が生々しく、あたしはきつく目を閉じた。  
「・・ん、や、やあ、やめて」  
股の間に熱いものを感じて、あたしは肩を跳ねた。  
「お、お願い、それだけは・・それだけは・・」  
「今更、遅い・・」  
ぐっと体重がかけられて、太くて熱いものが体の中に、沈んできた。  
「ん、や、や、やだっ」  
ぐいぐいと強引に入れられて、引き攣れる痛みが襲う。反射的に涙がこぼれたが、帥の宮はそんなことに一切構いはしなかった。  
 
肌に。肌と自分の物でない衣の感触があたる。  
自分の中がいっぱいになって、胸がつまった。  
帥の宮が動き始める。  
「ん、ん、ん・・」  
あたしは唇を噛んで、揺さぶりに耐えた。  
擦り上げられて、高彬とで慣れた快感が昇ってくる。  
(いや、いや・・)  
涙は止まらなかったが、それ以上に熱に悶える自分が嫌だった。  
「どうしました?何の応えもないと、足りないのかと、要求されているように思いますが」  
「あ、ああ、いやあ」  
嘲笑うかのような帥の宮の態度に、普段のあたしならきつく言い返してやっただろう。でも今は、ただ快感に翻弄される無力な女だった。  
「ああ、あっ」  
奥に深く入り込んだ熱にたまらず喘いだ。律動はだんだんと激しくなる。  
高彬とは違う動き  
高彬とは違う熱さ  
・・・あたしはもうとっくに声を抑えられなくなっていた。  
 
「はあ、はあ、も、もう・・」  
「おしまい、ですか?口とは違って脆い方だ」  
帥の宮が抉るような動きに変わる。あたしは首を仰け反らせた。  
「ど、どうして・・」  
「?」  
「ん、あ、はあ、どうして、こんなことを。どうしてっ」  
「・・・」  
帥の宮は答えなかった。代わりに動きを激しくされ、あたしの頭は真っ白になった。  
「瑠璃姫・・あなたは愚かだ・・」  
「ん、あ、あ、ん、やあ」  
「そして、目障りだ・・・どうして出てこられたんですか、わたしの前へ。どうして立ちふさがろうとするのですか」  
「ああ、ん、やあ、ああ」  
「答えられない、か」  
ぐっと深く入り込んで、膨れたかと思うと、弾けた。  
「ああああっ」  
熱い飛沫を浴びて、あたしもまた絶頂を迎えた。  
 
 
そのあとのことは、よく覚えていない。  
 
ただ薄れゆく意識の中で、ぼんやりと浮かんでいた高彬の姿が、はじけて消えた。  
 
 
 
おわり  
 
 

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