鷹男の帝と高彬(ホモではないです)
瑠璃姫が連れない腹癒せに、右近少将が宿直と聞いて、寝所へ呼びつけた。
それから一刻ほども経つが、御簾の外に控えている少将は僅かの身動ぎもせず、
まるで人形かと思うほど静かだ。
まだ少年の面影を残した細い首を眺めて、これが姫の選んだ男か、と改めて思った。
真面目で浮ついたところのない青年だが、だが、それだけだ。
あの何かと規格外の姫が、このような面白味のない男で満足できるものか、と
どこか意地悪く思いはするが、個人的感情を抜きにすれば、実直で有能な信を置くに値する人物だ。
そう評価を下せる程度には私も冷静だ。
動かない少将の観察にも飽きて、手にした扇をぱちりと鳴らすと、少将はまるでそうされることを
知っていたかのように機敏な仕草で振り返った。
頭を下げているから表情は見えないが、主上の側近くにいる緊張感で強張っているかもしれない。
「どうにも今夜は寝付けぬようだ。少将殿、少し話をしないか」
少将は僅かに頭を下げた。
私は肩に引っかけた袿を引き寄せるようにしながら体を起こし、少将以外の側仕えの者たちを追い払う。
「入っておいで。御簾越しでは話しにくい」
遠慮がちに御簾の内に入ってきた少将はやはり緊張しているようだ。
「もっとこちらへ」
扇を持った手を伸ばして帳をめくり上げ、こちらへ招く。
「しかし」
さすがにそれ以上は躊躇いを見せるのを「さあ」と一声強く促す。
少将は膝を摺るようにして少しいざり寄った。
「じれったいな。私にそこまで出よと申すのか」
意地悪く言えば、少将は顔を伏せたまま慌てて側までやって来た。
腰に履いた太刀が御帳台の柱にぶつかる。
「し失礼……」
帯から太刀を外すと左側に置いた。
緊張のせいかささいな失態のせいか、小さな灯りでも分かるほど真っ赤になっている。
かわいそうに。
そう思って私はわずかに唇を持ち上げた。
「姫は息災か?」
「は。おかげさまで」
私の話題なぞ、人払いをした段階で少将も気付いていたようだ。うろたえもせず返事をしてきた。
「姫には大いに助けていただいた。あなたにもさぞ心労をかけたろうね。きちんと礼をしなくては」
「お主上をお助けするのは私にも、妻にも当然の務めでございす」
頭を下げたままで堅苦しい返答のようだが、さりげなくしっかり牽制をしている辺り、
なかなか頭も切れるようだ。
「あなたのような臣下を得ることが出来て嬉しい」
私は言いながら、閉じた扇を差し延べて、少将の顔を持ち上げさせた。
「さて、主従の会話はここまでだ。せっかくの夜なのだから、男と男の話をしよう」
「は。……え?」
一瞬頷きかけた少将は驚いたようにこちらを見返した。
「あなたは結婚のときの約束を守って、姫の他に通うお相手をお作りにならないようだが、
実際のところ姫お一人で満足しているのかね」
「あ、あの……お主上、どうか……」
「いいじゃないか。不満だと仰っても姫に告げ口するような野暮はしないよ。それとも、
他に目を向ける気にもならないほど姫は素晴らしいのかな?」
またすっかり俯いてしまった少将は首まで真っ赤にしている。
「教えて欲しいいな、あなた方の仲良しの秘訣を」
閉じた扇の先で袍の襟際を撫でると、居た堪れないというように身を小さく竦ませる。
頭を下げすぎて烏帽子が落ちそうなのを慌てて片手で抑える姿もかわいらしい。
なるほど、姫が少将殿をお好きになるのもなんだか分かる気がする。
「夜は長い。話をする時間はたっぷりとあるよ……高彬殿?」
暇つぶしを兼ねたささやかな意趣返しのつもりが、どうやらこれは思いがけなく楽しいことになりそうだ、と
こっそり胸の中で呟いた。