「……瑠璃姫。  
 もう、いいですからお帰りなさい」  
 
峯男が…ううん、吉野君がそう言ってくれたから。  
あたしはやっと、この呪縛から解放された気がする。  
 
もう泣くつもりなんてなかったけど、  
もう一度だけ。  
 
吉野君の胸で、今だけ泣かせてね。  
 
『ありがとう…』  
 
「る…瑠璃姫?!」  
 
事情が分からず、峯男が戸惑っているのが分かる。  
 
それでも、松明を持っていない方の手で、  
そっとあたしの背中を抱いてくれた。  
 
吉野君。  
通法寺で最後に抱き締めてくれた時の感覚を思い出す。  
 
離れ離れになる運命…  
でも、あたしはきっと忘れないから。  
高彬と結婚しても、きっと。  
 
ずっとずっと残る、とても綺麗な思い出だから。  
あの美しい春の吉野で、あたし達は結婚の約束をしたんだもの…  
 
そして、ふっと思い出す。  
その頃は分からなかった、『接吻(キス)』の意味。  
 
 
忘れない為に。  
あたしは今、その約束を果たそう。  
 
 
「…少し、かがんで?」  
「え?る、瑠璃ひ…」  
狩衣をひっぱり、顔を近付けさせる。  
 
「…!」  
 
そっと、触れるだけの接吻(キス)。  
 
 
ありがとう、吉野君。  
さようなら、吉野君。  
 
あなたの事、忘れない。  
 
〜終〜  
 
 

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