作品データ  
なんて素敵にジャパネスク/コバルト文庫/氷室冴子  
行動力バツグンの型破りなお姫様、内大臣の娘・瑠璃姫が  
繰り広げる平安ラブコメディ。  
本編8巻、番外編2巻で完結。  
 
山内直実さんの手で2巻+番外編2巻分が漫画化されていて、  
この5月になんと十数年ぶりに復活。花とゆめで続きが漫画化  
されることになっています。  
 
 
 
 肩にまわった高彬の腕に、少しずつ力が入っていくのが仲よしになる合図。  
 あたしは近づいてくる高彬の顔を見ながら、ゆっくりと瞳を閉じた。  
 結婚してから一年。最近は言わず語らずというか、雑談からそういう雰囲気になるのも  
スムーズになってきた。  
 夫婦になってきたなーって感じで、なんだか嬉しい。  
 新婚なりたてのぎこちなさも初々しくていいけどね。お互いに何もいわなくてもわかる、  
この感じが気持ちいい。  
 まあ、実を言うとワンパターンだからわかるってのもあるんだけどさ。  
 コトに入っても、あきれるぐらい手順は同じ。  
 接吻をして、夜具の上に横たえられて、小桂(こうちぎ)に手がかかって、腰ひもをほど  
いて……。  
 でもね、だから安心ってところもあるのよね。あたしもビギナーだし。  
 きっちり手順が決まっているのも、律儀な高彬といえば高彬らしくて、かわゆく思えち  
ゃったりするし。  
 世の中には仲よくするにもイロイロ方法があると耳にしないでもないけど、あたしたち  
はこれで充分って……。  
 あ、あれ?  
 いつもなら仰向けにされるところを、高彬に横抱きにされてしまって、あたしはつむっ  
ていた目を開けた。  
「ひゃっ」  
 
 耳たぶなんかを舐められてしまって、頓狂な声があがってしまう。  
「なななななにをするのよ、高彬」  
「瑠璃さん……」  
 耳を噛まれるようにして高彬に囁かれて、背筋がぞくりと震えた。高彬の吐息が、熱い。  
 カーッと自分の顔も熱くなる。  
 気がつくと、高彬の手はあたしの胸元に入りこんでいた。  
「…………」  
「瑠璃さん……、…………えっ」  
 ハラハラと涙をこぼすあたしに気づいて、高彬があわてて身を引いた。  
「どうしたのさ、瑠璃さん」  
「……高彬」  
 涙の溜まった目で、せいいっぱい恨みがましく、あたしはヤツを睨みつけた。  
「あんた、浮気したわね!」  
「何だよ、突然」  
「しらばっくれないで。いつもと手順が違うのが動かぬ証拠よ!」  
「手順……」  
 何だか違うところで高彬はショックを受けてるようだけど、そんなことはどうでもいい。  
 乱れた胸元を掻きあわせて、あたしは高彬から距離をとる。  
「あたしひとりだけだって約束したくせにっ、結婚わずか一年で裏切るってどういうこと  
よ! やっぱりあんたもとうさまと同じ、浮気者の男どものひとりだったのね。嘘つき!  
 女たらし! 離婚してやる。尼さんになって鴨川に飛びこんでやるっっ」  
 
「瑠璃さん落ち着いて」  
 ショックから抜け出したらしい高彬があたしをなだめにかかる。ふんっ、浮気を見抜か  
れたってのに、落ち着き払っているのが気にくわない。  
 そりゃ、現代は夫が何人も妻を持つのは当たり前よ。妻だけじゃあきたらず、あっちこ  
っちに愛人を持つあたしのとうさまのような浮気者も珍しくないわ。  
 だけど、そんなのはあたしは嫌。  
 何人かのうちのひとりなんてまっぴらよ。  
 とうさまや弟の融にも、子供っぽい我が儘だって笑われたけど、高彬は、高彬だけはわ  
かってくれてると思ったのに……!  
 わあわあ泣き伏すあたしの頭に、困ったように高彬が手を置く。  
「僕は浮気なんかしてないよ」  
 信じられるもんですか。声には出さずに、あたしは首を振る。  
「本当だよ」  
 そのまま髪を梳くように頭を撫でる。なによ、子供扱いして。年下のくせに。  
「じゃ、じゃあ、あんなことどこで覚えてきたのよ。いつもと全然違ったじゃない」  
 顔を上げて問いつめると、高彬の頬がぽっと赤くなった。  
「そんなに、いつも同じだったんだ」  
「そう……いえ、いつもいつも同じというわけでも……」  
 あたしは口の中でむにゃむにゃとごまかした。ワンパターンだってハッキリ言っちゃう  
のも……ねえ?  
 
「いいよ。気をつかってくれなくても。同僚にもさんざん言われちゃったし」  
 同僚?  
「いったいどういうことよ」  
 涙を拭って、あたしは身を起こした。  
 高彬が照れくさそうにポツリポツリと話したところによると、先日の宿直(とのい)の夜、  
一緒に詰めていた何人かの同僚がそういう話を始めたのだそうだ。  
 そういう話、つまりいわゆる……その……猥談ってやつよ。  
 宮中警護というお役目の最中だってのにあきれたもんだわ。  
 もちろん堅物の高彬は最初はそんな話には乗らなかった。それどころか止めるよう注意  
していたのだけど、なんの弾みか話はあたしとのことに転がってしまった。  
 高彬があたしひとりだとお約束してくれていることは、宮中ではそこそこ有名になって  
しまっている。  
 それをタネにからかわれるのはしょっちゅうだし、あたしが内大臣の娘だってことで妬  
まれて厭味を言われることもあるらしい。  
 あたしって高彬と結婚する前は、じゃじゃ馬だの暴れん坊だの、はては物の怪憑きの姫  
とかいわれて悪評高かったからさ。そんな姫と契ったのは、出世のためだろうなんて言い  
たてる公達もいるのよね。  
 恋や結婚も、仕事や出世と結びつけてしか考えられない。宮廷に生きる公達には、そう  
いう人が多いのだ。嫌なことだけど。  
 だから今回も、あたしとの結婚のことでまた厭味のひとつでも言われたのかと思ったの  
だけど。  
 
 どうも、そうではないらしい。  
 ま、よくよく考えてみれば結婚して1年も経ってるんだもの、いまさら厭味を言う人も  
いないわよね。  
 高彬は口を濁してハッキリとは言わなかったけれど、言葉のはしばしから察するにもっ  
とあけすけにからかわれたみたい。  
 御ややはまだかとか、ちゃんとすることをしているのかとか、月に何回通っているんだ  
とか。  
 そういうことは夫婦の秘め事で、外で話したりするようなことではないと思うんだけど、  
その前に猥談なんかしていたから、きっと煩悩がたぎってたのね。まったく男なんてすけ  
べなヤツばっかりなんだから。  
「そ、それで高彬。まさかバカ正直に答えちゃったんじゃないでしょうね」  
「しないよ、そんなこと」  
 ほんのりと上気しつつ、でもきっぱりと高彬は否定した。  
 ああよかった。宿直の暇つぶしに話の肴にされるなんて、とんでもないもの。  
 まあね、高彬はこれでも社交術には長けている。曲がりなりにも宮廷人、それも将来を  
嘱望される右近少将だもの。きっと「ご想像にお任せします」とか何とかいって、適当に  
あしらったに違いない。  
「ただ……」  
 ただ!? まだなにかあるの?  
 
 両掌を頬にあて、熱を冷ましながら、あたしは高彬の話の続きを待った。  
「その、妻ひとりだから、ぼくの経験が浅いんじゃないかと言われて。それは確かにそう  
だから、ぼくもとっさにうまく反論できなかったんだ。そうしたら……」  
 後日、これで勉強しろといって大量の絵巻物が贈られてきたのだという。それは、男女  
の秘め事を描いた……はっきり言ってしまえば閨中秘画だったわけだ。  
「で、あんたは律儀にそれで勉強したのね……」  
 あたしは力が抜けてしまって、へなへなとその場に突っ伏してしまった。  
「律儀にも程があるわよ。そんなもの見ないでつっ返しゃいいじゃないの」  
「うん……でも、興味がなかったわけじゃないから、さ」  
 小さな声で呟いて、高彬は顔を近づけてきた。その頬はさっきより赤みを増している。  
「瑠璃さんは、嫌だった? ――いつもと違うことされて」  
「…………っ」  
 あたしは池の鯉みたいに口をパクパク動かした。きっと顔も緋鯉なみに赤くなっているに違いない。  
 そんな風に聞くなんて卑怯よ。そんな風に聞かれたら――。  
「い、や……じゃ、ない…………」  
 あたしは羞恥で身体まで火照ってくるのを感じながら、何とか声を絞り出した。  
 高彬の顔がますます接近してくる。  
「じゃあ、続きをしてもいい?」  
 だから聞かないでよ、そんなこと――っ!  
 あたしはもう声も出なくなって、ただ小さくこくんと頷いたのだった。  
 
 今度は、高彬は正面からあたしに接吻した。夜具の上に座りこんだ形で、あたしは首を  
わずかに傾げてそれを受ける。  
 ついばむように何度かくり返していたのが、次第に深いものになっていく。互いに舌を  
絡め合って、その感触を追い求める。  
「ん……」  
 接吻にうっとりしている間に、小桂は肩から落とされて、あたしは小袖姿になっていた。  
 高彬の手が襟元からそっと忍び入ってきて、あたしはつむっていた目にぎゅっと力を入れた。  
 この時代、ブラジャーなんてものはない。小袖の下はすぐに肌だ。  
「緊張してるね、瑠璃さん」  
 高彬が含み笑う。  
「…ばかっ」  
 見抜かれて、あたしは高彬から顔をそらした。  
 ええ、そうよ。緊張してるわよ。まるで初めての夜の時のように、不自然に自分の身体  
に力が入っているのがわかる。  
 1年も前に結婚して、それなりに(小萩や他の女房が言うことには、高彬の訪いはかな  
りまめ……らしい)仲よくもしてきたってのに、おかしいと自分でも思うわ。  
 でも、でも、それもこれも高彬のせいなんだからねーっ!  
 すけべな同僚が贈ってきた変な絵巻物で勉強したというし、次になにされるか不安でし  
かたない。あんまりすごいことをされないといいんだけど。  
 高彬の骨張った手があたしの乳房をおおう。もうすっかり男の手だね、高彬。  
 
 年下だ年下だと普段は子ども扱いしてるけど、ここのところ高彬の身体が急速に変わっ  
ていってるのには、あたしも気づいてた。  
 武人として腕も立つ高彬は、その辺のひょろっとした貴族のぼんぼんどもとは違って、  
鍛えられてはいたけれど、やっぱり首の細さや胸回りの薄さに年の若さが現れていた。  
 だけど、最近はたくましさが加わってきた……ように思う。いや、細っこいのは相変わ  
らずなので、身びいきといわれればそれまでなんだけどさ。細身は細身でも骨太になって  
きたというか。  
 もう18歳だもんね。  
 きっとこれからどんどん変わっていくんだよね。  
 でもきっと、どんな風に変わっても、あたしはあんたが好きよ。ずっと好きよ。  
「……、っ……ん……」  
 やだな。やっぱり緊張しているせいかしら。  
 いつもより息があがるのが早くて、あたしは唇を食いしばる。  
 高彬の手のあるところから、じんじんじんじん痺れが広がっていく。それに、その……  
小袖は着たままだし、横になってもいないので……身動きすると、胸の先端に布がこすれ  
て……それも、痺れを生みだすもとになっていたり……。  
「!」  
 高彬が首筋に吸いついて、あたしは自分でもビックリするぐらい身を震わせてしまった。  
 高彬も驚いたみたいだけど、すぐに耳の下から喉元をくすぐるように舌先を転がし出す。  
 や、やめて。やめてよー!  
 
 くすぐったいだけのはずの行為に意外なほど煽られてしまって、あたしは身悶えした。  
「瑠璃さんは、首筋が弱かったんだね。知らなかったよ」  
 きっとまだまだ、知らないことがいっばいあるよね、と高彬が呟く。あたしの首のあた  
りに顔を伏せているから表情はわからないけど、なんだか声は嬉しそうだった。  
 一方のあたしは泣きそうよ。  
 嫌だというわけじゃないわよ。でも、どこが弱いとか、あからさまこと言わないでよ。  
 なんだか自分の秘密が暴かれているような気がして、恥ずかしくて恥ずかしくてどうし  
ようもなくなってしまう。  
「んんっ」  
 高彬の指が先端に触れた。軽く摘むようにしてもてあそぶ。  
 こういうのは今までにもあったけど、いつもよりずっと刺激が強く感じられて、あたし  
は喘いだ。身体が、とても敏感になっている。  
 うまく力が入らなくて、座っていることさえつらい。つんつんと高彬の小袖を引っぱっ  
て合図してみたけれど、高彬は左手であたしの背を支えて、横たえようとはしなかった。  
 いつの間にか小袖の腰ひももほどかれて、前がはだけてしまっていた。首筋をたどって  
いた高彬の唇が、胸へと降りている。  
 ぬめりのある舌が、すっかり立ち上がっている先端を包むと、ビリビリと痺れが背筋を  
はい昇っていった。  
「ひゃ、あ、……あ、たか、たかあき……っ」  
 まともに言葉を紡ぐこともできない。のけぞるあたしを、高彬は左腕一本で支えている。  
右手は――。  
 
「い、いやぁ……っ」  
 いまさら崩れた膝を閉じてみても、もう遅い。  
 奥へと入りこんだ高彬の指が、あたしの中を探る。あたしはもう、頭に血が昇りきって  
しまって、くらくら眩暈すら感じていた。  
「すごい。初めてだ、こんな……」  
 高彬が呟く。独り言みたいで、思わず言っちゃったという感じだった。  
 何がすごいのよと突っ込みたかったが、とても恥ずかしいことを言われそうな予感がし  
て口を閉ざす。  
 そのうち、あたしの耳に今まで聞いたことのないような音が聞こえだした。  
 その音は、あたしの身体からしている。  
 湿った水音のような……でも、それより粘りつく感じの……。  
 やっぱり、これって――!  
 心の中で悲鳴を上げて、あたしはふたたび固く固く目をつむった。  
 そそそりゃ、あたしも人妻になって1年。女の身体のそういう現象を知らないとはいわ  
ないわ。だけど、こ、こんな、音がするぐらい……ちゃうなんて初めてよ。  
「あ、ああっ……、たか、あきら……高彬……っ」  
 固く閉じた瞼の裏で、閃光が弾ける。  
 昔読んだ絵巻物には、こういう時は瞼の裏が緋色に変わると書いてあったけど、どちら  
かというと天雷だと思うわ。  
 
 それも、今日はとびきりの雷よ。さっきから間断なく痺れが全身を走り抜けて、震えが  
止まらない。吐く息は火のように熱いわ。  
「高彬……たかあきらぁ……」  
 ぶるぶる震えながら、あたしは高彬にしがみつく。  
 ふと、あたしの胸元から顔を上げた高彬が、優しく接吻してくれた。それでちょっとだ  
け安心して、手の力がわずかに緩む。  
 背中にまわっていた高彬の左手がさがって、あたしをそっと夜具に横たえた。それもま  
た、あたしをほっとさせた。  
 座ったままでは安定しなくて、身体が頼りなく揺れてしまうから心細かったのよね。  
 たけど、安心したのもつかの間、高彬があたしの脚を持ち上げた。ぎょっとして目を開  
くと、ありうべからざる場所に高彬の、しっ、舌が……!  
「たたたたたた高彬! なにすんのよっ」  
 腰を捻って逃れようとしたのだけど、がっしりと捕まえられていてかなわない。高彬の  
頭に手をつっぱって、退けようとしても駄目だった。  
 そもそも全身が痺れきってしまって、力なんかろくに入らないのよ。  
「……あああっ」  
 
 さっきまで高彬の指のあった場所に、ぬるりとした感触を感じて、あたしは身体を強ば  
らせる。なに? 指とはぜんぜん違う、息も止まりそうなほどの強い刺激。  
「っあ、ああ、やぁっ、んんっ」  
 制止の言葉は意味のない喘ぎに変わってしまう。  
 はしたないと思う気持ちは意識の隅に残っていて、あたしをどうしようもなく恥ずかし  
くさせるのだけど、声をこらえることはできなかった。  
 
 身体が勝手に仰け反り、脚が空を蹴る。痺れは全身を駆けめぐり、骨の髄までとろけき  
ってしまいそう。心の蔵はうるさいぐらいに早鐘を打っているし、頬は燃えるみたいに熱  
いし、頭は完全にのぼせきって、も、もう、あたしは気絶寸前よ。  
 た、高彬のバカーっ! あんたなんてこと覚えてくるのよ。いや、それよりも高彬の同  
僚よっ、いったいどんな絵巻物をこいつに見せたのよ!  
「ひゃあああああっ!」  
 ひときわ大きな雷に全身をうたれて、あたしの身体が跳ねる。高彬の舌が、いちばん敏  
感な場所をとらえたのだ。  
 そこに尖りがあることには、ずっと前から気がついていた。触れられると自分がひどく  
乱れてしまうことも。  
「た、たかあき、そこ、そこは、ああああっ」  
 止めようとしたけれど、またもや言葉にはならなかった。なまあたたかくてざらりとし  
た感触が、尖りを包んで震わせる。  
「や、あ、あ、あ、ああああああああ――っ!」  
 あっという間に、あたしは極みへと追いつめられてしまった。  
 
「瑠璃さん、大丈夫?」  
 息も絶え絶えなあたしの頬に、高彬が手を添える。それだけでも肌が粟立つような感覚  
を覚えてしまう。あまりにも過敏で、苦しいぐらいよ。  
「たかあきらぁ……」  
 自分でも思いがけず甘えるような声音で呼びかけてしまった。  
 高彬の目が大きく見開かれて、それから噛みつくように接吻された。  
 た、高彬。息ができないよ。  
 高彬の身体が、膝を割って入ってくる。つい、あたしは身体をずりあげてしまった。  
 高彬が再度身体を進めてくる。でも、あたしはまた上に移動する。  
 い、いや、わざとやっているわけじゃないのよ。逃げようとしてるつもりもないんだけ  
ど、そのう……だって、高彬、ちょっと乱暴なんだもん。ううん、乱暴というのは言い過  
ぎかもしれない。ただ突然、急いた感じになった。  
 それに、今でさえこんな状態なのに、高彬を受け入れてしまったら、どうなってしまう  
のか……。べ、別に怖がっているわけじゃないんだけどさ。  
 何度か無言の攻防をくり返した後、焦れたのか高彬はあたしの身体をひっくり返した。  
 うつぶせにされたあたしは、はじめは高彬が何をする気かわからなくて、背中から抱き  
しめられるまで呆然としていた。  
 ち、ちょっと待って。まさかこの格好で!?  
 あたしは泡を食って、高彬の下から逃れようとした。それがかえってまずかった。浮か  
せた腰に、固い熱を感じて硬直する。  
 
「やぁっ、高――……」  
 背後から一気に貫かれて、あたしは大きくのけぞった。夜具をきつくきつく握りしめる。  
 高彬がゆるゆると動きだす。顔が見えないせいか、あたしの中の高彬の存在をいつもよ  
り強く感じてしまう。それがさらにあたしの羞恥心を煽った。  
 高彬、こんなこと本当に絵巻物にあったんでしょうね!?  
 う、嘘だったら承知しないんだからね――っ!  
「あ、んんっ、んぁっ、あ、く……っ」  
 控えめだった高彬の動きが、徐々に激しさを増していく。  
 もう、あたしの口からはとめどもなく嬌声があふれ出していて、それがまた身悶えする  
ほど恥ずかしい。けど、止められない。  
 腕の力も抜けきって、上体が支えられなくて突っ伏してしまう。腰は高彬に支えられて  
いて、よくよく考えると、いや考えなくてもすごい格好していて泣きたくなってしまうの  
だけど、もうそんなことどうでもいいという気もしたりして、我ながらおそろしい。  
「瑠璃、さん……っ」  
 せっぱつまったような声がした。  
 こういう時しか聞けない、高彬の声。わずかにかすれているんだけど、それがまた艶っ  
ぽくてゾクゾクしてしまう。  
 ああ、でも、待って。待って。  
 あたしはともすれば飛びそうになる意識を必死に引き戻して、声を紡いだ。  
「たか、高彬。お、おねが、い……お願い、このままは、いや。…顔、見た、い……」  
 
 少しだけ間があって、高彬が身を引いた。離れていく感覚に、ぶるりとあたしは身震い  
する。  
 脱力して夜具に倒れこんだあたしを、高彬が抱きかかえて仰向けにしてくれた。  
「……どうしたの?」  
 ようやく見られた高彬の顔は、困ってるようでもあり、憮然としているようでもあった。  
「なんでもない」  
「だって、変な顔してるわ。……怒ってるの?」  
「違うよ。まあ、えーと、男の都合というか、身体の問題というか……瑠璃さんには関係  
ないことだから」  
 大きく息を吐きだしてから、高彬は微笑んだ。  
 途中がごにょごにょした小声でよく聞こえなかったんだけど、ちょっと苦笑っぽかった  
にしろ、笑ってくれたからあたしは安心する。  
「高彬、好きよ」  
 おおい被さってくる高彬の首にしがみつき、あたしは心をこめてささやいた。  
「ぼくも好きだよ、瑠璃さん」  
 高彬の返事にも、同じぐらい心情がこもっていると感じたのは、あたしの自惚れじゃな  
いはず。  
「ふ……」  
 わけいってくる高彬を、今度は逃げずに迎えることができた。  
 腰が触れるほど奥まで入りこみ、高彬は一瞬身体を止めたけど、すぐに動きを速めた。  
 
 やっぱり普段より少し性急な気がする。もしかしたら、高彬もいつになく昂ぶっている  
のかしら。  
「ぅあ、ああっ、や…あ……ああっ、んんっ、あああっ」  
 眩暈がするほど激しく揺すぶられ、あたしは急速に高められていった。はしたないとか、  
恥ずかしいとか、そんなことももう考えられなくなって、ただただ高彬を受けとめる。  
 熱に浮かされた視界に、高彬の顔が映る。何かを堪えているようにひそめた眉。ぎゅっ  
と食いしばられた口元。熱に潤んで、でも痛いぐらい真剣な瞳。上気した顔にほつれ髪が  
幾筋かかかっていて、それがたとえようもなく色っぽい。  
 ――こんな高彬の顔を見られるのは、生涯、あたしひとりね。  
 ふいに痛いほどの幸福感が胸いっぱいに広がって、あたしは高彬の首にかじりついた。  
「る、瑠璃さん……っ」  
 高彬がなぜか焦った声を出したけど、構わずぎゅーっと抱きしめる。体の奥から、心の  
奥底から、幸せな気持ちが満ちあふれていく。  
 高彬がため息をついた。顔は見えないんだけど、困っている気配。なんだか、さっきか  
ら困らせてばかりね。そんなつもりはないんだけど。  
 そうか、あたしがかじりついているから、高彬の動きを邪魔していたのかと気がついた  
のは、高彬が身を起こした時だった。当然、首にかじりついていたあたしも持ち上がる。  
「あぁ……!」  
 身体がずるりと下にさがった。より奥に高彬を感じてあたしの背がしなる。高彬はあた  
しを抱えこみ、いっそ荒々しいほどの動きで突きあげる。あたしはもう、息もできない。  
閉じた瞼の裏で閃光が何度も何度も散り、身体が小刻みに震え出す。  
 
「ひぁ、あああっ、高彬……たかあきらぁ」  
 全身が燃えあがる。  
 熱い。熱くて苦しくて辛くて切なくてとけてしまいそうよ。  
 気がつくと、勝手に涙まで流れだしていて、なにがなんだかもうわからない。  
 とてもとても幸せな気持ちと灼けつく痺れが渦を巻いて、頭の天辺からつま先まで駆け  
抜け、遙か高みにあたしを連れて行く。  
 下腹に感じた灼熱に真っ白に意識が染め抜かれ、あたしはそのまま気を失った。  
 
 
 精も根も尽き果てて、翌朝になってもあたしは動く気力もなかった。  
 高彬が心配そうにあたしを覗きこむ。  
「ごめん、無理をさせてしまったね。その……途中から、ぼくもおさえがきかなくなってしまって」  
 小桂を頭からかぶって突っ伏したまま、あたしは首を横に振った。昨夜のことを思い返  
すと、恥ずかしくて顔もあげられない。  
 最後の方は切れ切れにしか覚えてないけど、ものすごく、み、乱れてしまった気がする。  
いつの間にか小袖を身につけてるし……。小萩を呼んだとも思えないから、たぶん高彬が  
着せてくれたのよね。あたしったら昨夜は素裸で―――……。  
 かーっと顔が火がついたように熱くなって、あたしは小桂の中で身を縮めた。  
 慎みのない姫だ、少しはおとなしくしなさいと、さんざん言われてきたあたしだけれど、  
自慢じゃないがその手のことに関しては奥手だったのだ。まあ、頭に血がのぼって、人前  
で「姫ややを生みわける」なんて叫んでしまったこともあるけれども、それは置いといて。  
 
 こと、夫婦の契りに関しては、慎みぶかい方だった、と、思う。  
 それが昨日は――。  
 で、でも、いつもいつも慎みを持てと言っている(うちのひとりの)高彬本人が、嬉しそ  
うにしてるのだから構わないかしら。  
「瑠璃さん、怒っているの? 顔を見せてよ」  
 あたしは小桂をはがされないよう、しっかり握りしめ、ぶんぶんと首を振って否定した。  
 相変わらず女心のわからないやつめ。怒っちゃいないわよ。あんたが嬉しいのなら、あ  
たしも、まあ、いいかって思えるし。  
 ただ……。  
「高彬。もう宿直ですけべな同僚たちにからかわれても、のせられちゃ駄目よ。絵巻物と  
か贈ってきても、無視すんのよ」  
 これだけは、と思って、あたしは小桂の中から高彬にクギを刺した。これ以上おかしな  
知恵つけられちゃ身が持たないわ。  
「大丈夫だよ。もう何を言われてもかわせると思う。心配いらないよ」  
 照れくさそうに笑っていた高彬の声が、ふいにイタズラっぽいものに変わった。  
「だけど、ぼくとしては感謝したい気分だな。あんなに可愛い瑠璃さんが見られたんだか  
ら」  
「な……っ」  
 あたしは絶句した。臆面もなくなんてこというのよ、こいつは!  
 
 小桂が燃えてしまうんじゃないと思うぐらい、羞恥に火照っているあたしの耳に、身を  
かがめた高彬がそっと囁く。  
「絵巻物にかかれていたことは、ほかにもあるんだ。……そのうち、また、ね?」  
 まだあるの!? かかか勘弁してよ。そんなことにまで勉強熱心にならなくていいのよ。  
高彬のすけべ! ばかーっ!  
 そう、心の中で、さんざん叫び声をあげつつも。  
 あたしは、なぜか、こくんと頷いてしまったのだった。  
                             (終)  

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