夏の京都、深夜2時、夜の住宅街に人は出歩いていない。
その往来を、黒く長い髪の利発そうなきりっとした顔つきにスレンダーな身体の
大学生くらいの美女が早歩きしている。
それを追いかけるように肩上くらいの長さの栗色のふんわりした髪の毛に
身長も顔も握った手の拳まで何もかもがミニマムでかわいい感じの
幼くどこか媚びたような表情を見せている女の子が
トタトタ足音を響かせながら、美女にまとわりつくようにして質問を浴びせかけていた。
「ねー美鈴ちゃん、美鈴ちゃんってば、美鈴ちゃんの彼氏ってどんな人なのー?」
「もうっうるさいっあんたに関係ないでしょっ!」
『美鈴ちゃん』は足の速度を緩めるでもなく前を向いたまま邪険に答えた。
『ちなみ』は不満毛な顔つきになって、
「だってだって美鈴ちゃんに彼氏なんてーっちなみ、ちなみ嫌なんだもーんっ」
「往来でくっつかないでよっ。もう……っ」
疲れたようにどさりと駐車場の鉄柵に、横から抱き付いてきた
ちなみごと美鈴は背中からもたれかかった。
空を見上げれば黄色い下弦の三日月が見える。
ちなみの艶やかな髪に指をくぐらせ梳いてやると、甘えるようにちなみは
ますます美鈴に身体を摺り寄せてくる。
かわいかった。
それを照れと呆の入り混じったような顔で見下ろしてから、
美鈴はぶっきら棒な口調でちなみからの先刻の問いに答えてやった。
「いい人だよ。結婚してもいいって思えるような。心があったかくなるような人っ」
「えー」
ちなみは美鈴の胸に顔を埋めたまま美鈴の背をぎゅっと抱きしめていた手を
そっと離す。それから身を翻して美鈴に背を向け、月に向かって泣き真似を始めた。
「ちなみよりもその人の方が好きなんだぁー。もー、美鈴ちゃんのバカー。うえーん」
「ハァ!? 彼氏と友達比べても仕方ないでしょーが。ほらっさっさと帰るよっ
今日はあたしン家に泊まるんでしょっ」
コツンとちなみの後ろ頭を小突いてやると、嬉しそうにちなみは振り向いて、
「うんっ。ねねっ、美鈴ちゃんのマンションって何階建てー? ちなみ高い方がいいなー50階建てくらいがいいなー」
「50階建てなんて京都にあるわけないでしょう。そんないいマンションじゃないし、
でも、あんたが泊まるくらいのスペースならあるから、あ、でも朝御飯がないか。どっかコンビニに……」
話している美鈴の背中をちなみは眩しいものでもみるかのように眺めている。
「ちょっと聞いてんの端本っ」
「もちろん! 美鈴ちゃんの声だもん」
振り返り怒鳴った美鈴に対してちなみはにっこり笑って答える。
「あーそう」
また前を向いて美鈴が歩き始めたのを確かめてから、そっとちなみは目いっぱいに
膜を張っていたぬるい水を指で拭った。
「美鈴ちゃん美鈴ちゃんっ」
トテトテ追いかけ美鈴の横につく。疲れたように美鈴はそれでも返事をしてやる。
「何よもー」
「ちなみ美鈴ちゃんのことがだーい好き」
満面の笑顔でちなみは美鈴を見上げて告白した。
「はいはい」
「えへっ」
呆れたようにいう美鈴の答えにちなみは破顔一笑して、
自分の腰の後ろで左手を右手でをぎゅっと握り締めた。
そうしたら、先刻からさざなみのように悲しみが、寒さが、胸から指先へ、
体中へとかけ廻っていっているのを止められる気がした。
なんで哀しいのかなんて、考えたくなかった。