PART.7  
 
外村プロダクションの第1企画部の一室では美少女3人組アイドルグループのテビューCDのプロモーション企画が  
急ピッチで行われていた。  
彼女たちは3人ともまだ高校2年のうら若き乙女であり、また今年の外村プロの最大の期待プロジェクトであった。  
彼女たちが年齢以外で共通しているのはそれぞれ関西圏出身であるということだ。  
上手い具合に京都、大阪、神戸という関西主要3都市の出である事から3都物語にちなんだグループ名が会議で  
模索されるものの今に至り正式なグループ名が決まらないでいる。  
社長の外村ヒロシを筆頭に社の重要会議で長時間の議論がなされるもののどうも決定的なネーミングが思い浮かばない。  
それというのも社長・外村のあまりの妥協を知らないそのマニアックなこだわり方がかえって仇になってるフシがあった。  
基本的に外村プロは社長・外村ヒロシという他に類を見ない程の女性への凄まじい嗅覚、発掘能力と確かな経営手腕に  
よって成り立っている新進気鋭のワンマン芸能会社と言っていいのかもしれない。  
幹部たちも皆一様に若くそれなりに優秀でもあり彼らも例外なく女性タレント好きな連中なのだがそれでも  
とてもじゃないが外村には全ての面で敵いそうになかった。  
外村の高校時代からの腐れ縁であった小宮山力也は同じ進学校の公立泉坂高校出身であったがまるで勉強が出来ず  
学校一の落第生であったが東大卒業後の外村に拾われ会社第一号タレントの端本ちなみの専属マネージャーをまかされた。  
現在はマネージャー部門の統括責任者的立場にまで出世したのだから大したものではある。  
端本ちなみとはどうもつかず離れずな関係なのだが小宮山は我慢強く彼女の誠意を信じ思い続けているのだった。  
 
会議では結局結論が先送りになり近々再召集の旨が確認され解散した。  
各々それぞれの部署に戻り今後の業務へと専念する。  
社長・外村は相変わらず多忙すぎる毎日を送っていた。  
この後早速外部の人間と業務契約の件で会う約束が入っていた。  
その人物とは高校時代からの親友の現在注目の新人映画監督の一人である真中淳平であった。  
外村は今回の彼女たちの音楽PVの映像監督を真中に依頼する為に彼を社に呼んだのであった。  
 
「どうだ真中、可愛い娘たちだろ?絶対ヒット間違い無しの逸材だよ。今年の外村プロの最大の一押しグループとして  
 大々的に市場に出すつもりだ。まあそこでだ、PV作品で実績のある真中淳平監督に彼女らのデヴュー作品をどうか  
 手掛けてもらえないものかと思ってな」  
社長室で外村は社長机に軽やかに足を組んで座りながら真中相手に音楽PVの監督の交渉を熱心に持ちかけた。  
真中は彼女たちの資料を前に腕組みをしながら考え込んでいる様子であった。  
本音を言えば真中としてはもう音楽PVの類は手掛けるつもりは無かった。  
元々将来の映画監督の夢への通過点として仕事、という風に割り切って考えそれを手掛けていたに過ぎない。  
無論いい加減な仕事をしてきたつもりは無かったが待望の初映画を撮った今となっては今更という気分であったのだ。  
ただ確かに彼女たちは外村が大いに力を入れているだけあって申し分なく可愛いかったし何よりも相手の外村には  
前の映画の件のみならず過去いろいろと世話にもなっていたからなかなかムゲに断りにくい。  
それにしても彼女たちを見ているとなんだろう、なにか思い当たるフシのある感じがしてならなかった。  
暫く考えてみたが彼女たち3人からはそれぞれ東城綾、西野つかさ(現在の真中つかさ)、そして北大路さつきの面影を  
そこから見出してしまっていたのだった・・・。  
「俺がこの娘たちを初めて見た時にすぐにピンと来る物があった。それは東城、北大路、それにお前の奥さんの事だった。  
 彼女たちはあれから10年ちょっと未来の後に表れた新たなあの3人じゃないかってね。俺が力入れるのも多分単純に  
 可愛いだけでなくそんな思いがあるからなんだろう・・・」  
そう語る外村の説明にはなにか大きな説得力が感じられたのだった・・・。  
 
結局真中はいろいろ悩んだ末にその以来を引き受ける事にした。  
それにあたり外村側からは何点かの意向が示された。  
まずPV制作のロケーションだが彼女たちの出身地である京都、大阪、神戸の3都市でそれぞれ撮影を行ってもらう事、  
映像演出には基本的に口を挟まないが既に完成してある楽曲のイメージを壊さないでもらいたいという事であった。  
楽曲は現在の邦楽シーンを引っ張る立場にある著名な中堅作曲家に依頼して既に数曲分作られていた。  
それぞれシンセサイザーサウンドがメインによるジャパネスクな雰囲気を漂わせたアンビエンスかつダンサンブルな  
楽曲に仕上がっていた。  
外村も同行の下で撮影期間は約4日間程を目処に行われる事で調整がついた。  
 
最終的な契約内容が成立して仕事の具体的な打ち合わせも終わったところで外村がガラリと話題を変えた。  
それはなんと泉坂高校3年次の同窓会を京都で行わないかという驚くべきプランであった。  
真中の泉坂高校3年次のよく知るクラスメイトは外村ヒロシに小宮山力也とそして東城綾の3人がいた。  
実は外村と他のクラスメイトを中心に10年ぶりに泉坂3年時代のクラスメイトに招集を掛けていっその事京都の地で  
同窓会を執り行わないか、という話が進んでいるのだという。  
何で京都なんだ、という真中のごもっともな指摘に外村は答える。  
まず風光明媚な京都で観光気分で懐かしくやろうという事、真中によるアイドルグループの京都編のPV撮影もその時期に  
一緒に手掛けたらいいという事、そして以前の映画部同窓会と同じ北大路さつきの働く老舗料亭を使わせてもらおうと言うのだ。  
「まあはっきり言えばな、俺はこの機会に北大路に大アプローチを掛けてみようと思ってるんだ。あいつは今の年齢でも  
 絶対芸能界でもやってけると思ってるから本気で口説いてみようと思う。・・・まあ断られてもそれならいいさ、何だかんだで  
 あいつと会える口実を設けれるんだから。ああ、それと勿論東城もな」  
外村から綾の名を聞かされて真中は一瞬焦りを覚えた。  
(京都・・・さつきがいる町・・・そして・・・)  
以前の真中と綾が二人で人知れず再会して食事を共にしたあの日の夜・・・。  
会話の中で綾から次の小説の話の内容を京都を舞台に描こうかと思っている、という話題がでた。  
その内担当の編集さんと一緒に取材でうかがってみようと思う、とも語った。  
「流石に京都の地で大勢のクラス連中が集まるとは考えられんがあえて京都でやろうという事で話をまとめている。  
 お前や俺にとって仕事の面でも一石二鳥と言えるし悪い話じゃないだろ?クラスが違うとはいえさつきの姿があれば  
 男らの出席率はかなり期待できるかも知れん・・・。同じ理由で作家先生の東城にも何としても出てもらいたいな・・・」  
主催者的立場を任されてるからか、外村はかつての二人の美少女の出席を絶対実現させようという意気込みに燃えていた。  
そしてそのまま自分の趣味と実益にもリンクさせようというしたたかな腹でいるのだった。  
浮かれ気分の外村を尻目に真中の表情にはどこか険しさが漂っていた・・・。  
 
 
あの日の夜の公園の広場で真中は綾の体を思いっきり抱きしめた。  
そして綾の体から伝わってくる温かな感触とその香しい匂いを体全体で感じていた。  
「真中君・・・」  
綾がボソリと呟く。  
「ゴ、ゴメン、東城。いきなり・・・・」  
真中はそっと彼女の体を放した。  
それから暫く二人はお互いを見つめ合ったままでいたのだがやがて真中は真剣な眼差しで口を開いた。  
「・・・東城、この際はっきりさせておきたいんだ。だから、俺の質問にハッキリと答えて欲しい」  
綾は今までにないくらいの真中の強い口調による問いかけにやや緊張した面持ちになりながらそっと首を縦にふった。  
「東城は・・・俺のことを今でも好きなのか?・・・君の本音を教えて欲しい・・・」  
それは非常に極めてストレートな問いかけであった。  
その問いに綾は瞑想するかの如く暫し目を閉じながら考えを整理しているようであったがやがてその重い口を開いた。  
 
「・・・・今更ながらあたしと真中君の今までの事をいろいろ考えてみた・・・。初めて出会ったときから同じ高校に進学して  
 同じ部活で映画を製作しながらいろんな人たちと巡り合いいろんな経験をしていろんな想いを感じながらそして卒業を  
 迎え互いの道へと進んでいった・・・。こうやってお仕事を通じて再び真中君に再会できてこうやって二人だけで会って  
 今こんなお話を交わしている・・・。あたしね、今でも時々思うの・・・もしも、もしも、あたしと真中君が本当は両想いで  
 あったとしたなら・・・あたしたちにそのきっかけとほんの少しの勇気と正直さがあればひょっとしたら今頃は二人幸せに  
 結ばれていたのかもしれないって・・・。  
 それが自惚れだとは分かっている・・・実際は真中君が選んだのは西野さんだったんだから・・・。でもあたしからもっと  
 早くにその気持ちを真中君に伝えていればひょっとして真中君はあたしを選んでいてくれていたんじゃないのかって・・・  
 それはまるであたしのあの小説のラストみたいに・・・・」  
 
それは綾のあまりに痛々しくも生々しい魂の吐露だった。  
東城綾は屋上で初めて出会った真中淳平にあの小説を通じながら確かな愛の感情を抱いていたのだった。  
初めてまともに自分と喋ってくれた男の人、初めて自分の小説を読んでそれを心から絶賛してくれ自分の未来の夢を熱く  
語ってくれてた男の人・・・それが東城綾の初恋の人であり今でも彼女の想い人であり続ける真中淳平なのであった。  
真中が自分ではなくつかさを選びそして自分から真中に別れを告げてから二人の男女の仲は断ち切られたのであり  
そして綾が大学時代に天地の恋人になり彼に抱かれてからはそれはもう完全な形で決着したはずなのであった。  
しかし綾はそれでも真中淳平の事を完全に忘れ去る事が出来なかったのだ。  
結局それは適わぬ恋だからと、封印していたに過ぎなかったのかもしれない。  
そして4年ぶりに再会した時、精悍な顔立ちと真っ直ぐに澄んだ瞳にがっしりとした体格にまで成長していた真中淳平の  
姿を目にして綾は再びあの頃の自分に戻ってしまったのだ・・・。  
ひたすら心の中で真中淳平を想い愛し続けていたあの頃の自分に・・・。  
 
「・・・東城の気持ちは分かった、俺も話そう・・・。最初君から手紙を貰い君が出したエッセイのことを知った。最初俺は君と  
 再会するのが正直怖かった。それでも結局君と共に再び映画を作る事が決定してそしてあの日君と再び再会して帰りを  
 共にしながら君からのあの告白を聞いてから俺はずっとずっと君の事ばかりを思うようになった・・・。そして・・・君の夢を  
 見るようになった。俺が君と激しく交わし合う夢をね・・・。いつしか俺はこうやって君と二人だけで会っては二人の時間を  
 共有する事ばかりを考えるようになった。運命というものを考えるになった・・・。そして妻がいながら俺は君の事を本気で  
 求めるようになって、もはや君そのものが欲しくてたまらなくなってきたんだ・・・東城綾という女性を・・・・」  
「真中君・・・・」  
それはその時二人の気持ちが完全に交差した時であった。  
 
二人はそのままお休みを言って互いの夜の家路へと去っていった。  
だが互いの胸中には確かな事が飛来していたのだった。  
今度互いが二人で再会した時はもう引き返せない一線を越えた関係になるであろうという事を・・・。  
 
 
「どうも、おばんどす。この度ははるばるウチのお店まで来ていただきはりましてほんまおおきにー」  
 
年の暮れが差し迫った12月23日の京都で泉坂高校3年次の同窓会が10年の歳月を得て開かれようとしていた。  
その京都のとある老舗料亭の若女将・北大路さつきがこなれた京都弁の挨拶で一同を出迎える。  
クラスメイトの出席者は男11名に女5名の計16人と芳しくない条件の中でも思っていた以上の数が集まってくれた。  
皆本当に懐かしいな・・・、と真中は大広間の中で彼らの顔を眺めながらしみじみと思った。  
ポンと真中の背中を叩く音がする。  
振り返るとそこに若女将・北大路さつきがいた。  
「真中・・・本当にお久しぶり・・・。元気だった?」  
「ああ・・・さつきもな・・・」  
同じ場所での約6年ぶりの再会であった。  
さつきは真中の前で照れた顔を隠せないでいるようであった。  
そしてそこには同じ出席者の一人として東城綾の姿もあった・・・。  
 
宴会はまず宴会幹事の外村のくそ長ったらしい挨拶から始まった。  
出席者の中で一番の高学歴者であり今や新進気鋭の芸能プロダクションの経営者であり持ち前のサービス精神と  
話術と宴会部長の立場をフルに回転させながら長々と一席を打っている。  
「・・・・このように我が外村プロは高校時代からの同志・小宮山君と共にここまでの躍進を遂げて参りました。ですが  
 まだまだ道半ばであります。私の目指す道は芸能界の頂点それであります!それも美少女アイドルタレントだけの  
 云わば女性版ジャニー事務所を目指しているのであります・・・(中略)・・・ここにいる私のかつての同志の一人で  
 今や期待の新人映画監督と言われる真中淳平君がおられますが彼にはこの度の我がプロダクションが最も力を  
 注いでおります3人組アイドルの・・・・」  
真中は肩をすくめながら隣にいるさつきと目を合わせながらやれやれ、と苦笑するのであった。  
見かねた部下の小宮山力也が間に入ってようやっと乾杯の音頭が行われた。  
 
出席者は当時の生徒だけでなく担任教師も含まれていた。  
黒川栞教諭は今年でもう30半ばを過ぎていたが相変わらず恐ろしい位の色気を醸し出していた。  
真中たちは彼女の酒癖の悪さを思い出していたが今は随分静かな酒を嗜まれていた。  
どうも先生は2年前にようやっと念願の結婚を果たされたらしくそれからは無茶な酒は控えるようになったらしい。  
ちなみにそのお相手とは日本に語学教師として来日した3歳ほど年下のアメリカ人男性だそうであった・・・。  
それにしても皆社会で堅実にやってるんだな・・・、と真中は思う。  
自分に綾、外村らがいかに不安定さを抱えながらも自由で好き勝手出来る立場にあるのかを実感した。  
銀行マン、地元市役所の所員から大手企業のサラリーマン、開業事務所と彼らの職種もまた様々であった。  
女性陣の中には結婚して主婦業に専念してる者もいた。  
元々公立の進学校なのだからいいとこ勤めの人間がいても当然ではあったがそれでもそんな者らがこんな暮れの  
忙しいさなかによく集まったものだ、ともいぶかしんでしまう。  
だが何となく理由はわかる気がした・・・それは東城綾と北大路さつきの存在であろう。  
男性陣にとって何よりもの抜群の異性の対象であったし女性陣にとっても懐かしさと憧れの対象になりうる二人だった。  
若女将のさつきはもてなす立場でさっさと料理や酒を運びながらいちいち男衆に酌もしたりと大忙しであった。  
東城綾の周辺は常に盛りのついた犬の様な独身男たちが何かと群がっている始末である。  
明らかに困惑気味の綾の姿に同情を禁じえない真中。  
誘わなければよかったんだろうか・・・と。  
 
一ヶ月ほど前、電話で真中は綾に外村らによる同窓会の件を告げた。  
電話の先から伝わってくる雰囲気は明らかに行きたくなさそうな空気であった。  
だが真中は、自分も行くし折角だから東城も参加してみないか、と熱心に誘い続けた。  
結局綾は自身も小説執筆の為の取材の為にも京都には訪れる予定であったのでいろいろ考えて同意する事にした。  
真中も、ついでに俺も依頼を受けた仕事をその時に向こうでやるつもりだ、と答えた。  
それに久しぶりにさつきとも会えるしね、とも付け加えながら。  
・・・そうだね、と綾も答えた。  
電話での別れ際真中は、京都の地で東城と会える事を心から祈ってるから、と伝えた。  
綾もまた、あたしもそれを心から祈ってる、と伝え返した。  
電話を終えて真中はさつきへの懐かしさと共にあの日以来綾への想いがふつふつと増しているのであった。  
東城・・・・早く君に会いたい、と願いながら・・・。  
 
 
やがて同席していた女性陣らが酒の酔いもあってか東城綾の近くを陣取りだしてあれこれ話をぶつけだした。  
曰く、東城さんはまだ結婚しないの?今付き合ってる人いるの?知り合いの有名人の事教えてよ、この前のエッセイ  
読んだけど凄い内容で驚いちゃったよー、なんか天地君と付き合ってたって噂聞いたけどそれってホント等々・・・。  
彼女たちの顔の表情や質問の内容からは興味と羨望と何やら妬みのような要素も含まれていた。  
真中はもう綾をこの席に誘った事をすっかり後悔していた。  
ひっきりなしに質問攻めにされよからぬ詮索を受けて挙句は男衆の渇望の的にあった。  
綾ちゃん電話番号教えてー、これから二次会どう?、マジで恋人はいないの?、一緒に写真撮って、等々・・・。  
(東城、気の毒に、やっぱり無理に誘わなければよかったんだ・・・)  
真中は綾の事をおもんばかりながら周囲を見渡してみる。  
憧れの黒川先生の横でデレデレしながら隙があれば他の男ら同様さつきへのアプローチを忘れない外村。  
綾とさつきを眺めながら端本ちなみの事を思い出し一人デレデレする小宮山。  
やがて真中の隣の男が煙草片手に小声でボソリボソリと独り言のように呟き始めた。  
名は前田でクラスでは丁度真中の一つ手前の席にいた男で現在は税理士をしているのだという。  
正直あまり親しくした記憶は無かった。  
「東城綾大人気だな、まああんだけ美人でいい体しててしかも独身作家ときたら男だけでなく女だって興味津々なのは  
 まあ当然だよな・・・。高校在学中に賞取って卒業の時には卒業生代表挨拶までしたしそれと雑誌なんかの取材やら  
 なんやらにああそうだ、グラビア写真まで出したんだよな・・・。なんか爽やかで清潔感のある写真だったがそれでも  
 なんかこうエロかったねえ。どっかそのエロさを隠しながらも滲ましてるというかさあ・・・俺、実を言うとだな、あいつの  
 グラビア見ながらヌキまくってたんだよ。新しい写真が出る度にそれ買ってはヌキまくったねえ・・・。俺の大学時代の  
 同期とはそれで随分意気投合した記憶があるなあ・・・。しっかし綾ちゃん、ホント若いわ。今でも24くらいで充分通用  
 するぜ・・・本人目の前にしてあれだけどあいつのあのヤラシイ体を」  
前田がそこまで語った途端にガタン!という大きな物音が部屋中に鳴り響いた。  
真中は両手でテーブルを思いっきり叩きながら立ち上がって失礼、と言って部屋から出て行った。  
真中のその後姿を綾が心配そうに見つめていた・・・。  
 
 
真中の苛立ちは自分自身にも向けられていた。  
(俺はあいつの邪な告白に腹が立ち席を立った。酒が入ってるからとはいえよりによって本人が同席してる席で  
あんなふしだらな事をベラベラと喋りやがって・・・。が、俺は何だ?考えてみれば俺はそれ以上に邪じゃないか)  
宴会場を出てトイレへの通路を渡りながら様々な思いが交錯していていった。  
だけど全ては東城綾への想いに回帰してしまう自分がいたのだった。  
トイレで用を足した後もなかなかそこから出ようとせず暫く時間の経過が過ぎ行くのを待ち続けた。  
やがて気持ちの整理をつけて宴会場へと戻ろうとする真中の前にあの北大路さつきが姿を現した。  
「・・・真中、大丈夫?何だか顔色が良くないよ・・・」  
そこには昔と同じ甲斐甲斐しく真中を気遣うさつきの姿があった。  
「さつき・・・、いやゴメン。なんだか気分が悪くなっちゃってね・・・」  
そんなさつきに苦笑いを浮かべてしまう真中。  
「ねえ、真中、少し縁側の庭園で酔いでも醒ましていかない?それにあたし、あれから全然真中と喋れてないし・・・」  
さつきの提案を受けて真中はそれを承諾するのであった。  
この際さつきともいろんな話ができるかもな、と考えながら・・・。  
 
「ふうーー、しかし寒いなー」  
幾分酔いをさました真中は冬の京都の夜の気温にぶるりと体を震わせる。  
周囲を山に覆われた盆地型都市である京都の気候は暑さと寒さの寒暖の格差がとにかく一際際立つところであった。  
料亭の外にある庭園にはもう館内の暖房の空気は伝わっては来なかった。  
「真中・・・こうやって二人で肩組んで話するのも本当に久しぶりだよね・・・」  
さつきは本当に懐かしさで一杯という感じであった。  
それから二人は長い時間をかけ今までの互いの積り話を語り合った。  
真中は帰国後、角倉の下で様々な経験を積みながら遂には念願の映画監督の夢をかなえた事、そして西野つかさと  
晴れて婚約し結婚した事・・・。  
さつきは慣れない京都の風習に四苦八苦しながらも今ではもう女将として店の仕切りを任せられるに至った事など・・・。  
真中の前ではさつきは水を得た魚のように次から次へと話題を提供し、また互いに心から盛り上がれるのであった。  
何だかさつきが本来の女将としての役割をもはや放棄してしまっているかのようでもある。  
「なあ、さつき。そろそろ部屋に戻ろうか。お前がいないと店としてもいろいろ不都合もあるだろうし何なら戻ってからでも  
 話の続きをしたらいい訳だし・・・」  
真中としてもいつまでもさつきと二人でここで長居する訳にもいかないと思ってしまう。  
「うん・・・そうなんだけど・・・あたしとしてはもっとこうやって真中と二人っきりでお話したいかなって・・・」  
うつむいた姿勢でさつきはボソボソとだがハッキリとしたニュアンスでそう真中に答えた。  
「さつき・・・・」  
真中は今更ながらさつきからの自分への気持ちを打ち明けられる思いがするのであった。  
 
 
宴会場では宴もたけなわの状態であった。  
約2時間程の宴の席はとりあえず中締めの形でお開きとなったがこのままで終わらせるつもりはさらさら無い様であった。  
若女将・北大路さつきも同伴の元で一同夜の京都の街に繰り出される話の段取りが有志らで進められていた。  
だが席の主役の一人・東城綾はそれには同席せず編集者と共に予約しているホテルに一足先に帰る旨を伝えてきた。  
基本的に一同は外村の用意した京都の高級ホテルに宿泊する手筈であったが綾だけは別のホテルで宿泊するらしい。  
男衆らの無念の嘆きたるや凄まじいものであったがそれも致し方がないというものであった。  
そんな綾の事を真中はジーッと見つめ続けた・・・。  
やがてその視線に気付いたのか綾も黙ってそっと真中に視線を送り返す・・・。  
二人の間には言葉の会話はなかった、だかその代わりに互いの視線が互いの意志を伝え合ってるかのように・・・。  
時は12月23日午後9時半・・・その翌日は聖なる夜クリスマス・イブである・・・。  
「ねえ、真中あんたこれからどうするの?」  
振り返れば着物から私服姿に着替え直した北大路さつきの姿があった。  
彼女もまた熱心なお誘いと折角の機会という事もあって店に無理を言いながらこれからの夜の一席には一参加者として  
外村らに同行するようであった。  
数台のタクシーに分乗しながら一同夜の祇園の街に繰り出していく。  
 
芸者らの美しい踊りや接待を受けながら男連中は我が世の春を謳歌していた。  
結局女性でこの席に参加したのはさつきのみで他の女性衆らは夜の京都観光へと繰り出したようだった。  
さつきは真中の隣にデンと構えていたがいちいち外村が絡んできてはさつきに外村プロ入りを熱心に勧める。  
その都度さつきは断るのだが突然何を思ったのか外村にある提案を持ち掛けた。  
「そうねえ、もしも真中監督があたしを起用して映画でも撮ってくれるなら考えてもいいかなあ?更に言えばあたしを  
 愛人にでもしてくれたら何だってしてあげるんだけどなあ・・・」  
さつきのあまりの爆弾発言に一同色めき立つ。  
「勿論勿論、さつきちゃんの為なら何本でも真中に映画撮らせてあげるよ!うちがいくらでも金出すからさー。ああ、でも  
 出来れば愛人は俺でお願いしたいね。そら真中にはもうつかさちゃんがいるし浮気なんかさせれないだろ?その点俺は  
 独身で地位や金だってそれなりにだな・・・」  
「あーら、ごめんなさい。あたしは真中さんに聞いてるんだけどお?」  
そういってさつきは真中の左腕に手を掛けた。  
真中の左肘にはさつきの大きく柔らかな胸の感触が伝わってきた・・・。  
「真中・・・」  
顔は笑っていたがさつきのその瞳は決して笑ってはいなかった。  
そして真中の耳元でこう告げた。  
「真中・・・あたし本気だよ・・・それに絶対誰にも言わない。真中に迷惑掛けないから・・・例え一夜限りの愛人でも・・・」  
真中は黙って毅然に立ち上がって上着を羽織りながら答えた。  
「さつき、ダメだぞ・・・冗談でもそんな事言っちゃあ。ここに来てちょっと飲みすぎたんだろう。外村が馬鹿なこと言うから  
 ヘンなノリになったんだ。・・・さあてスマン、俺はここらでお暇させてもらうよ。それじゃあ皆、さつき楽しかったよ。じゃあ  
 またな。さつき、また顔出すからな・・・それじゃあ、お休み」  
「真中・・・・」  
さつきは食い入る様な目で真中を見つめやがて絞るような声でそう呟いた・・・・。  
 
真中は冬の祇園の夜の町に飛び出すとそのまま当てもなくぶらぶらと歩き始めた。  
彼の胸中にはさっきまでのさつきの顔がぼやけて浮んでいたのかもしれなかった。  
どれくらい歩いたのだろう、やがて真中は決断したかのように傍らの携帯電話を取り出してゆっくりと電話を掛け始めた。  
その電話の相手先は東城綾であった。  
「・・・東城、俺だ。まだ起きてる?君がよければ俺、今から東城に会いに行くから・・・」  
時は12月23日午後11時10分を指していた・・・。  
 

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