PART.5  
 
「しかし男ってホントにいつになってもヤラシーもんなんですねえ。なんか事あるごとに、美鈴ちゃんの口利きでさあ、  
 東城さんとセッティングの場設けてくれよ、とかそんなのばっかり。第一東城先輩がアンタたちみたいなスケベ根性  
 丸出しの男らのとこへホイホイ出て来る人な訳ないことがわかんないんですかねえ・・・」  
美鈴は心底呆れたように呟く。  
どうも会社の独身男性社員らは少なからず一応に美人作家の東城綾に興味を持っているご様子で高校時代の美鈴を  
つてに何とか会う機会を得てお知り合いになりたいなどと下心丸出しなのだそうだ。  
やはり彼女が会社に仕事で来社していた期間に彼ら一同すっかりその姿に心奪われたということなのだろう。  
普段はやれ、あの女優さんはとか、あのタレントの娘が、などと映画という仕事上の役得とネットワークを生かしながら  
女性談義に盛り上がっているらしいのだが今回は女優らそっちのけで東城綾にお熱になってしまっているらしい。  
彼女が知れば困惑するだろうな、騒がれても仕方が無い立場だけど本来は元々大人しい性格なんだから・・・。  
そんな風に綾の事を気遣う真中だった。  
 
真中と美鈴は会社近くの喫茶店にいた。  
静かで落ち着いた感じの店内の中はエアコンの程好い温度調整がなされてありバロック調のクラシック音楽がBGMで  
流れていた。  
今回真中は再び映画会社・東邦の資本の元で自身の第2作目の劇場映画をやってみないか、との有難い打診を受け  
その企画書を通じての会社スタッフの外村美鈴との打ち合わせの場を設けられた。  
真中自身としては新作映画は一刻も早く手掛けたいという気持ちがあるのだが同時に適当な仕事はしたくない、という  
気概も持ち合わせていた。  
さすがに間違ってもそんなセリフを口に出したりは謹んでいる。  
まだ一本撮っただけの駆け出しのぺーぺー風情が偉そうな口を利きやがって!と思われるに違いないのだから・・・。  
だからどんな話であろうとも自分にお声が掛けられたら話だけはちゃんと伺う事にしているのだった。  
 
美鈴から手渡された新作の企画書はアットホームなコメディタッチのものなのだという。  
若手の人気俳優や関西資本のお笑い芸人などもプッシュしながらの比較的小規模で低予算な作品の企画らしい。  
 
「あはははは、何その告白・・・・・ちょっと真中さん、面白すぎ、ありえないって・・・あははは・・・ねえ、真中さん今度は  
 コメディ映画撮るべきだわ。きっとお笑いの才能あるって」  
 
何故か以前家に遊びに来てくれたつかさの友人の一人・トモコのセリフを思い出した。  
そうか、コメディねえ・・・どんなものなのかねえ・・・。  
コメディというジャンルは真中自身あまり考えた事も無くていまいち実感がわかないようだった。  
美鈴からはまだ完全に形としてまとまってる訳ではないのであくまで企画段階に過ぎないのだが会社側は映画として  
立ち上げると判断した場合は最初から真中淳平を監督として起用してもいいという腹なのだという。  
初監督作品ながら現場を混乱させる事も無く与えられた予算と期間の間でスムーズに作り上げた真中の力量を会社は  
それなりに評価してくれているのだ。  
「まあ、どうだろうな・・・偉そうな事を言えばやっぱストーリーがどれだけ面白いかなんだろうな。監督の手腕で面白い  
 演出をほどこしながらもやっぱストーリー自体の面白さがないとなかなか難しいだろうね・・・」  
「いっその事先輩が脚本も書いてみますか?自分でシナリオ書く監督はいっぱいいるし、何事もチャレンジですよ!」  
美鈴の有難いともいえる提案なのだがそれは出来ない、と拒否する真中。  
器用な人間ならば自分でストーリーを考えシナリオを書き時にはプロデューサーまでも兼任したりする。  
才能や力量にもよるのだが実際自分でそこまでして完璧な作品を作り上げる監督は大勢いる。  
だが自分にそんな力量や余裕はない、出来れば素晴らしい脚本と充分な製作体制の下で自分は監督だけに専念したい。  
そんなどこか職人的バンカラさを真中は普段から胸に抱いていたのだ。  
「俺は機会があれば、そうだな・・・また東城に手掛けてもらえないかなあ、と望んでるんだけどやっぱ難しいかねえ・・・。  
 彼女は本業の執筆に忙しいだろうし今回の企画はちょっとタイプが違うし・・・あ、別にこれでなくても機会さえあれば俺は  
 また東城と仕事させてもらいと思ってる」  
再び東城と一緒に仕事をやりたい、真中の偽らざる心境だった。  
 
「うん・・・東城先輩もそう言ってました」  
美鈴が答える。  
「東城先輩、真中先輩の映画見て凄く感動して泣いてましたよ。あたしたち一緒に鑑賞する機会があってそれでご一緒  
 させてもらったんですけど。あ、勿論あたしも感動しましたよ!。あたしは東城のお蔭だって真中先輩が言ってた事を  
 お伝えしたんですけど真中くんのお役に立てたならこんな嬉しい事は無いって・・・」  
 
そうか、感動してくれたのなら俺もこんなに嬉しい事はない・・・。  
以前の映画完成の記念パーティーの席上で真中は東城に君のお蔭で素晴らしい物が出来た、と感謝の言葉を述べた。  
そしてそれから二人で落ち合うようにして宴もたけなわになっていた会場から抜け出したのだった。  
あれ以来東城とは会ってないんだよな、彼女の携帯番号の記された名刺から電話はまだかけていない・・・。  
 
「丁度公開一週間目くらいに東城先輩とご一緒したんです。先輩はもっとはやく観たかったがなんか観るのが怖くて、  
 とか言ってたので折角なので会う機会設けてその日は一日中ご一緒させてもらいました・・・。それで少し話が変わり  
 ますけど・・・」  
少し美鈴は言いにくそうにモゾモゾとする。  
何かあったのか?と真中。  
「・・・・これあくまであたしの勘に過ぎないんですけど・・・映画観終わった後でレストランでお食事したんですけど先輩は  
 自分は本当に真中君の作品に貢献できたかな?とかあたしと一緒で迷惑じゃなかっただろうか?とかマイナス思考な  
 ことを言い出してあたしも挙句にそんなことありませんから!って反対に励ましたりしたりして・・・それから真中先輩の  
 ことを質問してきて一応答える限りは答えました。今までの仕事の事、今後の事、うちらの会社との契約関係や普段の  
 生活ぶりとか・・・きっと先輩なりに真中先輩の事が心配だったんでしょうね、こういう保障のない世界ですから・・・。  
 で質問が真中先輩の家庭のことにも及んだんです。奥さんである西野さんの事や結婚の事、それに子供の事とか。  
 あたしも流石にちょっとプライベートなことだしなんとも分からないです、って答えたんですけど・・・・でも真中先輩、  
 これは同じ女としての勘ですけど、東城先輩は多分今でも真中先輩のことを・・・」  
美鈴がそこまで語った時真中はガチャン!と席を立った。  
 
「いろいろ有難う、この企画だけどもう少しゆっくり考えさせて欲しい。家でゆっくり読ませてもらうよ。それと追加書類が  
 出来たら家のFAXに遠慮なく送って欲しい・・・いろいろ考えてから決めたい。でも出来れば世話になった美鈴や会社の  
 為にも引き受けたい、とは思ってるから」  
「先輩・・・・」  
「それじゃあ、帰るわ。またな。どうも有難う。後日ちゃんと連絡させて頂くから」  
真中はそう言い残して逃げるように店の外に飛び出した・・・。  
その後姿を見送りながら美鈴はふっ、とため息をついた。  
やっぱり言わない方が良かったのかなあ・・・・そう思いながら美鈴は少し悔やんでいた。  
 
「ねえ、美鈴ちゃん、お願いだから今日の事は絶対真中君には内緒にしてて・・・。変な事ばかり聞いてゴメンなさい・・・」  
綾にそう懇願されていたのに美鈴はそれを真中に伝えてしまったのだ。  
何でだろう、何故か分からないけどそれでも真中先輩にはちゃんと言わなければいけないと思って・・・。  
 
「真中先輩、これは同じ女としての勘ですけど、東城先輩は多分今でも真中先輩のことを・・・」  
美鈴の言葉が木霊のように頭の中で響いていく。  
 
数年ぶりに再会したあの日の東城綾の姿に俺はどうしようもない程に見惚れてしまった・・・。  
そしてその日の二人だけの夜道の帰り慶法大学前で東城の過去と現在に至るであろう衝撃的な告白を受けた・・・。  
それからは仕事で何回か顔合わしても俺は努めてその事を思い出さないようにした。  
彼女も自然体に振る舞い何事もない素振りだった。  
そして映画の記者会見とホテルでの記念パーティーの会場の外で一人思いに馳せていた俺の下に彼女は水を持って  
訪ねてきて、これからあたしに付き合って欲しい、と誘われるがままその後俺は彼女と一席を共にした。  
そこで彼女から記念だといって高級ネクタイをプレゼントされて俺は悩みながらもそれを受け取った。  
帰り道でつかさの事で彼女は後ろから俺に抱きついてきて何も言わないで、と・・・。  
それから別れた俺の手には彼女からの貰ったネクタイの箱と携帯番号が記された名刺があったんだ・・・。  
東城綾とはそれ以来会ってはいない、会ってはいないが・・・・俺は、俺は・・・・。  
 
 
 
家にはつかさの姿がなかった。  
つかさはまだ勤めの近所のケーキ屋から帰宅していない。  
週に6日ほどの店通いでケーキ作りから新作ケーキに携わったりと店では彼女はもうなくてはならない存在だった。  
本場フランスのパティシエの夢は閉ざされたかも知れないが真中にとってつかさの作るケーキはどんな有名店より  
一流ケーキ職人の作った物よりも遥かに美味しかったのだ。  
実は真中はフランス時代のつかさのことをほとんど知らないでいた。  
放浪時代にヨーロッパに足を踏み入れた時もあえてフランスは意識して立ち寄らなかった。  
そして4年ぶりに日本で再び再会を果たしたのだがその時のつかさの笑顔の下にどこかしら疲れの色が刻まれていた。  
真中は今までの放浪の旅の出来事を饒舌に語った。  
異国の放浪生活の結果彼は逞しさと強さとハングリーな精神を身につけることが出来たし何よりも英語が堪能になった。  
いろんな国での話を語る真中の横顔は純粋かつ真っ直ぐに輝いておりそんな彼につかさは改めて愛を感じた。  
その一方でつかさはフランス留学時代の事を多くは語ろうとしなかった。  
もっとつかさの事を知りたかった真中だったがやがてはフランス時代の頃の話は何も聞かないようになった。  
何故だろう、ただそれ以上の事を知るのは何かタブーのように思えたから・・・・。  
 
真中とつかさはそれからすぐに同棲生活に入った。  
つかさはその趣味と腕を生かしてケーキ屋で働き、真中は小さな映画賞の受賞と角倉のコネにより念願の映画の現場に  
足を踏み入れたのだ。  
真中は仕事で家に帰れないことも度々あったがつかさはちゃんと事情を理解していたから寂しくても彼には何の文句も  
言わなかった。  
家にいる時はつかさの手料理に舌をつつみ、暇が出来れば遠くに遊びに出掛けもした。  
そして夜はつかさを抱いて寝た。  
最初はコンドームなどによる避妊を心がけていたが数年後にはやがてそれを使わなくなった。  
そして今現在に至りつかさには妊娠の兆候はまるでなかった・・・。  
 
 
真中は綾から貰ったネクタイを妻のつかさには絶対見つからない場所に保管してあった。  
どこか罪の意識を抱きながらもそれを大事に仕舞い込んでいた。  
今、真中の手には携帯電話と携帯番号が記された名刺があった。  
それを見つめながら一体どれだけの時間が経過しただろうか・・・。  
やがて意を決したかのように真中はゆっくりと携帯の番号をプッシュしていく。  
呼び出し音が10回ほど鳴り続いてから電話の相手が受信した。  
相手の電話の声の主は東城綾だった。  
 
「あ、東城?俺・・・真中・・・やあ、いきなりごめん。突然電話しちゃって・・・・・・」  
 
 
電話を終えて約20分後につかさが買い物袋を手に帰宅した・・・・。  
「ただいまー」  
 
 
 

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