「またやっちゃったぁ……」
飛び込んだ女子トイレの中で、向井こずえは
個室のドアに背を預けながら自責の念にかられていた。
抱え持っているカバンの中を覗いて、
持参した参考書や文房具の数が足りていることを確かめる。
(さっきの人、助けてくれようとしただけなのに……私)
今だ鳴り止まない動悸を抑えるように自分の胸に両手を当てながら、
こずえは自分の失態を思い出していた。
廊下に出たこずえの向いから男子のグループが歩いてきたのは、
通っている塾の講義を終え、帰途につこうとしたその時だった。
どうやら仲間うちの会話に没頭しているようで、彼らはまるで前方を気にしていない。
異性と隣り合うだけでパニックを起こしてしまうほどの男性恐怖症である
こずえにはそれだけで一大事である。
身体が触れないように、と道を開けようと端に寄った時だった。
ドンッ!
「きゃっ…」
背中を押される形で前のめりになり、
こずえはその場で弱々しく座り込んでしまった。
講義を終えた生徒でごった返す廊下で尻もちをつく彼女を一瞥しながら、
前方から歩いてきた男子グループが避けていく。
遠巻きに素通りしていく生徒達の中、ようやく自分の姿を客観的に
思い浮かべることが出来たこずえが顔を赤らめながら立ち上がろうとした
その時、こずえの前に手が差し伸べられた。
「あ……あ、ありがとうご…」
自分を起こそうとしてくれた親切なその人に礼を言おうと顔を上げた瞬間、
こずえはたちまち硬直してしまう。
「ひゃっ」
彼女の眼前にいたのは男子生徒だったからだ。
差し伸べられた手は白く細々としていたためこずえも気を緩めていたところが
あったのか、一瞬のうちに緊張が全身を駆け巡る。
あわあわと口を動かしているこずえを怪訝そうな視線で男が見つめている。
差し出した手を握る訳でもなく、立ち上がる訳でもなく、
ただおろおろと視線を慌てさせている彼女に男が声をかけた時、
凍り付いていたその場の空気が動いた。
「あの…」
「きゃああああああっ!!」
絹を裂くようなかん高い声が廊下に響き、
こずえはその場から脱兎のように逃げ出した。
いきなりの出来事で男は手を出した状態で彼女が立ち去るのを
ただ見送るしかできず、取り残された彼は周りからの奇異の視線を
1人で受けることとなってしまった。
ようやく落ち着きを取り戻したこずえがトイレが出るのを
見計らうように背後から声がかけられた。
「お……おい」
「ひっ!?」
肩にかけられた手にこずえが振り返ると、気まずそうな表情をした男が立っている。
度のきつそうな眼鏡と、病気かと勘ぐってしまうほどの白い肌――さっきの男だ。
瞬く間にこずえの頬に赤みがさし、ワナワナと身体が震えだす。
「きゃ…」
男の手を振り払って再び走り出そうとしたこずえだったが、
肩にかけられた手は意外なほど強く、それは叶わなかった。
「君……どういうことだよぉ、さっきから」
「え…」
風貌と一致するようなか細い声、しかしその声色にはいくらかの怒りがこめられている。
恨みがましく彼女を睨みつける眼鏡の奥の目は、彼女をさらに萎縮させた。
「き、君が何も言わずにいきなり走っていっちゃったから、ぼ……僕が何か
如何わしいことしたんじゃないかって、周りの人から変な目で見られたじゃないか」
憤りを表すように、男の手に力がこもり出す。
「あ、ご、ごめんなさい…」
震える声を絞り出すようにこずえが応えた。
講義が終わってそれなりに時間が過ぎていたためか
すでに周りには生徒の姿はなく、それが一層こずえを緊張させる。
視線を向ける先が目の前の男しかないほど彼女達の周りは静まっていて、
小さな呟きさえ細かに聞き取れるほどの静寂が辺りを包み込んでいる。
「今さら謝られても何にもならないよ。僕は明日もここへ来なくちゃ
ならないんだ……周りから変に見られちゃ勉強が手につかないじゃないか」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! あ、あたし男の人が苦手でつい……」
何度も身体を折るこずえを見ても男の表情が和らぐことはない。
「そんなこと知らないよぉ。僕は明日からどんな顔して塾で
勉強したらいいのかって聞いてるんだ」
「え、えぇと…」
謝罪してもなお問い詰めることを止めない男にこずえは言葉を失ってしまう。
男もまた何かしらの応えがこずえから返ってくるのを期待するように、
ただ口をつぐんで彼女の言葉を待っていた。
が、今にも泣き出しそうな表情で俯くこずえとは裏腹に、
男の視線は目の前の彼女をじっと捉えて離さない。
おそらく学校帰りであろう制服で包んだ彼女の身体は、
ふっくらと女性らしい丸みを帯びたラインを浮き彫りにしており、
短めのスカートからのぞくむっちりとした太腿は
高校生らしからぬ色気を醸し出している。
内気な性格から異性への感心を大っぴらにすることはないが、
年相応に性への興味を持っている男にはあまりにも刺激的だ。
重くなっていく場の空気と緊張からこずえの額に脂汗が滲み出す。
「ど、どうすれば許してくれますか……?」
かろうじてこずえが吐き出した言葉に、
男は彼女の身体へ向けていた視線を慌てて逸らす。
「き、君が考えることだろ。君のせいで僕は困っているんだ」
「で、で、でも、いい考えが浮かばないんです」
手を口許へ当ててじっとこちらを伺っているこずえに、
男は少し考える仕草を見せた。
こずえの気弱そうな大きな瞳がしきりに動いている。
小動物のようなその様子に、男は感じたことのない嗜虐心にくすぶられた。
「……じゃあ、ちょっとこっち来てよぉ」
「えっ? あ、ひゃっ!?」
いきなり手を捕まれ、こずえは声を上げてしまった。
しっかり握られた自分の手を改めて意識し、かあっと頬が赤らむ。
「は、離してくださいぃっ」
「うるさい!」
男の一喝にこずえはびくりと身体を竦ませる。
今までの低く小さい声色とは明らかに違う男の大きな声に
こずえの瞳が涙で滲み出した。
「何をしたらいいのかわからないんだろぉ? なら僕の言うこと聞いてよ。
それでチャラにしてあげてもいい」
「そ、そんな!」
出来もしないことを言われたらどうしよう、そう考えると身の毛がよだつ思いがした。
手持ちの金は一介の高校生の常識ほどしか持ち合わせていない。
それとも、もしかして――思い浮かんだもう1つの考えに、こずえの顔を青ざめた。
極度の男性恐怖症ながら、妄想癖もある彼女の脳裏に1つの光景が浮かぶ。
女性に男性が求める行為……それを考えた時、
金銭で済めばまだ幸運かも知れないとさえ思えた。
「あ、あの」
こずえの問いかけに応えずに、男はやや興奮した面持ちで
女子トイレのすぐ隣に位置する男子トイレに彼女の手を掴んだまま入っていく。
「えっ……あ、あの、こっちって、男子トイレ…」
「もう誰もいないよ。それより2人っきりで話したいんだ」
「ふ、2人っきり?」
こずえの頭の中に後から湧いて出た妄想が大きく広がっていく。
現実と妄想の区別が難しくなるほど、両方の状況は重なり始めていた。
「ちょ、ちょっと待ってくだ…」
「いいから君は黙ってついてくればいいんだよぉ!!」
「ひっ…」
叱り付けるような男の声に、こずえはただ黙って男の後に従うしかなかった。
おもむろに個室のドアを開き、こずえを連れて入る。
一度に2人入るには狭く感じる空間で、
こずえは異性とこれ以上ないほどの接近を強要されていた。
今にも失神してしまいそうなほどこずえを心配するでもなく、
男は顔を綻ばせながら告げる。
「じゃあさぁ……オ、オッパイ見せてよぉ」
一瞬、こずえは耳を疑った。
しかし、男の血走った目が自分と自分のふくよかな胸を行き来しているのを見て、
冗談で言っているのではないと悟る。
入ったことのない男子トイレで、男性恐怖症の自分が見知らぬ男の人と2人きりで
エッチなことを命令されている――その事実に頭が沸騰しそうだった。
が、それも好きな人にならまだいいが、
どう贔屓目に見てもタイプに成り得ない男に迫られるのは了承できない。
「じょ……冗談ですよね……?」
そうであってほしい、と願いをこめて出たこずえの呟きに男は表情を曇らせた。
「わざわざこんなところに連れ込んでそんなこと言うはずないだろぉ。
いいから早く服をまくってよぉ」
非情な男の言葉にこずえの目尻からとうとう涙がこぼれ始める。
いきなり見せた彼女の涙は男を一瞬怯ませたが、
強気の姿勢は崩すまでには至らなかった。
「な、泣いたってダメさ。僕だって泣きたかったよぉ、
君に置いていかれた時はさぁ」
「で、できません、あたし」
「いいからやれよぉ!
オッパイ見せるだけで済むんだから君にとって悪い話じゃないだろぉ!」
「ぐすっ……」
語気を荒げる男にこずえは泣きながらセーターの裾に指をかけた。
しかし、セーターの下に着ているシャツがわずかに見えただけで
そこから先へ進まない。
なかなか従わないこずえに男の苛立ちはさらに募っていく。
「自分でできないんなら僕がやってやるよ!」
「きゃあっ!!」
痺れを切らせた男がこずえのセーターとシャツの裾を掴み、
上着を一気に捲り上げた。
豊かな乳房に乗せるように上着の裾をたくし上げ、その大きさに魅入る。
「やだぁっ!」
「か、隠すなよぉ」
露出した肌を隠そうとするこずえの腕を男の手が阻止する。
男としては貧相な体格ながらも、女のこずえにとっては結構な力だ。
「いいから黙って見せればいいんだよぉ」
「ううう……」
こずえの腕が力なく下がっていく。
見られるだけなら……男の顔を見ることは出来ず、
こずえは顔を横に背けて早くこの時間が過ぎるよう心の中でただ祈り続ける。
始めて味わう視姦される感覚はお世辞にも気持ちいいものではなかった。
「ふぅん、可愛いブラジャーしてるんだねぇ」
男が感慨に浸りながら呟く。
所々に花の模様が散らばるピンク色のブラジャーはこずえのお気に入りだ。
目の前の男はそれを初めて見せた異性となるが、
そう思うと悲しさがこみ上がってくる。
初めては好きな人に――こずえのその想いが叶えられることはなかった。
「! あっ!」
こずえが驚きの声を上げたのは、胸に触れる何かを感じたからだ。
視線を戻すと、男は鼻息を荒げながらこずえの胸に掌を当てていた。
「みっ……見るだけって……」
「うるさいなぁ、ちょっと触っただけで」
口を尖らせながら、男は指を広げてこずえの乳房の感触を確かめている。
ゆっくりと揉んでみると、思い描いていた以上の柔らかさが伝わってきた。
「へへへ、柔らかいなか女の子のオッパイは」
「い、いやぁ……」
むにゅむにゅといいように動く男の指にこずえは嫌悪しつつも、
身体に走る言いようのない感覚に膝を震わせていた。
「ブ、ブラジャー取っていい?」
「だ、だめですぅ……! 見るだけって言ったじゃないですかぁ……!」
「君が初めから自分でオッパイ見せてくれたらそれで終わってたんだ。
でも君は僕の言うこと聞いてくれなかったじゃないか。
僕にやらせたんだから、僕の好きなようにする」
「そ……」
こずえが言い終わらないうちに、ブラジャーが無造作に剥ぎ取られた。
大きめの乳房がその全貌をぷるん、とふるわせて、男の目に晒される。
「や、やだぁ!!」
トイレにこずえの悲痛な声が響くが、それを聞き届ける者は誰もいない。
胸を見られる羞恥にこずえは今にも泣き崩れかけている。
「うわ、すっげぇ」
「か、返してください! あたしの下着……!」
「終わったら返すよぉ。でも今は駄目、まだ全然見てないんだからさぁ」
男の視線が胸の先端の小さなつぼみに送られているのを感じ、
こずえは恥ずかしさで卒倒しそうだった。
「こんな大きなオッパイしてるのに、乳首はピンク色だねぇ。
もしかして君のオッパイ見た男って僕が初めてだったりするのかなぁ?」
ニヤニヤとイヤらしい笑みを見せながら、男はこずえに語りかける。
応えたくない、と言うように目を伏せたこずえに
男はあからさまに不機嫌な様相を見せた。
「答えてよぉ」
「あんっ!!」
男は指先が伸ばしてこずえの乳首を弾いた瞬間、
こずえの口から悩ましい声が漏れた。
極度の緊張が感覚を敏感にさせている中、乳首への刺激は
思った以上に鋭くこずえの全身へ響き渡る。
「へへ、『あんっ』だって。そんな可愛い声出せるんだぁ」
思わず漏らしてしまったその声を聞かれた、とこずえがはっと口を閉じる。
聞かれたくなかった――自分がエッチな人間だとバレてしまったんじゃないかと
心配するこずえを、男がさらに責めたてる。
「もっと聞きたいなぁ」
「う、い、いやぁっ」
両方のふくらみを鷲づかみ、男はこずえの胸を激しく揉みしだいた。
中央の突起を指の腹で転がし、乳房への責めはさらに大胆になっていく。
「あ……あ、ぁっ…」
「君ってイヤらしいねぇ。見ず知らずの僕にオッパイ揉まれて感じてるんだから」
蔑むような男の物言いをこずえは強く否定できないでいた。
男に触れられる度に身体に流れる感覚の正体は今だはっきりと見極められなかったが、
口からついて出る声を止められない。
自分は淫乱なのかも知れない――混乱する意識の中のわずかな理性が
それを拒絶し続けるも、身体を支配する感覚に身を任せたくなる気持ちが
次第に強くなっていく。
以前嫌悪は消えていないが、それを打ち消してしまいそうなほど大きな『何か』が
こずえの中で生まれ始めていた。
(もしかしてあたし……興奮しちゃってる……?)
「あうっ!」
そう考えた刹那、突然意識が覚醒する。
「むふぅ、あむ、ちゅっ、ちゅば、ちゅば」
「えっ……あ、あ、んんん!」
男が乳首を口に含み、強く吸い上げてきたのだ。
歯の硬い感触が敏感になった乳首に当たるたび、強い刺激が生まれる。
「や、止めてくださいぃ……うぅ、つ、強く吸わないでぇ……!」
目の前にある女の身体に夢中になっている男には
こずえの言葉は届かなかった。
「むは、硬いじゃないかぁ、こんなに、硬くなってるじゃないかぁ」
「い、ひっ、あぁ、ああぁっ」
ビクビクと身体をふるわせるこずえを見て、男の吸い付きはさらに強まる。
しっとりと汗を浮かべた彼女の背中に手をまわし、
抱きしめるように身体を寄せる。
「も、もうダメぇっ、止めてっ……う、うぅん!」
「ちゅっばちゅっばちゅぼちゅぼっ」
硬さを保ち始めた突起を男が噛む。
愛撫と呼ぶにはあまりにも強いそれは、
痛みを伴った感覚を生んでこずえを襲った。
「痛いぃっ!」
「ご、ごめんよぉ……れろっれろ、じゅうう」
「あ、んんん……!」
思わず口を離した男は舌先を改めて突き出し、
こずえに見せつけるように乳首へ絡ませた。
たっぷり唾液を塗りたくり終えてから、
今度は乳輪ごとこずえの乳首を吸い上げる。
「あぁ……もうイヤぁ……!!」
「ふう、ふぅ、もう我慢できないよぉ…」
思う存分堪能したのか、男がこずえの胸から口を離す。
ようやく収まった波にこずえが一息ついていると、
男は煩雑に自分のズボンをずり下ろした。
「っ……」
息を飲むこずえの前で、男はトランクスの中でいきり勃つモノを
そのまま彼女に向けた。
「ねぇ、パイズリしてよ。知ってるでしょ、パイズリ」
男が繰り返すその言葉からどこか卑猥な印象を受けた。
おぼろげに聞いたことがある……そう、いつか親友の浦沢舞が同じ言葉を
言っていたことをこずえは思い出した。
『アンタ、そんないい胸してんだからパイズリでもやってあげれば
男なんてすぐモノにできるって』
しかしその行為の詳細までは理解できていない。
ただ話の前後から如何わしい行為であることは感じ取れたのだが……。
「ほらぁ、早くしてよぉ」
急かす男にこずえは慌てて答えた。
「パ、パイズリって……な、何ですか……?」
「知らないの? 女の人がオッパイで男のチンポを挟んでしごくことだよぉ」
「え……、えっ、えっ?」
矢継ぎ早にそう言われ、こずえは理解に苦しんだ。
男は腕を自分の腰に当て、股間を誇張させるように突き出し
こずえの行動を待っている。
男の言葉を反芻し終えてから、こずえは男の唾液でベタベタになった
自分の胸を見下ろした。
(む、胸で……?)