修学旅行から帰ると早速お土産をまとめて、唯の住むアパートへ向かった。
「やっと来たね淳平、遅いんだから」
「わりぃわりぃ、それとこの間はありがとうな、助かったぜ、それとこれ」
「淳平のお母さんから?わあ、筑前煮だね、おいしそう」
「タッパーは洗って返さなくていいってよ」
「そうなんだ、うれしい、皿に盛るね」
いそいそとキッチンに向かい用意をする唯。
秋も終わりの弱い光は唯の居る台所を赤く染め上げ、
普段着にエプロン姿の彼女を際立たせる。
それは幼い日に見た情景のようで胸の奥を突く。
「どうしたの?あがったら、お茶出すよ」
「あっああ、そうだな・・・」
釘付けになったそれは残像のように、奥の部屋に行った後も暫く残った。
「お土産〜何かなぁ♪」
「ほら、いっぱい買ってきたぞ」
袋から飛び出ているものに目がゆく。木刀だ。
「これ、あー・・・」
落胆の声を隠さない。
「なんだよ、防犯に丁度いいだろ、こうやって、振り回せば・・・」
「照明に当たちゃうよ、しょうがないなあ淳平は、クリームチーズケーキ買ってきただけでもよしとするか」
「お饅頭もあるぞ」
「それは今開けて食べる!」
「夕飯が入らなくなるんじゃないか」
「いいの!別腹なんだから!!あたしのお土産なんだもん、すきにするのっ」
「それから淳平、一緒にご飯食べよう」
「いいけど目玉焼き以外作れるのか?」
「あー疑いの目、これでも自炊してるんですからねーだ」
とりあえず持ってきた筑前煮とありあわせの材料で夕食の準備をした。
真中には結果報告の義務がある。
唯は恩人なのだ。
つかさの宿泊施設の場所を調べてくれなければ今こうしてにこやかに帰ってこれなかった。
メールした後、旅館を抜け出して深夜に会ったこと、次の日の二人きりの修学旅行。
神社でのハプニング、交換したお守り、それらを食事をしながら報告した。
一人きりではない食事に唯は嬉しさを隠さない。
真中も久しぶりの幼馴染に会話も弾んで時間が過ぎるのを忘れた。
長い夕餉の後、遅い食後の片付けを唯は始める。
往復する少女を横目で見ながら旅行の疲れもある真中は満腹感も手伝い知らないうちに目を閉じていた。
「あー、淳平起きてよ、掛け布団の上で寝ないでよう」
かわいいパジャマのすそを三つ折にしたお風呂上がりの唯が、必死になって寝床を確保しようと躍起になる。
「もう、お風呂から上がったころなら目が覚めると思ったのに、明日学校なのに、早めに起こせばいいかな・・・」
独り暮らしの癖ともいえる、誰も聞いてない独り言を呟く。
(そんなに疲れてたのに来てくれたんだね)
久しぶりの淳平の寝顔。いつもとなりにあったそれは今や懐かしい。
クローゼットから毛布を取り出し真中と自分にかける
(これなら寒くないよね)
明かりを消し寄添いまどろむ。
ベットのヘリで横たわる真中の背に顔を擦り付けると息を吸った。
(この匂いだったね、淳平おやすみ)
ゆっくりと目を閉じると真中のトレーナーを握りながら眠りについた。
どれほどの時間がたったろうか。
口元のよだれを拭きながら心地よく目を覚ます。
(あれ、ここは・・・唯のアパートで寝ちゃったんだ・・・てとこは・・・)
薄暗い世界の中で目の前に白いものがぼんやりと見える。
(なんだろう・・・)
目を凝らしてみると何も身に着けていない唯だった。
独り寝の唯には毛布一枚でも暑かったのか、それとも淳平がいるという安堵からなのか、
いつにもまして豪快な脱ぎっぷりでぐっすり眠っている。
柔らかな胸のライン、先端は色付く前の仄かな桜色、
ウエストはくびれ、女性を表すそれは淡い影となってよく見えない。
しかし幼い顔と違いはっきり女である事をあらわしていた。
華奢な上に服を着てしまえば存在を感じさせないふくらみが、今、目の前にある。
(女の子って変るもんなんだなぁ)
別れて暮らしていた時より微妙に成長した身体に改めて意識してしまう。
はっと我に返った。このままずっと見続けてしまいそうだ。
(やばいよ、独り暮らして親もいないところでこんな唯と一緒に寝てるなんて)
幼馴染に少しでも変な目で見た自分を恥ずかしく思う。
この間まで当たり前のように一緒だったのに・・・。
慌てて着ていたであろう服を探す。
(ないない見つからない・・・あっこいつ下敷きにしてんじゃん!)
強引に引っ張り出す。
「きゃっ、んー?淳平起こさないでよー、なーに?」
「なーにじゃなくて、服着ろよ、ほら」
投げつけて唯に渡す。
恥ずかしくて顔が見れない。その前に赤くなった顔に気付いて欲しくなかった。
普段と変らないけろっとした顔で唯はこたえる。
「ああ、また脱いだんだ、気にしなくていいのに、こんなの見てもなんともないでしょ」
確かに真中の周りは唯をはるかに越えた大きな胸の持ち主ばかりだ。
(隠すほどの物でもないけど、パンツはいてなくてあせっちゃった)
焦りをまったく見せずに色気のない子供のようなパンツを身につける。
「ばか、風邪引くだろ、それに独りで暮らしてこれじゃ、心配だよ」
「えへへ、心配してくれるんだ、今日は淳平がいるから安心だよう」
そっぽを向いた真中に、にこっと笑ってノーブラのままパジャマに袖を通す。
(・・・そんな事言うなよ・・・もっと来てやればよかったかな・・・)
「今日はもう夜中だからこのまま寝ようよ、おやすみー」
パジャマの上とパンツだけの姿で、もそもそ掛け布団にもぐりこんであくびをしている。
その上着さえ既に前がはだけて胸の間の白い肌がチラチラ見えている。
「俺、下で寝るよ毛布もらうよ」
「えーさむいよー、一緒に寝ればいーじゃん、唯もひとりだと寒いし・・・ねぇ」
「じゃぁせめて服全部着ろよ、ボタンもとめろよ」
「気にしないの、いつものことだよ、どうせ脱いじゃうんだし」
「お前なあ・・・」
「寝ようよ、明日学校あるんだよ、はやくー」
「・・・わかった・・・」
明日のことを考えたら冷静になった、ここを早く出て家に帰らなきゃ朝の用意もままならない。
そのままの格好で毛布に包まる真中を唯は止める。
「ジーパンとトレーナーで寝るの?窮屈だよう、脱いだら?ジーパンきつそう」
もっともだ。納得しながら、それでもしぶしぶTシャツとトランクスの格好になった。
掛け布団は別にしてベットに寝る。下で寝るよりましだ。
端によってなるべく体が触れないようにしているのに、唯は遠慮なく寄って来る。
「よるなよ、頼むから」
「どうして?寒いんだからしょうがないよう」
背を向けている真中に唯の細い腕が毛布の上から腹にまわされる。
「唯、手をまわすのはやめろよ」
「でもくっつかないと寒いよー」
「しかたないなあ、そんなに寒いのか?」
真中はくるりと回転して向き合う。
やさしい懇願に負けてしまった。
既に唯のぬくもりに包まれている布団に入る。
(あったかい)
遠慮の無い二人は体を向きあい自然に抱きあう形になってゆく。
幼い頃から築き上げてきた絶対的な信頼がそうさせるのだろうか。
「淳平がきてくれてよかった・・・」
耳を澄まさなければ聞こえないようなか細い声で呟くと唯は淳平の胸を掴む。
その力の頼りなさにどうして一人暮らしを決意したのか分からなくなる。
二人の隙間から温まった空気が抜ける。
寒さを感じ更に寄添う。
冬の気配がする夜の帳はとうに落ちている、部屋はしんと冷えてより二人をふれあわせる。
喉元に吐息がかかる。
(今まで一人でどうしてきたんだ、一人で大丈夫って言ったじゃないか、
それなのに、なのに、俺は置いてきぼりをくらったんだと思った、違うのか?)
疑問の中、ゆっくりと二人の間はなくなってゆく。
軽く丸まった唯の身体は胸にすっぽり入り込み、その脚は絡めるように真中の脚の間で暖められている。
規則的な呼吸音が聞こえる。
(唯、誰のための一人暮らしなんだよ、俺は・・・)
真中の股間の間に太腿をぐっと差しこみ、胸に顔を摺り寄せてくる。
寝息が本格的なものになって深い眠りについたことを知らせる。
心の底ではこの暖かさは心地よくいつまでも包まれたいと思っているのも事実だ。
しかしそれはあまりに甘美過ぎる願望だ。
唯に対して抱いてはいけない感情の筈であった。
この一夜を越えるまでは・・・。
胸元にある唯の頭を守るように手で軽く押さえつける。
(同じ匂いだ・・・)
唯の髪の匂いは家にいたときと同じにおいがする。
シャンプーを変えないでいたことに驚く。
(唯・・・唯・・・)
もっと匂いをかぎたかった、身体の奥まで届くように。
力を入れてなかった唯の頭にふれていた手にも自然と想いがこもる。
腕枕にしている腕も頭を乗せたまま内側に閉じてゆくき、幼さを残す肩にまわされた。
今や先程とは違い、自分の意思でしっかりと唯の華奢な身体を胸の内にしまいこんで離さない。
髪にキスをするように嗅いでゆく、つむじから前髪へと。
(いいにおいだ)
疼痛に似たものが全身を駆け巡り、甘美で熱い痺れが全身を包む
そのまま額にまぶたに唇で触れてゆく。
鼻先そして口元。ゆっくりとそこでとまり偶然を装うように軽く触れる。
(やわらかい・・・)
顔の角度を変え再びキス、軽く吸いちゅっと音の出るキス。
軽く唇に挟んでみる。先程より強く吸ってみる。
唯の唇の輪郭を舌先でなぞってゆく。
次第に行為に熱を帯びてきて、とまらなくなる。
ついばむ間隔が短くなり息継ぎするように口を離すとはっきりと自らの唇を押し付ける。
(唯!)
力の加減も分からないまま、強引に押し付けるだけのキス。
互いの歯がぶつかり合い、唇に痛みが走る。
自らのそれが求める快楽に反応し、股間にある唯のふとももに擦りつける形となる。
「んーんんん」
息苦しさと痛みに身じろぐ唯。
寄り目になりながらそれがなんなのか見る。
近くにあり過ぎる真中の顔に焦点が合わない。
真中は、はっと我に返って引き剥がすように離れる。
「ふぁ、はあー」
やっと息が出来る。完全に目が覚める唯。
「苦しいよ淳平、どうしたの?」
不思議そうに腕の間から覗き込む。
「なんでも・・・ねぇよ」
今の気持ちを上手く表す言葉も、言い訳も思いつかない。
ただ胸は高鳴る。
そこに頬をよせる様に身を預けている唯には気付かれているだろうか。
言い捨てると顔をそむける。幼さを残す幼馴染の唯の顔を見る事は出来ない。
相手は唯なのだ悟られたくない。
この戸惑いを、この願望を。
最初に沈黙を破ったのは真中だった。この焦燥に耐えれない。
「唯、おまえ、その・・・、キスしたことないよな・・・」
我ながらバカな質問だと真中は思った。自分から奪っておいて女の子に聞いちゃいけないことだ。
「うん」こくりと頷く。
自分が今何をされたのかだんだんわかってきたのか、唯の頬が赤い。
(淳平、キスしたんだ・・・)
(やっぱり・・・俺が初めてになっちまった)
激しい後悔と自責の念が湧き上がる。顔が急速に曇ってゆくのが自分でもわかる。
(唯相手になにしてんだ、俺って・・・)
「淳平、なに悩んでるの」
「でも、・・・悪い・・・ことだよな、ごめ・・・」
「あやまらないでよ、悪いことなの?」
途中で遮る。謝られてもこまる。嫌というわけじゃない火照った触感が唇に、火傷したように残る。
(あたしだけ、かわらないのかなあ)
幼馴染のいつまでも子供であった頃とは違う、しっかりとした腕、広い胸板、高い背、低い声。
その胸の中に納まってしまう、五年前と比べて変らない自分。
真中の方が経験はあるだろう。好きな人がいるのだから。
しかし未だ誰が一番好きなのかもハッキリしない真中なのだが。
でもさしたる疑問じゃない。
淳平との関係はそんなことで変わらない、変えようのないことは自分が良く知っていた。
「俺は・・・」
「気にしなくていいよ」
「お前・・・わかって言ってんのか」
「んー・・・よくわからないけど、淳平のしたい事だったらいいよ・・・私かまわない」
「ばか、それはお前・・・」
「今日ね来てくれてすごくうれしかった、たくさんお話しできて、また一緒にご飯も食べたし、同じ部屋で布団で寝れてうれしかったの」
「唯」
真中の頬に手で触れる。その手もやはり暖かかった。
「変な顔!泣かないでよ。ねえ、淳平・・・淳平の好きなことならなんでもいいよう」
唯は言い切った。真っ直ぐ見つめる瞳は澄んで深い冬の大気のようだ。
なにも映されてはいない、真中以外は。
真中は胸に当てられていた唯の小さな手をしっかりと握る。
「唯・・・いいか?」
暖かい気持ちに包まれ、それでも相手が唯だということに照れながら胸の中の少女を見た。
「淳平・・・」
普段と変わらない声。
唯はそれが何を意味するのか本当に分かっているのだろうか。
拒絶の声は上がらない、ただやさしく名を呼ばれるだけ。
見詰めあう瞳には今や目の前の相手しか見えない。
「うん・・・いいよ」
こくんと頷くその振動が胸の鼓動を直接打ちつける。
変わらない匂い、変わらない微笑、胸の中の少女は微笑んでいた。
ドクン、ドクンと高鳴りが耳を塞ぎ、全身がカッと燃え盛る。
「唯ぃ」
ぎゅっと硬く抱き寄せる。この瞬間を逃したくない。
吸い寄せられるようにお互いの鼻先が、そして唇が重なりあう。
押し付けるだけのキスから次第に唇は開き、真中の熱い舌先が唇を割って唯の中に侵入してくる。
舌先が唯の前歯をなぞる。
「んん・・・」
「う・・・」
同時に二人はうめくと唯は真中を深く受け入れる為、自らの舌先で迎え入れた。