「お邪魔しま〜す!」
……で、とうとう家にまで着いてきたさつきを
半分あきらめ気分で俺は我が家へ招き入れることになった。
そんなに珍しい物なんてないのに、さつきは嬉しそうに
キョロキョロとしきりに辺りを見回している。
「あんま見んなよ、汚れてんだから」
「いいじゃん、こうやって真中の家にお邪魔するのって初めてなんだから」
そう言えばさつきが一人で俺ん家に来るのって初めてだっけか?
以前映研の集まりで――ありゃ押しかけてきたようなものだったけど――家に来た
ことはあったけど、確かにここでさつきと二人っきりになったことってないよな…。
ん? ……二人っきり……?
「ちょ、ちょっと……ただいまぁ! 母さぁ――ん!」
おかしい。
いつもなら玄関先から女の子の声が聞こえてこようモンなら
真っ先に跳んでくるはずなのに。
不安を抱きながら駆け込んだ台所のテーブルの上に
俺はメモ書きをみつけた。
『 スーパーの特売セールに行ってきます
母 』
……。
な、何だって〜〜〜!!?
母さんがいないってことは……今この家には俺とさつきの2人だけ……!?
様々な妄想が浮かんでは消え、俺を惑わせる。
さつきが今この家に俺以外の人間がいないと知ればどんな行動を起こすだろう…。
人一倍負けず嫌いな彼女のことだ、東城と俺のことを疑っているのなら、
その先の想像は難くない。
家族という抑止力のない今、俺はさつきに迫られたら断りきれるだろうか――
「どしたの?」
「わぁっ!?」
すぐ傍から訊こえてきた声に驚いて振り向くと、いつの間にか横に立っていあ
さつきが俺を怪訝そうに見つめていた。
「なにそれ?」
持っていたメモ用紙に綴られた文字をサッとさつきが眺め見る。
ヤバイ!
そう思った時はすでに遅く、俺がメモを握りつぶすのと同時にさつきが呟いた。
「真中のお母さん、出かけたんだ……ふ〜〜ん……」
たった一行のメモを抜け目なく読み取って、さつきがそう漏らす。
「……そ、そうみたいだな。で、でもすぐ帰ってくると思うぞ、きっと…」
だからあまり大それたことは考えないでくれ…という俺の想いは
さつきに通じただろうか?
「ねぇ、真中の部屋ってこっちだったっけ?」
俺の言葉を訊き流すように、さつきはそう促してきた。
俺の部屋……背筋に冷たい汗が流れてる。
心の中では警鐘が鳴り始めている。
どうすればいいのか……やっぱりこのままなし崩しになだれ込むってのは
ダメだよな…とか、じゃあどうやって断る? なんて考えている俺を
さつきが不思議そうに見ているのに気づいた。
「どうかした?」
「え? い、いや、別に…」
きょとんとした養生のさつきを見てると、妄想を先走らせて色々考えている
自分の取り越し苦労なんじゃないかと思えてくる。
……何かアホらしくなってきたな。
いくらさつきが積極的だからってそういう展開になると決まった訳じゃないよな。
女の子と2人っきりになったからってやらしいことを期待してる自分が情けない。
「あ、ここだよね確か」
俺の部屋の入り口に立ったさつきが振り返る。
以前映研のみんなが来た時から随分経ったと感じられる……まさかあの時は
こうやってさつき1人を連れて自分の部屋に入るなんて想像もできなかったな。
「ああ、散らかってて悪ぃけど空いてるところ適当に座っていいからさ」
制服の上着をつりながらさつきにそう言って、俺は椅子に腰掛けた。
なんか今日は色々あったから疲れたな……肩をコキコキ鳴らしながら
首を回していると、さつきに顔が嬉しそうに緩むのが見えた。
「真中、ここで寝てるんだ〜」
ばふっ。
楽しそうにそう言って、さつきが俺のベッドにダイブした。
布団が半分捲れあがっただらしない状態も気にする様子もなく、
まるで自分のベッドであるかのようにぐっと身体をベッドの上で伸ばしている。
「いいなぁシングルベッド! あたしんち兄妹多いから二段ベッドなんだ」
「そ、そうなのか? でも兄弟多いと賑やかで楽しそうじゃんか」
「賑やかって言うか、やかましいって言うか。
ギャーギャーうるさいって毎日親に怒られてるよ……あ、真中の髪の毛見っけ」
そう言って短い髪の毛をつまんで見せるさつき。
「こ、こら、あんまジロジロ見んなよ」
俺は寝床を探られる気恥ずかしさから、さつきを起こそうと手を伸ばした。
スカートの裾からチラチラ覗くさつきの太腿を視界に入れないよう努めながら、
彼女の手を掴んで引き上げる。
グイッ――
「わ、……っ!」
さつきの身体を起こそうと伸ばした手を逆に引かれて、
俺は彼女の上に圧し掛かってしまった。
眼前に迫ったさつきの顔に驚きと焦りを飲み込んで、
思わずじっと目を合わせてしまう。
「あン、真中に押し倒されちゃった♪」
ぐっと首の後ろに手なんか回して、より密着しようとするさつきから
離れようと俺は両手をついて立ち上がろうとした。
「お、おまえがいきなり引っ張るからだろ!」
突然の出来事に早まる心音に気づかれないように身体を起こす俺の
手首を彼女はやや力をこめてきゅっと掴んできた。
「はーい、真中に質問。真中はあたしに女の魅力、感じる?」
あっけらかんとした口調と質問の内容があまりにもかけ離れているように
感じて、俺は間の抜けたトーンで訊き返してしまった。
「え?」
でもさつきの顔からはさっきまでのおちゃらけた笑顔は消えていて、
じっと答えを待つように俺の目をまっすぐ見据えてきている。
「真中はあたしとこうやってベッドの上で抱き合っても何も感じない?」
言われて改めて意識する。
さつきとベッドで抱き合うようにお互いの顔を見つめあうこの状況……
ゆっくりと上下する大きな胸元、さつきの髪の香りが
俺の思考を誘惑して止まない。
「な、何言ってんだよ」
理性を総動員してこの状況を打破しようとしたけど、
さつきは俺を解放してくれなかった。
「そ、それよりさ、今日は俺とやりたいことあったんだろ? ほら、に、24日にさ…」
さつきの質問には答えず、俺はさつきに手を握られたまま強引に立ち上がった。
あの状態のままいたら冷静でいられなくなる……女の子のカラダの
柔らかさ、気持ちよさを知ってしまった今ならなおさらだ。
さつきに背中を向けて、平静を保つため気分を落ち着けようと一つ深呼吸をした。
むにゅん。
「ほわっ!?」
大きく息を吸い込んだ瞬間俺の背に触れた柔らかいふくらみに
思わずつま先立ってしまう。そしてぎゅっと俺の腹にさつきが腕を回してきた。
「うん、24日にも今と同じことしようと思ってた。
ちゃんと勝負パンツ履いてたのに真中来ないんだもん」
「な、な……」
抱きつくさつきの身体の感触が鮮明になってくる。
俺の背中でぎゅっとつぶれる二つのかたまり……紛れもなくそれは、
男達を惑わすそれである訳で――!
「今日は普通の下着だから今いちかも知んないけど……もうそんなこと言ってらんない!」
「わ、ま、待てさつき…」
ゴソゴソと何かを確かめるようにさつきの手が動いたかと思うと、
いきなり俺のズボンの上から股間を撫で始めた。
「わぁぁ!」
落ち着きを取り戻そうとしていた俺の分身がさつきに触れられたことで
再び力を蓄えだしたのがわかった。
半勃ち状態まで静まってはいたものの、まだ硬さを保ったままのその感触は
さつきに伝わってしまっただろう…。
「……!」
驚いたようにビクッとさつきの手が引っ込む。
ちらとさつきの顔を見ると、顔を真っ赤にして
自分の掌を見つめながら息を飲んでいた。
やっぱ……バレたみたい。
「わ、悪ぃ」
バツの悪さを覚えながら苦笑いでごまかす。
さつきに対して煮え切らない答えを続けているのに、
俺の身体はしっかり反応してるんだからカッコ悪いことこの上ない。
「えへへ〜」
でもさつきは俺の身体から離れて何故か満足げにニッコリと笑っていた。
「な、なんだよ…」
弱みを握られたような、肩身の狭い思いを感じながらさつきを見る。
恥ずかしさを噛み殺している俺にさつきは嬉しそうに笑みを返してきた。
「真中、ちゃんと反応してんだもん。それってあたしが真中にとっても
ちゃんと魅力的だってことだよね?」
「う……そ、そりゃ…」
そんな身体押し付けられて反応しない健全な男なんかいないっつーの!
大体服の上からだってのに何でそんなに柔らかさが伝わってくるんだ?
「真中も準備オッケー、あたしもいつでもオッケー。
2人っきりの部屋で若い男と女がやることは決まってくるよね?」
そう言いながら、さつきは自分の髪に指を伸ばしてポニーテールを解いた。
ストレートにするとぐっと大人っぽく見えるよな……と見とれてる俺をよそに、
さつきは上着を脱ぎだした。
「ダ、ダメだって……!」
慌てて後ろを向くが、布ずれの音は止まらない。
「もう今日は待ったなしだからね。
あたし達の約束破って東城さんと会ってたことを悪いと思ってるんなら、
あたしの”初めて”もらってよ!」
スッと軽い音が床に落ちた。
さつきの呼吸が近づいてくる……
「真中……見て」
さつきの艶がかった声音が俺を誘う。
でも振り向いたら最後、さつきとの一線を超えてしまいかねない。
そうなってしまったら、俺が東城に告白した意味がなくなってしまう。
さつきや俺に好意を持ってくれてる女の子をこれ以上傷つけないために
自分の気持ちを決めたのに、また振り出しに戻っちまう――
ぎゅ……。
振り返れない俺にさつきが身体を預けてきた。
先に触れた柔らかさに加えて温かさと心音が伝わってくる。
「〜〜〜っ」
ヤバい。
どうにかなりそうだ。
これ以上迫られたら俺、もう持ちこたえる自信ない。
「ねぇってば、まな…」
「ダ、ダメだって!」
思ってたよりも大きな声だったためか、さつきの身体がビクッと跳ねるのを感じた。
でも大きな声じゃなきゃ今のさつきの決意を跳ね除けられなかった。
「さつきの気持ちは嬉しいけどさ、俺やっぱダメなんだ。
さつきの気持ちに答えられないんだ…」
だって俺は東城と――
「どうして?」
抑揚のない声だった。
かけられた声音からはさつきの感情は読み取れない。
「だ、だって俺……と、東城…」
「そんなこと今は関係ない。あたしは真中に”初めて”をもらってほしいだけ。
最初にエッチする人は真中以外に考えらんないの!」
さつきの言葉に苛立ちがこもり始める。
「あたしが抱いてって言ってんだからそんなに深く考えることないじゃん!」
「そ、そういう訳にもいかないだろ…そんなさつきを傷つけるようなこと、俺……」
「………あ〜〜〜〜〜〜〜〜、もうっ!!!」
ドカッ!
「いてぇ!」
ガラガラガッシャ―――――ン!!
思いっきりケツを蹴られ、部屋のゴミ箱にダイビングヘッドを強いられた。
遠慮なしに蹴り上げられた尻をさすっていると、
堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりにさつきが激昂してきた。
「真中のバカ! アホ! 意気地なし! インポ!」
顔を上げると、部屋の入り口で両拳をつくって
俺をにらみつけているさつきと目があった。
薄いピンクの下着姿で、二つの立派な乳房をぶるんと揺らして
怒りをあらわにしている。
興奮する……なんて言ってられないほど、今のさつきは怒髪天を突いて見えた。
「もういい! 真中なんて知らない!
このまま出てって最初に目が合ったヤツとエッチしてくる!
たとえそれが犬でもヤってやるから!」
「な…」
じょ、冗談じゃない!
さつきがそんな格好で表歩いたらどうなるかなんてわかったモンじゃない!
「お、おいさつき…」
「真中じゃないなら誰でも一緒だもん! こうなったらおっさんでもガキんちょでも犬でも、
あたしを欲しいって言うヤツにくれてやる〜っ!!」
本当にさつきは着の身着のままで出て行こうとドアに手をかけた。
「ま、待てってば! さつきっ!!」
恨みがましく見つめてくるさつきに気圧されながら、
ギリギリのところで俺は彼女の腕を捕まえて引き止めることができた。
目のやり場に困りながら、必死に言葉を捜す。
「えっと……え〜と…」
「何よ。真中は東城さんとならエッチできるのにあたしとじゃヤなんでしょ。
別にあたしがどうなろうが関係ないんでしょ」
「そ、そんなことある訳ないだろ! さつきがどうなってもいいなんて思ってないって!」
「じゃあ、あたしとエッチできる? あたしのことちょっとでも気にしてくれるって
言うんだったら、一回だけでいいから…」
「うっ……」
半ベソの顔でさつきが俺を覗き込んでくる。
感情の波はわずかだが治まったようで、さつきは鼻を鳴らしながら
俺の返答を待っている。
今ここで手を放したら、また出て行きかねない。
でもさつきと……なんて、東城にどう伝えればいいんだろう。
「あたしは今日のこと、誰にも言うつもりないから。
て言うか、別に誰に言う必要なんてないでしょ?」
俺の迷いを察してか、さつきがポツリと漏らす。
それは俺への免罪符のつもりだったのか、
ぐずった顔でけなげに微笑みかけてくるさつきがすごくいじらしく見えた。
俺はさつきの手を取って、ベッドへ導いた。
そんな俺の行動にさつきは少し驚いていたようだったけど、
やがってゆっくりとベッドへと上がった。
だって、さつきをどこの誰ともわからない男に
抱かせる訳にはいかないだろう、東城……。