お、俺と先生が!?
目を白黒させて絶句している俺に、黒川先生はさらに寄り添ってきた。
俺が慌てる様が可笑しいのか、どこか愉しそうにさえ見える。
「フッ、何を驚いてるんだ。昨日のアレは演技だったんだろう?
なら相手が誰であろうと構わないはずだが」
先生が近づくにつれて、香水の匂いが強くなる。
同年代の女子にはないその香りは、俺に先生を”女”として意識させるのに
一役かっているようにも思える。
強い…でも決して不快じゃない先生の『匂い』は俺の周りを漂い、
まるで自らの香りで獲物を誘いこむ危険極まりない華の香りのようだった。
「い、いや、そういうワケには…」
離れようとする俺の手をぐっと掴み、黒川先生が細い肩をぶつけてくる。
「いいからやれと言っている。
昨日お前と東城はどんな風にやっていたんだ?」
……もしかして、これも4時限目のイジメの続きか?
先生は俺が困るのを見て愉しんでいるようにしか見えない。
何にせよこのまま帰らせてはくれそうにないし、
身から出た錆……やるしかないのか。
「そ、それじゃ失礼して…」
そう言って腹を決めた俺は先生のやや後ろへ周り、腰に腕をまわす”フリ”をする。
まとめられた髪の下からのぞく白い項がやけに艶っぽい。
「本当に触ったら職員会議にかけるからな」
先生はあくまで演技指導だということを強調したいのか、
とんでもないことを言い出す。
ちょっとでも手が当たったりしただけでも
本当にやりそうだよな、この人は……。
「さ、最初はこう……見つめ合うところから入ってですね」
俺が言うと、黒川先生は顔をこっちに向けてきた。
至近距離で先生と目が合ってしまい、思わずのけぞってしまう。
「何だ?」
「い、いえ…」
それにしても……やっぱりかなりの美人だよな。
化粧も目鼻立ちをよりはっきりさせるようなやり方に見える。
自分を綺麗に見せる術を知っているというか……人気あるのも頷けるよ、本当に。
そんな先生と見つめ合ったせいか、さっきまでの緊張がさらに高まってくる。
心臓の音が訊かれるんじゃないかと思うほどバクバク鳴って、
全身の血が頭に上がってくるのが解かる。
「それから?」
そんな俺の変化に気づかないはずはないのに、
それでも先生は俺の心内をさらっと流すように続きを促してくる。
緊張しっ放しで手が震えてきた……俺は全身の硬さを飲みこむように
喉を鳴らしてから、肩越しに見える先生の胸へ手を伸ばす。
「キ、キス……したりしながら…、む、胸に手なんか当てちゃったり……」
俺の掌は先生の2つのふくらみにあと数センチという位置まで近づいた。
ブラウス越しでも解かるほど丸く張り出たそのバストは見るからに柔らかそうだ…。
衣服をぱつんぱつんに押し上げて止まない自己主張の激しい
黒川先生の身体がすぐ触れられる距離にある。
その事実だけでも俺の理性は吹っ飛びそうなのに、先生はいたって冷静だ。
経験の差ってヤツなのかな……何とか平静を装おうと努める俺が可笑しかったのか、
黒川先生は鮮紅色のルージュが引かれた唇をかすかに上げて微笑んだ。
「おい真中、何だコレは」
そう言うや、いきなり先生がズボンの上から俺の股間を撫でる。
突然の甘い刺激に、思わず背筋をピンを伸ばして反応してしまった。
「……何故こんなことになっている?」
俺の反応を楽しむように先生は股間を撫で摩ってくる。
優しくも妖しい手つきでますます硬度を増していく自分の股間を情けなく思いながら、
欲望とは逆の抵抗を試みるが、自分の身体の現状を前にしては
それも力ない意味としか取られない。
「ちょ、ちょっと黒川先生! ド、ドコ触ってんですかぁ!!」
白く細い先生の手を引き剥がしにかかるが、
そんな俺の股間中央で屹立し始めていた棒状のモノを黒川先生がぎゅっと握りしめてきた。
「う、うわぁっ!?」
「人の身体であらぬ妄想を抱いて勃起しておきながら何を言っとる!」
「だからって握らないでくださいよ!!」
ズボンの上からとは言えはっきり形を成すほどに俺のモノは
先生の掌で包みこまれていた。
恥ずかしさのあまり卒倒しそうになりながら、俺は必死で先生の手を払いのける。
が、思った以上に先生の力が強くて簡単に離してくれない。
「い、いい加減にしてくださいよ〜!」
身体を捻り、動かす度に握られたモノに微妙な刺激が生まれてしまい、
結果俺の股間は先生の手の中で微かな脈動を繰り返すことになっていた。
「こんなにして何を考えていた? こんな…」
何にせよ、今はまず先生の手から解放されるのが先決だ。
事態の収拾をつけるために俺は声を張り上げて謝罪する。
「い、いや、ちょっとその……す、すみませんでしたっ!」
「………」
「あ、あの、先生?」
はち切れんばかりに膨張した俺の股間を凝視する黒川先生。
口を半開きにしたまま、厳しい目つきで思うがままそそり勃つソレを見つめている。
「だ、だから…!」
肩を押して身体を遠ざけようとした時、ハッと我を取り戻したように
ようやく黒川先生が俺に目を合わせた。
「……っ、真中、お前教師相手に勃起するとは何事か!」
気まずさを払拭するように俺を一喝してから、
先生は俺のズボンのチャックに指を引っかけてきた。
「なっ……せ、先生!? ちょっと…!」
「場をわきまえず発情しまくるお前には教育が必要だな」
「えっ!? そ、ちょ待ってくだ…」
俺の反論を遮るように、ズボンはジーッと口を開けていく。
性格は問題あれど、美人教師と2人っきりというシチュエーションに
無意識のうちに漲ってしまっていた俺の分身は
解放されるのを待っていたかのようにビン、と窓から飛び出した。
「……!」
「わぁぁ!! こ、これはいくら何でもやりすぎですよぉ!!」
見苦しいまでに肥大したモノが生の姿を先生の眼前に晒される。
慌てて立ち上がろうとした俺を捕まえるように、
血管を浮き立たせるソレを再び黒川先生は握り締めた。
「うっ…!」
「恥ずかしいヤツだな……何を期待していたんだ?」
言いながら、剥き出された竿を握り上下に擦り出す。
過敏になっているモノへ激しい快感の波が押し寄せてきて、
みっともないと思いながらも腰が浮いてしまう。
「気持ちいいのか真中?」
「うっ、く……!」
快感に耐える俺をさらに責めたてるように、
先生の手の動きは大きく強くなっていく。
摩擦と刺激で熱を持ち始めたモノを確かめるようにしごくその様は、
俺を解放する気などさらさらないように見える。
心なしか、先生の目がイッちゃってるようにも見えるんですけど……。
「い、いつまでやってんですか!」
「おっ、出てきたぞ…」
肉棒を覆っていた先生の手がスムーズに感じたのは、
自身から零れ出た無色の液体のためだった。
ヌルリと絡みつく感触を楽しむように、先端から溢れた先走りを
指先で亀頭に塗りたくる先生の動作がさらに興奮を促す。
「ちょ、わぁっ!」
伸びた爪で引っ掻くように敏感な部分を弄り、
焦る俺を見て妖艶な笑みを浮かべる黒川先生。
その表情は恐さと同様に何をされるか解からない期待を
俺の心の奥底から引き出す。
「生意気に感じているのか?」
「なっ…」
”この程度で慌てるな”とでも言うような、余裕を含めた物言いだった。
熱くなる股間とは裏腹に冷たい何かが背筋を走るのを感じた。
「熱くて硬い……そしてこの匂い……ハァ……」
艶っぽい息を吐きながら、黒川先生はモノを扱くことに執心している。
目を爛々と輝かせて夢中になるその様子は正直に言って……コワい…。
「……ンッ」
先生の手の動きが緩くなった。
引いていく快楽の波に安堵するのも束の間、やおら立ち上がったと思うと
生徒の前だと言うのに腰周りを締めるタイトスカートの脇に指を入れて、
黒川先生はあろう事か奥にある下着の裾をくっと降ろしてしまった。
紫色の見るからに大人っぽいパンティが太腿まで下がって見える。
「せっ、先生っ!? な、な、何を…」
「うるっさい! いいから黙ってろ……大人の女は簡単には止まれんのだ…!」
「へ…?」
長い脚が俺の腰をまたぎ、そびえ勃つモノの上に位置を定めるように
黒川先生が覆い被さってくる。
「な、何してんスか先生っ!?」
「ハァ……ハァ、見て解からん訳でもあるまい……」
さすがに状況を把握した俺が拒絶の意志を示すが、
そんな俺の思いを完全に無視して黒川先生はゆっくりと腰を降ろしてきた。
「マ、マズイですって絶対! くっ、黒川センセ…」
ざらっとした恥毛の感触が一瞬亀頭を撫でたかと思うとすぐに、
生温かい肉の扉が湿った音を漏らしながら俺の分身を飲みこみ始めた。
「うわぁっ!」
「情けない声を出すな……どうせ東城とはもうヤッたんだろうが……ン、ッ」
黒川先生の中は異物の侵入を特に拒むこともなく、
素直に俺を招き入れていく。
何も考えられないほどの異色な快感に頭を振りながら、
俺は近づいてくる先生に向かって答えた。
「そ、そんな、ヤッてませんよ、こんなことまで!」
「ウッ……ン、嘘をつくな、昨日の雰囲気を見れば解かる…っ」
自分の腰に先生の柔かい太腿が当たるのを感じて、
俺は自分のモノが全て挿入されたことを悟った。
1つの椅子の上で2つの身体が不安定に揺れ出す……。
「う、うわぁっ! だ、誰か来たらどうすんですかっ!?」
そう言ってみるものの、目の前の肢体が艶かしく揺れ動く度に
じわじわと下半身に広がっていく快感は無視できなくて、
先生の行動を強く否定できずにいる自分が情けない。
柔かく熱い肉でモノをしごかれる感覚は、さっきまでの手の感触とはまた違う、
他の例えが思いつかないぐらい未知の快感だった。
「う……あぁ……!」
豊満な乳房が目の前で踊るのを見ながら、
先生の気分とノリで時折いい感じで締めつけてくる膣の感触に酔ってしまっている。
女性と繋がったのは厳密に言うと初めてではなかったけど、
東城とした時は実質挿入のみで終わっていたために
異性の身体を本格的に感じるのはこれが初めてだ――
「っ……、大きさはそれほどでもないが、硬さはなかなか……ン、ァ……!」
「はぁ、せ、先生……そ、そんなに動かないでくだ…」
次々に襲い来る快楽に息も絶え絶えそう伝えるも、
先生はただ欲求の赴くがままに快楽を求めて動き続ける……。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!」
「ちょ、ちょっと、くろ、黒川センセ、俺の言うこと訊いてます……っ?」
「ハァ、ハァ、ハァ、うるさい、今イイところだから黙ってろ!」
俺の泣きの一言も訊き入れられることはなく、
黒川先生は貪欲に快感を得ようとますます動きを加速させていく。
「うわっ……!!」
「クッ……震えてるな、真中っ……私の膣内で、お前の節操ないモノが!」
その存在を俺に知らしめるように、ギュッと膣壁が収縮して締めつけてきた。
だけどそれは改めて黒川先生と繋がっているというおよそ考えられない現実を
実感させる行動に重なって、身体中の血をさらに一ヶ所に集束させる。
スカートで覆われていたため結合部は直に見ることはできないけれど、
俺の身体の一部を出し入れする先生の感触は、
頭の中で形を思い浮かべることができるほどダイレクトに伝わってきた。
東城と繋がった時のような窮屈さはないけど、だからと言ってキツくないということはない。
先生が動く度に、幹を擦るような振動と絡みつく肉の感触が
新しい快感をどんどん生み出していく。
今まで知らなかった快楽の形が俺を夢中にする……でも、
それも長くは味わえそうになかった。
成熟し切った女性の感触は初めて性交を体験する自分にとっては刺激的すぎたために、
俺は早くも根を上げそうになってしまう。
「あ、セ、センセイ、俺もう、ダメ……かも……」
全身の力を腹筋に込めてなんとか耐えながら、俺は限界を呟いた。
しかし、火照った身体を沈めるにはまだ物足りないのか黒川先生に満足した様子はない。
「早いぞ真中、もうちょっと我慢しろ……ッ、ハァ……」
「そ、そんなこと言ったって無理なモンは無理で…!」
パンパンと肉を打ちつける音が回数を増し、より激しい先生の動きが俺を追いつめる。
「あ、あ、あぁ、ヤバいですって! そんな早くしたら俺っ……!」
「辛抱せんか! お前このまま出したら責任取らせるぞっ!」
先生も盛りあがっているのか、息を荒げながら血走った眼でそんなことを言ってくる。
「責任って……ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「イヤなら耐えてみせろ、男だろうが!」
な、なんでそんな態度デカイんだ?
どう考えたって俺が襲われてると思うんだけどこの上命令までするか?
だけど今さら黒川先生の横暴な態度を諌めることができるなら、
こんなことにはなってない……とにかく限界の近かった俺は勘弁してもらえるよう頼んだ。
「む、無理ですよ! 俺、俺……!」
「真中、もしこのまま出してみろっ、お前この先ずっと私の玩具にするぞ!」
「オ、オモチャ!?」
驚く俺に、先生は変わらず腰をくねらせて見せる。
冗談じゃない!
常時こんなことされたら神経が持たない……付き合ってられない!
「ハァ、ハァ、ハァ……ウッ………ン!」
その時、黒川先生の押し殺したような呻きと共に急激に膣内がグッと締まり、
俺の中に溜まった欲望を搾り取るかのように肉襞がきつく絡みついてきた。
もう無理だと悟った俺は先生のくびれた腰を力の限り持ち上げて、強引にモノを抜き出す。
「なっ!?」
間一髪膣内から引き抜かれた肉棒は、それまで自身を縛っていた我慢の糸を切るように
白濁液を吐き出した。
「くっ……あぁ!」
ビュッ! ビュルッ!!
幾度もの限界を乗り越えた末に生まれたその液体は見たことのないほど
元気よく先生の太腿に飛び散り、その白い肌に張り付く。
べっとりと垂れ落ちるそれを見つめながら、
「……勝手に抜くな、真中……」
と、やや冷めたような落ちついた口調で黒川先生が呟いた。
余韻に浸っているのか、さっきまでの鬼気迫る雰囲気は消えている。
「お、オモチャなんて冗談じゃないです…」
腰から手を離すと、先生はストンと両脚を降ろして床を踏んだ。
「ふぅ……まぁ、責任は取らずにすんだな」
ポケットからハンカチを取り出して2,3度額を押さえる仕草を見せてから、
黒川先生は自分の股間を拭ってずり落ちたままだった下着を上げる。
着衣の乱れは微々たるものだったので、頬が上気していることを除けば
いつもの先生と何ら変わりなく見えた。
「まぁ、昨日のことは不問にしておいてやろう。
よもやここまで映画の中でやるとは思わんが、サービスシーンもほどほどにしておけ」
自分の身の回りを一瞥してから黒川先生は俺を見やる。
もちろん俺が吐き出した精液は即座に拭き取られ、汚物を吸ったハンカチは
おそらくその自身の役目を真っ当に果たすことなく焼却路へ投げ入れられるんだろう…。
心身共に疲れ果てた俺に笑みをくれてから、先生は教室を出口へ向かった。
「真中、掃除はちゃんとしておけ。
お前が使ったことは生活指導の先生にも知られているから、疑われるのは自分だぞ」
「え…?」
ガラリ………ピシャ。
――さっきまでの激しい情事の余韻が抜け切らない俺を残して、
黒川先生は指導室を出て行ってしまった。
温もりが消えた教室内で1人取り残された俺は、
生活指導の先生が来ないうちにと必死に証拠隠滅に努めるのだった。
*
まさか黒川先生といたしてしまうなんて夢にも思わなかった。
それもかなり無理矢理な感があった。
(まぁ……気持ち良かったんだけどさ……)
今も目をつぶれば、腰に当たる先生の肉の感触をありありと思い出せるほどだ。
でも、望んで交わった訳じゃない……気持ちの面では何か割りきれないものが残っていた。
何にしろ、昨日のことはチャラにしてくれるということらしいので
取りあえず不安はなくなったかな…。
俺は気怠く感じる身体を引きずるようにして、6組――東城のクラス――へ向かった。
俺と同じく不安に思っているだろう彼女に早く伝えたかったからだ。
教室を覗くと、窓際で友達らしき女の子と話していた彼女が
俺を見つけたのか急ぎ小走りで寄ってきてくれた。
「真中くん」
「よ、東城……」
案の定、東城の表情はいつもよりやや硬く見えた。
きっと俺と同じように不安に思ってた違いないだろう。
でも今の俺は彼女のそれを払拭することができる。
「き、昨日のアレさ……許してもらえたから」
「えっ?」
一度訊き直して、そして東城は大きく目を見開いた。
驚いてるみたいだ……まぁ、いきなり心配事が解決したんだもんな、
それも自分の知らないうちに。無理もないか。
「ホントに?」
「ああ、今黒川先生に説明してきた。
あれは映画のシーンで使う演技なんだって……ははは」
力なく笑う俺に東城は心配そうな表情を向けてくる。
半信半疑なのか、硬い表情は崩れることはない。
「大丈夫、マジだって!」
「う、うん……良かった。昨日から気になってたの…」
ようやく安心してくれたのか、東城の表情が柔かくなった。
やっぱり俺と同じように気になってたんだな……急いで伝えに来てよかった。
でもすぐさま彼女の表情が曇ることになった。
「でも……大丈夫? 真中くん、なんだかすごく疲れてるように見えるけど…」
どうやら心配の原因は昨日のことだけじゃなかったらしい。
俺、そんなに疲れて見えるのかな…?
「え? そ、そう?」
頬に手を当ててみるが、自分じゃ解からない。
まぁ確かにさっきまで激しい運動を余儀なくさせられてたんだけど…。
「へ、平気だって! ちょっと寝不足なだけだよ。まぁいつものことなんだけど…」
努めて明るく言うと、東城もつられるように笑顔を見せてくれた。
「あたしも……昨日はなかなか寝つけなくて」
見れば彼女の目もうっすらと充血しているようだった。
「実は俺も…。でももう気にすることないぜ、ちゃんと不問にしてもらったから!」
「不問?」
うっ……不問にしてもらった内容を訊かれるのはマズイな。
黒川先生とのことがバレたらいろいろ問題があるかも知れない…。
「あっ、いや、何でもない! そ……それじゃまたな!」
一応用件は伝えたし、ボロを出す前に今は取りあえず戻ろう。
疲れきった今、うっかり口を滑らしてしまうか解からない。
昼休みが終わりに近づいていることを示すように廊下を慌しく歩く生徒達の中、
俺もまた自分の教室へと向かった。
*
「おい真中」
頭の前で組んだ腕を揺すられて、俺は意識を取り戻した。
伏せていた頭を上げて周りを見渡すと、すでに教室の中は
お勤めを終えた後の生徒達の解放感に包まれていた。
「……ん……?」
「やっと起きたか。お前午後の授業ずっと寝てたな」
「ふあぁ……ん。外村か…何、もう放課後?」
むにゅにゅん。
「うぉわっ!?」
いきなり後頭部を襲う柔らかな膨らみに目が醒める。
俺の頭をすっぽり包みこめるほど大きなそれはもう誰のものかを確かめることもない。
嬉しくもあり恥ずかしくもあるこの感触、
「真中っ、今日部活どうすんの?」
……もちろんさつきだ。
起き抜けにいきなりの悩殺パンチ、刺激的すぎるっつーの。
「お、お前なぁ! そういうの止めろって…」
「昨日の話、決まったのか?」
き、昨日の話?
外村の問いにビクつく俺。
昨日のって……まさか。
「な、何の話だ?」
トボけつつそう伺うと、外村は読み取り難い表情ながら
怪訝さを匂わせるように顔を歪めた。
「何って、昨日話し合ったんだろ? 東城と脚本のこと」
「あ…」
なんだ、そのことか。
まぁ東城とのアレは一応黒川先生以外には知られてないはずだ……誰か
知ってたら今頃はもう噂になってるだろうし。
「あ、あぁ、そのことね…」
「そのことって、それ以外何があるってんだよ。
どういうのに決まったのか訊かせろよな」
そう言って、帰り支度をすませた外村は俺を部活に誘ってくる。
脚本のこと、結局詳しいことはまだ何も決まってないんだけどなぁ…。
「じゃああたしも行こっかな」
「あ、俺も俺も!」
会話を耳ざとく聞きつけた小宮山も駆け寄ってきて、
俺達はぞろぞろ部室へ向かった。
ガラッ。
「あれ? 美鈴来てたのか」
部室のドアを開けると、すでに女の子が2人何をするともなく着席していた。
ドアを開けた俺達に突き刺さるような視線を向けてきたショートカットの女の子、
顔が綺麗だが性格はドギツイこの女、外村の妹。
『綺麗な華にはトゲがある』という言葉をこれほどまでに
具現化した生き物はいないんじゃないか?
下級生のくせに俺達に敬語を使ったことなんてない、生意気な女だ――
もちろん俺がこんなこと考えてるなんてバレたら精神が破壊されるほどの罵声が
浴びせられるのは目に見えてるから口にすることはないけど。
そしてもう1人。
「綾ちゃ〜ん! なんか久しぶりだね〜」
小宮山が甘ったるい声で彼女の名前を呼ぶ。
東城……今日も来てくれたんだな。
昨日の今日だけにここで顔を合わせるとなんか恥ずかしいけど、
どこかホッとしてる自分がいる。
「今日は珍しく人数揃ってるね」
無愛想に外村の妹が呟いた。
今みたいなコワイ表情をしていてもどこか惹きつけられてしまうのが不思議だ。
でも絶対俺達が作る映画には出演しないんだよな……カメラ映えする顔してるのになぁ。
「何、人の顔ジロジロ見て」
そんなことを考えていたら、外村の妹がキッと俺に視線を突き刺してきた。
ちょっと見てたらすぐこれだ。
お前のこと誉めてたんだよ、なんて言えば逆に訝しく思うだろうから言えないけど…。
「まぁまぁ、それより脚本の方、どうなったんだ?」
外村が自分の妹を宥めながら、そう訊いてきた。
でもみんなに報告できるようなことはまだ何も決まってないんだ。
思い思いに机を寄せて席につくのを目にしながら、俺は話を振る。
「それなんだけどさぁ、実は…」
「ね、それよりさ、今日黒川先生に呼び出されたのって何が原因なの?」
その時、話の腰を折るようにしてさつきが割りこんできた。
彼女にとって本決定するのはまだ先の脚本の内容よりも、
身近な今日のことの方が気になるみたいだ…。
「お、それ俺も訊きたいな」
小宮山も同乗してきて、話は強制的にそっちに重きを置くことになる。
「何? 真中センパイ呼び出しくらったの?」
「そーなんだよ。それどころかコイツ、今日授業中
黒川センセイに集中攻撃されてたんだぜ?」
妹の侮蔑を含んだ物言いに、いかにも楽しげに答える兄。
友人の不幸を何故そんなに楽しそうに言えるんだコイツは?
「えっ? そ、そうなの…?」
初耳だったのか、東城も外村の言葉に食いついてきた。
彼女はその理由を知っているだけに、どうにも格好悪い。
「ねぇねぇ、何言われたの?」
さつきはなおも俺を問い詰めてくる。
もちろん言える理由じゃないし、言ったら言ったで新たな火種が生まれるのは明白だ。
特にさつきに言おうものなら、その結果は予想することすら恐ろしい。
「べ、別に。お前らと同じように、映画のこと訊かれただけだよ…」
できるだけ平静を装ったつもりだったけど、上手く誤魔化せたか……?
「……ホントに〜? じゃ何であんなに授業中当てられたの?」
うっ……確かにあれじゃ明らかに俺を狙ってたように見えるよな…。
その辺さつきは何かあると感じているのか、ずっと俺に怪訝そうな目線を向けてきていた。
「そ、そんなの知らねーよ…」
言い訳するのに四苦八苦していた俺を助けるように、ガラリと部室のドアが開いた。
皆の注意が一斉に入り口に向く。
難を逃れた……そう思ったのも、ドアを開けた張本人の姿を
目視するまでの一瞬のことだった。
「よし、みんな揃ってるかー」
映研の顧問の登場だ。
顔を見せることなんて珍しいほどなのに、人が弱ってる時は見計らったように
出席するのはこの人の持って生まれた何かがそうさせているのか?
「端本さんがいませんけど」
「黒川先生、今日はどうしたんですか?」
嬉しそうに外村が訊くのに対して、部員の顔をサッと見回して黒川先生は口を開いた。
「次に作る作品についてちょっと訊いたのだが……」
先生の視線が俺のところで止まった。
途端に昼間のことが脳裏にフラッシュバックして、俺の顔を熱く火照らせる。
「真中にも言ったが、サービスシーンを取り入れて男子の動員数を狙うのは構わん。
だが、やりすぎないよう注意しろ。物事には限度があるからな」
一斉に俺に視線が集まる。
緊張と気恥ずかしさが重なってさらに赤面してしまうのが自分でも解かったけど、
どうすることもできず俺はただ部員の面々と睨めっこするしかなかった。
「またそんな場面入れるのかよ! ちょっとはマジメに撮ろうって気はないのか!?」
まず吠えたのは外村の妹だ。
映画に関してはかなり口うるさいコイツはこういう内容にはいつも真っ先に噛みついて来る。
そして決まって迫られるのが、何かつけて”お色気シーン”を入れたがる兄貴な訳だけど……
「ま、待てよ。今回俺はまだ何も言ってないって!」
と、今回ばかりはまともな返しを見せた。
もちろん外村の言分は本当のことだ。
実際は、俺が昨日の東城とのことを言い訳しようと苦し紛れに考えた案だからなぁ……。
「どういうこと?」
「だ、だからこれはお兄ちゃんの提案じゃなくてだな…」
外村が俺を見た……ように感じた。
言葉にはしないけど、俺の発案だということをその雰囲気が語っていた。
継いで、外村の妹が俺を見る。
これ以上ないほどの強烈な攻めの視線だった。
「先生、質問です!」
小宮山がふいに手を挙げて立ち上がった。
その大きな声は自然と皆の注意を集める。
「何だ?」
「サービスシーンのやりすぎに注意しろって言うけど、どこまでならOKなんスか?」
ニヤけ顔で訊ねる小宮山に、さつきと外村の妹が揃って汚物を見るような目線を向ける。
小宮山のヤツ、きっと自分がその相手役につけるとでも思ってるんだろうな…。
「そうだな……」
黒川先生は何か考えるような仕草を見せてから、東城を見る。
でもそれはほんの一瞬のことで、何かを思いついたのかいきなり
不敵な笑みを浮かべて小宮山に答えた。
「東城の首についている跡……それぐらいの行為ならまぁ許容範囲だ。なぁ真中?」
バッと素早く皆が東城の方へ向く。
彼女の首筋には昨日俺が夢中でつけたキスマークらしき赤い痣が確かに残っていた。
肌の白い東城だから、それはことさら際立って見えてしまっている。
「……えっ!?」
慌てて東城が首許を隠すのも手遅れで、みんなにははっきり見えたはずだ。
先生が言った”跡”が…。
「え、えぇ〜〜〜〜〜〜っ!!? そ、それって…」
「キスマ〜〜ク!?」
「と、東城センパイ!! な…何かの間違いですよね! 先輩がそんなことっ…」
「綾ちゃん、相手は誰!? ねぇ、誰っ!?」
一斉に浴びせ掛けられる質問に東城はただオタオタするだけだ。
自分の立場さえ解かっているのかも危ういなぁ……。
「こ、これはその……そ、そう、昨日窓を開けてたら、虫に刺されちゃって…」
「今、冬ですよ!? 昨日あんなに寒かったのに窓開けて寝たんですか!?」
「あ、うぅ……」
東城が助けを求めてる。
何か言うにも、今の状況じゃ油を注ぐだけだろうしな……どうしよう……。
「まぁ私が伝えたかったのはそれだけだ。ではまぁ頑張れ、期待してるぞ」
そう言って、火を投げ込んだ本人は涼しげに現場を後にしようとする。
結局、意味ありげな微笑みを残しつつ黒川先生は部室を後にした。
「まさか……」
すかさず俺の背後から跳んできたのは、ドスの効いたさつきの低い声。
火の元として残された俺と東城を待っていたのは、
部員達による決して止むことのない質問の数々だった……。
*
「なぁ、どこまでついてくるんだよ?」
同じ帰り道はすでに終わっているのに、俺の横にずっとついて歩くのは、
ポニーテールをふりふり揺らしてちょっと怒った表情を見せるさつきだ。
「お前の家、向こうだろ」
「いいじゃん別に。もうちょっと歩きたい気分なの!」
半ばヤケになって言い返してくるさつきだったけど、放っておく訳にもいかなかった。
彼女がふて腐れてる原因は俺に違いなかったから…。
好きにさせようと思い、しばらく無言で歩き続けていた時だった。
「ねぇ、真中」
トーンを落とした口調で俺を呼んだのは他の誰でもないさつきだ。
やや後ろを歩いていた彼女に振り返ると、首のマフラーを軽く巻き直して
さつきは俺を見つめてきた。
「去年のクリスマス・イブ……外村達との約束、ブッチしたよね」
いきなりの彼女の質問に、俺は頭の中で記憶を遡らせた。
クリスマス・イブ……東城と会った日だ。
あの日俺は東城が訪ねて来てすぐに外村に連絡を入れたんだ…。
「あ、あぁ……確か、そんなこともあったっけ」
はっきりしている記憶を誤魔化すように俺は曖昧に返事する。
「あの日、あたしもいたんだよ。真中が来るって訊いたから」
悲しそうに、だけど強い意志がこもった眼だった。
もともと綺麗な瞳をしているさつきだから、迫力も感じられる。
「もしかして……東城さんと一緒にいたの?」
――心臓が跳ね上がった。
”女の勘”という言葉で片付けるにはあまりに出来すぎているように思える。
さつきはあの日、来るはずの俺が来ないことを知ってどんな気持ちだったんだろう。
それはきっと、東城に一度断られたあの時の俺と同じ気持ちだったに違いない。
何をする気にもなれない、全てを忘れてしまいたくなるような虚無感。
あの時の感情を抱かせてしまったと思うと胸が苦しくなる。
それはきっと、さつきを悲しませたくないという気持ちが
少なからず俺の中に存在しているからだろう。
「そう。やっぱりそっか……」
言葉を返せない俺に、さつきは1人納得している。
謝らないと……そう思った俺の腕をいきなり取り、さつきはぐっと抱き寄せた。
「約束すっぽかしたの、悪いと思ってる?」
すぐ隣でそう言って俺を覗き込んでくるさつきからは、
もう先ほどまで見せていた悲しみは消えていた。
それどころか、まるで何か悪戯を思いついたような含み笑いさえ見せている。
「も、もちろん…」
動揺しながらも答えたのは紛れもなく本心だ。
償えることができるなら、ぜひ償いたい……そんな心内を見透かしたように、
さつきは大きな胸を俺の腕に押しつけてきた。
「それじゃ、今日一日あたしと付き合って。
クリスマス・イブにあたしがしようと思ってたこと一緒にしよ!」