バタン。
「……?」
その時、どこかのドアが閉まる音がしたような気がした。
東城にも聞こえたらしく、俺達はお互いに視線を交わす。
「こんにちわぁ。おーい、いないのー? 淳平ー?」
玄関先から届いた声に、俺と東城は同時に息を飲んだ。
……唯か!?
近所に住む幼馴染の姿を思い浮かべた瞬間、
全身の毛穴からドッと汗が噴き出したような気がした。
「…ゆ、唯ちゃん……?」
頷きだけで東城に答えてから、まず何をすべきかを考える。
カギかけてなかったっけ? いや、それより何でイブに唯が家に来るんだ?
遊ぶ友達もいないほどヒマなのか? 今の状況を見られたらどうなる…?
様々な考えが浮かんでは消えて、俺の思考をまとめさせない。
「唯ね、フンパツしてケーキ買ってきちゃったぁ。
ねぇ淳平、いるんでしょ〜〜?」
唯の足音がどんどん近づいてくる。
今ほど狭い家に生まれたことを後悔したことはない……!
トテトテと可愛い音を廊下に刻みながら、とんでもなく間の悪い来客が
今俺の部屋のドアを開ける――
「ま、待て、ちょっと待て!」
俺はたまらず声を張り上げてドアが開くのを制止しようと試みた。
しかし無情にも部屋のドアはそんな俺の気持ちをせせら笑うかのように勢いよく開かれ……
ガチャッ。
「なんだぁ、やっぱりいるじゃん。
もう、人が呼んでるんだから返事ぐ……」
部屋に入ってきたその人物は俺と視線が合うとそのまま硬直してしまった。
開け放たれたドアの向こうから流れ込んでくる空気がやけに冷たく感じられたのは、
それだけこの部屋が熱く湿った空気に包まれていたからだろうか。
「ゆっ……唯……」
声の主はやっぱり唯だった。
高校生と言うにはあまりに低い背丈と童顔、小さな唯を包む赤いダッフルコートは
彼女が身につけているというだけでやけに大きく見えた。
唯の視線が生まれてきた姿そのままの俺の全身をゆっくりと移動していき、
一定の場所でピタリと止まる。おそらくそこは、2人の結合部だったに違いなかった。
「ち、血ぃ……」
呟くような小さな唯の声も、シンと静まりかえった部屋の中では充分に耳に届いた。
その声に俺は結合部へ目をやると、溢れ出た無色の液体の中にはっきりと紅い筋がある。
どうやら東城の純潔の証が2人の分泌したそれに混ざっていたようで、
それを目視した唯の顔はボッと火をかけられたように一瞬のうちに真っ赤に染まりあがった。
気まずいことこの上ない空気の中、あくせくと忙しく動きまわる唯の視線は
次に俺に組み伏されている形でベッドに横たわる東城へ移って……
「こ、こんにちは、唯ちゃん…」
べちゃ。
緊迫したこの空間の中、これまた気まずそうな東城の挨拶が彼女へ届いたのを
告げるように、唯の手からケーキの箱がすべり落ちる。
信じられないものを見たような、半ば放心状態で立ちすくむ唯へ俺は歩み寄ろうと
ベッドから降りようとした。
「あっ、ん……」
「わっ」
大量の愛液をはべらせて東城の秘部からヌルリと抜けたモノに快感の残滓が伝わってきたけど、
俺はまず非常にヤバいこの空気を散らすことだけを考えていた。
「はわっ…」
全裸で近づく俺の姿に、とりわけ股間で蠢く棒状のそれに唯の視線は釘付けだったけど、
ひとまず俺は冷静さを取り戻させようと声をかけた。
「ゆ、唯、落ちつけ、ちゃんと説明するから…」
「はわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ
わわわわわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわ………」
奇怪な言語を発しつつ、俺が踏み出した歩数の分だけ唯は後退を始める。
あきらかに常軌を逸している唯を何とか宥めようと言葉を探そうとしたけど、
こんな時に限って上手く説明できる言葉が見つからない……
「ゆ、唯、ちょっと深呼吸しろ。お前今、ちょっとオカシ」
「はわっ……はわわわわわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
だだだだだだだだ!!!
―――まるでこの世のものではない何かを見たように、唯は脱兎のごとく走り去ってしまった。
羞恥と困惑に濡れた表情のままこっちが呆気に取られるほどのスピードで消えた唯に、
俺と東城はただ固まったまま顔を見合わせることしかできなかった。
春先に起こる小さな旋風のような一瞬ではあったけど、俺と東城の情事を唯は確かに見たのだ。
ドアの近くに落ちていた傾いたままのケーキの箱が唯の足跡をはっきりと示しているのを見て、
俺は数瞬前の出来事が夢でないことを悟った…。
*
年末からこっち、親にやたらと親戚方へ引っ張りまわされた俺は
東城、唯と連絡を取ることすらままならないうちに新学期を向かえることになった。
唯はきっと実家の方に帰ってたんだと思うけど……東城の家の電話が
ずっと留守電になっていたことが俺の中で気にかかっていた。
どこか旅行にでも行ってたのかな……?
「おわっ!?」
所々霜が積もっている通学路の途中、急に角から乗り出してきた影に俺は危うく転びそうになる。
朝から俺のナイーブな心臓を大いに躍らせてくれたソイツに何か言ってやらねばと
キツい視線を叩きつけた瞬間、冬休み中焦がれて止まなかったセミロングの黒髪が
視界に飛び込んできた―――
「お…、おはよう真中くん……驚かせちゃったみたいで、ごっ…ごめんなさい……」
「東城!」
やや怯え気味の東城に向けていた視線を掻き消して、すぐさま笑顔をつくる。
こうして顔を合わせるのは日にちにして2週間ぶりぐらいのはずなのに、
何故かすごく長い間彼女の顔を見ていなかったように思えるのはそれだけ東城が俺の中で
大きな存在になっているからだろうか。
イブの日、唯に見られてしまってから結局俺と東城は
あれからコトを進めることができなかった。
あの日唯の退場する姿は俺達にもう一度2人だけの雰囲気をつくらせないほど
鮮烈に記憶に焼きついてしまっていたらしい。
「そう言えば、年が明けてから真中くんと会うのって今日が初めてだね」
「そ、そうだなぁ」
頭の中に色濃く残っているその頃の記憶を反芻していると、
東城は冬休み前と同じように変わらない調子で声をかけてきた。
あまりに”普通”だったその呼びかけに少し返答が遅れてしまったけど、
東城にそれを気にした様子は見られない。
「あけましておめでとう、真中くん。今年もよろしくね」
「あ、あけましておめでとう東城。こちらこそよろしく……」
律儀というか何というか、きっと話したいことや気になることもたくさんあるだろうに、
まず挨拶から入るってところが東城らしい。
そんな彼女を見ているとあの日のことが夢だったようにも思えてきて
不安さえ涌き上がってくる……
「……唯ちゃん、何か言ってた……?」
だけど、その一言がついさっきまで俺の頭の中を独占していた出来事が
妄想じゃないことを確かにしてくれた。
東城の口から出てきた『唯』の名前に心臓の鼓動が速くなる。
それは紛れもなく、東城と交わったあの感覚で甦った興奮と、
唯に何の説明もできていないという後悔によるものだ。
「いや、実はまだ捕まえられないんだ……アイツ、あれからすぐ
実家帰っちゃったみたいでさ…」
俺の返事が期待していたものと違ったのか、東城の表情がにわかに曇りだす。
あきらかに落胆して見える彼女に、俺は冬休み中に解決できなかった
自分の不甲斐なさを悔いることしかできなかった。
「そう……」
「ちゃんと話すから。東城は心配しないでいいって」
唯の通う桜海学園も新学期が始まる頃だろう。
そうなれば今までみたいに全く捕まえられないということはないだろう。
とにかくちゃんと話さないといけない。
たぶん今唯の中ではきっと俺の立場はすごくヤバイ位置にあるはずだ。
見方では無理矢理ヤッてるようにも見えただろうし……アイツ思いこみ激しいから、
放っておいたらウチの親にも言いかねない。
(それはシャレにならん……)
「……真中くん?」
無言のまま歩を進めていた俺を探るように、東城が気にかけてきた。
見ると心配そうに俺を覗きこむ彼女が並んで歩いている。
これから新学期の始まりだというのに、朝から雰囲気はあまりよろしくない。
「ん、大丈夫。任せときなって……それより、何であんなところにいたの?
東城の家から学校行くのに通る道じゃないよな…」
何でもいい、とにかく暗くならない話題を振ろうと思い俺は
朝から東城と登校している今に至る経緯を問いかけた。
すると彼女は少し言いよどんでから、照れを隠すように視線を下げた。
東城がよく見せる、俺の好きな仕草の1つだ。
「あ、あのね、あたし冬休みに家族で旅行行ってて……それでおみやげ買ってきたんだけど、
包みを見てたら早く真中くんに渡したくなって、それで…」
いつもよりもちょっと早口の東城が、カバンの中から今日一連の行動を促した
包みを取り出そうとしている。
いくらか柔かくなった雰囲気にすかさず俺も便乗しようと彼女に続く。
「あっ、そうなんだ。どおりで冬休み電話繋がらなかったワケだ…」
「えっ? 真中くん、うちに電話してくれたの?」
「でも留守電だったんだ。俺、メッセージ残すのってなんか苦手なんだよな〜」
「あっ、それあたしも……なんか緊張しちゃうよね…」
――何気ない会話ではあったけど、それも相手が東城ってだけで楽しかった。
自分と似てるところを見つけては盛り上がり、自分と違うところを見つけては
お互いの考え方を探り合う。何より博学な彼女と話すのはすごく刺激的だしタメになる。
「あっ、そうだ」
校門が見えてきた頃、東城が何かを思い出したように声を上げた。
俺が顔を向けて続きを促すと、楽しそうに笑顔をつくりながら応えてくれる。
「次につくる映画のストーリー、どういう感じにするか大まかでもいいから
決めてくれると取りかかりやすんだけど…」
どうやら映研でつくる作品の脚本のことらしい。
西野をヒロインに加えて作ったのがついこの間のことなのに、
東城は俄然やる気を見せている。
順当に考えると次の作品が高校で作る最後の作品になるんだよな……
今までより手応えのあるものを残したいという気持ちは東城も同じなのかも知れない。
確かに脚本ができないと何も始められない訳で、東城が助かるのなら
今回も監督を務めることになるだろう俺も協力を惜しまないつもりだ。
「あっ、そうだよな……じゃ俺、みんなに声かけておくよ」
俺がそう言うと、東城は小さく首を横に振りながら言葉を被せてきた。
「あ、ホントに大まかでいいから……登校初日だし、無理してもらわなくてもいいよ」
東城はあくまで控えめな姿勢を崩さない。
「うんわかった、じゃあ顔出せるってヤツだけ頼んでみるよ。
どうせ始業式だけだし、何人か捕まえられると思う」
ニコッと笑ってくれた東城と下駄箱で別れて、
俺は久しく顔を見ていないクラスメイトの面々にわずかに心弾ませつつ、教室へ向かった。
教室に着くや否や始業式会場への集合がかけられ、
俺は先生達の冗長な長話を次の作品のストーリーや演出などを思い浮かべながら
やり過ごしつつ、もはや形式だけとも言える”学生のお勤め”を終えた。
壇上の先生の話は有り難く拝聴している生徒なんてどれほどいるだろうかと
疑問に思ってしまうほどありふれた話ばかりだった。
生徒もまばらな教室で自分の席にぼうっと座っていると、ふいに声をかけられた。
「よぉ、久しぶり」
その声に振り向くと、相変わらず顔の上半分を覆い隠すほどに伸びた鬱陶しい前髪を
揺らしながら男が1人近づいてきた――クラスメイトで同じ映研に所属する外村だ。
「あ、外村」
相変わらず表情が読み取りにくい男だな……口許から判断すると、
ちょっと笑っているようにも見えるけど。
「あ、じゃないぜ全く……おい、イブのこと忘れたとは言わせねーぜ真中。
お前埋め合わせするって言ったよな」
細腕ながらなかなかの力で外村は俺の首を固めにかかってきた。
男同士ならではの容赦ないチョークが入り、俺は慌てて数回タップして降参の意を示す。
「ぐっ……わ、忘れてないって」
「じゃあどうして冬休みの間に1つの連絡もないんだよ!」
そう吐き捨てて、外村はようやく俺を解放してくれた。
悪ふざけには少々力がこもりすぎてたようだったけど……
「あっ、そうだ。それよりさ、今日次の作品の脚本のこと話し合いたいんだけど…」
「何だよ、それよりって。お前のしたことはそんな軽いモンじゃねーんだぞ?」
明らかにムッとした語調で問い詰めてくる外村に、ちょっと強めの語気で言葉を返す。
「それはいいからっ……今日学校ハケた後、空いてるだろ?」
今は俺の話の重要性の方が高いと言い聞かせるように尋ねると、
外村はさして興味もなさそうに顔を背けてしまった。
「今日? だってお前、ついこの間文化祭終わったばっかだろ。えらく張りきってんなぁ」
「だって次が最後だぜ? 気合い入れてイイもん作りたいじゃん!」
そう俺が力説して見せても外村を焚き付けることはできなかったようで、
相変わらず力のこもった言葉は返ってこない。
「そんないきなり部員全員であーだこーだ言ったって何も決まらないって。
取り合えずお前と……そうだなぁ、やっぱ作る本人……東城とでさ、
大雑把でいいから形にして見せてくれよ」
面倒を避けたいという言い訳に聞こえなくもなかったけど、まぁ外村の言分も一理あるな。
方向性だけ決めて、煮詰める段階でみんなに提示した方が決まりやすいかも知れない…。
「……なんか面倒を押し付けられてるような気がするけど」
「いいモンつくりたいんだろ?
俺が最初から脚本づくりに参加したらこれまで以上にカゲキな…」
「わ、わかった。取りあえず東城と俺でできるとこまでやってみる」
確かにコイツの要望を聞くととんでもないものになりそうだ……話がヘンな方向に
行ってしまうよりは、東城と決めた方がちゃんとした形になるだろう。
「頼んだぜ。でも後でチェックは入れさせてもらうけどな」
……どのみち、入れるつもりなんだな……キワどいシーンは……。
「あれ? 真中くん1人?」
部室にはすでに東城が来ていた。
他の部員は見当たらず、俺が声をかけなかったこともあったけど
登校初日とは言え本当に誰も顔を出さないのかと考えると
ヤツらのやる気に少なからず不安が募る。
「人数少ない方が決めやすいだろって外村に言われたんだ。
ホントのところは自分が楽したかっただけなんだろうけど…んで結局声かけなかった」
でもまぁ考えてみれば、これまでの話も実際はほとんど東城が作ってくれたんだよな。
俺達はそれにほんの少し手を加えさせてもらっただけで……もしかすると、
今の段階に限って言えば俺さえ必要ないんじゃないだろうかとさえ思えてくる。
「そうなんだ……うん、それじゃ始めちゃおうか。
真中くんは何か考えてること、ある?」
そんなことを考えていると、突っ立ったままだった俺に
東城は空いている椅子を勧めてくれた。
椅子に腰掛けて、頭の中にある漠然としたイメージを型にしてから口にしていく。
「うーん……俺としてはさぁ、1回こんなシチュエーションで…」
………
……
…
「真中くん?」
「えっ……」
東城に呼ばれてハッと我にかえる。
すぐ隣にちょっと不思議そうな顔をした東城がいて、俺をじっと見つめていた。
「どうしたの? ちょっと頬が赤いけど……暖房がきついかな?」
「あ、あぁいや、そんなことないよ…」
時間にして5分ほど前からだろうか、俺の集中力はすでに霧散し切っていた。
と言うのも、隣に座る東城の髪の香りだろうか、すごくいい匂いが
ずっと俺を誘惑し続けているからだ。
机の上のノートに脚本の案を書き記していく東城の細い指と丁寧で綺麗な文字を見ていると、
なんだか心地好くなってくる。
顔を上げれば、そこには真剣な眼差しを携えた東城の横顔がある。
デビューしたてのアイドル顔負けの可愛く整った目鼻立ちをした彼女は、
ずっと見ていたいほど魅力的だ。
ちら。
さっきから東城が横目で俺を見ている。
さすがにちょっと見とれすぎていたかな……そう思って俺が視線を外した時だった。
「……ま、真中くん、あたしの顔に何かついてる?」
遠慮がちに尋ねる東城は、少し恥ずかしそうに顔を伏せて俺と目線を
合わせようかどうか戸惑っているように見えた。
「ご、ごめん……やっぱりバレてた?」
東城に見とれていたことを白状するように俺が謝ると、彼女のまた
胸の内を明かしてくれた。
「別に怒ってないけど……じっと見られるのってあんまり慣れてないから……」
そりゃそうだ。
俺だって誰かにじっと見られてたらと思うと身体がカユくなってくる。
でも……東城に見られるならいいかな?
あの大きな黒い瞳でじっと見つめられたら……照れるな、きっと。
そう思うと、東城の恥ずかしそうな態度も納得できる。
「さ、さっきからちょっとヘンだよ、真中くん……何か気になることでも、あるの……?」
気になること……。
ちょっと前から、俺が気になって仕方ないこと。
それは他の何者でもなく、東城の存在そのものだ。
俺が初めて触れた生身の女の子―――その感触は今だ鮮明に覚えている。
いや、最早忘れることなんてできない。あんなに柔かくて、いい匂いのする彼女の身体を…。
「東城」
「……なに?」
「いや、俺……東城のことが気になって…」
「えっ!?」
暖房の熱の影響も少なからずあるかも知れない。東城のことを考えて熱くなった身体と
相まって、俺はちょっとボヤけ気味の意識のままそんなことを口走っていた。
驚きの表情を見せる彼女を見て、自分が何を言ったのかを自覚する。
今俺スゲェ恥ずかしいこと言った……!
でもその時すでに俺は、あの時以来久しぶりに間近で見る東城に
酔ってしまっていたのかも知れない。
ちょっと手を伸ばせば触れることのできる彼女に、俺は伺いを立てるように呟いた。
「あ……あの時の……続き……」
したいって言ったら、東城は何て言うだろう?
始業式の終わった校舎の中に残っている生徒はもう数少ないに違いない。
だけど、いつ誰かが部室前を通っても不思議じゃないこの場所で
俺は何を口にしようとしていたんだろう。
ちょっと冷静に考えればとんでもないことだと容易に判断できる。
先の言葉を取り消そうと思った時、東城が口に出した返事に俺は目を丸くすることになる――
「ま……真中くんがしたいのなら……あの、はい。……………いいよ」
東城のその甘い囁きに、頭が揺れるような錯覚を覚えた。
見慣れたこの教室の中で東城と抱き合う……その思考が俺の興奮を促していく。
頬を赤らめたまま俺の行動に注目していた彼女の手にそっと触れて、
さっきの応えが揺るぎないかどうか反応を確かめる。
すると東城は、ピクッとわずかに身体を震わせてから
自分の手の上に乗せられた俺のそれを軽く握ってくれた。
内気な東城が見せてくれた愛情表現に、
俺は嬉しさと気恥ずかしさから掌に汗が滲んでくるのが解かった。
「あ、あの……そ、それじゃ。さっ……触らせてもらっていいかな?」
そう吐き出した後で気づく。
そんなこと、いちいち言わなくてもいいじゃないか……!
熱さと緊張で喉がカラカラに渇いてしまっていた俺が
何とかしようと紡いだ言葉はどうしようもなく間抜けなものだった。
東城もまさか確認を求められるとは思っていなかったのだろう、
目をぱちくりさせて俺を見つめている。
「あっ…………う、うん……」
すごく恥ずかしいこと言わせてしまった……赤くなって俯いた東城を見て、
俺は自責の念にかられる。
初めて彼女に触れたあの日から幾度かシュミレートしてきた上手い言葉は
全く頭に浮かばず、実物を目の前にした緊張と興奮が俺を支配してしまう。
「んっ……」
セーラー服の上からそっと肩に触れた瞬間、東城が声を漏らした。
変わっていない……服越しから伝わってくるほのかな体温と柔かい身体、
決して男からはしない女の子の匂いに可愛い吐息。
久しぶりに触れた東城は何も変わっちゃいなかった。
なだらかな肩を一撫でしてから彼女の脇へ手を滑りこませると、
東城がくすぐったそうに身体を曲げる。
俺は椅子ごと彼女へ近づいて、空いていたもう片方の手で逃げる兎を捕まえるように
彼女の腰へまわした。
「あっ」
困惑が混ざった声を上げた東城の顔がすぐ眼前にある。
彼女の身体を捕まえたことでより密着することに成功した俺は、
東城の息遣いを直に感じられるほど接近してしまっていた。
キレイな黒曜石のような深い瞳が俺の顔を映し出している。
薄く開いたままだった東城の唇に触れるような軽いキスを残して、
俺は自分の唇で彼女の輪郭を確かめるようになぞり始める。
「んぁっ……」
首をかしげるようにして上げた声は、
まるですぐに唇から離れた俺のそれに抗議するように聞こえたけど
俺は構わず東城の顎先から耳許へかけて唇を滑らせていった。
「くっ……くすぐったいよ真中くん……」
抱きしめた彼女の身体の体温を吸い取ってしまうほどに密着して、
俺は東城の耳へ唇を忍ばせた。
再び東城とこうして睦みあうことがあれば、必ずしたかったこと――
それは彼女の身体を隅々まで知ることだった。
細い指先や整った顔立ち、すでに大人の匂いを十二分に漂わせている
色っぽい項に、俺の印を刻みつけたい……!
類稀な器量持ちの彼女を目の前にしては、俺も1人の男に成り下がってしまう。
東城の前では特別でありたい……常にそう願ってはいるけど、
魅惑的な肢体を前にして東城を自分だけのものにしたいと思ってしまう
自らのあさましさも自覚していた。
「あっ……!」
胸元のリボンごと俺が東城の胸に触れると、これまでより一段高い声が上がった。
制服の上からでもわかる豊かな膨らみ、男子生徒の羨望を集める
大きな乳房の感触が俺の掌の中で形を変えていく。
重なるお互いの頬の熱さはすでに相当のものになっていたけど、
それでも俺は東城の耳を唇でくすぐりながら、豊満な乳房を揉みしだき続けた。
制服を押し上げるほどの大きな彼女の胸は、語るまでもなく極上の柔らかさを備えている。
指を押しこむようにその丸いかたまりの感触を楽しみながら、
俺は唇を彼女の首筋へ移行させていった。
「はあっ……あ、んっ……」
ほんのりと首筋に浮かんでいた汗をすくう道すがら、鎖骨のくぼみを舐めると
東城が身体を弾ませた。
「きゃっ……!!」
そのあまりの跳ね具合に俺さえ驚いてしまう。
悪戯を繰り返していた舌をひとまず離して顔を上げると、身体をいいように弄ばれて
少し困っているような表情を浮かべていた東城を目が合ってしまった。
「ご、ごめん」
さすがに度が過ぎたかな…と自粛する意味も込めて謝るも、
東城は胸に触れたままの俺の手を通してはっきり解かるぐらいに
激しい鼓動をさせながら表情を崩して微笑んでくれた。
「あ、ううん……平気、ちょっと驚いただけだから…」
俺と同じように緊張していることはその鼓動から容易に解かる。
それでも俺を気づかって微笑んでくれる彼女。
気持ちよくしてあげたい……経験は少ないけど、東城がそうなってくれるように
俺が思いつく全ての行為で応えてあげたいと思った。
「あ、熱いね……ちょっと暖房強いかな? やっぱり……」
そんなことを考えていると、ふいに東城が辺りを見まわしながら言った。
ストーブ独特の匂いが絶えず鼻に届いていることから、
俺達が教室に入った時からストーブはずっと灯っていることはわかる。
でも、今俺達は感じている”熱さ”はそれだけじゃない。
きっとそれは東城も解かっているだろう。
「消しても、たぶん変わらないと思う――」
俺は彼女の胸に触れている手を再び動かし始めた。
すでに東城のぬくもりは熱さへ変わっていて、
汗を吸ったらしい衣服はより彼女の身体への密着を高めている。
「ぁんっ、ま、真中くん……!」
生肌を露出している東城の首筋に唇を押し当てて、俺は強く吸い上げた。
「んん……っ!」
何度かそれを繰り返してから解放すると、東城の白い首筋に赤い跡がはっきり
刻まれて残っていた。
これ、キスマークってやつかな……?
特に強く吸い上げた部分はあきらかに周りより紅く変色してしまっていたが、
キスマークを携えた東城の首筋はさらに艶やかな魅力を放っているように見えた。
「……? 真中くん……どうかした……?」
見惚れている俺に、怪訝そうな声で東城が尋ねてくる。
キスマークつけちゃった……とはちょっと言いにくい。
少し身体を離して、俺は東城と向かい合った。
「あ、いや……何でもないよ」
「?」
どこか腑に落ちない表情の東城の思考を遮るように、
俺は咄嗟に口を開いていた。
「そっ……それより東城大丈夫? 身体が随分熱くなってるように思うんだけど…」
「う、うん……」
自分の身体の熱を閉じこめるように自らを抱きしめて、
東城はちょっと怨めしそうな視線を俺に向けてきた。
うっ……もしかして、またヘンなこと言ったかも。
「ふ、服……脱ぐ?」
何かフォローを入れようと思い口にした提案に、
東城はゆっくり顔を横に振る。
「だ、駄目よ……ここ、学校だよ?」
――そうだった。
ただでさえ学内で推奨されていないことをしてるんだ。
東城も体裁だけは整えておきたいという想いがあるのかも知れない。
……まぁ、俺達の他に誰もいないこの場所で体裁を取り繕う必要はないと思うけど……。
明るいところで脱ぎたくないっていうのもあるかも知れないな。
「そ、そうだよな……オレ、さっきから変なこと言ってばっかりだ……はは、は」
自虐するように笑って、俺は一つゆっくり深呼吸した。
東城の肢体と教室の熱気にすっかりヤラれていた脳に酸素を送りこむ。
「でも、何か喋ってくれてる方があたしは安心できるよ……」
その言葉は、いつもの東城の優しさがこもったような穏やかなものだった。
沈黙したまま情事に耽ることはまだ経験の浅いと思われる東城の心の中に
不安を作り出してしまっているのか。
でもそれは俺も同じだ。
彼女の身体をじっと見ていると、どんどん気持ちが暴走していって
治まりが効かなくなる…。
東城を大事にしたいという想いがその強暴な欲望に
喰われてしまうことも有り得ないことじゃない。
そういう意味では、こういう雰囲気の中でも会話のコミュニケーションってのは
重要なのかも知れないな。
相手の気持ちを伺いながら、より深い行為へと進んでいく――
東城を傷つけないためには、きっとそれも有用なことの1つだろう。
「……うん。俺も東城が黙ったままだと不安になるから、
何か感じたことがあったら話してほしい」
「えっ……か、感じたこと……?」
俺の考えを掴みきれなかったのか、東城が聞き直してくる。
「た、例えば、どこが…きっ、気持ちいいとか……」
「………は、恥ずかしいよ……」
それを伝える状況を想像したのか、東城は恥ずかしさに顔を染めて下を向いてしまった。
「でも大事なことだと思うんだ。
俺、経験少ないから東城が気持ちいいかどうかなんて言われなきゃ解からない」
真剣さが伝わったのか、東城は顔を上げて俺は見た。
少しの間があったけど、彼女は小声ながらも同意してくれた。
「わかった……が、頑張るね」
想いが通じたことが嬉しくて、顔がほころぶ。
東城もまたはにかんで見せてくれた。
「……そ、その、さっそくで悪いんだけど」
「なに?」
無邪気な笑顔を向けてくれる東城には悪いと思ったけど、
俺はおよそ似つかわしくない”お願い”を投げかけた。
「とっ……東城の胸…もうちょっと触ってもいい?」
かぁ――っと東城の顔が紅く塗られていく。
だけどきっと俺の顔も同じ様子だったに違いない。
驚くほど熱い何かが顔面を昇っていくのを感じたからだ。
でも今しがた自分で言った提案を実行すべく、俺は勇気を出して東城に伝えたんだ。
「あっ……え、えっと………………………ど、どうぞ……」
蚊の鳴くような声を聞き届けて、俺はもう一度東城の胸へ手を伸ばす。
両方のそれを下から持ち上げるように捕まえると、見事なまでの彼女の乳房は
さっきと変わらない柔らかさで俺を迎えてくれた。
「うっ……ん……」
「東城の胸、大きくて気持ちいいんだ…」
まず頭に浮かんだ感想を口にしてから、やわやわとその双丘を揉み崩していく。
「あ、あたし……はぅっ、あぁ……」
制服の上から、さらには下着で覆われているであろう東城の胸の先端は
感じ取れなかったけど、彼女の口から漏れる声や反応から嫌がっているようには
見えないことに安心する。
「ま、真中くん!?」
ぷるぷる揺れる東城の胸の谷間に顔を押し付けると、
堪らずといったように彼女が声をあげた。
「やだ………っ!」
もっと感じたい……東城の胸に触れているうちに募ってきた思いが俺を突き動かした。
東城の匂いをいっぱいに吸いこんで、彼女が身体を揺らすのに同調するように
揺れ動く胸の感触を頬で楽しむ。
「あぁ……スゲェよ東城……」
「真中くんっ、駄目……!」
あまりの大きさと柔らかさに、俺の嗜好が薄くなっていく……服越しではあるものの、
ほぼその質をダイレクトに伝えてくれるその肉房に今はただ没頭したかった。
「あっ………、っ……!」
密着されて戸惑う東城もまた可愛い。
小さい頃感じた『可愛い子ほど悪戯したい』という気持ちに似た感情が涌き上がってくる。
「東城……」
やっぱり東城はくすぐったそうで、しきりに身体をもぞもぞさせていた。
俺はというと、それに伴って揺れ続ける乳房の感触にただ酔っていて――
「(真中くん……真中くんっ)」
東城が、彼女にしてはちょっと強めの力で俺の肩を小刻みに叩いてくる。
何やら小声で俺の名前も呼んでいるような……そんな気がして顔を上げてみると、
東城は俺の後方へ視線を向けてぱくぱくと言葉を紡がないまま口を動かしていた。
「?」
さっきまで見せることのなかった慌てた表情におかしく思い、俺も倣って後ろを向いた。
そこには、教室の入り口にあたるドアを開けてこっちを凝視している人物が1人見えた。
「東城綾に真中淳平……何をしている?」
語調にかすかな震えを混じらせて、その人はじっと俺達を見つめている。
東城の胸に顔をうずめたまま硬直する俺と、その姿を晒すように彼女に正対する東城に、
怪訝さを滲ませた鋭い眼差しが向けられていた。
東城がポツリと呟くのを聞いて、俺は東城との行為に夢中になりすぎて
辺りへの注意をなくしてしまっていた自分に改めて気づいた。
「黒川先生っ……!」