いちご100%  
「外村、ちょっと今いいか?」  
「よう、真中。  
 ・・・朝からどうしたんだよ、真面目な顔してさ?」  
朝のホームルームが終わるとすぐに俺は外村に話しかけた。  
「いいからちょっと・・・屋上まで付き合ってくれ。」  
「何だよ・・・東条の写真とかくれって言うなら今すぐにでも・・・」  
無駄口を叩こうとした外村も俺の目の色を見て口をつぐんだ。  
 
「で、何だ?話って・・・」  
外村が屋上のドアを閉めながら訊いた。  
「早速だけど、外村、映研部の部長、というか運営を代わってくれないか?」  
 頼む。」  
「一体どうした?急に・・・」  
「詳しいことは言えないけど、時間をあまり部活に使いたくないんだ。  
 それだけ。」  
こっちへ歩いてくる外村の動きが止まる。  
「映画を撮ることより大事なものが真中にできた・・・ってことか?  
 へぇ・・・面白いねぇ・・・女かな?西野って娘とよりを戻したとか・・・・」  
すかさず詮索してくる。  
「西野じゃないけど・・・」  
言ってしまってから後悔する。外村の誘導尋問にかかるとまずい。  
「へぇ・・・じゃあ・・・」  
と候補を挙げようとする。  
「わぁ!もういいって!」  
慌てて打ち消す。  
「気になるんだけどなぁ・・・あれだけ優柔不断な真中が・・・  
 一体何がこの男をそうさせたのか・・・」  
変なところにまで話が及びそうになったので話を路線に戻す。  
「俺は副部長に就くか、やりたいやつがいたらそれも譲ってやってくれ。  
「ふーん・・・真中がなぁ・・・ま、いいか。  
 俺も一映像作家として撮りたい構想が無いこともないし、監督権譲ってくれるのは  
 それなりにありがたいね。」  
外村がどんな作品を撮りたいのかに少し興味があったが、  
俺は少しずつ蚊帳の外の人間になりつつあるのだ。知っても仕方が無い。  
「東条とさつきには俺から言っとくから。」  
屋上のフェンスに近づいて10本の指を掛けて街を見る。  
 
俺は学校に着くまで、唯の言った言葉を反芻してそれの持つ意味を引き出そうとしていた。  
大学……俺はそんなところに行けるのか?俺の通う泉坂は進学校だ。  
でも俺の成績じゃ…  
大体、そもそも、俺は映画を撮りたいんじゃないのか?  
それは高校の間でしか叶わない夢なのか?  
そんなことはない。大学へ行けばもっと機材もあるだろうし、新しい仲間に巡りあえるかもしれない。  
今、映画を撮りたいというのは俺のワガママじゃないのか?  
高校で映画を撮ってそれで俺の人生は終わりなのか?  
大体、今の俺の映画は自己満足の域を出てないんじゃないのか?  
もっと、もっと上を目指したい。もっと…面白い、味のある映画を撮りたい……。  
 
「さて・・・真中、俺はもう戻るぞ?  
 一時限目が始まるしなー・・・」  
俺が回想に浸っている間に、頭の後ろで手を組んで口笛を吹きながら去っていこうとする  
外村に声を掛ける。  
「外村、いきなり呼び出して悪かったな。」  
「いいっていいって・・・お互い様さ・・・」  
いつも通り含みのあるセリフを口にしながら外村が歩いていく。  
俺はもう一つ聞くべき事を思い出してその背中に問いかける。  
「外村ぁ、それともう一つ訊いていいかぁ?」  
「何だよ」  
「お前、勉強って何やってる?」  
「は?」  
外村が振り向く。  
 
真面目に授業を聞いてみることにすると、時間の流れが、感じることができないほどに速くなる  
ということに気づいた。  
理解するということは思ったよりも時間がかかるものなのだ。  
そう、気に入ったムードが出るまで二回ぐらいは同じ場面を撮り直してしまうように。  
1時間がまさに飛ぶ矢のようだった。  
 
そして4時間目が終わり、昼食を終えたあと、俺はさつきに時を見計らって声を掛けた。  
「さつき、今いいか?」  
「えっ?なに?」  
食後の友達との談笑を楽しんでいたさつきが俺のほうを振り向く。  
その満面の笑顔を目にしていまさらのように湧き上がる罪悪感を押し殺して、次の言葉を口にする。  
「・・・ゴメン、ちょっと話があるんだ・・・・・・。」  
「あ、そう。・・・みんなちょっと私抜けるね。」  
手を上げる女子達を尻目に俺とさつきは教室を出た。  
 
俺達はいつだったかも一緒に来た校舎の裏まで来ていた。  
黙って歩く俺の後ろをさつきが付いてきているのが足音でわかる。  
時を見計らって足を止める。軽く空を見上げて、深呼吸する。  
そして後ろをふり返る。  
さつきが黙ってたたずんでいる。  
それを見て自分を殴りつけたくなる衝動をこらえながら、そっと口を開く。  
「あの、さ。・・・さつき、俺・・・・。」  
「待って。」  
さつきが俺の顔をまっすぐに見る。  
「あたしにも深呼吸させて。」  
そう言うとさつきは少しだけ上を向いて息をゆっくりと吸い込み始めた。  
胸が満たされきるころ、さつきは体を微かに震わせ目を閉じた。  
それはまるで誰かのキスを待っているように見えた。  
束の間の静止。  
全て、陽の光も、フェンスに絡みついた枯れた草も、地面に新しくわき出した緑も、  
砂地も、青くつきぬけた空も、かすれそうな雲も・・・  
さつきに合わせて止まっているようだった。  
そしてさつきが眼を開いた。  
「で、何?話って。」  
「・・・俺、映研部の部長辞めることにしたんだ。」  
「あー、なんだ。そんなこと・・・・・・なんで?  
 真中、アンタはどうすんのよ?」  
「俺は・・・」  
 
本当は映研部自体を辞めることに等しいことをなかなか言い出せなかった。  
でも自分で言うべきなのだ。  
いつでも、自分で捲いた種は自分で刈り取らなければいけない。今がその時なのだ・・・  
「副部長になるか、それもやりたいやつがいたら、ヒラ部員になる。」  
さすがに、外村や小宮山の居心地のいい場所を奪うわけにはいかなかった。  
部員が少ないと、部自体が解体される危険があるからだ。  
「それと、部活にはもう、あまり、というか多分、出ない。」  
言葉を途切れさせながらも俺はなんとかそれだけ言い切った。  
「なんで?!真中、あんなに映画撮りたがってたじゃない!  
 どうして・・・?」  
口ごもる。  
一瞬の間にさつきは俺の雰囲気から何かを感じ取っていったようだった。  
そしておそらくは話をするのにこの場所を選んだ理由も。  
「・・・なんとなくわかった・・・・・・。  
 西野って子なの?真中の家に来てた・・・」  
俺はなおも黙ったままだった。  
さつきが俺の眼を見詰める。しかしすぐに眼をつぶってため息をつき、  
ふっと少し笑ってから空を見上げた。  
「ま、誰なのか知りたいけど知ってどうなるわけでもないし、聞かないっ。  
 真中が映画をやめてまでその子をとったんだもんね・・・。  
 今度ばかりは邪魔したくてもできっこないね・・・。」  
さつきの眼が俺の頭の後ろの雲の動きを追う。  
「・・・あーぁ・・・ここまで来るのにすごく時間がかかっちゃった・・・  
 簡単なことなのにね・・・」  
俺には簡単なことにも思えなかったが、本当はさつきも簡単だとは思っていないだろう。  
ただ、終わりつつあるものはどうしても簡単に見えてしまうものなのだ。  
「・・・わかった。」  
さつきが俺の眼に視線を戻して言った。  
「じゃあさ、あたしを今度こそはっきりフって。」  
 
ぼんやりとさつきの眼を俺は見詰める。無責任に「ありのままの自分を伝える」なんて・・・  
なんて俺は無知で愚かだったのだろう。  
いつかは訪れるだろう痛みを未来に遺し大きくしていただけだった・・・  
その痛みが今さつきを苦しめようとしている。  
できることなら今、さつきを両手で思いきり抱きしめたかった。  
包み込んで痛みから守ってやりたかった。けれどそうする資格も権利も今の俺にはなかった。  
ただ、これ以上痛みを大きくしないように・・・ただそれだけのために・・・  
 
「ごめんなさい。」  
俺は腰を折ってさつきに頭を下げ、そう口にした。  
俺の周りの全てが黙って動きを止めた。長い、長すぎる沈黙が俺をさいなむ。  
でも、これが俺が受け入れるべき罰であり痛みなのだ。  
あの日捲かれた罪の種を収穫するための儀式だった・・・。  
 
俺から幾分離れた場所でさつきが口を開く気配がした。  
「ありがと・・・。」  
そう言ったように俺には聞こえたが、それもよくは分からなかった。  
「ありがとう」という言葉の持つ意味さえも。  
そしてさらに沈黙の間のあと、さつきが俺に背を向けて、砂地の上を歩いて去っていく、ざっざっという音が続いた。  
その一つ一つが俺を消耗させていく。けれど・・・  
さつきは・・・泣いているのだろうか。俺が西野に別れを言い渡された時は、俺は泣いてしまった。  
それは西野からもらったものがたくさんあったから、泣ける程度の悲しみに和らげられていたのだ。  
さつきは・・・泣くこともできないほど・・・  
 
俺は眼を開けた。  
そしてゆっくりと頭を上げる。さつきは居なかった。  
急に疲れが噴き出して、俺は座り込んだ。  
後ろに手をついて空を仰ぎ見る。  
ああ・・・もしも・・・  
もしも俺にもう一度同じ人生が与えられるなら、今度はさつきを選んであげられる・・・?  
そこまで考えて俺は自嘲した。  
・・・何が「選んであげられる」だ。本当にイヤな奴だ。俺は・・・最低だ。  
空を眼のレンズがゆるみきるまで眺め続ける。  
自己嫌悪ととてつもない虚脱感から逃れるように、俺の意識は雲の間を通り抜け  
その上を飛び空の深いところへはせていった。  
 
見ている間にも 俺の目の前で雲は流れ続けた。  
 

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