時が流れた。  
あれから色々なことがあって、浅羽は今、縁側に座り加奈と共にお茶を啜っていた。  
床屋仕事はとうに息子夫婦に譲り、日がな一日、ボーっと過ごすことも多かった。  
隣に座る加奈のいぶし銀の頭髪が、両手首の銀色が、傾いた西日を浴びて飴色に染まっていた。  
その白銀色を見ると、あの頃を思い出す。  
どうしようもなく、自分たちが辿ってきた道を思い返してしまう。  
あの長い長い長い、夏の日々のことを。  
二人で手を繋いで歩いた最後の道。  
南の島。  
そして、自由の翼を広げて大空へと羽ばたく加奈。  
大切な人がいなくなり、浅羽の心に訪れた冬。  
だが、季節が一巡りしてきた頃には、加奈は浅羽の元に戻ってきた。  
神や仏など信じない浅羽であったが、その時だけは見えない何かに感謝した。  
二人はそのまま高校へと進学し、また園原電波新聞部に巻き込まれた。  
野菜が電波で喋るかどうかを調べた時には、最初に実験に持ち出されたのは、何故かシイタケだった。  
普段散髪してもらっているお礼にと、加奈が浅羽の髪を切ったときには、  
まるで落ち武者のようにされてしまったこともあった。  
その後大学に行き、理容師の専門学校を出て床屋を継いだ。  
あれから一度も姿を現さない榎本たちは今、どうしているのだろうか。  
結婚式の集合写真の隅っこに、腕だけ写っていたピースサイン。  
浅羽には、それがどうにも榎本くさく思えて仕方がなかった。  
 
 
風に乗って、空腹をくすぐるいい匂いが漂ってきた。  
今夜はシチューのようだ。  
ててててて・・・  
聞き慣れた足音がする。  
今年8歳になる孫娘だ。  
加奈にはあまり似ておらず、どちらかというと少し浅羽に似ていた。  
その孫娘は最近、誰彼かまわず捕まえては、質問責めにするのだ。  
 
「おばあちゃんって外人さん?   
 ときどきへんな言葉をしゃべるよね。 だれもいないのに」  
外国暮らしが長かった加奈ではあるが・・・そうか、この娘はあれを聞いたのだ。  
今では、ほとんど出てこなくなったというエリカとの会話を。  
加奈が説明する。  
目には見えないけれど、そこにはエリカという名の最後の仲間がいて  
圧縮言語で話をしているのだと説明する。  
そして、そのエリカが二人を引き合わせてくれたのだということも。  
当然のことながら「どうやって」という質問が帰ってくる。  
加奈は湯飲みを置き、昔のことに想いを馳せる。  
言葉を探しあぐねた末に、やがてにこやかな笑みと共に昔のことを語り出す。  
 
学校には行きたくない、けれどプールには行きたい。  
エリカは、迷っているわたしにこう言ったの。  
学校へ行くのがいや。 だったら学校なんか行かなければいい。  
でもプールで泳ぎたい。 だったら、こっそり忍び込んで泳げばいい。  
そしてその日の夜、忍び込んだプールで、一人の少年と出会ったのだと・・・  
 
遠くで廃品回収のスピーカーが聞こえていた。  
 

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