イリヤの空 UFOの夏  それから・・・  
 
「ジンベイ鮫だっ、でっけぇジンベイ鮫が浜に打ち上げられてるぞ!!」  
日本から遠く遠く遠く離れたどこかの洋上。  
その日、ジョンソン・ルキフェナルド45歳は遠洋漁業の真っ最中だった。  
半月程前に妻子のいる街を出港して20人程の船乗り仲間達と共に大きな船で沖合を航行中、  
小さな島にソレが打ち上げられているのを発見した。  
 
 
あれから1年。  
浅羽も3年生になり夏休が始まってまだ間もない頃、浅羽家に数人の自衛軍関係者が訪れた。  
うち、二人は知っている顔だった。  
一人は榎本、もう一人は椎名真由美だった。  
榎本は見慣れたスーツ姿だったが、いつものようにどこか疲れた感じはなくピシッとしていた。  
椎名真由美のほうは保健医の白衣姿ではなく、スーツにタイトスカート、ローヒールといった出で立ちだった。  
黒服の男の一人は木村と名乗った。  
よお、久しぶりだな  
そんな軽い挨拶をするのかと思っていた。  
しかし榎本は顔を引き締め、浅羽に向かって敬礼をした。  
一斉に椎名や他の黒服達もそれに習う。  
開口一番、榎本はこう言った。  
「浅羽直之殿 先の作戦において貴君の惜しみない協力に感謝の意を述べ、ここに表彰いたします」  
背筋を伸ばし肘を伸ばし、書いてあると思しき文を読み上げる。  
浅羽はそれを聞いて一瞬で怒りが込み上げた。  
榎本はなおも続きを読み上げていたが、浅羽の脳にはまるで認識されていなかった。  
好きこのんで協力したわけでなかった。  
しかも結果的に伊里野を片道切符で出撃させてしまったのだ。  
それに対して感謝などされても嬉しくもなんともなく、逆に榎本たちと自分自身に腹が立つだけだった。  
「合衆国大統領からの直筆なんだが、あまり嬉しくなさそうな顔だな。  
 まあオレだってどうせ貰うなら、こんな紙切れよりビール券か何かの方がいい」  
いつもの榎本に戻っていた。  
浅羽は表彰状を受け取り、目の前でそれを破り捨てて用事はそれだけかと訪ねた。  
そして榎本は、再びクソ真面目な顔をして今日ここに来た本題を述べた。  
伊里野がMIAから正式に死亡になったと告げた。  
わかってはいた。  
しかし、心のどこかで思っていたのだ。  
ひょとしたら、もしかしたら今日あたりにでも、俯いて顔を真っ赤にした  
ブラックマンタのパイロットがひょっこりと帰ってくるかもしれない。  
そんな淡い期待を抱いていた。  
だが、こう言葉にしてハッキリと言われてしまうと、その僅かな期待も完全にうち砕かれてしまった気がした。  
脱力感が襲った。  
へたり込みこそしなかったものの、先程の怒りは消沈し、かわりに悲しさと情けなさとやるせなさが込み上げてきた。  
涙は不思議と出なかった。  
 
今まで黙っていた椎名真由美が、喉に詰まった声で遺品を貰ってほしいと言った。  
その方が加奈ちゃんも喜ぶでしょう。  
そう言って俯き、肩を震わせていた。  
榎本も拳を堅く握りしめ、視線を下げていた。  
浅羽はフラフラとそれに引き寄せられるように、遺品の入った箱の前に立った。  
結構大きな箱だった。  
浅羽袋ならぬ伊里野袋だなと思った。  
中に入ってるのはお守りではないが。  
 
力の抜けた手で箱に手を掛ける。  
そこで、入っている物を想像する。  
シェルターの中に閉じこめられたときに二人で遊んだゲームが思い浮かぶ。  
あのときの背中に押しつけられるブラの固さと胸の柔らかさと体温と体重と「あっ あっ あっ」という喘ぎのような声も・・・  
何を不謹慎な事を考えているのか、と頭を振った。  
他に思いつくのは薬の瓶と灰色のカードと銃刀法違反確定のナイフだった。  
遺灰・・・は入ってはいないだろう。  
他に何があるのか、残念ながら浅羽には見当がつかなかった。  
驚くほど伊里野について何も知らない自分に気付いて呆れた。  
 
このまま考えていてもただただ時間が過ぎるだけだ。  
意を決して蓋を開けようとしたところで、背後から「ブプッ」というオナラが漏れ出たような笑い声が聞こえた。  
椎名だった。  
最初はクスクス、そして今はアハハハハッと、転げんばかりに笑っていた。  
呆気にとられた。  
なぜこんな時に笑っているのか、笑っていられるのかが理解できなかった。  
椎名は浅羽を指さしながらひーひー言っている。  
榎本も笑いだし、黒服達もニヤけていた。  
どうやら俯いて肩を震わせたり視線を逸らしたりしていたのは、笑いを堪えていたためらしい。  
カチンと来た。  
何がそんなにおかしい!!  
そう怒鳴ろうと口を開きかけたとき、背後の箱の中で音がした。  
ゴトリ、と。  
振り返る。  
そこには箱がある。  
箱しか無い。  
椎名達は笑いながら、早く箱を開けることを促す。  
また箱の中で音がした。  
ガタガタいっていた。  
仕方がないので恐る恐る蓋を開けた。  
中を覗き込むと、屈葬よろしく三角座りをした伊里野の死体が入っていた。  
その死体は照れた笑顔で思いっきり抱きついてきた。  
浅羽は転けた。  
どちらかというと伊里野の体重は軽い方ではあったのだが、飛びついてきた勢いといきなりの驚きに対応しきれなかった。  
「浅羽―――っ!!!」        
渾身の力で抱きしめてくる伊里野。  
今、心の中に3人の浅羽がいた。  
伊里野が今ここに生きているということを純粋に喜んでいる自分と、これは夢か幻かドッキリカメラか  
はたまたブードゥーの秘術ではないかと疑う自分と、状況が飲み込めずにボーッとしている自分がいた。  
二人で歩いた最後の道。  
ときには手をつないで歩き、ときには離れたり距離を置いたりして歩いた道。  
その執着地点は、意外にも月並みでごくごくありふれた日常だった。  
 
 
説明を要約するとこうだった。  
無線が故障している遠洋漁業船に助けられてから数ヶ月、海の上から還れなかったこと。  
戻ってからも再び軍に利用されないように、裏工作でMIAのままから「死亡」とするのに時間が掛かったこと。  
故に、これからは一切のバックアップができないことなどを告げた。  
それを聞いても  
「大丈夫、浅羽がいるから」  
伊里野は笑顔でそう言った。  
 
 
去り際に榎本が何かを投げてよこした。  
あまり見かけないビールの王冠に簡単な細工が施されていて、勲章のようにも見えなくもなかった。  
約束の榎本賞だと言った。  
最後に一言だけを残して去っていった。  
伊里野のこと、よろしくな。  
彼らの姿を見たのは、それが最後だった。  
 
 
あのUFOの夏は終わった。  
しかし秋が来て、冬が過ぎ、春になって、季節はまた巡りくる。  
何度でも夏はやってくるのだ。  
夏は今始まる。  
今度はUFOの夏ではなく、二人の夏が。  
 
END  
 
 
 
追記1  
 
水前寺と夕子は喧嘩しながらもなかなかに良いコンビで、晶穂は伊里野に勝負を挑み続け  
6対4の割合で勝利を収めたが、恋の鞘当てならぬガチンコ勝負は伊里野の完全勝利だった。  
 
 
追記2  
 
数年後「伊里野 加奈」はこの世から姿を消すことになる。  
 
その代わりに浅羽家の表札には「浅羽 加奈」の文字が付け加えられた。  
 
そんなある日、伊里野が浅羽に尋ねる。  
いや、どちらも浅羽なのだが。  
下腹部に右手を添えて照れ隠しにほんの少し俯いて。  
「子供、すき?」  
そう言って微笑んだ顔は、もう母親の笑顔だった。  
 
 
追記3  
 
猫の校長は、結局戻ってこなかった。  
 
 

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