『女の方は髪の毛が白い。 名前は伊里野だ。 オレを刺したのはそいつだ』
自衛軍情報戦四課はただちにその発信源を特定し、
通報者の声を音声分析システムにかけて特徴を割り出すと、
かねてからの指示通り、最優先のタグを付けて情報を米空へと送った。
匿名電話の受話器が置かれてからわずか七分後の、十八時四十分の事だった。
情報四課のインターセプトから通報があってから26分後、
発信元である成増町三国のバスターミナルに榎本の姿が在った。
件の電話ボックスは灰色に黒いラインが入った軍用シートで覆われ、
その周りはこれまた無地の白いバンで固められている。
榎本は薄汚れた背広の懐から使い捨ての100円ライターを取り出すと、
米空のPXにしか置いていない凶悪なニコチン量のラッキーストライクに火をつけ、
煙を思い切り肺に流し込んだ。
ー被害者の名前は吉野敏明、
6年前までは帝都で中学の教員だったらしいがその後の足取りは不明、
おおよその特徴は音声分析からの情報と一致します。
柿崎からの報告を聞いた榎本の口元に引き吊るような歪んだ笑みが浮かぶ。
ー死亡推定時刻の直前に極度の性的興奮を起こしていた痕跡、
腕には生活反応のある擦過傷の痕が多数。
ー極め付けはコイツだ。
榎本は証拠品保存用のビニルケースを街灯の光にかざした。
見た覚えのある銀色の、ミストの過剰摂取によって色素の抜け落ちてしまった髪の毛。
これが被害者の指に絡みついていた。
これだけの状況証拠が揃えば何があったのか想像する事は難しくない。
直接の死因は鈍器による後頭部の殴打。
予想される凶器は80センチ前後の金属製。
おそらく金属バットといった所か、
これで背後から滅多打ちにされていた。
ー軍事訓練を受けたイリヤはこんな汚い殺し方はしない。現に腰にあるナイフによる刺し傷はキレイなものだ、
狙い通り肝臓を捉えていればそれだけで致命傷だっただろう。
ーだとしたらコレをやっただろう人間はただ一人。
榎本は落ち窪んだ目にある少年の顔を思い浮かべてニヤリと口を歪めた。
ーこれでアイツも腹は決まっただろ。
「撤収するぞ柿崎、アリスの足取りは不明、有力な手掛かりは無しで押し通せ」
5分経った後、成増町三国で起こった殺人事件はその一切の痕跡と共に完全に消失していた。