自分はそう、それなりに人気があり、優秀な教師だったと思う。  
何故なら人一倍に授業内容の教案作成には手間をかけたし、生徒がノって気安いような添え話もよく 
考えたからだ。  
かけた手間と授業の面白さが必ずしも比例するわけではないが、その可能性が比較的高くなるのも事 
実である。  
それぐらいの自負を得られるぐらいには、努力を惜しまなかった。  
だからこの暑い夏休みの補習期間に、他の生徒と比べて少しだけ親しい女生徒が授業が終ってもてあ 
ましていた暇を他愛もない話で解消しようと、自分のいる歴史科教室を尋ねてきたのも当然のことと 
いえるのかもしれない。  
「うわー、あっついですねー」  
女生徒の名前は何と言っただろうか。  
 
何故か───思い出せなかった。  
 
ここは便宜上「先坂」と呼ぶことにしよう。  
「クーラー壊れてるんですか? うー、来て損した」  
先坂は美人とは言いがたかったが、小柄でその顔立ちには愛嬌があり、全体からみれば可愛いといえ 
るだろう。  
「ね、ね、いま何の書類やってるんですか?」  
補習時に行った小テストの採点をしているから見たらだめだと言うと、先坂はわざとらしく頬を膨ら 
ませて拗ねた。  
「せっかく可愛い生徒が先生とのスキンシップを求めてを尋ねてきてあげてるのに、そう邪険にしな 
いで下さいよぅ。他の先生もいないんですし、ちょっとぐらい良いじゃないですかー」  
近年の稀に見る記録的猛暑の日差しが篭るこの部屋に耐え切れず、他の教師は涼やかな職員室へと避 
難していた。  
 
しつこく食い下がる先坂に、前日テスト問題の作成に梃子摺って寝不足だった自分はつい声を荒げて 
注意してしまう。  
「ごめんなさい…」  
しゅん、とする。  
いたずら好きではあるが、素直なところが先坂の良いところだ。  
「うー、それにしても熱いよぉー」  
切り替えの早いところは短所であり、長所でもあった。  
そうか? と問うと  
「先生、自分だけ扇風機に当たってるじゃないですかっ。ずるい」  
備え付けのクーラーが故障したからと、備品倉庫の奥に眠っていた時代遅れの型の扇風機を発掘し、 
それなりに動かせるよう整備したのは自分だ。当たって何が悪い。  
「扇風機の首まわしてくださいよー」  
あいにくと、旋回機能は壊れていた。  
「こう言うときは、可愛い生徒のために自分が犠牲になっても譲るのが教師心というもんじゃないで 
すかー。暑いー…」  
窓を開け放ち、扇風機が当たっている自分ですらうっすらと汗ばんでいるのだ。  
そうでない先坂が暑い暑いと連呼するのも無理のないことだろう。  
現に噴き出した汗が、夏服の薄い生地をぴったりと肌に張り付かせ始めている。  
少々多汗症のようだった。  
制服は第二ボタンまではずされ、胸のあたりをひっつかんでバタバタとすると、時折上気した胸元が 
ちらり、ちらりと視界に入る。  
小さな胸を覆う、白いブラ。  
濡れて、てらてらと光る肌。  
はぁ、はぁ、と喘ぐ口。  
体の中にある小さな熱の塊が、大きさを増していくのがわかった。  
採点が───手につかない。  
「あーもう! やっぱ前失礼しますねっ」  
そう言って扇風機と自分の射線上に割り込むと、服やブリーツスカートをばさばさと扇ぐ。  
背中は汗で制服が完全に張り付き、ブラのホックが目を凝らさずとも見えていた。  
スカートが扇がれるたび、下着が見えるか見えないかのぎりぎりのところで何度も何度も太もものあ 
たりを上下する。  
熱が増す。  
 
「もーっ、どこみてるんですか! 先生のスケベー」  
視線が先坂に気づかれた。慌てる。違う、そうじゃなくて  
「あはは、私にも女の魅力っていうのがあったんですねー、先生がスケベな目で見るくらい。……私 
、他の子に結構言われたりするんですよ。あんた成長遅れてるねって。だからちょっとだけ嬉しいか 
も」  
確かに嬉しそうに言いながら、横目でこちらを見やる。  
そしてふっと何かを思いついたように悪戯っぽい笑みを浮かべると、扇風機を背にしてトコトコと歩 
いてくる。  
目の前に立ち、ふふーと笑みを深めると、途端に流し目でしなだれかかってきた。  
「……どう? 先生、ドキドキ…する?」  
ぐつぐつ、ぐつぐつと、熱が増す。  
密着した体。互いの体温で余計に暑くなり、しかしそれはどこか刺激を伴う心地よさだった。  
目を少し下ろせば、開いた襟元から少し盛り上がった胸とそれを覆う湿った白いブラがみえる。周り 
には珠のような汗が幾つも浮かんでは流れ落ち、肌の表面は暑さのせいかほんのり薄い桃色になって 
いるように見えた。  
下半身にはズボンごしに汗ばんだ生足の感触があり、スカートと擦れあう衣擦れの音が耳に響く。  
それは少しませた子供の思いついた、単なる悪戯だったのだろう。  
自らの魅力に対するコンプレックスからの照れ隠しだったのかもしれない。  
けれど、ちょっとした拍子に、先坂の何かが股間に触れたと思った瞬間───  
 
熱が弾けた。  
 
そこから先は断片的にしか思い出せない。  
先坂の悲鳴とそれを押さえつけた手の内に感じるむごむごと蠢く口。引き摺り下ろしたスカート。飛 
ぶ制服のボタン。柔らかくしめった餅のような尻。  
表面がふにふにとして中にしこりのようなものを感じた胸。小さい粒のような乳首。きつい挿入時の 
感触と破瓜の断裂感。机にうつ伏せに押し付けた小さな肢体。  
締め付ける膣。二度、三度と続く射精。てらつくセピア色をした菊の窄まり。ぎゅ、ぎゅ、と千切れ 
んばかりの直腸。また、射精。どこも見てはいない虚ろな瞳。  
唇をこじ開けた亀頭と頭を掴んで無理やり前後させた咽の感触。嚥下しきれず、端からこぼれ落ちる 
精液。  
発覚、逃走。  
 
 
一瞬のうちにこれほどの回想が頭の中に思い浮かぶのだから、自分は死んだ、と吉野は思った。  
 
 
ドッ  
 
鈍い音が響く。  
傾いだ陽光を反射する何かが、線となって向かってくる───  
吉野にはそんな風に見えた。  
それは全くの偶然かもしれないし、本能が差し迫った生命の危機に対する防衛行動を起こしたからか 
もしれないし、もしかすれば───もしかすればわざと外したのかもしれない。  
ただ左足の付け根から伝わる灼熱感のようなモノは確かに感じられた。  
遅れて上ってくる裂傷の痛み。肝が冷える嫌な感覚。  
怒り。腹が立つ。  
どうしてこんな娘が鋭く厳ついナイフを持っているのか?  
どうしておれの足が切られているのか?  
おれはこんなことをするつもりはなかった。  
下卑た妄想を抱いたのは確かだ、認めよう。  
だが、おれはそれをギリギリで、本当に危ないギリギリのところで押さえつけた。  
だからここを離れる、そう告げた。  
親切にもここを離れた方が良いと忠告までした。なのにこの娘ときたら───  
床に突き刺さったナイフを見て呆然としている伊里野の後頭部を、まるでバレーボールをそうするかの 
ように鷲掴み、そのまま床に打ち付ける。  
ガツン。  
あのまま放って置いてくれればよかったのだ、なのに、なのに。  
ガツン。  
言っただろう、ホームレスなど薄汚いものだと。  
ガツン。  
スキあらばどんな悪いことだって平気ですると。  
ガツンガツンガツン。  
軽蔑に値するものだ、と。  
 
 
何度目だろう。動かない。ぐったりとしている。  
仰向けにすると、左の鼻の穴から血が流れ出ていた。  
死んだ。かと思ったが、そうでもないようだ。  
微かだが生の鼓動を感じ取れる。  
自分の頭が変に冷静で、しかし気分はこれ以上にないほど興奮していることが分かる。  
はぁ、はぁ、はぁ。  
荒い息遣い。  
はぁ、はぁ、はぁ。  
自分のだ。  
いまのうちにやってしまおう、何時あの子が帰ってくるとも知れないから。  
さらに息を荒げて、スカートを脱がそうと引っ張る。  
だが、骨盤あたりに引っかかったそれは、中々思うように脱がせない。  
焦る。何度も引っ張るうちにそれはよれて、まるで吉野を嘲笑うかのように脱げることなく、ただ腰 
の周りをぎゅっぎゅっと締め付けながら廻るだけだった。  
はぁ、はぁ、はぁ。  
はぁ、はぁ、はぁ。  
もういい、脱がすのは辞めだ。このまま捲り上げれば、それで充分コトをなせる。  
両足を開かせ、間に自分の体を置く。下着を拝んでやろうと目をやるが、当然影になっていて見えな 
かった。  
汗の浮かぶその肢体に、先ほどから乱暴にあれやこれやとかまったせいで制服は乱れ、あるいは肌に 
ぴっちりと張り付いていた。  
興奮が煽られる。スカートの裾を掴み、ゆっくりと捲り上げていく。  
そろ、そろ、と。  
色素の薄い、やや瘠せた感のある太もも。しかし、肉付きは絶妙なバランスで曲線を描いており、し 
っとりとした肌の触り心地は性欲を高ぶらせた。  
股間の手前、太ももの内側は汗ばんでおり、そこから仄かに香る匂い。  
イくかと思った。ここ暫くは全く縁のなかった匂いだ。雌の、汗ばんだ肌と拭い取れていない極微量 
のアンモニアが混じった雌の匂い。  
そしてソコがあらわになる。  
 
ぱんつははいてなかった。  
 
うっすらとした茂みは、髪がそうであるように白く、窓から挿す琥珀色の光をキラキラと反射する。  
すじ。  
ぴっちりとしてはみだしのない、ほんのりと色づいた綺麗な恥部。  
汗で艶やかにてらついているのをみると、ごくり、と喉が鳴った。  
これからそのすっと通ったすじを開き、自らの黒く張ったこの醜い肉棒を突き立てるのだ。  
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。  
いそいそと自分のズボンを下着とともに下ろすと、それまで押さえつけられていた鬱憤を晴らすかの 
ように大きな怒張が飛び出した。  
びく、びくと何度も細かく痙攣しているそれは、普段は隠されている場所にもかかわらずどす黒く、 
皮の向けた部分はどこか臓物を思わせるほどに赤黒い。  
竿には蔦が捲きついたかのように血管が浮き出て、下腹へと続く道の途中から黒々と濃く茂り、縮れ 
た森が覆い隠していた。  
はぁぁぁ───  
大きなため息。  
それは期待によるものだ。  
これから、犯す。この育ちきっていない、少女の肢体を。心も体も未成熟な、だがそれ故になお劣情 
を催させるこの肉体を。  
自らの腐った欲望の受け皿として、汚して汚して汚し尽くす。  
先の割れ口からさらりとしつつも粘度のある透明な液体が流れ出ている。  
亀頭を手で覆ってこねくり回すと、えもいえぬ快感が体を走り抜け、ガマン汁が付着してにちゃっに 
ちゃっと卑猥な音を立てた。  
その手で竿をニ、三度しごく。すぐに肌にすりこまれた。足りない。口に溜まった唾をだらりと手に 
たらして、再びしごく。にちゃ、にちゃ。  
 
これで多少は滑りの助けになるだろう。  
伊里野のソコは当然のことながら濡れてはいないし、前戯などやってる暇もない。  
いつ目を覚ますかも知れなかった、何より自分には時間がない。いまこうしている間にもあの子が帰 
ってくるかもしれないのだ。  
もう一度、手に唾を垂らす。今度は伊里野のアソコへなすりつけた。  
汗ばんだソコは、けれども触るたびにふに、ふに、と控えめな弾力とともに柔らかな感触を伝えてくる。  
そしてそのまま、指ですじを押し開く。  
内側は綺麗な桃色だった。ひだの形もシンプルで、それこそ作り物ではないかと思わせるほどだ。  
肉芽はとても小さく、皮を被っていた。むき出そうかと思ったが、やめる。  
それよりも一刻も早く、この憤りをぶち込みたかった。  
押し開いたソコを節くれだった指で上から辿って、尿口周りをぐるりと周った後にその下の挿入れる 
穴を確認する。  
開いた伊里野の細い両足を自らの膝に乗せ、腰を掴んで引き寄せる。  
ず、っと制服が摩擦でずり上がる。  
すじを開く手を左手に変え、右手で肉棒を掴んで狙いを定める。  
はぁはぁはぁ。  
はぁはぁはぁ。  
そして───  
一気に貫いた。  
 
 
ドプ、ドビュ、ビュル、ビュルル、ドク、ドクッ  
瞬間にイった。  
至福の快感だった。  
信じられない量が膣ヘ流し込まれていくのがわかる。  
それも飛び切り濃くて、恐らくは黄色いゼリーのような状態の精液が。  
「っはぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ……」  
思わず声に出る。予想通りにきつくて滑りもあったものではなかったが、女の膣中に───それもど 
うみても、受け入れる準備が出来てすらいない未熟な少女に挿入れているというだけで達した。  
抜かずに、そのまま動かす。膣中の精液がかきだされ、それが潤滑油となってぱちゅん、ぱちゅんと 
音を立たせるくらいスムーズに腰の動きを助ける。  
 
そこでふと疑問が過ぎる。  
きつく、すべりもなかったが、ここはまでは予想しえたことだ。しかし───  
まあ、いい。ここまで来たらこいつがどうであろうと、自分は腰を動かしてさえいれば極上の快感が 
得られるのだ。ぱちゅん、ぱちゅん。動かし、腰を打ち付ける。  
あたたかく、強く、肉棒全体を締め付ける膣。  
亀頭が細かくざらついた膣の天井をこすり、その都度快感が腰か全身に駆け巡る。  
「──ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」  
荒い息。  
「──ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」  
自分のではない。  
視線を下ろすと、伊里野が目を見開き、口を開け、犬みたいにだらしなく舌を出して呼吸を荒げていた。  
ぎくり。体が一瞬凍りついた。  
抵抗が来るかと思ったが───どうやらその心配はないようだ。  
がっちりと両手で腰を掴んで、動きを早める。  
ぱちゅん、ぱちゅんからぱん、ぱんというリズミカルな音へと変わり、さらにはぱしんっぱしんっと 
打ち据えるように激しくなっていく。  
「──ハァッハァッ…ハッハァッ…ハァ…ハッハァッ…ァ…ッ」  
伊里野の目は焦点を結んでいない。  
荒い息が打ち付けられる腰と並ぶように、ある種の規則を辿る。  
時折伊里野の口が、ぱくっぱくっと閉じ、そして開きを繰り返す。  
散り散りになりそうな意識を僅かにかき集め、その口の動きを読んだ。  
 
あ、あさ、あ、あさば、浅羽。  
 
「ぉぉおおおおぉおおぉぉぉぉ!」  
吉野は吼えた。  
ぱしんっ! ぱしんっ、ぱしんっ、ぱしんっ、ぱしんっ、ぱしんっ、ぱしんっ  
「──アアァッ!! ハァッッハッ…ハァッハァッ……ァッ…ハァッ──ハァッ…ッ…ッ」  
伊里野は自分の意志に関係なく、途絶え途絶えの荒い息で答える。  
 
お互いの口の端からはとめどなく涎が流れおち、傍から見ればそれは狂った者同士の交わりにしか見 
えなかった。  
ぱしんっ、ぱしんっ、ぱしんっ、ぱしんっぱしんっぱしんっぱしんっぱしんぱしんぱしん  
「──ハァッ…ハッッ…ハッ…ッ…ハァッ……ッァ…ハッ…ハッ…ッ…ッ…ッッ」  
もう息すら荒げることなく、膣を突かれる度にその勢いで空気が喉を伝って口から漏れているに過ぎ 
ない。  
ぱしんぱしんぱしんぱしんぱしんぱしん  
純粋で単純な前後運動が限りなく早く、強く繰り返される。  
程なく迎えそうな限界が、口から叫び声を上げさせた。  
「ぉぉぉおおおおおあぁぁぁあああああああああああっっああああああっっっっっ!!!」  
「──ッッッッッッッッ!!!!!」  
伊里野の四肢がピンと張り詰め、背筋が反り返る。  
ビュル! ドク、ドプ、ドビュ、ドクッ、ドク  
射精の痙攣が何回か腰を打ち据え、さらに快感に促されて出し尽くすまで吉野は腰を前後させた。  
「──ッ──ッ…ッ……ァッ…ハッ……ハァッ………ハァァァ………」  
くたり、と伸びきっていた手足が崩れ、反っていた背筋が床に落ち、伊里野は力尽きた。  
 
 
気だるい虚脱感と限りない自己嫌悪、そして裏腹に軽くなった腰あたりのなか、吉野は行為の後始末 
をタオルで粗雑に行った。  
先ほどから左の頬に垂れ落ちている鼻血も拭ってやる。  
いまだ息の荒い伊里野を見て、ふと思い立つ。  
飛び掛られはしないかと思いながら、この状態ではその力もないだろうと判断し、耳に口を寄せて囁 
いた。  
「知ってるか。男ってのは他の男に犯された女を決して許さず、嫌悪する。だから、もしおれにされ 
たことをあいつ───浅羽くんに言ったなら、  
君は浅羽くんに見限られる。見捨てられる。もし、浅羽くんが何かを知って、聞かれたらこう言うん 
だ。自分は何もされてない、抱きつかれて押し倒されただけだ、と」  
どうしてこんなことを言ったのか。  
もし、浅羽が伊里野が犯されたことを知ったとして、だから見捨てるというような人間には到底見え 
ないし、思えなかった。  
彼女の状態を見れば、されたかどうかは別として、何が行われようとしていたかはよっぽどの愚鈍で 
ないかぎり分かるだろう。  
それでも伊里野に、行為の否定するよう吹き込むのは何故だろうか。  
 
どうであろうと結局、自分は彼に憎まれ、軽蔑され、殺意を向けられるはずなのに。  
それは感傷の最後のひとかけらだったのかもしれない、と吉野は思う。  
醜く、自分勝手で、傲慢な、自己擁護のための、どうしようもなく愚かな感傷だ。  
「ハァ…ハァ…ハァ…、ハァ…、ハァ…、」  
徐々に伊里野の呼吸が整ってくる。  
一瞬、太陽が雲の端にかかったのか、夕方の陽光が翳った。  
恐くなった。これまで過ごしてきた今までにない安らいだ五日間と、欲望に突き動かされ久方ぶりの 
快感にまみれたこの数分が頭の中を巡り、そして混ぜあわさる。  
逃げよう。逃げて逃げて、遠くへ行くのだ。そう思い、ズボンを上げて立ちあがる。  
「痛っ!」  
急に痛みが戻ってきた。  
左足の付け根。削られた肉。致命傷というほど深くもないようだが、それほど浅いものでもない。  
普通に歩くのは無理のようだった。  
左手で傷口を抑え、足をつんのめるようにして歩き、リュックサックを拾って担ぐ。  
がらん  
ぶらさげた調理器具の立てた音に、ぎくりとした。  
そのままへいこらと情けない姿で、体育館の扉あたりまで何とかたどり着く。  
後ろを振り返る───  
伊里野がのそりと身を起こすところだった。  
「ひぃっ!」  
思わず声が出る。  
慌てて駆けようとするが、傷口から走る痛みに思うようにできない。  
それがなおさら恐怖を駆り立て、吉野は転がるように体育館から出て行った。  
 
 
起き上がる。  
立とうとした。  
力が入らず、捩れたスカートが降りただけで、腰が落ちる。  
つっ  
左の鼻の穴から、一筋、血が滴った。  
じっと。  
じっと。  
じっと、ナイフを見つめていた。  
小さく───呟く。  
 
 
「殺すつもりで刺したのに」  
 

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