イリヤの空、UFOの夏  

『大宇宙のロマンス:インプラント編』 

虐げられし民族が大地をさまようのは世の常である。  

約束の地を与えられぬフィールドフォッケー部にできることといえば、  
素振りをしながら涎を垂らしてグランドを眺めるか、  
涙を堪えてロードを駆けずりまわるしかない。  
見果てぬ明日を求めて。  

結局、入部してからの約4ヶ月で夕子が手に入れたものは、  
コートの上を蝶のように舞う華麗なテクニックではなく、  
引き締まった下半身であった。  

ヴーン……ヴーン……と低くハム音を唸らせながら、  
しなやかな肢体を目指して、バイブが近づいていく。  
無言のまま水前寺が目で語った。  
『アナルから出たものは、アナルの中へ』  

得体の知れないものが体の中へ入れられようとしている。  
排出するための器官に、ねじ込まれようとしている。  
その認識に、自然と夕子の体が強張った。  
キュっとアヌスが収縮する。  

縮こまるそこにバイブが触れた。  
ありったけの力で締めつけているために、バイブは中に入ってこれない。  

「……っ!」  

口から鋭く息が漏れる。  
意識の全てをアヌスに集中している夕子は、  
バイブの動きをイヤというほど感じ取らされた。  

 

意外と温かい……いや、熱いぐらいだった。  
それは直前まで、水前寺のケツの中に入れられていたからだった。  
もう腸液にまみれてしまっているために、ヌメって一つ所に留まらない。  
くすぐるようにアヌスの上を滑って動く。  

くすぐったさも温かさも、アヌスで味わったことなどなかった。  
どれだけ以前に味わった感触に似ていようとも、その器官で味わうのは初めてなのだ。  
用を足して自分で始末する時とは全く違う。  
気持ち悪いと思う。  

これならば、まだ力任せにねじ込まれた方がマシだったかもしれない。  
味わったことのない――味わいたくもない行為が、  
以前どこか別の場所で感じたものに似通っている……。  
今、受けている仕打ちはおぞましい行為のはずなのだ。  
おぞましい行為ならば、おぞましい感触を伴うべきなのだ。  

夕子の息が自然と荒くなってしまっていた。  
吐息にのって「やめて」と声を漏らしてしまうかもしれなかった。  

夕子は歯を食いしばり続ける。  
――声を漏らしてしまうわけにはいかない。  
夕子は目を見開いて睨み続ける。  
――涙を零すわけにはいかない。  
泣いたら負けなのだ。  

夕子の頑張りに根負けしたのか、水前寺がバイブを押し当てる手を退かせた。  

「地球人夕子君、諦めて力を抜きたまえ。  
 これでは思うようにインプラントすることができん」  

 

力など抜くものか。  
諦めたりするものか。  
ジャングルをなぎ払ったからって、もう勝ったつもりでいるのか?  
物量と機械の力でゴリ押せば、何でも望み通りになるとでも思っているのか?  

熱く熱く心を滾らせ、火のつきそうな視線で水前寺を睨みつける。  
水前寺は怯まない。  
図体のデカさを誇示するかのように直立し、  
腰に手を当てヤレヤレというかのように首を振っている。  

水前寺との身長差は20cm。  
20cm如きでビビると思うな。  

水前寺お手製の改造リチウム電池を内蔵したアナル・バイブは衰えることを知らない。  
第二波侵攻が開始された。  

表面を滑るような感じだったさっきのとは違う。  
窪んだ部分に先端を押し当て、わずかな取っ掛かりを利用している。  
今度のはちゃんと力が伝わってくる。  
くすぐるというよりは、揉みほぐすような感じだ。  

夕子は声に出して言ってやりたい。  
あたしが少林寺の日曜クラスにも通っていることを忘れてるのか。  
あたしはハード・ボイルドな女なんだ。  
力で来るなら、力で対抗してやる。  

口には出さずに、筋肉に力を込めた。  

くちゅり……と音がした。  
アソコから雫が零れた。  

それは夕子の意思で制御したものではない。  

自分の耳が信じられなかった。  
そんなことがあるはずないと思った。  

だから固定されていない腰から上を動かして、  
身を乗り出すように覗きこんだ。  

アソコの周りが濡れて光っていた。  

目で見ても信じられない。  
何か事情があるのかもしれない。  
例えば、毛を剃られたときのムースの水分が乾かずに残っているのかもしれない。  
さっきの音だって、口上手な水前寺が夕子を騙すために、  
真似してみせたのかもしれない。  

納得がいかなかった。  
鼻を鳴らして笑い飛ばそうとして、機先を制された。  

夕子の見ている目の前で、アソコが独りでに口を開き、  
くちゅりと音を立てて雫の珠を吐き出した。  

心がどう思おうとお構いなしだった。  
体は勝手だった。  

今や夕子自身を支えるはずの下半身もが、敵の手に落ちようとしている。  

 

M字開脚に拘束する縄はどんな縛り方をしたのか、  
いくら力を入れてもビクともしない。  
バイブは変わることなくハム音を唸らせて、夕子のアヌスを責め続ける。  

硬直する下半身に外部から刺激が加えられ、  
ピクリ……ピクリ……と痙攣が起こる。  
その度にくちゅりと音が鳴る。  
愛液が雫となって零れ落ちる。  

とうてい認めることができない現実から顔を背けて、  
夕子の視線は水前寺の顔にぶつかった。  

その顔は腹立たしいほどに静かだった。  
冷徹な科学者が実験の推移を観察するかのように、半眼に目を伏せている。  
全く感情が覗えない。  

涎を垂らして飢えた犬のような顔をしている方が可愛げがあると思う。  
欲望に目をギラつかせていた方が、人間としてまだ納得できる。  

自分の体も勝手だが、水前寺はもっと勝手だ。  
負けたくない。  
体が泣きごとを言おうが関係ない。  
逃げたら負けなのだから。  
だからまだ勝負はついていない。  
こんな機械任せにして、白痴面をさらしたヤツになんか負けてやらない。  

怒りを自分の体にブツけるかのように力を振り絞った。  
ピチュゥ……とカン高い音を立てて愛液が絞り出された。  
そんな泣き声には耳を貸さない。  
そんな涙なんて目に入らない。  
歯を噛み締めて、水前寺の顔だけを睨み続けた。  
体のことは完全に無視した。  

 

不自然な体勢だということを顧みられず、  
過度の緊張状態を強いられ続けた足がコムラガエリを起こした。  
夕子は女の子だから、ツったのは左足だ。  

思いもよらぬ所からの伏撃に夕子の意識がそれる。  
声を出さなかったのは立派だが、代りに力が抜けた。  

ゆるんだアヌスへ、待ってましたと言わんばかりにバイブが頭を突っ込んだ。  

今度は抑えられなかった。  

「ふぁあ!」  

夕子の口から肉声が漏れる。  
それだけではなかった。  
力が抜けたところへ過度の刺激を受けて、おしっこが迸った。  

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………………」  

悲鳴が長く長く尾を引く。  
流れ出ていくものを抑えることができない。  

小便を腕に浴びせられても、水前寺は眉一つ動かさない。  
防水加工済みなのかバイブの動きも止まらない。  

自分の身に突如生じた異常事態。  
それでも全く変化することのない状況。  

理性は問うのだ、なぜ自分が変わったことに周りは気付かないのか、と。  

 

しばらくして、どうにかお漏らしは止まった。  
下が止まっただけだった。  
小便とは違うもので、視界が滲んでいく。  
水前寺のすまし顔がぼやけていく。  

涙で見えなくなる代りに、傷と痣だらけの顔が思い浮かんだ。  
連続して、ジャイアントスイングが、胡蝶蹴りが、地蔵背負いが、  
逆巻いて思い出された。  
舞台となった川の真ん中にはスーオアーカブが突き刺さっている。  
キャブレターに水を吸ってしまって、エンジンはアイドリングすら止めている。  

泣き声で叫んだ。  

「やるんなら、自分の力だけでやりなさいよ!  
 あんた、ちゃんと腕がついてんでしょう!!」  

ケツの穴に蠢く得体の知れない物体の感触がある。  
モーターの奏でるハム音としゃくり上げる自分の声が聞こえる。  
涙で視界は潰されている。  
舌に流れ込んだ塩味を感じる。  
アンモニアの匂いが鼻をつく。  

水前寺は何も話さない。  

機械の音が止まった。  

そして夕子は体の中を掘り進もうとする強い力を感じた。  

 

夕子は思い出す。  
夢中で消した『変熊兄貴』の落書き。  
あれにも『♀』と『♂』とシンボル化されたものが書いてあった。  

もしかしたらあの兄は未だに誤解しているかもしれないが、  
夕子はちゃんと知っている。  
赤ん坊というのは、キャベツ畑に生えるわけでも  
コウノトリが運んでくるわけでもない。  
女の股座に生えたピンクのキャベツを男の股間のコウノトリが  
くちばしを突っ込み穿り返し、盛大にゲロをぶちまけることでできるのだ。  

水前寺も兄と同じなのだろうか?  
やっぱりこれは改造手術なのだろうか?  
超能力戦士に生まれ変わらされるのだろうか?  
空を貫き、宇宙にまで飛んでいかされるのだろうか?  

水前寺は無言のままバイブを押し込んでいる。  
この男のやりたいことがわからない。  
涙でかすんでちゃんと顔が見えない。  
荒くなった自分の声しか聞こえない。  
話してくれないから考えていることがわからない。  

わかららなくていいのだ、と思った。  

これがかつて、水前寺のケツの穴に入っていたころがあったのだから。  

下半身に入っていた力が、溶けるように引いた。  

「ふぁあああぁっあああああぁぁぁぁっぁっぁぁあああぁぁあああっっ!!!!!!」  

鼓膜が破れそうなほどの大声が上がった。  

 

「……夕子君」  

朦朧とする意識の中で、誰かに名前を呼ばれた気がした。  
少しして、ピッという電子音も聞こえた。  
続けてヴーン……というハム音が聞こえて、お腹の中を何かが動き回るのを感じた。  
それでようやく意識がはっきりした。  
夕子はもう縄で縛られていない。  

「無事にインプラントは成功した」  

万面に笑みを浮かべた水前寺がいた。  
手の中の小さな機械に持っている。  
指を動かしてボタンを押すとピッと音がして、  
同時にハム音も奇妙な感触も治まった。  

「もう帰ってもいいぞ」  

いまいち事態をよく理解していない夕子に向かって、水前寺が厳かに告げる。  

「帰っても……いい?」  

夕子はオウム返しに問い返す。  

「ばいばい」  

夕子の肩に怒りがこもる。  
両の手が握り締まる。  

「ブヮカァ―――――――――――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!」  

1,000万パワーにチューンされた夕子の拳が的確にテンプルを貫いた。  
水前寺は幸せだったはずである。  

 

『お客様は神様です』  
故・三波春夫は言った。  

そういう意味では、  
咥えこんだ客を放さない浅羽 父の商魂を誉めるべきなのかもしれない。  
しかし髪の毛を刈り集めるのではなくて、  
軍事情報だの日米両軍の交遊情報だのといったゴシップを集めていたのでは  
床屋商売は儲からない。  

園原に暮す者は本業よりも副業に精を出さなくてはならないのかもしれない。  
さすがは地方税よりも、交付金で潤う街である。  

客商売には回転率というものがある。  
互いに撫であって「いいケツしてるねぇ」と誉め合うのではなく  
客のケツというものは優しく蹴り出して差し上げるものなのだ。  

客を大事にしすぎれば回転率は鈍り、  
ケツを蹴り回しまくったのでは客は逃げていく。  
複数のパラメータで構成された状況を確定させるのは難しい。  
痛し痒しの観測者問題である。  

しかし、観測者自身にも問題があった。  
絶妙のタイミングと阿吽の呼吸で会話に滑り込む浅羽 母は  
「お茶でもどうぞ」と言って去っていく。  

茶をしばかせるんだったら、金をとれ。  
そんなことだから、煙草のパッケージを隠さなければならないのだ。  
そんなことだから、ケツのラッパが家中に轟き渡るのだ。  
そんなわけで、浅羽と夕子の部屋を隔てるジェリコの壁は  
そもそもアコーディオン・カーテン一枚分の力しか持っていなかった。  

見えなくても、聞こえちゃうものは聞こえちゃうのである。  

 

真夜中に目を覚ました浅羽の第一声は「おしっこ」だった。  

過程も含めて説明すると、  
薄壁の向こうから届いた甘く切ない響きに  
浅羽のナニは耳よりも早く反応してエマージェンシーを発し  
“SUSPENDED”だった脳ミソは“ACTIVATED”に切り替わったのだが、  
その信号を尿衝動と誤認したわけである。  

その後も浅羽のナニはパンツの中で暴れ続けて事態の緊急性を告げまくったのだが、  
脳ミソの大本営はそれらを全て無視した。  
事態をようやく認識したのは、降りていく階段に足を踏みかけたときである。  

恐る恐る襖を開けて、部屋の中を覗きこんだ。  

残暑がまだ残っているからといって、裸はまずいだろう。  
兄妹とはいえ、もう小学生ではないのだ。  
毛がないからって見せて良いわけではない。  
親しき仲にも礼儀はあるはずだ。  
生ケツを突き出されては誤解してしまう。  
正常な判断ができなくなってしまう。  
ヴーン……と鳴る音とか、やめて……とか、もう……とか、水前寺……とか  
幻聴なのかそうでないのか、電波を受信しちゃってるのかそうでないのか  
区別がつかなくなってしまう。  

この異常事態を前にして、浅羽は寝巻きのズボンとパンツを一気に下ろした。  
それが男の本能に従った行動なのか、  
それとも動転した時に起こす、いつもの精神安定行動だったのかは解らない。  

なぜなら次の行動に移ろうとして  
「なにしてるの」「うるさいないまから……」振り返ったそこに  
シュコーホーと呼吸音を撒き散らす黒ずくめの人間がいたからだ。  

 

「ダ……ダース・ベーダー?」  

黒ずくめがフライト・メットにエア・マスクを外す。  
その下から今もっとも会いたくない人物――伊里野 加奈の顔が現れた。  

伊里野がダース・ベーダーなら、晶穂はビフ・タネン?  
聞いてるんですか、マクフライ?  

「なにしてるの」  

過去に逃避しようとした浅羽の意識は、あっさり現在に蹴り返される。  

「ど、どうして?」  

逃げることが許されない浅羽は、話題をそらしにかかった。  

功を奏したのか、じっと見つめていた伊里野が視線を外す。  
その先には開け放たれた窓。  
はためくカーテン。  
そしてオレンジ色に輝く光があった。  

もしかしたら水前寺はこれを呼び出したかったのかもしれない。  

「帰投してたら変な電波が飛んでたから」  

どうして不信電波を追いかけて、発信源じゃなくて受信先に来るのだろうか?  
問い質してみたくはあったが、その話題の向かう先を考えて止めた。  

「そ、そうなんだ。じ、じゃあ……お仕事の帰りなんだね?  
 今日のお仕事って何だったの? あの『ACR』ってヤツ?  
 あ、『ACR』って何かな?」  

 

溺れる者は藁をも掴む。  
もしくはスネに傷持つ者は何だってする。  
己が苦い経験から導き出した苦肉の策のはずだった。  

「Aerial Combat Reconnaissance。空中威力偵察。  
 武力行使も含む情報の収集活動」  

非をなさんとせし者が、  
理屈を捏ねて言い訳を試みんとしても、  
法律を盾に未成年者としての待遇を求めようとも  
権限の行使をも許された武人には屁のツッパリにしかならず、  
天より来たりし者が裁きを受けるしかない。  

伊里野がエア・ジャケットのポケットから一冊の手帳を取り出した。  
小さく『椎名』と判子が押してある。  

「浅羽には浮気をする権利がない。  
 いかなる事情があってもわたし以外に手を出してはならない。  
 浅羽の言動はわたしを喜ばせるためだけに用いられなければならない」  

意味を解って言ってるはずがないだろう。  
手帳に首ったけになっている時点でダメダメである。  
一所懸命に顔を真っ赤にしながら、それでも何とか一息で言い終わった。  
言い終って鼻血を出した。  

逃げればいいのに、容疑者はそのままでいた。  
そしてUFOに収監された。  
取調べは熾烈を極めた。  
真っ白になるまで吐かされた。  

浅羽は思う。  
アブダクトってロマンかもしれない。  

 

1週間のおつとめを終えて解放してもらえた浅羽は、  
夕子の頭を散髪していた。  
晴れ渡った青空の下、  
公園と化した浅羽家の敷地で。  

 

『大宇宙のロマンス』おしまい  

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