「腹、減ったぁ……」  
 時は夏休み。場所はIS学園学生寮の一室。空腹を抱えているのは俺こと織斑一夏。  
 どこの学校も多分そうだろうが、このIS学園もご多分にもれず、夏休み中は学食を営業  
していない。利用者の99パーセントを占める学生がいないのだから、学食を開けたとこ  
ろで時間と金と食材の無駄である。  
 当然かどうか、その影響は寮の食堂にも及ぶ。まるっきり閉めたままというわけではな  
いのはありがたいが、何故か夕食時のみの開放となっている。しかも時間は1時間だけ。  
使い勝手が悪いことこの上ない有様である。夏休みになったら学生は皆帰省もしくは帰国  
するものと最初から決めつけている節があるようだ。  
 そして俺は、その夕食を食うチャンスをものの見事に逸してしまったわけである。  
 正確には、まともな夕食にありつくことが出来なかった、のである。閉鎖10分前に駆  
け込んだんだもの、食い物なんてろくすっぽ残ってるはずがない。おばちゃんに頼み込ん  
で、残った僅かなご飯でにぎり飯を作ってもらっていると――。  
「わーい、おりむー。今日の晩ご飯は、鶏の唐揚げタルタルソース掛けにサラダとコンソ  
メスープとライスだったよ〜。ごちそうさま〜♪」  
 学食を出て行くのほほんさんの幸せそうな笑顔が無性に憎かった。  
 
「ぐあーっ、いっそ自分で作ってしまおうか!?」  
 頭をバリバリと掻きむしりながら、ふとそんな衝動にかられたりもする。するのだが、  
実際のところ空腹のため実行する気力体力ともにナッシング。ていうか、頭を掻きむしっ  
たせいで、ただでさえ残り少ない体力がガク減りしてしまった。  
「……寝よう。寝れば少しは体力も回復するさ」  
 声を出すのもかったるくなってきたので唇だけそう動かすと、俺は掛け布団をあたかも  
抱きまくらの如く抱きしめ、瞼を閉じた。  
 
 ――コンコン  
 
 誰かが遠慮がちに部屋の扉を叩いた。なんとなく――本当になんとなくだが――、知り  
合いが扉の外にいるような気がする。一瞬開けに行こうかと思ったが、空腹による虚脱感  
というか倦怠感がその思いを押し流した。  
 そして再び眠りに就こうとすると――。  
 
 ――ドンドン!  
 
 再び誰かが部屋の扉を叩いた。なんとなく――本当になんとなくだが――、セカンド幼  
なじみが眉間に縦ジワをこしらえながら立っているような気がする。一瞬開けに行こうか  
と思ったが、空腹による虚脱感というか倦怠感がその思いを押し流した。  
 そして三度眠りに就こうとすると――。  
 
「むっか〜っ! 彼女が来たってのにシカトしてんじゃないわよ一夏!!」  
 
 聞き覚えのある怒声と大音量の破壊音が室内に響き、それと同時に、ベッドに大小さま  
ざまな木片が音を立てて降ってきた。  
 慌てて飛び起きると、部屋の扉は影も形もなく綺麗に吹き飛び、その代わり、セカンド  
幼なじみこと凰鈴音が立っていた。あ、ついでに俺の彼女な。  
「ムキーッ! ついでって何よついでって! ていうか誰に説明してんのよ!?」  
 キンキン声で鈴が怒鳴った。いつもながら、俺の心の声に対する容赦無い突っ込みご苦  
労さまです。  
 そんな鈴のいでたちは、ツインテールに部屋着と思しき超ミニのチャイナ服。ドアを蹴  
破ったのであろう右足は突き出されたままになっている。その姿勢のまま微動だにせず、  
両手で鍋を持つとは器用な奴め。  
「よ、よう鈴。ISのサポートなしで木製の扉を粉々にするなんて、腕を上げたな」  
 俺は鈴に声をかけた。  
『千冬姉が扉を蹴り飛ばした時だってきっちり原型を留めていたってのに、どんだけ力を  
出したんだよ、怪力女!』  
 と、声かけついでに言いたいところだが、言ったが最後、俺が粉微塵になるのは明白な  
ので黙っておく。古人曰く、命あっての物種――と。  
 そんなことを考えつつ、俺の両目はある場所に釘付けになっていた。不幸な偶然だと内  
心で言い訳しながら、半ばというかむしろ完全に故意的に。  
 とりあえず先ほどのセリフは一部修正。上がったのは腕じゃなくて足だった。  
 あと出来ればしばらくそのままホールド願います。  
 俺の目を捉えて放さないのは鈴が着ているチャイナ服の裾の奥。  
 水色の縞々パンツが丸見えだった。  
「――っ!? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよっ、バカスケ!!」  
 俺の視線に気づいて鈴が赤面したのと、ピンクのサンダルがド派手な音と痛みを伴って  
俺の視界を遮ったのは、殆ど同時だった。  
 ちなみにバカスケとは『バカッ、スケベッ』の合成語というか略語で、作ったのは当然  
凰鈴音その人である。  
 
 ブツブツ言いながら、鈴は簡易キッチンで動き回っている。  
「あんたのクラスの子……のほほんさんって言ったっけ? とにかくその子から、あんた  
が晩ご飯食べられなかったって聞かされたから簡単なご飯作ってきたってのに、扉を開け  
ないなんてどういう料簡よ、まったく……」  
 鈴が持ってきた鍋の中身は例によって酢豚だった。俺の見解としては、酢豚はあくまで  
おかずであって、決してそれのみで主食になるものではないと思うのだが……。  
 とはいえ、俺を気遣ってこうして来てくれたことに関しては悪い気などあろうはずがな  
い。感謝してます本当。  
「ん〜……ねぇ一夏、大きなお皿ある?」  
 鈴の声が流れてきた。  
「棚の上のほうに重ねてあるけど?」  
 俺の答えに、鈴が心底イヤそうな声を上げた。  
「何それ!? あんただけが使うんじゃないんだから、ちゃんとあたしが取れる場所に置い  
ておきなさいよ!!」  
 なんだか微妙に理不尽なことを言われたような気がする。そもそも大皿なんてのはそう  
そう使うものじゃないし、そんなのを普段使いする食器に混ぜて置いたらはっきり言って  
邪魔だ。それとも鈴は、普段めったに使わない食器でさえ手の届く範囲に置いているとで  
も言うのだろうか――置いてるんだろうなぁ、背が低いし。  
「……一夏、今めちゃくちゃ失礼なことを考えたでしょ?」  
 胡乱気な鈴の声が聞こえた。しかし同時に皿を取るのに悪戦苦闘しているようで、「ん  
しょっ」とか「ああもうっ!」とかという小さな声も聞こえてくる。察するところ背伸び  
をして皿を取ろうとしているようだ。  
 大丈夫かな? かなり危険な気がする。放ってはおけない。  
 俺は椅子を立ちキッチンへ向かった。予感的中というか想像通りというか、目一杯に背  
伸びして皿を取ろうとしている鈴がそこにいた。つま先立ちしている足がプルプルと震え  
ている。俺は鈴の後ろから手を伸ばし、皿を取ると鈴に渡した。  
「あ、ありがと……きゃっ!?」  
 鈴がバランスを崩した。小さな体が俺の胸にもたれかかる。とっさに抱き止めると、鈴  
が小さく息を飲むのが分かった。  
「大丈夫か?」  
「う、うん。けど、どこ触ってんのよ……」  
 鈴が頬やら耳やら首筋やらを真っ赤にしながら、ゴニョゴニョと非難声明を口にした。  
 非難されるようなことをしてるっけ? と頭の中に疑問符をひとつ浮かべた俺だが、そ  
の原因が手の中にあることに気付いた。  
 控えめだけどふくよかな感触と鼓動が伝わってきたのだ。その瞬間、俺の顔も真っ赤に  
なっていたと思う。  
(ま、まさか、これっておっ○ぱい!?)  
 ――某ゲーム雑誌誤植ネタを無断流用してしまったが一応弁解しておくと、それだけ動  
揺しているんだ。とてもそうは見えないだろうが、そこのところは理解して欲しい。  
「え!? あ、ご、ごめん!」  
 俺は慌てて手を外そうとした。けれど鈴は自分の手でそれを制した。制するだけではな  
い。むしろ積極的に俺の手を胸に強く押し当ててきた。  
「り、鈴……?」  
「いいよ、そのままで」  
 面食らっている俺に、鈴は微かに笑いながら言った。その口調は何故だかとても嬉しそ  
うに思えた。言葉とともに紡ぎ出される熱い吐息が俺の手に当たった。こそばゆさに似た  
感覚が俺の気持ちを妙に高揚させる。俺は鈴を抱く手に力を込めた。  
「ん……♪」  
 鈴が俺に寄りかかってきた。  
「なんだか、こういうの久しぶりだね」  
「そうだな……ここ暫く二人っきりになるなんてなかったからなぁ」  
「うん……それにあんたとこうして密着するのもご無沙汰だったしね……」  
 そう言うと、鈴は小さなお尻を左右にくねらせた。ちょうど谷間が俺の股間のあたりを  
心地良く刺激してきた。無意識に腰を引くと鈴はさらに尻を押し付け、首をこちらにめぐ  
らした。いたずらっぽい満面の笑みだった。  
 
 

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