「は? 今、なんて?」
一夏は思わず聞き返した。
ここはIS学園、織斑千冬の部屋。
俗に言う寮長室である。
生徒から尊敬を集めながら、同時に教官の中では最も恐れられている彼女。
その部屋を訪れる者はあまりなく、弟である一夏ですら、入るのはこれが初めてだった。
「聞こえなかったか? お前の遺伝子情報を提出しろ、と言ったのだ」
椅子に座ったまま、目の前に立つ一夏を眺めながら彼女は言う。
普段のスーツ姿ではなく、部屋着に着替えた彼女の、組まれた足が艶かしい。
シンプルなシャツにスパッツという出で立ちは、洒落っ気よりも動きやすさを重視した結果だろうか。
シャツを押し上げる胸のラインは、見下ろす一夏には目の毒であった。
「遺伝子情報って……」
「上からの要請だ。どこの機関もお前を研究したがっている。
学園の力である程度抑えてはいるが、全てを断りきれるものではない。
……研究対象、などという扱いは好ましくないがな」
腕組みをしたことで更に強調された千冬の胸から目を逸らす一夏に、彼女は気にした風もなく説明を続ける。
彼女は近くの台の上に置いてあったビーカーを、一夏に近いテーブルの上に置いた。
「このビーカーに……あー、その、だな」
嫌な予感がする。
頭をよぎった可能性に、この場から逃げ出したい衝動が湧き上がってきた。
だが、一夏がそれを実行する前に千冬は告げる。
こほん、と一つ咳払いをした彼女ははっきりと言った。
「精液を出せ」
「っ!?、!!!?!!??」
固まる。
直立の姿勢のまま。
口をパクパクと動かすが、そこから言葉が出てこない。
「量は多ければ多い方がいい。ただし、鮮度の問題もある。
複数回に分けて提出する方がいいだろう。
濃さについては言及しない。コントロールできるものではないだろうしな」
「や、ちょ」
「――ああ、他の連中には見つかるなよ?
どんな騒動になるかわからんからな」
「ちょっとまってくれって千冬姉っ!」
声を張り上げるようにして、ようやく言葉が出た。
精液の提出方法について淡々と話す千冬は、一呼吸だけ言葉を止め、一夏をみやる。
「どうした。自慰のやり方がわからないか?」
「わかるよっ!!」
「そ、そうか。わかるか……」
「あ……や、そうじゃ、なくてさ」
二人して目を逸らす。
わかるんだなー、などという千冬の呟きが聞こえ、一夏は頬を真っ赤に染めていた。
「さすがに、抵抗あるって。それは」
「……そう恥ずかしがることはない。
健康診断での尿検査と同じ様なものだ」
「そうは言うけどさ」
なにしろ、精液である。
出すのに快感を伴うその行為は、思春期の少年にとって特別なものだ。
しかも提出先が実の姉という事実がまた気恥ずかしい。
出したものを見られてしまうということに羞恥を覚える。
「……まあ、そうだな。
一人でビーカーに向かって自慰をする男というのは見た目的に最悪かも知れんな」
そういう問題じゃない。
と、一夏は思ったが、それはそれで空しい光景だったので、特に何も言わなかった。
「しょうがないな。……だが、提出は決定事項だから」
ガタリ、と、椅子を揺らして千冬は立ち上がる。
一夏が戸惑いと共に彼女を見るより早く、彼女は一夏の背後にまわりこんでいた。
「私が、手伝ってやろう」
背中から、抱きしめられる。
右手が、ズボンの上からソレに触れた。
「ち、千冬姉!?」
「……織斑、先生だ……」
耳元で囁く。
何を、と思うが、抵抗ができない。
どんな技術なのか、身体に巻きつく左腕が、抵抗を許さない。
右手が、ゆっくりと動く。
服の上から、繰り返し、円を描くように。
撫で上げ、揉み上げ、時に棒をなぞり上げ。
「ふふ、もうこんなにしてるのか。仕方のないやつだ」
「っ」
快感に、身じろぐ。
姉の舌が、首筋をなぞる。
唇が、肌を吸う。
吐息が、耳にかけられる。
耳たぶを食まれ、舌先で耳の裏をくすぐられ、右手は、休むことがない。
指先で遊ばれる感覚に、腰は引けてしまっていた。
「ぁ……く」
もがけば、いいのだろうか。
声を上げれば、いやだ、と突き放せば。
だが、呼吸と共にもれるのは、拒否の言葉ではない。
顔を背け、苦悶の表情を浮かべながら、頬を上気させる。
「気持ち良いか……一夏」
抵抗がないのを悟ったのだろう。
左腕が、動き始めた。
わき腹をなぞりながら下っていった左手は、シャツを捲り上げながら、再び胸へ上っていく。
胸板をやさしくさすられながら、指先が頂に触れる度、身を震わせた。
右手は、なおも動き続ける。
そそり立ったソレを服の上からしごき、揉みあげる。
「ち、ちふゆ、ね」
「くくっ……聞き分けがないな、お前は」
やわらかい。
言葉も、身体も。
押し付けられた乳房のやわらかさだけではない。
女性の身体は、その全てが、やわらかい。
服越しに触れているだけで、やわらかさが伝わってくる。
恍惚を呼ぶ、至極のやわらかさだった。
「くるしいだろう? 解放してやろう」
チャックが、下ろされる。
押し上げられた分、開くまでに時間がかかった。
指が、入ってくる。
開いた場所から、中をまさぐり、下着をかきわけ。
出てくる瞬間、こすられた先端が、痛い。
その痛みの名前は、快感といった。
「ぁ、ぁぁ……」
空気にさらされたソレは、もはやこれ以上なく硬くなっていた。
集まった血で、びくりびくりと震えている。
右手は、ソレを放してはくれない。
親指は先端をなぞる。
強すぎる刺激。
傘の下は、痛みさえ伴うほどに。
他の指は、竿全体を掴み、しごく。
やさしく、やさしく。
「う、あ、くぁ、ぁあっ」
徐々に、少しづつ、動きが早まる。
腰の奥から、こみあげる。
柔らかな手が、激しくこする。
……たまっていた。
正直に言えば、ずっと我慢していた。
女性に囲まれた生活の中で、出すこともままならなかった。
秘めたものが、放たれる。
涙さえこぼれるほどの、快感だった。
「……一夏」
「う、ああっ! あ、あああああっ!!」
とどめだった。
聞きなれた、けれど、聞くことのなかった熱をおびた声に、放った。
根元から、どくり、と粘性のある液が送られる。
先端から飛び立ったそれは、テーブルへと向かった。
一射目は、ふちから少し外れた。
二射目が、ビーカーに入った。
そこからは、器の中へ。
どくりどくりと、繰り返し注がれていく。
「ぁ、はぁ、は……ぅ」
放ちきり、放心する。
落とした視線の先で、きれいな指先が、白い液で汚れているのが見えた。
ソレを握ったまま、垂れ落ちた濁りを受けて。
「…………」
無言で、一夏は千冬を見た。
千冬も、一夏を見ていた。
背けていた顔は今は近く、吐息がかかる位置にある。
そっと、どちらからともなく、姉弟は唇を合わせた。
くちゅくちゅと、唾液の音のする、深い深い口づけ。
握られたままのソレは、手の中で、再び起き上がっていた……。