「先生。外泊許可書の書式を頂きたいのですが……」
「なんだ織斑、中東の某国で3年間戦闘機パイロットでもやるつもりか?」
IS学園職員室。俺の姉にしてこの学園の教師でもある織斑千冬が、俺、織斑一夏の申
し出に対して意味不明な反応をした。
「……セシリアを迎えに行こうと思いまして」
俺の説明を聞くやいなや、千冬姉は鼻先で笑った。
「それでどうして外泊許可書なんだ。オルコットを酔わせて、騙してサインさせて、中東
の某国で3年間戦闘機パイロットをさせるつもりか? ひどい男だな」
……いや、だからですね、そんな昭和の人しか分からないことを言われても困ります。
知っている人しかついていけません。翼を畳んだまま飛べる戦闘機が出てくるマンガなん
て、俺は見たこともないし聞いたこともないです。
火急の用とやらで数日前からセシリアはイギリスに帰っていた。その用件が無事に片付
いて日本に帰ってくるのだが、到着するのは羽田空港。ただでさえ羽田は欧米路線の発着
が夜間限定なのに、セシリアの乗った便はなんと夜中に到着する。到着後は空港内のホテ
ルで一泊して寮に戻るのだそうだ。ホテルは既に予約済み。最上階のスイートルームを取
ったみたいだが、何故か2人で予約している。
これに関するセシリアの弁はこうだ。
「夜中では交通手段なんてありませんもの。わたくしは泊まっていきますけど、一夏さん
も泊まっていただけて大変嬉しいですわ♪」
俺の都合は完全無視ですかそうですか。ていうか、セシリアには運転手付きのリムジン
があるはずなんだけどなぁ。
ともあれ、そんな事情を説明すると、千冬姉はなんとも複雑な顔つきになった。
「オルコットも周到な策を巡らしたものだな」
呆れているのか感心しているのか。千冬姉は机から紙を1枚取り出した。ちゃんと外泊
許可書だ。入隊申込書だったらどうしようと思っていたのでよかったよ、結構マジで。
「ひとつだけ言っておく。お前達が学外で何をしようと、我々教職員が関知するところで
はない。ただ――」
千冬姉は一旦口を閉ざし、俺を見るとニヤリと笑った。
「私はまだ『おばさん』になる気はないからな。よく覚えておけよ、一夏」
「『おばさま』とか『お義姉さま』は?」
……男ってさ、妙な冒険心ていうか好奇心が湧くことってあるよね。触れてはならない
ものに触れてみるなんてのは、その最たる例だ。そうしてその後、必ずこんな言葉を思い
出すんだ。
――好奇心は猫をも殺す――
千冬姉が穏やかに笑った。その手の中で出席簿が微かに震えていた。
〜終わり〜