「織斑、織斑はいないのか?」  
 朝のHR。織斑千冬の声が教室に響いた。教壇の前には主のいない席がひとつ。クラス  
で――いや、世界で唯一ISを操れる黒一点、織斑一夏の席である。  
 女生徒がひそひそと会話をし、空白の席に注視する中、篠ノ乃箒が手を挙げた。  
「一夏……織斑君は風邪を引いて熱があるため、今日は休むとのことです」  
「ええ〜〜〜〜っ!?」  
 女生徒達が一斉に驚愕の声を上げた。HRの最中だというのに、箒の席に押しかけ質問  
の雨を降らせる。  
「それでそれで? 織斑君の容態はどうなの?」  
「バカねぇ。あ、でもバカは風邪引かないっていうし……いや、やっぱりバカだ。ウン」  
「一夏大丈夫かな。心配だなぁ」  
「たったひとりでベッドの中。きっと寂しかろう……」  
「寂しいと死んじゃうんだよ。おりむー迷わず成仏してね、なーむー」  
「ちょっ、ちょっと布仏さん! 縁起でもないことを言わないでください!」  
 どういうわけか輪の中に紛れ込んでいる副担任・山田真耶の抗議をよそに、のほほんさ  
んが手を合わせると、他の面々もそれに倣った。その中にはシャルロット・デュノアとラ  
ウラ・ボーデヴィッヒもいる。何故か2組の凰鈴音も一緒に合掌している。箒は箒で、自  
分の席に人が寄り集まるという思いもよらぬ展開にオロオロしつつ、それでも律儀に手を  
合わせていたりする。  
 ウサギと同等扱いされるのみならず、勝手に死亡扱いされていると知ったら、一夏もさ  
ぞかしいい迷惑であろうが、いわゆる欠席裁判とはそんなものである。  
 ――そんな人の輪に加わらない女生徒が1名いた。  
(これはチャンスですわ!)  
 千冬が繰り出す、もはや学園名物といえる出席簿アタックの快音と、生徒や真耶の悲鳴  
とを背中で聞きながら、セシリア・オルコットはガッツポーズを作った。  
 
 昼。学生寮のカーテンが閉ざされた一室。  
「39.5度か……」  
 口から取り出した体温計をぼんやりと見つめながら、一夏は溜息をついた。  
 頭の中で箒の言葉を反芻する。  
『熱があるときに怖いのは脱水症状だ。水分補給をしっかりするのだぞ。額のタオルは乾  
いてきたらちゃんと濡らすように……ゆっくり休めよ。また後で顔を出す』  
 枕元に水差しと洗面器を用意すると、心配そうに何度も一夏を振り返って、箒は部屋を  
出て行ったのだが――。  
「腹、減ったなぁ……」  
 先ほどから腹が恨めし気にグーグー鳴っている。そのたびに水差しに手を伸ばしたせい  
で、中身(薄めたスポーツドリンク)は既に空っぽだ。  
「せめて軽い食い物くらい作ってくれてもいいのに……」  
 絶妙に抜けているところが箒らしいといえばいえなくもないが、恨み言を漏らしたとこ  
ろでないものはないし、どこからかヒョイと湧いてくるものでもない。かと言って自炊す  
るのはだるい。  
(今頃昼メシか……皆なに食ってるのかな)  
 今日のAランチはフライの盛り合わせだったっけ? などと考える一夏の腹がまたぞろ  
グーグーと鳴る。まるで「何か食わせろやゴルア!」と催促するかのように。そんな腹を  
なだめるように撫でると、一夏は何度目かの溜息をついた。  
「……寝よ」  
 そもそも独り言を口にするのも、思いを巡らすのも億劫だったりする。ひもじさと虚し  
さとほんの少しの寂しさを胸に抱きながら、一夏は瞳を閉じた。あっという間に意識が暗  
転していく。  
 
 コンコン  
 
 ドアをノックする音で、一夏は眠りの国の入口から呼び戻された。  
「……一夏さん、セシリアです。入りますわよ?」  
 ドアノブが回りロックが外れる。一夏の返事を待たずにセシリアが入ってきた。一夏は  
身を起こそうとしたが、セシリアはそれを手で制した。  
「どうぞそのままで。篠ノ乃さんから聞きまして、心配で来てしまいました」  
「あ、うん……ありがとう」  
 セシリアはベッドのそば椅子に座り、携えていたバスケットを一夏に見せた。  
「お腹、減ってませんか?」  
 いったい何を作ってきたんだ? と一夏の顔に緊張が走る。セシリアの料理の腕前をい  
やというほど思い知らされているからだ。  
 セシリアは、基本的には才色兼備の好見本である。  
 ただ、こと料理に関しては、本の写真通りに仕上げることを目指すため、独自の解釈で  
レシピにない材料を加えてしまう、何というか困った人だ。結果、出来上がった料理の味  
は、オブラートで包んだ言い方をすれば独創的、率直に言えば不味いとなる。それをセシ  
リアは、味見もせず自信満々で一夏に供しようとする。  
 一夏も一夏で素直に「不味い」と言えばいいものを、傷つけるのが嫌だとかキレられた  
りしたら生命に関わるとか惚れた弱みとかで、ついつい当たり障りの無い感想を口にして  
しまうのである。  
 一夏の反応の薄さに、セシリアの表情が曇った。  
「食欲がないのですか?」  
「あ? い、いや! もうさっきから腹がグーグーいっちゃっててさ。もうペッコペコ」  
「よかった、無駄にならなくて」  
 このお調子者め、と自分自身に対し心の中でツッコミを入れる一夏。そんなこととは露  
知らず、セシリアは嬉しそうに微笑むと、バスケットからステンレス製のボトルと皿を取  
り出した。ボトルの蓋を開けると湯気が立ち上る。一夏は身を起こし、恐る恐るボトルの  
中を覗いた。  
「……お粥?」  
「少しでも消化に良いものをと思いまして」  
 言いながら、セシリアは皿に粥を移した。見た目はごく普通のお粥だ。色は白い。匂い  
はこれまたごく普通に米の匂いだ。余計な手を1つも2つも加えるのが癖……いや、むし  
ろ信条のセシリアにしては珍しいことだと一夏は率直に思った。口に出せば生命に関わる  
ので、思うだけに留めているのは言うまでもない。  
 皿をサイドテーブルに置くと、セシリアはバスケットから更に何かを出した。こちらも  
ステンレス製のボトルだ。しかし、中身は違う。蓋を開けると、湯気とともに蜂蜜の甘い  
香りと、柑橘類を連想させるほのかに酸っぱい匂いが部屋に広がっていった。一夏はその  
正体が何であるかを悟った。  
「これ……蜂蜜とレモンのお湯割り?」  
「正解です。イギリスでは風邪引きさんの必需品、薬みたいなものですのよ?」  
 言いつつ、セシリアはおもむろにそれを口に含んだ。  
「……あの〜。それ、風邪引きの俺に飲ませるつもりで持ってきたんじゃないの?」  
「そうですわよ?」  
 わざわざ口の中の液体を嚥下してから、当然のように答えると、セシリアは再び液体を  
口に含んだ。そのまま一夏に顔を近づけていき――。  
 
 ゴックン  
 
 セシリアの細い首から、何かを飲み下す音が微かに流れた。  
 たちどころにセシリアの顔が赤くなっていく。  
「ご、ごめんなさい! わ、わたくし、その……」  
「あー……うん。何をしようとしているのかは理解したから……」  
 一夏の表情は困ったような嬉しいような、なんとも複雑である。セシリアはすっかり涙  
目で「う〜」とか「む〜」とかと唸りながら、三度液体を口に含むと、その唇を一夏の唇  
に重ねた。  
 
 チュッ……チュウッ……コクッ  
 
 液体が一夏の喉を通過するのを確かめると、セシリアは唇を離した。  
「……いかがでしたか?」  
「甘くて程よい温かさで、美味しかった――ていうか、少しセシリアの味がした」  
 一夏の感想を聞き、セシリアの顔が真っ赤になっていく。恥ずかしそうに身悶えしつつ  
も、セシリアはチラリと上目遣いで一夏を見、耳元に口を寄せた。  
「少しだけ、ですか?」  
「……皆まで言わせないでくれ」  
 ややぶっきらぼうな物言いで、それでも一夏はセシリアを優しく抱き締めた。セシリア  
も一夏を抱き返した。どちらからともなく軽い口付けを交わす。熱っぽい瞳で互いに見つ  
め合うふたり。  
 不意に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。  
「午後の授業、遅刻してみるか?」  
「……もう。一夏さんのエッチ♪」  
 セシリアは一夏の唇にキスをすると、まんざらでもない様子で笑った。  
 
〜終わり〜  
 
 

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