西日を背に受けながら、俺、織斑一夏は学生寮までの道を歩いている。片手に通学用の  
バッグ、もう片方の手にはレジ袋をぶら下げて。  
 中身が殆ど空に近いバッグと、パンパンに膨れ上がり総重量20キロはあろうかという  
スーパーの特大レジ袋とでは、左右のバランスが凄く悪い。時折、目の前に伸びている俺  
の影が横に傾くように見えるけど、多分恐らく絶対に見間違えなんかじゃない。ていうか  
持つ手が痛い。  
 俺の影の隣にはもう1つ影がある。その影の主が申し訳なさそうに口を開いた。  
「申し訳ありません、荷物を持っていただいて」  
「これくらい大したことないですよ」  
「本当に大助かりです。私的に織斑様のポイント大幅アップです、なんて報告したら、お  
嬢様がヤキモキしそうですね、ウフフッ」  
 イタズラっぽく笑うこの人はチェルシーさん。セシリアの幼なじみにしてセシリア専属  
のメイドさんである。  
 なぜ俺がチェルシーさんの荷物を持っているかというと、校門を出たところで偶然荷物  
を置いて一休みしているチェルシーさんと出会ったからだ。  
 で、なぜチェルシーさんが総重量20キロはあろうかという荷物入り特大レジ袋を持っ  
て、校門の前に佇んでいたかというと……なんでだろうね、本当に。荷物を持ち歩くのが  
しんどいなら車を使えばいいわけで、仮にそうしたとしてもセシリアは何も文句は言わな  
いはずだ。とにかく謎である。  
 もしかして、荷物が重いから誰か来るのを待っていたとか……仮にそうだとすると、ひ  
ょっとしなくても俺、見事に釣られた?  
 チェルシーさんの行動が釣りかどうかはさておき、そうこうしているうちに俺とチェル  
シーさんは寮の前に到着した。セシリアの部屋まであと少しだ。  
「お礼といってはなんですが、お嬢様も既にお戻りのはずですので、ご一緒にお茶でもい  
かがですか?」  
 チェルシーさんの申し出を断る理由なんてどこにもなかった。  
 
 音が浴室と簡易キッチンから聞こえてくる。  
 浴室を使っているのはセシリアしかいない。シャワーを使っているうちに機嫌が直った  
ようで、水音に混じって微かに鼻歌が聞こえる。ベートーヴェンの交響曲第9番を延々リ  
フレインしている。  
 一方、簡易キッチンで音を立てているのはチェルシーさん。お茶の準備をしている。こ  
ちらは鼻歌など歌わず至って静か。  
 でまぁ、俺はといえばソファーに腰掛けて、ぼんやりセシリアのことを考えていた。  
 IS搭乗中の凛とした表情、ふとした折に見せる慌てた表情、俺と話をするときに見せ  
る優しい笑顔とほんの少しだけ頬を膨らませる怒り顔。  
(それと肌が白いよな。すべすべで、おまけにスタイルがいいし)  
 なぜかそんなことを考えてしまうのは、ひとえに浴室から聞こえる水音のせいである。  
 今頃どのあたりを洗い流しているんだろうか、などとついついよこしまな妄想に耽りそ  
うになったが、そのときチェルシーさんが茶器一式をトレイに載せてやってきた。  
 ナイスタイミングです。ホッとしながら、俺は頭の中から妄想を蹴り出した。  
 テーブルに茶器を並べながら、チェルシーさんが口を開いた。  
「ところで織斑様。不躾ですが、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」  
「身長・体重・スリーサイズ以外ならなんなりと」  
 我ながらセンスがない受け答えではある。しかしチェルシーさんはおかしそうに口元を  
緩ませ、俺を見た。  
「お嬢様とは、ずばりどこまでお済みなのですか?」  
「どこまでって?」  
「有り体に言えば、エッチをしていますか? ということです」  
 口の中に飲食物が入っていたら間違いなく噴き出すレベルの、突拍子もなく明け透けで  
直球な質問をしないでください。それも笑顔で。  
 ……いや、実際噴いたんだけどさ。チェルシーさんに引っ掛けないよう、顔を横に向け  
て気を遣ったんだぜ俺。その甲斐あって、チェルシーさんの整った顔に唾の飛沫は付いて  
いない。その代わりといってはアレだが、両方の瞳がキラキラ輝いているように見える。  
おまけにほっぺたが微かに赤くなっている。なにを興奮しているんですかなにを。  
「え、あの、なんか凄く興味津々って顔してませんか?」  
「それはもう、織斑様は私が将来お仕えするかも知れないお方ですから。それで、どうな  
のですか?」  
 チェルシーさんが俺の隣に座った。ズイッとにじり寄ってくる。俺が後ずさりすると、  
チェルシーさんはその分詰め寄ってくる。俺はあっという間にソファーのコーナー部分ま  
で追い込まれてしまった。  
 気がつけば、チェルシーさんの顔が間近にあった。吐息が俺の顔にかかる。髪の匂いが  
俺の鼻をくすぐる。熱くなった顔を正面から見られたくなくて、俺は顔を背けた。  
「俺たち、その……そんなことは、まだ……」  
「まさかとは思いますが、織斑様は童貞ですか?」  
 ぐはっ、またしても直球ど真ん中! いや、むしろ危険球かも。それも頭部直撃、一発  
退場風味の。なんていうか、逃げたい。今すぐこの部屋を出ていきたい。  
 チェルシーさんの両手が俺の頬をとらえた。ひんやりとした感触が、火照った頬に心地  
良い。チェルシーさんは、別に俺を逃がすまいとしているのではない。ゆっくりと、けれ  
どはっきり手に力が加えられていく。気がつけば俺の顔はチェルシーさんのそれと正対す  
る格好になった。  
 チェルシーさんの瞳に、顔を真っ赤にした俺が映っているのを見たとき、なぜだろう、  
俺は無言で首を縦に振っていた。チェルシーさんは微笑みながら小さく何度も頷くと、俺  
の耳元に口を寄せ、言った。  
「――よろしければ、お教えいたしますよ?」  
 
 ……はいぃ? って、どこかの特命係の警部殿かよ俺!  
 ていうか、途轍もなく刺激的な言葉が聞こえた気がする。動揺のあまり、俺は仰け反っ  
てしまった。それだけならまだいい。勢い余って後転状態となり、ソファーの背もたれの  
向こう、つまり部屋の床に落ちてしまったのである。  
 慌てた様子でチェルシーさんが駆け寄ってきた。ソファーを乗り越えるような真似はし  
ない。ちゃんとソファーを迂回しての参上だ。  
「お、おケガはございませんか!?」  
「え、あ、はい大丈夫です。ていうか、おおおお教えるってなななな何を!?」  
 ホッと小さく息を漏らすと、チェルシーさんは俺のそばに跪き、穏やかに、けれどイタ  
ズラっぽく笑った。  
「もちろん、女性の身体を、です」  
 ささやくような声が耳元に届いたかと思った瞬間、チェルシーさんの手が俺の内腿をそ  
っと撫で回し始めた。その指先は、触れるか触れないかの微妙なタッチで動いている。  
 どう言えばいいのだろう、くすぐったさとは違う痺れに似た感覚が、俺の身体、特に脳  
と股間をジワジワと刺激し続ける。  
「ち、チェルシーさん……」  
「ん……織斑様、気持ち、いいですか?」  
 上気した顔でチェルシーさんが俺を見上げている。もちろんその間も手は動いている。  
ソフトなタッチで緩急をつけながら。チェルシーさんの手が俺の股間に到着した。  
「っ!?」  
「すっかり固くなってますね。それに、大きいです」  
 うっとりと目を細めながら、チェルシーさんはズボン越しに俺のモノに触れると、ゆっ  
くり撫で回し始めた。チェルシーさんに言われるまでもない。自分でもモノが今までにな  
いくらいいきり立っているのがよく分かった。  
(よっぽど溜まってるんだな俺)  
 ここまで大きくなるとは正直驚きである。股間から上ってくる心地良い刺激に、俺は半  
ば呆然と、しかし陶然としながら身を委ねていた。  
 
 IS学園に入学してからというもの、俺の欲求不満(主に性的)は増す一方。理由は簡  
単。周りにいるのが可愛い女の子ばかりだからだ。  
 実習時間中は色々とアピールしてくる(さりげなく胸の谷間を強調したりとか、露骨に  
身体を押し付けてきたりとか)し、休み時間なんかは女の子たちがゾロゾロ付いてくる有  
り様で、フリーになれる場所はトイレの中だけ、という状況である。  
 俺だって一応男なんだから、悶々としないわけがない(某掲示板界隈では色々言われて  
るみたいだけどな)。寮で同室の箒がいないときや熟睡しているときを見計らって、ひと  
りで、その、なんだ。いわゆる自家発電に励みたいところだ。  
 しかし、箒は殊の外匂い(臭い)に敏感だったりする。迂闊なことは出来ない。まして  
欲求不満(主に性的)解消のお手伝いをお願いしようものなら、それこそ首と胴とが泣き  
別れになるに決まっている。  
 あるいは『よし、それなら妙な気が起こらなくなるくらいに疲れ果てるまで、私が剣術  
の稽古をつけてやろう。なぁに、ストレス発散には身体を動かすのが一番だ』とかなんと  
か言って――ああ、怖い考えになってしまった。  
「……織斑様、なにをお考えですか?」  
 あさっての方向に飛んでいた俺の意識を、チェルシーさんの優しい、けれどどこか拗ね  
たような声が呼び戻す。散漫になっていたせいですっかり意識の外だった快感が一気に増  
大した。あっという間に、熱い脈動が尿道をせり上がってきた。  
(や、やばい……、このままじゃ……っ!?)  
 不意にチェルシーさんの手の動きが止まった。限界まで膨らんだ股間の脈動がゆっくり  
と収まっていく。下着の中で熱いパトスを迸らせなくてよかった。正直、無様だもんな。  
 でもなんでやめたんだ? これじゃ蛇の生殺しじゃないか。少しだけ残念に思っている  
と、チェルシーさんの手が俺のズボンのベルトにかかった。  
「下着の中で出してしまうと、ベトベトで気持ち悪いですよね?」  
 ああ、そういうことね。気が利く人って結構好きです。  
 チェルシーさんはいささかの躊躇もなくベルトを外すと、手慣れた様子でファスナーを  
下げ、ズボンの前を広げた。  
「まぁ……」  
 チェルシーさんが息を呑んだ。俺のモノは下着(ボクサーブリーフ)を突き破りそうな  
勢いでいきり立っていた。いわゆる我慢汁ダダ漏れ状態で染みが出来ている。  
 それを凝視するチェルシーさんの頬は真っ赤になっている。心なし瞳を潤ませながら、  
薄く開けた唇を舌先で微かに舐める様子が見えた。無意識の行為なんだろうけど、何とも  
言えずエロい。  
 チェルシーさんの手がズボンの腰回りに掛かった。親指の先が下着の中に入り込む。  
「織斑様、少し腰を上げていただけますか?」  
 チェルシーさんの呟きにも似た要望に応じ、俺は両手を床につき尻を浮かせた。チェル  
シーさんが俺のズボンと下着を脱がす。膝辺りまで脱がしたところで、手の動きが止まっ  
た。チェルシーさんが俺を見た。が、様子が変だ。視点が俺に合ってない。  
 チェルシーさんの瞳の中に、金髪碧眼の鬼……もとい、ISをフル展開したブロンド美  
女が映っていた。顔中怒筋だらけで髪は逆立ち目はつりあがっている。それでも笑み(引  
き攣った笑いともいう)を浮かべるその人に、俺は見覚えがあった――ちなみに、その人  
は本来タレ目気味なんだけどね。  
 チェルシーさんの瞳の中で、ブロンド美女が口を開いた。  
「おほほほほ。一夏さん、何をしているのですか?」  
 絶妙に棒読み臭い、聞き覚えのある声が2メートルばかり後ろから聞こえ、同時に硬く  
重い衝撃が後頭部を襲った。悲鳴を上げる間もなく俺はその場に倒れた。  
 急速に意識が朦朧としていく中、霞んでいく目で俺が見たのは、肩で息をしながら《ス  
ターライトmkV》の銃身をゴルフクラブのように両手で握るブロンド美女――セシリア  
と、両手で口元を押さえビックリしているチェルシーさんだった。  
(ああ。俺、アレのストックで殴られたのか)  
 意識を失う瀬戸際で、冷静に状況分析をしている自分に驚きつつ、俺はセシリアに賛辞  
を送った。よかったなセシリア。武器の新しい使い方が発見出来たじゃないか。これで接近戦  
のとき、いちいちそれ専用の装備を展開する手間が省けるじゃん。  
 ……ていうかさ、なんで俺が殴られなきゃならないんだ!?  
 身に降りかかった理不尽以外の何ものでもない暴力行為に対し、ささやかな疑問の念を  
抱きながら俺は意識を失った。  
 
 
 気がつけば、そこはベッドの中。カーテンや天蓋がある豪奢な作りのベッドだ。  
(いつの間に寝てたんだ? ていうか、こんなごついベッドを使ってたっけ?)  
 寝起きの頭で考える事しばし。俺は後頭部の鈍痛で事の一部始終を思い出した。  
「……よく生きてたな、俺」  
「お目覚めのようですわね」  
 俺の呟きと同時に険のある声が響き、カーテンが開いた。腰に手を当て俺を睨む、純白  
のネグリジェ(多分シルク製)を身につけたセシリアと、しょんぼり立ち尽くすメイド服  
姿のチェルシーさんがそこにいた。  
 セシリアが憤懣遣る方ない様子で、頬を膨らませながら俺の枕元に寄ってきた。用意さ  
れていた椅子に腰掛けるなり吠えた。  
「まったく! どういうことなのか、きっちりと説明していただきたいですわねっ!!」  
「……それではお嬢様、私はこれにて。ご用がありましたらお呼びください……」  
 深々と頭を下げ、チェルシーさんが一歩下がった。俺を見て、目で礼をしてくれた。な  
んとなく(本当になんとなくだけど)苦笑しているように見えた。カーテンが閉ざされ、  
チェルシーさんの足音が遠ざかるのを待って、俺は――。  
「ごめんなさいっ!!」  
「申し訳ありませんっ!!」  
 ベッドから身を起こし頭を下げると、なぜかセシリアも頭を下げてきた。  
 なんでセシリアが頭を下げるんだよ? という疑問が頭の中に生まれた瞬間、鈍い音が  
響き、俺の前頭葉――まぁ要するに額、おでこだね――を鈍痛が襲った。目の前を星が舞  
った。ボクシングで言うところの、偶然のバッティングってやつだ。  
 後頭部に残る鈍痛とのダブルパンチに、大声をあげたくなるのを堪えながら、俺はセシ  
リアの様子を窺った。  
「……痛ぁい……」  
 セシリアは涙目で、額(ヘアバンドのあたり)を押さえていた。その仕草が妙に可愛く  
て、俺はほとんど無意識で手を伸ばした。  
 セシリアの頭を撫でる。枝毛が1本もない、手入れの行き届いた髪は手触りが良い。朝  
起きたら時間をかけて入念にブラッシングする(正確にはチェルシーさんにしてもらう、  
だが)と、前に自慢していたっけ。  
「あ……」  
 セシリアは一瞬呆けたように俺を見て、すぐに目を細めた。なんていうか、とても嬉し  
そうだ。こういう仕草をみると、ついつい悪乗りしたくなってしまう。  
 例えば、転んで泣きわめく小さな子供をあやすように、こんなことを言ってみたり。  
「痛いの痛いの飛んでけ〜」  
「……子供扱いしないでくださいまし、もう……」  
 言葉とは裏腹に、セシリアはまんざらでもない様子で柔らかく微笑んだ。顔がほんのり  
と赤く染まっている。そのまま、セシリアは俺の胸に顔を埋めた。  
「チェルシーから事の経緯は聞きました」  
 くぐもり声が耳に届いた。声と一緒に漏れる息が胸に当たり、なんだかこそばゆい。  
「誘ったチェルシーもチェルシーですが、一夏さんもガードが緩すぎではないですか?」  
 セシリアが責めるような上目遣いで俺を見ている。  
「……ごめん」  
「許しません……手、止まってますわよ」  
 催促されてしまった。セシリアの頭なでなでを再開する。毛並みを乱さないように注意  
しながら、優しく、そっと。  
 そんな俺の行為にセシリアは満足したようだ。「……ん♪」と小さく頷き、しきりに俺  
の胸に頬ずりを繰り返す。  
 
「惚れた弱み……ですわね」  
 セシリアの呟きが耳に届いた。そう言ってもらえるとは男冥利に尽きるが、同時にこれ  
ほど背筋がムズムズする言葉はないと思う。聞かなかったことにしておこう。  
 額のあたりを撫でていた俺の手は、なぜか勝手に範囲を広げていく。頭のてっぺんから  
後頭部、側頭部……。セシリアは何も言わず、黙って俺の行為を受け容れている。  
 耳の後ろからうなじにかけて指が触れたその時。  
「ひゃ……っ!?」  
 セシリアが身体を硬直させ、微かな悲鳴にも似た声を上げた。ほとんど反射的に俺は手  
の動きを止めてしまった。セシリアが顔を上げた。真っ赤な顔で両方の瞳を潤ませ、俺を  
じっと見ている。  
「セシリア……?」  
「……いいえ。その……続けて下さい」  
 俺が気になって声をかけると、セシリアは蚊の鳴くような声で答え、顔を伏せてしまっ  
た。その腕はいつの間にか俺を抱き締め、両手で俺のシャツを握って放さない。胸元に感  
じる息遣いは荒く、そして熱い。  
 俺は微かな興奮を覚えながら、セシリアの頭を撫でた。反応が違った耳の後ろからうな  
じにかけてを重点的に撫でていくと、セシリアの口から漏れる息は熱さを増し、同時に色  
っぽい声が俺の耳に届くようになった。  
「んっ……ふうっ……頭、撫でられているだけ、なのに……ひゃん!」  
 もはや頭からはかけ離れた場所なんだけど、声を震わせながらセシリアが呟いた。俺の  
シャツを握る手もプルプル震えている。ふと気になってセシリアの表情を窺うと、固く閉  
ざされた瞼から涙が落ちていくのが見えた。形のよい唇は吐息混じりの声を紡ぎ出してい  
る。時折身体を震わせ、しきりに足をもじつかせている。  
「い、一夏さ……んんっ!」  
 息も絶え絶えにセシリアが顔を上げた。うっすらと浮かんだ汗の粒と涙の跡と口元から  
顎にかけてのヨダレの跡とで、何だか凄いことになっていた。今の顔の状態を指摘しよう  
ものなら(セシリア自身も分かっているとは思うけど)、『逝ってよし! 見てよし!   
夢の八熱地獄・八寒地獄体験ツアー』に、もれなく無駄なく、確実かつ速やかに強制永久  
参加という事態になりかねない。あ、水先案内人は《スターライトmkV》ね。  
 ――ちなみに、なんで地獄かというと、極楽浄土や天国には品行方正な人しか行かない  
(というか行けない)イメージがある。そんな堅苦しい雰囲気満点の場所に、名物なんて  
ないに決まってるからだ。  
 宗教関係者が『折伏してやる!』あるいは『異端審問にかけてやる!』などと抗議(脅  
迫とも)してきそうなことを考えつつ、無言であくまでさり気なく、俺は空いている手で  
セシリアの顔をそっと拭った。ほうっ……と、溜息にも似た吐息を漏らすと、セシリアは  
ベッドの縁に腰を下ろした。そのまま俺の身体に背中を預ける。おもむろに――。  
「ん゛ん゛っ!?」  
 セシリアの腕が首に絡みつき、俺は強制的に俯かされた。同時に、艶やかに光る唇が俺  
の唇を塞いだ。ぬらつく舌が口の中に割り入り、俺の舌に絡みついた。  
「ん……ちゅっ、ちゅうっ……はむ……ちゅぱっ」  
 セシリアが俺の舌をついばむ。俺も負けずにセシリアの舌を貪る。  
 口の中で甘い唾液が広がる。うっかりすると重なった口元から溢れそうな勢いだ。俺は  
それを音を立てて啜った。セシリアが顔を真赤にして、舌をより激しく絡めてきた。口の  
中で奏でられる水音は、なんていうか、こう……凄くえっちい。興奮する。  
 たまらず俺はセシリアを後ろから抱き締めた。手指が自然とふくよかな胸を包み込む格  
好になった。ネグリジェ越しにセシリアの体温が伝わってきた。そのまま俺は恐る恐る指  
先に力を入れ、セシリアの胸を揉んでみた。  
「きゃふっ!?」  
 セシリアの身体が硬直し、妙な声と同時に唇が離れた。  
「わ、悪い! えっと……痛かったか?」  
「い、いいえ。その、少し驚いただけですわ……どうぞ、続けて……下さいませ」  
 目を潤ませ、熱い息を吐きながら、セシリアがリクエストする。最後の方は消え入りそ  
うなくらい小さな声ではあったが、はっきりと耳に届いた。  
 以前、五反田の家で弾と共に視たお宝映像入りDVD(アダルトビデオともいうが)を  
思い出しながら、けど、恐らくこういったことをするのは初めてのはずのセシリアを気遣  
いながら、ゆっくりと出来るだけ優しく、俺はリクエストに応えた。  
 うん、柔らかい。大きさは……普通よりかは大きいと思う。幸か不幸か触ってしまった  
というか揉んでしまったことがある山田先生には及ばないけど。あ、箒のとはどうなんだ  
ろう。  
 などと、ついつい意識を別方向に飛ばしてしまう俺なのであった。  
 
 
 一夏さんの様子がおかしい。先ほどからわたくしの胸を揉んでいる手の動きが不規則に  
なっている。  
 一夏さんがわたくしに対して今行っていることは、幾度となく夢に見、文字通り褥を濡  
らすほど待ち望んでいたもので、本音を言えばとても嬉しい。  
 けど、これでは正直言って集中出来ない。一夏さんの手の動きはやけに緩慢で、そこに  
はわたくしを焦らすという深慮遠謀があるとは思えない。要するに、心ここにあらず状態  
なのだ。恐らく篠ノ乃さんあたりと胸の大きさを比較しているのだろう。  
 篠ノ乃さんや山田先生と比べて、わたくしの胸の大きさは幾分小さい。それは認める。  
けど、形の良さだったら引けは取らないはず。いいえ、むしろわたくしのほうが良いに決  
まっている。根拠はないけれど。  
 柔らかさでは山田先生より数段劣るかもしれない。けど、篠ノ乃さんには絶対に勝てる  
はず。これも根拠はないけれど。  
 ああもう! その昔、脳腫瘍で急逝した日本のプロスポーツ選手(野球という競技らし  
いが、イギリスでは全く流行っていない)が、『弱気は最大の敵』という名言を遺してい  
るじゃないの! しっかりなさい、セシリア・オルコット!   
 ――そんな心の葛藤(かなり低レベルだが)を繰り広げているうちに、なんだか無性に  
腹が立ってきた。わたくしははっきり嫌味な口調で聞えよがしに呟いた。  
「……悪かったですわね、山田先生ほど大きくも柔らかくもなくて」  
 一夏さんの手が止まった。ああ、やっぱり。  
「そんなに大きくて柔らかい胸がお好きなら、いっそ山田先生と――ん゛ん゛っ!?」  
 お付き合いすればよろしいのでは? と言うつもりだったが、一夏さんはそれを言わせ  
てくれなかった。強引に唇を塞ぎ舌を絡ませようとしてきた。わたくしが舌を逃がすと、  
ムキになって執拗に激しく追いかけてくる。  
 どれくらいそうしていただろう。口の中で水音が奏でられるようになり、わたくしは逃  
げるのをやめた。一夏さんの舌の動きが穏やかなものに変わった。  
「はむっ……んちゅっ、ちゅぱっ」  
 舌を絡ませ、互いに唾液を交わしあい、やがてどちらからともなく唇を離した。  
「その……さっきはごめん」  
 伏し目がちで謝罪の言葉を口にすると、一転して一夏さんは射るような眼差しでわたく  
しを見た。  
(……っ!)  
 見覚えのある眼差しだった。互いの意地の張り合いが発端だった(今にして思えば、だ  
が)クラス代表決定戦のときに見た、一夏さんの気力みなぎる眼差し。  
 わたくしの心を鷲掴みにし、いまだ放さない瞳がそこにあった。  
「でも、俺は……俺が付き合いたいのは――セシリアだけだ」  
 一夏さんの言葉を聞いたとたん、わたくしの瞳から涙がこぼれ落ちた。  
 突然わたくしが泣き出したのを見て、一夏さんがおろおろしている。滅多に見ることが  
ないその姿を、涙越しにぼやけさせるなんてもったいない。しっかりとこの目に焼き付け  
よう。ふと、そんな悪戯心にも似た思いが生まれた。  
 即決即断。わたくしは涙を拭い、一夏さんを見、笑いながら言った。  
「……許しますわ。その瞳に免じて」  
 
 
 ――そして。  
「本当に、いいのか?」  
「何度も言わせないで下さいまし、もう……」  
 俺とセシリアはベッドの上で正座し向き合っている。まぁ要するに、時代劇の新婚初夜  
のシーンで見られる、新妻が三つ指ついて「不束者ですが、よろしくお願いいたします」  
ってアレだね。  
 はやる気持ちを抑えつつ、俺はセシリアの手を取った。セシリアの頬が赤くなった。  
「その……優しく、して下さいましね?」  
「俺も初めてだから……努力はする。約束は出来ない」  
 軽い口付けを交わし、セシリアをベッドに横たえる。その上に覆いかぶさり、じっと見  
ていると、セシリアが顔を背けた。そのままチラリと目だけを動かし俺を見た。  
「英国貴族の子女を篭絡する代償は、高くつきますわよ?」  
 むしろ俺が篭絡というか誘惑されたような気がするけど、それを言うと痛い目を見そう  
な気がするので黙っておく。  
「一夏さん……」  
「セシリア……」  
「6個入り避妊具、全部使い切りましょうね♪」  
「……キミ、本当に英国貴族?」  
 渋い顔をする俺に、セシリアはイタズラっぽく笑った。  
 
〜END〜  
 
 

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