セシリア・オルコットはシャワーを浴びていた。
シャワーから放出されるお湯が、霧のように湯煙が彼女の視界を覆っている。そのせいか、弾ける水滴とシャンプーのフローラルな香りが一層強く感じられた。
(一夏……)
先程行われた戦闘のことを思い出す。
ブルー・ティアーズの遠距離攻撃を掻い潜り、バリアを破壊し、そしてあろうことか一夏は自分の懐を取った。
勝負自体はセシリアの勝利だったものの、こんなもの、敗北と一緒だ、セシリアはそう思っている。
真の勝利とは、結果ではない。相手の意志を、向かってくる心を叩き折り、もうどうやってもセシリア・オルコットに勝つことは『出来ない』。
そう思わせて初めて勝利なのだ。
(もう一度、決闘ですわ……今度こそ、私が勝って――)
そう決意するセシリアの顔は、しかし、殺気を漲らせているわけではなく、むしろ遊園地を心待ちする子供のような表情をしていた。
「今度は、ISではなく、もっと違うもので勝負してみようかしら……」
そう思ったのは、何となく、思いつきだった。
セシリアはシャワーの蛇口を閉めて、浴室から出ると、かけてあったバスタオルで軽く肢体を拭ってからバスローブを身に纏う。
髪をヘアタオルで纏め上げて、パソコンの前へ。
「そうねぇ……」
思案顔のセシリア。どうやら、勝負の方法について考えているらしかった。
「イギリス式に、スヌーカー?(ビリヤードの勝負形式の一種) でも、ここに台があるとは思えませんし、そもそも実力差があり過ぎて勝負以前の問題……」
圧倒的に、弱者をいたぶりつくす、というのは彼女の好みではなかった。
「そうだわ。ここは敢えて日本のもので勝負をして、そのうえで勝利する、というのはどうかしら」
うん、悪くないですわ、と呟いてセシリアは手当たり次第「勝負」「ゲーム」と検索をかける。
「うーん……なかなか、無いものですわねぇ……」
思っていたよりも良いものが見つからない。日本の伝統的な勝負として、剣道などがあったが、あーいう汗臭いものは好きではないしやりたくもなかった。
「やはり小国……そこまで文化が発展してないということなのかしら」
ふう、と溜息をつき、一夏への勝負の熱がどんどん冷めてきた――そんなとき。
「ん……? 夜伽対決?」
という単語を見つけた。セシリアは何の躊躇いもなくそのワードをクリックする。
「な、なぁっ…………!?」
顔を真っ赤にしつつ、セシリアは開かれたページの内容を見ていく。
『夜伽対決――古来より日本では夜伽(つまりはセックス)で、どちらが先に果てるかを競うということが伝統的に行われており、それによって今後の上下関係が決まると言っても過言ではない――』
「ばっ……!?」
思わず甲高い声が漏れた。
「は、ははは破廉恥ですわ!! に、日本人はエッチだと聞いていましたが、まさか、ここまでですの……!?」
と言いつつも、セシリアはそのページを閉じることなく、胸のあたりに手を当てて胸の鼓動を押さえながら、じっくりと内容を確認していた。
「………………」
ひとまず全てを読み終えたセシリアは、よろよろとマウスカーソルを動かし、ページを閉じた。
(変態ですわ! 破廉恥ですわ! 有り得ませんわ! ここここ、こんなこと……!!)
顔全体を真っ赤にしながら、セシリアは大きく首を横に振った。
そのままベッドへ身体を投げ出し、天井を見ながら熱い息を吐く。
「で、でも……勝負、なのですから、決着は、つけないといけないのですから……」
誰かに言い聞かせるような呟き。セシリアはそれを三度ほど繰り返したあと、
「ま、待ってなさい一夏……今度こそ、このわたくしが、完膚なきまでに叩きのめしてさしあげますわ!」
やけに温度の上がった室内で、セシリアはそう声を張り上げた。