私と一夏の関係は変わった。  
それは確かに変化と言えるのだが、私が彼の「幼馴染み」から「恋人」になれたのかどうかはまだ分からない。彼とは肉体的な関係こそあるが、それが「恋人」である証になるのかどうかは、ことを終えた今ではむしろ分からなくなっていた。  
体のつながり。  
彼と体がひとつになることが、結ばれることだと何の根拠もなく思っていた。  
どうすれば、心まで結ばれるのだろう。  
 
変化が訪れたのは突然で、ある意味必然だったのかもしれない。  
同じ部屋で寝食をともにする男女に、間違いが起きないはずがなかった。いや、間違いだとは思いたくないが。  
 
その日も、どちらが先にシャワーに入るかで私たちはもめていた。  
皆より遅れている、という彼に、特訓と称してISの操縦の実践演習を行った後で、二人ともくたくたに疲れていた。  
もめると言っても、いつものように激しく言い争ったりする気力はない。  
このまま寝入ってしまってもいいのではないか、というほど疲れていたのだ。  
私が先だ、とは言うものの声は弱々しい。  
 
その内彼の方が折れて、私は拍子抜けした。  
最近、一夏は、私に妙に優しい。単に私がそう思っているだけかもしれないが、彼の気遣いを感じる瞬間が幾度もあった。  
その気遣いの意味するところに、私は胸をときめかせていた。  
彼は、私を大事に思ってくれている。  
それは、自分に都合のいい、妄想と言っていい勝手な思いこみであったが、私の心の支えでもあった。  
この時も、シャワーに先に入れることよりも、彼から気遣いを受けたことが嬉しかった。  
だから、あんな事を言ってしまったのだろう。  
どうかしていたと思う。実際、疲れていた。  
 
彼に好意を抱き、彼から必要とされ(ISについて教えるというだけで、こう言うのは大げさかもしれないが、彼が私に助けを求めたのは事実なのである)、  
さらに彼から気遣いを受ける。  
彼は私に好意を抱いているに違いない。  
そんな風に思うほど私は内心舞い上がっていた。  
だから、あんなことを言ってしまったのだ。  
「な、なんなら、一緒に入るか、一夏?」  
「な!?」  
ベッドにうつぶせになっていた彼は飛び起きた。  
「何言ってるんだ箒?冗談なんてお前らしくない……」  
「じょ、冗談ではない」  
声がしどろもどろになる。勢いで言ってみたものの、彼が予想以上のリアクションを見せたことに、こちらが動揺してしまう。  
だが、この反応、脈ありと見えた。  
「し、知っているのだぞ」  
彼の方へ近寄りながら言う。一夏は少し警戒するかのように、身を震わせた。  
「な、何を知ってるんだ?」  
彼の耳元に口を寄せた。  
「お前が、私に欲情していること」  
ささやくように言った。  
 
「し、してねえよ!」  
彼は私から顔を背けながら叫んだ。  
「嘘だな」  
私は追求の手をゆるめない。  
思い当たる節はいろいろとあった。  
気遣いとは別に、時々、彼の視線を強烈に感じることがあった。  
特にそれは、今も着ているISを装備する際に着るスーツの時にひんぱんに感じた。  
実践演習でも、私が真剣に相手をしてやっているというのに、一夏は私の目でなく、体を凝視してきたり、逆に不自然に目を反らしたりすることがあった。  
もっと真面目に練習に打ち込んで欲しいものだが、彼に邪念が生じてしまうのも仕方のないことかもしれない。  
素肌の上に直に着るスーツは体の線をはっきり浮き出してしまうし、相手をするのはこの私だ。  
ひそかに自分の身体には自信を持っていたし、ISの授業時にスーツを着た他の女子の姿を見る機会があったが、私よりバストの大きい者は、同じ学年の中にはいないようだった。  
加えて、剣道で日々体を鍛えているから、無駄な肉もない、均整のとれたプロポーションを維持できているはずだった。  
彼がつい、見とれてしまうのも無理はない。  
だが、結局私は自分に自信が持てない。  
「私に欲情していないと言うのなら、それは何だ」  
彼の下半身を指し示す。  
彼の体に密着したスーツは、股間の辺りがわずかに浮き上がっているように見えた。  
「ち、違う!これは!」  
私に指摘され、一夏は慌てて両手で股間を隠す。  
「何が違うというのだ?」  
ぴしゃりと言葉を浴びせる。  
「この変態め!」  
一夏はうっ、と低いうめきを漏らすと気まずそうにうつむいた。  
 
そんな彼の姿を見て罪悪感にさいなまれる。  
自分の体に自信があり、見とれてしまうのは仕方ないと分かっていながら、それは彼が悪いのだと言ってしまう。  
私は一生、素直に告白することなどできないだろう。  
そんな自分に辟易するが、彼のことを諦めるつもりはなかった。  
今だけでもいい、もう少しだけ自分が素直になれることを祈った。  
「やはり私に欲情していたのだろう?」  
また彼の耳元でささやく。一夏は黙っている。  
「素直に認めるのなら、許してやってもいいぞ」  
ベッドにうつむいて座っている彼に身を寄せ、肩に手を置く。  
触れた瞬間、彼がびくっと震えたのがわかった。  
そんなことをすれば、股間は余計にたかぶるだけだったが、計算ずくの行動だった。  
「素直に認めろ。恥ずべきことじゃない。男ならば仕方のないことなのだろう?」  
体ごと顔を背ける彼の背後から両手を肩に回し、耳元で言う。  
体を近付けるものだから、必然的に私の胸が彼の背中に押し付けられることになる。  
先のとがった胸の頂点が、背筋をなぞった際、彼が息を呑んだのをはっきり感じた。  
彼の心臓が、大きく脈うつのを感じた。  
彼の背中に押し付けた胸には、湿り気も感じた。  
練習後である。  
お互いに、大量の汗をかいている。  
湿り気だけでなく、彼から濃密な汗のにおいを感じた。  
だが、彼も私の汗のにおいを感じているはずだった。  
おそらく私以上に。  
おさまりがつかなくなるほどに、股間をたかぶらせて。  
 
「……ない」  
「……?」  
一夏が何かつぶやくのが聞こえたが、はっきり何と言ったのか分からない。  
「何だ、一夏?」  
一夏の肩にあごを乗せ、彼の口に耳を近付けようとすると、  
「俺が悪いんじゃない!」  
急に彼が叫びながら立ち上がったので、私はベッドに仰向けに倒されてしまった。  
「ど、どうした、一夏?」  
「俺が悪いんじゃない!周りが悪いんだよ!仕方ないだろ、周りに女しかいないんだ。スーツはあんなにやらしいし、体のラインがはっきり出るし、お前の乳は無駄に育ってるし、一体どこに目をやればいいんだよ!」  
ベッドの回りをいらいらと歩き回りながら、激しい表情で、彼は心情を吐露した。  
色々彼にもたまっているものがあったのだな、と思う。  
「落ち着け。私が悪かった。お前の気持ちも考えずにこんな振る舞いをして……、ってやっぱり私の胸ばかり見ていたのだな……」  
私はベッドに仰向けになったまま、先程まで彼の背中に押し付けていた胸を、片手で覆うように隠した。  
その弾みで胸が揺れてしまう。  
激しい顔をしていた一夏は、ぽかんとなると、私の胸の動きにしばしの間見とれ、その後ハッとなって目を反らした。  
「……もう嫌だ。女ばっかの環境で、ムラムラすることはあっても、ルームメイトがお前じゃ落ち着いて事にも及べねえし……、このままじゃ何をするかわかんねぇよ……」  
彼は膝を落とし、頭を抱えた。  
確かに異常な環境だ。  
だが、彼がここまで追い詰められていることは知らなかった。  
 
「いっそのこと、学校辞めてえ」とつぶやく彼に、私はベッドから降りて寄っていき、その背中を撫でてやろうとした。  
「触るな!」  
一夏が大声をあげたのに驚いてしまい、慌てて手を引っ込める。  
「触らないでくれ……、今の俺はお前に何をするか分からない」  
彼は顔を歪めて苦しそうに言った。  
状況的に不謹慎だが、その言葉を聞いた時に、私は胸が暖かくなるのを感じた。  
こんな時でも、彼は私を気にかけてくれている。  
「……いいのだぞ」  
気付くと、不憫な彼に対して、私は言葉をつぶやいてしまっていた。  
「何?」  
「いいのだぞ。お前の欲望を、私にぶつけてしまっても」  
頬をなでてやりながら、私は彼の耳元に優しくささやいた。  
「何言ってるんだ、箒?」  
彼は頬をなでる私を凝視している。  
「そのままの意味だ」  
「いや、そのままの意味って……」  
彼は私をしばらく見つめたのちに目を離した。  
「お前が我慢できずに爆発してしまっても、私ならお前を受け止めてやれる。そういう意味だ。  
素直になれ、一夏」  
私から背けた彼の顔を両手でつかんで、私と向き合わせる。  
後戻りができないぐらい、お互いの顔を近付け、私は目を閉じた。  
だが、私の方から直接口付けはしない。  
彼が私を奪うのに任せた。  
私は結局勇気の持てないズルい女なのだ。  
やがて、戸惑っていた彼も覚悟を決めたのか、唇に熱い感触が触れるのがわかった。  
私と彼が一線を越えた瞬間だった。  
 
彼の欲望は激しかった。  
「ん、むぅ……!」  
やわらかな接吻はほんの一瞬だけで、彼は舌を割り込ませると、私の口の中をむさぼった。  
しばらく舌を暴れさせると、私をベッドに連れていき、押し倒した。  
続けて、私の上にのしかかり、野獣のような本性をあらわにする。  
私の胸をわしづかみにし、強い力で揉んだ。  
「ああぁ……」  
スーツ越しの愛撫だったが、スーツは薄く作られているので、直に肌を触れられているのも同じだった。  
ひとしきり激しく揉んだのち、ゆっくりと大きく、胸の形を変えるような愛撫に変わった。  
その動きを続けながら、私を見下ろせる高さで私の反応を楽しんでいた彼は、私に覆い被さってきて、再度唇を奪う。  
唇だけでなく、私の頬やおでこ、首筋など、あらゆるところにキスの雨を降らせた。  
さらに、私の足や腹にかけては、何か熱くて硬いものが押し付けられるのを感じた。  
それが恥部の辺りをこすりつける度、私の内側で何かが潤うのを意識した。  
「一夏ぁ…、一夏ぁ…」  
彼の唇が私のものから離されている時、私はうわ言のように、彼の名前を繰り返し呼んだ。  
「箒……」  
彼も私に答えて、私の名前を呼ぶと、胸から手を離し、私の体の下に手を回して、強い力で抱き締める。  
そして、これまで以上に唇を強く吸われた。  
私も唇を割って入ってきた舌を自分のものと絡ませ、彼の体を強く抱いた。  
お互いに呼吸が続かなくなるまで接吻がつづくと、ぷはっと息をもらして唇を離す。  
その際、二人の口の間に銀の糸が引いた。  
 
 
 
 
 

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