「本当に・・・すまない、一夏。私の・・・私のせいで・・・」  
 もう何度目か、億劫になるくらいの同じ言葉を、千冬姉は俺におんぶされている中  
つぶやく。  
「何度目だよ千冬姉?俺は、自分の意思でISに乗ることをやめるんだ。  
千冬姉が謝る必要なんてどこにもないよ。  
もうIS学園に退学届けを提出して受理された、今更言ったって変わんないよ」  
「だが・・・」  
「こーら、また悪い癖が出てる。なんでも自分が悪いって決め付けて、無理しすぎだって」  
「・・・・・・・・・」  
 千冬姉は戦乙女(ブリュンヒルデ)とか、世界最強って言われてるように、  
千冬姉は確かに強い、   
 だけどそれはあくまで外側なだけ、本当の千冬姉内側はすごく弱い。  
 小さい頃、ISが発表されていなかった10年以上前、いつもいつも毎晩のように  
泣いていた、それこそ目が真っ赤に腫れ上がるくらいに。  
 その時の俺は、クソガキで手助けにもならないくらいのことしかできなかった。  
そんな弱い人だったからかもしれない、自分の弱いところを見せたくがないために  
無理をしてまで強くなったんだと思う。  
 それこそ2日前のように、自分の安全はほっておいてまでみんなを助けたみたいに、  
そのせいで自分が大怪我を負うとしても。  
 実際、足が動かせなくなったみたいに。  
「こうして千冬姉をおぶってるとさ、小学校の頃を思い出すよ。  
ちょうどこの道だったっけ」  
「・・・・・・そう・・・だなこの道だったな。怪我ばかりしていたお前を背負って・・・いたな、  
今度は背負う側じゃなくて背負われる側か・・・」  
「・・・そうだねぇ・・・なんだろ、千冬姉ってこんなに小さかったっけ?」  
 背中にいる千冬姉が苦笑したのが分かる。  
「いきなりどうしたんだ?」  
「なんだかさ・・・あの頃の俺、おんぶされていていつも大きいなぁって  
思ってたんだけどさ、なんだかいつの間にか千冬姉よりでっかくなったんだなぁって」  
 こう感じるのもやっぱり俺がでかくなったからなんだろうけれど、なんだか  
信じられない、千冬姉を追い越せるなんて思いもしなかったから。  
 月一くらいしか、帰ってこなくなったのも原因だと思う。  
「一夏が強く、大きくなった証だ。もしあの時一夏と同じ選択を迫られたら  
私にはできないな」  
 自分に呆れているような笑みを浮かべていた千冬姉にそれは違うよと伝える。  
「ちが・・・う…?」  
「うん、だって三年前、全部を捨ててまで俺を助けに来てくれたじゃないか。  
俺が言うのも変だけどさ、誇っていいことだと思う」  
「・・・一夏・・・」  
 首に回された千冬姉の腕の力が強くなる。  
 本当弱いなぁ、千冬姉って。  
 しばらく無言のまま歩き続けて、一つ提案する。  
「あのさ千冬姉、引退・・・しちゃおうぜ?全部やめて普通の女性になっちゃえよ」  
 
「何を言っているんだ?・・・お前は・・・?」  
「千冬姉は頑張りすぎて疲れちまったんだよ。残りの人生・・・っていうのは  
早すぎるけどさ、穏やかに生きていこう?」  
「私は・・・一人じゃ生活できないんだぞ?」  
「大丈夫だよ千冬姉、なんのためにIS学園をやめたかわかる?千冬姉を  
守ってあげたいんだ、今までのお礼がしたいんだよ。  
それに前に言ったよね?”千冬姉は俺が守る”ってだからだよ」  
「・・・私を守ると、夢が未来がなくなるのと同じだぞ?」  
「それなら平気、俺の夢は大切な人を守ることだからね、  
千冬姉は大切な人だから」  
 千冬姉が息を飲んだのが、はっきりと分かる。  
「それにさ?俺、ただ守りたいって訳じゃないんだ」  
「一・・・夏・・・?」  
 一回深呼吸をしてから、俺の気持ちを伝える。  
「好きだから、千冬姉が好きだからなんだ。  
likeじゃなくてloveの方だよ。ふふっ、何言ってんだろうね俺?おかしいでしょ?」  
「おかしくなんかないさ・・・一夏」  
「え?・・・ち、千冬姉?」  
 首に回されている腕が、優しく抱きしめるような感じになった。  
「私だって、弟のお前が好きだったんだからな」  
 優しく笑いかけてきてくれる、その笑顔はすごく綺麗だった。  
 
「私でいいんだな?」  
「うん・・・千冬姉が・・・千冬姉じゃないと嫌だから」  
「満足に働けないかもしれないぞ?もしかしたら仕事に付けないかもしれない」  
「う〜ん、そうだ・・・なぁ。弾に頭下げて雇ってもらうかな?」  
「確実に私が先に死ぬことになるぞ?」  
「9歳の差なんか、どうってことないさ」  
「姉弟だから、子供は作れない可能性が高いぞ?」  
「子供がどうとかじゃない。千冬姉が好きなんだからさ」  
 千冬姉は一旦言葉を切る。  
「ありがとう一夏。これからよろしくな?」  
 その言葉は”恋人として”が省略されている気がする。  
 そうか、そうだよなぁ、恋人なんだよな。  
 なら、千冬姉はおかしいか。  
「うん、よろしく・・・千冬」  
「ふふっ、なんだか一夏に名前で呼ばれると違和感があるな」  
「あ、ひど、名前で呼ぶの恥ずかしいのにさ」  
「何が恥ずかしいんだ?小娘たちとは名前で呼び合っていただろう?」  
「いや・・・ちょーっと違うっていうか・・・なんていうか・・・ははは・・・」  
 形はどうとあれ、三つある夢のうち一つが叶った。  
もう二つはさっき言った”大切な人を守りたい”そして残りの一つは  
”大切な人と生涯を共にする”こと。  
 まだ叶うのは、まだ先になりそうだけれどもな。  
 これから、千冬は生活の合間をぬってリハビリをすることだろう。  
それは、何年、何十年かかって歩けるようになるのかわからない  
だけど一つだけ確かなことがある。  
絶対に、千冬は歩けるようになるって。  
「歩けるようになったら、一緒に桜を見に行こうな」  
 千冬は桜が好きだったはず。専用機だった暮桜も桜関連だったし。  
「あぁ、いつしか見に行きたいな」  
 ふと、空を見上げるとちょうど夕焼けの空で、太陽の光に照らされた  
空はすごく綺麗だった。  
「ねぇ千冬、空見てみなよ。なんか気づかない?」  
「?空といったって――――!?」  
 千冬が驚くのも無理ないだろう、なんせこの空は小学生だった頃、  
千冬におんぶされて家に帰った時の空と同じなのだから。  
「あの日と、同じ・・・」  
「あぁ、千冬を守るって言った日と・・・な。  
あの日のことは、はっきりと昨日のことのように思い出せる」  
「一夏。椅子に座って話がしたい」  
「?いいよ、ちょうど公園があるしね」  
 すたすたと公園に入っていく。日が暮れそうなのもあってか、  
だれもいなかった。  
 
 手頃なベンチへ千冬をすわらせると、俺も隣に座る。  
「昔な?父さんと母さんに捨てられた時、辛くて何度死のうと思ったかわからない。  
だけど、泣いている私を励ましてくれる一夏を見て勇気をもらえた、頑張っていけたんだ。  
あの日に言ってくれた言葉、すごく嬉しかった。その言葉があったから、  
辛いことも乗り越えていけた。  
頑張りすぎたのかもしれない、けど後悔はしていないんだ。  
こうして一夏と居れるから」  
「千冬」  
「だから私は歩けるように頑張るよ一夏。助けに来てくれた一夏、すごい  
かっこよかった」  
 と言ってほほんでくれる。その笑顔は間違いなく最高の笑顔だと宣言できる、  
女神なんかと比べ物にならないくらいに。  
「千冬だってその笑顔、最高にきれいだ」  
 お返しにそう言って抱きしめる。千冬はしばらくの間、俺の胸に顔をうずめていたけど、  
顔を上げて、目を閉じて俺の方を向いてくれる。  
 こうなったら、することは一つ。  
もっと強く、だけど千冬が壊れない位の力でもっと抱き寄せる。  
 千冬と生きていくんだ、これからずっと、ずっと。  
 日没しそうになる太陽が作り上げた、二つの影が静かに重なり合った。  
 
END  
 

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