2月に入ってから、女の子の様子がおかしい。
女の子同士集まってひそひそ話をしているし、そっちの方を向くと目をそらす。
日を重ねるごとに張り詰めたピリピリした空気が強くなっていく。
特に今日なんか、みんな獲物を狙うような眼をしてる。怖い。
俺、なにかやっちまったのか?
女の子に嫌われるようなことはしてないはずだ。昨晩、部屋でソロプレイを楽しんだが、
変に物音立ててないし、しっかり換気もした。シャワーも浴びた。
なんなんだ。俺が何をしたというんだ。
「お、織斑一夏」
顔を上げると、そこには銀髪の女の子が立っていた。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生だ。
「これをお前にやる」
頬を赤らめながら、差し出したのはラッピングされた小さな箱だった。
「なんだこれ?開けていいか?」
開けてみると、いくつか黒いものが入っていた。チョコレートだ。
「今日はバレンタインデーだからな」
「そうか、今日はバレンタインデーだったか。ありがとう、嬉しいよ」
そうか、バレンタインデーか。俺には縁のないイベントだからすっかり忘れていた。
なんか周りが騒がしいが、今は女の子にチョコレートをもらえた嬉しさに浸ろうとしよう。
「ひとつ、食べてみてくれないか?」
「おう、じゃあ遠慮なく」
口の中に放り込む。チョコレート独特の甘さが口の中に広がっていく。
「うん、美味い」
「そうか、それは良かった」
女の子にチョコレートもらえるって、こんな嬉しいことなんだな。幸せだ…!
「そういえば、日本には『先手必勝』という言葉があると聞くが」
「あぁ、あるな」
「そうか、そうか」
そう言って、ラウラは周囲に目をやりー
「先手必勝だ」
ニヤッとしながら言った。
その後のことはあまり覚えていない。
覚えているのは、女の子の勢いの凄さにあの千冬姉は怯んでいたくらいだ。
気が付いたら、両手で抱えきれない量のチョコレートが自分の部屋にあったくらいだ。
「どうすんだよこれ…」
この量を全部食べるとなると相当な日数がかかるし、太るだろうな。
かといって、捨てるわけにもいかない。どうすりゃいいんだ。
その時、部屋の扉がノックされた。
「一夏、入っていい?」
「あぁ、シャルか。開いてるぞ」
夜ということもあり、シャルはパジャマだった。湯上りなのか、まだ髪が湿っている。
「…大変そうだね」
積み上げられたチョコレートの山に目をやり、苦笑するシャル。
「はい。これ、僕から」
「2つ?」
手渡されたものは2つ。ひとつは箱、もうひとつはやけに薄っぺらい。
「きっと、こんなことになると思ったからね。僕からのささやかなプレゼントだよ」
薄っぺらな方の包装を開けると、市販されている緑茶の茶葉が入っていた。
「これで、少しは楽になるんじゃないかな?」
「シャル…!」