「……さん。セシリアさん」
呼び声に気付きあわてて首を回らすと、ルームメイトが怪訝そうに立っていた。
身体にバスタオルを巻き付け、髪には僅かばかりの水滴が付いている。
「シャワー、空きましたよ?」
「あ、ご、ごめんなさい」
腰掛けていたベッドを勢い良く立つと、私はシャワールームへ向かった。ドアノブを回す
より早く、ルームメイトの声が背後から流れてきた。
「セシリアさん、どうかしました?」
ドクンッ!
邪気の欠片もない、心配してくれているのが良く分かる、少し控えめな声のトーン。それ
でも私の鼓動を跳ね上がらせるには十分すぎた。
今しがたまで考えていたことを明かすわけにはいかない。ましてや今口を開けば動揺して
いるのがまる分かりになってしまう。もちろん私にやましいところなどない(と思う)けれど。
私は気遣ってくれているルームメイトに心の中で謝り、無言のままシャワールームのドア
を開けた。
悶々とした、けれどどこか心地良い胸の高鳴りを抑えきれないまま、私はシャワールー
ムを出た。部屋の照明で点いているのは私のベッドサイドのスタンドだけ。ルームメイト
が気を利かせてくれたのだろう。で、その気配り名人といえば、既にベッドの中で眠りの
国の住人となっていた。
規則正しいその寝息を聞きながら、私は抜き足差し足ベッドへ歩み寄り、シャワーを浴
びる前と同様に腰を下ろした。
身体に巻き付けたバスタオルを取る。ふと枕元の鏡が目に入った。そこには一糸まとわ
ぬ生まれたままの姿の私が映っていた。
そっと胸に触れてみる。なぜか脳裏を彼――織斑一夏の面影がよぎった。その瞬間、電
流にも似た痺れが身体を走った。
「ん……っ」
今まで出したことのない声が唇から漏れ、知らず知らず全身が強張る。けど、この感覚
は嫌ではない。むしろ病みつきになりそうなくらい甘くて危険な衝撃だった。
私は目を閉ざし、私の心を鷲掴みにした力強い彼の瞳と精悍な面差しとを思い出しなが
ら、胸をやわやわと揉む。
「一夏、さん……わたくしに触って……ふあっ、くふっ……ひゃううぅ……一夏さん、一
夏さぁん……」
一瞬(この手が彼の手だったらいいのに)と切ない思いが湧いたが、動き出した私の手
を止めることは出来なかった。彼の名を呼ぶごとに、私の身体が高熱に冒されたように火
照っていくのが分かる。
ふと気になって、薄目を開けて鏡を覗いた。全身を紅潮させ、薄く口を開いて、息を弾
ませながら行為に耽溺している私の姿が見えた。
(もし、わたくしの今の姿を見たら、彼はなんて言うかしら)
そんな好奇心にも似た疑問が首をもたげたのと、私の身体が更に熱くなったのとは、ど
ちらが早かっただろう。それと同時に、彼の声が聞こえたような気がした。
「……綺麗、ですか? う、嬉しいです、一夏さん。もっと……もっと、見てくださいま
せ……」
いつの間にか硬くなっていた乳首を指先で擦りながら、胸を揉む手に力を込める。その
度に快感が全身を襲う。思わず大きな声を上げそうになるが、固く口を閉ざし声が出ない
よう我慢する。それを繰り返すごとに気持ちよさが増していった。
声を出すとルームメイトが起きてしまう。そうなると全てを知られてしまう。こんなは
したない姿は誰にも見られたくない。仮に見せることがあっても、それは彼――一夏さん
にだけ。
私のそんな背徳的な感情が、気持ちよさを助長しているのかもしれない。
そうして行為に没頭していると、不意に身体の奥底から何かがこみ上げてきた。
「えっ……い、いやああぁっ! な、なんですのこの感じは!? こんな、こんなああああ
っ!」
ISを急上昇させるときに加わる加速感にも似たそれは、私の身体と心を一気に高みへ
と押し上げていった。
「いや、いやいやっ! こんなの、こんなのダメエエエェェェッ! ふあああああぁぁぁ
ぁぁっ!!」
抑えていた声が、その反動とばかりに口から迸った。それと同時に私の全身を脱力感が
押し包んでくる。視界の隅でクラスメイトが微かに身動ぎするのを捉えながら、私はベッ
ドへ倒れこんだ。全身の火照りが冷めていく。行為の最中から疼いたままの下腹部の熱が
引かないうちにと、私は幾許かの虚しさを覚えながらベッドに入り意識を失った。
翌朝。ルームメイトとたわいない会話をしながら教室へ向かう。低血圧気味のルームメ
イトの瞼が今にも閉じそうになっていることも、その立ち振る舞いや話口調も普段と変わ
らない。昨夜のことは気付かれていないようだ。
私がホッとしたのもつかの間。唐突にルームメイトが話題を変えた。
「それにしても、セシリアさんって結構大胆なんですね〜」
言っていることの意味が掴めない。何の話だろうか、と私はルームメイトを見た。ルー
ムメイトと目が合った。顔を赤らめつつも、興味津々といった感じで私を見ている。
「ベッドに腰掛けて、全裸で……とか」
その瞬間、私の顔面が大発火を起こしたのは鏡を見なくても分かった。
せっかく朝早起きして、濡らしてしまったシーツや掛け布団のカバーを自ら交換して証
拠隠滅したというのに、そんな努力が無駄だったとは。
それでも、私は確認せずにはいられなかった。
「――ひょ、ひょっとして、アナタ!?」
私の問いに、ルームメイトは口を小さくV字型に結んで笑うだけだった。
【終】