夕方部屋でマツケンと少年サンバーを読んでいると、玄関のドアが乱暴に開閉される音が聞こえた。  
間を空けず、苛立った甲高い叫びが続く。  
「まーったく、あのクソオヤジが!人が下手に出てたらって調子に乗ってんじゃないわよ!」  
――姉さんだ。  
姉さんが荒れていたのは明らかだった。どすどすと階段の床板を踏み締める音が近付いて来る。  
僕は慌てて小学生から愛用して来た勉強机に向かい、直ちに理科の問題集を引っ張り出して  
開いた。宿題にその他の勉強、今急いでやる必要はないのだけれど、姉さんが僕の部屋を訪れたら、  
勉強をしていない、といいがかりを付けて来るだろう。自分の事を思いっ切り棚に上げて――  
 
世間ではニートと呼ばれていた姉さんが仕事を始めたのは、正直奇跡にも近い事だと思う。  
姉さんのいいがかりは半端じゃない。先日もスラ●ムの冠のある場所を教えろとス●エニ社に電話を  
掛け、ユーザーから得た利益を妙な事に使うなと一時間以上もクレーム担当者を引き止めた位だ。  
普通は『ゲームの内容まではお答え致しかねます』となるのが常識だろう。それ以前に攻略情報とか、  
自分でチェックするだろう。いやそれ以前に名前で、スラ●ム系から取れるアイテムだと解るだろう。  
そういった常識の類が、姉さんにはまるで通用しない。  
姉さんが学校を出ても仕事に就けなかった一番の原因は、その性格的な部分にあると心の底から思う。  
 
ばん、と部屋の扉が勢い良く開き、僕は一瞬だけ後ろを振り返る。  
ライトグレーのスーツ上下に黒のパンストを身に着けた姉さんが、不愉快な顔で廊下に立っていた。  
なるべく目を合わさないよう、机の問題集に視線を戻す。背後には、ずかずかと僕に接近する気配。  
昔から繰り広げられて来た光景だ。子供の頃と違うのは、姉さんが通勤姿になっている事と  
髪を切った事くらいか。  
「どーせ勉強するフリして、エロ本とか読んでたんでしょう?!ったく思春期の少年はこれだから…」  
気付いた時には姉さんが僕の右手側から、勉強机の上を舐め回すように確かめていた。ちなみに  
勉強机の右隣は僕のベッドで、姉さんはそこに両膝を突いて立っている状態だ。  
いつもの言葉が、僕の喉を突いて出る。  
「いいがかりだよ姉さん――」  
 
姉さんは蛇のような目を僕に向けると、うつ伏せにベッドの上へと倒れ込んだ。  
ごそごそと物音がする。何やら良からぬ物を探っているようだ。  
「…枕の下なんか探しても何も出て来ないよ。大体僕はいつの時代の中学生なんだよ」  
おだまり、とベッドの上から一喝されて等圧線の問題に戻る。散々悩んだあげく、仙台の風向きを  
答える欄に『北東』と書き込んだ所で、姉さんがああ、と唸った。  
まったくこの人は、僕の勉強を見に来たのか邪魔しに来たのか。  
がばっと跳ね起きて、姉さんはヤ●グサ●デーをぱらぱらと捲り僕の前に突き出した。  
「これよこれ!このマンガに出て来る実習用のコケシ、私が高校の時に作った人形と同じ顔だ!」  
――またか。  
「いいがかりだよ姉さん――」  
自分に対する気休めのつもりで、僕はやんわりと姉さんを窘めた。勿論姉さんはどこ吹く風だ。  
「何がいいがかりなのよ翔太!もしかしてあんたも少学館の回し者なんじゃないでしょうね?!」  
「いいがかりだよ姉さん。姉さんが昔作ってた人形の顔なんか、何の面識もない漫画家が知ってる  
 訳ないだろ?百歩譲ってそのコケシが姉さんの人形の顔と似ていたとしても、偶然、たまたま……」  
「そんな事ないわよ!見てよこの生気のない顔、私以外に人形とかコケシの顔に使おうとする人間が  
 どこの世界にいるっての?!」  
「少学館に抗議してやる」と姉さんはケータイを取り出し、慣れた手付きで番号を押した。  
どうでもいいが姉さんのケータイのメモリは、ほとんど企業のお客様相談室の番号で埋められている。  
一度盗み見た事があったけど、友達らしき番号も見当たらなかった上、着歴も数ヶ月前のが残っている。  
どうやら電話が繋がったらしい。姉さんはケータイのマイクに向かって捲し立てた。  
 
「あ、ヤ●グサ●デー編集部ですか?水商なんですけど、小道具を私が昔作っていた股裂き人形から  
 パクったでしょう?何、私が何者かって?善良な一ユーザーですよ。それよりこの電話で話して  
 いるのはどなたですか?ハ●さんの担当?ならついでに言わせて貰いますけど、●ちゃんねるの  
 ネタで漫画描いて、あんなの電●男の本読んだら話わかるじゃない?アレ読んでる人いるの?  
 大きなお世話?ちょっと、ユーザーの意見をいいがかりだなんて、あなたそれでも社会人なの?  
 もういいわ、あなたじゃお話になりません。ヨン様出して下さい。何ですって、ヨン様を知らない?  
 バカにするな知ってる?…ってそのヨン様じゃないわ!編集長のヨン様よ!去年少年誌の編集長  
 やってた、あのヨン様――」  
 
どこからどう突っ込んでいいのか判らないが、しかし姉さんの言う事が全くのいいがかりであるのは  
中学生の僕にも解る。電波な客のいいがかりに反論できない担当の人が気の毒に思えた。  
鉛筆を置き、姉さんに呼びかける。  
「あの、姉さん。今日はなんで荒れてたの?」  
ちょっと待って、と姉さんは手振りで僕に邪魔するなと伝えた。こうなると話し合いで解決は無理だ。  
僕はベッドに飛び乗って姉さんを組み伏せ、ケータイを取り上げて通話を切った。  
良かった、今回は九分十四秒。前回●●クエの件でいいがかりを付けた時の通話時間は一時間を  
超えていた。それに比べたら格段の進歩だろう。  
姉さんは逃げるようにベッドの端で縮こまった。怯えたような目を僕に向ける。  
「ちょっと翔太何するのよ!いくら性に興味のある年頃でも、姉を犯そうとするなんて信じられない!」  
「いいがかりだよ姉さん――」  
一体今日何度目だろう、この台詞を喋ったのは。僕は姉さんが迷惑をかけないよう振舞っただけなのに。  
「あの、姉さん。帰ってきた時姉さんは荒れてたけど、何か仕事でイヤな事があったの?」  
そう言いながら姉さんに目を向ける。目が合った瞬間、姉さんはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに  
身を乗り出して来た。  
「そーなのよ翔太聞いてくれる?」  
弟の目から見てもかなり可愛らしい態度だ。どうやらヤ●グサ●デーへのいいがかりについては、  
綺麗サッパリ頭の中から消えてくれたらしい。ほっとするのと同時に、姉さんの愚痴を聞かされる  
事への重い不安が頭をもたげる。  
もっとも姉さんは、そんな僕の気持ちなんかに注意を払う人じゃない。  
いや、相手が誰であろうが人の気持ちを読めないのだ。姉さんはベッドの上に目を落とし、  
ぽつりと呟いた。  
「今日仕事でね、いいがかり付けられたんだ」  
「姉さんが?」  
意外な告白だった。姉さんがいいがかりを付ける事はあっても、付けられたという話は弟のにも初耳だ。  
僕の驚いた口調に合わせ、姉さんはそーなのよと続けた  
 
「私今派遣先で電話の応対やってるんだけど――」  
それは――姉さんに最も似合わない仕事だと思う。が、言えば話が進まないので突っ込みは入れない。  
「今日オッサンから電話があってね。あ、オッサンだっていうのは声で判ったんだけど、ソイツこう  
 言ったんだ。  
 ――自分には借金があるけど、その整理の仕方について相談したのに応対がなっていない。  
 宣伝で言っていた『恋人のように親切な対応をする』って言うのは嘘だったのか――ってね」  
姉さんははぁ、と溜息を付いた。自分の表情が不自然に固まっているのを自覚する。  
そのくらいのいいがかりなら世間にゴマンと溢れている、なんて僕が思うのは、姉さんの理不尽さに  
すっかり毒されたせいかも知れない。肉親じゃなかったら、姉さんみたいなキャラクターとは絶対  
関わりたくないのが正直な話だからね。  
しかし姉さんの愚痴に対して、中学生の僕が何か言えるはずもない。仮に何か言った所で  
「世間知らずの中学生がナマ言うんじゃないわよ」と一蹴されるのがオチだから、何を言われても  
黙っているのが一番なのだ。  
そんな僕の態度が、姉さんの癪にさわったらしい。  
姉さんは僕の顔を両手で掴み、僕が目を逸らせないようにして言った。  
「ちょっと翔太聞いてるの?あんたが『パタ西・クロニクル』みたいなキャラ使い回しアニメを  
 見ている間にも、私は真面目に働いて給料を稼いでいるのよ。そんな姉の役に立とうとか  
 思わないの?」  
だからさっき電話を取り上げて通話を切ったんじゃないか、なんて姉さんの弟をやって行く上では  
絶対に口に出してはいけない言葉だ。かといって黙っていても姉さんから逃げられない。  
咄嗟の思い付きで、僕はこう言った。  
「じゃあ、姉さんがそのオジサンの恋人みたいにふるまったらいいじゃないか――」  
 
姉さんの目がかっと見開かれ、僕はいきなりベッドの上から床に投げ出された。  
その拍子に椅子の角で頭を打ってしまう。コブが出来てやしないかと頭をさすりながら起き上がると、  
姉さんは何か決心したようにベッドから立ち上がった。  
「それよ!翔太あんたアタマ良いわね!」  
僕、何か姉さんの悩みを解決するような事を言ったのだろうか。問い出そうとしたが、姉さんは  
入って来た時と打って変わった軽い足取りで廊下に走り出て行ってしまった。  
今日は珍しく、姉さんからそれほど絡まれる事はなかった。それは良いのだけれど――  
思い込みの激しい姉さんの事だから、何かよからぬ企みを思い付いたんじゃないだろうか、という  
不安を拭い切れない。  
こんな時、自分が中学生である事が無性に悔しい。姉さんの暴走を止めるのに必要な体力も頭も、  
そして社会的な身分も持っていない無力な身の上だから。  
せめて母さんが菓子折りを持って頭を下げなきゃいけない事だけは避けてくれ、と祈る思いで、  
僕は問四の電流の問題を片付けようと勉強机に座り直した。  
 
オレは日課としている近所のコンビニ通いを終え、アパートに戻る道中で昨日の出来事を思い返した。  
どう遣り繰りした所で、オレの借金が減る可能性はないに等しい。収入の道が閉ざされているのだから  
仕方ないと言えば仕方ないのだが――  
収入を得る為には働かなくちゃならない。だがオレは働いたら負けだ、と思っている。  
せめて働かずとも借金を返す方法はないのか、と思って消費者金融に電話したのだが、応対に出た  
女の子の言葉遣いが頼りないものだったので、オレの苛立ちはさらに増す事となった。  
そこで女の子に、こう言ってやったのだ。  
「恋人のように親身になってご相談します、って嘘かよ!オレの恋人になってちゃんと話を聞け!」  
胸がすっとする思いだった。  
しかし後で冷静になって考えてみると、菓子折りの一つも貰えない、時間の無駄でもある。  
しかもオレを取り巻く状況に対して何の解決にもなっていない。余計にヘコんだ。  
そうこうしている内に、我が家の前までたどり着く。  
風呂なしトイレ共同、今時貧乏な苦学生でも住まないようなボロアパートの一室がオレの部屋だ。  
おかげで家賃だけは安いが、しかしそれも滞納しているだけに追い出されるのも時間の問題だ。  
体力も頭脳も彼女もなし、おまけに大人なのに仕事もない。弟切荘のみすぼらしい外観が、無情にも  
オレに厳しい現実を突き付ける。  
「ボクは…どこで間違えたのかな…」  
どっかのSRPGゲームに出て来た台詞を呟きながら、オレは塗装が剥げ所々錆びた階段を一歩ずつ登った。  
 
南京錠で何重にも施錠されたドアを開けた時の驚きと言ったら、オレの人生で最も印象深い物だった。  
夢にまで見て、叶うはずもないと諦めた光景が目の前にあった。  
――女だ  
――女がオレのみすぼらしい部屋で、料理を作ってオレの帰りを待っていたのだ。  
ぱっと見十代くらいの幼い顔立ちをした、髪の短い女だ。言っちゃ悪いが、体つきも成人している  
ようには見えなかった。  
オマエ何者だ、とオレが問う前に、女はオレのいた玄関を振り返って挨拶した。  
「お帰りなさい。ご飯にする?それともお風呂――ってお風呂ないんだよね」  
照れ隠しのように頭を掻いて笑う仕草を、オレは不覚にも可愛いと思ってしまった。恥ずかしい話だが、  
こういう場面には免疫がないので、激しい心拍を抑えられない。  
 
が、オレは何とか冷静な頭を取り戻した。彼女が不法侵入者である事実には変わりないし、何よりこの  
部屋には頻繁にドロボウが入り込むのだ。彼女もその一人で、部屋の主が帰宅した途端に居直った  
可能性を否定し切れない。  
「何が…何が目的なんだ?」  
震える声でそう尋ねると、女はきょとんとした顔で訊き返して来た。  
「あなたこそ、私の声に覚えないんですか?昨日私に、恋人になれって言ったじゃないですか」  
言われてみて、彼女の声に聞き覚えがある事を思い出した。まさかという期待を抱きながら、  
一応尋ねてみる。  
「電話の応対に出た――女の子か?」  
「はい」  
彼女はにっこりと微笑んだ。久しく忘れていた、明るい笑顔だった。  
「それで――オレの恋人になるって訳か。メシ作ってくれたのも、そういう事だからか?」  
「はい」  
どうやら半分冗談で言った事を本気にしたらしい。  
今時珍しい、直線的な考え方の持ち主なのだろう。これなら年齢イコール彼女いない歴のオレでも  
扱い易いというものだ。  
だが本当に恋人になってくれるのかという疑念は残る。あまりにもオレにとって都合よく話が  
出来過ぎているじゃないか。  
これはマンガや小説ではない。オレの目の前で、現実に繰り広げられている光景なのだから。  
ならば確かめる必要がある。普通なら引くような質問だとは思ったが、オレは敢えてストレートな  
内容で訊ねてみた。  
 
「って事は――その、セックスも有りって事だぜ。大人同士が恋人になるってのはそういう事だが、  
 その覚悟はあるのか?」  
ほんの少し戸惑うような仕草を見せたが、彼女は何か決意したように口を開いた。  
「もちろん」  
その一言でオレの理性は飛んでしまった。靴を脱ぐ間も惜しく、彼女に跳びかかって畳の上に押し倒した。  
見た目以上に細い腰、綺麗な黒髪にキメの細かい首筋の肌。服の上からは目立たなくとも、胸はやっぱり  
男のそれと違って柔らかな弾力があって――  
 
「ちょっと、やだ……待って」  
彼女はじたばたと手足を動かし、上に乗ったオレを引き離そうとする。  
ナマイキな――セックスも有りだって言ったのはオマエの方だぞ。何で今頃になって拒むんだよ。  
太股の間に手を滑らせて、短いスカートの中に侵入しようとした所で彼女から言われた。  
「ダメ、先に……お風呂入って」  
「風呂?そんなモンこの部屋に無いのは知ってるだろ?」  
だから銭湯でも何でもいいから、と彼女は哀れむような目付きで頼んだ。  
「恋人同士なんだったら、なおさらムードとかが大事なの。あなたその歳で知らないの?」  
ナマイキな――しかし彼女の言う事にも一理ある。一理あるが――  
「そんな事言って、オレが銭湯に行っている間に逃げようって魂胆だろう。騙されるモンか!」  
騙さないよ、彼女はそう言ってオレに退くように手振りで促した。立ち上がり、少し乱れた着衣を  
直そうと襟元に手を掛けた所で、何か閃いたようにオレを振り返る。  
「絶対に逃げられないような格好で待ってるから。それなら信じて貰える?」  
「確かにな。けど名前も知らない奴の口約束なんか信用出来ないぞ、オマエだってそうだろう?」  
確かに――彼女は頷いた。  
「そう言えばまだ名前を教えてなかったわね。私羽美――名取羽美よ」  
「羽美ね――いい名前だ。けどそれが偽名とか源氏名じゃない証拠は?」  
頷くように軽く鼻を鳴らすと、羽美は部屋の中央にある古い卓袱台の傍に座り込んだ。見慣れない女物の  
バッグを何やらごそごそとやって、中から一枚のカードを取り出す。  
身分証だった。確かに『契約社員 名取羽美』と書いてあり写真も彼女のものだ。ICチップ付きの  
プラスチック製で、簡単に偽造出来る代物じゃないと素人目にも分かった。  
「どう?私が嘘を言ってないって、信じてもらえたかしら」  
ああ――頷いてそう答えるより他になかった。もし彼女がドロボウや美人局だとしたら、絶対に取り  
得ない行動だったからだ。  
身分証を偽造してまでオレに近付く理由は、どう考えても思い浮かばなかった。恥ずかしい話だが、  
ウチにはドロボウに入られても盗られるような金目の物はないし、オレ本人は職も彼女も社会的地位も  
何もない男なのだ。そんなオレに近付くために身分証を揃えるのはリスクが多すぎて、例え実現可能でも  
実行は非現実的だと断言出来る。  
 
それにしても――役所じゃあるまいし、本物の身分証を赤の他人に見せるか?  
オレも世間を知ってるとは言い難いが、彼女はオレ以上だろう。  
オレはもう一度、名取羽美の顔を確かめるように見回した。言動は少々電波が入っているが、中々  
どうして可愛らしいじゃないか。  
そんな女が、オレと恋人になると言うのだ。筆下ろしのチャンスが、オレにも巡って来たという事だろう。  
ならば迷う事はない――オレは玄関へ駆け出し、扉のノブに手を掛けて振り返る。  
「じゃあ風呂に行って来るぞ、逃げるなよ」  
名取羽美はクスクスと笑い、「行ってらっしゃい」とオレに告げた。  
 
いつもの倍近い時間を銭湯に費やして、オレは全身を念入りに洗った。他の客からイヤな顔をされながら、  
歯磨きも風呂で済ませて来た。  
湯冷めしないように全力でアパートに帰る。  
ドアを開けて目に飛び込んだ光景に、オレは最初に帰った時以上の衝撃を受けてその場に固まった。  
 
女、いや名取羽美が流しに立って俺を待っていた。それだけならさっきと同じなのだが――  
――裸、エプロン?!  
歳甲斐もなく鼻血が出るような格好だった。確かに裸エプロンで逃げる事は出来ないだろうが――  
――ここまでやるか普通?!  
オレの驚きとは裏腹に、羽美の態度は「これが普段着なのよ」と言わんばかりの自然な物だった。  
彼女がオレに気付いて言う。  
「あ、お帰りなさい。寒いし恥ずかしいから、早くドア閉めてよ」  
「あ…ああ」  
言われるままドアを閉めながら、気の利いた台詞を頭の中でシミュレートする。月並みな台詞でもいいと  
オレが結論付けたのを見計らったように、羽美がにこやかな顔で訊ねて来た。  
「ゴハン食べる?」  
来た――妄想では何度も口にした事のある台詞が、オレの口を突いて出る。  
「それより先にキミを食べたいな」  
改まった口調でそう言ったところ、エッチ、と羽美がケラケラ笑った。  
――有りなのか、これも有りなのか?!  
「羽美――――っ!」  
玄関で着衣を脱ぎ捨てる。ジャージとアンダーシャツ、ズボンとブリーフをそれぞれ丸めて放り投げ、  
最初と同じ様に飛び掛かって彼女を畳の上に押し倒した。より露になった全身の肌の白さが、リアルな  
感触と共にオレを獣に変えて行く。  
「やっ、ちょっと……危ないって……あははっ」  
一応の抵抗は受けるが、風呂に入る前ほど力強い拒絶の意志を感じ取れない。むしろオレがエプロンの  
上から慎まし気なおっぱいを揉んだり、括れた脇腹をくすぐったりするのを楽しんでいるようだ。  
――これが  
――これが、女か  
さらさらとした髪の質感、甘ったるいと形容したくなる匂い。  
掌に吸い付くような感触の肌、いつまでも触れていたいと思わせる肉感。  
現実に自分がこのような形で女に触れるなんて想像もしていなかった。  
エプロンの脇から手を入れ、生の乳房を揉みしだく。その先端を指先で弄っていると、コリコリした  
反応が返って来た。  
 
くすぐったそうにケラケラと笑っていた羽美が、甘い声を上げ始めた。目がとろんと酔い、キスを  
求めると応じてくれる。  
乳首を摘むと喉が仰け反らせる。目を開けて、ばつの悪そうな誤魔化し笑いを浮かべる。  
「あん、ちょっと……何するのよ」  
彼女の抗議を他所にエプロンを肩から捲ると、慎ましい二つの脹らみが現れた。乳首もそうだが乳輪も  
子供みたいに小さなピンク色だ。しゃぶり付いて吸い上げる時、わざと緩急のリズムを付けてみた。  
「ん、ん、ん、……」と連続した、悩ましげな声を耳にエプロンの裾をまさぐる。  
「やっ……そこは」  
太股の間にある固い茂みを掻き分けると、男を迎え入れるべき肉の裂け目が既に湿っているのに驚いた。  
濡れ易い体質、なのだろうか。手探りで襞を捲り、指をその奥へと繋がる粘膜に宛がったら、羽美が  
痛そうに顔を顰めた。  
「やだ……痛い、痛いってば。まだちゃんと濡れてないのに」  
「ゴメンゴメン。ちゃんと濡らさないといけないよな」  
もう――羽美が呆れた様子で溜息を吐いた。けど顔は既に上気していて、乱暴にさえしなければ  
準備OKのようだと判断出来た。  
「もう少し優しく……ってやだ、そんなのヤだよ!」  
エプロンの裾に顔をうずめると、羽美はばたばたと足を泳がせた。噎せるような女の匂いに誘われるまま、  
茂みの奥にあった妖艶なピンク色の襞に舌を当て、中を掬うように舐め取る。  
「んんっ……」  
羽美の腰がびくっと震えた。と同時に足の抵抗も止み、太股もオレの顔を受け入れるかのように自然に開く。  
味は――少し塩っぱい。誰だよ女のアソコが甘いとか言ってた奴は。  
舐めてる内に、唾液よりも少し粘り気のある愛液が、勢いの悪い間欠泉みたいに少しずつ滲み出て来た。  
羽美はもう何も言わず、オレの動きに身を任せている。  
その内にオレは、乳首みたいに尖った部分がある事に気付いた。多分クリトリスだろうと当たりを付けて、  
両脇から皮を剥く。現れた小さな突起を指の腹で優しくなぞると、羽美は腰を浮かせてオレの顔に  
押し付けた。同時に裂け目の中が、浅く挿入されたオレの舌をきゅっと締め付ける。  
「ダメっ……そこ、感じちゃう……っ!」  
羽美をイカせようとして、オレはその動作に集中した。羽美の腰ががくがくと揺れ、後は意味のある  
言葉にならない。  
 
もう頃合だろう。オレは指で入り口を広げ、そこに勃起した自分の物を宛がう。  
腰を沈めると、羽美の身体は何の抵抗もなくオレを受け入れた。  
 
自分で扱く時と比べて、羽美の膣は締め付けが緩い。もちろん愛液や、それからうねうねと妖しく蠢く  
内部の肉襞の感触は初めてのものだったが――  
さすがに挿入後三擦り半でイッてしまう事はないだろう。安心して腰の出し入れを始めると、羽美が  
それに合わせて声を上げる。  
「ううん……ん、うう……」  
AVなら女優の喘ぎ声に合わせて物を扱く所が、自分の動きに合わせて女が喘いでくれる。  
少しの違いだが、大変感動的だ。  
大胆になって、腰の動きを大きく早く変えてみた。確かに気持ちいいが、しかしこのまま続けても  
イケるようには思われない。それまでずっと目を瞑っていた羽美が、オレの顔をちらちらと覗き見る。  
――マズい、このまま白けたら  
咄嗟にオレは羽美の脚をさらに広げ、体重を掛けて奥に押し込んだ。何かが先端に当たった瞬間、  
羽美の反応に明らかな変化が現れた。  
「ああっ……」  
ぎゅっと目を瞑り、クリトリスを弄った時と似たような反応を見せる。内部の圧力がぐっと高まり、  
襞が奥へと誘うような動きを示した。  
――これだ!  
何度も何度も、羽美の奥へと叩き付ける。こりこりとした物が亀頭に当たる感触は、間違いなく  
セックスの時にだけ得られる物だ。  
「ああ、あ、あ……」  
羽美の喘ぎ声が、徐々にその間隔を狭めて来た。オレの限界もすぐそこに迫っていた。  
「羽美……出す、出すよ」  
行為に熱中していたとばかり思っていた羽美が、ビックリしたようにオレを見た。  
「ダメよ、中はダメ……!」  
「そんな事言っても、もう、ほら……」  
「お腹でも顔でも、どっちでもいいから……外に、おねがい……っ!」  
引き抜いてクリトリスの上に勃起を宛がい、腰痛になっても構わないとばかりに出来るだけ素早く  
前後させた。  
 
「あああぁぁぁ……っ!」  
今までで一番勢いのある叫び声と共に、羽美が全身を痙攣させた。オレは自分の物を手で扱き、  
射精を促した。あっという間にオレも達する。  
ぐったりとした羽美のエプロンから胸近くにかけて、俺の少し黄色い精液が執拗に降り注いだ。  
 
「ごめんね、ホントは中に出したかったんでしょ?」  
羽美は寝転んだままの体勢で、身体に掛けられた精液を脱いだエプロンで拭いながらオレに言った。  
ティッシュに換算してもう四枚目くらいだが、それでも完全には拭い切れていない。  
溜まっていたとはいえ、射精の量に我ながら驚いた位だ。  
――これがセックスの時に出る量か。やっぱりオナニーの時と全然違うな。  
童貞だったとバレるのが嫌だったので、なるべく平静を保って羽美と話を合わせる。  
「まあな。けどやっぱ中出しはマズいだろう」  
そうね、と羽美がしおらしく頷いた。  
「赤ちゃん出来たら困るでしょ。また今度安全な時に、中に出してね」  
そう言って笑った羽美の顔を、オレは初めて大人っぽいと感じた。  
 
 
 
オレに恋人が出来て、三ヵ月とちょっとが過ぎた。  
最初に結ばれた後で心配した『アレ遅れてるの』攻撃もなく、それ以後はきちんと避妊具を買って  
行為に及んでいるから今後とも大丈夫だろう。結構な出費だが  
さすがに彼女持ちだと、身繕いにも余念がなくなるものだ。名取羽美に逢う時はきちんと風呂に  
入り、ヒゲも剃る。歯磨きを忘れるなんて以ての外だ。きちんと歳相応の髪に戻ろうと、育毛剤を  
頭に振り掛ける傍ら植毛のパンフレットにも目を通す。  
デートも近所の●ニーズという訳には行くまい。羽美が美味しいコンソメスープが飲みたいとねだった  
時は、雑誌で紹介されたシュプリームSとかいう店に連れて行った。味はと言うとコンソメスープが  
期待したほど美味くなかったんで、キレた羽美が店員にいいがかりを付けられたけど。  
まあその後で妙に精力が付いてしまって、二人で一晩眠らずに組んづ解れつやったんでオレ的には  
大満足だった。  
それより記憶に残っているのは、●ィズニーシーへ行った事だろう。三ヶ月前には自分が行くなんて  
想像もしなかった。入場して初めて実感した事は、あそこは家族持ちかカップルで行く場所であると  
いう事だ。あんな所に独り身で行く奴の気が知れない。  
 
もっと嬉しい事もあった。  
羽美と付き合い始めてから、ア●ムの借金がほとんど消えてしまったのだ。試しにお自動くんで借り入れを  
申し込んでみたところ、真っ更の状態と同じ額を借り入れる事ができると判明した。  
そればかりか羽美は生活の援助までしてくれたのだ。こらそこのチェリーボーイ、オレをヒモとか言うな。  
恋人が出来た事が、間違いなくオレにとってプラスの向きに作用していた。  
 
心身ともに充実した気分で、オレは休日を迎えた。  
久々にコンビニで立ち読みを済ませて自室に戻り、部屋のカーテンを全部閉めた。  
こうすると新しく買った三十二インチの画面が映えるのだ。羽美がしばらく逢えないと言うので、  
一人AV鑑賞会と洒落込む。日曜の午後、まだ日の高い内から結構な贅沢だと我ながら思う。  
しかも今までのAVと違う所は――これから鑑賞するものが自主制作の映像だ、という点である。  
モザイク無し、しかも自分が直接体験した事だから抜き所も最初から全部わかっている。どこで  
抜くべきかというスリルは無いものの、想像の上でオナニーする事に比べたら得る所の方が大きい。  
 
これも新品のハ●ディカムをDVDプレイヤーのUSB端子に接続し、テレビと共に電源をオンにする。  
待つ事しばし、画面に先週訪れたラブホテルのベッドが映された。  
 
『ねえ、ホントにビデオに撮るの?なんか趣味悪いわね』  
羽美が文句とも取れる事を言いながらベッドに近付いた。マットレスの反発を確かめるようにぴょんと  
座ると、画面に向けて手を振って来る。映るのはブラウスから淡いピンクの短いタイトスカート腰辺り  
までで、顔は見えない。  
『あ、映ってる映ってる』  
声は上機嫌だった。自分が画面に映る事そのものについては、単純に嬉しいらしい。  
既にブリーフ一丁となったオレの小柄で貧相な体が、画面に近付いてこちら側へにゅっと腕を伸ばした。  
画面が振れ、それが一旦収まると今度は天井。もう一度振れを経てピントが合わさると、画面は羽美の  
笑顔をアップで捉えた。彼女はすぐ恥ずかしそうに目を逸らす。  
画面の中のオレは『あれおかしいな』とか言いながらビデオカメラを弄くっていた。  
――何やってるんだ、それじゃ二人が絡み合っている所が映らないだろ?  
 
画面の中のオレに文句を付けると、ようやく画面がズームダウンした。  
上は天井の丸いライトから下はベッドの脚までが画面に収まる。これならヤってる所を撮影出来るだろう。  
オレが羽美の向こう側に座り、しなだれかかりながら彼女に言った。  
『いやその、逢えない時だってあるだろ?そのために撮っとこうって思ったんだけど』  
『そんなのヘンタイみたいだよ……って、あん……ちょっと』  
羽美が身を捩じらせ、オレから逃れようとして画面手前へと倒れる。その上からオレが覆い被さり、  
服の布越しに身体を擦りつけ合いながらのキスが続いた。  
しばらくして、羽美が下から手でやんわりとオレを押し上げる。これから自分の手で羽美の服を  
脱がそうという思惑を外され、不満気にオレは彼女の脇に退いた。  
『ちょ……ちょっと待ってもう、シャワー浴びてくるから』  
えー、と声を上げたオレを窘めながら羽美が立ち上がった。彼女が澄ました足取りで画面から消え、  
一人ベッドに残されたオレがつまらなさそうに画面側へとうつ伏せに寝そべる。  
オレはしばらく足を折り曲げて空気を掻いていたが、やがてシャワー音が画面外から響いて来た時、  
急に起き上がった。画面こちら側へと近付く。  
画面が揺れてオレの視点になると、それは上下に揺れながらゆっくりバスルームへと移動した。  
 
オレは少し身を乗り出して画面を凝視した。ここから映像は佳境に入って行くのだ。  
 
最初に目に付いたのは、バスルームの扉に映った彼女のシルエット。  
シャワーの音に混じって、時折鼻歌が聞こえて来る。  
この曇りガラス一枚を隔てて、羽美が生まれたままの姿でお湯を浴びているのだと思うと興奮を覚える。  
映像だけでなく音声も全部拾いたいのに、マイクはヘンタイのような洗い息遣いばかり拾って役に  
立たない。一体撮影者は何を考えてやがる。きちんとその場の状況を映像と音声に収めるのが仕事だろ?  
床のビニル張りに視点を落とすと、ストッキングにショーツとブラが乱雑に脱ぎ捨てられてあった。  
ただしスカートとブラウスは脱衣所の籠にきちんと畳んである。恐らく服に皺が寄るのを嫌ったのだろう。  
画面が床にしゃがみ込み、片手でブラジャーを拾い上げた。肩紐の部分を摘んで空中に吊る。  
白い清楚な感じのシンプルなデザインに見えるが、アップでよく見ると縁取りに限らず全体にレースを  
ふんだんに使った高価なものである事が分かる。  
裏返して胸当ての内側を見る。  
オレの手が肩紐から胸当てへと器用に持ち替え、パッド部分を手で挟むように揉む。  
パッドに指がめり込んだ。それはパッドと言うより、クッションと表現した方が適切な分厚さだった。  
オレの声が、バスルームの羽美に聞こえないようひそひそと解説を加える。  
『内側がまだ温かいです。直前まで身に着けていたんですね』  
その温もりを今この場で味わえない苛立ちを何とか抑えた。中のオレがブラを床に落とし、今度は  
ショーツを手に取った。これも清潔な印象を与える白で、ブラジャーと揃いの高価そうな代物だ。  
画面に近付け、これも嘗めるように全体を万遍なく撮る。それが画面から消え去り、鼻息に続いて  
うっとりとしたオレの声が喋る。  
『少し湿ってます。映像だけでは湿り気と匂いを伝え切れないのが残念です』  
くふふ、と人を小馬鹿にした含み笑いが続いた。シャワーの音は途切れる事無く脱衣所にも響く。  
現実のオレは羽美のアソコの匂いを記憶から引き摺り出す。その彼女は、今オレの傍にはいない。  
撮影者のオレに対して怒りが湧いた。  
――だからそれはオレが一番よく知ってる事なんだよ。グズグズしてないでその扉を開けろ。  
『では早速、ご開帳――』  
 
音を立てずに扉が開き、湯気に包まれたバスルームの中でお湯を浴びる羽美の立ち姿が画面に飛び込んだ。  
アップで見ると、シャワーの湯が胸のきめ細かい柔肌に当たった所が窪みになっていると分かるだろう。  
その下の乳首はもう立っている。視点がムダな肉のない臍周辺、それから下腹部の茂みへと徐々に下がる。  
湯気で画面が曇って行くのが惜しまれる。もっと見ていたいのに。  
『ちょっと坪内さん、こんな所まで撮りに来てるの?!』  
画面が引くと、羽美がこちらを見ているのが辛うじて判った。現実のオレが気まずい思いをする。  
『ゴメンゴメン、いや大人しくベッドで待ってるから』  
もう、と羽美が声でオレを窘めた。画面の曇りでよく見えないが、しかしもしオレの記憶が正しければ  
彼女は別に怒っていなかった筈だ。ぼやけた羽美の輪郭が画面に近付いて――  
『すぐ上がるから、もう少し待っててね』  
羽美が画面に顔の輪郭を向けながらそう言って、バスルームの扉が閉ざされる音がした。  
 
薄暗い部屋にいたオレは、ハ●ディカムに近付いて再生速度の四倍で早送りする。ここからしばらくは  
羽美が戻って来るのを待つばかりで、抜き所もなければそれ以外の面白い事も何もない。  
やっぱり面倒臭がらずに編集しておくべきだったか。二日前にもこの映像をオカズに抜いたんだから、  
本物のAVみたく余計なシーンをカットする暇はいくらでもあったはずだ。  
とは言え、今からやるのも暇が掛かって面倒臭い。既にオレのズボンの中身は、これから再生される  
予定の映像に反応してしまっているのだ。  
羽美がバスタオルを胸に巻いてシャワーから戻って来た。髪は既にドライヤーで乾かしてあるようだ。  
カメラは最初の位置に戻されている。ベッドに羽美が浅く腰掛けた所で、オレは再生速度を通常に戻した。  
 
並び座った状態でのキスの応報から始まった。チュッチュッとキスの音が、オレ達の仲を見せ付けるかのように  
離れた位置にあるカメラのマイクまで届く。  
羽美が頭を画面のこちら側に倒れ、オレは自然に覆い被さる。頭を掴み、更に深いキス。  
脱がせるまでもなく、羽美を覆っていたバスタオルがはだけてシーツの上に広がる。見た限りでは  
判らないが、彼女はそれ以外何も身に着けてはいなかった。  
記憶の中で、仰向けに寝ると小学生か中学生くらいしかない羽美の小さなおっぱいが蘇る。そのずっと下には、  
二十代相応に生えた黒い茂み。プールや海で他の女に見られる機会が少なかったのか、手入れはされていない。  
『ヤだ、やっぱりこの格好恥ずかし……ん』  
抗議する羽美の口を塞ぎつつ、画面のオレは調子に乗って羽美の肌に手を伸ばした。  
オレの頭が画面向こう側に下がり、羽美のおっぱいにむしゃぶり付く。  
キスのような音は止まない。乳首を口に含んで、一心不乱に吸っているのだ。  
羽美が頭を擡げた。乳を吸うオレを見つめる彼女の眼差しは優しかった。  
やがて頭を戻し、息を徐々に荒げて行く。オレの肩がもそもそと動いたと思ったら、羽美が突然短く叫んだ。  
『あん……ちょっとソコは…早すぎない?』  
オレが濡れ具合を確かめようと、茂みに手を伸ばしてピンク色の粘膜に触れた事を言っているのだ。  
『そうか?もう十分――』  
――濡れてたじゃないか。  
途切れた言葉を現実のオレが補完すると同時に、羽美はピクピクと痙攣を始めた。  
おっぱいと肋とで肉感の違う境界線辺り、臍の下と触ったり舐めたり。あちこち弄りながら茂みの割れ目を  
擦っていると、いつの間にか手にねっとりした湿り気を覚えるのだ。  
『場所変えない?』  
『え――』  
両腕で彼女の胴に抱き付いて身を起こす。そのままひっくり返って、二人とも画面に尻を向ける。  
画面のオレが起き上がって接近した所で、オレは通販で買った物を取りに立ち上がった。  
 
エロ鑑賞に必要な物を手近に取り揃えて画面の前に戻ると、画面の様子も一変していた。  
羽美のアソコのどアップだ。そう言えば押入れの中をガサ入れしていた間、スピーカーからは『ヤだよう』  
『恥ずかしいよう』と羽美の声が流れていた気がする。  
けれど最終的に、羽美はカメラの前で彼女の全てをさらけ出した。オレのうざったい息が音声に混じる。  
画面一杯に広がった羽美の股間。陰毛は恥丘の部分に密生していて、画面の上下に走る亀裂付近は  
意外と毛が少ない。触れたらプニプニと押し返して来そうな肉と、そこから慎ましくはみ出した花弁は  
実に健康的なピンク色をしていて、既に妖しげな粘液で濡れた光を放っていた。  
オレの指が、秘裂を左右に開く。外側よりもさらに鮮やかなピンクの粘膜が露出し、奥の入り口がきゅっと  
窄まった。中指で目立たない突起にそっと触れる。入り口の穴がまた反応する。  
うう、と声がスピーカーに漏れた。画面の外で羽美の反撃を受けたオレの呻きだ。  
現実のオレも自分のモノを曝け出す。羽美が触る時は、自分で扱く時よりもずっと優しい手付きだ。  
握り込むのではなく、細い指でそっと挟むように扱き始めた。  
やがてオレの指が羽美の中へと進入する。出し入れを始める。中から出した指にも粘液が絡み付き、  
実に滑らかな動きだった。にゅるにゅるという音まで聞こえるような錯覚に陥る。  
指を二本に増やす。今度は羽美の中で生まれる体液を掻き出すような動き。  
くちゃくちゃとした水音が目立つようになった。  
羽美の喘ぎ声がそれに混じる。  
現実のオレは自分を扱く指の動きを早めた。無意識の内に羽美が反撃するペースと同じ位に調整していた。  
この強さなら何時間扱いてもイク事はあるまい。気付かないくらい僅かに、羽美の割れ目が前後した。  
 
カメラは急にアソコのアップから離れた。画面両脇には羽美のほっそりした太腿、手前に臍、奥には  
可愛らしく勃起したピンクの乳首と羽美の顔。  
じゅるじゅると羽美の体液を啜る音がする。羽美はカメラを向けられているにも関わらず、こちらに目を  
向ける事なくイヤイヤと首を振った。  
『ダメ……それダメ……恥ずかしいって』  
堪えるような呻きに混じって、頼むような口調で抗議する。呼吸の間隔が短くなって――  
背中を仰け反らせた。カメラが羽美から離れ、脚を大開きにぐったりとなった彼女の全身を捉える。  
もう一度近付いてアソコのアップ。最初と比べて少し開いた襞の奥に指を一本突っ込む。  
とろりと、纏まった量の愛液がこぼれ出た。  
 
カメラを羽美の脚の間に置き、オレは紐の付いたカプセル状の物体を画面の中へと持ち込んだ。  
通販で買ったバイブだ。コードの部分を持ち、低い唸り音を立てるそれを秘裂の先端にゆっくりと  
宛がうと――  
『ああっ……』  
一回イッて敏感になった羽美が、膝をがくんと立てた。そのまま腰をモジモジとさせてオレから、  
いやバイブの刺激から逃れようとする。彼女は意識していないだろうが、実にいやらしい動きだ。  
オレは強引に羽美の中へカプセル部分を押し込んだ。  
『いやぁ……』  
羽美が繰り返し鳴く。というか泣き声だった。身体の中から生まれる刺激に耐えかねたのだろう。  
それがまた唐突に止む。画面のオレが自分の勃起した物を羽美の口元に押し付けたのだ。  
紐と繋がった秘裂が画面大写しでひくつく。現実のオレは手元の瓶を引き寄せて中身を掌に取った。  
バイブと同時に買ったローションだ。自分の体温で暖めてから、ゆっくりとモノに滲ませる。  
膣とは違う、けれど羽美の体温が暖かい口の中を思い出す。表面を撫でるようにすると近いが――  
口の中の様子は再現が難しい。特に吸われる感覚は手で生み出す事が出来ない。  
――早く本番行けよ。  
オレが酔い痴れた羽美の愛撫は、現実のオレに与えられない。あんなに楽しんでいた行為なのに、  
画面の中のオレが羽美に舐められたり吸われたりしているのを思い出すだけで腹が立つ。  
 
と思っていたら、オレの膝が羽美の脚の間に割って入った。画面中央に腰を落ち着ける。  
――コラ、汚いケツをオレに向けるな。オレは羽美のアソコを見たいのに、邪魔だっつってんだよ。  
いや、オレの怒りが的外れな物だって事くらいは判っている。オレは今から挿入を果たす所なんだから。  
画面のケツが少しシーツから浮き、羽美の膝裏を持ち上げる。  
ケツの間から見えた、太く大きく反り返っている大きなモノは一瞬自分の物と思えなかった。  
まあこの角度は自分で見る事の出来ない物だから当然と  
言えば当然なのだが――  
――しかしこうして見るとサオもタマも結構デカイな。尿道のスジってこうなってたのか。  
腰を浮かせると、異様な迫力を持ったそれが余計に目立つ。  
画面の中のオレは手を添えて、はみ出たピンク色の花弁に亀頭を宛がった。  
ぬちぬちと音を立て、半分肉の襞に埋もれた亀頭が粘り気のある愛液に塗れる。  
塗りながら挿入の位置を確かめる度に、羽美が切なげな声を上げた。  
 
『……ちょっとまだなの?……まだ……挿れてくれないの?』  
オレもそう思う。見ていて映像のオレは余りにも手際が悪く、いつまで経っても挿入出来そうに思えない。  
早くしろよ、と願った途端、オレの腰が一気に沈んだ。  
 
『ああぁぁあ……』  
挿入の瞬間に漏れた羽美の声は、快楽に溺れながらもどこか安心したように聞こえた。  
映像のオレも現実のオレも、暖かく滑り、時折全体で優しく包み込む羽美の膣肉に感極まった声を上げる。  
画面の左右に広げられた羽美の内股の間で、オレは腰の出し入れを開始する。  
現実のオレも自分の物を握る手の力に緩急を付けて――  
テンポ良い羽美の喘ぎ声と同じリズムで、勃起した物に刺激を加える。  
ローションが乾く。オレは顔だけを画面に向けたまま、瓶から直接粘性の液体を亀頭にかけた。  
画面の中ではというと、羽美から溢れる体液で動けば動くほどに腰の律動はスムーズになっていた。  
 
調子に乗ったオレが羽美の膝を押し上げ、上から自分の物を叩き込んだ。  
羽美の肛門と、二人の結合部が丸見えになっていた。  
オレの物がピンクの亀裂を左右に割って、タマの辺りまで押し入る。  
引き抜けば竿の部分が羽美で濡れており、尿道の形に陰影が生じているようだ。  
また羽美の中に埋もれる。奥まで侵入させて一旦動きを止めると、羽美が喜びの声を上げた。  
『深い……深いよぅ……』  
ちょうど彼女の内部では襞がオレに細かく絡み付く。ベッドのスプリングを利用して何度も何度も叩く。  
オレの動きと、それに同調した羽美の喘ぎ声とが徐々に切羽詰まって――  
現実のオレが達したのとほぼ同時に、画面の動きと音声が止まった。  
タマが僅かに上下する。しばらくしてオレは腰をシーツの上に下ろし、深い息を吐いて画面から離れた。  
花弁の間から、白く粘った滴がどろり、とこぼれ落ちる。  
オレは画面の外で自分の始末をしながら、感慨深くそのエロティックな光景を凝視した。  
画面の中ではオレが膝歩きで羽美の顔へと駆け寄り、彼女の肩を優しく叩く。  
気怠そうに羽美が半身を起こすと、大量の白濁液が彼女の中から溢れ出てシーツの上に液溜まりを作った。  
 
結局さらに後背位で一回、屈曲位で一回ずつ羽美と交わり、最後に羽美から引き抜いた所で映像が途切れた。  
オレは暗い部屋で茫然と画面の青色を眺めていたが、やがて満足な気分で立ち上がる。散らかした紙屑や  
ローションの瓶を片付けて回った。確かにオレは不精者だが、そんな物を人目に付く所に放っておく訳には  
行くまい、といった程度の常識なら持ち合わせている。  
天井から垂れ下がった紐を引いて電気を点ける。観始めた時は日も高かったが、今やカーテンの外は  
夕闇が支配する世界に変わっていた。  
――我ながら中々素晴らしい映像だ。  
つい不敵な笑みを口元に浮かべてしまう。  
三度の絶頂、全て生で中出しだった。しかもその様子を映像に収める事が出来たのだから、これはもう  
オレにとっては最高の経験だと言える。こんな喜び、チェリーボーイ共には想像も付かないだろう。  
だが映像に関して言えば、若干改善の余地はある。  
何と言っても、エロシーン以外の無駄な時間が長過ぎた。羽美の入浴シーンは外せないとしても、それ以外で  
一回絶頂に達してからもう一度絡み始めるまでに結構な時間を費やしている。  
愛の記録としてはこれでいいのかも知れないが、出来ればエロビデオみたいにセックスシーン連発の方が  
欲求不満の解消には適している。せっかく巷のエロビデオよりも興奮できる映像なのに、これでは勿体無い。  
となれば何が必要か――そう、映像の編集だ。  
撮った映像はそれ単体で保存しておくとして、抜き用の自家製裏ビデオを作っておきたい。それには――  
DVDプレイヤーのHDD上じゃなくて、キャプチャでPCに取り込んだ方がいいだろう。  
その方が圧倒的に簡単だし、しかもこれから増えて行くであろう大量の映像を圧縮データで保存できる。  
さらにネットの接続環境を整えて、オレのを打ち込まれて泣き叫ぶ羽美の様子を全世界に流してやるのも、  
もし別れ話になった場合の報復措置として使えるだろうし――  
PCを買おう。そしてその金は羽美に出して貰おう。  
あの世間知らずなら、「君がオレの家でネットが出来るようにするから」とか言えばホイホイ金を出すだろう。  
自分の恥ずかしい姿を全世界にバラまく事になるかも知れないというのに。  
馬鹿な、女だ――  
 
玄関の扉を叩く乱暴な音が唐突に聞こえた。日曜の夕方に来訪者だ。  
こんな時間に来るなんて、少なくとも表に出て応対していいタイプの相手じゃない。  
オレは急いで画面を消し、居留守を決め込もうと押入れに向かう。子供がよく使う手だが、幸か不幸か  
家の押入れには家財類が少ない上にオレの体格が小さい為、簡単に身を潜める事が出来るのだ。  
が、その前にDVDとハ●ディカムが付けっ放しになっていた事を思い出した。  
消してしまわないと物音で居留守がバレてしまうかも知れない。  
慌てて引き返しAV関連の電源を全部切った。それから再び押入れに向かったが、  
――遅かった。  
押入れの引戸を開け、頭を突っ込んだ所で扉が破られた。傍若無人な足音が背後から迫る。  
――土足で上がり込んだな。  
上半身を潜り込ませた所で、オレは自分の体重を失った。手足が虚しく空気を掻く中、視界が百八十度回転する。  
オレは頬に古傷のある、にやけた凶悪な犯罪者顔の男と感動のご対面を果たした。  
初めての体験に感動しすぎて、声もまともに出ない。  
「隠れん坊の場所が押し入れって、オマエ今年で幾つだ」  
まあまあ、と犯罪者顔の後ろから、背広に身を包みメガネをかけた身形のきれいな男が取り成す。古傷男と同様の  
いやらしい笑いを顔に浮かべていた。  
その背広がオレを向いて口を開く。爬虫類のように、どこまでも冷たく感情を読めない目だった。  
「坪内地丹さんですね。あなたがトイチローンから借りた元利合計三百万、ウチで買い取らせて頂きましたよ」  
 
天地がひっくり返るような一言だった。  
――トイチローンって一体どこだよ?  
――大体オレは三百万も借金した覚えはないぞ?  
――精々ア●ムで二十万とか三十万とかそれくらいだ。  
――桁違いじゃないのか?  
色々と聞きたい事が頭の中に浮かんでは消えた。だが男二人組みに気圧された所為か、身体が強張って  
頭の回転に付いて行かない。  
古傷男に首根っこを掴まれたオレの前へ、メガネが平然とした足取りで近付く。  
メガネは胸の内ポケットから一枚の紙切れを取り出した。  
目の前に広げられたその現実は、オレに取ってまさに悪夢としか言いようが無かった。  
 
――借用書 金参百萬三千ニ百八拾円也  
――返済期限 融資開始日より百日以内  
 
視界に捉えた六畳一間がぐにゃりと歪む。気持ち悪い。吐き気がする。  
口が利けない。ヘビに睨まれたカエルの心境というものを、オレは生涯で初めて理解した。  
「消費者金融が貸してくれなくとも、トイチなら相手してくれるんですね」  
穏やかな口調でメガネが言う。穏やかであったが故に、却ってどす黒い不気味な迫力を感じた。  
「毎月五十万の新規借り入れ、利子は十日で一割。三回の借り入れがあって、初回の借り入れから今日で  
百日になります。そうするとこの金額になるんですね」  
マーブル模様の六畳一間を背景に、メガネは目以外の部分で微笑んだ。怖い。  
「オマエどうするんだ。このままだと利子だけで毎月百万近く払わなくちゃならねぇぞ。  
 見た所オマエ働いてないようだから、返す当てもなさそうだな」  
この時、少しでもオレに度胸があれば良かったのかも知れない。  
オレじゃない、オレはここ三ヶ月どこの金貸しにも相談に行っていないと主張できてさえいれば。  
だが天から降って湧いたような事態に、冷静に対応できる人間なんているんだろうか。  
少なくとも、オレはそんなタイプじゃない――  
「まあ月並みな台詞だとは自分でも思いますがね。地下帝国と腎臓と、どっちが宜しいですか?  
 地下帝国だと月あたり百万円返済として扱いますが」  
それだ――目の前に光明を見出したとばかり、オレは叫んだ。  
「それ、それだ!三ヶ月あったら全額返せるだろ?」  
古傷とメガネが顔を見合わせて、それから爆笑した。オレは大真面目なのに、一体何が可笑しいんだ?  
ああおかしい、と古傷が目尻を拭いながら言った。  
「オマエ、地下に潜ったら利子がチャラになるとか思ってるのか?つくづくお目出度いハゲだな。  
 オレは言ったぜ、このままだと利子だけで月に百万近くなるって」  
その通りですよ――メガネは笑顔を消しつつ、フレームの眉間を指で押し上げた。  
「最初の一ヶ月であなたの返済額は五千九百十四円。あなた何年地下にいるつもりなんですか?」  
オレは冷静な頭を取り戻した。こう見えて計算はオレの得意分野だ。  
毎月の元金返済分を多めに見積もって六千円としよう。そうすると借金が三百万円だから――  
 
――五百ヶ月以上?!  
 
カイジで読んだが、地下帝国建造なんて今時外国からの出稼ぎ労働者でも嫌がるようなキツくて厳しい  
仕事だ。それを四十年以上続けたとしたら、オレの身体が持つ訳が無い。  
ハッキリ言って殺される。それに残りの一生を何の楽しみもない、日の当たらない場所で過すなんて――  
正直な所、もう一方の選択肢が魅力ある物に見えて来た。心が揺れ、考える時間が長いのか短いのか  
自分では良く判らなかった。  
「――腎臓なら」  
二人の目に、興味ありそうな反応が見えた。もしかしたらと思って、オレは訊ねてみた。  
「腎臓なら、一個幾らで買う用意がある?」  
しばらくオレの顔を物珍しそうに眺めたと思うと、メガネは古傷に近付いて何やら耳打ちした。  
「一個四百万からだが――いいのか?何ならもう少し上乗せしてやってもいいぞ」  
「ご――五百――まん」  
震える声で何とか希望額を告げた。  
いいのか――古傷がメガネを振り向いて尋ねる。オレの口には唾が溢れ、何とか飲み下す。  
いいでしょう――メガネが落ち着いた声で言った。オレの喉がごくり、と鳴った。  
「まさか本当に腎臓を売るなんて言い出すとは思いませんでしたよ。そうなると手術の段取りが――」  
急いでくれ、とオレは手足をバタバタさせながら訴えた。早くしないと利子で百万近く取られてしまう。  
古傷もメガネも困った目でオレを見ていた。  
「オマエらわざと手術の時期を引き延ばして、利子で百万ぶん取ろうって魂胆だろう!ドロ――」  
古傷が慌ててオレの口を塞いだ。最初からこうすれば良かったんだ。  
メガネが商売人の笑顔を作って、オレにお辞儀をした。  
「判りました。もし今夜空いてる医者がいたらどうします?やりますか?」  
オレは首を縦にコクコクと振った。善は急げだ。  
これで今度こそ借金ともおさらばだ。余った金でPCを買ったら、羽美のエロシーンを何枚もDVDに  
焼いて新大久保の路上で売って生活の足しにしてやる。それ位はしても罰は当たらないだろう。  
あの女オレをハメやがって。借金を消してキレイな身になったら、覚えてやがれ――  
 
黒い車に坪内地丹が乗せられる様子を、私は弟切荘の階段の下から見ていた。  
別に彼が心配だったからじゃない。それ処かあいつなんて恋人でも何でもない。  
そうじゃなくて、あいつの最期を確かめに来たの。  
そもそもこんな事になったのは、あんたが私にいいがかりを付けたのが悪いのよ。  
大体出会いの場面からしておかしいでしょ?  
自分がいいがかりを付けた相手が、わざわざ恋人になりたがるはずがないじゃない。  
それにチビでハゲだけならまだしも、働きもせず女の稼ぎだけで食おうとする男を好きになる女なんて  
どこにもいない事くらい、普通に考えたら判る筈でしょうに。  
裸エプロンも疑わなかったし。あれものすごく恥ずかしかった。  
いきなり挿れられてちょっと痛かった。それをあいつ、私が感じてるって思い込んで動き早くして。  
私が喜んでたかどうか、イッたのが演技かどうかも見抜けないんだもの。  
私いつもエッチの後でぐったりしてたでしょう。あれ終わってくれてホッとしてたの。  
本当に下手よね。おまけにすぐに中に出したがるし。  
一週間前仕方なく許してあげたけど、あれは私にとっても予想外の悪夢だったわ。  
チビでハゲでブサイクなおっさんの精液が私の中に――思い出しただけで吐き気がする。  
ここだけの話、あの日家に帰ってから無性に泣きたくなった。  
しかもエッチの様子をビデオに収めて、一人エッチのオカズにしてたみたい。まじサイテー。  
もっともあれで身体の相性が良くて、私が離れられなくなってしまうのもゾッとしない話だけど。  
 
それを何とか我慢して三ヶ月も付き合ってやったのは、あいつが自滅する姿を見たかったから。  
でもまあ、それも今日で終わり。明日からまた適当にバカな事言ってれば、私が裏でどんな事  
してたのかママや翔太にも想像出来ないだろうし。  
今だから告白しちゃうけど、私あんたの名前で月五十万トイチで借りてたんだ。総額百五十万円。  
最初の月はあんたがア●ムから借りた分の返済に当てて、次の二回は生活費という事で。  
ごめんね、月に十五万しか生活費渡さなくて。けどあんた、他にも十万近くせびってたよね。  
ううん別に怒ってないわよ、元はあんたの金だもの。  
それよりさ、元は百五十万円の借金のために腎臓売るなんて言い出して、あいつ本当に馬鹿よね。  
地下帝国の方がよっぽどマシなのに。  
 
教えてあげようか?  
地下帝国で仮に月百万円ずつ返す場合、確かに最初の月は利息と相殺されて六千円も返せないわ。  
けどその条件で返済を続けて行けば、三百万円の借金を何ヶ月で完済できるか分かる?  
 
正解は十八ヶ月――つまり一年半でいいのよ。  
 
もっとも地下帝国に一年半もいたら狂うかも知れないけどね。健康にも悪いだろうし。  
それでも腎臓より遥かにマシな選択肢よ。  
だって腎臓を取る側に立って考えてごらんなさいよ。  
腎臓を取った後、そこに寝転がっているのは何だと思う?  
もう一個の腎臓、肝臓に心臓、角膜も揃った臓器バンクなのよ。  
しかも相手は麻酔が効いていて無抵抗。取るのに同意を求める必要もないわ。  
腎臓の代金も踏み倒せるし、あいつの口から臓器売買の話が漏れてお縄になる危険も減らせる。  
口封じの為にも、どうせやるなら徹底的に――だから腎臓一個で済む訳ないのに。  
 
そうそう。ハ●ディカムとDVDデッキ、持って帰らなくちゃ。  
アレのシーンが人目に触れたら私もヤバいもんね。速攻でデータ消さないと。  
 
全身顔まで黒のボディスーツに身を包んだ私は、車が去ったのを見届けてから足音を立てずに階段を上り、  
あいつの部屋に侵入して手早くハ●ディカムとDVDデッキを梱包する。  
三十二インチは持って帰れないので諦めよう。その代わりカメラとデッキは家で有効利用してあげるわ。  
用事を済ませた立ち去り際、私は覆面を一旦脱いで――  
二度と主の戻らない散らかった六畳一間を振り返った。  
 
――さよなら  
 
 
<<終>>  
 

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