それは、5月も終わりに差し掛かったある日の放課後の出来事だった。  
 
「林田先輩」  
「ん?、何だ、中山。」  
朔美の自分を呼ぶ声に振り向く林田。  
「せ、先輩、これ、少し遅くなっちゃいましたけど、誕生日おめでとうございます。」  
そう言うと、朔美は林田にプレゼントを差し出した。  
「えっ、俺に? ありがとう中山。」  
そう言いながら、自分のプレゼントを受け取って喜ぶ林田を見て、朔美もまた嬉しく感じていた。  
「じゃあ、道場に行くか。」  
「そうですね。」  
林田と朔美の二人は、仲良く並んで道場に向かった。  
 
部室には、すでに藤原、皮村、ベリ子、ミウミウの4人が来ていた。  
「おっ、林田、いいとこに来た。」  
「何だ、皮村。」  
林田の目は怪訝としたものに変わっていた。  
藤原と皮村の顔を見て、何かをたくらんでいるのがすぐにわかったからだ。  
「部長と皮村、誕生日だったでしょ。だから、これから皆で誕生パーティでもやってあげようかと思ってね。」  
藤原の提案に、少し驚く林田。  
「お、お前、俺と皮村のために・・・。」  
「そうそう、だから今日は練習はなしにして、ここで皆でお祝いしましょうよ。」  
途端に林田の顔つきが変わる。  
「藤原、それって単にお前が練習がしたくないだけじゃないのか?」  
「そ、そんなことないわよ。二人の誕生日を心から祝福したいというあたしの気持ちがわからないの。」  
藤原が訴えかけるが、一度疑いを持ってしまうと、そう簡単に信じられるものではない。  
林田には、藤原と皮村の表情は、どう見ても単に練習をサボりたいだけにしか見えなかった。  
「ダメだ、早く着替えろ。練習するぞ。もうすぐ県総体なんだぞ。」  
 
そこに桃里が入ってきた。  
「おー、みんな、今日は早いね。」  
「森先輩。」  
朔美が桃里に声をかける。  
最近仲のいいこの二人を林田は横目で見ながら、林田は藤原達に早く着替えるよう促した。  
しかし、藤原は林田を無視すると、桃里に話し掛けた。  
「ねぇ、モリモリ。今日ここで部長と皮村の誕生パーティーをやろうと思うんだけど、どうかしら?」  
「おっ、そう言えば林田君と皮村君17歳になったんだ。誕生パーティー、いいねぇ、やろうよ。」  
藤原の提案にノリノリの桃里。  
林田は藤原が練習をサボりたい口実で提案しているのはわかっていたが、  
桃里が乗り気である以上、その提案を拒否することはできなかった。  
「よーし、じゃあ、部室でパーティーでもやるか。」と皮村が言うと、  
「オー。」例によって、林田以外の全員の賛成を得て、あえなく可決された。  
こうなると、柔道部のメンバーの行動力は練習時とはまるで違う。  
練習を潰されて一人不機嫌な林田以外の全メンバーが買出しなどの準備を始めた。  
 
「あのー、先輩。」  
不機嫌そうな林田の様子を見て、恐る恐る話し掛ける朔美。  
どうやら自分のことを心配してくれているらしい。  
「あっ、別にそんなに怒ってる訳じゃないから、そんなに気にしなくていいよ。」  
そう言って、朔美に微笑む林田。  
それを見てホッとした朔美も、林田に微笑み返した。  
 
部室での誕生会は盛り上がった。  
ベリ子が用意した大きなケーキはテーブルの中央に置かれていた。  
そのテーブルを囲いながら、皆がそれぞれ楽しんでいた。  
ただひたすら食べまくる藤原、エロ本を読みながら食べる皮村。  
それを見て、エロ本は読むなと注意する林田。  
その林田の様子を楽しそうに見ている東。  
一人浮いているよしお。  
楽しそうに食べるミウミウと、その様子を見て楽しんでいるベリ子。  
みんながはしゃいでいる中で、楽しそうに笑っている桃里。  
朔美は桃里の隣に座って、二人仲良くいろいろ話していた。  
「最近、仲いいな。あの二人。」  
「本当だな。森さんもいい話し相手ができてよかったんじゃない。」  
林田と皮村は二人の様子を見ながら話していた。  
 
その時、黒い物体が目の前を通り過ぎた。  
林田も皮村も桃里も朔美も、話すのをやめて、その物体の方に目をやる。  
チョメジが一升瓶を持ったまま、ごきげんな様子で暴れていた。  
「オイ、藤原、お前、またチョメジに酒を飲ませたな。」  
林田が藤原に話し掛けた。  
「えっ、お酒?」(水はダメだったんじゃなかったんですか?)  
それを聞いて驚く朔美。  
「いいじゃないの。こんな時ぐらい飲ませてあげなさいよ。」  
「だ、ダメですよ。高校生のうちからお酒なんか飲んだら・・・」  
朔美が藤原に恐る恐る話し掛ける。  
「確かに、未成年がお酒を飲むことはいけないことよ。でも、それは人間の話でしょ。  
チョメジは人間じゃないわよ。未成年かどうかも怪しいわ。」  
「いや、間違いなく未成年だろ。」林田が突っ込む。  
(た、確かにチョメジさんは人間じゃないから、いいのかな?)  
藤原に言われて、チョメジを見た朔美は、それ以上何も言い返せなくなった。  
 
そして、部屋の隅には、周りの話していることに一人ついていけないよしおの姿があった。  
「酒のビンが部室に転がってるのを、先生に見つかったらどうするつもりだよ。」  
林田が大声で藤原に怒鳴り上げる。  
「もー、うるさいわね。ちゃんと片付けておけばいいんでしょ。」  
「林田君、私が後でちゃんと片付けとくから。」  
林田と藤原の間に、桃里が割って入ると、林田は態度を軟化させた。  
「ごめんね、森さん。酒のビンの後始末なんかさせて。」  
「いいって、いいって。」  
謝る林田に、笑顔で答える桃里。  
 
実は、朔美は、この林田の桃里に対する接し方が、最近気になって仕方がなかった。  
もしかしたら、林田先輩は、森先輩のことが好きなのでは・・・。  
二人の楽しそうな雰囲気を眺めながら、ふとそんな考えが頭の中をよぎる。  
「中山、お前も遠慮しないで、どんどん食べろよ。」  
「えっ。」  
林田の声に、ふと我に返った朔美は、思わず声を上げた。  
「朔美ちゃん、どうしたの?」  
朔美の声に驚いた桃里が、思わず朔美に話し掛ける。  
「いえ、何でもないです。」  
心配かけまいと笑顔で答える朔美。  
「まあ、いろいろとびっくりしたと思うけど、そのうち慣れるよ。」  
林田は朔美にそういうと、近くにあったコップを手に取った。  
それに気がつく皮村。  
「おい、林田、そのコップは・・・」  
しかし、皮村が言い終わる前に林田はコップの中の飲み物を飲み始めた。  
飲んでから、あまりに違和感のある味に気がつく林田。  
だが、桃里が隣に座っている以上、吐き出すなどという行為は許されるはずもなかった。  
林田は意を決すると、口にある液体を全て飲み込んだ。  
 
そして、20分後・・・。  
 
林田は、吐き気すら覚え、だんだん頭がクラクラしていた。  
「どうしたの、林田君。」  
林田の異変に気がついた桃里が林田に話し掛けるが、林田からの応答はない。  
そして、ついに林田は隣に座っていた桃里の膝の上に倒れこんだ。  
「きゃあー!!!。」  
驚く桃里。ブーッと飲んでいたものを思わず吹き出す藤原と皮村。  
そして、言葉も出ないくらい驚く朔美。  
「どっ、どーしたっすか。林田先輩。」  
純粋に林田を心配するよしお。  
一方、皮村は、あまりにもそのうらやましい構図(膝枕)を見て、  
林田に対して殺意すら芽生えていた。  
「部長、みんなの見てる前でモリモリにセクハラとは、アンタも随分変わったわね。」  
藤原が林田に話し掛けるものの、林田からの返事はなかった。  
(えっ、林田先輩が森先輩にセクハラ?)  
藤原の話を真に受けてショックを受ける朔美。  
「ちょ、ちょっと林田君、どうしたの。」  
青ざめた顔で倒れている林田の様子を見て、林田に話し掛ける桃里だが、  
やっぱり林田からの返事はない。  
「あ、さっき、林田の奴、コップ間違えて、チョメジのを飲んでたんだけど、まさか・・・」  
皮村の話を聞いた藤原は、林田の飲んでいたコップを手にとって確認した。  
「間違いないわ。部長はチョメジのお酒を飲んでしまったみたいね。」  
(しかも、チョメジの持ってるビン見たけど、相当アルコール度数の高い焼酎のようね。)  
「ちょっと、納得してないで、早く林田君を起こすのを手伝ってよ。」  
ふと、桃里の方を見ると、桃里と朔美の二人が林田を起こそうとしていた。  
「仕方がないわね。ミウミウ、部長を起こすのを手伝ってあげなさい。」  
藤原に言われて、ミウミウは林田を抱き起こした。  
 
「ううっ、気持ち悪い。」  
林田は相変わらず意識がなかったが、さっきから気持ち悪いを連発していた。  
「こういう場合は、トイレで吐かせると、楽になるらしいわ。」  
未成年なのになぜか、こういう無駄なことを知っている藤原のアドバイスを受けて、  
皮村とミウミウは林田を担いでトイレに連れて行って吐かせることにした。  
3人の姿を心配そうに見送る朔美。  
「部長なら、大丈夫よ。ただ酔っ払ってるだけだから。」  
そう言いながら、何かを思いついたのか、藤原もトイレの方へ走っていった。  
 
トイレで吐かせたせいか、大分顔色がよくなった林田だが、依然として意識はなかった。  
ちなみに林田が吐く様子を目のあたりにして、皮村とミウミウももらいゲロをしたらしい。  
「あー、もう、何か食欲がわかねえよ。」  
皮村もミウミウも、げんなりとしていた。  
藤原は、なぜか林田が目覚めるのを待っていたようだが、いつまで経っても目が覚めないので、  
だんだんと飽きてきていた。  
そうこうしているうちに、日も大分傾いて、夕方になっていた。  
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。」  
藤原の発言に驚く桃里。  
「ちょ、ちょっと林田君はどうするのよ。このまま置いて帰るわけにはいかないよ。」  
「大丈夫よ。真冬に外で倒れてるならともかく、部室の中で寝ている分には大丈夫よ。」  
(それに、急性アルコール中毒の心配もなさそうだしね。)  
「そうだな。んじゃ、そろそろ帰ろうぜ。」  
皮村もそう言うと、帰る支度を始めた。  
「ちょ、ちょっと・・・」  
桃里が二人に何か話し掛けようとしたとき、  
「わ、私が、先輩が起きるまで残ります。」  
林田の横について林田を介抱していた朔美が、藤原に話した。  
「じゃあ、これで決まりね。あとはよろしく頼んだわよ。よしお、帰るわよ。」  
「ええーっ、ぼ、僕もですか。」  
そういうと、藤原と皮村はよしおを連れてさっさと帰ってしまった。  
 
「桃ちゃん、あたち達も帰るね。」  
藤原と皮村とよしおが去っていく方向を呆然と見ていた桃里の背後から、ベリ子が声をかけて来た。  
「ベリ子、お前もか。」思わず叫ぶ桃里。  
「うん、それじゃね。バイバイだョ。」  
あっさりとそういうと、ベリ子とミウミウは仲良く手をつないで帰っていった。  
二人を呆然と見送る桃里の背後から、今度は東が声をかけて来た。  
「あのー、森さん、今、姉さん達から電話があって、僕も帰らないといけないんだ。  
何でも会わせたい人がいるから、至急帰って来いだって。だからね。」  
「うん、わかったよ。林田君ももうじき目が覚めると思うし、後は任せてくれていいよ。」  
「ゴメンね。それじゃね。」  
そう言うと、倒れている林田の顔を名残惜しそうに見てから、東は帰っていった。  
こうして部室には、倒れている林田と桃里、そして朔美の3人だけになった。  
こうして、しばらく部室には、3人だけの時間が流れるのであった。  
 
やがて、日は沈み始め、辺りは暗くなり始めていた。  
 
「寒い。」  
無意識のまま、寒いとだけ言い続ける林田。  
確かに今日は、5月の終わりにしては少し肌寒かった。  
「林田君、ちょっと待ってね。」  
桃里は、部室の片隅に置いてある柔道着の上着を持ってくると、林田の上にかぶせてあげた。  
「あ、二日酔いの人ってよく頭痛いって言うから、頭とか冷やした方がいいのかな。」  
「えっ、そうなんですか?」  
「よくわかんないけど、うちのお父さん、よく飲みに行った次の日に頭が痛いって言ってたから。」  
そういうと、桃里はタオルを水で濡らしに、トイレへと向かった。  
そして、濡れたタオルを持ってくると、林田の頭の上にそっとのせた。  
倒れている林田を介抱する桃里。その様子を、朔美はしばらくじっと眺めていた。  
林田を介抱する桃里の表情は、どこか優しく、林田を見つめる桃里の表情を見て朔美はドキドキしていた。  
 
(もしかして、森先輩も林田先輩のことを・・・。)  
しばらく、部室は時計の針の音以外、何もしない無音の時が流れる。  
それは、実際は、朔美が心の中で葛藤しつづける時間でもあった。  
(森先輩、林田先輩のことが好きなんですか、って、いきなり聞くのも何か変だし・・・)  
「朔美ちゃん。」  
「わっ。」  
突然、桃里に名前を呼ばれてビックリする朔美。  
「ど、どうしたの。」  
驚く桃里。  
「い、いえ、ちょっと考え事していたものですから。」  
「そ、そう。」  
「えっと、それで、何ですか?」  
「前から思ってたことなんだけどね。朔美ちゃんは、確か中学の時は剣道部に入ってたんだよね。」  
「はい、そうですけど。」  
「それなのに高校では、なんで剣道部じゃなくて柔道部に入ったのかなーって。」  
「えっ!?」  
突然の質問に、返答に困る朔美。  
「もしかしたら、あの時、私が無理に見学させて入部させちゃったのが原因かな?」  
「いえいえ、違いますよ。」  
慌てて否定する朔美。  
「そう、だったらいいんだけど、もし私のせいで柔道部に入ることになったとしたら、  
朔美ちゃんに悪いなってずっと思ってたから、よかった。」  
そう言って朔美に微笑みかける桃里。  
(森先輩、そんなことをずっと気にしてくれてたんだ。)  
普段から自分のことをすごく優しく気遣ってくれる桃里に、朔美はいつも感謝していた。  
 
朔美は確かにあの時、あまりにもキラキラ光る目で自分を見つめる  
桃里の誘いを断りきれずに柔道部の見学を行なった。  
しかし、あの時桃里に誘われなかったら、今でも林田が柔道部に入っていたことに  
気づいていないかも知れない。  
そう考えると、あの時の偶然の出会いは、自分にとって最高にラッキーだったと思ってるし、  
自分と林田を再会させてくれた桃里には、むしろ感謝していたくらいだった。  
「でも・・・」  
「えっ?」  
「じゃあ、なんで剣道部じゃなくて柔道部に入ったのかな?」  
桃里の問いにまたしてもギクッとなる朔美。  
柔道部に入った理由なんて、自分の中では明快に答えが出ている。  
でも、その内に秘めたる思いをまだ、他の人には話したくない。  
回答に困っている朔美の様子を見て、桃里は興味が出てきたのか、追求し始めた。  
「さては、もしかして、林田君・・・」  
(ええっ!?)ドキドキドキ  
桃里の口から林田の名前が出てきて、一瞬慌てる朔美。  
「・・・と同じで、本当は柔道部に入りたかったけど、部活がなかったから剣道部に入っていたとか。」  
「そそそそ、そーなんですよ。」  
「やっぱり、そうだったんだ。」  
それを聞いて、納得する桃里。  
一方、朔美はどうやらバレずにすんで、ホッとしていた。  
 
パーティーが終わって1時間以上が経過した。  
「林田君、起きないね。」  
「そうですね。」  
「本当に大丈夫なのかな。」  
しばらく楽しそうに話していた桃里と朔美だったが、一向に目を覚まさない林田の様子に  
さすがに少し心配になっていた。  
とその時、「ウウン」といいながら林田は寝返りをうった。  
「どうやら、大丈夫みたい。」  
眠る林田を見て、桃里と朔美はホッとすると、二人とも自然と笑みがこぼれていた。  
 
「朔美ちゃん。」  
「ハイ、何ですか?森先輩。」  
「あのね、今日、お店を手伝わないといけなくて、私ももうそろそろ帰らないといけないんだ。」  
「そ、そうなんですか。」  
(そういえば、森先輩の家って、確かラーメン屋だったっけ。)  
「で、悪いんだけど、私もそろそろ帰ろうと思うんだけど、一人で大丈夫かな?」  
申し訳なさそうに話し掛ける桃里。  
「は、はい、大丈夫です。」  
「じゃあ、お先に失礼するね。朔美ちゃんも遅くなりそうだったら、  
林田君起こして帰ったらいいからね。」  
「あ、ハイ。お疲れ様です。」  
こうして、桃里も家に帰っていった。  
(本当に、森先輩はやさしくて、いい人だなぁ。おまけに美人だし。  
これじゃ、林田先輩が、森先輩のこと好きになってもおかしくないなぁ。)  
去っていく桃里の後姿を見ながら、朔美は深い溜息を一つついた。  
 
気がつけば部室は林田と朔美の二人っきりになっていた。  
本来ならば、とても嬉しいシチュエーションなのだろうが、林田は相変わらず目が覚めないし、  
それに暗くなり始めた学校は静まり返って、不気味さすら漂っていた。  
無音の中、一人部室に残った朔美は、この静けさが怖くて、今すぐ家に帰りたい気分になっていた。  
それでも、怖いのを我慢して残っていれるのは、目の前に林田がいるからだ。  
 
「林田先輩、起きてください。」  
 
朔美は、すがる思いで、林田に向かって小声で叫んだ。  
しかし林田は、よほど深い眠りに入ってるのか、朔美がいくら起こそうとしても目を覚まさなかった。  
林田先輩さえ、起きてくれれば、きっと林田先輩が勇気付けてくれるはず。  
朔美はまたしても、例によって、林田への妄想を思い描いていた。  
しかし、朔美は知らなかった。林田が超のつくぐらいの怖がりであることを・・・。  
 
もう、どれくらいの時間がたっただろうか?  
辺りは日も暮れて真っ暗になっていた。  
時計を見ると、もう8時をまわっていた。  
さすがに、もう帰らないといけない。  
しかし、このまま林田を放っておくわけにもいかなかった。  
林田は一向に起きる気配がなかった。  
朔美は何度か林田を起こそうとしたものの、林田からの反応は全くなかった。  
朔美はどうしたものかと悩んでいた。  
その時、携帯電話の着メロが突然鳴り出して、朔美は心臓が飛び出しそうなくらい驚いた。  
これは、林田の携帯電話のようだ。しかし、林田は相変わらず目が覚めない。  
仕方がないので、朔美が代わりに出ることにした。  
朔美は林田の携帯電話を手に取った。ディスプレイには「森さん」と表示されていた。  
「えっ、もしかして森先輩からの電話。」  
気づいて慌てて電話に出る朔美。  
「も、もしもし。」  
「もしもし、って、もしかして朔美ちゃん?」  
電話の向こうの桃里はかなり驚いているようだ。  
「は、ハイ、そうです。」  
「もしかして、まだ部室にいるの?」  
「は、ハイ、林田先輩、まだ目を覚まさないんです。」  
「そっか、林田君、まだ目を覚まさないんだ。ウーン、どうしたものかな。」  
電話の向こうで考え込んでいる様子の桃里。  
「じゃあ、私も今からそっちに行くよ。今日はもうお店の方は大丈夫みたいだから。」  
暗闇の学校の中、ずっと一人でいた朔美は、桃里の言葉を聞いて思わず笑みがこぼれた。  
「ハ、ハイ、お願いします。」  
電話で桃里に、思わず大声で返答する朔美。  
これには電話の向こうの桃里も驚いたようだ。  
 
桃里との電話を切った朔美の表情からは、さっきまでの不安と心細い表情は消えていた。  
もうすぐ、森先輩が来てくれる。そう思っただけで、今までの不安が半減した。  
とその時、安堵している朔美の背後から、誰かが手を伸ばしてくるのに気がついた。  
その手は朔美の背後から手を回すと、次の瞬間、朔美を思いっきり抱き寄せていた。  
「キャーー!!!」  
思わずビックリして声をあげる朔美。  
恐る恐る後ろに顔を向けると、そこにはいつの間にか目覚めていた林田がいた。  
 
その頃・・・。  
二人のためにラーメンの差し入れの準備をし始めるモモジと桃里。  
普段は制服のまま手伝っていた桃里だが、今日は珍しく私服に着替えて手伝っていた。  
その桃里の前のカウンター席では、藤原がラーメンを食べていた。  
 
「もう、あの子ったら、まだ部室に残ってたの。部長なんかさっさとたたき起こせばいいのにね。」  
ラーメンを食べながら、藤原は桃里に話し掛けた。  
「仕方がないよ。朔美ちゃんはそういうことができるタイプじゃなさそうだし。」  
「モリモリ、ラーメンの準備しているようだけど、部長がまだ目を覚ましてなかったらどうするつもりなの?  
ラーメンのびちゃうわよ。」  
それを聞いてハッとなる桃里。  
「そう言われたらそうだ。林田君まだ起きてるとは限らないね。  
じゃあ、コンビニで何か買って差し入れに持っていくことにするよ。」  
そういうと、桃里はエプロンをはずして、外に止めてある自転車に乗った。  
「桃里、もう遅いから気をつけて行くんだぞ。」  
心配そうに桃里の方を見ながら話すモモジ。  
「お父さん、大丈夫だって。すぐに帰ってくるから。じゃあね、行ってきまーす。  
藤原君、ゆっくりしてってね。」  
そう言うと桃里は自転車に乗って学校に向かった。  
「まったく、モリモリも大変ね。あ、モモジ、ラーメンおかわりね。」  
桃里が去っていくのを見届けた後、藤原はラーメンの追加注文を行なった。  
 
「は、林田先輩。起きてたんですか?」  
背後にいた林田に驚く朔美。  
「ああ、ずっと俺が起きるのを待っててくれたんだ。中山、ありがとうな。」  
「いえ、そんな・・・」  
林田に感謝されて、少し照れながら答える朔美。  
ただ、林田がいつもと少し雰囲気が違うように感じた。  
まだ、目覚めたばかりだからだろうか?  
でも、それにしても、林田の様子はどこかいつもと違うような感じがした。  
どこが違うのかと言われると、答えに窮してしまうのだが、とにかく朔美には  
林田がいつもと少し様子が違うように感じた。  
「林田先輩?」  
朔美がいぶかしげに林田の顔を見つめた瞬間・・・。  
 
林田は、朔美を押し倒した。  
「キャッ、せ、先輩!?」  
無言で、朔美の上に覆い被さってくる林田。  
(うわっ、なななな、何やってんだ俺? キャラ変わってるじゃねえか。オイ。)  
「ちょ、ちょっと、先輩、どうしちゃったんですか? こ、こんな・・・」  
あまりの出来事に、混乱する朔美。  
林田はただ無言で朔美の上に覆い被さると、朔美の両足の間に体を入れて、脚を閉じれないようにした。  
(中山、逃げろ。おい、俺、一体、中山に何をするつもりだよ。)  
林田の心の中では、林田の理性が混乱していた。  
自分の意思とは関係なく、自分の体が勝手に動いていく。  
しかも、その自分の体が、後輩の朔美に襲いかかっているのだ。  
林田は何とか理性で食い止めようとするが、まるで体だけ別人のものになって  
しまったかのように言うことが効かない。  
 
林田は、朔美の制服のリボンをはずすと、朔美の服を脱がせ始めた。  
「い、いや、先輩、や、やめてください。」  
あまりの林田の豹変と、自分の身に起きようとしている現実に朔美は混乱していた。  
あこがれと初恋の対象でもあった林田の突然の豹変振りに、朔美は涙を浮かべながら、抵抗した。  
林田は無言のまま、制服の下から、制服の中に手をもぐりこませる。  
「いやぁ、先輩・・・。」  
(おい、やめろって、俺は、一体どうしちまったってんだよ。)  
 
その時、林田の動きがふと止まった。  
「ゴメン、中山、俺、どうかしてたみたいだ。」  
そういうと、朔美の制服の中に滑り込ませていた手を出した。  
その声を聞いて、朔美は林田の方を恐る恐る見ると、林田も朔美の方をじっと見つめていた。  
目と目が会う二人。  
林田の表情は真剣だった。その表情に思わずドキッとする朔美。  
そして、朔美も真剣な表情の林田から目をそらせなくなっていた。  
 
(おい、何勝手に盛り上がってんだよ。中山も何やってんだよ。早く逃げてくれよ。)  
林田の理性は、今がチャンスなのに、なぜか逃げ出さない朔美にイライラしていた。  
 
一方その頃・・・  
桃里は家と学校との中間地点にあるコンビニを目指していた。  
久しぶりに自転車に乗るせいか、あまりスピードが出なかったが、それでも必死でこいで  
何とかコンビニに辿り着いた。  
「何か、すごい疲れた。最近柔道始めたけど、やっぱ、それまでが運動不足だったせいかな。」  
桃里はそんなことを考えながら、コンビニに入っていった。  
 
そしてもう一方では・・・  
藤原が、追加注文したラーメンをおいしそうに食べていた。  
 
「中山、お前を抱きたい。」  
(ブーーーーーーーーーッ)  
林田の理性は自分の発言した言葉を聞いて、思わず吹き出した。  
(オイ、俺は、いきなり、何言ってんだよ。第一、俺に似合わねえだろ、そのセリフはよ。)  
林田の理性は、自分の発した言葉に、文字通り一人突っ込みをしていた。  
「えっ!?」  
一方、突然の林田の言葉に呆然とする朔美。  
「いいだろ。」  
林田の言葉でようやく我に返る朔美。  
「ええっ、そ、そんな・・・、ほ、本気ですか。先輩・・・」  
朔美は同様しながら、必死で答える。  
胸の鼓動が激しくなる。  
「ああ、もちろん、本気だ。お前が欲しいんだ。」  
(オイッ、コラ、俺は何を調子に乗ってんだよ。)  
林田の視線は、朔美を一直線に捕らえていた。  
林田は本気だと、朔美は思った。  
「林田先輩・・・。」  
憧れの先輩であった林田が、本気で自分を求めてくれている。  
それだけで、朔美には十分だった。  
「中山」  
林田はそう言うと、朔美を起こし、優しく抱きしめていた。  
朔美の目から、自然と涙がこぼれてきた。  
 
(おい、俺がつまんねえ事言ったり、セクハラしたりするから、  
中山泣いちゃったじゃねえかよ。  
いきなり襲いかかるし、後でどうやって言い訳しようかな。)  
一方、林田の理性は言い訳を必死に考えていた。  
林田の抱擁は力強いものではなかった。  
だから、今、朔美が力を振り絞って、突き飛ばせば、林田から逃げることは可能だった。  
(中山、今がチャンスだ。早く逃げろ。)  
林田の理性は朔美に向けて、必死に声を上げていた。  
しかし、もちろんその声が朔美に届くことはなかった。  
林田の理性は、何とかして朔美を自分から逃そうと必死に叫んでいた。  
 
しかし、その時・・・  
「先輩、私、林田先輩のことが好きです。」  
(えっ、中山!?)  
朔美の突然の告白に驚く林田の理性。  
「私、先輩が卒業してからも、ずっと剣道続けてました。  
先輩が好きな剣道をやってたら、寂しさを少しは紛らわせるかなと思って。  
でも、この1年、先輩に会えなくて、本当は寂しくて仕方がなかったんです。  
だから、先輩と同じ学校に入って、先輩に会えた時は、本当に嬉しかったです。」  
そう言うと、目からさらにとめどなく涙がこぼれてくる朔美。  
 
(中山、お前・・・)  
林田の理性は、彼女の気持ちを知って、言葉を失った。  
 
しばらく、流れてくる涙をぬぐっていた朔美。  
(だ、ダメだ・・・。俺は、俺は、森さんのことが・・・)苦悩する林田の理性。  
だが、林田自身は、そんな理性のことなどお構いなしで、行動し始めた。  
朔美を落ち着かせようと、林田は朔美の頬に軽くキスをすると、頭を優しく撫でた。  
それに気がついた朔美が、林田の方を見上げると、林田が優しい笑顔で自分の方を見ていた。  
それは、中学時代から知っている、いつものやさしい林田の表情だった。  
「林田先輩・・・。」  
林田の微笑みを見て落ち着いた朔美は、意を決して林田に向かって答えた。  
「林田先輩だったら・・・いいです。抱いてください。」  
朔美が一途に自分のことを思っていてくれたこと、自分のことをこれほど好きになってくれていたこと、  
そして、今の朔美のその言葉を聞いて、林田の心は激しく揺れ動いていた。  
(中山、ダメだ。俺は、俺は、森さんのことが、好きなんだ。)  
拒絶しようとする林田の目に、目を潤ませながら、自分の方を見ている朔美の姿が映る。  
(あれっ、中山って、こんなにかわいかったっけ?)  
中学でも、高校でも、朔美は自分と同じ部活に入って、自分の身近にいる後輩だった。  
それだけに、今までそのことに気がつかなかったのかも知れない。  
潤んだ目で自分を見つめる朔美を見て、林田の理性はさらに胸苦しい気持ちで  
押しつぶされそうになっていた。  
その理性の様子に気づいた林田本体は、行動に出た。  
「中山。」  
そう言うと、朔美の方をじっと見つめる。  
「林田先輩・・・」  
そして、林田と朔美は見つめ合うと、林田は、朔美に優しくキスをした。  
朔美の目から一筋の涙がこぼれる。  
林田はその涙を指で拭うと、再び見つめあう二人。  
そして、再び、今度はどちらからともなく激しいキスを交わし始めた。  
(中山・・・)  
林田の理性も、そのキスと共に・・・、そして、その一途な朔美の思いの前に、ついに陥落した。  
 
 
その頃・・・  
桃里はコンビニで差し入れする品物を選んでいた。  
「林田君は起きてるかどうかわからないし、起きてても目覚めたばっかだから、  
あっさりしたものがよさそうね。」  
桃里はサンドイッチとお茶を二人分手に取ると、コンビニのレジへと向かった。  
 
さらに、その頃・・・。  
「いやぁ、今日はラーメン2杯も食べちゃったわ。」  
夜道をごきげんな様子で家に向かう藤原。  
街頭もなく、まさに真っ暗の道を、ごきげんな様子で藤原は帰っていた。  
「虎呂助。最近前にも増して食べすぎではござらんか。」  
(家に帰ったら、さらに夕飯を食べるのでござろう。)  
藤原の横にはチョメジが歩いていた。  
辺りが暗くなっているせいか、チョメジの体は闇に溶け込んでおり、  
人が来てもすぐに隠れることができる状態にあった。  
 
「今日は、しかし、なんか長い一日だったわね。」  
「そうか?拙者にはいつもと変わらんように思うがな。」  
「あんたは酒飲んで酔っ払ってたから、記憶が飛んでるだけよ。」  
「うう、それを言われると・・・」  
藤原に痛いところを突かれて、グウの音も出ないチョメジ。  
「そういえば、拙者の酒を亀太郎が誤って飲んで倒れたそうな。」  
チョメジは、さっき桃里が話していたことを思い出した。  
「そうなのよ、口に含んだ時点で、普通気づくわよね。  
どう味わってもジュースと焼酎の味を間違えるはずないわ。  
あの時ベロンベロンに酔っ払ってたアンタならともかくね。」  
またしても痛いところを突かれ、黙り込むチョメジ。  
「きっと、飲んで、お酒を口に含んでしまったけど、そばにモリモリがいたから吐き出せずに、  
そのまま飲んでしまったってとこかしらね。トイレに行って吐き出せばいいのに、もうホントに、バカだわ。」  
「そのバカなところが亀太郎のいいとこでもあるがな。」  
 
「それが、本当にいいとこなのかしらね?」  
珍しく神妙な様子で藤原が話す。  
「虎呂助?」  
「前から思ってたことなんだけど、部長は、あまりにもいい子を演じようとしすぎなのよ。  
それに振り回されるこっちの身にもなってもらいたいものだわ。」  
「虎呂助、それは違うぞ。亀太郎はいい子を演じているわけではない。  
亀太郎は、根が本当に純粋ないい子なのだ。  
亀太郎をここまで立派に育て上げるとは、亀太郎のご両親は、さぞかし立派な方なのだろうな。」  
「何よ、あたしがまるでひねくれてるみたいな言い方してくれるじゃないのよ。」  
「いや拙者はそのような事は・・・。」  
「まあ、部長も化けの皮をはがしたらあたし達と大差ないわよ。」  
「化けの皮って・・・」  
「そう、化けの皮よ。部長はいい子ちゃんという化けの皮をかぶってるのよ。  
だからね、それを剥がしたら部長どうなるかなあと思ってね、  
実はあの時、部長がトイレに担ぎ込まれた時に、密かに催眠術を施してみたのよ。」  
「な、なんと・・・」  
驚くチョメジ。  
「一見、いい子ちゃんに見える部長が、その理性を封印されたらどういう行動に出るか、楽しみじゃない。  
だから皮村とミウミウが吐いている隙に、こっそりと部長にかけておいたのよ。」  
「で、どうだった。」  
「どうだったも何も、結局、部長起きなかったから、わからずじまいよ。今思えば、たたき起こせばよかったわね。  
きっと皮村みたいになってたと思うけどね。だって、本能しか残ってないんだからね。」  
「薫は本能だけしかないと申すか。」  
「少なくとも皮村の一面はそうでしょ。」  
「た、確かに・・・」  
思い当たることがたくさんありすぎて、こればかりはチョメジも否定しようがなかった。  
その頃、皮村は自分の部屋で大きなくしゃみをしていた。  
 
「まあ、本能の赴くままに行動するとしたら、人間の3大欲求である食欲、性欲、睡眠欲に真っ先に  
興味がいくんだろうど、あの時、部長が起きていたとしたら、睡眠欲は満たされていたわけだから、  
残るは食欲と性欲だけど、吐いた後って、食欲はあまり沸かないそうなのよ。  
しかも、あの時、部長の横にはモリモリが座ってたから、きっと部長は性欲の赴くまま行動したと思うのよ。」  
楽しそうに話す藤原だが、それを聞いてチョメジは驚いた。  
「虎呂助、ま、まさか、亀太郎に桃里殿を襲わせようとしたでござるか。」  
「もちろん、実際にモリモリに襲いかかったら、あたしとミウミウで止めるつもりだったわよ。  
でもね、催眠術で理性を完全に封じることなんて、実際には無理な話なのよ。  
だからこそ、残った理性で部長がどんな行動をするか、非常に楽しみだったんだけどね。  
でも、部長は今だに目が覚めてないみたいだし、ホント、待たなくてさっさと帰って正解だったわ。」  
「しかし、朔美殿は、亀太郎が起きるのを、部室でずっと待っているのでござろう。  
それに、桃里殿も、亀太郎を見舞いに、こんな夜遅くに学校まで行ってるし、二人とも本当に優しい子でござるな。」  
「ホント、部長にはもったいない・・・。」  
言いかけて、藤原の歩みが止まる。  
「どうした?虎呂助」  
不思議に思うチョメジ。  
 
「ああ、しまったー。催眠術を解くのを忘れてたわ。」  
「な、な、な、なんと。」  
「まずいわ、理性がどれだけ残っているかわからない以上、今の部長に、二人が近づくのは危険だわ。  
チョメジ、学校に戻るわよ。」  
そう言うと、藤原は慌てて学校に戻り始めた。  
 
しかし、この時、藤原はまだ心のどこかに安心感があった。  
(でも、部長だったら、理性を失ってても、ヘタレのままだったりしてね。)  
そんなことを考えて思わずプッと吹き出していた。  
しかし、これが、後に藤原自身をも巻き込んだ大事件の始まりになろうとは、  
当然ながら、この時の藤原は微塵も思っていなかった。  
 
 
林田はゆっくりと朔美を寝かすと、自分の体を朔美の上に重ねた。  
見つめあい、そして再びお互いを求め合うかのように、激しいキスを交わし始めた。  
「・・・ん・・・・んっ・・・・はっ・・・・」  
林田も朔美も初めて経験する唇と舌の感触に夢中になり、熱い吐息を漏らしていた。  
朔美は、いつの間にか林田の背に腕を回していた。  
林田は急に自分の体温が上昇するのを感じ、下腹部が熱く芯を形作るのを自覚した。  
やがて二人の唇がゆっくりと離れる。  
林田は、朔美の頬に口付け、その唇を徐々に首筋に滑らせていく。  
「・・・・・ああ・・・」  
林田の唇から甘く痺れる様な感覚がもたらされる。  
それは朔美が生まれて初めて経験する官能的な刺激であった。  
林田は、首筋を愛撫したまま、手を朔美の制服の中に滑り込ませてゆく。  
林田は朔美のつけていたブラジャーのホックをはずすと、  
ゆっくりと右手を朔美の胸に這わせる。  
「・・ああっ!・・・あ・・・・・・」  
林田の手の感触に、思わず声を上げる朔美。  
その様子を見た林田は、もう片方の手も、制服の中に滑り込ませた。  
そして、もう片方の手も朔美の胸に這わせると、堅くなっていた突起物を指で刺激した。  
「あっ・・ああっ・・んああ・・」  
朔美は突然の刺激に快感で顔を歪め、声を上げた。  
自分の愛撫で感じている朔美を見ていると、たまらなくいとおしく感じてくる。  
林田は朔美に顔を近づけると、再び朔美と口づけを交わした。  
「・・・ん・・・・んんっ・・・・」  
しばらくキスと胸の愛撫を続けていた林田だが、やがて二人の唇が離れると、  
朔美の胸に添えていた手もはずした。  
そして、朔美の制服をゆっくりと脱がせ始めた。  
朔美の目からまた涙がこぼれる。  
それは、林田に見られるという羞恥と、林田に抱かれているという喜びの混じった  
複雑な感情のもたらす涙だった。  
 
林田が朔美のブラをはずすと、朔美の羞恥は極限にまで達した。  
思わず胸を両手で隠す朔美。  
「せ、先輩、ごめんなさい。胸・・・大きくなくて・・・」  
「いいんだ。中山。そんなこと気にしなくても。」  
そう言うと、林田は朔美の両手をゆっくりと下ろさせる。  
それと同時に朔美の胸が露わになった。  
服を脱がせ終わった林田は、朔美に軽くキスをすると、今度は朔美の胸に舌を這わせた。  
「あんっ・・んああ・・ああっ・・」  
舌が自分の乳首にまとわりつくような感覚に、たまらず朔美は切ない声を上げた。  
「・・・ああっ・・・先輩・・・」  
林田は朔美の胸を、舌で愛撫し続けていた。  
朔美は、林田の舌の動きに翻弄されていた。  
林田はしばらく舌で愛撫を続けた後、今度は朔美の乳首を口に含んだ。  
「あっ・・ああっ・・んああ・・」  
朔美の口から漏れる声が大きくなる。  
胸を口で愛撫したまま、手を朔美のスカートにやると、朔美のスカートを脱がせ始めた。  
「えっ・・・あっ・・・・ヤダッ、先輩・・・」  
さすがに恥ずかしくなった朔美は抵抗するが、その力は弱く、林田にとっては対して抵抗にならなかった。  
スカートをずらすと、今度は朔美の下着に手をかけた。  
その間も、林田の胸への愛撫は続いた。  
「・・・ああっ・・はぁん・・」  
朔美はその愛撫で、もはや目を閉じて息を乱しながら切なく声をあげるだけで、もはや抵抗する力はなかった。  
その様子を見た林田は胸への愛撫を止めて、両手で丁寧に朔美の下着を脱がせていった。  
林田は朔美の秘所に目をやると、朔美の秘所はすでに十分濡れていた。  
それを見た林田は、自分の服も素早く脱ぎ始めた。  
林田の愛撫を受けて、朔美はしばらく目を閉じたままで、声を上げ続けるだけだったが、  
しばらくして林田の愛撫が止まったのに気がつくと、恐る恐る目を開けた。  
目の前には裸になっていた林田がいた。  
 
「林田・・・先輩・・・」  
目の前の林田の裸に目を奪われる朔美。  
(今、私と林田先輩・・・、二人とも裸なんだ。)  
朔美は、今起こっていることが現実であることを改めて噛み締めていた。  
突発的なキスから始まり、激しい愛撫を受け続けて、まるで白昼夢をみているような  
気分だった朔美だったが、手を伸ばすと、そこには確かに林田の体があった。  
 
林田先輩の体、思ったよりも、ずっと大きくて温かい・・・。  
 
「中山・・・」  
二人の肌と肌が触れ合い、一つに重なり合うと、二人は再びお互いを求めるかのように、  
激しくキスをし始めた。  
「んん・・・ん・・・はっ・・・」  
二人の長くて激しいキスが続く。  
最初のキスは林田の方が、朔美の口内に舌を入れて侵食していたが、今度のキスは違った。  
二人の舌と舌が、まるで生き物のように、お互いを求めながら絡めあっていた。  
このキスだけで朔美は、全身の力が抜けていくような感覚に陥っていた。  
しばらくお互いを貪るように激しくキスを続けていた二人だが、やがて林田の方から唇を離すと、  
頭を下のほうにずらし、朔美の体の愛撫を始めた。  
両胸をやさしく手で揉みながら、乳首を口に含んだ。  
「ああっ・・・」朔美の口からから思わず声が漏れる。  
しばらく胸を愛撫した林田は、さらに頭を下の方にずらしていく。  
それがどこに向かっているかは、朔美もわかっていた。  
林田は、朔美の両足をM字に固定して開かせると、朔美の秘所に目をやった。  
「ヤ、ヤダ、せ、先輩、そ、そんなところを・・・じ、じっと見ないで下さい。」  
しかし、朔美の体は気持ちとは裏腹に、林田に自分の秘所を見られていることに興奮していた。  
それが証拠に、朔美の秘所は、奥から溢れてくる愛液でじっとりと濡れていた。  
林田は、そんな朔美の様子に気づき、少し笑みを浮かべると、朔美の秘所に指を沈めた。  
 
「ああああっ・・・あん・・・」  
朔美から大きな声がこぼれる。  
「中山、気持ちいいか?」  
林田は、指で朔美の秘所を掻き回しながら、朔美に問い掛けた。  
「ああああっ・・・んああっ・・・」  
しかし、朔美に林田の問いに答える余裕はなかった。  
朔美は今までに味わったことのない快感に、ただただ声をあげるしかなかった。  
そのあまりに激しい快感のためか、朔美の目から涙がこぼれていた。  
林田はしばらく指で朔美の秘所を愛撫していたが、しばらくして、指を離した。  
ハァハァ、ハァハァ。  
大きく息を吸い込む朔美。どうやら先程の刺激はかなりこたえた様だった。  
「中山、気持ちよかったか。」  
林田のその質問を聞いて、朔美は顔を赤らめた。  
答えは明らかだった。朔美の秘所からはおびただしい量の愛液が出ていた。  
その愛液の一部は体を伝って、床にまで達していた。  
しかも林田の愛撫を受けている間、ずっと朔美は嬌声をあげていたのだ。  
気持ちよくないわけがあろうはずがなかった。  
「ハ、ハイ・・・気持ちよかったです。」  
顔を真っ赤にしながら答える朔美。  
「そっか。よかった。」  
そう言うと、林田はホッとしながら、朔美の方を見て優しく微笑んだ。  
どうやら、林田は本当に自分の愛撫に不安を覚えていたようだ。  
(やっぱり目の前にいるのは、林田先輩だ。)  
そんな林田を見て、朔美は少しおかしくなり、気がつくと朔美も林田の方を見て笑っていた。  
 
林田が、朔美に顔を近づけると、朔美もそのことを感知して、目を閉じた。  
そして、二人はまたキスを交わし始めた。  
 
 
一方その頃・・・。  
桃里は、伊出高の校門の前にいた。門はまだ開いていた。  
「あれっ、まだ門が開いてる。ラッキー」  
そう言いながら学校に入ろうとしたとき、ライトをつけた奥から車が走ってくるのが見えた。  
「もーりー、お前、こんな時間に学校で何やってるんだ?」  
校門から出てきたのは、数学の御徒町先生だった。  
どうやら、ちょうど帰るところのようだった。  
(ゲッ・・・、ヤバイ・・・)  
何かないかとっさに考える桃里。  
「手に食べ物持ってるけど、誰かに差し入れか?」  
御徒町先生のその一言で、桃里はピーンと閃いた。  
「えーっと、あの、その、実は、今度、県総体に柔道部の皆が出るってことで  
まだ練習しているみたいなんで差し入れを買ってきた所なんです。」  
とっさに嘘をつく桃里。  
「そうか、でも、あまり遅くならないうちにさっさと帰るんだぞ。」  
そう言い残すと御徒町先生はさっさと帰ってしまった。  
「や、やけにあっさり通してくれたな。」  
桃里はそう思いながら、校門に入ると、去っていく御徒町先生の方に向かって、  
(先生、嘘ついてゴメンなさい。)  
と桃里は心の中で謝っていた。  
 
「じゃあ、これはどうだ?」  
そう言うと、林田は朔美の両足を持ち上げた。  
林田から、朔美の恥ずかしい部分全てが丸見えになった。  
「ヤ・・・ヤダヤダヤダ、先輩・・・恥ずかしいです。」  
両手で顔を覆い、首を横に振る朔美。  
そんな朔美の反応をかわいいと思いつつも、林田は朔美の秘所に顔を近づけると、  
今度は舌を使って愛撫し始めた。  
「ヒッ」  
舌の感触に思わず声を上げる朔美。  
 
「中山、ここがグッショリ濡れてるぞ。」  
林田に言われて、顔を真っ赤にする朔美。  
「でも、中山、俺が全部拭い取ってやるからな。安心しろ。」  
林田はそう言うと、朔美の秘所を丹念に舐め始めた。  
しかも、わざとピチャピチャと音をたてながら・・・。  
朔美はその舌の刺激と卑猥な音に、思わず腰をくねらせ、林田の舌から離れようとする。  
しかし、林田は朔美の腰をがっちりと掴むと、再び朔美の秘所を舌で舐め回した。  
朔美の秘所からおびただしい量の愛液が溢れてくる。  
しかし、林田はそれをも丹念に舌で拭い取っていく。  
「あ、ダメ・・・あああ・・・あっ・・・ああああ・・・」  
朔美の声が一段と大きくなる。  
林田の舌による愛撫は、先程までの指による愛撫以上の快感を朔美に与えつづけた。  
ヌメッとした感じの舌が、秘所で蠢いている感触に、最初こそ気持ち悪さを感じていた朔美だったが、  
その気持ち悪さと同居する激しい快感に、いつしか朔美は虜になっていた。  
林田は秘所の奥に舌を入れると、そこに隠れた小さな肉芽を弾いて擦り始めた。  
「あっ、うん、せ・・・先輩・・・ダメ、お、おかしくなっちゃう、ああああああ・・・」  
電流のような激しい快感が体に走り、朔美の目から涙がこぼれる。  
どうやら、朔美は軽い絶頂を迎えたようだ。  
その様子に気づいた林田は、愛撫を止めて、しばらく朔美の様子を伺う。  
 
ハァハァハァハァ・・・。  
涙を流しながら、肩で大きく呼吸をする朔美。  
しかし、再び林田が舌で朔美の秘所を堪能し始めると、再び朔美の口から喘ぎ声がこぼれた。  
 
「やっ・・・ダ・・・ダメ・・・で・・・す・・・ああっ・・・」  
しばらく、ピチャピチャという音と朔美の喘ぎ声だけが、部室を支配し続けた。  
そして、ようやく林田が朔美の秘所から顔を上げた時には、朔美は3回も絶頂を迎えていた。  
 
 
桃里は校門から、学校の中に入ると、真っ暗な校内を一人で歩いていた。  
「夜の学校に一人で入るのは、さすがに怖いよ。」  
ひっそりとした真っ暗な校舎の中を一人歩く桃里。  
昔、部員みんなで肝試しした校舎の前を通り過ぎると、目の前に武道場が見えてきた。  
「ふう、やっと着いた。林田君、もう、起きてるかな。」  
そう思いながら、桃里は差し入れを手に抱えながら、武道場へと向かった。  
 
林田は近くにあったタオルで、朔美の愛液まみれになった顔を拭くと、  
横たわっていた朔美の方に目をやる。  
「ハァハァ・・・は、林田・・・先輩・・・」  
息も絶え絶えになりながらも、朔美は林田の方に顔を向けていた。  
「中山」  
林田は真剣な顔をして朔美の方を見る。  
「は・・・はい。」  
朔美は、荒い呼吸を整えると、何とか声を上げて、林田に答えた。  
「そろそろ、いくぞ。」  
「えっ!?」  
林田はそういうと朔美の両足の間に体を入れ、挿入する姿勢をとった。  
今まで恥ずかしくて林田の股間に目をやれなかった朔美だったが、この段階になると、  
さすがにそうとも言ってられない。  
朔美は恐る恐る林田の股間に目をやると、林田のそれは、硬直していきり立っていた。  
それは、男性の勃起したモノを始めて見る朔美にとって、恐怖を起こさせるのに十分だった。  
朔美の体がとたんに硬直する。  
(男の人のアレって・・・こんなに大きいの。私の体の中に入ってきたら、壊れちゃうよ。)  
「せ、先輩、私、なんだか怖い。」  
朔美は怯えていた。  
 
「心配するな。中山。痛くしないようにするから。俺を信用しろ。」  
そういうと林田はやさしく微笑みながら、朔美の頬に軽くキスをした。  
その林田の表情を見て、少し安心した朔美の体から緊張が解けた。  
「じゃあ、行くよ。」  
そういうと、林田は朔美の秘所にゆっくりと挿入を始めた。  
「んっ・・・あっ・・・あああ・・・」  
秘所は十分に濡れていたものの、さすがに初めての挿入のため、朔美に激痛が走る。  
朔美の顔が苦痛で歪み、目から涙がこぼれる。  
林田は朔美の頭を撫で、頬にキスすることで、何とか朔美を痛みからそらさせようとした。  
そして、なんとか林田は朔美の中に挿入することが出来た。  
「よく頑張ったな。中山。」  
林田はそう言うと、朔美にやさしく口付けをした。  
「は、はい、先輩。」  
朔美は、本当に自分が林田と今一つになったことを実感していた。  
(と、とうとう・・・林田先輩と・・・やっちゃったんだ・・・。)  
朔美は、自分と林田がつながっている部分を見て、あらためてそのことを実感した。  
「じゃあ、ゆっくりと動かすからな。」  
そう言うと、林田はゆっくりと腰を動かし始めた。  
「痛っ」  
肉と肉が擦れあうその刺激に、朔美は思わず声を上げる。  
「大丈夫か、中山。」  
少し心配そうに覗き込む林田。  
「だ、大丈夫です。」  
朔美は少し苦痛に顔を歪めながらも、林田を心配させないよう、笑顔を作った。  
「最初は、少しきついかも知れないけど、何とか我慢してくれな。」  
そう言うと、再び林田はゆっくりと腰を動かし始めた。  
しばらく、朔美は苦痛に耐えながら、林田の動きにゆっくりと合わせていった。  
 
朔美は最初こそ痛みが伴っていたものの、林田の腰の動きがだんだんリズミカルになるにつれ、  
痛みとは別の快感が広がっていくのを感じた。  
「はっ、はっ、はぁんっ!!・・・せ、先輩・・・!!」  
ハァハァ・・・。  
林田の荒い息の音が聞こえてくる。  
「な、中山、もう、痛くないだろ。」  
「ハ、ハイ、ああ・・・でも、あっ、あんっ!、・・・・はぅんっ!!!」  
林田の腰の動きがだんだん滑らかになるにつれて、朔美の声が艶っぽいものに変わっていく。  
その様子をみて安心した林田は、少し腰の動きを早くした。  
 
 
桃里は武道場の前につくと、少し安心したのか、きらした呼吸を整えていた。  
さすがに少し怖かったのか、自分でも気がつかない間に早歩きになっていたようだ。  
呼吸を整えて、落ち着いた桃里は、まだ明かりのついていた武道場の玄関に入った。  
下駄箱を見ると、林田と朔美の靴があった。  
「まだ、起きてないのかな。林田君。」  
自分の靴を下駄箱に入れて、部室の戸を開けようとしたとき、中から声が聞こえてきた。  
「はぁん、あっ、あっ、あん!・・・」  
朔美の喘ぎ声と共に、中から肉の擦れるような音が聞こえてきた。  
 
「えっ?」  
中から聞こえてきた声に驚く桃里。  
(こ、これって、ま、まさか・・・、林田君と朔美ちゃん・・・)  
桃里の鼓動が、突然激しくなる。  
この胸騒ぎは一体なんだろうか?  
桃里は部室の扉を開けて、中を確認したかった。  
しかし、なぜか、この扉を開けることに戸惑っていた。  
もし、自分が今、頭に思っていることを二人がしていたとしたら・・・。  
半分パニックになっていた桃里だったが、一つ確認する方法を思いついた。  
(そうだ、窓から中の様子を覗けばいいんだわ。)  
そう考えた桃里は、そっと玄関を出て、部室の窓の方に向かった。  
 
部室の窓側に着いた桃里。  
しかし、なかなか部室の中を覗く勇気がなかった。  
なぜ、こんなにも自分は不安になっているのだろうか。  
いろんなことを考えるが、桃里はどうしてもその答えを思いつかなかった。  
「エーイ、ただ、部室の中を覗くだけじゃない。何も迷うことないじゃん。」  
そう自分に言い聞かせて、桃里は窓側から部室の中をそっとのぞいた。  
その桃里の目に、全裸で交わってる林田と朔美の二人の姿が入ってきた。  
 
「はぁっ!、あっ、あんっ!、・・・・くっ・・・はぅんっ!!!」  
朔美は林田の腰の動きに合わせて声をあげていた。  
「せ、先輩・・・、わ、私、もう・・・ああああっ!!!」  
林田は朔美の絶頂が近いことを悟った。  
と同時に自分ももう限界に来ていることを悟った。  
「よし、中山、最後に思いっきりいくぞ。」  
そういうと、林田はさらに腰の動きを速めた。  
「はぁん、あっ、あっ、あっ、ああああああ・・・」  
「くっ・・・中山・・・俺も、もうイキそうだ。」  
林田の声を聞いて我に返る朔美  
「せ、先輩・・・、な、中は・・・ダ・・・ダメ・・・です。」  
しかし、林田は腰の動きを緩めない。  
「せ、先輩・・・、あああっ・・・ダメ・・・で・・・す・・・あああっ」  
朔美の声に久しぶりに林田の理性が復活する。  
(おい、コラ、中はまずいって。やめろ、オイ、コラーッ)  
林田の理性の絶叫が効いたのか、林田は慌てて朔美の体から自分自身を抜いた。  
それと同時に林田からおびただしい量の精液が飛び出した。  
精液の一部は朔美にもかかった。  
「ゴメン、中山。大丈夫か?」  
「ハァハァハァ・・・せ、先輩、わ、私なら大丈夫・・・です。」  
しかし、ホッとしたのか、そのまま朔美は倒れこんでしまった。  
 
(中山、おい、大丈夫か。)  
林田の理性は、朔美に声をかけるが、当然、その声が朔美に届くことはなかった。  
その状況から、林田の理性は自分の体が、またこの状態から戻っていないことを思い出した。  
一方、林田はさっさと服を着ると、倒れている朔美を抱き起こして、耳元で何かを囁いた。  
(えっ!?何だ?今のは・・・)  
林田が朔美の耳元で囁いた言葉の意味を、林田の理性は全く理解できなかった。  
(こいつは、一体何者なんだ?)  
林田の理性の考えに気づいたかのように、林田は答えた。  
「俺か? 俺は、林田亀太郎だ。」  
(嘘だ、お前が俺のわけがないだろう。)  
「フッ、まだよくわかっていないらしい。今や俺が林田なんだよ。  
お前は、もはや俺の頭の中にいるだけの存在にすぎない。」  
さっきからの状況を見れば、そんなことは嫌でもわかっていた。  
だが、どうしてこんなことになってしまったのか、理由がさっぱりわからない。  
(クソッ、何で・・・何でこんなことに・・・)  
「お前はいい友達を持ったな。藤原がお前に催眠術をかけたおかげで、俺は表に出ることが出来たんだよ。」  
(な、なんだって・・・藤原、アイツのせいか・・・)  
自分が藤原に催眠術をかけられて、今の状況に陥ったことを知り、藤原に対しての怒りが頂点に達した。  
「まあ、そう怒るなよ。俺のおかげで、お前は中山を抱くことができたんだぞ。  
自分でも気づいているはずだよな。中山を抱いている間、お前は完全に俺とシンクロしていたってことに。  
そのせいで、中出しができなかったわけだが、まあ、この際贅沢は言わないでおこう。」  
(・・・・・・・)  
「森さんを裏切ってしまったってか。ハッハッハッハッハ、相変わらず歯がゆい性格だ。  
心配するな、森さんは俺が幸せにしてやるから、お前はそこで永遠に悶えていろ。」  
そう言うと、林田は部室の扉を開けた。  
(おい、どこへ行くんだよ。中山をあのまま放って置けないだろ。戻れよ。)  
しかし、林田は理性の言葉を無視すると、そのまま部屋を出た。  
その後も林田の理性は絶叫するが、林田の歩みは止まらない。  
もちろん、林田は帰るつもりはなかった。  
なぜなら、林田の本能が、朔美と交わっている最中に、人の気配を感じ取っていたからだ。  
 
 
部室の中の様子を一部始終覗いていた桃里は、あまりの出来事に呆然として、その場に座り込んでいた。  
(えっ?、今、部室で、林田君と朔美ちゃんが裸で・・・って、嘘でしょ!?)  
桃里は、今見た光景が信じられずに、パニックに陥っていた。  
何だか二人が、遠い世界の人間になってしまったような気がした。  
「朔美ちゃん・・・。」  
柔道部に入ってきて以来、後輩と言うより妹みたいに思ってきた朔美の変わり果てた姿を見て  
桃里の胸は激しく痛んだ。  
(一体、林田君と何があったの?  
なんで、こんなことになったの?)  
言葉にならない疑問が、浮かんでは消えていく。  
「林田君…。」  
そして林田の名前をつぶやく桃里。さらに、胸の奥が激しく痛くなる。  
何だかうまく呼吸が出来ない。  
この自分の呼吸を苦しめるものの正体が桃里にはよくわからなかった。  
ふと、頬に冷たいものが流れているのに気がつく桃里。  
「え、なんで、私、泣いてるの?」  
あまりにも普段と違う二人を見たショックからだろうか、いつの間にか桃里は涙を流していた。  
桃里は後から流れてくる涙を必死で止めようとした。  
 
深呼吸を何回か繰り返して、桃里はようやくいつもの呼吸を取り戻した。  
そしてやっと落ち着きを取り戻すと、中の様子が気になりだした。  
桃里が恐る恐るもう一度中を覗きこむと、そこには倒れている朔美の姿だけがあった。  
「朔美ちゃん・・・」  
裸で倒れてくる朔美を見て、名前をつぶやく桃里。  
また、胸が痛くなる。  
しかし、胸の痛みをこらえ、桃里は部室の中を見渡す。  
さっきまでいたはずの林田の姿が、どこにもなかった。  
「あれっ、林田君は、どこに行ったんだろ?」  
「ここですよ、森さん。」  
その声に振り向くと、桃里の後ろに、いつの間にか林田が立っていた。  
 
「は、林田君!!」  
「森さん、こんな夜更けに一人で学校に来るなんて、危ないよ。」  
静かに話し掛ける林田。だが、いつもの林田とどこか違うのをすぐに桃里は感じ取っていた。  
(も、森さん、な、何でここに。ま、ま、ま、ま、まさか、部室の中を・・・)  
一方、林田の理性は激しく動揺していた。  
「は、林田君・・・えーと、あの、その、朔美ちゃんと・・・」  
「ええ、中山を抱きましたよ。」  
「・・・・!?」  
あっさりと言い放った林田の様子を見て、桃里は絶句した。  
(コラー、貴様、森さんに何てこと言うんだよ。)  
林田の理性は絶叫するが、所詮は無駄なあがきであった。  
桃里は、林田の様子がおかしいことに気がついていた。  
表層は平常を装っていた桃里だったが、実際は激しく緊張していた。  
今の林田から、なぜか恐怖に近いものを感じ取っていたからだ。  
「林田君、どうしたの? なんだか、いつもの林田君と違うみたい。」  
(そうそう。森さん、こいつは俺じゃないんだ。)  
「そうかな?俺は俺だけどな。まあ、強いて違うと言えば、自分に正直になったってとこかな?」  
林田が静かに桃里に話す。  
さっきからの林田のこの話し方に、桃里はまた異様な威圧感を感じとっていた。  
「何か変なことかな?俺は中山のことが好きだったから抱いただけなんだけどな。  
俺は皆が大好きだから。中山もベリちゃんも、そして森さん、あなたのこともね。」  
そう言うと林田は桃里の顔をじっと見つめながら、桃里の手をつかんだ。  
「ちょ、ちょっと、林田君・・・」  
(こ、こいつ・・・まさか・・・森さんにまで・・・)  
「森さん、あなたのことが好きです。あなたを抱きたい。」  
(う、うわっ、こ、こいつ、何言ってんだよ。もももももりさん、こいつの言うこと気にしないでね。)  
林田の言葉に一瞬動揺する桃里。しかし、桃里は我に返ると、林田の手を振り払った。  
「今日の林田君、本当に変だよ。朔美ちゃんにあんなことしたばかりだというのに、  
倒れている朔美ちゃんを放っておいて、次は私って、そんなの林田君らしくないよ。」  
林田のあまりの変貌振りに、ショックでうっすら涙をうかべながら、桃里は林田に話し掛けた。  
 
(森さん・・・)  
一方、林田の理性は桃里の涙を見て、ショックを受けていた。  
自分の片思いの相手を、理由はどうあれ、自分が泣かしているのだから。  
しかし、林田本体は、そんな理性のショックなど気にも止めずに、行動に出た。  
「やっぱ、中山と同じ手は通用しないか。仕方ないな。  
でもね、森さん、俺は欲しいものは力づくでも手に入れることにしたんだ。」  
そういうと、林田は桃里の手を力強く握った。  
「痛っ。」  
「さあ、森さん、野外プレイといきましょうか。」  
「いやぁ、離して。」  
桃里は力強く林田を突き飛ばすと、道場の方に向かって走り出した。  
(こ、こいつ、森さんにまで、おい、やめろ。)  
林田の理性は必死で食い止めようとするが、林田の暴走を食い止めることはできない。  
一方、桃里は道場に逃げ込んだことを激しく後悔していた。  
道場なんかに入ったら、逃げ道がなくなってしまうというのに・・・。  
道場から出ようと、桃里は別の出口に手をかけた。  
しかし、当然ながら、どの出口も鍵がかかっていた。  
「鍵は、どこに置いてたっけ。」  
あせって鍵の場所が思い出せない。  
しかし、部室にあることを思い出すと、部室に向かおうとした。  
だが、その時、道場の入り口に林田が現れた。  
 
「きゃあああ!!!」  
思わず絶叫する桃里。  
「さあ、もう逃げ道はないですよ。森さん。」  
林田はそう言うと、一歩一歩、ゆっくりと桃里の方に近づいていった。  
「お願い、林田君。正気に戻って。」  
「だから、俺は正気だって言ってるじゃないですか。」  
「違う、こんなの・・・こんなの・・・私の知ってる林田君じゃない。」  
「俺が林田だ。」  
 
不意に桃里は、林田の背後にある出口に向かって走り始めた。  
しかし、林田は桃里が走ることを読んでいた。  
林田は桃里を捕まえると、そのまま桃里を押し倒した。  
「いやぁぁ!!!、お願い、林田君、正気に戻って・・・。」  
「大丈夫。俺がやさしく抱いてあげるから。」  
そういうと、林田は暴れる桃里の手を力づくで押さえつけた。  
(おい、やめろ。)  
林田の理性は懸命に叫んだ。しかし、林田に何の効果もなかった。  
それでも、林田の理性は叫びつづけた。  
それは、この人だけは、傷つけたくないという、ただそれだけの思いからだった。  
(やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ)  
不意に林田の動きが鈍くなる。  
そして、  
「やめろーーーーー!!!」  
林田の突然の叫びに驚く桃里。  
気がつくと、自分の手を押さえつける力が弱くなっている。  
桃里は林田の手を振り払うと、林田を突き飛ばして、すばやく起き上がった。  
逃げようとする桃里。しかし、さっきまでと様子の違う林田のことが少し気になった。  
その時、  
「も、森さん。」  
この話し方の感じは、桃里の知っている林田だった。  
「えっ、林田君?」林田の声を聞いて、今度は思わずホッとする桃里。  
「は、早く、俺から逃げてください。早く・・・。」  
「えっ、一体どうなってるの?」  
「説明は後です。早く・・・逃げて・・・」  
林田の必死な様子を見た桃里は、林田の言う通りに逃げることにした。  
それを見て少し安心する林田。  
桃里には何とか無事に逃げ切ってほしい。  
林田は、だんだんと薄れいく意識の中で、そのことだけを祈っていた。  
 
桃里は道場を出て、部室の前を横切った時、ふと足をとめた。  
中で倒れている朔美のことを気にしていた桃里は、部室の中に入った。  
「朔美ちゃん、大丈夫? しっかりして。」  
倒れている朔美に声をかける桃里。その声に気がつく朔美。  
桃里は朔美にそばにあった柔道着を着せると、朔美を抱えて部室を出て、  
玄関で慌てて靴を履いていた。  
「森先輩、林田先輩は?」  
「俺ならここだ。中山。」  
道場の入り口に林田が立っていた。  
 
「林田先輩。」  
林田の姿を見て、思わず笑みをこぼす朔美。  
「違う、朔美ちゃん。これは林田君なんかじゃない。」  
しかし、桃里は、林田の凍りつくような目を感じ取っていた。  
「えっ?」桃里の言葉に驚く朔美。  
「だから、俺は林田だって言ってるだろ。俺は変わったんだよ。  
もう、森さんが知っている林田はもう二度と現れないよ。」  
「えっ、どういうこと?」  
林田の聞き捨てならない発言に、桃里は動揺を隠せなかった。  
そしてその桃里の様子を見て、林田の表情が少し険しくなる。  
「そんなことはどうでもいいじゃんか。それより、おい、中山。」  
「は、はい。」  
「森さんの動きを止めておけ。」  
「は、はい。」  
そう言うと、朔美は桃里の背後から抱きつき、桃里の動きが取れないようにした。  
「ちょ、ちょっと朔美ちゃん・・・、どうしたの、やめて。」  
しかし、朔美は虚ろな目のまま、林田に言われた通りに桃里の動きを封じていた。  
「森先輩・・・。」  
朔美は桃里の名前をつぶやきながら、桃里に抱きついていた。  
そのため、桃里は身動きが取れなかった。  
その桃里にゆっくりと近づいてくる林田。  
 
「さあ、森さん、3人で楽しもうよ。」  
桃里の目の前まで来た林田は、桃里の手を引っ張ると、部室まで連れて行こうとした。  
「いやあ、離して!!!」  
桃里は林田に抵抗しようとして一歩も足を動かさなかった。  
しかし、その時朔美が後ろから自分の背中を押し始めた。  
「ちょ、ちょっと、朔美ちゃん。やめてー!!!」  
涙目になりながら、朔美に訴えかける桃里。  
しかし、朔美の耳に桃里の声は届いていないようだった。  
「森先輩・・・」  
時折、朔美は桃里の名前を言いながら、ひたすら桃里の背中を押していた。  
林田が力強く引っ張ると、桃里の足が一歩、また一歩と部室に近づいていく。  
「いやあ、二人ともどうしちゃったの?元に戻って・・・」  
泣きながら、桃里は二人に向けて叫んだ。  
しかし、二人は桃里の言葉に耳を貸そうとしなかった。  
林田が力強く引っ張ると、また桃里の足が一歩部室へと近づいた。  
さらに、桃里の手を林田が力強く引っ張ろうとしたその時、  
ものすごいスピードで近づいてきた何者かが林田を殴り倒した。  
思いっきり後方に吹っ飛ぶ林田。  
林田を殴り倒したのは、何とチョメジだった。  
「部長、そこまでよ。」  
桃里と朔美の背後に藤原が立っていた。  
「藤原君、チョメジ」  
思わず、桃里の顔がほころぶ。  
 
「ほお、これは誰かと思ったら、藤原とチョメジじゃねえか。こんな夜遅くに、一体何のようだ?」  
チョメジに思いっきりぶっ飛ばされたにも関わらず、林田は平然とした顔で起き上がった。  
「こ、虎呂助、あれが、本当に亀太郎でござるか。」  
今の林田から感じるただならない威圧感に怯えるチョメジ。  
「こ、これは、一体どういうことなの?部長は理性をなくしただけのはず・・・。」  
藤原も、林田の変貌振りに驚く。  
「えっ、理性をなくしたって、どういうこと?藤原君。」  
朔美に抱きつかれて動きの取れないままの桃里が藤原に尋ねる。  
「実は部長がトイレで倒れているときに、部長に理性を封じる催眠術をかけたまま、  
解くのを忘れていたのよ。でも、まさかこんなことになるなんてね。」  
「藤原、お前の未熟な催眠術のおかげで、俺は本来の自分に戻ることができた。感謝してるぞ、藤原。」  
「部長、本来の自分ってどういうことなの?」  
藤原は林田に問い掛けながら、ふと催眠術の本の片隅に書かれていたことを思い出した。  
「ま・・・まさか・・・部長、あなた、2重人格だったりしないわよね?」  
「そんなことはどうでもいいじゃねえか。それより、藤原、お前も一緒に森さんと楽しまないか。」  
そういうと、林田は桃里に目をやった。  
ゾクッ  
桃里の背筋に冷たいものが走る。  
桃里を見つめる林田の目は、まさに凍りつくような目だった。  
「亀太郎、お主、自分で何を言ってるのかわかっているのか?」  
「無駄よ。今の部長は、あたし達の知ってる部長じゃないわ。完全に別人よ。」  
そう言いながら藤原は林田の方を見た。  
「部長、あたしが元に戻してあげるから、覚悟しなさいよ。」  
そう言うと、藤原とチョメジは桃里の前に立ち、林田の前に立ちはだかった。  
「そうか、交渉決裂か・・・。残念だな。」  
そう言うと、林田はゆっくりと藤原に近づきはじめた。  
「来るでござるよ。」  
「チョメジ、いくわよ。」  
そう言うと、凄まじいスピードでチョメジを動かすと、歩いてくる林田の足を引っ掛けた。  
・・・と思いきや林田はジャンプしてかわしていた。  
 
「バ、バカな・・・」  
驚くチョメジ。  
「チョメジ、危ない。」  
着地した林田は、足でチョメジを踏みつけると、ちょんまげをひっぱった。  
そしてあの藤原の巨体を片手で引きずり寄せると、林田は思いっきり藤原を殴り倒した。  
そのパンチの威力は、常人のものとは思えないほどの威力だった。  
あの藤原の体が思いっきり後方に吹っ飛ぶほどの威力だった。  
壁に思いっきり体を打ち付けると、そのまま藤原は動かなくなった。  
わずか数秒の出来事だった。  
「藤原君!!!」  
桃里が藤原の名前を呼ぶが、藤原はピクリとも動かなかった。  
「チッ、何だ、もう終わりかよ。つまんねえな。」  
林田はそう言うと、再び桃里の方に近づく。  
「林田君、お願い、正気に戻って・・・。」  
桃里は必死に林田に声をかける。  
しかし、林田は全く気にもとめない。  
「あっ、そうだ。」  
しかし、何かを思いついたのか、林田は桃里の方に背を向けると、倒れている藤原の方に歩いていく。  
その時、後方からチョメジがものすごいスピードで再び林田に近づくと、林田を思いっきり殴ろうとした。  
・・・が林田はチョメジの接近に気がついていたのか、チョメジの攻撃をかわした。  
「チョメジ、お前、ウザイよ。」  
チョメジにそう言うと、林田はチョメジを足で踏みつけて動けないようにした。  
そして桃里が買ってきたペットボトルのお茶が近くに転がっているのを見つけると、林田は乾いた笑いを浮かべて  
それを手にとると、チョメジにめがけて、2本のペットボトルのお茶を思いっきりかけ始めた。  
抵抗していたチョメジだったが、しばらくするとぐったりとなってチョメジは動かなくなった。  
林田がペットボトルのお茶を全部かけ終わったころには、チョメジはバラバラになっていた。  
「ハッハッハッハッハ」  
豪快に笑う林田。  
「ヒドイ・・・」  
桃里は薄笑いを浮かべている林田を見て、一言そう言うのがやっとだった。  
 
林田は、チョメジを始末した後、倒れている藤原の元に向かうと、藤原の耳元で何かを囁いた。  
それが終わると、林田は再び桃里の方へと向かい始めた。  
「やあ、森さん、随分と待たせてしまってゴメンね。さあ、一緒に楽しもうか。」  
林田は桃里の手をすごい力で引っ張ると、桃里は前に倒れこんだ。  
「いやあ、林田君、お願い、やめて。」  
しかし、林田は倒れた桃里を抱きかかえると、部室に向かって歩き始めた。  
「いやあ、離して。」  
桃里は林田の上で両手両足をばたつかせて思いっきり暴れた。  
そのため、林田の体勢は崩れ、桃里を床に落とした。  
腰を思いっきり床に打ちつけた桃里だったが、痛がっている暇はなかった。  
桃里は起き上がると、そのまま走って、武道場を飛び出した。  
「森先輩。」  
桃里を追っかけて外に出てきた朔美に声をかけられ、思わず桃里は足を止めた。  
「朔美ちゃん。」  
「森先輩、私・・・一体・・・?」  
朔美が桃里の方に駆け寄ってくる。  
どうやら、さっきまでの記憶が朔美にはないようだった。  
その様子を見た桃里は、朔美を助けようと、朔美に手を差し出す。  
「朔美ちゃん、早くここから逃げるよ。」  
そう言うと、桃里は朔美の手を引っ張って逃げようとした。  
が、しかし、それは罠だった。  
手をつなぐや否や、朔美の方が逆に桃里の手を引っ張って、桃里を武道場へ戻そうとした。  
「朔美ちゃん、そっちはダメ。」  
桃里は朔美の手を離そうとするが、朔美は力強く桃里の手を握っているため、なかなか離せない。  
その時、武道場の入り口で倒れていた藤原が、気がついたのか、よろよろと起き始めた。  
辺りに林田の姿はない。  
「助けて、藤原君。」  
桃里は思わず藤原に声をかける。  
藤原は桃里のその声に反応して、ちょんまげを伸ばした。  
藤原が助けてくれる。桃里はそう思った。  
 
しかし、藤原のちょんまげは桃里の体に巻きつくと、桃里を武道場の中に引きずり込んだ。  
「いやあ、藤原君、どうしちゃったのよ。助けてーーー。」  
涙を流しながら藤原に訴える桃里。  
しかし、藤原は虚ろな目のまま、桃里を武道場の中まで引きずり込むと、そのまま部室の中まで引っ張った。  
部室の中で、ちょんまげを解くと、勢い余って桃里は部室の中に倒れこんだ。  
桃里が倒れた姿勢のまま見上げると、そこには林田、朔美、藤原の3人がいた。  
「お願い・・・、やめて・・・。」  
泣きじゃくりながら、必死に哀願する桃里。  
その桃里の頭に、なぜかふと数時間前のパーティーのことが頭によぎる。  
今では夢のように思える、みんな楽しく騒いでいられる、あのかけがえのない空間。  
それが、すべて壊れていく。何もかもが、壊れていく。  
今の桃里の心にあるのは、恐怖と深い絶望だけだった。  
3人は無表情のまま、桃里に近づいてくる。  
「いやぁ・・・いやぁあああああ・・・」  
絶叫しながら、倒れたまま後ろに下がっていく桃里。  
「森さん、俺と中山で気持ちよくしてあげるからね。」  
林田はそう言うと、倒れている桃里の上に体を重ねた。  
「いやああ、林田君、お願い、やめてーーー。」  
桃里の横に寝て、桃里の方に体を向ける朔美。  
「いやあ、誰か、誰か、助けてーーーー。」  
「さあ、俺の誕生パーティーの始まりだ。」  
林田はそう言うと、桃里の上半身を、朔美は桃里の下半身を攻め始めた。  
「いやああああああああーーーー。」  
桃里は泣きじゃくりながら、必死に抵抗する。  
その3人の様子を冷静に見下ろす藤原。  
藤原は最後にゆっくりと部室に入ると、部室の扉を閉じて鍵をかけた。  
 
  バ  タ  ン  
 
  ガ  チ  ャ  ッ  
                                     (END)  

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