「晶はこの時期になると、大胆になるな」
自分に絡みついてくる白い裸身を受け止めながら、三郎はほんの少し笑った。三郎の言
葉に、晶は頬に朱を散らす。
この3日間、自分はいかに貪欲に三郎を求めたことか。
観光地に旅行に来ていながら、ほとんど部屋にこもりきりの自分たちを、ホテルの人間
は何と思っているだろうか。
「……呆れた?」
囁くように問いかけると、三郎は笑みを深くして晶に口付けた。
「いや、嬉しい」
盆の季節になると、晶はいつも激しい不安に襲われる。
晶の恋人の三郎は、命を持った箱庭に長い間取りこまれていた昔々の職人だ。
箱庭から解放され、人としての生を取り戻したものの、本当ならばとっくに寿命を迎え
ている存在であるためか――三郎曰く「サッカー試合のロスタイムのような人生」だそう
だ――どうにも生気が薄い。
いつか、ふいに消えてしまうかも知れない。ましてや盆ともなれば、この世にはあっち
の人間がうようよいて、普通の人間ですら引っ張られてしまうことがあるのだ。
いや、仮定の話などではなく、実際に三郎は一度、亡者に連れられていってしまったこ
とがある。それを晶がまた現世に引き戻したのだ。
だからこそ、晶は不安に駆られるのだ。もしやまた……と。
「晶、晶……そんなに心配するな。わしは大丈夫じゃ」
そう言って三郎は優しく笑うけれど、晶の不安は消えなかった。
三郎は円照寺という寺で、住み込みで働いている。和尚は妖怪と碁を打つような怪しげ
な人物だが、霊力があるのは確かだ。普段ならば和尚が招かない限り、あちらの世界の存
在は寺には近づけない。
しかし、盆の時期は寺にも――いや、寺だからこそ、還ってきた霊魂があちこちに漂っ
ている。それがまた晶の不安を煽る。
一時たりとも目を離せない。離れていたくない。側にいたい。盆が近づくにつれ、自分
でも病的なほどにその思いは募る。
そうして今年もまた、三郎を寺から連れだして、逃げるように旅行に出てしまった。
三郎の唇がゆっくりと離れていく。それが惜しくて、晶は彼の体にすがりついた。
こうして、三郎と肌を合わせているときだけが安心できる。
「……仕方のないヤツじゃな」
三郎が苦笑した。
「やっぱり呆れてる」
「そうじゃない。……わからんか?」
晶が小さく声を上げた。体の中に入ったままだった三郎のものが、固さを取り戻してい
る。
「お前がそのように可愛いから、わしは果てても果てても果てがない」
「きゃ……」
くるりと視界が反転して、晶の体はベッドに沈みこんだ。すぐに激しく突かれて、甘い
悲鳴を上げる。
「…あ、ぁぁんっ、ぁっ……」
クセのある晶の髪が白い肌の上で踊る。その間から、幾つも幾つも刻まれた紅い跡が見
え隠れする。この3日間で、三郎が晶につけた跡。
例えば――三郎は思う。
そんな跡など、2週間もすれば消えてしまうけれども。
その跡が消えても、自分が晶とこうした時間が消えるわけではない。
例えば、いつか――きっとさほど遠くない未来に――自分の命に本当の終わりの時が来
ても、晶と出会ったその事実がなくなるわけではない。
もともと会えるはずのない相手だった。はるか先の時代の人間だった晶と、わずかな時
間でも過ごせたその僥倖。
それだけでいいと、自分は思う。
ただ――晶のことを思うと胸が詰まる。晶の不安は、三郎にもわかっている。後に残さ
れたときに彼女がどれほど嘆くかも。
初めて好きになった大事な大事な娘。哀しませたくはない。幸せになって欲しいと、い
つでも願っているのに。
「ぁ、は……っ、さぶろう……?」
快楽に呑まれかけていた晶が、何かを感じたのか問いかけるように三郎を見上げた。
その視線を避けるように、三郎はつながったまま体勢を変え、晶をうつぶせた。
「ぁあ……っ」
奥を深く抉られる快感に、晶が喘ぐ。その背中に覆い被さるようにして、なおも激しく
三郎は動いた。
「ああっ、んぁぁぁあっ」
手を前に伸ばして、柔らかな乳房を揉みしだく。体を支えきれなくなった晶が肩から下
に落ちる。シーツをきつく握りしめて細い指が快感を堪える。
「晶、晶……っ」
何度も何度も名前を呼ぶ。愛しい娘にせめても何かを残したい。自分の声を、手を、体
を――いつかその時に、ほんのわずかでも慰めになるように。
しなやかにのけぞる背中に降りかかるのが、汗なのか涙なのか、三郎はもう自分でも判
別がつかなかった。
(終)