2月‐一年を通じて最も寒さが厳しくなる月。  
 そして女の子たちにとって最も華やぐ月でもあり、巷ではデパートやコンビにお菓子屋さんはバレンタイン一色に染まる。  
 彼氏の居る娘は勿論、片思いの相手が居る娘、そうした相手がいない娘達ですら家族に上げるチョコや義理チョコなどこのイベントに参加しない娘は皆無だった。  
 
 白鐘 沙羅と双樹の双子の姉妹もまたこの例には漏れていなかった。  
「今年もそろそろチョコレートの材料を買いにでも行くか?」  
 口を開いたのは淡い柔らかな髪を肩までストレートに伸ばした、キリッとした顔立ちの妹の沙羅。  
「うん、あのね沙羅ちゃん。 今年はチョット奮発して豪勢なの作りたいなって思うの。」  
 答えたのは姉の双樹。 沙羅同様淡い長い髪をしてるがコチラはリボンで二つに分け緩やかに結わえてる。 顔立ちは沙羅と違い優しく穏やかである。  
「そうだな、たまには豪勢にいくのも悪くないな。 憂もきっと喜ぶよ。」  
 
 早坂 憂は白鐘姉妹の所謂幼馴染の同い年の男の子である。 白鐘姉妹にとって身内を除けばほぼ唯一接点のある男性‐とは言え彼女達にとっては弟のようなものである。  
 大人しく心が優しく、反面気が弱く幼い頃などよくイジめられてる所を沙羅に助けられたりしたぐらいだ。  
 その一方でとても良く気がつき、沙羅が傘を忘れたり学校で消しゴムを無くしたり、そんな困った時必ず助けてくれたりもした。  
 沙羅にとって憂は弟みたいなものであるが、ドラマ等で幼馴染から恋人同士になった話など見たりする度に  
(私と憂もその内あんな風になったりするのかな…)  
と、時折そんな事を考えさせる相手でもある。  
 今でこそ別の学校に通ってるが小学校の頃は同じ学校で、家が近所である事もあって今でもよく逢ってる。  
 当然毎年チョコレートを渡してる相手でもある。  
 
 だが双樹の返事は沙羅の予想したものとは違った。  
「ううん、違うの。 あのね好きな人が出来たの。 あ、勿論憂ちゃんにも毎年どおり友達チョコ上げるよ。」  
「す、好きなヤツが出来た?! 一体誰なんだソイツは?」  
 予想外の答えに沙羅は面食らった。  
「あのね、高村大介先輩って知ってる?」  
 双樹は顔を赤らめながら答えた。  
「確か3学期になって2年に転校してきて、早々にサッカー部のレギュラーになったとか…」  
 沙羅が記憶をたどりながら答えると双樹は顔を綻ばせる。  
「そう! その高村先輩なの!」  
 確かに転校して入部早々にレギュラーに選ばれるほどの運動センスを持つだけでなく、2枚目で背が高くスタイルも良かった。  
「確かにウチのクラスの女子達の間でも話題に上ってたな。」  
 沙羅が呟くと双樹は更に嬉しそうに顔を輝かせる。  
「でしょ!? 凄いなぁ、やっぱり沙羅ちゃんのクラスでも人気あるんだ。」  
「う〜ん。でもなぁ…」  
 怪訝そうな顔で沙羅は呟く。  
「どうしたの沙羅ちゃん?」  
「いや、実はソイツについては女癖が悪いだの女にだらしが無いだのといった、あまり良くない噂を聞くからさ…。」  
 ためらいながら沙羅が口を開くと双樹は頬を膨らませる。  
「噂でしょ?! あくまでも。 そんなの実際会って見なきゃ分からないじゃない。」  
「でも、火の無い所に煙は立たぬとも言うし…。」  
「沙羅ちゃん!!」  
 言いかける沙羅の言葉を遮り双樹が睨みつける。  
「わ、分かったよ。もう言わないよ。 その代わり…」  
「その代わり…?」  
 沙羅は躊躇いながら口を開く。  
「私もそいつに一緒に会いに行く。」  
「本当!? ありがとう実は私ね、沙羅ちゃんに一緒に来てって言おうと思ってたんだ。」  
 双樹は嬉しそうに顔を綻ばせた。  
「うん。 私が好きになったひとだもの。 沙羅ちゃんもきっと気に入るよ。」  
 双樹はそう言うが沙羅は高村に関心が有る訳ではなかった。 ただ双樹と付き合うに足る男かどうか見極めるつもりであった。  
 と言うか、もし噂通りの男なら絶対に付き合わせないつもりだった。 いっそ向こうから断わってくれればとも思ってる。 フラれると言うのはあまり良い形ではないがロクでもない男と付き合うよりはるかにマシだから。  
 
 それから数日間、沙羅は高村を観察した。 確かに女の子達に人気がありよく色んな娘達と会ってた。  
 特別不誠実な訳でも誠実な訳でもなく、告白を反対する要因になるような点は見つからなかった。   
 だがいつも誰か一緒で一人っきりになる時は殆ど無さそうだった。 双樹は一人っきりの時に渡したいって言ってたし、どうするつもりなのだろう。 沙羅の疑問はバレンタイン当日の朝知ることになる。  
 
 ジリリリリリリ…!!!  
 朝の静寂を打ち破りけたたましく鳴り響く目覚し時計に沙羅は手を伸ばしスイッチを切る。  
「もう、朝か…。」  
 そう言いながら時計の針を見て沙羅は目を疑った。  
「5時ぃ!? 何だってこんな時間に…」  
「ふわぁ…。 あ、沙羅ちゃんおはよー…。」  
 後ろからまだ寝ぼけてるかのような双樹の声が聞こえてきた。  
「うん。 予定通り無事起きれて良かったぁ。」  
 そして沙羅の肩越しに目覚し時計を覗き込みながら言った。  
「双樹がこんな時間にセットしたのか? 何だってこんな早く…。」  
「サッカー部って毎日朝練があるんだって。 高村先輩って中々一人にならないらしいけど、朝練の前なら一人っきりの所を渡せるんじゃないかって思って。」  
 そう言いながら双樹は着替え始める。  
「だからって私たちまでこんな朝早く…」  
 沙羅は不機嫌そうに言う。 本来ならばまだ夢見心地の時間なのだから当然か。  
「ゴメンね沙羅ちゃん。 眠いなら私だけで行くからもう少し寝てても良いよ?」  
「いや、私も行く。 一緒に行くって約束した以上はな。」  
 そう言いながら沙羅は不機嫌そうな顔のまま着替えはじめた。  
 朝早く起きる羽目になった不満も有るだろうが、そこまで双樹に思われてる事への嫉妬もあったのだろう。  
 
 そして学校の校門前、寒さに震えながら二人は高村が現れるのを待っていた。  
 そうして待ってると時折早朝練習にきたと思しき生徒達が校門を通っていく。 何人かの生徒達が通り過ぎるのを見送っていると双樹が「あっ」と声を上げた。  
 早朝練習にきた高村がら現れたのである。  
「あ、あの! 高村先輩!」  
 双樹達に気づかず通り過ぎようとしてた高村は其の呼び声に足を止め双樹の方を見た。そして次に其の手元を見、ああ成る程、と言う表情をした。  
 そしてチョコレートの包みと告白を受け止めると双樹をじっと見つめる。  
 沙羅は其の視線に言い知れぬ嫌悪感を覚えた。  
「ほ、ほら双樹。渡すものも渡したんだしもう行こう。 先輩だってこれから練習があるんだし、邪魔しちゃ悪いだろ。」  
 沙羅はそう言って双樹を促しその場を去った。  
 沙羅が高村の視線に感じた嫌悪感、それはまるで其の視線が品定めをするような、値踏みをするかのような感じを受けた為。  
 勿論双樹には言ってない。 言った所でそんなのは噂に振り回され色眼鏡で見てるからだと反論されるだけだから。  
 
 その日一日は沙羅も双樹も今一つ勉強に身が入らなかった。 無論理由は高村の返事が気になってのことである。  
 だがその理由は正反対であった。 双樹は勿論受け入れてもらえるだろうかと期待に胸躍らせ、だがそれとは対照的に沙羅は不安であった。 高村の視線に感じた嫌悪感、それこそが良くない噂の証明ではないのかと。 そんなやつに双樹を委ねていいのだろうかと。  
 
 そして放課後沙羅と双樹の前に高村は現れた。 そして双樹に今朝の返事を告げる。OKだと。   
 勿論双樹は其の応えに飛び上がって喜んだ。だが、思わず沙羅は口を挟む。  
「待て! そんな出会って間もないのに、お互いを知らないのに付き合うなんて…。」  
「なに言ってるのよ沙羅ちゃん。 お互いを知らないからこそより良く知るために付き合うんじゃない。」  
「そ、それはそうだけど…。」  
 沙羅は不安でたまらなかった。 この男と双樹を二人っきりにする事が。 だから言った。  
「解かった。 でも双樹とそいつを二人きりにする事なんて出来ない。 だから双樹がそいつと会うときは私も一緒だ。」  
 其の言葉に双樹は顔を輝かせる。  
「それって沙羅ちゃんも先輩と付き合ってくれるって言う事?!」  
「違う!! 私は双樹とそいつが二人っきにになる事が不安なだけだ!!」  
「んもう沙羅ちゃんったら照れ屋なんだから。 先輩もそれで良いですか?」  
 双樹の問いに高村は一瞬考え込むように沙羅を見、そして直ぐOKの返事をした。  
 そのときの高村の視線に沙羅はまた嫌悪感を感じる。 そして沙羅に其のつもりは無くとも結果的に付き合う形になったことに言い知れぬ後ろめたさも感じた。  
 

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