キラちゃんは真っ直ぐボクのほうへ向かって歩いてきた。  
「お久しぶりです」  
 そして静かに語りかけてきた。  
「何か御用ですか?」  
 そうボクが答えた瞬間傍らから小さな悲鳴の様な声が聞こえた。 声を発したのは双樹ちゃんだった。  
 自分では意識してなかったが、どうやらその時のボクの声も、そして表情も相当険しく厳しいものだったらしい。 そしてそのせいで双樹ちゃんを驚かせてしまったらしい。  
 だが今のボクにはその事を気遣ってあげられる余裕は無かった。  
 ボクは眼前のキラちゃんを見据えた。いや、睨んだと言った方が正確かもしれない。  
 ここでキラちゃんに敵意を剥き出しにするなどみっともない逆恨みでしかないのは解かっている。 だがそれでもボクは感情を押さえられなかった。  
 
 そんなボクに向かってキラちゃんは語りかけてきた。  
「今でもユラちゃんの事が好きですか?」  
 其の言葉を耳にした瞬間思わす頭に血が上る。  
「そんな簡単に忘れられるくらいならあんなに泣いたりするかよ!! 忘れられないから……忘れられないから未だ苦しい思いを引き摺ってるんじゃないか!!」  
 ボクは押さえきれず感情のまま叫んでしまった。  
「スミマセン……思わず怒鳴ったりして。 でも、今は貴方と話は勿論顔も見たくないんです。 それじゃ……」  
 そして一呼吸付いて続け、立ち去ろうとした。  
「未だ、話は終わってません」  
 だがキラちゃんはそんなボクに怯む事無く語りかけてきた。  
「ボクの方からはもう話すことなんて有りません」  
「ユラちゃんに逢って頂けませんか」  
 其の言葉にボクは通り過ぎようとしてた歩みを止めた。  
「……どう言う事です? ユラちゃんに逢うなと言ったのは貴方でしょう?」  
「実は……」  
「まさか、ユラちゃんの身に何かあったんですか?」  
 ボクはキラちゃんに躙り寄った。  
「貴方あの時言いましたよね。 ボクと逢い続ける事がユラちゃんの為にならないと。 ユラちゃんの為を思うなら身を引けと! だから身を引いたんですよ!! それなのにどう言う事なんですか?!!」  
 感情的になりボクは思わずキラちゃんの肩を掴んだ。  
「お、落ち着いてください。 痛いで……」  
「答えてください!! 一体ユラちゃんに何があったんですか!!?」  
 次の瞬間ボクの頬に乾いた音と共に痛みが走る。 だが其のおかげで血が上り感情的になってた気持も冷静さを戻せた。  
「少しは頭が冷えたか」  
 平手打ちを放ち制止してくれたのは沙羅ちゃんだった。  
 
 気を取り直しキラちゃんを見ると先ほどボクに掴まれた肩を抑えうずくまっている。  
「だ、大丈夫ですか?おねえさん」  
 うずくまるキラちゃんの下に双樹ちゃんが心配して駆け寄る。  
「ありがとう。大丈夫よ」  
 そう言ってキラちゃんは微笑んで見せたが表情は辛そうだった。 キラちゃんの痛みの程はボクの指に残る感触がそのまま物語っていた。  
「ごめんなさい……」  
 居たたまれなくなりボクは頭を下げる。  
「いえ、お気になさらないでください。 それより、来て頂けますね」  
 キラちゃんの言葉にボクは黙って頷いた。  
 そして車に向かって歩くキラちゃんの後に付いていった。 だがそんなボクの服の裾を小さな手が引いた。 双樹ちゃんだった。  
 
「お、おにいさん。 あ、あの……」  
 ボクを真っ直ぐ縋りつくように見つめる其の瞳は揺れていて今にも涙が溢れそうだった。 ココで突き放してしまえば多分双樹ちゃんは……  
 双樹ちゃんは確かに大切な友達だ。 だけど今のボクにとって今一番大切なことは……  
 ボクは其の手を掴むとそっと指を一本一本解く。 そして告げる。  
「……ゴメン。ツリーの点灯式は一緒に見に行けなくなっちゃった。 あと……今までありがとう。 そして……サヨナラ」  
 ボクは双樹ちゃんに背を向け校門で待っている車とキラちゃんに向かって歩き出した。  
 背後から双樹ちゃんと、そしてそんな双樹ちゃんを引き止める沙羅ちゃんの声が聞こえる。 だが振り返らなかった……いや、振り返れなかった  
 
 
   ◆   ◇   ◆   ◇  
 
 
「おいいさん! 行かないでおにいさん! 離して沙羅ちゃん! おにいさんが、おにいさんが行っちゃう!」  
「駄目だ!双樹。 追いかけちゃ……駄目だ」  
 双樹は必死で追い縋ろうと沙羅の制止を振りほどこうとする。 が、車が発進し其の姿も見えなくなると力が抜けたように膝をついて崩れた。 そして沙羅はそんな双樹を優しく抱きとめる。  
「双樹……」  
 沙羅が双樹の顔を見ると瞳からは涙が溢れていた。  
 そしてそのまま泣き崩れ、そして沙羅の腕に抱かれ声を上げて泣いた。  
 
 
 暫らく後、涙の収まった双樹に向かい沙羅は語りかける。  
「落ち着いたか? 双樹」  
「うん……ごめんね沙羅ちゃん」  
 双樹がそう言うと沙羅は心配させまいと微笑を浮かべ首を横に振る。  
「ねぇ、沙羅ちゃん……」  
 双樹は洟をすすりながら口を開く。  
「ん?」  
「双樹ってばおにいさんの何を見てたんだろうね…… あんな激しい想いを内に秘めてたなんて。 それなのに其の事ちっとも気付かなかったなんて」  
 初めて目の当たりにした剥き出しに激昂を露わにした貌と声。 それは普段双樹達の前に見せてた優しくて穏やかな、でもどこか寂しげな憂いを含んだ笑顔からは想像もつかないほど激しいものだった。  
 そして双樹は悲しみを押さえ込むように無理に笑顔を取り繕いながら言葉を続ける。  
「……最初っから、双樹の入り込む余地なんか無かったんだね」  
「双樹……。あいつに出逢った事、後悔してるのか?」  
 沙羅の問いに双樹は首を横に振る。  
「確かに双樹に振り向いてくれなかったことは悲しいし寂しいよ。 でもね、おにいさんと一緒に過ごしたこの数ヶ月間とっても幸せだったのも事実だよ。 それに……」  
「それに?」  
「一人のヒトをどこまでも一途に想い続けるって凄い事なんだ、って教えてもらえたから。 もしかしたら双樹、おにいさんのそんな一途な所に惹かれたのかもね」  
 そう言って双樹は微笑んだ。 それは悲しみを乗り越え進んでいこうと決めた切なくも強い意志の現れた笑顔だった。  
「ねぇ沙羅ちゃん……」  
「ん?」  
「双樹もいつかそんな風に想ってくれるヒトと出逢えるかな?」  
 沙羅もそんな双樹を励ますかのように微笑んで応える。  
「ああ、きっと出逢えるさ。 だって双樹はこんなにも可愛くて優しくて素敵なんだから」  
「ありがとう。 沙羅ちゃん」  
 
 
   ◆   ◇   ◆   ◇  
 
 
「そんな……ユラちゃんが」  
 車の中でキラちゃんから事の経緯を聞いたボクは呟いた。  
「私……バカみたいですよね。 ユラちゃんの事を誰よりも理解して、大切に思っているつもりでした。 それなのに……結局私のした事がユラちゃんを傷つけ辛い思いをさせてしまって……」  
 見ればキラちゃんの目には涙が滲んでいた。 信じられなかった。 いつも明るく気丈で、気高く凛としたキラちゃんからは想像もつかない姿だったから。  
 そして改めて思った。 やっぱりこのヒトはユラちゃんの姉なんだと。  
「そんな……そんな事無いですよ! だってボク、キラちゃんがユラちゃんの事をとっても大事に思ってるのわかるから。 その……ボクに身を引けって言った時も、今こうして迎えに来てくれたのもユラちゃんの事大事に思えばこそ、だって。 あと……」  
 ボクは未だ手を当ててる肩に視線を移し続ける。  
「あの、それとさっきはごめんなさい。 まだ、痛みます?」  
「いえ、大丈夫です。 優しいんですね」  
 ボクの問いにキラちゃんは微笑んで応えてくれた。 其の微笑みに不覚にも少しドキッとした。 とても優しい綺麗な笑顔。 こうして見ると改めてユラちゃんの双子のお姉さんなんだよなと感じる。  
 そうするとさっきの事が罪悪感と共に込み上げてくる。 結果や経緯はどうあれユラちゃんの事を大事に思ってると言う点ではボクと同様に、いや双子の姉である分ボクなんかよりずっと思ってるのかもしれない。  
 その人にボクは……。  
「ごめんなさい……」  
「ですからもう気にしてませんってば。 それより……」  
 そう言ってキラちゃんは僕の前に手を差し伸べた。  
「仲直りの握手、して頂けますか?」  
 ボクはそれに応えその手を握り返した。  
 
 やがて車は屋敷に到着し、ボクはキラちゃんに案内され屋敷の中へと進む。  
 今のボクに何が出来るのか、ユラちゃんに一体どんな言葉を掛ければいいのか。 言いたい事も想いも纏らない。 だけど、それでも無性に逢いたかった。  
 はやる気持を押さえながら導かれユラちゃんの部屋(正確には二人の部屋らしい)の前に到着する。  
 扉を開けると目に飛び込んできたのはベッドに横たわり静かに眠るユラちゃんの姿。 静かに寝息を立てる其の姿は美しく、どこか儚げでまるで御伽噺に出てくるお姫様を思い起こさせる。  
 ボクは吸い寄せられるようにベッドの側に寄りった。 近づいて改めて其の顔をよく見れば、記憶にあるユラちゃんの顔より青白くやつれて見えた。 其の姿に締め付けられるように胸が痛む。  
 ユラちゃんの姿を目の当たりにすると色んな気持が込み上げてくる。 逢えなかった寂しさ。 ユラちゃんに辛い思いをさせてしまった自分に対する不甲斐無さ。  
 そんな想いと一緒にボクの目からは涙が溢れ、気が付けば膝をついていた。  
 そしてそんなボクの対面がわにキラちゃんは回り、ユラちゃんをそっと起こす。  
 目を覚ましたユラちゃんは僕の姿を確認すると、夢でも見てるかのような信じられないと言った表情をした。 そしてキラちゃんから話を聞くとボクの胸に飛び込んできた。  
 言葉が出なかった。 いや、そんなものは必要なかった。 伝わってくる温もりが、鼓動が、それだけで十分だった。  
 ボクらは只、お互いを抱きしめる。 そして泣いた。 逢えなかった寂しさを埋めるように。 再会できた喜びを噛締めるように。  
 そして感じた。 この時僕らの心が間違い無く一つになってるのを。  
 今だけじゃない。 きっとこれから先、何時までもずっと……  
 
 そして誓う。  
 
 もう二度と離すまいと。  
 
 この手を……。  
 
 この、温もりを。  
 
 
 
 Fin  
 

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