少年は靴を履き替えると校門へと足早に向かった。 彼こそは始業式に双子の美人姉妹-桜月キラとユラの二人から告白を受けた、この学校一の幸運の持ち主と噂される少年である。  
「おまたせ、キラちゃん。 あれ、ユラちゃんは?」  
「うん、今日は用事があるから先に帰るって。」  
「そっか…」  
 そう言うと何かを思い出したように少年は鞄からチケットを取り出した。  
「あら?それってもしかして…」  
「うん、このあいだ見た作品の続編。」  
「わぁっ!もう公開されたんですね。」  
 
 話は少し前の日に遡る。 その日は桜月邸で少年とキラとユラの3人で映画鑑賞会を行った。  
 その時DVDを選んだのは少年で、その映画は彼が最も好きな作品であった。  
 この作品、キラはとても気に入ったのだが、ユラの好みにはあまり合わなかった。  
 キラとユラは双子だけあって姿も瓜二つで、姉妹仲もとても良く異性の好みなども似通っていたが、性格、趣味、嗜好性などはかなり異なっていた。 故に映画などを見た場合でもこのようになる事も決して珍しくは無かった。  
 映画を見終わるとキラはおおはしゃぎで、少年も自分のお勧め作品が気に入って貰えて大層ご機嫌だった。 意気投合した二人は夢中で語り合った。 そして我に返って気付いた。 話の輪に入って来れずにいたユラの存在に。  
 
「あの時はユラちゃんに悪い事しちゃったよな…」  
「うん。 ユラちゃんは私たちの楽しそうな様子を眺めてるだけで満足だ、って言ってくれたけど…」  
「なんだか申し訳なくって。僕ら二人して謝りまくったっけ…」  
 そう言って少年は苦笑いを浮かべた。  
「だからこのチケットの事もユラちゃんが居る時は切り出せなくって…」  
「そうね。でも私たち二人で行くのもユラちゃんに申し訳ないような…」  
 二人は暫し押し黙ってしまった  
「でも折角貴方が用意してくれたチケット無駄にしたくないな。」  
「うん、行こうよ。 ユラちゃんには僕からあとで埋め合わせするからさ。」  
「そ、そうね! うん! それじゃぁ映画館へ…」  
「「レッツゴー!!」」  
 
「うわ、もうこんな時間」  
「楽しい時間ってあっという間に過ぎちゃうね〜」  
 夕方、少年とキラはカフェテリアで映画の感想などの話題に花を咲かせていた。  
 あのあと二人は映画館に到着し、映画を見終わった後その興奮も覚めやらぬうちにカフェテリアに入り、そして時が経つのも忘れ夢中でお喋りしてたのだ。  
「これ以上遅くなると家の人が心配するね。」  
 辺りは既に夕闇に包まれ始めてた。  
「じゃぁ私、護国寺さんにお迎えに来てくれるよう電話してくるね。」  
 
 カフェテリアから出てきた二人は迎えの車を待ちながら会話を交わしてた。  
「ねぇ、今日のことユラちゃんには… やっぱ内緒にしといた方がイイかな?」  
「う〜ん、でも私たちお互い隠し事とかしたくないし…」  
 二人っきりでの映画鑑賞は確かに楽しかったが、やはりユラに対し後ろめたさがあったようである。  
「でも、何もかも伝えるのが優しさとは限らないと思うんだ。 今日みたいな場合伝えない方がかえってイイと思うんだけど…」  
「う〜ん、あなたがそう言うのなら… 分かったわ。 今日のことは二人だけの秘密ね。」  
「ごめんね。キラちゃん。」  
「え? どうして?」  
「ユラちゃんに対し隠し事させる羽目になっちゃった様なものだから…」  
 なんだか少年はユラに対してだけでなくキラに対しても申し訳ない気持ちになってきた。  
「ううん。 そんな、気にしないで」  
 キラには少年が自分達二人を気遣ってくれてるようで嬉しかった。 だがその事で少年を悩ませてるのではと思うと心中複雑でもあった。  
「じゃぁ、秘密ついでに一つお願いしてもいいかな?」  
「お願い?」  
「うん、 ちょっと目を閉じてくれる?」  
 少年は言われるがままに目を閉じた。 すると次の瞬間唇に柔らかい感触を感じた。 驚いて目をあけると、すぐそこに頬を赤らめ悪戯っぽく微笑むキラの顔があった。  
「エヘヘ…、 あ、護国寺さんが来たみたいだからもう行くね。 今日はとっても楽しかったわ。 それじゃぁまたね。」  
 キラは照れ隠しをするように、手を振りながら足早に迎えの車へと走っていった。  
 少年はまだ驚きが消えきらない表情で軽く手を振りながらキラを見送った。  
 
 二人だけの秘密、 それは心に刺さった小さな刺の様でもあった。 今はまだ二人共気付いていない。 だがやがて気付いていく。 その刺が甘い果実にもなりうる事を…。  
 
 キラは家に向かう車の中、今日の出来事を思い返していた。 彼-少年との二人っきりの秘密のデート。   
【 二人一緒じゃダメですか? 】  
 初めて彼に出会った日、キラは妹のユラと一緒に少年にそう告白して以来、ほとんどいつも3人一緒だった。  それなのに今日は  
(二人きりで逢っちゃった…。 ユラちゃんに内緒で)  
 キラの心中は複雑であった。 楽しかったという思いとユラに対する後ろめたさと。   
(今日のこと… ユラちゃんには言えないよね…。 やっぱり彼の言う通り内緒にしといた方が良いよね…。 でも…)  
 キラは胸に手を当てた。  
(どうしよう…。まだ胸がドキドキ言ってる…)  
 それが今日のデートの余韻なのか、それともユラに対する後ろめたさなのかキラ自身も分からなかった。   
(でも…、やっぱり楽しかったな今日のデート。 あと、キス…しちゃったんだよね。)  
 別れ際のあの時少年が見せた申し訳なさそうな表情。 その顔を見た時無性に愛しい気持ちがこみ上げて、自分達の事で思い悩む少年の気を紛らわしてあげたいと思い…  
(フフ…可愛かったな、あの時の彼の驚いた顔。 あんな彼の顔見たの初めて。 そう、初めてなんだよね…。 ユラちゃんも見たこと無い表情…。)  
 自分だけが知ってる彼の貌がある。 そんな思いがキラのなかに優越感に似たもの、そして後ろめたい気持ちを抱かせる。  
 ユラに悪いと思いながらもキラは思った。  
(また二人っきりで逢いたいな…)  
 

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