「起きてください…ユラさん、キラさん。」
まどろむ意識のなか少女達は目を覚ました
「ん…おはよう…。」
「おはよう…蒼君…?え…きゃあ!どうして、蒼君が!?」
ユラが目を丸くして蒼を見つめた。
「…寝ぼけてるんですか?ユラさん。」
「ユラちゃん…私達…」
「朝ご飯、出来てますから着替えたら下に下りてきてくださいね?」
そう言い残して蒼は、元は母親の部屋だった二人の部屋を出た。
「そうだったね、私達…片桐君たちと一緒に…」
「うふふふ、そうよユラちゃん…。」
二人はベッドから出ると制服に着替え始めた。
「おはよう、紅くん!」
「おはよう、キラちゃんユラちゃん。」
下では、紅が食事の用意をしていた。
「ごめんなさい、いつも貴方達にさせてばかりで…。」
今までの生活のリズム的に、紅と蒼の方が起きるのが早く、朝食を作り二人を起こすと言うのが日課だった。
「行ってきます…パパ」
飾られた写真にユラは挨拶をして外に出た。
こんな日常が続いていた…幸せな毎日が。
「紅君、大丈夫?顔、真っ赤だよ…。」
「ん〜…多分大丈夫だと思うけど。」
「ちょっと熱があったのでしょう…?無理しちゃダメよ…。」
キラとユラが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あはは…もうそろそろ卒業だし、せっかく今まで皆勤だったんだから、少しぐらいはね…。明日は休みだしね。
二人とも、あんまり近づくとうつっちゃうよ?」
「でも、風邪ってうつすと治るって…」
「そう言うよね、でも本当なのかな?」
いや、そんな事無いだろうと紅は、笑った。
「大丈夫?」
学校が終わって、紅、キラ、ユラの3人は家の前にいた。蒼は係りの仕事があるらしくまだ学校だった。
「平気…ただいま、ミケ、ユキ、ムラサキ。」
家に入ると3匹の猫が出てきた。ユキとムラサキは蒼が拾ってきた猫だ(名前の由来は伏せる)。
とそのとき
「(うわ…やば…)」
目の前がぐるっと廻ったかと思うとそのまま真っ暗になった。
「こ…紅君!?」
紅はそのまま床に倒れた。
「これが終われば…。それにしても、紅大丈夫でしょうか?」
蒼が束ねたプリントをトントンと整えたとき。
「蒼君!!」
ユラが教室へ駆け込んできた。
「ユラさん?どうしたんですかそんなに慌てて…」
「紅君が…大変なの…!」
慌てるユラとは反対に、蒼はふぅと溜息をついた。
「紅君…大丈夫?運べてあげられればいいんだけど…」
「いや…ごめんねキラちゃん…。」
紅は何とかリビングのソファまで移動し横になってた。
「キラちゃん…!蒼君連れてきたよ!」
「まったく…だから無理をするなっていったんですよ?」
「ははは…わりぃ。」
そこに、ユラと蒼がやって来て、蒼が紅に肩を貸し二人で二階まで上がった。
「おとなしく寝ててくださいね…。疲れてるだけでしょうから、少し寝れば良くなると思いますが・・。」
「ほんと、すまねぇ…。」
「俺より、あの二人に謝ってください…。とにかく、今は寝ること…。いいですね!」
「はいはい…」
(ん…ここは?)
紅は気がつくと広い公園の中にいた。
「お〜い、蒼!速くこいよ!!」
「蒼く〜ん、置いて行っちゃうよ…!」
「まってよ〜二人とも…。」
男の子と女の子が並んで走っていてその後ろから1人の男の子が追いかけていた。
(あの子供達は…?)
「ついた!ええとね…ほらあそこ!」
小さな池のほとりにくると、女の子が指を指した。
「…何これ?」
「はぁ…はぁ…二人ともひどいよ…」
「ごめんね。蒼くん、これなんだか分かる?」
(何見てるんだろ?)
「ええ…なんかの卵かな?ゼリーみたいなのに包まれているけど。」
おそらくカエルの卵だろうと思われるものを、3人はしげしげと見つめていた。と、その時…
「あっ…」
女の子がバランスを崩して体が前に倒れた。
「「ゆかりちゃん!!」」
男の子二人がそれを支えようとしたが、そのまま一緒に
ドボーン!
足のつく深さだった。3人は顔を見合わせて、あはははと笑った。
「ごめんね、上手く支えられなくて。」
「ううん、へーきだから。」
「こういうとき、相手を上手く支えられたらかっこいんだろうなぁ。」
「ま、大きくなってからだな。」
その言葉に女の子が少し顔を暗くした。
「…ずっと、一緒にいられるかな?」
それを聞いて男の子は二人とも笑い出して。
「あたりまえだよ!」
「僕達3人ずっと一緒だよ!」
(あの時は何も知らなかったな…。)
再び目を開けると、そこには…
「あ、起きた。」
キラとユラの顔があった。
「ん…キラちゃんにユラちゃん?」
「晩御飯…もってきたよ・・?」
体を起こすと、キラが小さ目の土鍋が置いてあるお盆を持っていた。
「食べられる?」
「うん、だいぶ楽になったから…。」
紅の前にお盆が置かれた。蓋を開けると病人食の定番お粥だった。
「これ、もしかして…。」
二人を見ると、キラとユラは黙って頷いた。
「頑張って、つくったの。」
「蒼君に教えてもらいながら…大変だったけど…。」
二人は顔を見合わせて苦笑した。紅は、一口、口に運んで
「おいしいよ、とっても。」
「「よかったぁ…!」」
キラとユラは手を取って笑った。
「それにしても、蒼君なんでも作れるのね。」
「下手な主婦より料理上手いからね、アイツは…。お菓子も作れるよ?」
「本とに?じゃあ、バレンタインの時に教えてもらおうか…?」
「ユラちゃん…それじゃあんまり意味が無いんじゃないかな…?」
この様子を見て紅はふっと微笑んだ。
「ユラちゃん…蒼はどう?」
「え!?」
紅の質問にユラは顔を真っ赤にした。
「どうって言われも…別に今までどおりだよ…?」
「前に2回俺達のどちらかを見たって言ってたけど、どんなとき?」
キラとユラはしばらく考え込んで、
「1回目に見たときは街の中で…」
「1人だった?」
「はっきりしてないけど、多分…。2回目もやっぱり街の中で、その時私達は車に乗っていたの…」
「2回だけだったど…貴方の顔が頭から離れなくて…気がついたら、いつでもその事を考えるようになってて…。」
「(街で一人って言ったら多分俺だけど…二人からすれば分からないのか…。)キラちゃんは…蒼の事を?」
「え…私はまだ、良く分からないの…。でも、あの時、パパが亡くなった時、蒼君にああ言ってもらって、すごく安心したし、側にいてほしいって思った…。」
だけど、まだユラちゃんみたいにはっきりとは言えないの…それに、紅君のことも…ごめんなさい。」
「いいよ、そう簡単に決まる事じゃないしゆっくりとで。」
そう言い終わって、紅は残っていたお粥を食べる事にしばらく専念した。そして…
「さっきさ…昔の夢を見たんだ。」
「夢?」
「少し…話そうか、もう、話してもいいと思うから…」
キラとユラは紅の口調から軽い話ではないと思ったのか、少し真剣な表情になった。
「昔さ、近所に幼馴染の女の子が住んでて…今はその家引っ越したけど。その子、葉水ゆかりって名前だったんだ…
もの心ついたときには、一緒に遊んでた幼馴染、何をするにも3人一緒。
とても楽しい毎日だった、親に怒られたりもしたが、その時も3人一緒。
『ずっと一緒だよ』
そう思って疑わなかった日々…それが、簡単に壊れるなんて思ってもいなかった。
月日が流れれば当然成長する…3人は中学に入学した、いま通っている中学に。
しかし、入学して早々ゆかりが入院した…紅と蒼はしょっちゅうお見舞いに行ってた。
「で、どうなんだ?」
「うん…良く分からないの、お医者さんもお母さんもちゃんと教えてくれなくて。」
「ふうん…なんていってるの?」
「"心配しなくていい、きっと治るから"って。」
「それなら、大丈夫じゃない?喘息か何かじゃないの?それよりさ、今日の紅、笑えたんだ。」
「何があったの?」
「いや、ちょっとした事故が…。」
入院しているといっても、そのうち治ると思っていた…だから馬鹿な話で笑えていた。
けれど、少しづつ3人の時間は終わりに近づいていた。
「ごめん、今日紅がちょっと用事が出来て、こられないんだ。ごめんね。」
「…いいの。」
入院してから、ゆかりは少しづつやつれていった。
「私…死ぬのかな?」
「…馬鹿言うな…大丈夫きっと治るから。」
しかし、蒼にもなんとなく察しはついていた…
「その前にさ…言っておきたい事があるんだ…蒼君に。」
「何?頼み事なら何でも聞くよ?」
二人の間にしばらく沈黙が流れた…
「好き…」
「…え?」
「私…蒼のことが好き…なの。」
「それって…。」
「いつまでか分からないけど…私を、蒼の恋人にしてほしいの…。」
蒼は黙ったままだった。
「ダメ…?」
「ごめん…俺は君の事そう言うふうには…」
「そう…。ごめんね、変なこと言って。」
「紅がこなかったのは…もしかして。」
ゆかりは何も答えなかった、事前に紅に話していたのだ。
「紅は…紅の事は?」
「…紅君他に好きな人いるんじゃないの…?」
蒼はその言葉で理解した…ゆかりは自分だけではなく、
本当は二人の事が好きなのだと…。
ただ、紅に好きな人がいる、その勘違いの所為なんだろうと。
「病院から出ると、下には紅が立っていた。
「…その顔、断ったのか?」
「……」
「どういうつもりだよ…」
「どうもこうもない…ただ、断ったそれだけだ。」
「俺に悪いからか?」
「…………………………」
「お前、ゆかりの事好きなんだろ、どうして俺に気を使う必要がある!
傷つけたくないから、傷つきたくないから…逃げるのか?俺はこんなことされも…」
「人の事は言えないだろ?お前だってそうだろ…。何でゆかりから今日のことについて言われたときに何も言わなかったんだ!」
「言えるわけ無いだろ…言えばあいつをそれだけ悩ませる事になる、蒼だってゆかりの事を好きなら…俺が何も言わなければうまく行くのに…。」
「…紅…それでいいのか?」
「何がだ?」
「紅は自分の気持ちを隠したままで…言わないままで…。」
「さっき言っただろう、それじゃあいつを…」
「分かってるんだろう、お前も…。ゆかりが好きなのは俺達二人だって…。」
「…じゃあ、どうしてゆかりはお前を…。」
「ゆかり…お前に好きな人がいるんじゃないかって言ってたぞ…。」
「何?」
「だからじゃないのか…俺の事は…。だから、お前がはっきり言えば…。」
「今更…言えねえよ…。この話は終わりだ…。だが…」
「…」
「「馬鹿だな、俺達は。」」
―本当は分かっていた…
紅も蒼も、どちらかが一方だけが何てことになっても喜ばない事を。
今まで、ずっと一緒にいたから、二人で一緒にゆかりの側に居たかった。
三人で笑って居たかった…。
そして、ゆかり自信も本当は二人の事が好きなのだと…。
ほんの少しの行き違い…たったそれだけだった。。
「紅…」
紅の部屋に蒼が入ってきた。
「昼間は悪かった…つい感情的になって。」
「…俺もだ、悪かった。」
二人はお互いの顔を見合わせて笑った、いつもそうだった。喧嘩をしても難なく仲直りできた。
「明日…二人で言わないか?」
「…そうだな…ちゃんと言うか。」
「だけど、二人一緒にと言うのはどうだろう…。」
「いいんじゃないか?ゆかりが本当にどちらかのことを好きになるまでは。」
「そうだな。」
「俺達は、」
「「ゆかりの事が好きだ」」
「結局、伝える事は出来なかったけどね…。」
三人とも憂鬱そうな顔をしていた。
「しばらく、蒼は塞ぎこんで…立ち直ったは立ち直ったが…話し方も変わった。」
「そんな事が…あったなんて。」
空になった土鍋は乾き始めていた。
「でも、最近のアイツを見ている限りでは、もう大丈夫かなって…。」
「…紅君は?」
「俺?俺はずっと前から平気、昔の事をいつまでも引きずっててもしょうがない。忘れてはダメだけどね。」
キラの問いに笑顔で答えた。
「それに、ゆかりも…そんな事は望んでないと思うから…。」
「…ありがとう…話してくれて。」
「蒼君には、黙ってたほうがいいかな…?」
「いや、黙って無くても大丈夫だとおもう…。て言うかアイツなら分かるんじゃないかな?」
「そうかもね…ふふふ。」
キラとユラは立ち上がって土鍋を持った。
「明日には治ってるといいね。」
「ありがと。多分大丈夫。」
「おやすみ…。」
キラとユラが部屋を出た。
「…蒼のやつ…入ってくればいいのに、立ち聞きなんて趣味の悪いやつ…。」
下に下りると台所で蒼が洗い物をしていた。
お粥を作るとき、ユラとキラに荒らされたので(笑)その片付けもあって遅くなっていた。
「紅…大丈夫でした?」
二人の気配に気づいた蒼は洗い物をしたまま聞いた。
「うん…。」
「あの…蒼君」
「昔の話…蒼から聞いたんですね。」
二人が言い出す前に、蒼のほうから話を持ち出した。蒼は洗い物を終えて水を止めると二人の方を向いた。
「俺も…もう大丈夫ですよ…。」
その顔に穏やかな笑みが浮かべた。
その表情を見て、二人はほっとした。内心は心配だったのだ。
「あの時、気持ちをちゃんと伝えればよかった…確かにそう思います。けれど…もう今となってはどうにも出来ない事です…。」
「…紅君もそう言ってた。」
「でしょうね、父親の受け売りです…心配させてしまいましたね。」
「ううん…でも、よかったのかな?私達が聞いても…。」
蒼は黙って戸棚のところへ行き、引出しから何かを出した。
「これは」
制服に身を包んだ紅と蒼その真ん中に肩ぐらいまで髪を伸ばした少女が立っていた。後ろに立ってる看板を見ると、入学式のときらしい。
「この子が、葉水ゆかりです…」
「綺麗な人…」
「負けそう…。」
「一年ぐらいは、俺も紅も落ち込んでましたけど…今では、ただの思い出です。」
そう言って、蒼は写真を閉まった。
「さて…お風呂、沸いていますから二人で入ってきてください。」
「じゃあ、先に入ってくるね。」
二人は、リビングから出ていったん部屋に戻るために二階へ上がった
「…ただの思い出とは…自分もよく言ったものですね。」
「キラさん、オーブン見てください!ああっ、ユラさんそれは混ぜてはダメです!!」
台所はちょっとしたパニックになっていた。紅が寝込んだ事件から数日、今日は2月14日。
某お菓子会社の商売のための策略が始まった日…もとい、バレンタインデーだ。
当初は、キラとユラが何か作る予定だったのだが、素人2人ではどうにもならず結局蒼の手を借りて皆で作ろう!という事になった。
「まあ、男から送っても良いって言うし。」
「紅、誰に言ってるんですか?手が止まってますよ。」
「へいへい…」
「蒼君、スポンジもういい…熱っ!」
「気をつけてください、って、言うの遅かったですね。」
「キラちゃん、はいこれ、鍋つかみ。」
「ユラさん…ちょっと違いますよ。」
そんなこんなで一時間ちょっと
「あはっ!出来た。」
暫くして、4人分のケーキが二種類出来上がった。
「へえ、すごいじゃん。」
「やったね…キラちゃん!」
「………」
蒼は台所を見回して溜息をついた…片づけが大変だと…。
楽しいティータイムが終わり、蒼とキラが片付けをしていた。紅と、ユラは夕飯の買い物だった。
「分業は間違ってませんけど…どうせなら手伝ってから行けば良いのに…。」
「あはははは…そうだね…。」
台所がこうなった原因が自分にもあるからか、キラは少し申し訳なさそうな表情をしてた。
「され、さっさと済ましてしまいましょう。」
十数分後…
「おわりっと…。」
「ごめんね…私達のせいで余計な手間をかけちゃって。」
「いいんですよ、楽しかったですし。」
その時の、蒼の笑顔を見てキラは何か決心したように言った。
「ちょっと待ってて!」
キラはそのまま二階に上がると、一分も立たぬうちに降りてきた。
「これっ!」
キラの手には、前にユラにもらったマスコットがあった。
「これって…。」
「私は…ユラちゃんみたいにはっきりと貴方の事を好きだとはいえないけど…でも!
パパが亡くなったとき、貴方にああ言ってもらって、すごくホッとした…すごく嬉しかった。
そのせいかしら…いつのまにか…紅君より、貴方の方が気になりだして…。」
「キラ…さん…。」
「たまに…たまにだけど…貴方の横にユラちゃんが居る時、羨ましいなって思うときもあるの…。」
「……」
蒼の表情は笑ってはいなかった、なにか、考えているというより思い出している感じだ。
「今は、これを受け取ってほしいの…ただ単にあのときのお礼というだけでもいいから…お願い。」
「ありがとう…」
蒼はそっとマスコットを受け取った。それを見てキラはにっこりと笑った。だが…
―どうして…俺なんですか…?―
蒼は口には出さず一人そう考えた。
そして、それは蒼を狂わせる唯一のキーワードだった。
気温も緩んでくる2月下旬、中学3年と言ったら高校受験があるが、4人の通っているところは中高はエスカレータ式なので関係ない。
しかし、別の高校に上がる事を望むものはそれも出来る。キラ、ユラ、紅、蒼にもそれは無関係ではなかった。
「県外!?どうして急に?」
「急ではありませんよ…前前から書類は出していたんです。そこ、書類のみの特別審査があって…それに通りました。」
「…おまえ、行くつもりあったのか?」
「ちょっと気が変わりまして…。」
蒼が急に県外の私立高校に行くと言い出したのだった。
「…蒼君…いっしょにいられないの?」
「寂しくなっちゃうね…。」
高校が別になると、大学は当然別になる可能性が高い、つまりかなり長い間離れるわけだ。そのまま、会う事もないというのも有り得る。
「いつなんだ?向こうに行くの。」
「ここは、寮がありますからそこに入ります、入学手続きをしに3月の始めぐらいに向こうに行ってそのままですね。」
「そうなの…」
キラとユラは顔を見合わせてしょんぼりとなった。
その夜
「どういうつもりだ?」
「どういうつもりって、嫌ですね、別に他意は…」
「また、逃げるつもりか?」
「…」
「やっぱりお前は、完全には立ち直ってなかったんだな。」
蒼は体を椅子の方に向けた。
「どうやらそのようです。」
「だからって、ここから出て行く事は無いんじゃないのか?」
「貴方には、分かりませんよ…。」
「ああ、分からないね!!二人から気持ちを伝えられて、何も言わず逃げ出すようなやつの気持ちなんか…」
「何も言わないなんて…」
「何も言わないつもりだろ?違うのか?」
蒼は暫く黙っていた。
「じゃあ、どうしろって?どちらか片方選べとでも言うのか…そんな事できるわけがない…。」
「選ぶ必要はないんじゃないのか?」
「…あの子達は、答えを出してくれた…俺か、紅か。なのに…」
「だから二人の前から消えるのか?訳わかんねぇ。」
「俺が、あの二人の前にいたら、傷つけてしまう。けれど、紅は…答えが出せるんだろう?」
「だけど、あの二人はお前を好きだといったんだ。」
「キラさんはまだ…。」
「お前、言ってる事矛盾しまくってるぞ…。」
蒼は再び紅の方を向いた。
「このままでは、どちらかを傷つけてしまう…今は良くてもいずれ必ず。それよりかは、今はあの子たちの前にいないほうが…。」
「だから、それが逃げてるって言うんだ。」
「…分かってるよ、でもどうしようも…。」
紅は立ち上がって部屋から出る前に言った。
「今回は、全てお前の問題だ…前とは違う…。」
荒々しくドアが閉めらた後、蒼は一人でつぶやいた、
「こうするしかないんだ…。」
「まだ引きずってたんじゃ仕方ないけどな…それに、話し方が…。そうとう来てるんだな。」
そこに、キラとユラがやってきた。
「蒼君は?」
「いるけど…。」
「…でも…。」
紅はドアの方を向いて、下に下りていった。
「蒼君…はいるよ?」
キラとユラがそっとドアを開けた。
「どうした?二人とも。」
蒼の表情を見て、キラとユラは顔を見合わせた。
「…大丈夫…?」
「私達のせい?」
申し訳なさそうにそうつぶやくユラとキラを見ると心が痛んだ。
「私達、二人とも貴方の事を…」
「違うよ。」
「でも、私が…私が…ああ言った時から貴方の様子少し変だった…。」
二人にも感づかれるほどだったのかと、蒼は心の中でつぶやいた。
「いいえ、ちょっと他のとことに興味が湧いたから…」
それから暫く黙って
「…ごめん、暫く一人にしてくれないかな…。」
キラとユラが出て行った後の部屋で蒼は一人外を眺めていた。
「…隠すなら、も少し上手く隠せれば良いんですけど…ダメですね。ばればれじゃないですか…。」
それでも、自分は二人の前にいられない…たとえ、それが間違っていたと…いや、間違っているとしても。
そして、ついに出発の前日。
「どうしても、行くのか?」
「…」
「そうか…分かった。お前がそう言うならもう止めない…。だが、お前は馬鹿だ。」
「(分かってるよ…そんなの。)」
そして、紅と入れ違いにユラとキラが入ってきた。あの時以来、あまりちゃんと会話をしていない。
「…とうとう、明日だね…。」
「ごめん、二人とも、こんな事になって。」
「ううん、貴方が決めた事だから…。」
そう言って二人は、ごそごそと何かを取り出した。
「「はい」」
二人の手には手作りのマスコットがあった。
「何て言うのかな…門出のお祝いかな?」
「ごめんね…たいした物じゃなくて。」
二人の笑顔でそう言った。
「「頑張ってね」」
それだけ言うと、ユラとキラは蒼の手にマスコットを置いて部屋を出た。
「…ごめんね…」
キラとユラはそのまま部屋に戻り。
「うっ…ぐすっ…えうっ…」
ユラは入り口のところにしゃがんで泣き出した。
「ユラちゃん…」
はっきりあの人を好きだといったユラは自分よりもずっと悲しいのだろう…そう思うと泣けない自分が嫌だった。
そう…あの時は、蒼が支えてくれた…泣いても良いよと言ってくれた。
「キラちゃん…私達、蒼君を傷つけちゃったのかな…?」
「分からない…分からないよ…。」
「なんで…何でいなくなっちゃうの…どうして…。」
キラはユラをそっと抱き締めた、あの人が自分にしてくれたように。
「…ごめんね…私のせいで。」
ユラは頭を横に振った。
違う…キラちゃんのせいじゃない、私は、キラちゃんがあの人を好きになってもいい、そう言った。
「私達、双子じゃない方が良かったかな?」
ユラは、より強く頭を横に振って、力強く抱き締めた。
「キラ…ちゃん…まで、いなく…なっちゃ…いやぁ…」
「私もよ…ユラちゃん。」
夜遅く、キラはふと目を覚ました。時計は3時を廻っていた。
「…」
なんとなく、部屋を出て見ると一階に人の気配がした。
「紅君。」
「ん?」
下りるとそこには一人窓から星を見ている紅の姿があった。
「眠れないの?キラちゃん。」
「うん…紅君も?」
「まあね。」
キラは紅の横に腰を下ろした。
「…ユラちゃん泣いてた。」
「だろうね。」
「でも、私は、また泣けなかった…悲しいのに…どうして?」
「キラちゃん、蒼の事好き?」
「………。」
「本当は、はっきり分かってるんでしょ?好きだって。」
「…うん、ごめんね、紅君。私は蒼君のことが…。」
そう言った瞬間、キラの目から一筋の涙が流れた。
「え…?」
次から次に、涙が出てくる…さっきと同じ気持ちでいるのに。
「キラちゃん、どこかでユラちゃんに気を使ってたんじゃないの?だから、自分の気持ちを素直に出せなかった。
だから、泣けなかったんじゃないの?」
「…」
キラは紅の胸に顔をうずめた…。
「…やだよぉ…蒼君に、いなくなってほしくない…。」
翌日、
「じゃあ、行ってきますね、紅。留守はよろしくお願いします。」
「いって、くるね。」
紅を残して、3人は家を出た。
「…ん?あいつ話し方…。」
キラとユラは駅までの見送りだった。3人は駅につくまで一言も喋らなかった。
「…じゃあ、ここで。」
ホームにつくと電車が止まっていた。
「頑張ってね…。」
「手紙書くからね…電話も、するね。」
「うん…」
蒼が電車に入ろうとすると、腕に僅かな抵抗を感じた。
「……」
ユラが袖をぎゅっと握り震えていた。
「ユラちゃん…」
キラがそっと手を添えると、震える手が少しづつはなれていった。
「ごめんね…」
このまま電車がずっととまってくれればいい、途中で何か事故がおきてて、ずっと止まっていれば良いのに…
「いっちゃやだ…」
ユラがポツリとつぶやいた。
「どうして、私達の側にいてくれないの?ねぇ…お願い…いかないで…蒼君…!」
「……」
「私は…貴方が好き!だから…だから側にいてほしい…それなにに…どうして!!」
ユラはくるりと向きを変えて駅を出て走り出した。
「ユラちゃん!」
キラもユラの後を追って走り出した。
「何を、やってるんでしょう。俺は…」
そこに車掌(今いるのか?)がやって来て。
「乗るのかい?」
さっきのユラの涙が頭に強く焼き付いていた。
蒼は、ゆっくりと電車の中へ足を踏み入れた。