彼らは繋がっている。
ベッドの中で眠りに堕ちて、彼らは人知れず曖昧な空間で密会を開始する。
人はそれを共振と呼び、はたまたオムニスフィアの深層と解釈する。
人に解釈されたそこに時制の概念はなく、去年の春に眠りに堕ちて来年の秋の収穫を知ってしまうような、まったく、そういったことが、そこでは当たり前に罷り通る。
彼らは繋がっている。
未来と過去が繋がった空間で、彼ら──ウィスパードは、我彼とも知れず繋がっている。
その繋がった空間で、二人の女性がひそひそ話をしている。
両者とも酷く表情が曖昧だが、それは彼女らに責あることではなく、ここがそういった、すべてが曖昧な空間であることに起因する。
曖昧な空間で曖昧な顔をして、曖昧な言葉を紡ぎつつ、曖昧な脳裏に記憶を焼き付けようと、肌の火照りほどの火力で曖昧な海馬を刺激する。
きっと一晩過ぎれば忘れてしまうだろうに、そんなことなどおくびにも出さず、彼女らは楽しげにひそひそ話をする──いや、楽しげなのは一人だけで、もう一人は、ともすると酷く不機嫌なのかもしれない。
曖昧な顔から意志は読み取れず、それでもなお、彼女──艶やかな黒髪を持つ少女の背後が、陽炎のように揺らめき、色彩すら曖昧なこの空間で、異彩な憤りの赤を発している。
黒髪の少女の燃え立つような怒りに、その銀髪を夕日色に染めた三つ編みの少女は、目の前の脅威などなんのその、酷く楽しげな様子で話を続けた。
「そしたらサガラさんすっごく優しいんですぅ〜。
あなたは武器など必要ない女になるべきだとか、わたしがあんなつっけんどんに接してたのに、どうにかわたしと話そうとしてくれたり……そういうとこがすっごくかわいくて、ちょっとイジワルしちゃって……
それなのにサガラさん、私が眠ってるときずっと手を握っててくれたんです!」
銀髪の少女は何かを思い出すように自分の左手に触れると「……サガラさん」と一言呟いた。
その瞬間彼女の背に桃色の花が咲き誇る。顔はピントがズレたように曖昧なままだが、背景と身体全体で、自分が今幸福だと表現している。
黒髪の少女は、自身の怒りすら覆い尽くす桃色幻想に圧倒されて、ついつい「そう、よかったわね……」と言ってしまった。
銀髪の少女は興奮気味に続ける。
「それで、それでですね!サガラさんとお手てつないだままで眠ったら、サガラさんの夢を見ちゃいまして、なんと、私とサガラさんが二人っきりでデートしてるんです!
お花畑で手をつないでピクニックして、私が作ったサンドイッチを一緒に食べるんです。
それでサガラさんったら頬を綻ばして『テッサの作るものはいつも美味しいな』って!やだ!サガラさんったら!
その表情がまたすっごくかわいくて、それなのに私を抱き締める手は力強くて、いつの間にか夜になってて……あっ、いやっ、サガラさぁん……もう、カナメさんの前で、あっ、ダメですぅ〜……しゃ、しゃがらさん…んぅ、もぉ……ちょっとだけですよ?
……んぁ!いやっ!サガラさん、そっちは違う穴……えっ?ナスなんて入りませ……いえ、いいんです!サガラさんがしたいなら……ふっ、あぁ!さ、しゃがらさあぁぁん!」
そして声は、そのまま遠くなっていき、やがて聞き取ることもできなくなって……
*
「ん…………」
目をさますと、やわらかい光が彼女の瞼に射しかかっていた。
まぶしい。
千鳥かなめは目を閉じたまま眉をひそめ、真っ白なシーツの上で寝返りをうった。
波の音が聞こえる。
中略(燃えるワン・マン・フォースp289から引用)
地味だが上品な調度類が配置された寝室の扉を、ノックする者がいた。
「どうぞ……」
「失礼します」
スーツ姿の少女が入ってきた。年齢も体格も、かなめとそう変わらない娘だ。髪はブラウン。ショートボブに切りそろえて、野暮ったい眼鏡をかけている。
けだるげにベッドの上から身を起こすかなめを一瞥し、彼女は軽く頭を下げた。
「お休み中でしたか」
「いいの。用事は?」
「三時のお茶です。それから、今朝お送りした<ベヘモスi>のデータはどうなったか、お伺いしろと仰せつかりました」
「机の上。USBディスクに」
「ありがとうございます」
少女はティーカップにダージリンを注ぎ、クッキーの小皿と一緒に盆に載せた。
「お疲れですか?」
「別に。うたた寝しただけ」
「悲しい夢をごらんになっていたようですね」
「どうして?」
少女はかなめを見つめ、自分の右の目尻を人差し指で軽くさわった。
「涙の跡が」
言われて、かなめは寝室の奥の鏡を見た。少女の言うとおりだった。
「そうね」
目尻を拭って、彼女はつぶやいた。
「悲しい夢。たぶんあたしだけじゃなくて、みんなが見ているのかも」
*
『……あっ、いやっ、サガラさぁん……もう、カナメさんの前で、あっ、ダメですぅ〜……しゃ、しゃがらさん…んぅ、もぉ……ちょっとだけですよ?
……んぁ!いやっ!サガラさん、そっちは違う穴……えっ?ナスなんて入りませ……いえ、いいんです!サガラさんがしたいなら……ふっ、あぁ!さ、しゃがらさあぁぁん!』
案の定レナードも見ていた。
かなめが起きたのと同刻。仮眠をとっていたレナードもまた、目を覚まし、すっくと起き上がる。
レナードは無いはずの夢の記憶をたどり、ぽつりとつぶやいた。
「やるじゃないか。流石、僕の妹というだけはあるね」
なにがやるのかはわからない。
ただレナードは、彼と血を同じくするテレサ・テスタロッサが、彼の地位を脅かす存在になりつつあると、六個目の感覚で感じ取っていた。