「お金持った?偽造パスポートは?それと拳銃はどれにしたの?日本は湿度が高いから、ちゃんとメンテしなきゃダメよ?あと警察がうるさいからナイフもあまり大きいのはダメ……うるさいからって簡単に殺しちゃダメよ?お姉ちゃんと約束よ?」  
 
「わかってる。お姉ちゃん、約束」  
 
「うん。約束……あとちゃんと報告書書いてメールで送ってね?先生が見たいって言ってたから」  
 
「うん。じゃ、行ってくるね」  
 
「いってらっしゃい。気を付けてね、ユイラン」  
 
こうしてユイランは、日本へと旅立った。  
 
*  
 
From ユイラン  
To  お姉ちゃん  
Title 報告書  
 
○月○日(はれ)  
今日の午後日本に着いたよ。  
お姉ちゃんが言ったとおり少しむしむしするけど、思ったほどじゃなくてぽかぽかしてるよ!  
カシムが住んでるっていうたまがわ(漢字わかんない)まですごく遠いから、今日は先生に貰ったお金でホテルに泊まりました。  
スゴくきれいなホテル!  
ルームサービスのてんどんっていうサクサクしたのがお米の上にのってるやつが美味しかったから、日本に来たときは先生も食べたらいいよ!って先生は日本のこと詳しいよね。  
あとトイレもスゴい!  
よくわかんないボタンがいっぱいあって、押して遊んでみたらびゅーって噴水みたいに水が出た……顔がびしょびしょになった。目的がわからない。鼻うがいにでも使うのかな?スゴいね日本!  
 
○月○日(くもり)  
今日はカシムン(昨日考えたカシムの愛称。先生の名前に似てるね!)が住んでるたまがわに行くよ!  
今ぐんまってとこにいるんだけど、電車の乗り方がわかんないから駅にいたおじさんに聞きました!そしたらお嬢ちゃんキレイだねだって!  
だから私のお姉ちゃんの方がもっとキレイだよって言いました!偉いでしょ!?  
あとスゴいのがね、ちゃんと電車が時間通りにくるの!  
マークのとこにもピッタリ止まるしスゴい!プロだね!この電車の運転手さんはASに乗ればいいのに!  
で、東京(これは漢字わかるよ!)につきました。  
めちゃくちゃ人がいて、この中からカシムン見つけるの大変だな……でもガンバル!先生のためにガンバル!  
あとぎゅーどんっていう甘塩っぱいお肉がお米にのってるやつが美味しかった。わかった!最後にどんってつくご飯はみんな美味しいんだ!  
 
○月○日(はれ)  
今日はカシムンが通ってるじんだい高校を見に行きました。  
カシムンは見つかんなかったけど(今日はいないみたい。ミスリルの任務かな?)かなめっていう女の子は見つけたよ!写真で見たとおりめちゃくちゃキレイです……でもお姉ちゃんの方がキレイだよ!  
学校の中はあまり見れなかったけど、見た感じ普通っぽいです。でもところどころにトラップの跡があって、戦士の勘が危険を知らせてくるよ!……襲うなら下校中がいいかもです。  
あと通学路の下見のとき本屋を見つけたので、先生の好きなGガンダムのDVDをお土産に買いました!  
カシムンの声ってドモンに似てるんでしょ?スゴいなーカッコいいなー。カシムンせきはてんきょーけん!って言ってくれないかなー?なんか襲うのが楽しみになってきたよ!ワクワク。  
 
ps.通学路の下見で電車に乗ったとき、太ったおじさんにお尻を触られました……スゴくムカついたけど、お姉ちゃんと約束したから殺してないよ!両手首の関節外して、蝶々結びしただけだから!ユイランも前より大人になったんです!  
 
○月○日(くもり)  
スゴいなードモンは。だって指ぱっちんしてガンダーム!って叫ぶと、後ろからガンダムが出てくるんだよ!?  
私も指ぱっちんしながらガウルーン!って叫んで、先生呼び出せないかな?出来るかな?やってみようかな?やってみるね!ガウルーン!出来ませんでした。  
それより今日はやっとカシムン見つけたよ!  
かなたん(かなめの愛称。かなめーるとどっちにしようか迷ったよ!)もキレイだったけどカシムンもスゴくカッコいいです……でも先生の方がもっとカッコいいよ!  
早く襲いたいなーどんな襲い方がいいかなー?一緒にラブラブてんきょーけんやってくれないかなー?  
接近すれば勝てると思うけど、距離を置くと難しそう……だってカシムンめちゃめちゃ飛び道具持ってるもん。使い方も上手いし。  
ま、とりあえず今日の下校時にダンプカーぶつけてみます!死なないかな?大丈夫だよね?だってマスターアジアの弟子だもんね!?  
 
ps.もうすぐ香港を灰にする日だね!お姉ちゃんガンバってね!  
ちゃんとコダールの冷却装置と排熱板メンテしなきゃダメだよ?じゃないと先生みたいにオーバーヒートしちゃうからね(笑)  
 
○月○日(雨)  
うわーっ!カシムンスゴいです!  
昨日の夕方ダンプカーのアクセルに細工して、リモコン操作で特攻させようとしたら、特攻させる前にタイヤに鉛玉打ち込まれました!  
なんでわかったんだろう?……タイヤ打ち抜いたあとかなたんに叩かれてたけど、カシムン大正解だよ!元気出して!  
今日の朝も下駄箱にパイプ爆弾仕掛けといたのに、下駄箱ごと爆破処理されちゃうし、ライフルで狙っても射線に入ってこない。  
通学路に設置しといたトラップも回避されちゃうし……悔しいけどトラップに関しては私よりカシムンの方が上だなー……どうやったら殺れるか……いや、殺しちゃダメなんだよね。  
そのくせかなたんのパンチはくらうんだよね……これは、アプローチの仕方を変えたほうがいいかもね!  
あと通学路のゲームセンターの、機械の腕でお人形さんをとるゲームで、カシムンみたいな顔した(しかめっ面だけどかわいい!)ワンコのぬいぐるみを取りました!しかも二つも!先生に一個あげるね!お姉ちゃんにはボン太くんっていうふかふかのあげるね!  
じゃ、お姉ちゃんは香港を火の海に出来るように、先生は手足が生えるようにガンバってね!あたしもガンバルよ!  
へっへー、今秘策を考えましたー。  
 
○月○日(くもり)  
やったー!カシムン捕まえたよー!  
今回はちょっとアプローチを変えてみました!ヒントはかなたんのパンチ!  
あれだけ注意深くて鋭いカシムンが叩かれちゃうってのは、かなたんに対しては危機感のスイッチが切れるようになってるんだと思うんです!  
だからかなたんの名前を語って、睡眠薬入りのお弁当をカシムンに渡しました!  
直接渡したわけじゃなくて、カシムンのマンションのドアノブに袋かけといたんだけど……中にお弁当を、外にメッセージカードを貼りつけてね!  
 
『そみすはへ  
きぬうは めんなにににいて ごぬんわ  
かなぬ』  
 
訳:そおすけへ  
きのうは あんなにたたいて ごめんね  
かなめ  
 
って書いたメッセージカードを!  
日本語は喋れるけど書いたことないから、下手くそだけど、ガンバったんだよ?  
それにお料理だって先生以外の男の人に作ったことないから、スゴいガンバった!  
象を一滴で昏倒させる薬の、味がわからなくなるようにチョー濃く味つけしたし、それでいておいしいようにガンバった!  
……お願い!食べて!食べてカシムン!  
 
ってお祈りしたら、学校から帰ってきて袋のメッセージカードを読むなり、ソッコー食べたよ!笑顔で食べたよ!笑顔もかわいいよ!  
でも残念でしたー!バカめーっ!かなたんのお弁当じゃありませーん!本当はユイランのでーす!でも食べてくれて嬉しいよ!ありがとうカシムン!  
今現在カシムンは玄関の前に寝てます!  
今から襲うよー!めちゃめちゃにしちゃうよー!  
じゃ行くね!  
先生は手足生えるようにデビルガンダム細胞探してね!お姉ちゃんは明鏡止水の心でコダール乗ってね!  
終わったらメールするね!  
 
*  
 
両手を背中で手錠で拘束され、うつ伏せでベッドに寝かされたカシムン──こと相良宗介軍曹は、自身の体たらくに絶望し溜め息をついた。  
 
身体が水を吸った綿のように重い。弁当を食べてからの記憶がない──おそらくあの弁当に薬物が──なんという迂濶だろう。  
彼女があんなに字が下手なわけがないし、そもそもやることが不自然すぎる。だというのに、あの時の自分はこれ以上ないくらいに舞い上がってしまって──穴があったら入りたい気分だ。  
 
「うぅっ……」  
 
呻きながら仰向けになると、見慣れない天井と見慣れない壁が視界に入る。  
窓は厚いカーテンで締め切られている。時計も家具もないシンプルな部屋だったが、壁になんらかの絵が貼られていた。  
ノートの切れ端に描かれた幼稚な絵だ。人のようでもあり直立した熊のようにも見える。とにかく想像力の欠落した宗介には、理解不能の絵画である。  
 
鈍重な肉体をもう半回転させ、視線を床へと移したとき、宗介は初めて彼女の存在に気付いた。  
肩口で切り揃えられた黒髪と白刃のように鋭利な横顔──黒を基調とし濃い赤のアクセントがついた上着と、タイトなミニスカートをはいた少女が、床にうつ伏せになって何事かしている。  
状況から察するに、この少女が自分を拉致したのは明らかだ。それに拉致したということは、今のところこちらに危害を加える意志はないのだろう──宗介はそう思い、注意深く彼女に声をかけた。  
 
「目的はなんだ?」  
 
声を出すのも気怠い。  
吐いた息を取り込もうと肺を膨らますと、甘い汗の匂いが鼻をくすぐる。おそらく目の前の少女がこのベッドを普段使っているのだろう。  
 
して、当の少女と言えば聞く耳持たず、うつ伏せのまま両膝を曲げて、足をパタパタとさせながら何事かしている。  
床にぬいぐるみと色鉛筆が転がっている。何か書いているらしいと彼は考えた。  
満を持して、今一度聞く。  
 
「俺を拉致した目的を知りたいんだが……?」  
 
「ちょっと待ってて」  
 
少女は足をパタパタさせてそう言った。  
待っていろと言われれば、待っているしかない。  
足は自由だが身体は怠いし、手錠の鎖がワイヤーでベッドに繋がれている。身を起こすことくらいは出来ても、ベッドから離れることはできない。  
 
床に横たわる少女は、相変わらず無心に何か書いている。  
ひどく無防備な姿だが宗介の間合いには入っていない。  
張り出した尻やスカートの下から覗く太ももは、エリート傭兵の宗介から見ても見事なバランスで鍛えられており、彼女は戦闘のプロだろうと彼に気付かさせた。  
 
「できた」  
 
少女はすっくと立ち上がった。  
手にノートの切れ端が握られており、何か絵が描かれている。彼女はその絵を見て「かっこいぃ」と呟くと、宗介の眼前にその絵を差し出した。  
 
「見て」  
 
謎の絵を突き付けられて宗介は困惑する。  
壁に貼られた絵と同様に幼稚な筆致だ。人間の顔を書いたもののようだが、一見すると化け物のように見える。前衛的過ぎる。美的センスが死んでいる宗介でなくとも、誰もが首を捻る代物である。  
絵の右下に「ゆいちん」と書かれている。恐らく彼女の名前だろう。  
 
「ドモン」  
 
少女は化け物を指差してそう言った。  
彼女の表情筋は宗介に輪をかけて硬いものだが、幾分得意気に見えた。  
どう?似てるでしょ?──と言わんばかりの表情だが、ドモン自体を知らない宗介にはなんのことかわからなかった。  
 
「そうか……ところで何が目的──」  
 
「ねぇ、せきはてんきょーけんって言って?」  
 
彼の疑問を無視して続ける。  
 
「なに?」  
 
「せきはてんきょーけんって言ったの。イヤならゴッド……シャイニングフィンガーでもいい」  
 
「……なぜだ?」  
 
「シャイニングガンダムの顔が開くとこが好きだから」  
 
「いや、そうではなく……なぜそんなことを俺にさせようとする?」  
 
「ドモンがそう言うから」  
 
少女はそう言って宗介の顔を覗きこんだ。  
目と目が合う。瞳と瞳が合う。  
深い色だと宗介は思った。まるで研磨された黒曜石のような瞳。それでいて血濡れのナイフのように赤く、妖艶に色めく。  
眼球が半透明の物質であることを忘れさせるような、底の見えない色合いに見つめられ、宗介の背に冷たい汗が流れた。  
 
「やっぱり似てる」  
 
溜め息をつくようにして彼女は言った。  
見惚れたといった風情で頬を赤らめ、息を乱して彼の顔をまじまじと見つめる。  
少女の吐息が宗介の鼻先へと流れる。彼女の甘い香りを嗅いで、彼は──このベッドはやはりこの女が使っているのだ──と確信した。  
 
ということは、ここはタイガースマンションから南西150メートルにある、スワローズマンションの一室──と宗介は推察する。  
 
──自分が狙われていることは直ぐにわかった。  
かなめの護衛の自分ではなく、相良宗介個人に用があるというような眼差し。任務と趣向が入り交じった、黒猫のようにねめつける視線を、常に背中に感じていた──案の定下駄箱には不審物が、通学路にはトラップが仕掛けられていた。  
監視の気配とトラップの趣味趣向が似通っていることから、相手が単独犯であることが伺える。恐らくトラップは得意ではないのだろう。普段は直線的な手段が多くて、あまり慣れていないように見えた。そういう癖が見える。  
そして上記したものが正解だとした場合──自分がもし単独で、ある訓練された傭兵を拉致する場合、どこに拠点を置くか──その最有力がスワローズマンションだった。  
 
以上のことは既にダナンに報告済みである。明朝のの定時連絡がなければ、ダナンから増援がくるはずだ。  
 
ベッドの甘い匂いから、ここが目の前の少女(犯人)の拠点であることは間違いない。  
ダナンの増援はセーフハウスの後すぐにここ、スワローズマンションに来るはずである。  
自力での脱出は困難。相手の目的がわからないが、移動する気配はない。おそらく今晩はこの部屋に拘束されるだろう──もちろん自分が生きていればの話だが。  
 
ならば自分がすべき今の最優先はなんだろう?──宗介は考える。  
今の自分にできることは少ないが、犯人が目の前にいる以上、かなめの安全はある程度保証されている。他の脅威はレイスに任せる。能力に疑問が残るが、今の自分よりは役にたつだろう。  
 
また、最終的にどうするかは知らないが、今のとこ犯人は自分に危害をくわえる気はないらしい。  
ならば一番の危険人物であるこの少女を、この場に止めること──それが今できる最優先であると考え──宗介は呟いた。  
 
「……せきはてんきょーけん」  
 
彼女の興味を、出来る限りひいた方がいいだろう──宗介はそう結論づける。  
少女が眼を丸くして「そっくり」と感嘆の声をあげた。  
鼻と鼻が触れ合うほど顔を寄せて、彼女は「もう一度言って」と言った。  
黒曜石の瞳が宗介の顔をこれでもかとねめつける。  
左目の下にある涙ボクロが、第三の瞳のように見えて、再び彼の背に冷たい汗が流れた。  
しかし吐息はこれ以上ないくらい甘い。  
 
「せきはてんきょーけん」  
 
「もっと大きな声で」  
 
「せきはてんきょーけん!」  
 
「すごい」  
 
少女の両手が宗介の後頭部にまわる。彼は逃げようと身を捩ったが、結局逃げること叶わず、彼女の腕にとらわれてしまう。  
少女は彼の頬に頬擦りして「似てる」「かっこいぃ」「本当にドモンみたい」としきりに囁いている。  
擦り付けられる頬が柔らかくて温かい。  
絹のような黒髪が彼の鼻先に触れて少しくすぐったい。  
触れた髪先からベッドと同じ、甘い匂いがして、宗介は敵に抱き締められているにも関わらず、心のどこかで脱力してしまった。  
 
「録画するから、もう一回言って」  
 
宗介の頬を堪能したあげく、少女はそんなことを言った。  
身を起こし、上着のポケットから携帯電話を取り出す。使い慣れないらしく両手で不器用に携帯電話を操る。カメラの使い方がわからず、眉根にシワがよる。  
 
「違う……これも違う……これ?……も違う……これ、かな……?」  
 
やっと合点がついたようで、少女の表情が幾分和らぐ。  
その時彼女の足に何かが触れた。彼女はベッドから降り、床から何かを拾い上げると、それをぎゅっと抱き締めて「カシムン」と呟いた。  
しかめっ面の犬のぬいぐるみだ。頭頂部に黒いタテガミが生えており、少女はそのタテガミに顔を埋めた。  
 
「カシムン……?それはもしかして俺のこと──」  
 
「もう一回言って」  
 
自分の過去の名を呼ばれ疑問の声を上げた彼を無視して、少女はベッドに身を投げた。  
ベッドの上に二人して、仰向けで寝転ぶ。少女の腕が宗介の肩にまわって、彼の身体を引き寄せた。  
彼の右頬に彼女の左頬がぴたっとくっついて、反対側の頬にぬいぐるみがくっつく。少女の顔とぬいぐるみが、宗介の顔をサンドイッチした。  
少女は携帯電話を眼前に掲げると、携帯電話のカメラに二人と一匹の顔がおさまるように、位置を調整した。  
 
「もう一回言って」  
 
宗介の頬に自身の頬をぎゅーっとくっつけて、少女は今一度言った。  
 
「カシムという名を誰から聞いた?」  
 
「言って」  
 
「教えてくれなければ言わん」  
 
「先生」  
 
「なに?先生とはどこの誰──」  
 
ティロン♪  
 
「録画ボタン押しちゃったから、早く言って」  
 
「……せきはてんきょーけん!」  
 
「シャイニングフィンガーも。あと最後にヒートエンドってつけて」  
 
「しゃいにんぐふぃんがー!ひーとえんど!」  
 
少女は録画終了ボタンを押すと、ベッドから立ち上がり、動画のデキを確認しはじめた。  
宗介の声の間に少女の声が入ってしまったが、それはそれでいいらしい。「ひーとえんど!」の部分を気に入ったらしく、何度もその部分を繰り返している。  
 
「すごい……ありがとう、カシムン」  
 
「だからそのカシムというのはどこの誰に……そもそも貴様の目的は──」  
 
なんだ?──と言おうとした瞬間、彼女の携帯電話が鳴った。  
 
『ふらいんぐいんざすかーい!たかくはばたけなんたらかんたらるるーららー♪』  
 
と宗介には聞こえたが、それがGガンダムの主題歌であることは、少し前までアフガンにいた彼にはわからなかった。  
 
『しゃいにんぐふぃんがー!』  
 
のところで少女は右手を突き出すと、小さく「……ヒートエンド」と言った。そして電話に出る。  
 
「はい……ユイランです……あ、お姉ちゃん……うん、まだ……ガンダムごっこしてた……すごく似てる……うん……大丈夫。オギノ式で計算した……完璧……うん……」  
 
話の内容はわからないが、とりあえず彼女の名前が「ゆいちん」ではなく「ゆいらん」であることがわかった。  
 
「うん……うんうん……てんどんも写真送るね?……うん……先生?わかった……カシムンなら起きてるよ……先生、身体の具合は……はい…はい……わかりました。今かわります」  
 
少女──もといユイランは、携帯電話を自身の耳から外して、宗介の耳に押し当てた。  
 
「先生がカシムンと話たいって」  
 
と言いながら彼女は、宗介の耳と携帯電話の間に、無理矢理自分の耳を入れた。彼の額に彼女の頭がゴリゴリと擦り付けられる。「なにがしたいんだ?」宗介は思わず聞いた。  
 
「私も先生の声聞きたいから」  
 
「……そうか」  
 
多分この女はこういう女なのだろう──いささかの諦めとともに溜め息をつく。ユイランのまつ毛がチクチクと宗介の目蓋をくすぐる。  
 
訝しみながらも電話の声に耳を傾けると、  
 
『久しぶりだなぁ〜カァシムゥ〜』  
 
既にこの世にいないはずの男の声が聞こえてきた。  
 
「……先生とは貴様か、ガウルン」  
 
驚いたが声は荒げない。  
こんな業界だ。死んだはずの奴が生きていて、生きているはずの奴が死んでいる。そんなことがまかり通る。  
二人の声を聞きながらユイランは「ドモンとマ・クベが喋ってる……」と意味のわからないことを呟いた。  
 
『なんだ、あまり驚かねぇんだな〜。これでも極上のサプライズを用意したつもりなんだが。  
まぁそうだ、ユイランの言う先生ってのは俺のことだよ……それにしてもヘタレたなぁ〜……昔のお前なら毒入り弁当なんぞ食わなかったろうに。これもやはり、あの嬢ちゃんの影響か〜?』  
 
あの嬢ちゃん──宗介は痛いところを突かれて、何も言えなくなってしまう。  
 
昨日今日と彼女にしこたま殴られた。確かに勘違いも多いが、今日に限ってはかなりの確信があった。現に今俺はこんな窮地に陥っている。  
だがそんなことは彼女にはわからない。自分が間違ってようと正しかろうと、結局彼女は自分を叩くのだ。  
確信があっただけに、本気で意気消沈した──そんな時に当の彼女からの弁当とメッセージ──食うなと言うほうが無理な話である。  
 
『あの娘はダメだ。どんな力があろうと、結局平和ボケしたその返の小娘とかわらねぇ〜……つまらんガキだ。わかるだろう、カシム?あの嬢ちゃんは、お前にとって毒だよ』  
 
「貴様の存在の方が俺にとっては毒だろう」  
 
ミスリルではコダールをヴェノム──猛毒と呼称している。  
 
『毒にもいろいろな種類があるんだよカシム……あそこの暮らしはお前には毒だ。水清ければ魚棲まず……お前はこちら側だ。多少毒があった方が過ごしやすい。あの娘は邪魔だよ』  
 
「……千鳥に危害を加えれば、貴様を殺す。今度こそ。間違いなく」  
 
『早とちりすんなよ。さっき言ったろう?どこにでもいるつまらんガキだ、と……あの娘を殺したところで、お前は別のつまらん女を見つけるさ』  
 
「俺はそんなことは──」  
 
『俺はお前のことならなんでもわかるんだ。なぜなら同類だからな』  
 
ガウルンは含み笑いを漏らす。  
 
『どれだけ善人面をしようと、お前はこちら側の人間だよ。俺が保証する……お前は他人のことなどどうでもいいと考えている……実のところどうでもいいんだ。あの娘のことなど。所詮30億ある穴の一つにすぎねぇ……お前が興味があるのは、あの娘の近くにいる自分さ』  
 
宗介は何も言わない。  
ユイランが耳元で「ドモンも喋ってくれなきゃつまんない」と駄々をこねた。  
ガウルンが続ける。  
 
『だから別のもんを奪う……今からそこにいるユイランがな。お前から取り返しのつかないものを奪うよ』  
 
「なにを奪うというんだ?命か?」  
 
『馬鹿が。そんなありきたりなもんじゃねぇよ。もっとお前が奪われると、覚悟してなかったものだ。まぁユイランは上手いからなぁ〜、その返はサービスだ。せいぜい喘息の豚のようにヒィヒィ喘げ……おっ、なんだ?……カシム、ちょっとかわるぞ』  
 
「……なに?ちょっと待て。どういう意味──」  
 
『カシムン?』  
 
間を置いて、女の声が聞こえてきた。  
聞きなれない声だが、誰かに似ていると宗介は思った。  
 
「誰だ貴様?」  
 
「お姉ちゃん」  
 
宗介の疑問にユイランが答える。  
彼女が喋るたびに温かい吐息が唇に触れて、宗介はとてもいけないことをしているような気分になってしまう。  
 
『とーほーはあかくもえている!って言って』  
 
姉らしき女が電話越しに言った。  
 
「なに?とーほーは……なに?」  
 
『とーほーはあかくもえている!』  
 
「とーほーはあかくもえている!」  
 
『似てる。バイバイ』  
 
ガチャ、ツー、ツー。  
 
電話が一方的に切られる。  
どうやらこの姉妹は姉の方も大分アレらしい。頭が痛くなってくる。  
ガウルンといいこの姉妹といい、自分はイカレ野郎と縁があるらしい──だが今はそんなことを悩んでいる場合ではないだろう。  
宗介は、今の会話を携帯に録音して「とーほーはあかくもえている!」の部分ばかり繰り返し聞いているユイランに問い掛けた。  
 
「つまり貴様らの目的は……一体俺から何を奪うことだというんだ?」  
 
「童貞」  
 
ユイランは宗介の方を見ると、さもなんでもないことのように呟いた。  
仕草と言葉のギャップに宗介は今一度問い掛ける。  
 
「なに?もう一度言ってくれ」  
 
「童貞」  
 
やはり童貞と聞こえる。  
 
「今からエッチするの。私上手だから、とろけるくらい気持ちいい……ちんちんなくなっちゃうかも」  
 
髪を掻き上げてユイランはそう言った。  
宗介は話の飛び方にも驚いたが、あのクソ野郎に童貞だとばれている自分が酷く悲しい存在に思えた。  
 
*  
 
髪を結って二つのお団子を作る。  
 
「かわいい?」  
 
「あぁ」  
 
いかにも中華娘といった髪型のユイランが、宗介にそう問い掛けた。  
宗介の方はただ聞かれたから肯定しただけだったが、ユイランの方はそれなりに嬉しそうである。  
 
とんでもないことになった──今更になって宗介はそう思う。  
今から自分は目の前の女とセックスをするらしい。いや、セックスではなく逆レイプだ。ふざけている。自分はやりたくない。  
死ぬ覚悟は出来ているが、童貞を失う覚悟はできていない。そんな覚悟ができていたら、とっくに愛しの彼女に捧げている。  
 
「チャイナドレス忘れちゃった……」  
 
頭は中華娘でも、首から下は普段着である。  
 
「ならばしなければいいのではないか?」  
 
「ううん。先生の命令だからする」  
 
ユイランは上着の内ポケットから小刀を取り出して、その側面で自分の唇をピタピタ叩いた。  
顎を引く。上目遣いで宗介を見つめる。  
 
「それにカシムンかっこいいし」  
 
内ポケットからもう一本小刀を取り出して、刃と刃を擦り合わせながらそんなことを言うユイラン。  
 
「……なぜナイフを抜く?」  
 
「ナイフがないと服脱がせられないから」  
 
意味がわからん──宗介がそう思った瞬間、ユイランの刃が銀の線になって、彼の身体に振り下ろされた。  
鈍重な身体に鞭打って、上半身の力だけで肉体を跳ね上げる。跳ね上がる反動を利用して、ユイランの腹に蹴りを放ったが、膝でブロックされてしまった。  
 
なんだいきなり?セックスとはこんな暴力的な行為だったのか?──宗介は的外れなことを考えながら、ベッドの上で上体を起こす。  
手錠がワイヤーでベッドに繋がれているため、立ち上がることは出来ない。  
 
「動かないで。ちんちん切り落としちゃう」  
 
ユイランが襲い掛かる。  
宗介の後ろは壁。手には手錠とワイヤー。  
かわせない。ならば──宗介は身を捩りズボンを膝まで下げると、左足を振り払い、ズボンの脚部でユイランの右腕を絡めとった。  
背に回った両手でシーツを引っ掴み、身体をベッドに固定する。  
右足でユイランの足元を払い、左足一本で彼女を投げとばそうとした瞬間──ユイランの左手から光の線が走った。  
投擲。放たれた小刀が宗介の右内ももを浅く裂く。  
痛みに一瞬動きが止まり、その隙を逃すようなユイランではなかった。  
ズボンを振り払い胴タックル敢行。  
宗介の腹にしがみつき、彼の左足を両足で、右足を内ももに肘を押し当てることで拘束する。  
ユイランの肘が宗介の血で汚れる。  
 
「お姉ちゃんと一緒に買いに行った服なのに……いきなり何するの?」  
 
「……それはこちらの台詞だ」  
 
珍しくもっともなことを言う宗介。  
 
「服を脱がせようとしただけ。カシムンが暴れるから血がついた」  
 
彼女はベッドに刺さった小刀を抜いて、無造作に放り投げた。  
 
「普通に脱がせばいいだろう?」  
 
「先生が、カシムンは無理矢理脱がされる方が興奮するタイプだって言ってた」  
 
「……あの野郎」  
 
怒りに拳を握り締める宗介。  
期せずしてズボンは脱げ、戦闘によって多少興奮しているが、これは意味が違う。  
あのクソ野郎の含み笑いを思い出して身体を震わす彼の内ももに、突然柔らかく濡れたモノが押し当てられた。  
ゾクゾクする。宗介は驚愕の声を上げた。  
 
「な、なにをしている!?」  
 
「カシムン怪我しちゃったから、舐めてる」  
 
宗介の内ももの股関に近い部分──ボクサーパンツの下から血が流れており、ユイランはその血をチロチロと舐めていた。  
傷は浅い。切り裂かれた瞬間は焼けるように感じたが、今はほとんど痛みはない。むしろくすぐったい。  
ユイランの薄い唇が傷口に吸い付く。吸い付いた内側で舌がくちゃくちゃと動き、傷口をやわやわとくすぐる。  
 
ユイランの頬がボクサーパンツの上から、宗介のペニスに押し当てられる。  
計らずも頬擦りするような形になったが、宗介にはたまったものではなかった。  
 
「や、やめろ!もう平気だ!血はもう止まっている」  
 
「本当だ」  
 
ちゅぽんという音をたてて、ユイランの唇が内ももから離れる。  
彼女は傷口に人差し指を這わせて「良かった。血がいっぱい出て死んじゃうかと思った」と言った。  
 
「俺は敵だ。別に死んでもかまわんだろう」  
 
「ダメ。今から私とエッチするから」  
 
「ならば……セックスをしたあとに殺すのか?」  
 
「殺さない。カシムンが死んだらガンダムごっこができなくなるし、カシムンはかっこいぃ。カシムンは誰かに殺されるまで生きて」  
 
宗介は少し考える。だが結局。  
 
「意味がわからん」  
 
ユイランは宗介の股の間から、彼の顔を見上げて「私もよくわからない」と言った。  
 
「そうか」  
 
「うん」  
 
ユイランは宗介の太ももを枕にすると、そのままベッドに横たわった。  
彼の膝の皮をつまんで「伸びる伸びる」と言いながら指で弄んでいる。意味がわからない。酷く無謀な行為だ。  
この体勢なら、両足を彼女の首と肩に回して、肩固めを極めることができる。  
敵を前にしたプロにあるまじき彼女の行為だったが、なぜか宗介は肩固めをする気にならなかった。  
 
「カシムン」  
 
「なんだ?」  
 
「手錠外してほしい?」  
 
宗介は驚いた。  
もちろん外してもらいたい。だが彼女の目的がわからない。懐柔工作か?と宗介は考えたが、今の時点でも十分懐柔されているような気がした。  
 
「外したら暴れるかもしれんぞ」  
 
と言って、無防備な彼女をそのままにしている自分に気付く。  
宗介は無理矢理理由付けをした。  
 
「……今俺が何もしないのも、貴様がそう言うのを期待してのことかもしれん。より確実な方法を求めて、チャンスを見送っているのかもしれない」  
 
「別にそれでもいい。私は強いから、カシムンが暴れても平気。カシムンはまだ睡眠薬の影響が抜けてないし、手錠を外す瞬間は私が背後をとってる」  
 
「だとしてもマイナスしかない。悪戯に危険を増やすだけだ。  
手錠を外す瞬間、貴様が背後をとっていると言っても、外す瞬間貴様の手は手錠と鍵で塞がれている。  
見なくても位置はわかる。俺が貴様の手首を掴んでしまえば、女の貴様と薬の影響があるが男の俺……どちらが有利かわからん。  
それに俺は免疫が強いから、すでに薬が抜けているかもしれんぞ。怠そうにしているのはブラフかもしれん」  
 
なぜ自分がこんなことを言ってしまうのかわからない。  
頭のどこかでもう一人の自分が「馬鹿野郎!」「やめろ!」と騒ぎ立てる。だが口が止まらない。  
膝の上から彼女が自分を見上げている。この女は敵だ。わかっている。殺す必要があれば殺す。  
だが嘘は吐きたくなかった。理由はわからない。とにかく裏切るような真似はしたくなかった。  
馬鹿馬鹿しい。敵に対して裏切るも何もない。  
畜生、俺は馬鹿だ──宗介は自分を叱責する。  
彼はポツリと漏らした。  
 
「外す意味がない」  
 
「意味ならある」  
 
膝の皮で遊びながら彼女は言った。  
 
「何があるというんだ?貴様は俺とセックスをすればいいんだろう?それだけならこのままでも可能だ」  
 
「抱き締め合わないとエッチじゃないから」  
 
「は?」  
 
抜けた声。異国の言葉を聞いた気分だ。  
 
「ぎゅーってしないと気持ち良くならない。気持ち良くないエッチは失敗だからダメ」  
 
ユイランは身体を転がすと「ぎゅーっ」と言いながら宗介の胸に抱きついた。  
ワイシャツに頬を擦り付けて、両腕で力一杯締め付ける。  
熱い。引き締まっている。それでいて柔らかい。  
彼女の鼓動が自分の胸をたたくのが、この上なく心地いい。  
彼女は言う。  
 
「気持ちいい」  
 
「そうか」  
 
「カシムンは気持ちいい?」  
 
「そうだな」  
 
自然に言葉が出た。  
敵だということを一瞬忘れた。  
抱きしめられて酷く安心した。そのことに狼狽したが、すぐにどうでもよくなった。  
 
「手錠外していい?」  
 
外してもらうのはこちらの方なのに、なぜ彼女は許可を求めるような言い方をするのだろう?  
宗介は酷く申し訳ない気分になって、結局「好きにしろ」と言ってしまった。  
 
*  
 
金具がかち合う音がして、宗介の両手が自由になった。  
彼は凝りを解そうと肩を回した。結局彼女の手首は掴まなかった。  
これからセックスをするというのなら、チャンスは何度もある──そんなことを理由にして、自分は最後まで彼女に手を出さないだろう──と宗介は思う。  
 
「脱がせて」  
 
宗介の前に回って彼女が言った。  
 
「首を締めるかもしれんぞ」  
 
「鍛えてるから平気」  
 
「……そんなわけがないだろう」  
 
と言って結局締めない。  
宗介の手が襟にかかる。特徴的な服だが脱がし方はわかった。似たような作りの軍服を任務で着たことがあった。  
 
「脱がせてくれとは……貴様は子供か?」  
 
「いつもお姉ちゃんがしてくれるから、カシムンにしてもらいたくなった……それに子供じゃない。今年で16」  
 
「そうか」  
 
「カシムンは?」  
 
「多分17歳のはずだ」  
 
上着の前が開かれる。  
白い薄手のタートルネックを着ているようだが、ブラジャーの線がない。抱きつかれたとき酷く柔らかかった。恐らくはノーブラだろうと宗介は推察する。  
 
「多分?」  
 
「俺には戸籍がない。見た目から推測しただけだ。もしかしたら貴様より年下かもしれん」  
 
「カシムンは年下の方がいい」  
 
「なぜだ?」  
 
「私にはお姉ちゃんがいるから。弟が欲しい」  
 
「例え年下だとしても弟にはならんだろう。貴様と俺には血の繋がりがない」  
 
貴様とだけでなく、誰とも繋がりはないが──そんな言葉を飲み込んで、上着を肩から下ろした。  
薄手の生地が肢体にぴったりと張りついて、形の良い乳房を強調している。  
乳房の先端がぷっくりと盛り上がっている。いかにも柔らかそうで、人を惹き付ける魔力がある──その先端に伸ばしかけた手を、宗介は寸でのところで引き戻した。  
 
「別に触ってもいいのに」  
 
ユイランがどこか寂しげに言った。自分の乳房を両手で包み込んで、やわやわと揉んでみる。生地と乳首が擦れて気持ちが良い。  
 
「まだそういう段階じゃないだろう」  
 
「段階?」  
 
「俺は初心者だが、セックスにはある程度の段階……流れがあると聞いた」  
 
クルツ知識である。バーでの下らない会話。いつも宗介はクルツのそういった会話を、侮蔑の言葉で遮っていたが、彼も結局は男であった。  
そんなことを考えたことのないユイランは困惑した。本能の赴くまま。それが彼女のスタイルである。  
 
「そんなものあるの?」  
 
「あくまで聞いた話だ。この分野に関しては貴様の方が詳しい。俺は熟練者の意見にしたがう」  
 
ユイランは人差し指を唇に当てて少し考えた。  
このまんまバカスカやるつもりだったのに、変なことを言う男だ──ならば何がいいだろう?と考えて、  
 
「頭撫でて」  
 
と彼女は言った。  
頭の二つのお団子をポンポンと手でたたく。  
 
「それはセックスに関係あるのか?」  
 
「多分ない。でも触られたくなった」  
 
「そうか」  
 
と言って宗介が頭に手を伸ばしたと同時に、ユイランの手もまた、彼のワイシャツへと伸ばされた。  
 
「なにをする?」  
 
頭に手を置いて問い掛けた。  
 
「撫でられてる間暇だから、カシムンの服を脱がす。あとお団子崩れないように撫でて。いつもお姉ちゃんにやってもらってるけど、今日は私がやったから。崩れたらイヤ」  
 
「……了解した」  
 
宗介の指先がユイランの髪に注意深く触れる。  
なぜか両手だ。人間の頭を撫でるというより、犬や猫の頭をワシャワシャするような手付きだが、撫でられる経験に乏しい彼には仕方のないことだった。  
彼女は彼女でそれなりに満足そうである。少しでも長く撫でてもらえるように、ゆっくりとワイシャツのボタンを外していく。  
 
「そこかゆい。掻いて」  
 
「ここか?」  
 
「そうそこ。もっと強く」  
 
「強くしたら髪型が崩れるぞ」  
 
「じゃあいい。我慢する」  
 
「そうか……しかし上手いものだな」  
 
「何が?」  
 
「この髪型だ。よく編み込まれている。手先が器用だ。これなら良いAS乗りになれる。あとボン太くんに似ている」  
 
「ボン太くん?」  
 
「あぁ。愛らしさと力強さを兼ね備えたマスコットキャラクターだ」  
 
「ボン太くんなら昨日ゲームセンターでとった」  
 
ユイランは背後を振り替えると、床に放置されたボン太くんのぬいぐるみを指差し「欲しい?」と言った。  
 
「あぁ……しかしいいのか?」  
 
「いい。私は手先が器用だから、あの機械の腕でお人形さんとる奴すごく得意」  
 
「UFOキャッチャーか?」  
 
「多分そう。カシムンは?」  
 
「……俺はゲームセンターに出入り禁止になっている」  
 
シューティングゲームの筐体に鉛玉をたたき込み、出入り禁止になった宗介。  
そんな彼を出入り禁止にしない陣台高校がおかしい。  
 
「ワイシャツとTシャツ脱がすから手を上げて。でも頭撫でるの止めちゃダメ」  
 
「……無理だ」  
 
「じゃあ我慢する……手、上げて」  
 
宗介は視界が塞がれることも顧みず自然に手を上げてしまう。  
ユイランの手がTシャツの裾を握り、一気に捲り上げる。Tシャツで視界を塞がれて宗介はやっと重大なミスに気付いたが、結局なにも起こらなかった。  
パンツ一丁になった彼の胸にペタペタと触れながら彼女は「私も脱がせて」と言った。  
宗介の腕が腰に伸びて、スカートのホックを外す。それをずり下げようとして、ショーツのゴムに指が引っ掛かったが、彼は悩んだすえスカートだけを脱がした。その間もユイランはペタペタと彼の胸板を触っていた。  
 
「もちもちしてる」  
 
宗介の胸板の感想だ。  
 
「そうか。では手を上げてくれ」  
 
「うん」  
 
ユイランが手を上げる。  
胸周りの腱が引っ張られて、宗介の目の前で乳房の形が変形する。それだけで彼のペニスが半ばまで硬くなった。  
宗介の手がタートルネックの裾を握り、一気に捲り上げた。  
下乳に生地が引っ掛かったが、構わず振り抜く。引っ掛かりがとれた瞬間にたゆんっと白い乳房が落下した。揺れる。プリンのようプルプル揺れる。宗介はその様を凝視する。  
色素の薄い乳首だ。先端が硬く凝固していて、乳揺れに合わせて上下に揺れる。宗介はその動きを目で追う。  
下半身が尋常じゃないくらい煮えたぎる。  
 
「まだ?」  
 
今にも乳首にしゃぶりつかんとする宗介を、ユイランの一言が止めた。  
お互いに万歳したままで向かい合う。しかも片方は目隠しだ──落ち着け。落ち着け自分。まだこれから触れるだろうが!──つい先まで逆レイプだなどと考えていた男とは思えない。  
 
「パンツはどうするのだ?」  
 
ユイランを脱がした宗介は、横目でチラチラと彼女の乳房を見ながらそう言った。  
ユイランの方と言えば一切隠す気がない。白無垢の如き乳房をこれでもかと張り出して、ビンビンになった彼の股間を見下ろしている。彼の先端が僅かに濡れている。  
 
「立って。同時に脱がし合う」  
 
とユイランは言った。  
特に意味はない。ただ今まで平等にやってきただけに、片方づつ性器を出すのは少し違う気がした。  
 
ベッドの上に二人向き合って立つ。  
互いの下着のゴムを掴んで、同時に下ろしていく。ユイランの肘が宗介の前腕に当たる。曲げた膝がぶつかり合って、バランスを崩しそうになった。  
 
「思ったより難しい」  
 
ユイランの正直な感想。  
腕と腕が乳房をよせあって、深い谷間を作っている。それを見て宗介の股間がエライことになる。張り出した亀頭がボクサーパンツに引っ掛かって、更に脱げにくくなる──という負のスパイラルが発生した。  
 
「やめるか?」  
 
「ううん。最後までやる」  
 
そう言うとユイランは、一気にパンツを膝までずり下ろした。  
ゴムに引っ掛かった先端が跳ね上がり、我慢汁をユイランの乳房と顔に飛ばす。口元に飛んだそれを、彼女は無意識に舐めとった。  
彼女の動きにつられて、宗介の腕が落ちる。ショーツが下がって小ぶりの尻がプリンと張り出した。  
膝と膝が当たる。不安定なベッドの上。今度こそ二人はバランスを崩し、ベッドの上に倒れ込んでしまった。  
 
ユイランが上に、宗介が下になって重なり合う。  
互いの下着が反動でベッドの下に落ちた。  
二人は衝動的に抱き合った。  
宗介の胸板にやわな乳房が押しつけられて、くにゃんと変形する。ユイランの薄いお腹に濡れた欲望が押しつけられ、ただそれだけで玉の底から精が沸きあがる。宗介は歯を食い縛って耐えた。  
 
性欲だけではない──馬鹿な。ありえない。彼女は敵だぞ。  
今この瞬間にも、こちらが殺されるかもしれない危険な相手だ。プロ中のプロだ。  
そんな女を離したくない、もっと触れ合いたいと考えることなど──そんな理性とは裏腹に、目の前の肢体を彼は、すがりつくように、力の限り抱き締めてしまう。  
 
「私を殺す?」  
 
不意なユイランの質問。  
彼女の手が宗介の背に吸盤のように張りつく。  
 
「……命令があれば」  
 
絞りだすようにそう言った。言外に「命令がなければ殺さん」と含める。  
 
「貴様は?」  
 
「カシムンと一緒」  
 
「そうか」  
 
「そうよ」  
 
ふーっと二人して深く息を吐いた。  
深く深く息を吸い込んで、深く深く息を吐き出す。互いの腹が膨らんだり引っ込んだりして、ユイランの身体が浮き沈みする。  
その動きが面白くて彼女は「ふわふわする」と言いながら宗介の上ではしゃいでいる。  
彼は彼女の頭を慈しむように撫で付けた。  
 
カシムンと一緒──その言葉を聞いて、宗介は酷く安心した。  
近い。今までに感じたことのないくらいの同一性を、目の前の少女に感じている。  
 
ただの機械だ。殺せと命令されれば考えるより先に殺してしまう。だがそれ以外の部分では好きにさせてもらう。  
幸いこの無表情だが無邪気な彼女を、殺せという命令は受けていない。彼女をどうしようと、彼女にどうされようと自分の勝手だろう。  
そして彼女は、俺と通じろという命令を受けている。  
ガウルンの命令だというのが癪だが、それ以上に彼女と深く繋がりたいと思ってしまった。  
 
ここでこのまま抱かれて、何事もなかったかのように彼女を見送る。  
彼女を殺すか生かすかの判断など、自分のような下っぱがすることではない。そして、下っぱが誰とセックスをしたかなど報告する必要はない。  
なに一つ問題はない。  
誰も損をしない。  
例え誰かが損をしようと、結局自分はこの女を抱くだろう。  
次会ったときはどうなるかわからない。殺すのか殺されるか。  
ただ今、この瞬間だけは。  
 
もうクルツのことをどうこう言えんな──と宗介は思いながら、ユイランの頭を撫で続ける。  
 
「カシムン」  
 
はしゃぐのを止めてユイランが言う。  
 
「なんだ」  
 
「唇舐めて」  
 
ユイランはあんぐりと口を開いた。  
整った歯と可愛らしい舌がのぞく。  
 
「キスをしろということか?」  
 
「違う。この前唇切ったから。舐めて」  
 
硬いものでもぶつけたのだろうか。仕事が仕事だ。口元に銃口をねじ込まれることもあるだろう。  
唇など自分の唾液で十分消毒できそうなものだが、彼女が望むなら断る理由はなかった。むしろしたい。  
 
「どこが切れてるんだ?」  
 
「唇の裏のここんとこ」  
 
ユイランは唇の端を人差し指で捲り上げた。  
桃色の粘膜に白い線が入っている。治りかけの傷だ。  
宗介は彼女の耳の下に手を添えると、角度を合わせて舌先で傷口を突いた。白い線にそって舌先を這わる。  
 
「くしゅぐっちゃい」  
 
ユイランは何事か言った。  
彼女は眼を閉じない。その特徴的な眼差しで、じっと宗介を見つめている。  
宗介も眼を閉じない。最初は傷口を視認するために開いていたが今は違う。魅入られて閉じることができない。  
黒曜石の瞳がこれ以上ないくらい近くにある。血濡れたように赤いのかと思ったら、それは火の照り返しに似た赤さだと気付いた。もう冷たい汗はかかない。  
傷を辿る舌先が口腔へと落ち入って、迎える舌先と蛇のように絡み合う。  
ちゅぱちゅぱと音を立てて彼女の口腔をまさぐると、まるで毒のように脳を焼かれてしまった。  
唾液などただの電解質のはずなのに、彼女のそれは酷く甘い。宗介は傷口のことなど忘れて、ただ一心不乱に吸い付いた。  
ユイランの腕が彼の吸い付きに応えるように、彼の後頭部に回る。  
奥歯の辺りまで彼の舌が割り入って、口腔内を犯されるような、それでいて彼の舌にしゃぶりついているような。  
睫毛と睫毛が触れ合う距離。互いの瞳を時折睫毛が突くはずなのに、なぜか目蓋を閉じることができない。瞬きすら惜しい。  
まるで黒曜石の瞳だ──とユイランは宗介と同じことを考えた。彼の黒曜石に自分の瞳がうつりこむ。  
合わせ鏡のように無限に続くそれを見て、彼女はまるで彼が考えることが、手に取るようにわかってしまうような気がした。  
 
酸欠にみまわれて、どちらともなく唇を離す。互いの唇がてらてらと光り、その間に唾液の橋が出来た。  
 
「治った」  
 
「そうか。よかったな」  
 
「うん」  
 
キスの間ずっと眼を開き続けた。瞳がしょぼしょぼする。ユイランは宗介の胸に抱きついて、大きな眼をしばたたかせた。  
このままここで眠ってしまいたい──彼女はそう思ったが、煮えたぎる欲望を下腹部に感じて、自分の任務を思い出す。任務といってもすでに、公私混同甚だしいが。  
器用な指先を彼の背中から下半身へと這わせて、涎を垂らすほど飢えた毒蛇を、しなやかに包み込む。  
 
「温かい」  
 
焼け付く肉棒を握り締め、ユイランはそんなことを言った。  
宗介の方と言えば、握られた、たったそれだけで射精しそうになる自分を諫めるのに必死である。  
潤滑油は充分に滴っている。彼のだけでなく、彼女の股間から滴ったものが雄臭い男性器に絡み付き、溶けだしたアイスのようにヌルヌルしている。ただこのアイスは熱い。  
 
「硬い」  
 
充血した先端に指先を食い込ませる。血液でパンパンに張って骨のように硬い。  
今にも射精寸前と言った風情だが、果たして中に入れたらどうなるのか。ユイランはかなりわくわくしてきた。  
両手で絞るように刺激する。表皮とその内側が擦れて、頭が真っ白になるほど気持ちいい。ぎゅっぎゅっぎゅっと三回圧迫したところで、彼の我慢は限界に達し、先の割れ目から白濁液を吐き出そうとした。  
 
「まだダメ」  
 
ユイランの手が強烈に肉棒を圧迫し、射精を強制終了させられた。  
それでも圧力に負けた精液が、びゅっ!と隙間から噴き出す。ユイランの白い身体に水滴がタタッと降り掛かる。大した量ではないが、精液に濡れた部分が焼け落ちるように熱い。  
彼女は自身の手や腕についた精液を舐めとった。乳房にもついていたため、それを舐めとろうと舌を伸ばす。だが届かない。  
 
「カシムン」  
 
ユイランは尻を痙攣させて身悶える彼に声をかけた。  
肉棒は未だ破裂寸前である。あんな強引な止め方をされて、変な病気になるんじゃないかと彼は思ったが、どうにか「なんだ?」とだけ言った。  
宗介が身を起こす。ユイランは彼の膝に座るような形になった。  
 
「カシムンのついちゃった。舐めて」  
 
ユイランは自身の乳房を持って、宗介に差し出した。  
風でたゆたうような不定形の物体が、手の平の上にのっている。表面が波打つように揺れている。宗介は魅了された。病気のことなど忘れた。  
瑞々しい白桃を思わせる乳房だ。全体的に色が薄く、乳輪も小さい。触れれば崩れてしまいそうなほどか弱いのに、先端は重力に逆らってツンと上を向いている。  
この少女は今まであらゆる汚いことを、その身体でしてきたはずだ。だというのに、なぜ乳房はこれほどに清いのだろう──どこに触れてもそうだ。  
身のこなしや反射は戦士のそれなのに、どこもかしこも、自分が触れたとこから腐り落ちてしまいそうなほどデリケートに見えて──そんな肢体に自身の精が降り掛かっているのが、許せない。  
 
宗介はユイランの腰を抱くと、前のめりになって舌を突き出した。  
柔肉に先端が僅かに埋まる。触れた先の柔らかさを確かめるように、乳房をそっと舐める。  
ゾッとするような快感が乳房から背筋を這い上がり、ユイランは苦し気に身を捩った。身に籠もる熱を逃そうと、宗介の頭をワシャワシャする。  
精の雫石など最初の一舐めで舐めとった。変な味だと思ったが、次いで触れた彼女の味に直ぐ様忘れた。  
乳房の上端から乳輪の横を通り、下乳を突き上げるように舐めると、目の前の乳房がプリンのようにぷるぷる揺れた。脳が揺れたような気がした。  
 
ユイランはそんな彼の頭をワシャワシャするのに飽きて、武骨な髪を三つ編みにしようと悪戦苦闘している。  
肌の上を這いずる彼の舌が酷く心地いい。自身の乳房がぷるぷる揺れて、それが彼を興奮させているのだと思うと、悪くない気分だった。  
白い肌を這っていた舌が、やがて色素の濃い部分へと辿り着く。その突端のコリコリした部分を赤子のようにしゃぶると、三つ編みをしていた彼女の手が止まり、何かに耐えるように宗介の髪を鷲掴んだ。  
 
「どうした?」  
 
「ううん。なんでもない。もっと舐めて」  
 
「了解した」  
 
決して傷つけないように丁寧に舐める。乳首を舌先で転がして、桃色の肌をくすぐるように弄ぶ。  
勃起した先端を唇ではむように引っ張ると、餅のように乳房が伸びた。お碗形の柔肉が三角錐に変形し、ちゅぽんと乳首を離すと、またぷるぷると揺れて元の形に納まった。  
ざらついた面でべろんべろんと乳首を愛撫すると、その度にユイランの手に力が入り、彼女は「ふぁぁあぁ……」と妖艶な息を漏らす。  
宗介の髪を無造作に掴んだことで、短い髪で器用に編んだ三つ編みがとけてしまった。  
 
「マスターアジアの三つ編みが……」  
 
ユイランは残念そうに呟いた。  
 
「マスターアジアとはなんだ?」  
 
「ドモンの師匠」  
 
「……ドモンとはなんだ?さっきから言っているが、正直まったくわからん」  
 
「ドモン・カッシュ。ネオジャパンのガンダムファイター。すごく強い。かっこいい」  
 
ネオジャパンもガンダムファイターという言葉も聞いたことがなかったが、とりあえず強いファイターだということはわかった。  
ユイランはベッドの下に手を伸ばし、床からさっきの絵を拾い上げた。  
 
「これがドモンの絵」  
 
「この赤いのはなんだ?」  
 
額らしき部分に赤いラインが入っている。  
 
「ハチマキ。私も同じ色のハチマキ持ってる」  
 
ユイランは脱ぎ散らかされた上着のポケットをあさると、赤くて細い帯を取り出した。ヒラヒラしている。  
 
「それはハチマキというより、リボンという物ではないのか?」  
 
「そうかもしれない。私はいつも髪につけてる」  
 
「ならリボンだろう……」  
 
と言った宗介の脳裏を、赤いリボンが似合う彼女の姿がよぎった。  
宗介は首を振る。彼女の幻影を振り払う。今は目の前の少女のことだけを考えよう──彼はそう思い、ボン太くんにリボンを巻いていたユイランを抱き締めた。  
存在を確かめるように強く抱き締める。そうでないと目の前の、自分に似た彼女が、自身の願望が生んだ幻覚のように心許ない存在に思えてしまって。  
 
「カシムン」  
 
宗介の背をペタペタ叩いてユイランが言った。ボン太くんがベッドから転げ落ちる。  
 
「なんだ?」  
 
「カシムンとしたい」  
 
「そうか」  
 
「カシムンは?」  
 
黒曜石の瞳が宗介をまっすぐに見上げる。  
彼女の細い顎が、彼の胸を突く。沸き立つ鼓動がそこから伝わってしまうような気がした。  
 
「俺もしたい」  
 
暴れる心臓とは裏腹に、流れるように言葉が出た。これで良いと思った。  
ユイランは宗介の胸にぴたっと頬をあてがうと「やった」と呟いた。  
 
*  
 
コンドームが無い。宗介は焦ったが、ユイランが言うには「オギノ式は日本のいい部分」だから生でいいらしい。  
意味はわからない。基礎体温法、カレンダー算出法など、宗介には未知の言葉がユイランの口から漏れる。なんとなく釈然としなかったが、宗介は納得した。  
 
「かちかち」  
 
限界を越えて張り詰めた男性器に、指先でぺたぺたと触れながら彼女は言った。仰向けになった宗介にまたがって、彼の大切な部分を弄ぶ。  
滴る液で指先が粘つく。粘ついた手で肉棒をにゅるにゅるしごくと、先端からトロッと我慢汁があふれ出て、更に彼女の手を汚した。  
宗介はそのようになってしまう下半身が恥ずかしくて、薄目で壁の方を見ている。  
 
「硬いのはいいこと。お腹の裏側にゴリゴリ擦れると気持ちがいい。ヌルヌルもいっぱい出たほうが、激しくしても痛くないからいいこと」  
 
彼の羞恥を気遣っての彼女の発言だったが、色々な意味で彼を追い込んでしまった。  
宗介の体液で濡れた指を、自身の性器にあてがう。濡れた指先がすぐに馴染んでしまうほど、その蜜壼は熱く煮えたぎっていた。ユイランは「ぅうん」とくぐもった声をあげる。  
下半身が疼いて、足の間から愛液を滴らせる。  
 
「私もいっぱい出てる。これもいいこと」  
 
「……そうか」  
 
ユイランは膝立ちになって、自分の蜜壼を、宗介の肉棒の真上にもってきた。  
 
「ほら、びちゃびちゃ。だからカシムンのも恥ずかしくない」  
 
と言いながら彼女は、陰唇を指で開き、綺麗な桃色の粘膜を宗介に見せ付ける。  
産毛ほどの薄い陰毛が愛液に濡れて、肌に貼りついている。その肌さえも透けるように白くて、彼女はこんな部分さえ清く見えるのか、と宗介に思わせた。  
ひし形に開かれたねっとりした内部から、愛液がこれでもかと滴る。  
ひし形の頂点のとこに、濡れた真珠のような部位があり、ユイランはそれを摘んでやわやわと揉んだ。彼女がそれを擦るたびに、ひし形から愛液が滴り、宗介の欲望を濡らす。  
 
「そこを擦ると気持ちいいのか?」  
 
「気持ちいいよ。カシムンのちんちんと一緒」  
 
努張した下半身を見て、宗介は酷く納得した。  
 
「なるほど。俺と一緒か」  
 
「うん。カシムンと一緒」  
 
そして今から、もっと一緒になる──と呟いて、ユイランは腰をゆっくりと下ろしていった。  
左手で陰唇を開きながら、右手で肉棒を押さえて押し入れていく。粘膜と粘膜が触れる。触れた部分の体温が一気に上がったような気がした。  
 
「ふぅぁあぁぁぁあぁ……」  
 
ユイランが気の抜けた声をあげる。欠伸のような声だが、彼女なりの喘ぎ声らしい。  
彼女の体内にじゅぼぽっ……と肉棒が埋まっていく。まだ半分ほどしか入っていない。しかし宗介はシーツを掴み、全力で射精を耐えねばならなかった。  
ユイランはその地点で腰を八の字に回して、膣壁と亀頭をゴリゴリと擦りつけている。どうやらそこに性感帯があるらしく「やっぱり硬くていい」と言いながら、白い頬を赤らめ、腰を振っている。  
 
宗介はその恍惚とした顔と動きだけでたまらなくなってしまい、シーツを更に強く引っ掴んだ。その瞬間シーツがずれ、ユイランの膝が滑る。計らずも腰がストンと落ち、肉棒全体が一気に挿入された。  
 
「ふゃあん……!」  
 
「ふっくぅあ!」  
 
不意に再奥を叩かれユイランは、戦士らしからぬ嬌声をあげた。気合いで耐える宗介。  
ガチガチの肉棒が奥の敏感な部分に丁度触れる。宗介の長さはユイランにとって適当だった。  
 
「カシムン、の……すごくいい……ぅん……ぅん…ぁっ、そこ…ぅやぁ……」  
 
「ぅくぁ……ちょっと待て…出てしまぁ……ぉおっ!」  
 
ユイランは、宗介が童貞だということも忘れて激しく腰を上下させた。  
ジュボッジュボッと下品な音が上がる。再奥の壁に宗介の先端が適度に当たり、ユイランは意識が遠退く。掻き毟られるような快感。無心の腰振り。あふれ出る愛液。  
腰振りに合わせて、無垢な乳房がたゆんたゆんと揺れる。宗介は目を皿のようにしてそれを見つめた。  
思わず手を伸ばす。ウブな乳房を鷲掴みにする。指の隙間から肉がはみ出るほど柔らかい。思う様に揉みしだき、硬く勃起した乳首をくりくりといじる。  
その快感が電撃のように脳を焼き、ユイランは一瞬動きを止め、イッた。  
 
「か、カシムン、の…ちん、ちん……す、すごく、いぃ…ぁっぁあぁ…ぁぁふぁ……」  
 
「お、俺も、だ……」  
 
彼女の動きが止まった隙をついて、宗介の先端から濁流が溢れる。  
今まで彼が我慢できたのは、睡眠薬の影響と、ユイランがずっと肉棒を刺激し続けたからであった。  
再奥まで突き入られた性器が膨らんで、より強く敏感な部分を擦る。あふれ出る熱い精液がユイランの中を満たす。膣が収縮し肉棒に圧力をかける。互いの接合部から互いの混合液がドロリッ……とあふれる。  
 
「カシムン、ので、お腹いっぱい……なんかポカポカする……」  
 
ユイランが宗介の胸に倒れ込む。細く息を吐く。  
体制が変わることで、また違った部分が刺激される。背中側の柔肉に、射精したにも関わらずビンビンの肉棒が押し当てられ、これはこれで気持ち良かった。  
ユイランは腰を小刻みに動かして、一番気持ちいい部分を探す。動かすたびに接合部から濃厚な精液があふれ出る。ジュポンジュポンと悲惨な音が股関から立つが、彼女は特に気にしなかった。  
 
やがて一番良い場所を見つけると、彼女はそこがよく刺激されるように腰を振り始めた。  
宗介の身体にしなだれかかったまま、腰から下だけを動かす。腹と腹が当たってピタンピタンとなる。  
 
「カシムンの、思った、とお、り、すごく、いぃ……」  
 
上半身は脱力しきっているが、下半身は貪欲に彼の肉棒にしゃぶりつく。まるで別の生きもののように蠢いて、雄臭いそれを堪能しようとする。  
ユイランは宗介の顔の横に両肘をついて、彼の顔を正面から見下ろした。  
 
「だから、もっと…いっぱい……しよ……?」  
 
真っ正面から真っ直ぐな視線で素直な感情をぶつけてくる。  
意志などないかのように動かない表情とは対照的に、彼女の言葉はどこまでも本能に忠実だった。  
普通なら口籠もるようなことを、そのまま口にする。なんともわかりやすい。それが宗介には心地よかった。  
 
「あぁ、しよう」  
 
気が付けばそんなことを言っていた。  
ユイランの顔が落ちて、彼の首筋にキスをする。純真無垢を形にしたような乳房が、彼の胸板にすりつけられる。  
彼女の動きに合わせて、身体中の筋肉が硬くなったり柔らかくなったりするのに、乳房だけはいつまでたっても柔らかだった。互いの乳首が擦れて、彼女はまた「ふぅあぁ」と欠伸のように喘いだ。  
 
彼女の下の唇が男根をくわえこみ、精を吸い付くさんばかりにしゃぶりつく。  
事実さっきの射精は、宗介にとって人生最大のものだった。蜜壺の奥まで彼の種で満たされて、汁気の多い音がたつ。  
一発で出し切ってしまったように思う。しかし勃起がおさまらん。生存に関わる神経が異常に興奮している。なぜか?──宗介は考える。  
 
「抱き締めて。その方が気持ちいぃ」  
 
ぺたんぺたんと腰を動かして彼女は言った。  
彼女の言うとおり抱き締める。  
 
「もっと強く。ぎゅーっと」  
 
強く抱き締めてみると、こちらから抱き締めているはずなのに、抱き締められているような心持ちになった。  
視界の端で髪の団子が揺れる。混じり気のない純粋な黒髪だ。汗とシャンプー、そして僅かに硝煙の匂いがする。宗介はいい匂いだと思った。  
 
美しい女だと思った。整った顔立ちだ。刃のように鋭いかんばせ。薄い唇は酷く官能的で、光を透過しないかのように深い瞳は、こちらの欲望を見透かしてくる。  
暗殺者として理想的なバランスの肉体と、暗殺者らしからぬ白無垢の如き柔肌。氷のような色合いを焔のように騒つかせる。  
だがそれだけが、彼女を自分に欲させる理由ではないだろう──宗介は自覚した。  
 
「ぅふぁあぁぁぁあぁ……やぁあ…んぁ……」  
 
ユイランは口をあんぐりと開けて、絞りだすように喘いだ。膣壁がざわざわと蠢いて、体内におさまったモノを搾乳するように刺激する。  
宗介は彼女の尻肉を掴むと、自分の股間に押し付け、肉棒を根元まで突き入れた。  
下腹部と下腹部が密着する。陰毛と陰毛が強く擦れて砂を潰すような音がする。ユイランの産毛が硬い陰毛に絡み付いて数本抜ける。その痛みすら押し流す快感に身を委ねて、彼女は目の前の身体にしがみついた。  
宗介の肌に彼女の指が食い込む。その痛みが快感の波を更に揺り動かし──彼はたまらず射精した。  
 
「ぁあくぁっ!」  
 
射精と同時に身体を反らせ、彼女の膣を突き上げる。  
 
「カシムン、は……いっぱいで、る、から…すご、い……んぅ……」  
 
宗介が射精する音が、膣を通して彼女の耳にとどく。  
射精する彼にかまわず彼女は腰を振った。精液まみれの蜜壺に性器が何度も突き入れられて、奥へ奥へと種を押し込む。  
二人の接合部からダラッと精液が溢れ、互いの陰毛に絡み付いた。濡れた陰毛が充血した真珠に擦れて、ユイランは甘い声を上げてしまう。  
 
「ふぁぅ…んぁ……」  
 
「気持ちいいのか?」  
 
「うん……すごくいい。もっとしたい」  
 
「そうか」  
 
ユイランが唇を突き出す。そこに宗介が吸い付く──彼女は舌まで薄い色をしている。桜色のそれに絡み付くと、まるでサクランボのような味がして、果実の皮を剥くようにねぶってしまった。  
 
ここは淵だ──宗介は思う。  
もう二度と彼女とは抱き締め合えない。そもそもこんな自分では、誰かと抱き合うことなど、もう一生ないのかもしれない。  
我彼共に明日も知れない身空だ。会うことさえないかも知れない。会ったとしても、今度は殺しあうかもしれない。  
 
彼女はあちら側の自分だ。もし自分が少佐と出会わず、ガウルンに拾われていたとしたら──自分も彼女のようになったのだろう。  
それが悪いとは思わない。  
今の自分にとって奴は、憎きクソ野郎だが、目の前の彼女にとっては尊敬する先生である。もし自分が彼女と同じ道を歩んだなら、ガウルンのことを先生と呼ぶだろう。そうなるだろうとわかってしまう。  
 
彼女は違う世界の自分だ。本来なら出会うわけがなかった。  
自分の世界と彼女の世界。同一平面上の二つの世界の接点に立って、偶然にも抱き締めあってしまった。  
今離したら二度と出会わない。互いの世界の淵を歩いて、今度は互いに離れていくだけだ。  
世界の淵を歩いていけば、いつか一回りして同じところで出会うかもしれない──だが、その前に自分は死ぬだろう。もしくは世界が壊れてしまうか──終焉の気配が背中に貼りつく。  
 
だから今だけは──と思った。  
その発露が精を出し切らんとする、股間の異常勃起なのが虚しいが、それで無邪気な彼女が喜ぶのなら、悪くないと思えた。  
 
「カシムンはおいしい味がする」  
 
変な日本語だ。  
 
「そうか。君もそうだな」  
 
「カシムンと一緒?」  
 
「あぁ。一緒だ」  
 
せめて今夜だけは──そう思って宗介は、またしても彼女を抱き締めた。  
 
*  
 
冷えた室内で、宗介は一人で身支度を整えた。  
ユイランはいない。彼が目を覚ましたときには既にいなかった。  
宗介は溜息をつく──呆気ないものだ。だがそれも当然だろう。彼女は任務で自分と寝たのだ──夢から覚めた気分だ。  
 
通学鞄はキッチンのテーブルに置かれていた。装備を確認する。特に変わりはない。ノートや教科書はもちろん、手榴弾や拳銃もそのままにされていた。  
カーテンを薄く開けて、外を覗き見る。雨が降っていた。鞄の中に入っていた時計を見ると、今が朝の四時半であることがわかった。  
一晩中抱き合った。あの清い身体に、十度精を吐き出した──彼女にとっては大したことではなかったのかもしれない。だが自分にとっては、なにかが変わってしまうような体験だった。  
宗介は自分の首を撫でた。そうすると彼女の感触がありありと甦るのだった。  
 
彼女の荷物がなくなっていたが、壁に貼られた絵はそのままだった。最初は何の絵かわからなかったが、今ならわかる。赤いハチマキ。全てドモンという奴の絵だろう。  
その中の一枚が剥がれ落ち、ベッドの下へと潜り込んだ。宗介はその絵を取ろうとしゃがみこむ。その時ベッドの下にボン太くんを見つけた。  
引っ張り出す。彼女がくれると言ったボン太くんだ。しかし額にリボンが巻かれている。おそらく忘れてしまったのだろう。  
 
「……どうするか」  
 
宗介は考える。  
ボン太くんはともかく、このリボンは彼女のものだ。出来れば返したいが、今から追って間に合うだろうか。  
そもそもどちらに行ったかわからん──いや、おそらく駅方面だろう。彼女はここまで電車で来たと楽しそうに語っていた。帰りも電車の可能性が高い。  
 
宗介はリボンを握りしめる。もう二度と合わないだろう。しかし、今はまだ昨晩の延長ではないか?──そこまで考え彼は、女々しい自分に苦笑した。  
馬鹿馬鹿しい。昨日のことは昨日のことだ。さっさと忘れろ。彼女もそう思って、自分が起きるよりも早くここを出たのかもしれないだろう──そんな考えとは裏腹に、宗介は玄関へと迎った。  
 
馬鹿馬鹿しいと考えることが馬鹿馬鹿しいと思った。  
女々しくて結構だ。あれだけのことをしておいて、何も言わずに帰ろうとする彼女に、何か言ってやりたい気分だ。  
会えるかどうかはわからない。だが、追わなければ確実に会えない。  
今追わなければ確実に後悔する。ならばいっそ──結局自分もただの男だ──と思いつつ玄関を開ける。  
 
さっきよりも雨が強くなっていた。駅の方向を眺める。  
彼女が見えないだろうか?──そう思って目を細めると、通いなれた通学路。駅に程近いところで──絶望の火の手が上がった。  
 
*  
 
ここにはいられないとユイランは思った。  
 
最後の一滴まで精を絞られた宗介は、疲労と睡眠薬の影響で、気絶するように眠りに落ちた。  
彼女は彼によりそって寝顔を見つめた。気まぐれにキスをして、気まぐれに抱きついた。  
彼の腕を持ち上げて自分の頭を撫でさせる。彼を自分専用の抱き枕にかえて、一時間程気ままに過ごした。  
 
『君たちが奪ったコダールを返してくれないか?今すぐに返してくれれば、命は保証しよう』  
 
「ふざけないで。私にとって先生の命令は絶対。命令は実行する」  
 
『だがその先生も、いつまで生きれるかわからない。命をかけてまで義理立てする必要はないんじゃないかな?  
……これは僕の趣味じゃないんだが、もし捕まれば死ぬだけではすまないよ?君か姉、片方が捕まれば、もう片方を釣るための餌にされる。これがどういう意味かわか──』  
 
最後まで聞かずに通話を切った。気に入らない。何もかも見透かしたような口ぶり──レナード・テスタロッサ──だが本当に奴は、何もかも見透かして、今の電話をかけてきたのだろう。  
おそらく自分がここにいることは、ある程度バレている。  
まだスワローズマンションまでは絞りこめていないだろうが、程近いところまで迫っているはずだ。  
 
ここにいれば彼を巻き込む──ユイランは手早く着替えをすませる。  
まだ彼のモノが股に挟まれているような気がしたが、かまわずショーツをはいた。  
 
カシムンは誰かに殺されるまで生きて──ユイランは宗介の寝顔を見つめて、彼に言った言葉を反芻した。  
 
カシムン、私の方が先に死にそう。  
 
「バイバイ」  
 
意識のない宗介に手を振って、ユイランは玄関から飛び出した。  
 
*  
 
馬鹿な娘だ──レナードは一人ごちる。  
 
正確な位置がわからなくとも、渡航手段がわかれば容易に捕まえられる。彼女の来日方法から、彼女が電車を使うのは明らかだ。  
今回連れてきたアラストル二台を、多摩川駅の西口と東口に一台づつ配置──案の定彼女は網にかかった。  
西口で戦闘が始まる。  
 
「できれば生け捕りにしたいけど、無理なら殺しても構わない」  
 
『ラージャ』  
 
東口から合流したアラストルに、レナードはそう命令した。  
西口のアラストル一体では、手に余る相手だ──負けることはないが、逃げられる可能性はある。流石はガウルンの懐刀。一筋縄ではいかない。  
 
ユイランが電柱の影からレナードに発砲する。しかし東口のアラストルが射線に割り入って、弾丸を弾き飛ばした。  
二台のアラストルは今ユイランの持つ火器では撃退不可能である。関節にナイフを差し入れれば破壊出来るかもしれないが、人間とASでは馬力が違いすぎる。  
 
接近戦は分が悪い──そう彼女が思った瞬間、東口のアラストルが助走をつけて跳躍した。  
浮き上がったアラストルに向けて発砲。しかし頑健な装甲に弾かれて、ダメージを与えることができない。  
アラストルが腕部機関銃を乱射しながら、電柱に肩からぶちかました。電柱が粉砕される。  
ユイランはギリギリでかわしたが、電柱の破片で右足を殴打した。  
 
「つっ!」  
 
折れてはいない。だが動きが一瞬止まる。  
その隙をついて、もう一体のアラストルがユイランに襲い掛かる。豪腕一線。彼女はそれを、倒れこむことでかわすと、空いた脇めがけて50センチの大型ナイフを振り上げた。  
 
「おおおおおっ!!」  
 
気合い一閃。アラストルの脇に刃先が深々と刺さる。  
しかし切断することは出来なかった。半壊した腕が大型ナイフに絡みつく。ユイランの動きが拘束される。  
電柱を粉砕したアラストルの機関銃が、ユイランに向けられる。  
 
ダメだ。死ぬ──ユイランは絶望するよりも、なぜか酷く納得した。  
自分の死に様などこんなものだろう。そう前々から思っていた──彼女は諦めて、発射寸前の機関銃を見据え──その下。アラストルの足下に転がる、物騒極まりない塊に気付いた。  
ユイランは身を捩り、強引にアラストルの背後へと回り込む。  
もう一体のアラストルが味方ごと彼女を撃ち抜こうとした瞬間──足下の手榴弾が炸裂した。  
 
大音響とともに機体が弾け飛ぶ。アスファルトの上に火柱が上がり、水溜まりを蒸発させた。  
爆炎がユイランに押し寄せたが、アラストルの陰になって難を逃れる。  
壁にしたアラストルに、爆炎と味方機の破片が直撃する。爆炎によって視覚センサーが破損し、大小の破片によって左半身が大破した。  
それでもなお、アラストルは腕の機銃を持ち上げる。その瞬間に銃声。剥き出しになったパラジウムリアクターが、正確に撃ち抜かれた。アラストルは完全に沈黙した。  
本来なら機能停止後、自爆装置が作動しボールベアリングを撒き散らすはずなのだが、今回はレナードの護衛という性質上、自爆装置は不活性化していた。自爆にレナードが巻き込まれては意味がない。  
アラストルが崩れ落ちる。ただの鉄の塊だ。  
 
「誰だい?」  
 
爆炎を超高性能の防弾コートで防いだレナードが、火柱の向こうに問い掛けた。  
レナードの声につられて、ユイランが火柱の方を見やる。  
そこにはバイクにまたがった男がいた。  
爆風のよりもどしで髪が逆立ち、額に巻かれた赤いハチマキが揺れている。  
少し間をおいて、男は言った。  
 
「俺の名はドモン・カッシュ。ネオジャパン所属のガンダムファイターだ。悪いが、その女をこちらに渡してもらおう」  
 
男はレナードに銃口を向けた。  
もう既に雨は止んでいる。  
 
*  
 
考えるより先に駆け出していた。  
嫌な予感どころの話ではない。確信をもって言える──あの火花は彼女に関係している。  
 
スワローズマンションの階段を駆け降りて、駐輪場のバイクを盗んだ。宗介とて凄腕のSRT。バイクを動かすのに鍵など必要ない。  
爆発が見えた地点まで、徒歩なら5分、バイクなら1分かからない。  
10秒で鍵を騙し、強制的に火を入れる。放り投げるようにバイクを引きずって、駆け乗りながら考えた。  
 
あの爆発が彼女と関係しているとすれば、一体誰と戦っているのだろう?──彼女はアマルガムの人間だ──ということは?  
 
「ミスリルか?」  
 
アクセルを握る手が、異常に汗ばむ。  
ここで自分が彼女を助ければ、明らかな造反だ。軍法会議どころか、その場で射殺されるかもしれん。  
 
「畜生」  
 
宗介は悪態をつく。  
ミスリルは裏切れない。だが彼女をほっとくことも、またできない──その時になってやっと彼は、自分の手に握られたリボンの存在に気付いた。  
風になびく赤いリボンを見て、宗介は呟く。  
 
「……俺はミスリルの相良宗介ではない。ネオジャパンのドモン・カッシュだ」  
 
バイクを運転しながら器用にハチマキをする。  
騙すのは相手ではない。  
このハチマキが騙すのは、女一人守れない腑抜けた自分自身だ。  
 
*  
 
○月○日(あめのちはれ)  
やったーっ!任務完了したよー!  
感想は帰ってから言うけど、一言で言えばスゴいよかったです!カチカチだったよ!流石はマスターアジアの弟子だね!鍛え方が違います!  
でもその後が大変でした。  
なんか連中に場所がばれちゃって、ユイランがだーいキライなレナっちに襲われました!スゴくヤバかった。死んじゃうかと思った。だってロボットが二台もいたんだよ?  
大変!ユイランピンチ!ってとこに、な、なんと!あのドモンが現われたのです!  
ドモンスゴく強い!ユイランが刺しても全然倒せなかったのに、一発でドカーンって!せきはてんきょーけんだ!スゴい!生で初めて見たよ!  
お姉ちゃんにも見せたかったなー。あのゴッツイロボットがね、一発でね!スゴい!あのくらいじゃないとデビルガンダムヘッド倒せないんだーって思った。  
で、ロボットを倒したあとドモンのバイクに乗せてもらって、途中まで運んでもらいました。  
バイクに乗りながらいろんな話した。なんかカシムンと話した内容と似てたけど、多分気のせいかなーって、そんな感じのこと言ったら、なんとドモンはカシムンと友達らしいよ!なるほど!だから似てるんだ!ユイラン納得しました。  
でね、だからね、ドモンに頼みました!カシムンに伝えてって頼みました!  
 
*  
 
「なにを伝えればいいんだ!?」  
 
向かい風の影響で声が聞こえにくい。バイクを運転しながら、宗介は大声で言った。  
彼の背中に抱きついているユイランが、彼よりもさらに大声で言う。  
 
「また遊んでって!カシムンとまた会いたいって!!また一緒にガンダムごっこしようって伝えて!!!」  
 
言い終えてユイランは、宗介の背中にぎゅっとしがみつく。昨晩何度となく触れた背中を思い出し──カシムンはドモンと本当にそっくりだ──と彼女は思った。  
しがみつく腕の必死さに、宗介の胸がつまる。彼はたまらず言った。  
 
「ああ!また会おう!また一緒にガンダムごっこしよう!!だから頑張って生きろ!!!」  
 
彼は慌てて付け加える。  
 
「と!奴なら言うと思うぞ!」  
 
「本当に!?」  
 
「本当だ!!」  
 
「本当に本当!?」  
 
「本当に本当だ!!」  
 
「じゃあ!あとでカシムンにこれ渡して!!」  
 
*  
 
ps.先生、お姉ちゃんごめんなさい!お土産で持っていくはずのボン太くんと、DVDうっかりカシムンにあげちゃいました……。  
だってまたガンダムごっこするから、カシムン、ドモンの台詞覚えた方がいいと思って……ご飯当番1週間ユイランがやるから許してね!  
 

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