「おーい、相良」
少し離れた席で、最新の『ASファン』を真剣な顔で読んでいる相良宗介に小野寺孝太郎が声をかけた。
「なんだ」
「ちょっとこれ見ろ」
孝太郎は今ブレイク中のセクシー・アイドルの写真集を開き、宗介に向かって掲げて見せた。開かれているページはトップレスの少しきわどいショットだ。
「このコ、千鳥に似てると思うか?」
宗介はいつもとまったく変わらないむっつりとした表情で、カッチリ三秒ほど凝視したのち、一刀両断にあっさりと切り捨てた。
「まったく似ていないな」
それを聞いて『ほら見ろ』と孝太郎がふんぞり返り、隣にいた風間信二が『しゅん』と肩を落とした。
実は以前から、このアイドルと千鳥かなめが『似ている』『似ていない』で、信二と孝太郎は意見がわかれており、ちょうどかなめが友達とランチに屋上へ行っている今、これ幸いとばかりに宗介に聞いてみたのだった。
「相良くーん、どうして?結構似てると思うんだけど……」
納得いかないらしく信二が食い下がった。
「かなり違うぞ」
「そうかなぁ……でも髪型なんてそっくりだし、顔の作りも結構似てると思うんだけど」
「いや。髪も顔も違うが、なによりあきらかな相違点がある」
「へ?どこだろう?」
何気ない信二の言葉に、宗介は堂々と答えた。
「乳房だ」
――シーン。
宗介の声は、けして大きくは無かったが、のどかな学校の、のどかなメンバーの、のどかな昼下がりだ。
そんな場所に登場するはずの無い単語が登場し、それまでざわついていた教室が一瞬にして静まり返った。
「……は?」
あっけにとられた信二が呆けたような声をもらし、隣にいる孝太郎もぽかんと口を開けたまま固まっている。
「千鳥とその女の乳房には、明確な相違があると言っているのだが……どうした」
凍りついたままの二人に、宗介は怪訝顔を向けた。
「い、いや……その……」
「……見た、こと……ある、の?」
「肯定だ。決して頻繁に、というわけではないが……」
宗介は腕を組み、遠い目をした。
「なぜだか分からんが、千鳥は照明を点けることを嫌がるのだ。――だが、その女との違いを見極める程度なら、問題ない」
誰かがごくり、とつばを飲んだ。
二人どころか、クラス全員が聞き耳をたてている。
「確かに、大きさ自体は大差が無い。しかしながら形が違う。千鳥はもっと張りのあるふっくらした球形で、非常に美しい稜線を描いている。しかも、そのような微妙な下向き加減ではない。重力などないかのごとく堂々と上を向いているぞ」
宗介の声はいつも通り淡々としていたが、心なしか誇らしげな気がする。
「そして乳頭および乳輪だが、どちらももっと小作りでぷっくりしており、なおかつそのようなくすんだ色ではない。なんと言うのか……そう、桃だ。桃を彷彿とさせるよう美しい色合いだ」
宗介は、感慨深げにうなずいた。
(……ナイスおっぱい観察)
(相良君、サイテー)
(リアルおっぱい星人発見……)
(いいぞ、相良!)
張り詰めた空気のなかに、非難と賞賛の気配が混じる。
「その女のさわり心地は知らんが、千鳥のさわり心地は最高だ。正直に言ってその女など、物の数ではないだろう。さらに――」
どこか勝ち誇ったように語っていた宗介は、背後にそそけだつような殺気を感じ沈黙した。
背中に冷たい汗が流れ落ちる。
ぎくしゃくとした動きで振り返ると――
眼前に、鬼気迫る形相の千鳥かなめが仁王立ちしていた。
どす黒いオーラが全身からめらめらと立ちのぼっている。
「ち、千鳥……どうした? ……何をそんなに怒っ……」
かなめは無言のまま机を高々と持ち上げ、彼にたたきつけた。
崩れ落ち、ピクリともしない宗介を引きずり、教室を出てゆくかなめの後姿に、声をかけるものは一人も居なかった。(了)