「千鳥」  
 
寝たふり。寝たふり。  
 
「千鳥……?」  
 
寝てる。寝てる。  
 
「……寝てしまったか」  
 
そうよー。もう寝よーね。  
 
*  
 
目の前が真っ暗になる。  
子宮を持ち上げるような深い挿入に息が詰まる。意識が途切れ途切れになって、深い穴に落ちるような浮遊感を覚える。  
 
「千鳥……千鳥……」  
 
と彼があたしを呼ぶ声が聞こえる。その声を頼りに穴を這い上がると、目の前に恭子から貰ったペンギン型の目覚まし時計が現れた。  
針が刺すのは午前一時。夕飯を食べて、彼に抱き締められたのが昨日の午後八時。なんということだろう、もうすでに五時間もたっている。  
朝の彼は酷く疲れた様子だった。目の下には薄く隈が入り、そのことを指摘すると彼は「なかなかタフな作戦だった」と答えた。  
そんな彼をベッドに誘うのはどうか?と家で夕飯を食べさせてから思い、思案の末やはり帰したほうがいいだろうと結論を出した時に、何かに耐えかねた様子の彼に後ろから抱き締められてしまって───あとはもう、なし崩しに今にいたる。  
 
毒を注ぐような濃厚なキスと、肌に掌を癒着させるような深い愛撫を互いに施した。  
相当に溜まっていたらしい彼のあそこは、太ももを擦り付けただけで熱い精を吐き出してしまう。粘性の高いそれが、あたしの太ももや股間の茂みに絡み付いて、二人の肌の間でニチャヌチャといやらしい音を立てた。  
その音を面白がって、わざと音がなるように彼の下半身に足を絡ませる。右膝を彼の股に割り入れて、茂みで右足のももをみがくように、腰を前後させる。  
 
「ふふっ」  
 
大事なとこが刺激されて、これはちょっと気持ち良いかもしれない。  
 
「千鳥……止めてくれ」  
 
たったあれだけで達した自分を恥じていた彼が、あたしと彼との間から上がる、卑猥な音に耐えかねて。  
 
「ソースケはこういうの、嫌い?」  
 
「嫌いとかそういう問題ではない……その、それは汚いだろう?」  
 
「なによ、あんた自分で汚いって思ってるものをあたしの中に出したわけ?」  
 
初めてだったのに。生でいいって言ったけど、中に出していいなんて言わなかったわよ───数ヶ月前の過ちが脳裏を過る。  
別に嫌だとは言わないけど、もし出来ちゃってたら、どうするつもりだったのかしらね。  
 
「い、いや、それは……」  
 
ふふん、困ってる困ってる。  
あたしのことで困っている彼は凄く可愛い。そう言えば、中で出したことに気付いて眼を白黒させてた彼もなかなか可愛かったなーなんて、当の本人には絶対に言えない。  
可愛い可愛いあたしだけのヒーローは、どちらかというと痩せっぽちだ。  
大男を素手でのしたり、四十キロの荷物を背負ってジャングルを駆けずり回る力がどこにあるのか、ウィスパードのあたしにもよくわからない。  
引き締まった胸に頬を寄せて、深い桃色の乳首に舌を這わせた。舌先から心臓の熱いリズムが伝わってきて、舌が焼け落ちそうになる。きっとこの器官は、パラジウムリアクターなんて比較にならないくらいの力を秘めているに違いない。  
 
「あんたってホント元気よねー。今回の任務は疲れたんじゃなかったっけ?」  
 
先よりもさらに、熱さを増した彼自身を膝でこづく。出したばかりのくせに。朝はあんなに元気なかったくせに。ま、パラジウムリアクター以上なんだから仕方がない。  
 
「前に言ったろう?君は俺に力をくれると。君がそばにいると俺は元気になるんだ」  
 
「えっ?なんかそれって、意味違くない?」  
 
と言った瞬間に世界が反転する。我彼の位置関係が逆転し、あっという間にベッドの上に組み伏せられる。  
四つん這いになった彼と、仰向けになったあたしの間に空間が出来て、今まで触れ合ってた部分が少し寒い。彼の肌に触れたくて腰を少し持ち上げると、彼のツルツルした先端が、あたしの濡れた割れ目に触れて、少し焦った。  
 
「焦らなくてもすぐに入れてやるぞ」  
 
なっ、違うわよ!と反論の声をあげようとした唇は、彼の粘膜で柔らかく塞がれてしまった。  
彼の長い舌に、口腔内を犯される。それに自身の舌を絡ませて、他愛のないお喋りをする。歯がぶつかり、どちらのものともわからない混じり合った唾液が、互いの口を行き来する。  
気持ちいい。どうしよう。身体が溶けてしまいそう。  
と、熱で浮かされた頭で思い、文字通り溶けだしてしまった秘部に彼の武骨な指が添えられて。  
 
「むっ……んなぁ…やっむぅ……」  
 
恥ずかしい声。恥ずかしい音。  
添えられた指が円を描くように動いて、あたしの液と柔肉をこねくりまわす。  
彼の親指が、あたしの一番好きなとこを執拗に擦りあげる。  
熱い。痺れる。何か吐き出しそう。  
あたしの気持ちいい部分さえ、彼に知られてしまっているのだと思うと、恥ずかしさと嬉しさで少し泣けた。  
 
「ひっひぃ…ん……そ、そーすれ…も、もうちょぅらぁいぃ……」  
 
と舌足らずに要求する。  
彼の方でも挿入したくてたまらなかったらしく、速やかにゴムを被せると、あたしの大事な部分に先端をあてがった。  
ピタッピタッと彼の先端があたしの柔らかい部分を叩く音が聞こえる。  
見てる。彼に見られてる。きっとあたしのあそこは、本当にみっともないことになっているのだろう。あたしの出した汁でシーツが濡れている。今だっていっぱい出てる。少し前はこんなに出なかったのにな……宗介にエッチな娘だって思われたらヤダな。  
前はお豆だってこんなに大きくなかったし、中のお肉だって、こんなに熱くならなかった。きっと宗介がいっぱい触るからいけないんだ。などと思い。  
 
「入れるぞ」  
 
と言われたので僅かに頷くと、下半身が壊れそうな勢いで腰を叩きつけられてしまった。  
ズボッズボッともジュッポジュッポとも表現できない、信じられないくらい下品な音が部屋に響く。  
いつもはポテチ食べながら漫画読んで、ダラダラとしてる自分の部屋が、彼といるだけでこんなにエッチな部屋に変わってしまうなんて。  
瑞樹から借りた本によると、宗介の大事な部分は、日本人としては大きい部類らしい。それに体力があるから回数も多いし、最近コツを掴んだらしく、一回一回も長い。  
腰の振りも激しい時は凄く激しいし、自分でもよくまぁ、彼の相手を出来るものだと思う。壊れてしまわないのが不思議なくらいだ。  
最初は中々入らなかったし、凄く痛かった。それが今は疲れこそすれ、涎垂らして喘ぎ狂うなんて、淫乱な娘にもほどがある。こんな姿、宗介以外には絶対見せられない。  
 
「や、やぁああ!しょ、しょほしゅけぇ!あ、んぁあ、あっあああぁぁあぁ!!」  
 
とかホント頭おかしいと思う。  
誰よ、しょほしゅけって?そんな奴あたし自身も知らないっての……でも、声出した方が宗介も喜ぶし、あたしも気持ちいいんだから仕方がない。  
気持ちいいのは繋がってる部分ばかりじゃなくて、挿入されてるときに触られると、どこも弾けるくらいに感度が良くて、全身が性器になったような錯覚を覚える。  
肩や腰を抱かれるだけでも気持ち良くて、身体中から出ちゃいけない汁まで出てしまいそうな気分になる。  
 
特におっぱいを揉まれる時がヤバくて、たまに、母乳が出るんじゃないか思うときさえある。  
しかも宗介ときたら、あたしの胸に興味津々らしい。疲れたときなんか、あたしの胸に顔を埋めて一時間くらいじっとしてたりする。抱き締められてるから逃げられないし、揉んだり顔を擦りつけたりもしない。ただただじっとしている。  
彼の股にわざと太ももを当ててみると、ふにゃふにゃのままで、性欲とは別の部分であたしの胸が好きらしい。  
でも今は違う。揉んでる。揉みしだいてる。  
あたしが痛くないように力を調節しながらも、凄い勢いで揉んでる。  
なんか凄い楽しそう。いいな。あたしも揉んでみたいな。宗介におっぱいがあれば、あたしも揉めるのにな……ってバカか、あたしは!  
 
「あっひゃぁ!…あぁんん……そーしゅけぇ…ちょ…ぅあ…揉みすぎ……や、やぁあああぁああ!!!」  
 
あー……こういうのちょっと恥ずかしいわー……。  
あたしの股間の中のエッチなお肉が、宗介のを凄い勢いで締めあげてる。なになに、このいやらしすぎる絡み付き方?自分でもコントロール出来ないお肉が、宗介のあそこにしゃぶりついてる。  
さっきよりも汁がいっぱい出て、ズボッズボッとかジュルルとかニュルニュルとかヌプッヌプッとか、本当にどうしようもないくらいお下劣な音が、二人が繋がった部分から聞こえて、あーもー……ちょっとあたしのあそこ、エッチすぎるんじゃない?  
宗介のあそこがどんな形でどれだけ熱くてどれだけ硬いかを、あたしの大事な部分が覚えてしまって、オナニーしようにも自分の指じゃいけなくなって……いったいどうしてくれんのよ。  
お腹の中のいやらしいお肉が、宗介の形に変型して、それが気持ち良くて仕方がないって……とんだ淫乱娘だ、あたしは。  
 
宗介が前言ってた。  
 
「君はイクと奥の方がキツく締まって、無数の唇についばまれるよう……」  
 
最後まで聞かずにぶん殴ってしまったけど、あれはあれで、彼にとっての誉め言葉だったらしい。  
あたしとするまで童貞だったくせに一体何を言っているのか。  
要するに相性が良いって言いたかったらしいけど、もう少し言い方ってもんがあるでしょうに……。  
 
「ぁあ……千鳥……俺も……ぁうっ」  
 
暴れてる暴れてる。お腹の中ですっごい暴れてる……多分射精してるんだろうけど、ゴムの上からだとよくわかんないのよねー。  
規則的に太くなるから多分そうなんだろうけど……初エッチで中に出された時は、痛くてそれどころじゃなかったしね。  
ってかこいつ今「俺も」って言った。やーねー。なんかさ、自分がイッちゃってるのバレてるって恥ずかしくない?宗介をイかせるのは楽しいけど、自分がイッちゃうのがバレるのはどうも……まぁ今更なんだけど。  
ってかこいつ、あたしがイッたときはほとんど一緒にイッちゃうしねー……っていつまで入れたまんまでいる気よ、こいつ。ゴムとれちゃったらどうする気?  
 
「ソースケさーん、余韻に浸るのはいいけと、ちょっと……」  
 
うわっ、ヤバイ……こいつまた大きくなってる……。  
あーなんかまた眼ぇ血走ってるし、身体揺すってるしー、お腹ん中で動いてるし……。  
とりあえずゴム換えてからにしてって言いたいのに、うまく言葉にならない。  
イッた直後にまた刺激されるのは少し気持ち悪い。余韻を楽しむ間もなく突き上げられるのは、身体の芯がむず痒くなって嫌なはずなのに、しばらく揺すられるとまた気持ち良くなってしまって……ってまたおっぱい揉んでるし。  
指の間からあたしのお肉がはみ出てちょっと形が卑猥で……痛くないし、触られるのも嫌いじゃないけど、おっぱいの形が崩れちゃったらどうすんのよ?あんただってイヤでしょう?  
って今のこいつにそんな理屈は通用しないのよねー。  
 
「ふっ……千鳥……千鳥……」  
 
はいはーい。千鳥かなめはあんたの目の前で気絶寸前ですよー、ってダメだこりゃ。  
また下の方から赤面もののお下劣な音が聞こえてくるし、下半身が勝手に動いて彼の性器にしゃぶりつくしで頭がどうにかなりそうだ。  
 
「あぁ…やっあん、あ、そ、そーしゅけあ、あ、あぁ!んぁ!あああああ!!!」  
 
だー、ヤダヤダ!  
恥も外聞もない。呆けたような顔でバカみたいな声出して、あたしのあそこは勝手に動くしで、あたしはとんだ変態だ。  
それとも他の娘もこんな感じなのかな?参考に見たビデオではもっと変態的なことしてたし、あたしなんてまだ慎ましい方よね、多分。  
ってかこいつもこいつよねー。疲れてるみたいだから夕飯ご馳走してあげれば、夕飯以外の物までご馳走するハメになっちゃって。一回二回ですむかと思いきや、こんなんじゃまだまだっぽくて。  
 
「千鳥、千鳥、千鳥」  
 
はいはい、そんなに呼ばなくても、あたしはどこにも行かないっての。  
むしろどっか行っちゃうのはあんたの方じゃない。三日も任務であたしのことほっといてさ、二日で帰ってくるって言ってたから死んじゃったのかと思ったわよ。  
それがこんな元気満々でさー、あんた疲れてるんじゃなかったっけ?ってあたしがいれば大丈夫って?あーそー。  
 
「千鳥、千鳥、千鳥」  
 
あーもー、うっさいわねー。そんな切なげに呼ばないでよ。  
安心しなさい、あんたの相手はこのスケベな下半身がしてくれるから。  
好きなだけやりなさいよ……まったく、しばらくしてなかったから付き合ってあげる。でも、明日も学校あるんだから、ほどほどにしなさいよーっと。  
 
*  
 
とかなんとかしてたら、日付が変わって、もう午前一時。  
 
「千鳥、千鳥、千鳥」  
 
っていつまでこいつは、あたしの身体をいじくり回せば気が済むのか。  
二時間くらい前から記憶が曖昧で、身体に力も入らない。やんわりとした拒絶の意志を込めてうつ伏せになったのに、二人の体液で濡れたお尻や、無防備な背中が彼のリビドーを刺激してしまったらしい。  
脱力しきったあたしの腰を持ち上げて、後ろからパンッパンッ!って……汁の音じゃないけど、これはこれで下品な音よね……なんかさ、お肉とお肉が当たってるのがイヤでもわかってさ。  
それに打ち付けられるたびにお尻の肉が揺れるのがどうも……おっぱいが揺れるのはいいんだけど、お尻がプルプル揺れるのは太ってるみたいでさ、ちょっと恥ずかしい。ま、四つん這いでガンガン突かれて、お尻の穴をガン見されるよりはましかな?  
 
「…あ…あ…あ…やぁ…んぁ…やぁん…んぁ…」  
 
突かれるたびに変な声でちゃうし最悪ー。  
この格好だと彼のが凄く深く入ってくるし、引き抜くときお腹側のエッチなお肉と彼のが擦れて、どうしても声がでちゃうのよね。  
ってか、絶対宗介意識してやってるし。確実にバレちゃってるよ、あたしがこれ好きだって。  
 
「ぁあ…千鳥……もう、出そうだ……」  
 
マジ何発目よ、こいつ。  
二桁いっててもおかしくないし。もしゴム使ってなかったら大変よねー。きっとあたしのあそこ宗介のでベトベトよー。あたしのだけでもこんなぐちゃぐちゃなのにさ。  
 
それにしても、そんなにあたしのが良いのかしらね……ぶっちゃけガバガバじゃない、あたしのって?宗介がいっぱい出し入れするから、最近ゆるくなってきた気がするのよね。  
前より簡単に入るし、一回一回が長くなったのももしかして……もし本当にガバガバになっちゃって、宗介に飽きられちゃったらどうしよう……そしたらテッサにとられちゃうのかな?テッサはキツそうだもんね……やだな……ってマジ宗介激しすぎ。壊れたらどうすんのよ。  
 
「あっ!くぅ…千鳥……はぁはぁ……」  
 
出てる出てる。多分。ビクッビクッって太くなって、この内臓が押し退けられる感じ……嫌いじゃないわね。  
ま、宗介気持ち良いみたいだし、まだまだキツいみたいね。  
それにあんたは知らないだろうけど、あたしだって努力してんのよ?腰周りの筋肉を鍛えて、ゆるくなんないようにって頑張ってんの。  
だからさ、宗介、ずっとあたしのそばにいてよ。あんたおっぱい好きでしょ?テッサよりあたしの方が大きくて気持ち良いわよ?……ってか最近また大きくなってきた気がするのよねー。多分、あんたがいっぱい揉むから……ってまだやるわけ!?  
 
「……そ、そーすけ…もう、あたし無理……」  
 
彼の方に向き直って、どうにかそれだけ言った。  
ほら、その右手に持ったコンドームの袋を起きなさい。まだ破ってないわね?……そんな残念そうな顔しない。  
 
「……何が無理なのだ?」  
 
なーにしらばっくれてんのよ!  
 
「……エッチに決まってるじゃない」  
 
「……むぅ」  
 
濡れた犬みたいにうなだれても無駄よ。もう無理だもん。明日も学校があるの忘れてない?ってかもう今日よ今日。こんなに疲れちゃったのに五時間くらいしか眠れないじゃない。エリート傭兵のあんたと違って、あたしはかよわい女子高生なの。  
 
「……わかった。だがもう一回だけ駄目だろうか?ほらこのとおり、コンドームの袋も破ってしまったし……もったいない」  
 
あんた今破ったでしょ?隠して破っても音でわかるのよ……そういう姑息なことするヤツとは、エッチしたくないわねー。  
 
「この一回で終わりにすると約束しよう。だからお願いだ、千鳥」  
 
真摯な眼差しでそんなことを言う彼が、うらめしくて仕方がない。  
あんたの顔ってこういうとき卑怯よね。海の底みたいに深い瞳で見つめられると、あんたがしたいなら少しくらいって思っちゃうのよね……っていかんいかん!  
 
「駄目か、千鳥?」  
 
彼と眼が合わないようにギュッと瞼を閉じる。  
眼を合わせてはいけない。彼の眼はあたしを魅了する魔法の瞳だ。  
 
「千鳥」  
 
声も聞いてはならない。  
彼の声はまるで、砂丘を濡らす雨のようにあたしの身体に染み込むけれど、それに反応したら負けだ。  
何も返さない。無反応。見ざる聞かざる言わざるの精神で、彼を全身で拒絶する。  
 
「千鳥……?」  
 
こうなってしまうと、彼のすることはいつも決まっている。  
あまりに無反応なあたしに不安を覚えた彼は、あたしの口元に手をかざす。もう片方の手をあたしのお腹に置き、耳をあたしの胸に当てると、規則正しい心音と呼吸のリズムを聞きながら、  
 
「……寝てしまったか」  
 
と安心したように呟くのだ。そしてあたしにそっと布団をかける。  
まったく、この体力バカときたらこうでもしないと止まらないんだから。  
子供の頃から命懸けの取引を繰り返してきた彼は、日常生活では口下手で要領をえないくせに、ベッドの上では高い交渉力を発揮する。  
もともと彼は知性のベクトルが一般的でないだけで、頭の回転が速いのだ。でなければとっくの昔に死んでいただろうし、僅か十七歳であの精鋭部隊の軍曹にもなれない。  
見知らぬ土地でたった一人で、あたしみたいな電波女をあらゆる脅威から守る。そんな大変な任務を任されるだけ能力を有している彼の言動はいつも、至極理論的だ。ウィスパードとはいえ疲れ切ったあたしの頭では、たちまち言い負かされてしまうだろう。  
だから寝たふりをする。狸寝入りを決め込む。  
あたしに騙された軍曹は少しだけ落胆の溜息を漏らすと、あたしの身体を抱き寄せて、彼専用の抱き枕に変えてしまう。  
抱き枕の胸元に顔を埋めた彼はぬくいぬくいと身を捩り、満足したようにあたしの下の名前を呼ぶ。  
 
「かなめ」  
 
変なところで臆病な彼は、こんな関係になった今も、あたしの下の名前を宝物のように、心の奥にしまい込んでいて。  
 
「かなめ」  
 
あたしそっくりの抱き枕にそう囁きかける彼の温もりは、自分だけの宝物の綺麗な小石を、誰にも見せまいと固く握り締める、愛くるしい独占欲に似ていた。  
 

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