水色の涼しげなスカートから伸びる白い足に別の白い足が絡み付き、艶やかな黒髪の人物をあっという間にベッドへと押し倒す。  
 
投げ出された両手に別の掌が重なる。  
相手を拘束する意味で重ねた両手は、黒髪の人物からも固く握り締められてしまい、どちらが束縛しているのか判然としなくなってしまう。  
 
多分あたしもカナちゃんもお互いを捕え合って離さないんだ───と三つ編みの人物は思い、大きな丸眼鏡をかけた顔をこれ以上ないほど綻ばせた。  
 
胸元の赤いリボンに自身のリボンを押し当てて、固いブレザー越しに相手の鼓動を胸で感じる。  
恥ずかしいほどの早鐘を打つ自分に負けないくらいに相手の胸が脈打っているのに気付いて、身体の芯が熱くて熱くて堪らない。  
 
その熱を溜め息とともに吐き出して、満足気に頬に頬を擦り付ける。  
首を振るたびに緑のリボンがしきりに揺れて、中空に円を描いた。  
 
頬擦りする相手がどんな表情をしているのか気になってすっくと身を起こすと、そこには熱に浮かされたように口を開け眼を細めた彼女の姿があって、いてもたってもいられなくなってしまう。  
 
互いに求め合うのに手に入らないジレンマから解放されて独占欲の熱に満ちた視線がぶつかり合い、どちらともなく互いの名を囁き合った。  
 
「カナちゃん……」  
 
「レナード様……」  
 
間。  
 
「サビーナ……今の僕はレナードではないと言ったろう」  
 
「も、申し訳ありません……キョ、キョーコ」  
 
レナード・テスタロッサに間違いを指摘されて、サビーナ・レフニオは動揺しながらも、彼の現在の呼称を呼んだ。  
 
*  
 
ここはレナードの自室。時刻は夜の十時。二人は今現在、コスチュームプレイの真っ最中である。  
 
一流の戦士でありながら、事務的能力にも事欠かないサビーナは、レナードにとって掛け買いのない大事な人材である。  
 
数年前、新型機の性能テストも兼ねて、邪魔なワルシャワのマフィアを一つ潰した。その時に彼女を拾った。  
 
若く、殺しに秀でた女だ。素晴らしい。  
だが何よりも、眼が良い。  
この世に絶望したような眼。  
母親の子宮から生まれ出でて、その産道さえ絶望への道の序章であったというような、絶対的な闇。  
だからこその無垢さ。  
純黒の思想───だが自分なら、彼女の闇に救いの銀糸を垂らすことができる───彼女なら自分の忠実な信者になるだろう。  
レナードは一瞬でそう悟り、サビーナは彼の思った通りに育った。  
 
サビーナを初めて抱いたのは彼女を拾ってから半年が経過した、ある秋の日のことである。  
 
とくに意味は無い。ただ性欲を持て余したから犯した。ただそれだけだ。  
 
一日の業務を終えて報告をしに自室を訪れた彼女を、レナードはベッドに誘った。  
彼女は事務的な口調で承諾すると、なされるがままになった。  
 
彼女はその時既に処女ではなかったが、レナードにとってそれは些細なことだった。もともと掃き溜めにいた女だ。何人もの変態に犯されているに違いない。  
 
だのにも関わらず彼女は自分から攻めようとはせず、腰の振りもいまいちたどたどしかった。  
まるで今までこんなことは一度もしたことがないような覚束なさで、レナードの背を抱き、小鳥のように唇をついばむ。  
 
「君はまるで、生娘のようだね」  
 
レナードがそう言うと、サビーナは恥に満ちたような表情をして、  
 
「セックスをするのは初めてです。今まで、レイプされたことしかなかったから」  
 
と言った。  
レナードは自分の言葉を僅かに後悔し、サビーナの肩を優しく抱いた。  
丸い肩か僅かに震え、どこかから嗚咽が聞こえたような気がしたが、眼を閉じていたレナードには誰が泣いているのかわからなかった。  
 
その夜からサビーナは、レナードの一番のお気に入りになった。  
他の女を抱くこともあったが、週に一回は必ずサビーナを抱いた。  
この日のコスチュームプレイも、そんなある日の出来事である。  
 
*  
 
サビーナにとってコスチュームプレイ───略してコスプレは初めての経験だった。  
 
今まで服装を指定されたことさえない。毎回着のみ着のまま犯された。  
だから今回、陣台高校の愛らしい制服と黒髪のカツラを渡されて、柄にもなく胸が高鳴った。  
 
胸元に添えられた愛らしいリボンに、水色のブリーツスカート。  
 
スカートを履くのも人生で初めての経験だった。  
履いてみると股が涼しくて無防備な気分になったが、姿見にうつる自分の姿は、当たり前の少女の面影を色濃く残しており、サビーナは自分がまだ二十歳にも満たない小娘なのだと久しぶりに思い出した。  
 
もちろんあの、愚鈍で生意気で愚かで馬鹿でどうしようもなく下劣な千鳥かなめのコスプレをすることは甚だ不本意だが、まぁ、仕方がない。  
彼の心があの女にあることは知っている。今更どうにもならない。  
 
それより重要なのは今彼に抱かれているのは、紛れもなくこのサビーナ・レフニオであるということだ。  
 
彼がどう望もうと結局自分を抱くしかないのだ。  
精神的にはともかく、肉体的に自分は、誰よりも深く彼と繋がっている。  
今はそれだけでいい。サビーナはそう思った。  
 
*  
 
生葉のように潤ったものが枯葉のように軽く唇に舞い降りて、彼女はそれが彼の唇であると理解するより先に欲望のまま吸い付いてしまう。  
 
彼の唇に上唇を甘く噛まれて唇の端から、思わず甘い溜め息が漏れる。  
その隙を突いて彼の舌が獣のように割り入って、一つ一つの歯をまるで大切な宝石を磨くようにして舐めあげはじめた。  
 
彼の舌はいつも甘い味がする。  
舌でなくその唇も。前歯や歯茎さえも甘く感じられて、飴玉をねぶるように舌を這わせてしまう。  
 
それに加えて今日の彼は、今まで嗅いだことのないデザインされた甘い香りを纏っていて、サビーナはまるで本物の女の子とキスをしているような厄介な気分になってしまった。  
 
その倒錯的な思考を排するように唇を一旦離し、あの女の口調で問い掛ける。  
 
「キョーコ、もしかして香水つけてる?」  
 
「うん。この前駅前で買って来たんだー。ロリータレンピカっていうんだけど……甘すぎるかな?変かな?」  
 
男がつけている時点で変です───という当たり前の事実に目が行かないくらい彼の演技は堂に入っていて、思わず「全然変じゃないよ」と言ってしまう。  
 
ほっとしたように笑って「よかった」という彼の笑顔が眩しくて直視できない。  
 
人を見下すような笑顔をすることが多い彼の、貴重な屈託の無い笑顔がこんな状況でしか見られない、ということを思うと頭が痛くなってくる。  
それだけ常磐恭子に成り切っているのだな───と思い、彼女の口調などいつ調べたのだろうか───という疑問が頭を過る。  
 
「こちょこちょ〜」  
 
そんな彼女の疑問を吹き飛ばすようにレナードの手が脇腹で蠢く。  
思わず彼女は「きょっひゃぁ!」という意味のわからない悲鳴を上げてしまい、その声に自身の頬を赤らめた。  
 
ブレザーの下から彼の手が潜り込んで、鍛えられているがそれでも女の子らしいお腹をやわやわと揉む。  
外気がブレザーの下に入り込んで少し寒いはずなのに、彼が触れた部分だけがじんわりと熱い。  
 
その下にもっと熱く固いものが押し当てられているのに気づいて、眼前で揺れる三つ網の銀髪と長い睫という、女性のモチーフとのギャップにますます頭が痛くなってくる。  
 
腿の間に突き刺さる触りなれた彼の感触に、彼はどこまで変態的な行為に及ぼうと結局はレナード・テストロッサなのだと悟って安心すると同時に、時折耳をくすぐる「カナちゃん」という熱い囁きに  
―――自分にとっての彼が何時如何なる時もレナード・テスタロッサであるにもかかわらず、彼にとっての今の自分はあのいけ好かない女なのだ―――  
と思い、脳裏を過るあの女の幻影に散弾砲をブチかました。  
 
「あっはっは!」  
 
痛快な幻覚と腹の上を這いずる彼の手のくすぐったさに、思わず笑い声を上げてしまう。  
自分らしくもないと思い、女子高生に扮した自分にはお似合いではないかと思い直す。  
 
そして女子高生は笑うものだと自分に思い込ませたのは、データの中で見た輝くように笑うあの女だと気づいて、もう一発散弾砲をブチちかます。  
 
子猫を愛でるように這いずっていた彼の手が、サビーナの笑い声を切欠に獣のように荒れ狂う。  
胸元のリボンに彼の右手が鉤爪のようにあてがわれ、切り裂くように解いてしまう。  
 
乱暴だ。雄の本能を剥き出しにした手付きが、あの掃き溜めの町の変態どものそれと重なるのに、なぜもっと触れてほしいと願うのか。なぜもっと触れたいと願うのか。良くわからなくて歯噛みする。  
 
その願いのままに、彼の熱い末端に自身の指先を這わせた。  
それだけで彼の全身が気持ちよさ気にのたうつのが嬉しくて、更に激しく彼の剥き出しの野生を扱きあげてしまう。  
 
女性用ショーツの下で充血した彼自身に絡みつくAS乗り特有の皮の厚い指先。  
 
昔彼に尋ねたことがある───私のような無骨な女を抱いて楽しいのか―――そんな君だからこそ良い―――彼はそう答えた。  
 
意味はよくわからない。だがあの女の指先はこんなに固くはないだろう。  
 
それなのに何故あなたは私に、あの女の代わりを求める?  
 
その憤りが唇から掠め出そうになるのに、彼の濡れた切っ先を弄ぶ自身の指は、更に激しく彼を弄んでしまう。  
 
彼自身から出た汁で指先を濡らして、先端のツルツルした部分をくるくると愛撫する。  
人差し指と中指の間に暴発寸前の「首」を挟んで、ぬるぬると刺激すると、握り締められた竿がまるで独立した小動物のように蠢いた。  
 
快感に身悶える彼が背筋を反らしたのと同時に身を起こし、脚の間に彼を匿うような体勢───男女が逆の対面座位のような形になって、ベタついたものを必死でしごく。  
 
「気持ちいい?」  
 
「うん」  
 
素直に応える彼の唇よりも、もっと素直な彼の下半身が愛おしくてたまらない。  
 
「ぁぁああ……あぁ」  
 
と喘いで天井を向いた彼の白い首が、まるで自身の掌で暴れる熱いものの裏筋に見えて、サビーナは思わずそこにしゃぶりついてしまう。  
 
顎の線に沿って舌を這わせ、最終的に唇へと辿り着く。  
薄紅を孕んだそれを本能のままに舐め、なぜか溢れんばかりに分泌される唾液を彼の口腔に流し込んだ。  
 
「ま、待って……」  
 
彼の制止の声を聞いて、サビーナがあまりに出すぎた行為だったかと後悔し謝罪しようとした矢先に、  
 
「あ、あ、あっあっ」  
 
身を震わせた彼の張り詰めたものの先から、勢い良く精液が吐き出されてしまった。  
 
熱情が尿道を駆け上がる音が聞こえるのではないかという勢いで吐き出された粘液が、彼女のブレザーやブリーツスカート、放心したような顔面に白い濃厚な染みを作る。  
 
夥しい量の精液がサビーナの顔にかかり、頬を伝うそれを彼女は無意識に舐めとった。  
舐めとった彼の味を吟味するようにもごもご口を動かす彼女を見て、レナードはもはや我慢ならなくなってしまう。  
 
「カナメ」  
 
女性用ショーツからはみ出した彼自身を握りしめ、レナードは思わずそう口走った。  
すぐに失態に気付いたが今更取り繕うのも馬鹿らしい───そうだ。僕はレナード・テスタロッサだ。常磐恭子にこんな立派なものが生えているはずがないだろう───と開き直って張り詰めた自身に手早くゴムの膜を被せる。  
 
「キョー……レ、レナード?」  
 
サビーナは彼の雰囲気の変化を敏感に感じ取り、寸でのとこで彼の呼び方を変えた。  
 
彼は今、常磐恭子ではない。だが私はまだあの女のままで───何故か目尻から涙が溢れてしまいそうな気がして、彼女はきつく眼を瞑った。  
 
「カナメ……」  
 
うっとりとしたようにまた彼女の名前を呼ぶ。  
 
「レナード……」  
 
レナードと呼びつけで呼ばれることが心地好い。  
 
ほとんどの人間は彼のことを尊称をつけて、もしくはMr.Agと呼ぶ。  
自分のことをレナードと呼ぶのは一体誰がいるだろうと考え、反抗期の妹やゴキブリのようにしぶといあの傭兵の姿が脳裏を過る。  
 
そして愛しいカナメ。カナメ。カナメ。  
 
「あっ、やっ、あぁあぁぁぁああ……」  
 
サビーナの柔肉にレナードの牙がめり込む度に内臓が少しずつ持ち上げられて、腹の底から甘い吐息が漏れてしまう。  
 
カナメ。カナメ。カナメ。  
 
目の前で痴態を晒すサビーナがいつしか誰だかわからなくなり、脳のどこかが麻痺するように、目の前にいるのは本物のカナメではないかと錯覚する。  
 
「れぇ…レナードぉ……あぁ!んぁ!!」  
 
根本まで納まった肉棒を、腹側の壁を掻くようにして激しく出し入れする。  
 
そのような動き方を彼女が好むことをレナードは知っていた───当たり前だ。彼女とは何度となく肌を重ね合わせてきた。彼女の身体のことなら穴の奥まで知り尽くしている───と彼は思い、サビーナを代入するはずの「彼女」の部分にカナメの名を入れてしまう。  
 
「カナメ。カナメ。カナメ」  
 
相手に問い掛けているのか、自分に問い掛けているのかレナード自身にも判然としない。  
ただそう囁くたびに目の前の彼女がカナメに近づくような気がして、熱に浮かされたようにただひたすらに囁やいた。  
 
「あっあっあっあん!やぁ!ぁあ!」  
 
自身の唇から漏れる信じられないような甘い嬌声に気付いて、サビーナの頬が更に赤く染まる。  
 
なぜ私は今日に限って、こんな淫らな声をあげてしまうのか───こんなに甘い声を上げたことは今まで一度もない───だがあの女なら、こんな声を上げるのろう───  
彼女はそこまで考えて、こんな時でさえ脳裏を過るあの女の影に散弾砲をブチかます。  
 
彼の蒸れた熱いものが激しく子宮を突き上げるたびに、空想の散弾砲の引き金を引く。  
 
消えろ。消えろ。消えろ。  
 
と念じながらひたすらに散弾を撒き散らすのに、あの女は苦しむどころか、まるで自身のヴァギナが彼のものに貫かれたかのように身をくねらせ、熱い吐息を吐いている。  
 
白く熟れた身体を捩り身悶えるあの女。  
その下腹部に見慣れた肉棒が押し当てられているのに気付いて、サビーナは今にも発狂してしまいそうになった。  
 
彼に触れるな。彼を誘惑するな。彼に溺れるな。  
 
と憤り、睨み付けたあの女の唇が僅かに震えて───彼はあたしにゾッコンなの───という言葉を紡いだ瞬間、サビーナは、  
 
「いやああぁぁぁあああぁあ!!!!」  
 
という悲鳴とも嬌声ともつかない獣のような叫び声を上げた。  
 
手にした散弾砲の煮えた銃身を握り締め、銃床を振り上げ何度も何度もあの女の顔面に振り下ろした。  
 
肉と骨が潰れるえげつない音が耳に心地よい。  
 
何度も何度も振り下ろす。  
何度も何度も突き上げられる。  
何度も何度も喘ぎ声を上げる。  
 
自身の股間からほとばしる汁があの女の鮮血に見えて、時折降り掛かるその汁を思わず舐めとってしまう。  
 
狂ったようにあの女を叩き伏せる自分に、狂ったように腰を叩きつける彼。  
呵責の無い一突き一突きに子宮の奥が熱くなって、彼の末端と自分の中心が溶け合って、癒着してしまいそうになる。  
 
「カナメ。カナメ。カナメ」  
 
酷く真剣な瞳でそう呟く彼にこれ以上ないほどの憤りを感じるのに、なぜもっと突き上げられたいと願うのか。  
 
「カナメ。カナメ。カナメ」  
 
ごめんなさい。あの女はもう殺してしまったの───と思って、空想の銃床を持ち上げるとその下には見慣れた顔があって目眩がする。  
 
頬を真っ赤に染めて口の端から涎を滴らせ喘ぎ狂う黒髪の女。  
その女の黒髪の生え際から数本ブラウンの髪がはみ出していているのに気付いて、サビーナは今まで叩き伏せていた女が、コスプレした自分自身であったと、一瞬のうちに悟る。  
 
握り絞められていた散弾砲はいつの間にか消えていて、代わりに目の前で乱れる自分自身の両手に、その掌を重ねていた。  
 
雄としての本能など無いはずのこの身なのに、下半身に宿る熱を一刻も早く吐き出したくて、目の前の自分自身のヴァギナに、猛る欲望を叩きつけてしまう。  
 
「カナメ。カナメ。カナメ」  
 
と呟いたのが自分なのか彼なのかもわからない。  
 
「カナメは僕のことが好きかい?」  
 
という問い掛けがどこからか聞こえて、彼女は反射的に、  
 
「わからない」  
 
と呟いた。  
わからない。何もかもわからない───わけがないだろ!  
 
自分の唇から漏れた言葉に意識が収束し、朧気だった思考がやっとこ現世へと戻ってくる。  
 
目の前でどこか拍子抜けしたような表情をする彼を見て───しまった。今の私は腹立たしいことにあの女の代わりだったのだ───と思い出す。  
 
「あ……その……」  
 
こんな時にあの女なら何と言うだろう。何と言えば彼は満足するのだろう───と考えてすぐ答えに辿り着いたのに、その答えを口にできない自分に頭にくる。  
 
好きよ───と言えばいいのだ。  
彼は自分が好きかと問うた。ならば答えは一つだ。  
なのに彼の望むままになりたい自分自身は、不細工な嫉妬心から偽りの告白さえ紡げないでいる。  
 
───ただのエゴから彼の望むあの女を演じきれない私は、なんて愚かな女だろう───彼に必要とされなければ、私は存在する価値すらないというに───言え、言ってしまえ───  
 
悲壮な決意を持って上唇と下唇を抉じ開けて、震える声を上げようとして、  
 
「じゃあカナメ。君の世話をしている彼女───サビーナは、僕のことをどう思ってるのかな?」  
 
という彼のセリフと、知らず流れ出た涙を拭う左手によって言葉を遮られてしまって。  
 
「……彼女はあなたのことが……好きだって、言ってたわ」  
 
という自分のセリフに身体の芯が熱くなって、お腹の中でおとなしくしている彼自身を強く強く締め上げてしまう。  
 
剛直がその締め付けに呼応するように、更に硬く熱くなる。  
レナードは大きく息を吸い歯を食い縛ると、全身を波打たせて一心不乱に彼女の腰を突き上げた。  
一際煮えたぎる柔肉が肉棒に絡み付いて、一突き一突きの度に理性の手綱を握る手が甘くなる。  
 
レナードの手が乱れた黒髪に添えられて僅かに髪を梳いたかと思うと、地毛に人工の黒髪が絡みつかぬよう、優しくカツラを剥ぎ取られてしまって。  
 
黒髪の下から現れたブラウンの髪は、漆黒の化学繊維との対比でまるで金糸のように見えて、彼は思わず、  
 
「サビーナ。君は美しい」  
 
と呟いた。  
 
サビーナの両手が彼の後頭部を抱き締め、偶然に絡んだ小指が、三つ編みを止めていたリボンをあっさりと解きほぐしてしまう。  
癖のついた銀髪が雨のように滴って、その先がサビーナの頬をサラサラとくすぐる。  
 
「れぇ…なーど…さ、まぁ……あ、あっあぁぁぁ……」  
 
と久方ぶりに普段の呼び方で彼を呼んでみると、その言葉の舌触りの良さに今更気付いて、もっと何度も彼の名を呼んでしまいたい心持ちになる。  
 
「レナードさ、ま……レぇナード…様…ぁ…レなぁードぉ…様……」  
 
と一言彼の名を呼ぶたびに、思わず彼の頭や彼の大事な部分を強く締め付けてしまう自分の身体が、恥ずかしいと同時に嬉しくて堪らない。  
 
七度「レナード様」と呟いたところで彼の我慢は限界に達してしまい、腰振りを止め、自身の根っこを彼女の柔肉に深く埋めたかと思うと、  
 
「サビーナ」  
 
ただ一言そう呟いて、痙攣するように達してしまった。  
 
自身の腹の中で弛緩と緊張を繰り返す彼自身を追い込もうと、無意識に内側がやわやわとほぐれ、もっともっととねだるように脈動する。  
無数の舌が剛直の側面に貼り付き、内側へと引きずり込むように膣壁が蠢く。  
 
その身動ぎをサビーナが達したのだと解釈したレナードは、ひどく満足気な溜息を吐くと、彼女の中に自身を残したまま目の前の肢体をきつく抱きしめ、耳たぶを甘く噛みながら「サビーナ」とまたしても彼女の名を呼んだ。  
 
*  
 
ぬくいぬくいといった様子で鎖骨に額を預ける彼の頭を抱き締めて、そのまま眠ってしまいたい。  
 
このブレザーのままでは些か寝苦しくて、とっとと脱ぎ去ってしまいたいはずなのに、身を預けきった彼を押し退けるのがこれ以上無いくらい億劫で、彼女はただひたすら銀髪を指で梳いて、彼に甘えられるがままになっている。  
 
デザインされた香料の香りに互いの体臭が入り交じって、真綿に包まれたように眠くなる。  
 
「次はどうしようか」  
 
という彼の言葉さえ朧に聞こえて、次とはいったいなんのことなのかと彼女は疑問に思った。  
 
「サビーナはこの制服は嫌いかい?」  
 
「いえ、嫌いではありません」  
 
あの女と関係がなければ、この胸元のリボンもヒラヒラのスカートもとても物珍しくて。とても女の子らしくて。  
 
「じゃあ次はサビーナはポーランドから陣代に来た留学生で、僕と出会うという───」  
 
とここまで聞いて、漏らさず聞き止めたいはずの彼の言葉なのに、彼の体臭が誘う睡魔にはどうにも抗うことが出来なくて。  
 
いつまでも馬鹿な妄想をする天才の彼に頭を預けながら、薄れいく意識の中───次はサビーナ・レフニオのままで抱かれることができる───ということにばかり思考が行って、その思考さえ次の瞬間には霧散してしまった。  
 

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