ヨーロッパ某国での任務の後、全て片が付き、あとは明日正午前のミスリルからの回収を待つばかりとなった宗介、クルツ、ヤンの3人は、町外れのホテルで今は休んでいた。
変則的なメンツでの行動だったが、万事上手くいった。
三人ともまだ気を緩めてはいないが、それでも幾分充足した表情で町で買った惣菜にありつく。
散らかされるのは必然的に一番年下の宗介の部屋で、用が済んだのだからさっさと眠りに尽きたかった宗介にはそれは至極迷惑な事だった。
ここ半年程の習慣で風呂も好きになったし、なにより明日は帰還したらそのまま日本まで飛んで、学校もある。
一刻も早く休息を取り、明日に備えたいというのに。
そんな不機嫌を顔にへばりつけた宗介を見ながらノンアルコールビールを飲んでも少しもウマくない。
ヤンもさっさと自室に帰って休みたいと思ったが、もう一人の同僚はそうではなかった。最年少隊員のこういう不機嫌はからかいでがあるとかで、楽しそうにしている。
いやしかし、ここは最年長の自分がしっかりしなくてはいけない。
「クルツ、皆疲れているし、そろそろさ…」
意を決して口を開いたヤンだったが、実際にはクルツ、と呼びかけたところで声はかき消された。
クルツが勝手に宗介の携帯をいじって大爆笑し始めたからだ。
「おまえこんなとこにプリクラ貼るかー!10年前の女子高生かよ!」
見るとクルツは宗介の携帯電話の電池カバーを外し、その内側に貼られた宗介、かなめ、友人達が写るプリクラをヤンの方に向けた。
「軍曹、モテモテだね!」
悪気無く行ったヤンに、宗介の冷たい視線が突き刺さる。背筋に冷たい汗が伝った。
「クルツ、返せ」
「お前でもマジでコレ、女の子五人に男一人って食べ方じゃねえか!何人とヤッた?わっはっは!」
「返せと言っている」
「おー、ちょっと赤くなったな。意味判るのかお前でも〜」
「怪我したい様だな」
「カナメとはどうなんだよ。奥手の軍曹もチュ〜〜位迫ったのか〜!?」
大盛り上がりのクルツに不安になってヤンは手元の空き瓶を再確認するが、どう見てもノンアルコールビールだ。何故こんなに盛り上がれるのだろうか。
「クルツ、その位にしとかないと宗介怒っ」
ジャキン、と宗介がナイフを取り出す。
「そ、宗介も落ち着くんだ!彼は性質の悪い酔っ払いみたいなモノで…」
「だーれーがー酔っ払いだ〜〜!で、どうなんだ宗介、チュ〜〜位迫ったのか〜!?」
「クルツ、君やっぱり酔ってるんじゃないか…?」
いかの燻製を口に咥えてヘラヘラ笑う同僚と殺意の波動を漲らせた宗介の間に及び腰で割り込んで、まあまあ、と両者をなだめる。
彼ら二人にケンカなんかさせたら、こんなボロホテル、すぐ倒壊してしまいそうだ。
「クルツ、今日はもうよしとこう。宗介も進展の無い仲を聞かれて怒ってるじゃないか」
「おい」
「宗介も悪かったね、疲れているのに部屋で騒いで。後でルームサービスでも取ると良いよ」
「バ〜ロー。俺は酔ってねーよ!」
「当たり前だろう!…ホントにノンアルコールだったのかなあ…あ、経費で落ちるからね!ルームサービス!」
普段カゲが薄い割に妙な存在感をかもし出すアジア人の同僚は、金髪碧眼の未来のオッサンを肩に担いで部屋から出て行く。
一人になって宗介はとりあえず飲み食いの後をさっと片付け、無意識にやっていたセーフハウスでのゴミの分別にむずがゆい気持ちになり、それからヤンの言った「進展の無
い仲」という言葉を思い出して沈んだ気持ちになった。
かなめとの関係は良好で、何も気に病む事などないのに。
そもそも東京で普通に生活していて何故人工呼吸をするのだ…?
いや、判っている。救命措置以外にもキスをする事はあるのだ。と言うか人生において、救命の為のキスと言うのは非常に稀な体験らしい。
では自分がかなめにキスするチャンスというのは、ほとんどないのだろうか。
「…」
粗方片付いた部屋の中心で立ちすくみながら、宗介は深々とため息をついた。
そして床からベッドにさ迷う視線は、ベッド脇のホテルからの規約を置いた紙で止まる。
『旅のお疲れを癒すマッサージサービス 内線0001
東洋医学のTUBOであなたを天国に』
ルームサービス、とはこれの事だろうか。
天国と言うのはまさか命をとったりはしないだろうが、何かの比喩表現と見るべきか。
ヨーロッパで東洋と言う文字を見ると「まがいもの」というフリガナが見える心地がしないでもないが、しかし、マッサージ。
(…ふむ、悪くない)
実際肩が少し張っていて、眠れば疲れは取れるだろうが何となく試してみたい気はする。
他人に体を触らせる事に抵抗がない訳はないが、興味があるのも事実だった。
宗介は受話器を上げて、内線番号と呼び出しボタンを押し込んだ。
程なく、男の声が出る。
「ハイ、フロントでございまス」
「すまんが、マッサージサービスを頼みたいのだが」
「…あ、ハイ。かしこまりました。10分ほどで伺いますが、何かご要望ございまスか」
「特には無い。だが初めてなので、出来れば熟練した者が良い」
「若い子でなくて」
「若者より年長者の方が良い」
少し対応の声色が気になったが、宗介はこちらの不慣れが恥ずかしい事なのかと気になって特に咎めない。
「左様で。お時間如何しましょ」
「一般的にはどの程度なのだ?」
「お人によってそれぞれですけど…60分てとこですかねえ」
「ではそれで頼む」
「かしこまりました」
電話を切り、ベッドに浅く腰掛けなおす。
そういえば、先にシャワーを浴びた方が良かったのだろうか。
とはいえ…明日の今頃には東京に戻って、かなめの機嫌さえ良ければ帰還報告のついでに彼女の手料理をごちそうになり、宿題を教えてもらい、洗い上がった洗濯物を受け取
り、ハムスキーに指を齧られつつエサやりをし、また明日…やりとりを夢想して口元にだらしない笑みの浮かびかけた宗介は、フロア内に現れた足音に我に帰る。
しばらくするとノックがあり、うながすと恰幅の良いおばさんが入ってきた。
「どーも、ご指名ありがとうございますー」
アフリカ系だろうか、それにしては顔立ちが西洋人のようでもあり、特定の国が思い浮かばない風貌だった。
何より目を引くのは、かなめ一人分位ありそうな大きなお尻だった。
人間こうも横に広がる者なのかと宗介がジロジロ見ていると、おばさんは意味ありげに笑った。
「とりあえず、やってもらおうか」
「ハイハイ。せっかちなぼうやねー」
「どうすればいいのだ?俺は全くの初心者なのだが」
「初めは誰でも初心者よ。ちゃあんと教えてあげるから、そら、横になって」
やはり他人の前であまり無防備な姿をさらすのは気が引けたが、相手から殺気や闘気は感じられない。
宗介はベッドの上にうつぶせに横になった。
「服は脱いだ方が良いのか?」
「お好きに」
「…そうか」
落ち着かない。一旦起き上がってシャツを脱ぎタンクトップ1枚になると、宗介の傷だらけの腕を見ておばさんがヒュウと口笛を吹いた。
「では、頼む」
落ち着かなくてうつぶせに寝転んだ宗介の背中に、肉厚な手のひらが差し伸べられる。
うたい文句にあったようになるほど女性は指圧の要領で宗介の背中をマッサージし、なかなか気持ちが良かった。
枕に顔を埋めながら、宗介は前回マットレスの上で眠ったのはかなめの家だった事を思い出す。
決して色っぽい事情があったのではなくて、疲れてテレビを見ながら居眠りしてしまった宗介が座っていたソファの上に突っ伏す様に寝転んでしまったので、かなめが上から
タオルケットをかけてくれたのだ。実際眠っていたのは二〜三分だったのだが、あれは心地よかった。
ベッドとソファを同じにしてはかなめは怒るだろうが、宗介には大差ない。
重要なのは、何故かは深くは判らないが、それがかなめの家だった、という事なのではないかと思う。
―思った途端、宗介の股間がピク、と反応してしまう。
(朝でもないのに落ち着きのない奴だ)
宗介はその部分を理性とは切り離された雄き野獣のように考えており、毎朝起き上がると仕方無しに擦ったりはしていた。
まあいい。マッサージが終わってからゆっくり処理しよう。しかし1時間も半勃ちは辛い…等と宗介がボヤボヤ考えていたら、突然股間を掴まれた。
「うっ…!?な、何を…!」
「心配しなくてもちゃんと気持ちよくしてあげるから」
おばさんはまた含み笑いを漏らす。気持ちよくだと?マッサージとは、一体…
「そこは、急所だ。揉まなくて良い」
「あら、こっちは嫌なの。じゃあ」
言うが早いか宗介のズボンは一瞬で腰から膝まで瞬間移動した。…脱がされた。
「なっ、何をする!やめ…!」
「あらもうこんなになって。よしよし」
手のひらで擦られ、睾丸をもまれ、尻を撫で回される。
先ほどまでかなめで想像しかけては我慢していた事を見透かされたかのように触られて、宗介は不覚にも反応の度合いを高めてしまった。
ぴん、と立ち上がったいちもつは外気にさらされ、腰を浮かせている為先端が微妙にシーツに擦れる。
勃起をやめたいのに頭からかなめの事がはなれず、そしてこんな姿を人前で見せるとは何事か。
「こ…こんな事をするために呼びつけたのではない!」
思わず宗介は叫んだが、彼女は怯える童貞にけらけらと笑い声を立てた。
「知らなくて呼んでしまったの。あらー」
「余分に払う。帰ってく…あうっ!」
唾液でぬらした女性の指が宗介の尻に少しばかり入り込む。未知の感覚への恐怖で宗介は久しぶりに「怖い」と思った。
「や、やめ…やめ…!」
「ほら、ここをこうすると…」
「う…ひっ…!」
女性が宗介の下に潜り込み、指で弄りながら分厚い唇で竿にしゃぶりついた。
――衝撃だった。
「あ、あっ、あー!!」
マスタベーションの回数ならば相応に経験を積んできた宗介だが、こんな風に他人の粘膜で包まれる事が凄いとは…予想外だった。
「ち、ちどり…すまない、千鳥…!」
心は号泣しながら、宗介は必死に謝罪する。あっけなく射精した自分を恨めしく思った。こんなに気持ちが良い射精は初めてだった。
惚けてビクビク射精を続けていると、宗介の下から抜け出したおばさんに仰向けに寝転がされる。
「好きな子でも居るの。あらあら。じゃあヤリ方覚えて帰って、やってもらいなさいな」
力を失わない宗介のいちもつが、すっぽりと口の中に収められていくさまを見せ付けられた。
「ひっ…んんん!」
相変わらず指が尻の中に埋め込まれ、それによって前が高ぶってしまう。これもツボという奴か…なら仕方が無い、勃起するのはきっと仕方のない事なのだと思い込もうとす
る。
そしてちょっと考えて見る。もしこれをしているのが千鳥であれば…
(いや、彼女はこの様な不埒な行為には及ばな)
「あ、や、やめろっ、で…出る!また出る!」
「ほーほ、だひなはひ」
頬の内側や分厚い舌、ぼってりした唇で縦横無尽に嘗め尽くされて、宗介はクロスさせた腕で頭を覆ったまま仰け反って射精した。
(千鳥…俺は…穢れてしまった…)
若くてきれいな男の子を存分にねぶりたおして満足したのか、おばさんは逆にチップを置いていきそうな位上機嫌で帰っていった。
放心して放り出されたままの股間にはタオルもかけてくれた、優しい人だった。
「う…千鳥…千鳥…」
涙は出ない。だが心は酷く傷ついた。貞操も傷つけられた。何よりこんな事知ってしまったら、これから自分はどうやって性処理をすれば良いのか。
おかずと言う名の対象に、脳内とはいえあんな行為を強要するなど…しかしもう、今までの様にエプロン姿でにこにこと微笑む、または嗜虐心全開でハリセンを振りかざす彼
女では抜けないだろう。
あまりの事で落ち込む宗介を、一部始終を隣の部屋からコップ盗聴していたクルツとヤンも何もいえなくなり、無言で各々の部屋で就寝した。