今までに嗅いだことのないような生臭さが鼻をつく。  
男。男。男の群れ。  
 
見た顔もいれば見たことのない顔もいる。  
白い顔。黒い顔。黄色い顔。  
様々な人種の眼差しが自分の肢体をまじまじと見つめているのだと思うと、嫌悪感で頭が重くなる。  
 
その重くなった頭を押さえようとして両腕に力を込めると、それはあらがい難い力によってあっという間にベッド押さえ込まれてしまい、囚われの少女───カナメ・チドリは自分の置かれた状況をやっとのことで理解した。  
 
やめて。お願い。やめて。  
 
頭の中を埋め尽くす陰鬱な予想。数多の百足のような男達に犯されるという悪夢が、実は正夢だったと気付いて身震いする。  
 
左右の二の腕にかかる食い込むような圧力が、百足の足の一本一本によって与えられているような気がして仕方がない。  
 
首を左右に振って握られた腕を見ると、右には浅黒くて小指が欠損した手が、左には白くて体毛の濃い手が貼りついていて、百足の足ではないと安堵を覚えると同時に、これが酷く現実的なことなのだと悟る。  
 
どこにでもあるような当たり前の話だ。  
連れ攫われた姫が何の「被害」も受けずに、彼女の騎士に助けだされるなんて、そんな虫のいい話があるものか。  
 
「貴様のせいだ。貴様のせいでスタルヒンが死んだ」  
 
ベッドの足側の方から、そんな声が聞こえた。顎を鎖骨の中心にくっつけるようにして、視線をそちらに向ける。  
そこには額に傷のある大柄な黒人の男がいた。  
 
「我々に歯向かうあの男───サガラに殺されたんだ」  
 
「ソースケ……?」  
 
「そうだ。ソウスケ・サガラだ。スタルヒンは俺の無二の友だった男だ。そいつが貴様の元護衛に殺された。わかるか、俺が今何を望んでいるか?」  
 
ズボンのポケットから簡素なナイフを取り出しながら、黒人の男はそう言った。  
窓から差し込む月明かりに照らされて、ナイフの刃先が猫の眼のように光る。  
 
「あたしを、殺したい……?」  
 
恐怖で貼りついた上唇と下唇を強引に抉じ開けて、どうにかそれだけ言う。  
 
「正解だ。俺が感じた絶望と同じものを奴に感じさせるには、それが最も手っ取り早い。  
貴様を殺し、死体に凌辱の限りを尽くす。その白い肌にナイフで侮蔑の文字を刻み、豚小屋に放り込み、そこの肥太った薄汚い豚に貴様の死体を犯させる。  
その後豚の精液にまみれた貴様のヴァギナに散弾砲を差し込み、下半身を吹き飛ばす。そして辛うじて残った上半身をハンマーでグシャグシャにしてから、飼料用の粉砕機にぶち込み、挽肉にして豚に食わせる。  
その一部始終をサガラに見せた上で、最も苦痛を感じる方法で奴を殺す。それが俺の望みだ」  
 
一息に言い切るやいなや、黒人の男の瞳が色を失い、天高くナイフが振り上げられた。  
 
殺される。  
そう思って身を捩ると、今まで以上の力で両腕を握り締められて、恐怖と痛みで短い悲鳴を上げてしまう。  
 
振り上げられた刃先が光の線になって胸元に滴る。  
一瞬が永遠に引き延ばされて、その時間の全てを、愛しい彼を思うことに費やした。  
脆弱なワンピースとブラジャーを刃先が貫通し、ひやりとした感触が直に感じられる。  
 
さよならソースケ、と心の中で彼の名を呼び、意識が霞の奥に消え失せようとした瞬間、  
 
「だが殺さん。殺すなと命令されている」  
 
と言って黒人の男は、ナイフの進行方向を肌の寸でで変え、白い上品なワンピースを乱暴に切り裂いた。  
 
*  
 
「彼女を殺すことは許さん」  
 
スタルヒンの死を知って激昂し、カナメを殺そうと部屋に向かう黒人の男に、この邸宅を取り仕切っている女───サビーナ・レフニオはただ一言だけそう言った。  
 
殺すことは許さん?随分と余裕を持った表現だ。黒人の男はそう思い、質問を投げ掛ける───殺すことは許さん───つまり。  
 
「……殺さなければ、なにをしても構わない、と?」  
 
この質問に彼女は、ただ沈黙を持って応えた。  
 
*  
 
「日頃の行いが災いしたな。ここの責任者は、貴様のことを快く思っていないらしい」  
 
黒人の男の唇が醜く歪み、周りの男達がかすかに嘲笑を漏らす。  
その間もナイフの刃先は下へ下へと進み、今まで異性の眼に触れたことのない肌が徐々に露になっていく。  
 
双球の豊かな谷間が挑発するように張り出して、カナメの右腕を押さえているアジア系の浅黒い肌の男が鼻息を荒くしている。その臭気に当てられて、首筋に鳥肌がたつ。  
 
切り裂かれたワンピースが辛うじて乳首に引っ掛かっているが、それもいつ落ちるかわからない。  
 
「殺す以外で男が女に屈辱を与える方法の筆頭を、俺は今からやろうとしている───いや、俺たちは、だな。  
俺がそのことをほのめかしただけで、これだけの男が集まった。どうやら皆、貴様のようなアバズレにてめぇの腐れマラを突っ込みたくて仕方がないらしい」  
 
再び群衆から嘲笑が漏れる。  
カナメは首を振り当たりを見回した。先ほどより人数が増えているような気がする。  
 
雄の臭いがますます強くなる。吐き気がする。生臭い臭いが身体中にまとわりついてそれだけでもう我慢ならない。  
 
女だ。若い女だ。挿す。犯す。孕ます。殺す。  
 
そんな原始的な思考が臭いとともに漂ってきて頭がどうにかなりそうだ。  
全身から汗が噴出して、大粒の汗が涙のようにカナメの頬を伝う。  
 
カナメの耳元で泥濘を踏みつけるような音がする。強烈な臭気が鼻をつく。  
その方向を振り仰ぎ彼女は今日初めて、まともな悲鳴を上げた。  
 
「いやあぁぁぁああ!!あぁあああああぁぁあああ!!」  
 
カナメの眼前に、汁まみれでいきり立った巨大なペニス寄せられていた。  
 
カナメの左腕を押さえる毛深い白人の男の物だ。  
いつ頃からそうしていたのだろう。  
彼の左腕がカナメの二の腕を、左足が彼女の肘の辺りを跨ぐように押さえており、右手で自身の肉棒をせわしなく扱き上げている。  
 
「ひっ……ひぃ……!汚い……いや……いやぁああ!」  
 
あまりにグロテスクで卑猥な光景に顔を背けようとして、別の厳つい掌によって無理矢理肉棒に頬擦りさせられてしまう。  
 
嫌悪感の余り表情が眼を見開いたままで凍る。  
周りの群集が「噛み付かれるぞ」「いきなり汚ねぇな」などと口々に騒ぐが、口内に挿れられぬよう必死で歯を食いしばるカナメには虫の羽音のようにしか聞こえなかった。  
 
白人の毛深い両手がカナメの長い黒髪を鷲掴みし、白い頬や引き結ばれた唇を、濡れた肉棒に擦り付ける。  
 
それの先端から滴る汁とカナメの汗が混ざり合って卑猥な音と臭いを発する。  
 
唇の隙間から滲み入ったその液が舌先に触れて、胃の底から別の液体が湧き上がってくる。  
 
表情はそのままで、声も出さずにカナメは今度は本物の涙を滴らした。  
 
「ハヒッ!ヒヒヒヒィヒッヒッヒハヒ……ヒヒッ……!」  
 
白人の男が堪え切れないといった様子で卑屈な笑い声を上げた。  
カナメの歯と唇の間に自身の肉棒を捻じ込もうと、彼女の顔面に腰を叩きつける。  
 
彼女の唇の端から目頭の辺りを、粘液にまみれた裏筋が往復する。  
肌理の細かい肌が熱い剛直に吸い付く。剛直が這いずった部分が焼けたように熱い。  
痒くて痒くて仕方がない。  
両手で顔を掻こうとしてもがくが、細い筋肉がわずかに痙攣するだけで、男の力には抗いきれなかった。  
 
「ヒヒッ……ぁあ……ああぁ……」  
 
白人の男が無様な喘ぎ声を上げる。限界が近い。  
 
白人の男は自身の肉棒を口内に挿し入れるのを諦めると、今度は彼女の小さな左の鼻の穴に、肉棒の先端を押し当てた。  
 
鼻の穴を押し広げるように亀頭がぐりぐりと擦り付けられる。  
濃厚な雄の臭いを直接嗅がされて意識が遠退きかけた瞬間、白人の男の意図を悟りカナメの脳裏が絶望に染まる。  
 
「……あああぁぁ」  
 
白人の男の尻に力がこもり、背筋がわずかに痙攣する。尿道から濃厚な精液が吐き出されて、カナメの眉腔に注ぎ込まれる。  
 
臭い。汚い。不味い。痛い。  
 
鼻の奥の粘膜に精液が触れ、刺すような激痛が走る。  
呼吸器を通って精液が口腔内に入り込み、いがらっぽさに咳き込んだ。  
 
「あ、ぁがっ!……ぃや、げっげっあぁ……」  
 
唾と一緒に精液が吐き出される。舌先に触れる精液の味と感触が気持ち悪くて仕方がない。  
 
左の穴から絶えず精液が流し込まれ、右の穴から鼻水のように白濁した物が滴る。残りは飲み込んでしまった。  
 
白人の男は艶やかな黒髪で粘ついた肉棒の先端を拭うと、満足気にため息を吐いた。  
 
「ありがとよ嬢ちゃん。気持ちよかったぜ」  
 
脱力しきって呆けたように四肢を投げ出し、浅い呼吸を繰り返すカナメに、彼はそう言葉をかけた。  
 
「汚ねぇな」  
 
「鼻水垂らしてやがる」  
 
「よく見たらガキじゃねぇか」  
 
「でも見ろよ。身体の方は凄いぜ」  
 
「ぶち込みてぇ」  
 
「お前のじゃ裂けちまうよ」  
 
誰の声かもわからない。何を言っているのかもわからない。  
耳がおかしくなったのか頭がおかしくなったのか、それすらもわからなくて、カナメはただ天井のシャンデリアばかりを見つめている。  
 
すでに胸元ははだけ、豊かな乳房が群集の面前に晒されている。  
ワンピースは頼りなさ気に肩にかかっているだけで、ショーツもナイフによって二つに裂かれており、下着としての機能を有していない。  
 
汗で濡れてテラテラと光る陰毛と性器が丸出しになっていて、外気に触れて少し寒い。  
 
「……ソ…スケ…ソース…ケソース……ケ」  
 
うわ言の様に彼の名を呼ぶ。眼の焦点が合わず、目の前に差し出された肉棒すらぼやけて見えた。  
様々な色の手が彼女の体に伸びる。  
様々な色の肉棒が彼女の全身に擦り付けられる。  
 
ぼんやりと半開きになった口に充血しきった肉棒が挿し入れられる。  
カナメは噛み付くことすら忘れて、なされるがままになってしまう。  
 
生暖かい口腔内で肉棒が縦横無尽に動き、頬の裏や歯茎、脱力しきった舌に蒸れた亀頭を擦りつける。  
 
右の乳房が三つの掌によって揉みしだかれ、左の乳房に三本の熱い肉棒が挿入せんばかりの勢いで擦り付けられている。  
 
たわわな乳房の間に脈打つ物が挟み込まれ、乳房の下部に腰を叩きつけられる。  
 
無垢だが熟れた双球の間で熱くて不快な物が何度か往復し、程無くカナメの肉の中で濃厚な精液を吐き出した。  
 
股間の茂みに十五本の指が添えられて、柔い肉烈を乱暴に弄ぶ。指先を唾液で濡らして、それを陰唇になすり付ける。  
 
時折指先とは違う柔らかい感触が膣口を襲い、ほどなくカナメはそれが人間の舌の感触であると気付いた。  
 
いつのまにか脱力しきった両足が持ち上げられ、彼女の一番大事な部分が押し拡げられている。  
そこを何人もの男達の濡れた舌が愛撫するのだが、カナメは全く快感を感じていなかった。  
 
度重なる乱暴に感覚が鈍化し、自身の股間に生暖かいものが這っているということしか感じられない。  
 
時折浅黒いアジア系の男が「気持ち良いか?」「ここがいいのか?」「レイプされるのは好きか?」などとカナメに問い掛けるが、彼女は最初の質問に一言「気持ち悪い」とだけ答えると、それ以後一切喋ることはなかった。  
 
様々な色の獣じみた男たちがひしめき合って、自分の肉体を弄ぶ光景が、ぼやけた視界を一杯に満たす。  
 
時折喘ぎ声とともに熱い精液が白い肌に降り注いで、その部分が腐り落ちるような幻覚に見舞われる。  
 
本当に腐り落ちてしまえいい。  
こんなに汚れた身体などいらない。  
 
彼女は心の底からそう思った。  
 
「最悪の気分か?」  
 
アジア系の男以外から投げ掛けられる久しぶりの質問に、カナメの鈍化した聴覚が僅かに反応する。  
 
「これも全てあの男が悪い」  
 
あの黒人の声だ。  
この部屋の中を満たす喘ぎや悲鳴、嘲笑の声。  
その中で彼の声だけが焼けるような怒りを孕んでいて、一層際立って聞こえる。  
 
「あの男がスタルヒンを殺した。だからこういうことになった」  
 
どこからかジッパーを下げる音が聞こえる。  
 
「ところで、俺は昔本で読んだことがあるんだが、貴様の国の宗教、仏教には、輪廻転生という概念があるらしいな」  
 
不意に全身を這いずる百足の感触が消え、男達が示し合わせたかのように一斉に身を引いた。カナメの周りに半径1メートル程の空間が出来る。  
 
男達は円になって彼女を取り囲み、下衆な笑みを口元に浮かべ、何か期待に満ちた眼差しで彼女の身体───特に下半身を見下ろしていた。  
 
その視線につられて下を向いたカナメの視界に、さっきの黒人の男が入り込んだ。  
 
「死んだ人間の魂は然るべき過程と選別を得て、新しい生物へと生まれ変わるらしい」  
 
全裸だ。極大の漆黒の肉棒が聳え立っている。  
ついさっき人生で初めて雄の性器を目の当たりにして、たったの一時間ほどで十本以上の性器で弄ばれた。  
その中のどの性器より巨大な肉棒。有に30センチは下らない。  
 
こんなものに貫かれたら、あたしは───  
 
男性に対する本能的な恐怖が刺激されて、カナメのぼんやりとした意識が急速に覚醒する。彼女は僅かに失禁した。  
 
「わかるか?ここからが本番だ。哀れなスタルヒン。蛆虫より下等な貴様の護衛に殺されたスタルヒン。これは彼を蘇らせる儀式だ」  
 
股間に圧力を感じる。  
 
大事に今までとっておいた粘膜に、黒人の男の薄汚い切っ先が押し当てられている。  
亀頭を馴染ませるように濡れた陰唇の上で、肉棒が蛇のようにうねる。  
彼の先端から出る不快な汁と、カナメの汗や小水が混じり合って、ヒダの隙間でにちゃにちゃと淫らな音をたてる。  
 
『豚の精液にまみれた貴様のヴァギナに散弾砲を差し込み、下半身を吹き飛ばす』  
 
という彼の言葉が不意に想起されて、カナメはまるで本物の銃口が押し当てられているような錯覚に陥った。  
 
「やめて……お願い……ごめんなさい、謝るから……ごめん……ごめんなさい」  
 
唐突な物的な恐怖に、カナメは思わず謝罪の言葉を口走った。  
 
「今から俺が貴様の腐れマンコにこのペニスをぶち込んで、全力で腰を叩きつける。思いやりや気遣いなどまったくない、最低最悪の方法で貴様を犯す」  
 
黒人の男はまるでカナメの声が聞こえていないかのように、一方的に言葉を発し続ける。  
 
「ごめんなさいごめんなさい」  
 
「まるで物を扱うように乱暴に揺する。股間が裂けようとどうなろうと関係ない。乳房に歯を立てて乳首を吸う。血が出ようと悲鳴を上げようと関係ない」  
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」  
 
「そして中に出す。何度も何度も中に出す。膣だけじゃない。アナルも口も。ありとあらゆる穴にペニスを挿入して、精液の海に沈める」  
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」  
 
蒸れた恥丘を濡れた裏筋が這いずる。  
熱く弾力があるものに性器を刺激される快感と、これから行われるだろう事に対する恐怖がない交ぜになる。  
 
この状況を覆す策を考えようとして、すぐに自分はただの小娘なのだと、そして、自分の周りにいるのは屈強な兵士達なのだと思い至る。  
 
結局彼女は謝罪の言葉を述べることしか出来ない自分に気付き、ただただ「ごめんなさい」を繰り返した。  
 
「俺が終わったら今度は他の奴が相手をする。この組織には貴様を犯したい男が腐るほどいるんだ。そいつらすべての相手をする。何日も何ヶ月も何年も」  
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」  
 
「絶えず犯す。貴様の体調など関係ない。眠りたかったら犯されながら寝ろ。食べたかったら犯されながら食べろ。排泄したかったら犯されながらクソを垂れろ」  
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」  
 
「この行為は貴様が子供を産むまで繰り返される。そいつがスタルヒンの生まれ変わりだ。輪廻転生だ」  
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」  
 
「だが俺達は貴様が子供を孕もうと関係なく犯す。腹が出ていようと関係ない。流産しようと関係ない。出産中だろうと関係ない。出産しながら犯されろ。耐えられない貴様が悪い」  
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」  
 
「すこし黙れ」  
 
黒人の男はそう言うと、カナメの腹を力任せに二回殴った。  
一発目で息が止まり、二発目で内臓が暴れる。  
 
胃袋の奥から酸っぱい液体がはい上がってきて、唇の端から僅かにそれが零れる。鼻の奥に仙痛を感じて涙がとめどなく流れる。  
 
ソースケ。ソースケ。ソースケ。  
 
と彼に助けを求めようとするのに声は一切発することができず、ただ金魚のように口をパクパクとするばかりで。  
 
そんな彼女を見てせせら笑う目の前の男が憎くて憎くてたまらないのに、これから大好きな人にあげるはずだったものを彼に奪われるのだと思うと胃の底から胃液以外のものまで───それこそ内臓ごと吐き出してしまいそうな胃痛に襲われて目眩がする。  
 
膣口に熱くてぬめるものが押し当てられる。それだけで黒人の男は熱い溜め息を吐いて、酷く満足そうな表情をみせた。  
 
きっとあたしを犯すのが嬉しくて嬉しくてたまらないのだ。  
自分が憎む男の愛しい女を凌辱することが出来て、心の底から満足なのだ。  
 
そう思うと憎悪で脳が焼けそうになる。  
 
ソースケ。ソースケ。ソースケ。  
 
とまた彼の名を声にならない声で呼んでみて  
───こんなことなら彼にあげてしまえば良かった。レナードがあたしの部屋に来るのが一日遅ければ、あたしは彼の女になれたかもしれないのに───  
と今更どうすることもできない願望が脳裏を過る。  
 
秘裂に僅かな痛みを感じて、自身の柔肉を薄汚いものが引き裂こうとしているのだと気付き、彼女の脳裏が絶望に染まる。  
 
ソースケ。ソースケ。ソースケ。  
 
あたしの大好きな人殺しは今もどこかでその手を血で汚しているはずで、そんなあなただからこそ、最期まであたしに銃を撃たせようとしなかったのだと今更になって気付く。  
 
ソースケ。ソースケ。ソースケ。  
 
綺麗なままのあたしが大好きな彼は、彼自身の腕で抱き締めることさえあたしのことを汚す行為だと考える臆病な人殺し。  
 
ソースケ。ソースケ。ソースケ。  
 
今あたしは、ついさっき会ったばかりの男に、恋慕ではなく憎悪によって汚されようとしていて───綺麗なあたしを求める彼にどんな顔をして会えば───そもそも彼はそんなあたしのことを今まで通りに愛して───ならばいっそ───  
 
悲壮な決意がさも名案のように脳裏を過り、切羽詰まった彼女はあっさりとその名案を受け入れてしまう。  
 
「さよなら、ソースケ」  
 
そう呟くように言って彼女は、満身の力で自分の舌を噛みちぎってしまった。  
 
大きな血管が切れて血液が大量に吹き出す。  
その血液と舌の切れ端が喉に詰まって呼吸が出来ない。  
なんだ、舌を噛み切って死ぬってこういうこと?  
鈍化した意識の中でカナメは変に感心する。  
 
目の前で黒人の男が目を見開き、呆然とこちらを見つめている。  
応急処置をするのも忘れて、時間が止まったかのように硬直している。  
 
ざまぁ見ろ。あんたもうお仕舞いよ。絶対殺されるわ。誰にかな?サビーナかな?レナードかな?とりあえずアマルガムの連中に最低最悪の方法で殺されるわ。  
 
いや、もしかしたら、ソースケに殺されるかもしれないわね───ソースケ───あたしの大好きな臆病な人殺し───もうあたしなんかのために、自分の手を血で汚さなくてもいいのよ───  
と思った瞬間カナメは、自分の身体が、見覚えのあるライトバンの後部座席に横たわっていることに気付いた。  
 
「ん……」  
 
身を起こし周囲を見渡す。  
ここはどこ?と誰かに聞こうとして、自分の目の前の運転席に、さっきお別れを言ったばかりの人物がいることに気付く。  
 
ソースケ。助けに来てくれたの?  
 
「いま何時?」  
 
自分でもなぜこんなことを聞いてしまうのかわからない。  
もっといっぱい聞きたいことがあるはずなのに、今の質問以外のことを聞くことが、酷く不自然なことのように感じられる。  
 
「八時前だ。すこしは眠れたか」  
 
「うん……」  
 
彼の声色にこちらを気遣うような響きが含まれていて、これ以上心配させないように、とりあえず肯定しておいた。  
 
「あのさ。着替えるから後ろ見ないでね?」  
 
今着ているのは切り裂かれたワンピースではなかったが、未だにあいつらの薄汚い手と性器の感触が肌に残っているような気がして、早く服を脱ぎ去ってしまいたい気分になる。  
 
「わかった」  
 
「……でも困ったわ。着替えもほとんど持ってこなかったし。ハムスターのエサも心配だし。エアコンの電源切ったかも気になるし」  
 
気になるわけがない。もう戻らないのだから気にしても仕方がない。  
自分でもなぜこんなことを言ってしまうのかわからない。  
 
ただ「前」はこう言ったから、なんとなく言ってみただけ。  
リハーサルどおりに喋ってみただけで───って「前」ってなに?リハーサル?  
 
この状況も問答もこれ以上ないくらい身に覚えがあって頭が痛くなってくる。  
 
「また帰って来れるんでしょ?」  
 
と言ってみて、そんなわけないでしょ!と自分で毒づいた。  
 
でもこの時のあたしは、普段通りの日常がまだまだ続くものだと思ってたんだ。  
 
ソースケと一緒に学校に行って、騒ぎを起こすソースケを蹴り飛ばして、たまに良いことをするソースケに夕飯をご馳走して。  
そんな毎日がまだまだ続くと思ってたんだ、この時のあたしは。  
 
あれ?この時ってどの時だっけ?  
 
「それは……」  
 
「なによ?」  
 
「いや……」  
 
隠さなくてもいいのに。あたしは知ってるよ。  
ここにはもういられないってことを、ソースケ以上に知ってるよ。  
 
昨日レナードがあたしの家に来た。  
だから逃げてる。  
とんでもないことになった。あいつら本気になったんだって。  
 
そしてこれからもっと恐ろしいことが起こる。  
 
メリダ島が落とされて、あたしの知ってる人がたくさん死ぬ。  
あたし達を迎えにきたサントスさんも死んじゃう。  
ごめんなさい。あたしのせいで。  
 
それから陣高が襲撃にあって、キョーコが大怪我しちゃうの。  
かわいそうなキョーコ。生きてたのは嬉しいけど、凄く怖い思いをさせちゃって、こんなんじゃ親友なんて呼んでくれないよね。  
 
そしてソースケもレナードにやられちゃって、あたし達は離れ離れになっちゃうの。  
 
「千鳥……」  
 
わかる?あたし達離れ離れになっちゃうんだよ?  
 
「……どうしたの?」  
 
「なんでもない」  
 
なんでもないわけないじゃない。  
ソースケ言ったよね?キョーコが捕まって気が動転して、変に頭が良くなったもんだからやさぐれちゃったあたしに、ソースケ言ったよね?  
 
二人だけで逃げようって。  
ずっと考えてたって。  
 
「嘘吐き……」  
 
本当はこの時言いたかったんでしょう?  
 
なにもかも捨てて、二人で逃げようって。  
 
「千鳥?」  
 
あたしと一緒ならなんでもできるんでしょう?  
 
「あんたが今思ったことを、全部あたしに言いなさい。安心して。あたしは絶対拒絶なんてしない。あんたの望みを全部叶えてあげる」  
 
今ここで二人で逃げることが、決して正しい判断でないことはわかってる。  
 
だけど。  
 
「千鳥……?」  
 
「言いなさい」  
 
そうしないとあたし達は、二度と会えないことになってしまうのだから───  
 

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