落ち着いたペイズリー柄のワンピースと、シンプルなベージュのカーディガンを上品に着こなしているブルネットの女。  
 
「そこで待っていろ。今シャワーを浴びてくる」  
 
ホテルに帰って早々、変装したレイスは部屋隅のベッドを指差し、玄関でつっ立っているミシェル・レモンにそう言い放った。  
怒気を孕んだ足取りでシャワー室へと向かう彼女を尻目に、レモンは小さく溜め息をつく。  
レイスの支持どおりにベッドに腰かけようとして、上質なクッションの柔らかさに驚いて体勢を崩した。  
クッションに背中が沈む。簡素な照明が視界に入る。その灯りに照らされて、天井の染みがまるでレリーフのように浮かび上がった。顔に見える。レモンは口のなかで呟く。レイスに似ているようにも見える。  
 
レモンはその染みを漠然と眺めながら、肩を落とし再び溜め息をつく。  
 
なんでこんなことになった?  
 
わかっている。僕が余計なことを言ったからだ。  
 
「君はレズビアンなのかい?」  
 
図書館からの帰り道に発した自分の言葉に、改めてあの時の僕はどうかしていたと、反省の溜め息を漏らす。  
 
モスクワで寝食をともにするようになって、今日で四日目。  
外では夫婦のように寄り添うくせに、ホテルに戻るやいなや全身で「お前にはまったく興味がない」と示してくる。  
肌に触れるどころか、眼さえもあわさない。  
単に嫌っているのではなく、彼女は本当に僕のことを「ただ自分が書物を調べるのをサポートするだけの肉の塊」と認識しているのだと思うと、酷く腹が立った。  
だから言ったのだ。  
からかい半分に言ったのだ。  
案の定彼女は僕の肩にしな垂れかかると、まるで恋人に囁くような調子で、「殺すぞ」と熱い吐息を耳元に吹きかけた。  
 
だがまさか、本当にこんなことになるとは。  
 
「いや、別にしたくないわけじゃないんだけどね……」  
 
身を起こし、額に手を当てて、レモンは一人ごちる。  
彼女はきれいだ。スタイルもいい。  
東洋人特有の肌理の細かい肌と、東洋人に似付かわしくない長い手足。  
筋肉も程よく鍛えられていて、服の上からでもわかる、つんと上がった乳房や尻肉を思い返すと、不覚にも股間が熱くなる───本心で言えば抱きたくて仕方がない。  
ホテルへの帰途での、互いに耳元で囁きあう甘い口論のすえ、冗談半分で言ってみた。  
 
「じゃあ、君がレズビアンではないと、ベッドの上で証明してくれないか?」  
 
まさか了承されるとは。  
 
下心はありあまるほどにあったが、今は任務中。果たして本当にしてしまって良いものだろうか。  
レモンは額から手を下ろし、天井のレイス似の染みに、視線で問い掛ける。  
 
抱いてしまっても、構わないだろうか?と。  
 
照明の瞬きとともに染みの表情が変わり、一瞬まだ見ぬレイスの喘ぎ顔を見た気がして、レモンはその場からしばらく立ち上がれなくなってしまった。  
 
 
 
不意にシャワーの音が止み、扉が開く音が聞こえた。その音が自問自答の深みに陥っていたレモンを、急速に現実へと引き戻す。  
水が床に滴る音と、タオルが擦れる音。ドライヤーの音。  
どれもこれも小さな音であるにも関わらず、鐘の音のように室内に響く。もうすぐ彼女が出てくる。  
任務中だということもあるし、この任務を自分に頼んだ片思い中の艦長のことを思うと、自分の行為は酷く良くないことのように思える。  
ダメだ。やっぱり止そう。  
そう思って声を上げかけたレモンの口は、  
 
「待たせたな」  
 
と言って、シャワールームからワンピースを着ただけの格好で出てきたレイスに、いきなり股間を鷲掴みされることで、遮られてしまった。  
 
 
 
恐ろしい女だ。レモンはそう思った。  
着替えらしい着替えがなかったため、変装中に着ていたワンピースをそのまま着用している。  
下には何もつけていないのだろう。湿り気を帯びた肌にワンピースの生地が張りついていて、引き締まった肢体の輪郭が必要以上に露になっている。  
大きく開いた胸元から、上気した肌が覗く。  
剥きたての白桃を思わせるみずみずしい肌。彼女は思ったより若いのかもしれない。  
だのになぜそんな余裕の表情をしていられる?  
濡れた鴉羽のような髪の間から、刃物のように鋭利な瞳が覗く。なにを考えているのかわからない顔だ。なにを思って唐突に、自分の股間をまさぐる。  
時折薄い唇の間から、濡れた舌が覗く。舌なめずり。どうしようもなくその舌に吸い付きたくなって唇を寄せ掛けて、  
 
「あんなに油断しきっていたくせに、股間だけは臨戦態勢なのだな」  
 
というくだらないジョークにまたしても遮られた。  
クックッと彼女が笑う。  
「くだらない」と自嘲し、眼を細める。  
その表情が今までに無いほど無邪気に感じられて、レモンはまるで年下のティーンエイジャーに犯されているような、不可解な気分になってしまう。  
レイスの掌の中で、レモン自身が一際大きく、固くなった。  
 
「おまえはロリコンなのか?」  
 
いつになく唐突な物言い。レモンは一瞬心を読まれたような気分になった。  
 
「なんでだい?」  
 
動揺を気どられないように、出来るだけ低い声で言う。  
 
「いやなに。噂になっているぞ。おまえTDDの艦長に惚れたらしいな」  
 
「なっ……!?」  
 
レイスの両手が水を掬うような形で、熱くなった股間を包みこむ。  
指先で玉のあたりをさわさわと撫でると、親指の付け根の肉厚の部分で、ズボンの上からいきり立った物を擦り上げた。  
添えられた両手はそのままに彼女は身を乗り出すと、レモンの両膝に跨ぐようにして腰掛けた。  
互いの鼻と鼻を突き合わせ、  
 
「私のような年増では不満か?それとも私のことを、あの艦長だと思って抱いてみるか?」  
 
と酷く楽しそうな様子で言う。  
 
馬鹿なことを、と言い掛けたレモンの唇が、柔らかく甘いもので塞がれる。半ば濡れた黒髪が頬をくすぐり、久しく嗅いでいなかった雌の香りに、一瞬意識が遠退く。  
閉じられた薄く白い瞼。そこに通る青い血管に魅入られて、レモンはやっと、自分がキスされているのだと悟った。  
 
レイスの舌がレモンの口内に強引に割り入って、白い両手が乱暴に後頭部を掻き抱く。情熱的なキス。この氷のような女のどこに、こんな激しい衝動があったのかと、レモンは面食らった。  
 
もつれ合うようにベッドに倒れこむ。レイスは薄い頬を凹まし満足するまでレモンの唇を吸うと、身を起こし、彼の腰に馬乗りになった。  
理性的な彼女に似付かわしくない、動物的な微笑。唇が震え、瞳に怒りとは違う炎が宿っている。  
レモンは本能的に危険を察知し、身をくねらせて彼女の下からの脱出を試みた。が、それも無駄なこと。  
ズボンがいつの間にか膝まで下ろされていて、上手く動くことが出来ない。  
それでもどうにか身を捩るが、レイスはその動きに合わせて腰の上で体を揺すり転倒を防ぐ。彼女の両手がレモンの両肩を掴むと、もはや身を捩るのさえ困難になってしまった。流石はミスリルのエージェント。荒事はお得意らしい。  
観念したレモンがレイスに問い掛ける。  
 
「なにをする気だ?」  
 
「決まっているだろ?」  
 
呆れたように、それでもどこか興奮したような声色でそう言うと、レイスはレモンの腰の上で自身の股間を擦りつけるように、腰を前後にスライドさせた。  
身体の根本から熱いものが込み上がってくる。それを吐き出したい衝動にかられ、寸でのところでその衝動を押さえ込む。  
熱に浮かされたように腰を揺する彼女。あまりに激しく動くため、一動一動の度にワンピースの裾がずり上がる。  
下には何も履いていなかった。濃い陰毛がトランクスに擦れて、砂を潰すような音を立てる。  
その音を聞いてレモンの中で抑圧されていた衝動が、再び出口を探して暴れだした。  
煮えたぎる脈動によって、そのことを察したレイスは、僅かに腰を浮かせ、左手をトランクスの中に突っ込む。  
 
「まだ駄目だ」  
 
と言って眼を細めると、今にも発射寸前のブツの根元を圧迫し、強引に射精を後らせた。  
「あっ」と情けない声を上げて、レモンが頬を染める。非難がましい視線を、いやに楽しげなレイスに向けた。  
 
「そう恨めしそうな眼をするな。これから干からびるまで相手してやるから」  
 
彼女はそう言うとワンピースのポケットを漁り、コンドームの袋を取り出した。いったいいつの間に買ったのか?そのことを問うと、  
 
「買ったわけではない。水筒の代わりに常時携帯している」  
 
と冗談ではぐらかされてしまった。  
左手は根元を握ったままで、右手だけで器用に袋を破くと、中身を取り出し口にふくんだ。その仕草に心臓が早鐘を打つ。  
 
「ひぃっとしてほ。ひゅけてやる」  
 
口にゴムをくわえているため、発音が酷く不鮮明だ。  
なにを言っている?と問い返すより先に彼女の姿が視界から消える。次いで、生暖かい感触が股間を襲った。  
何か柔らかくて熱いものが、いきり立つ物に覆いかぶさっている。  
彼女がくわえているのだ。自身の股間で蠢く艶やかな黒髪を見下ろして、レモンはそう悟った。  
黒髪が股間で前後に揺れる。その度に自分が根っこから持ってかれそうになる。逝きそうになると左手で根元を締め上げられる。狂おしい。  
 
「よしっ」  
 
と言ってレイスは股間から顔を離し、再びレモンの上に跨がった。  
なにが「よしっ」だ?と思い自身の股間を見下ろすと、すでにコンドームを着けられた努張した物が視界に入る。さっきのフェラチオの時につけたのか。なんたるテクニシャン。ミスリルではこういう技術も習うのだろうか?  
 
「挿れるぞ」  
 
ワンピースの裾をつまみ上げ、自身の陰毛を見せ付けるようにして、レイスは身体を沈ませる。  
どうにでもなれ、とレモンは思った。  
 
張り詰めたペニスが彼女の股間で四度滑った。なかなか入らない。  
手で照準を合わせれば良いものを、なぜか彼女は、両手でワンピースを持ち上げたままで、腰の動きだけで挿入しようと試みている。  
レモンはその行為に焦れて、片手を伸ばし自ら照準を合わせようとする。が、その行為に熱中していたレイスによって、伸ばした手を弾かれてしまう。その瞬間偶然にも、亀頭が膣口に当たり、にゅるんと根元まで飲み込まれた。  
 
「あっ……くぁう……ぅん……」  
 
レイスが喘ぐ。予期せぬ挿入に息が詰まった。  
体内に飲み込まれた熱いものを慣らすように、ゆっくりと腰を上下させる。最初は浅く。次第に深く。時には八の字にストロークし、徐々に膣を慣らしていく。膣壁がやわやわとほぐれ、感度が上がってくる。  
半年振りか。レイスは口の中で呟いた。レモンに接合部を見せ付けるようにして、汁を飛ばさん勢いで激しく腰をくねらせる。  
 
「あっあぁっん!ひぁ!あっあっあっあっんあぁん!」  
 
レイスは自分の気持ちを昂ぶらせるために、わざと大声で喘いだ。自分の甘い叫びに赤面し、どんどん自分を追い込んでいく。  
なんだこのはしたない女は、と自分を心の中で罵倒すると、どうしようもなく興奮してしまう自分が憎らしい。  
 
挿入したままで身を倒し、レモンに抱きつく。唇を求める。レイスがせがむように舌先で唇を突くと、レモンの舌がそれに応え、中空でナメクジのように絡み合った。  
レモンの腕が今夜初めて積極的に動き、彼女の背中を掻き抱く。小さな背中だ。あまりの儚さに胸が締め付けられる。その胸にレイスの形の良い乳房が押しつけられ、卑猥に変形する。  
背中から下へと手を滑らし、いまだにピストン運動を続ける尻肉を掴んだ。思うままに揉みしだき、自分の腰により強く叩きつける。引き締まった腹と濡れた下腹部が、やらしい衝突音をあげる。  
レモンはその音が恥ずかしくて、照れ隠しに彼女のワンピースを一気に胸まで引き上げた。  
引き上げる時にワンピースと乳首が擦れて、レイスはいままでとは異質な甘い声をあげる。  
 
「僕の本名はポール。君は?」  
 
唐突にレモンはそう言った。  
 
「……なぜそんなことを聞く?」  
 
腰を振るのを中断し、身を起こして問い返す。露になった乳首が外気に触れて、少し寒い。レイスの乳首が固く勃起した。  
 
「こんな時くらい名前で呼びたいだろう?」  
 
レモンの両手が乳房に伸びて、暖めるように包み込む。若干小振りだが形の良い乳房が、レモンの手の平にすっぽりと納まった。  
レイスは乳房に当てられた両手に自身の両手を重ね、何事か考えると、俊巡のすえ、  
 
「……ユンヒ」  
 
と短く言った。  
 
「いい名前だ」  
 
「私は好きではない」  
 
どこか拗ねたような表情で彼女はそう言うと、再び腰をくねらせる。弾むように腰を上下させ、全身で張り詰めた物をしごきあげる。  
あまりに激しく動くため、乳房から両手が離れそうになる。離れないようにと、やや乱暴に乳房を握る。その瞬間に膣壁がやわやわと蠢き、いままでに無い力で煮えたぎる根っこを締め上げた。  
 
「ユンヒ……君は素晴らしい……もう、イきそうだよ……」  
 
賞賛の言葉とともに自分の限界を伝える。彼女は小さく頷くと、「ポール……ポール……」と小さく何度もレモンの本名を呼び、ピストンのスピードを上げた。  
 
「やあぁあ!んぁ……あああああああ!!!」  
 
彼女は獣のように喘ぐと、身体を弓なりに仰け反らせた。  
真上を向いたままでびくびくと身体を痙攣させる。口元から垂れた涎が仰け反った首を伝い、白い乳房を僅かに濡らす。  
痙攣の度に乳房が揺れ、膣がいきり立つペニスを締め上げる。柔らかくて熱い膣壁がペニスの形に変形し、これ以上ないくらいに密着する。  
レイスが余韻を楽しむように、二三度腰を上下させると、レモンの頭は呆気なく白濁し、尿道から熱いものを吐き出した。  
 
脱力したレイスがレモンの胸元に倒れこみ、覇気を失ったペニスが膣からにゅるんと抜け出る。  
 
「ユンヒ」  
 
耳元に唇をよせ、優しく彼女の名前を呼ぶ。  
彼女はそれに応えず、レモンの股間に手を伸ばすと、コンドームを乱暴に抜き取った。片手で器用にそれを結び、まじまじと見つめる。  
 
「たくさん出たな」  
 
精液によって膨れたゴムの先を指先で突き、彼女は意地悪そうに言った。  
 
「君がかわいいからね」  
 
「お世辞のつもりか?」  
 
「本心だよ」  
 
乾いてきた黒髪を、指で梳きながら言う。  
彼女がこんなに艶っぽい女だとは思わなかった。アムールの国の男たるレモンが、終始圧倒され続けた。  
 
(君はレズビアンなのかい?)  
 
馬鹿なことを聞いたものだ。とんでもない誤解だ。  
 
(じゃあ、君がレズビアンではないと、ベッドの上で証明してくれないか?)  
 
おめでとう。君の無実は証明されたよ。  
 
「ならば、本心だと証明してくれ」  
 
彼女はそう言って、ヘタリきったペニスを激しく、それでいて繊細にしごきあげる。私をかわいいと思うなら、まさかこれで終わりじゃないだろう?視線でそう問い掛ける。  
 
「ちょっと待……」  
 
制止する声はあえなく唇で塞がれてしまった。  
君がかわいいからこそ、たった一回で出し切ってしまったと言うに。そう不平を漏らそうとして唇を離す。が、再び熱を持ち始めた股間に気付き、口をつぐむ。  
レイスは固くなり出した股間に満足したように微笑むと、  
 
「言っただろう?干からびるまで相手してやる、と」  
 
と言って今度は首筋に唇を落とした。  
 
「干からびるまでやれば、僕が君のことをかわいいと思っている証明になるってことかい?」  
 
「そういうことだ」  
 
わかった。君を疑った報いだ。甘んじて受け入れよう。と、レモンは落胆とも昂揚ともとれない、熱い溜め息を吐いた。その吐息を感じてレイスはくすぐったそうに身をよじる。  
 
今夜は長い夜になりそうだ。よろしく頼むよ。  
 
とレイスにではなく、彼女に良く似た天井の染みに、視線で問い掛けた。  
 

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