「わざわざ来なくてもいいのに」
もー、と口先では文句を言いながらも改札口から出てきたかなめは、
忠犬ハチ公よろしく待っていた宗介を見上げて、照れくさそうな笑顔を見せる。
「…いや、かまわん」
彼女のすすめで適当に購入したTシャツと手持ちのジーンズという、この時期
どこにでもいそうかつ目立たない服装の宗介は、胸をなで下ろした。
友人と女同士で買い物やお茶を楽しむのだから絶対についてくるな、と言われた
宗介は当然のように多少彼女の履き物などに超小型発信器を仕込んだり、
ちょっとばかり待ち合わせ場所まで尾行したり、ギリギリまで彼女の近辺にいたのち、
彼女に異変は起こらないか事件に巻き込まれはしないか自分のしていることが
見つかってしまわないかなどと肝を冷やしながら駅まで先回りしていたりしたのだが、
どうやらそういったことは彼女にはバレていないらしい。
実際、かなめの用は彼女自身の言った通りで、そこには確かに何も問題はなかった。
髪型こそいつもの通りに先を赤いリボンで結わえ背に流しているが、
きゃしゃなデザインのかかとのあるサンダルを履いてすその短い薄手のワンピースを
まとった彼女は、やはり制服姿にスニーカーの時とは、どことなく違う。
綺麗に飾られ整えられたものを、むざむざ乱し壊すのはためらわれる。
だがしかし、と周囲から不快な眼差しを向けてくる輩を気配と視線で威嚇した宗介は、
彼女の戦利品を含む荷物を引き受けるべく手を差し出した。
「おみやげ買ってないわよ?」
「…そうか」
いたずらっぽく言った彼女が笑って、彼は少し遠くを見ながらぽりぽりと頬をかいた。
外出でそこそこ疲れているはずのかなめが未だ上機嫌なのには理由があって、
今夜は彼女が贔屓にしている球団のナイター試合があるのだという。
「晩ご飯はお素麺でいいわよね?ソースケも汗臭いから先にお風呂に入っちゃって」
ばたばたと夕飯を済ませてシャワーを浴びた彼女は早々にパジャマに着替え、
観戦中つまむものをあれこれと物色している。
「この場合、枝豆かポテチが定番よねー。コーラと麦茶とどっちがいいかな」
コップに氷を放り込んで麦茶を注ぎ風呂上がりの一杯を一気飲みしていたかなめは、
気がそぞろだったせいで手をすべらせた。
わ、とも、ひゃ、ともつかない声を上げた彼女を宗介は素早く振り返る。
「あちゃー…」
どうもズボンに麦茶をこぼしたらしい、と彼女の番犬は広げていた横文字の雑誌に
視線を戻した。
かなめは少し迷ったが、風呂上がりで暑いこともあって、えいやっと下を脱いで
足の辺りを見回す。
すそが長めだから、ちょっとみっともないけどこれでいいか。
今日着ていったワンピもこれよりちょっと長いくらいの丈だったし、と彼女は
少しだけ宗介の座っている方を気にしながら思う。
彼は今日の格好に、特に何の反応も示していなかった。
…涼しいし別にこれでいいや、と、うっすらわいた面白くない気持ちをどこかへやって、
さて、と時計を見たら張り切りすぎたせいか、まだ全然開始時間にもなっていなかった。
適当にテレビ見て時間つぶすか。
えーいリモコンリモコン、と彼女はソファの周囲を探し始めるが見当たらない。
ソファの隙間にでもはさまっているのだろうか。
「あれ?あ、そうだ」
昨日テレビガイドに挟んだまま床に置いたんだっけ、とソファの上から肘掛けの下へ
四つんばいで手を伸ばす。
すらりとした白い太ももが、何事かと後ろを振り向いた宗介から丸見えであることに
彼女は気付かなかった。
後ろからおおいかぶさるように捕えられて、目当てのリモコンをつかんだかなめは、
腰どころか胸元まで手を回して彼女を力一杯抱きしめているぼさぼさ頭の主に
文句を言った。
「何、…ちょっとソースケ!?」
どうしてさっきの可愛い格好の時じゃなくって、こんなヘンな格好の時に
こういうことするんだろう。
もう熱いものが思いきり敏感な場所に押し当てられていて、困ってしまう。
まあナイターの時間までに済めばいいし、スキンシップは嫌いじゃない、と彼女は
手を伸ばしてリモコンをローテーブルの上に置き軽くため息をつくと、自分の下腹を
抱え込む彼の日に焼けた手の甲をなだめるように叩いてやった。
首筋にキスをくり返している彼の手がすそからもぐり込んで、胸をまさぐられ揉まれて
体をねじったら唇にも深いキスをされる。
少しずつ肌を合わせることに慣れてきた彼の熱が伝わって、自分も体温が上がった
気がした。
今日はこのまま後ろからなのかな、とちらりと思ったかなめは時計を見やって、
まだまだ時間のあることに、ほっとする。
予定があると拒めば解放してくれる筈だけれど、楽しみにしていたナイターだけに
開始から見ておきたかった。
ショーツをずり下げられ、脱がそうとしているので足を伸ばして抜き取りやすく
してやる。
潤みはじめた箇所を馴染ませるように指を入れられて抜き差しされると、背筋が
ざわついてぬるぬると抵抗がなくなってくるのが自分でもわかる。
「ん、…ん、あ…っ」
少しだけ残った抵抗にこすれるように、熱いものが差込まれてわずかに背が反った。
彼が入ってくると、浮き立つような落ち着くような妙な気分になる。
挿れられれば何となく感じてくるし、そこまで激しくイかなくたってすっきりするし、
髪や頭を撫であったりキスしあったり、気持ちが良くなった後の彼に
うんと抱きしめられるのは嬉しいから。
激しく動く彼に合わせてそれなりの感覚と接触を心地よく思いながら、かなめは
薄目を開けて時計の針の位置を確かめた。
動きを止め詰めていた息を吐いて、彼女を引き寄せ抱きしめている彼の汗ばんだ
手の甲や腕をを撫でてやる。
耳の後ろにキスをして、先ほどまで腰をつかんでいた大きく厚い手のひらが
うなじや髪を何度も撫で下ろしている仕草に、今日の友人らとの会話を思い出す。
続きがしたいのだけなのかもしれないが、たぶんこいつは他の子の彼氏に比べて
マメで親切なのだろう。お互いに海外暮らしが長いせいもあるのかもしれない。
いろいろ鈍くて融通が利かないけれど、どこか肝腎なところの中心だけは
押さえているような気はしないでもない。
体から彼が抜き出された後、何かを探して動く気配がする。まだ時間はあるから、
あと一回するには充分だろう。それ以上は今日は断るつもりだった。
女の子同士のお茶会で個別のブースに通されたから、どうしても年頃の興味は
そういう方向へ行きがちで、彼氏の達する回数が伝聞も交えて出たおり、かなめは
宗介とのことは内緒にしておいて未経験者が中心の側にいて聞き役に徹していたけれど、
どうも皆の話を聞くに及んで日頃薄うすうす感じていたことがはっきりしてきた。
ひょっとしてこいつ、…回数、多い…?
誰かがそれっていいことなんじゃないの?と聞いたら、経験者側の子の一人が
眉をひそめて「それがね、そうでもないみたい」と言った。
「女の子の体があんまりよくなくて満足できないから、って時もあるんだって」
そうなんだ、とその時はうなずいたけれども。
こういうのに、よくないとかいいとか、あるんだ。
熱の高い手のひらに腰や背中をさすられる。
どうかするとそれだけで訳がわからなくなることだってあるのに、今はただ
子供のころ頭を撫でられたのとそう変わらない感じしかしない。
自分だってナイターの時間を気にしているくらいだ、言えた義理ではない。
でも、と胸のどこかがひやりとした。
そうなの、かな。
あたしもしかして、あんまり、…よくない、の、かな。
頬をうっすらと上気させた彼女は、うつぶせに腕枕をして時計を時々見ている。
先ほどの最中でさえ、気がそぞろだった。
数日前から楽しみだと語っていた野球の試合がもうすぐ始まるというから、と
こらえていたのを、とんでもなく扇情的な格好をされて我慢ができなくなってしまった。
彼女は自分の姿に、どうも無頓着すぎるきらいがある。
街中でああもはしたない格好をすることはないだろうし、襲われることもこの国では
少ないのだろうが、路地裏の薄暗いところなど解りはしない。
宗介は使い捨ての避妊具を外した自身をぬぐい終えて、ふう、と息を吐いた。
彼女の邪魔をしておいて言えた義理ではないが、少し面白くない。
こちらへ集中させるには、自分ではなく彼女の反応を高めてやる方が効果的だろう。
一度我慢ができなくなって放ってしまった分、次は少し余裕がありそうだ。
いいか、と尋ねると、ん、と気だるげにうなずかれたので細くやわい体を抱え上げて
膝の上に乗せ、薄いラテックスでおおった自身を彼女の中にゆっくりと挿れていく。
やわらかく締まってきてゆるくはないが、収めてしまうのに抵抗はほとんど無い。
こうしているだけでも少し気が遠くなりそうで、宗介は彼女の肌をまさぐる手の力を
加減した。
肩口に唇でふれて、今までの観察の結果や彼女の意見を思い返す。
どうもその大きさや弾力を自分が楽しむために乳房を揉むより、尖った固いところや
その周辺を指先でかすめていく方が彼女の反応は大きかったし、その後も初めから
揉むだけの時より肌が吸い付くようになめらかな手ざわりになっていたように思う。
内側も最初から自分が放ってしまうのを優先して早く激しく突くよりも、
ゆっくりとはじめた方が青々しく固い果実の熟れてとろけていくように柔らかく粘って、
そうなってから放つと彼女側から求めていたように吸い取られる心地がして、
ただ焦って放った時より快感は増す。
尖った芽のようなところも、最初から強くふれると痛がってやめろと言われるが、
そっとふれ続けたり他で達したりしたあとは、同じ力加減なのに身をよじって
甘い声をあげて肌の奥をふるわせたり、内側の露出し出した箇所を自分からこすりつけて
くることさえある。
ふむ、と彼女の側にいるわりには極力冷静に分析を終えた彼は「そうでなくとも
気持ちよさそうにはしているが、一度反応しきってしまった後の方が自分も心地が
いい」という結論に達して、それでは、と推論を証明するために実行に移した。
ソファの背もたれに背を預け、少し傾けた自分の体に彼女の背を受けて、
足を広げさせる。
彼女の胸の突端と、己を飲み込んでいる潤んだ箇所にそろりと指先を這わせて
己は動かないようつとめた。
文字通り腰を据えてかかる彼の膝の上、そうとは気付かず正面の暗い画面に
うっすらと自分たちの様子が映っているのが目に入って、かなめは落ち着かない気分に
なる。
ここでこういうこと、したことがないわけじゃない、けど。
じわじわと背筋やももの内側が汗ばんでくる。
な、なんで動かないのかな。
ソースケは、あんまり気持ちよくないのかも。
何だか腰の奥や気分がいたたまれなくなってきて、彼女はおずおずと彼の顔も
テレビの画面も見ないようにしながら聞いてみた。
「…さっきみたいに、動いたりしない、の?」
「……そうだな」
人工の皮膜越しにも伝わってくる何かに引き起こされるむずがゆさに似た感覚に
耐えながら、彼女の体を傷めないよう集中していた宗介の声は、どこか棒読みじみて
いる。
ずっと同じように弄っている指先の力はいつものようにだんだん強くなりもせず、
それがおざなりで気のない仕草のように思えるのに、熱ばかりが上がって
どうにもできなくなってきて、かなめはとうとう自分から腰を動かしてしまった。
そのとたんに、かすかにこすれたところから電気の走るように刺激があちこちを
疼かせて、ぞくぞくする。
あからさまにそんなふうになってしまっているのがはずかしくてたまらないけれど
止まれなくて、もぞもぞと体を揺らすが、彼は同じ事をくり返している。
彼からも動いて欲しくて不安定な姿勢のまま、彼の腕にかけた指先で彼にしがみつく。
後ろ頭をこすりつけると彼の匂いが強くなって、いつもなら穏やかな気持ちに
なるはずなのに、やるせないほど足掻きたくなった。
しかし自分の足は左右に大きく広げられ、膝の裏を彼の膝頭に引っかけられたまま
ぶら下がっており、爪先をどこかへついて力を入れることもできずにいる。
もしここで彼の膝の上から降りてしまえば興の冷めた彼が手を止めてしまうかも
しれない、とうかつに動けなくなった彼女は、いつかもしかして機会があれば
してみようかと思っていたことをやむなく試してみることにした。
聞いたときは、やだー、なんて言いながらわらったけれど。
はずかしいし、いやがられてしまったらこわい。
でも。
きゅ、と尻に力を入れる。
「ん、…ーっ」
慣れないことをしてみたところで、その瞬間、彼を含んだ部分でいつもより強く
彼のからだを感じたこと以外は良くわからない。
ダメみたい、とゆるんだところに思いきり深く突き上げられて、かなめはつい高く声を
上げてしまった。
「ぁ、あん!あ、あ…」
何で、
何、が。
そう思ったのも一瞬で、すぐに頭の中が真っ白になって彼とのことしか考えられなく
なる。
「いやぁっ、あああ、ん、んっ、ぁあ」
なぜ彼女はこんなにも、耳にするだけで耐え難くなるような声を上げるのだろう。
力をこめないよう注意深くふれていると、彼女の体から甘い香りが立ちのぼって
誘われているようで、それでも動かずにいたら、何故か彼女の方から積極的に動かれて
今までされたことのないことまでされてしまって、それ以上こらえていることが
出来なくなった。
くそ、ともがくようにきゃしゃな体を抱きしめて己を収めている下腹のあたりを
細かく揺するようにさすってやると、びくびくと中でも動いているのが感じられて
彼女が強く背を反らせ、やがてすんなりした手足から力が抜けた。
なおも止まない熱いうねりに搾り取られるように放ってしまうと、ぴくん、と
内ももがつれるように跳ね、あたたかいものが胸に響いて彼女を抱きしめる腕に
力をこめる。
声や反応や行動から察するに、達したと言われる状態になったようではあって、
宗介は安堵すると同時に、次こそは自分より彼女を、と汗ばむ細く白い肩に
常にも増して乱れた硬い髪をこすりつけた。
ソファにうつぶせに体を投げ出して息を切らせていたら、後ろから抱きしめられて
また挿れられてしまう。さっきとはまるで違って、はじめからいきなり声が出て
背中が反った。
「は、ぁあ、…んんっ」
同じように胸の先をさわり、前に回った手が濡れた突起をやわやわとかする。
思いきり激しくして欲しいのにやはり宗介は力をこめず、さっきみたいにされるのかと
思ったら、勝手に締めつけてしまって中がびくびくと痙攣している。
彼を求めて腰や背中がくねって動きはじめて、どうしようもない。
「やっ、ぁ、あ、…ソ…スケっ」
息が切れて、うまく名前も呼べず、彼もそれ以上には動いてこなかった。
「も、やぁあっ」
届ききることもなく奥深くだけを疼かせる刺激に焦れて、ソファの肘掛けを握りしめて
悲鳴を上げたら、内側で彼のものの固さが増した気がした途端、急に何度も今まで
届いたことのない箇所まで突きこまれて、指の間に割り込むように手を握り込まれた。
「ー…っああっ、ぁう、」
もっとずっと続けていたい。
一刻も早く彼女の中に放ってしまいたい。
矛盾した望みが激しく争って、宗介は彼女の体にしがみつく。
甘く誘う香りが強くなり、かたちを変えてやわらかくうねるものにからみ込まれて、
じっとしていることなどもうできない。
先端の敏感な箇所がざらざらとした箇所にすれて奥底の手前の固い弾力のある箇所に
引っかかり外れる度に目の前に火花が散るようだった。
自分一人で自身を弄んでもこんな事は起こらず、ただ優しく受け取ってくれるときも
満たされないわけではないのに、だんだんと贅沢を覚えるように彼女に飢えて
しまってどうしようもない。
自分が望むほどには、彼女がこの行為を望んではいないかもしれないのに、それでも。
耳の後ろに押し当て吸い付くようなキスをされ胸を鷲づかみにされて、ひ、と
細く息を吸い込んだかなめの全身が引きつれた。
背中に彼の胸板が当っているのさえもじんじんと響いて、頭の中も身体の芯も
熱くて溶けそうだ。
「や、やだ、あぁんっ……ふ、ぁ、あ…っ」
焼け付くような温度の声で何度も名前を囁かれ、腕から力が抜けてがくがくとゆれる。
腰を抱えられた姿勢で尻だけを高く突き上げるようにして、彼の先端を挟み込む。
抜き差しされる度に大きく太くなっていく感じがして、もっともっと激しくなればいい、
とその行為にだけに集中してしまう。
うすくやわい肌に指の痕が残りそうなほどつかみ寄せられ、急に内側から熱が広がり
染みこんで、揉み込むようにうねりに揺さぶられた彼女は甘く高いすすり泣きに似た
悲鳴を上げる。
「んっ、ぁ、ああああっ」
いやいやをするように狂おしく頭を振り髪を乱した彼女は、彼の名をかすれ声で
小さく叫ぶ。
ソファの座面を踏み外した白い片足がぎゅっと伸びて、細かくふるえ、やがて
くたりと垂れた。
かなめはぐったりとソファに体を投げ出して横倒しになる。
まだ奥の方が痺れてひくひくとうごめいていて、今これ以上のことをされたら
壊れてしまうような気がするのに、どうなってしまってもいいような気分もある。
ぼんやりとした視界の端でごそごそしている彼は、どうやら後始末をしているらしい。
「あたしにもー…」
このままでいるわけにはいかない、とどうにか思い出して手を伸ばしたら、膝を
広げさせられて、ぽんぽん、と足の間を拭かれてしまった。
「い、いいよ、やめて」
「この方が早いぞ」
さすがにおむつをされている赤ちゃんみたいではずかしくて、彼女は膝を合わせる。
「自分でする、から」
「そうか?」
言いながらも手を止めない彼に後ろの方や足まで拭かれて、濡れたあとに風が当るように
ひんやりした。
「え、や、やだ」
まさか、そんなことになってるなんて。
ソファ拭かないと、と急に理性が戻ってきた彼女は、あわてて起き上がって被害を
広げないよう正座する。
手で座面をさすって確かめても特には汚していないようで、ほっとした。
パジャマのすそも大丈夫のようだ。
「千鳥、…その、」
背中を抱きかかえる大きな手にもたれて湿ったところを拭きながら時計を見ると、
もうすぐ番組の開始時刻で、あまりにも時が早く過ぎていたことに驚く。
「わ、もうこんな時間!?大変…」
急いでソファを降りティッシュを始末して、ソファの下に落ちていたショーツをはいた。
シャワーを浴びるどころか枝豆を茹でている間もないので、ポテトチップを
引っぱり出す。選んでいるヒマなどないので麦茶とコーラの両方とコップを多めに
持ってきて、テレビをつける。
この後すぐ、というCMに、かなめは、ほっと息をついた。
「よかった、間に合ったー…」
菓子の袋を開けてつまみやすいよう広げ、コーラを二人分注ぐ。冷凍庫から氷を
取ってきついでに、おしぼりや食べかけのチョコ菓子や買い置きの揚げせんべいなども
追加した。
てきぱきと簡素な宴の用意を済ませた彼女は、わくわくと握りこぶしで画面を
注視している。
「………千鳥」
彼は先ほどまで顔を埋めていた、未だに甘く香るきゃしゃな肩を抱いてみた。
「何、ソースケ」
振り向いたきらきら輝く焦げ茶の瞳が眩しい。
「…時間に間に合ったようで何よりだ」
「うん!」
その気はないらしいが彼女は現在機嫌がすこぶるいいらしい、と悟った彼は、
それでも往生際悪くむずむずと体を揺らして、彼女の肌に体をすり寄せる。
常からも彼女は美しく健康的な肌の持ち主だが、今し方身を重ねる前に比べると、
明らかにしっとりときめの細かさを増しているようで、宗介は己の忍耐力を試されて
いるような気分になった。
相手チームの選手を狙撃しての不戦勝では意味がないと、以前怒り狂う彼女に
己の無知を叱責されたので、宗介は球団の勝敗に対して特にコメントすることを避ける。
耳に唇でふれてもくすぐったそうだが怒らない。彼女はめずらしいくらいの上機嫌で、
それは本当に嬉しい。
嬉しい、が。
「やった!ストライクバッターアウト!」
ばしばしと背を叩かれ、まるでそれが彼の手柄でもあるかのように細く白い手で
頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
そっと腰の後ろに手をすべらせると、コーラを満たしたコップをあおりながら
彼女は遠慮なく彼の体にもたれてくる。
「ぷはー。ソースケも飲んだら?のど渇いたでしょ」
「…では、遠慮なく」
開放的で親密な彼女の態度は、確かにそれなりに幸せだと言えなくもない。
これが屋外観戦で事に及ぶ前ならば、どれだけありがたいことだろう。
「打ったー!!でかした、走れー!!」
かなめはおっさんのように宗介の首にきゃしゃな片腕を力強くかけて、勢いで
彼の日に焼けて傷だらけの頬にキスをした。
彼が思わず彼女を抱きしめ返したら、すぐに顔だけ画面に向き直られる。
積極的な彼女も全く悪くはないが、…できれば可能な限り自分の方だけを向いていて
欲しいと思う。
それでも画面に夢中で見入る彼女が拒まないのを最大限に活用して、すべらかな髪を
撫で体を密着させ、うなじの匂いを嗅ぎ頬にキスをしようとしたら、抱きかかえられた
ポーズのまま彼の膝にパジャマのすそからのぞくなまめかしく白い足をかけていた
かなめが、無造作に彼の顔をのぞき込んだ。
間近での輝くような笑顔に、心臓がどきりと鳴る。
「ソースケも巨人が勝ってて嬉しいの?」
「…ああ。最後まで勝ち抜いてくれることを期待する。できればさっさと敵を殲滅して
欲しいものだ」
「あんたにしちゃいいこと言うわね。よっしゃ行けー!負けんじゃないわよ!!」
この様子では…機嫌がよければもう一戦承知してくれるかもしれないが、結果が
悪ければ確実に駄目だと言われるに違いない。
それどころか八つ当たりでしばらく禁止、などという羽目にもなりかねないだろう。
彼は、興が乗ったあまりハリセンを取り出し振り回している彼女の長い黒髪を
指先ですいて上気している頬に唇をよせつつ、横目で敵方を呪殺しかねないほど熱心に
画面の中の勝負を見守った。