ソファの背もたれに強く頭を押しつけてかなめは身をよじる。  
 くち、と音を立てて指先にからみつくのは自分の体だ。  
 タンクトップをずり上げ尖る乳首を軽くつまんでこすると腰の奥がうずいて、  
熱くなった肉の壁が細い指先を締め付ける。  
 ちがう、こんなんじゃない。  
 背を抱える胸板の弾力、彼女の中でうごめき抜き差しされる不器用なのか  
器用なのか分らない指先の太さ、こらえきれないものを無理にこらえて、  
かなめ、と囁く声。  
 それでも豊かな乳房を強くつかんで腰を浮かせ、爪先までをほんの数秒  
こわばらせた彼女は一人きりでの醜態を恥じるように眉根をきつく寄せて  
ティッシュをケースから何枚も引っぱり出した。  
 
 下着とショートパンツを引き上げ、いい加減帰って来なきゃメモリから  
番号を消してやろうかとPHSをにらみ付けた矢先、彼からと分るように設定した  
着信音が鳴る。  
「…もしもし」  
「俺だ。もうすぐそちらへ着く」  
 久しぶりの無愛想な声が未だ熱を持ち彼に飢えた体の奥に響いて、彼女は  
一瞬息をひそめ、わざと面倒くさそうに返事してやる。  
「あー、そう。思ったより早かったわね。…で、何時頃よ?」  
 鼻の奥がつんと痛くなったのを覚られないように強く声を出すと、  
鼻白んだのか返ってきたものは沈黙だった。  
「もしもし?ソースケ?」  
「…今帰る」  
 聴き取りにくい低い声がそれだけを叩きつけるように伝えて、ぶちり、  
と切られる。  
「ちょっと?ソースケ!?晩ご飯は!?」  
 叫んでしまってから、かなめはとっさに出た自分の台詞の年齢および  
社会的身分につり合わないあまりの所帯くささにげんなりとうなだれた。  
 
 通信用端末の具合が悪く移動中もいじっていたら思いのほか近くまで帰って来て  
しまっていて、セーフハウスへ帰還してから連絡してもかまわないだろうと  
頭では考えていても、がまんしきれず妙な地点から連絡を入れてしまった。  
 彼女の、発熱でもしているかのような気だるげな声は、これまで何度か聞いたことが  
ある。  
 普段のとおりに話そうとしている音程に何か甘いものが混じっているのに  
気付いたのはごく最近のことだ。  
 まさか。  
 情事の後のほんの少しの間、いつもの彼女に戻るまで、汗に肌を濡らすように  
潤んだ声は自分しか知らない筈だと思っても、彼女とは何の確約もしていない。  
 陸に待たせた女たちが、海という女から離れるつもりのない男どもに愛想を  
つかせて堅実な陸の男と寝ることを選び破局を迎えるという話は飽きるほど  
聞かされており、そんな事は所詮他人事だと、彼女を一人で待たせるように  
なってからも思っていた。  
 
 人気のないビルの屋上で爆音と強風以外は何もない空中から飛び降りた宗介は、  
バックパックから懸垂降下用ザイルと器具一式を取り出し慣れた仕草で手すりに  
結びつけ、最低限の安全確認を一瞬で済ませると手すりを乗り越えてビルの側面を  
固い靴底で蹴りながら、目指す階までほぼ一気に滑り降りる。   
 不審者の影はベランダには無く、開かなければ即座に銃で叩き割ろうと  
思っていた窓はあっけないほど軽く開いた。  
 それは彼女の置かれている状況をかんがみるとむしろ無防備なほどで、  
普段ならばかなめに一言忠告すべきだと思うところなのだろうが、今は  
それどころではない。  
 土足で踏み込んでやるつもりの寝室には人の気配は無く、彼は音を立てないように  
素早くブーツを脱ぐと銃を構えたまま、軽い足音や食器のふれ合う音のする  
ダイニングの方へと移動する。  
 彼にとって聖域に等しいその場にいる者は、自分も見知った彼女のごく親しい友人らや  
彼女の家族を除けば、すでに彼の中では誰であれ排除の対象になっていた。  
 まして、先ほどのかなめのあの声、は。  
 痛いほど噛みしめていた奥歯を一度ゆるめて、つまらないミスをしないよう  
カンを研ぎ澄ませる。  
 だがドアを開けダイニングに滑り出ても、タンクトップとショートパンツの上に  
エプロンをしたかなめのほっそりとした姿以外に人の気配を放つものは他にない。  
 すでに退去済み、ということなのだろうか。  
 ならば、と宗介は銃をホルスターに収め、気配を殺したままかなめの背後に忍び寄った。  
 
 んなぁーにが、今帰る、よ!  
 きつい言い方をしてしまったのは悪かったかもしれない。けれどあんな風にえらそうな、  
怒ったような声を聞いたのは初めてだった。  
 強く吐き出した何度目かのため息のしっぽが細くなりきる前にふるえて、  
かなめは刻みかけの葱を仇のようににらみつける。  
 ばーかばーか、急に帰ってきたってろくなもん無いんだから。  
 …もう、あたしのこと、イヤになってきたのかな。  
 やっぱり、だめだったのかな。  
 このまま、最後の晩餐は葱料理ばっかりだった、なんて思われちゃうのかしら。  
 ボウルに刻み葱をまとめて放り込んで手をすすぎ、冷蔵庫からとりあえず卵と  
豆腐を取り出しシンクに置いた彼女は、突然背後から強く抱きすくめられて悲鳴を  
上げることも出来ず息を飲む。  
「帰ったぞ、千鳥」  
 一瞬固まってしまった自分に怒りを覚えながらも、先ほどまで手にしていた文化包丁の  
ありかを彼女が探る前に聞き慣れた声がかかり、嗅いだことのある汗のにおいがした。  
「ちょ、あんたソースケ!?何で、どこから」   
 宗介は慌てて問う彼女の唇をおおうように食らいつき、両の手首をまとめてつかむと乱暴に  
彼女の衣服に手をかける。  
 ふだん行為に向かう前よりも明らかに軟らかく熱を持ち湿った箇所を布ごしに探り当ててしまってから、  
手も洗っていないことを思い出したが止まれない。  
 
「やめて!いきなり何なのよ!」  
 自分のものではない、けれど覚えのある指と体温が最奥に閉じこめていた熱に直にふれて、  
かなめはその場にへたり込みそうになった足に力を入れ直す。  
 普段の彼との態度のちがいに偽物ではないかと疑ったが、五感がすぐにそれを否定した。  
 彼の姿、彼の声、肌にふれる熱、火薬やガソリンに似た匂いに混じる彼の匂い、先ほど舌先を  
かすめた、この数日求めてやまなかった彼の味。  
 まがうことなく彼は本物だ。  
 だが、されていることの意味や訳がまるでわからない。  
 以前は自分に興味などないのだろうと落ち込む原因になっていた彼の無愛想さは、実は臆病さの  
裏返しでもあって、こういう関係になってからでさえも自分が彼の意を先回りして汲んでやらねば  
すぐには手も握って来ないほどなのに。  
 すでに昂ぶりきった最中よりも高い体温を押しつけてくる彼の声は、機械のものより  
固く冷たかった。  
「先刻、君は何をしていた」  
「は?ご飯作ってたけど」  
「その前だ。俺と通信する前、君は何をしていたのかと聞いている」  
「…なっ」  
 かなめの色白の頬に、かあっと血が上る。  
 自分一人でしたことを、こいつに責められるいわれはない。  
 それ以上に、言えるわけがなかった。  
「そんなことあんたに関係ないでしょう!放して!」  
 まとめてつかんでしまっても細い手首を、折れてもかまわないとばかりに激しく振り回す  
彼女の豊かな胸元が、薄い布地の下で暴れている。  
 彼女のまとう体の線どころか肌まで露わな衣服は、やわらかで無駄のない曲線をおおうには  
あまりにも小さすぎる。  
 細くしまった腰の辺りに誰かが向けたであろう視線と、それに彼女が返した姿を思うと、  
はらわたが焦げつきそうだった。  
「んっ、の!」  
 宗介は彼を蹴りつけようとするすらりとした足の動きを拘束した手首を引くことで崩して、  
どこかで聞いたような陳腐な台詞を吐き出す。  
「答えられないのなら、君の体に問うまでだ」  
 問うてどうするというのだろう。彼女の体は自分のふれる前から潤んでしまっている。    
 それでも彼女の内側から何者かの影を追い出しきってしまわねば、自分は。  
 歯を食いしばったまま引きずり寄せて、任務中に限らず何度も夢に見た甘い香りの  
やわらかいきゃしゃな体を抱え込んだ。  
 
 こんな時でさえ彼女の黒髪は滑らかな光沢を放ち、さらさらと清楚な音を立てている。  
「――っ!」  
 跡を残すために強く吸い上げた首筋の下がすくんでふるえた。  
 人目に付くところに痕跡をとどめると彼女は怒る。だが彼の本心はいつだって  
彼女の内外に自分を刻んでおきたかった。  
 目に付くところに自分以外の残した跡は無い。しかし着衣の下はどうだろうか。  
 釣り上げられたばかりの魚のように抵抗をやめない彼女の動きを封じるには、裂いた着衣で  
縛ってしまうのが最も手っ取り早く有効だと思われたが、それでは彼女の表面しか  
拘束できないだろう。  
 タンクトップの下に手のひらを突っ込んでたくし上げる。  
 前回こっそり残した薄い跡など影も形もない、すべらかに光る白い肌と胸元をおおう  
装飾の少ない淡い色の下着が、これらの行為に似つかわしくないほどしらじらと清潔な光源に  
さらされた。  
 宗介は褥で彼女のするように下着の細かな留め具を外そうとしたが、片手で暴れ続けるかなめの  
拳をかわしつつ彼女の自由をも奪いながら残る片手でそれを行うのは困難に思われたので、  
下着のもつ弾力を利用して押し上げてしまう。  
「ちょっと!いい加減に…っ」  
 強くこすれたせいか、それとも他の理由でなのか。  
 艶やかな色をした乳首の先は、歯をかすらせたり舌で転がしたりするまでもなく既に  
固く尖っており、小さな果実から果汁を吸い取るようにしてやると、抵抗することに集中していた  
彼女の力が急に拡散した。  
「や、やだっ、やめてソースケ…」  
 彼女の縛めのために使う必要のなくなった片手で腰から背中にかけての肌を撫で上げ、  
もう片方の乳首の先をかすらせて、それ以上は何もしてやらずにふっくらとした臀部に  
すべり落とす。  
 指をかけてショートパンツを引き下げ、さらにその下の小さな薄布の隙間から  
指を差し入れると、彼女の最奥に届くそこはすでに充分以上に熱を持ちぬめりを帯びていて、  
たやすく受け入れられてしまう。  
 いつもとは逆に摩擦の少ないことに苛立った彼がすぐに指を二本に増やし内側から  
脹らますようにこすると、振り上げられていたきゃしゃな拳が力なくほどけて彼の胸元に  
すがりついた。  
 からみついてくるその箇所に、瞬く間に固くなっていく自身を奥までねじ込んで彼女の  
内側から全てを占めてしまいたかった。  
 しかしそれでは、足りない。  
「や、ぁん!」  
 くちくちと粘りけのある水音を立てながら、容赦のない手つきで弱いところばかりを  
休む間もなく責められる。  
 ぷくりとふくらんだ芽を探るようにつままれ、同時にせばまりひくつく内壁を腹側に  
押し上げられたかなめの下着はその意味を無くすほど濡れそぼった。  
 自分の指では決して届かない箇所を強く探られて、記憶を元にした想像の感触の希薄さを  
思い知らされた彼女はがくがくと腰を揺らせる。  
「い、いや、いやぁっ、」  
 長い黒髪が乱れて、汗ばむ肩にまとわりつく。  
 宗介の胸に顔をうずめ髪の陰に逃げ込むように顔を伏せたかなめは、快楽にゆるむ唇を  
埃に汚れた目の荒い布地にすりつけた。  
 それは彼にでさえも待ちわびていた恋人にする仕草にしか見えず、宗介は荒くなっていく  
呼吸を奥歯で噛み殺す。  
 彼女は普段の気の強さとはうらはらに、よほど興が乗らないと最中の顔を自分からは  
進んで見せ付けたりはしない。  
 惜しいと思っているものの、彼女の不興をかった後のことを思ってあまり無体を  
強いないようにしていた彼は、あまりに露わで早すぎる反応への報復のように彼女を  
胸元から引きはがして、無理矢理その小さなあごとやわらかい頬を捕らえ、  
台所の煌々とした灯りの方へ向けてやる。  
 これきりの逢瀬になるかもしれないという焦りに胸を灼かれているのを常のようには  
抑えきれず、細い首筋が抵抗を示してくっきりと浮かぶのにも手をゆるめることなく  
悩ましげに眉をひそめた彼女の濃く長い睫毛がうっすらと濡れているのを余さず眺めた。  
 
「――…っ、――っあ、あん!」   
 きり、と唇を噛みしめ耐えようとしていた彼女の奥に、ずぷりと指を根本まで突きこみ  
届くところまでせり出してきたやわらかな凹凸に指先を沈め、何度もくり返す。  
 ゆるんでは引き締めようとして失敗をくりかえすぬれぬれと赤い唇から、甘く熱い息を  
切れ切れに吐いてかなめは引き絞るように背を弓なりに反らせたが、目は固く閉じられて  
彼を見ようともしない。  
 焦れた宗介は半開きの唇を深くふさいで彼女の舌先をさぐり、絡めようとした。  
 一瞬応えかけられたものの天敵に遭遇した小動物のごとくかわされて、  
頭に血の上りきった彼は手荒いやりようでかなめの中から指を抜き出し、支えがなければ  
まともに立っていられもしない彼女の背を冷たい床に押し当てる。  
 ぐしゃぐしゃになった下着と彼女の滴らせたものの染みの広がったショートパンツを  
足首から引き抜き、ひくひくとふるえる潤んだ裂け目に先走りのにじむむき出しの自身を  
押し当てた。   
 そのまま一気に挿入してしまいたいのをこらえて、彼女がそれに気付くのを待つ。  
 敏感になった箇所で感じるものがそれまでの彼との行為の中に無かったことと、  
何か磁力のように内側に飲んでしまいたい渇きに奥底がひくついて、かなめはあわてて  
力の入れ方を忘れかけた腕をつきわずかに後じさった。  
 だが液の伝った跡のぬれぬれと光る白い腿の間に割り込んでいる彼は、猛禽の爪のように  
手を広げて、両の膝上を押さえつけている。  
「ソースケあんた、…ゴム、は」   
「答えなければこのまま続ける。何をしていた?答えろ」  
 誰かの前で、こんなありさまになりながら、君は。  
 一切の感情を声と顔に出さずにいるのに、彼女に迫る姿は滑稽なほど必死だった。  
 かなめは唇を噛みしめて、彼からも自分の身体からも目をそらしている。  
 尚も詰問を続けようと「千鳥」と強く言いかけた彼の声をさえぎって、かなめがキレた。  
 目元を淡い色に染めた焦げ茶の瞳が、真っ向から宗介の青灰がかった瞳をにらみつける。  
「あんたが何を怒ってんのか知らないけど!…あたしがこのせいでビョーキとか妊娠とかしても  
責任取る気はあるの?」  
「無論だ」   
 だからこその怒りだとの自覚はないものの、彼女の反論を力任せにねじ伏せるべく  
きっぱり答えた彼が、返答を、と怒鳴り返す前に彼の隙を突いて起き上がったかなめは  
彼の上に膝立ちの馬乗りになり、文字通りいきり立つ彼自身をつかんで自らをあてがい  
思いきり奥深くへ飲み込んだ。  
 締め付ける入り口とは裏腹に、やわく脹らむ奥が突然粘るように彼を包み込み  
まとわりついて、一瞬気が遠くなる。  
「ち、ちどり!?何を」   
「責任、取るんでしょ」  
 少しかすれた低い声で答えた彼女も、こすれ合った途端に強く波打ちさざめく感覚に  
流されかけて、肩で息をつき簡単に溺れてしまわないように足の付け根に力を入れる。  
それさえも刺激になって身体の芯から痺れてとろけてしまいそうで、歯を噛みしめ、  
際限なく上げてしまいたい声をのど元でこらえた。   
 合わせ目からわずかな動きに波が寄せるように、粘りけの薄い潮のような液体が  
たらたらと流れ出る。  
 充分に丁寧な準備を終えなければそうはならない彼女の体を想った宗介は、  
意地でもこちらからは動くまいと、すがめた目で彼女を見上げた。  
 
「こういう、こと、してたのよ」  
 彼女の告白に、どこまでのことを、と臓腑が煮えて焼き切れそうだ。   
「………一体、誰とだ」  
「あんたよ、ソースケ」  
 宗介は意外な答えに息を飲んだ。  
「それは…どういう…」  
「わかんないの?」  
 きゅ、と太ももで腰をはさまれ、蕩けるように熱くなった肉の壁が彼を  
優しく締め付けて、耐えきれなくなった宗介はうめきを上げた。  
「ん、っぁ、あんたが、…いつまでも帰ってこないから、っ」  
 こうやって自分、で。  
 心のどこかを引き裂くような彼女の声に、我に返った宗介は焦って身を起こし、  
きゃしゃな肩に伸ばした手をかけたが、彼女を抱き寄せる前に引きはがされた。  
「千鳥…」  
 先ほど同じように彼女を胸元から遠ざけた記憶など既にどこかへ飛ばしてしまって、  
力の入らない声で彼は彼女に呼びかける。   
 彼を含んだ入り口を根本にこすりつけ更に深く体を沈めたかなめは、  
厚く大きな手のひらを広げさせて押しつぶすほど強く胸に押しつけ、乳房をつかませた。  
「こんな、ふうに、ふ、ぁ、あんたにされるときみたいにっ」  
 尖る先を彼の手にこすらせたかなめはびくびくと内股を引きつらせ、日に焼けた手の甲から  
ずるりと白く小さな手を放して拳をにぎり、彼の薄汚れた野戦服の胸を力なく叩いて  
うつむいた。   
「誰の、せいだと、思ってんの」  
 肌の匂いだけでも指先の記憶だけでも、簡単に快楽を得られてしまうようになったのは。  
 もう他の誰とでも、この体はこんなあさましいことにはならないだろうに。   
「…あんたなんか、嫌い。大っ嫌いよ、ソースケ」   
「………千鳥」  
「名前、呼びなさい。いつも、してるとき、みたいに」  
「…かなめ」  
 かなめ。  
 やわらかなかすれ声で耳元に囁かれた彼女はか細い声を上げ、力をこめて抱きしめる腕の中、  
びくりと背を反らす。  
 途端にうねるように締め付けがきつくなって、彼は我慢できずに奥深くまで突き入れた。  
「ひあ…あ、あうっ」  
「……ぅ、くっ」  
 直にふれ合うのは初めてで、常とは比べものにならない深さで届く刺激に、  
彼はあっという間に放ってしまう。  
 背をこわばらせて奥深くで彼を受け止め彼の上に崩れ落ち、それでも彼に  
体をこすりつけるように身をよじり、互いがふれ合っているだけで泣き声とも  
嬌声ともつかない甘い喘ぎを止められない彼女の姿に、再び腰の奥から  
痛いほどにせり上がるものを感じた彼は、ますます酔って溺れ混む。  
 これほど乱れていても顔だけは彼に向けず、あごをとらえて唇を重ねても  
すぐに振り切るようにそらされて、追いかけてようやく絡めた指先を  
傷めてもかまうものかとばかりにほどかれてしまう。  
「あたしの、知らないところで死んだら、許さない」  
 許してやらないから。  
 ばーか。  
 うわごとのようにくり返し、つながった箇所以外では彼を受け入れるつもりは無いと  
あからさまに示されて、それでも宗介は彼を弱々しく振りほどくかなめの細い背中を  
何度も抱きしめた。  
 
 
「すまなかった、俺はてっきり」   
「聞きたくない」  
「君が…俺以外の誰かと」  
「あーそう。つまりあんたはあたしのことそういう人間だと思ってるってわけよね。  
よーくわかったわ」  
 あぐらをかいた宗介の膝の上で、ひどく乱れた姿をした半裸のかなめは  
体操座りをしている。  
 彼の精を直に受け続けて気を失いかけるほど何度も達した彼女は深い淵から  
浮かび上がるように彼の腕の中で目を開くと、すぐに彼から離れ背を向けて  
うずくまったが、宗介が強引に膝の上に乗せて抱え込んだので、事実はともかく  
拗ねる子供とそれをなだめる年長者のような体勢になってしまっていた。  
「ち、違、…俺が…不甲斐ないせいで、君が…」  
「ほんっとそうよね。見損なった」    
「…その、体の具合、は」  
「今さらうるさい。どうせあたしなんか病気になったっていいと思ってるくせに。  
変な感染症にかかっておなかから腐って死んじゃってもかまわないんでしょ」  
「そんなことはない。断じて無い」  
「じゃあさっきのは何なのよ。あんたがどこで何さわって来たのかなんて、  
あたし知らないんだけど」  
「め、面目ない」  
「だから何?口だけじゃ何とでも言えるわよね」  
「ち、千鳥」  
「……………」  
「か、かな、め」  
「何よ」  
「その、……きれいだ」  
「へー、そう。で、いつの話なのそれ」  
「あ、ありがとう」  
「うざい」  
「いつもすまない」  
「聞き飽きた」  
「愛してる」  
「嘘くさい。ってかアンタの愛ってああいうのなの。ふーん」  
 そういうことに関しては異様に少ない語彙と過去の記憶を振り絞るも、  
ことごとくはねつけられてしまう。  
 当然だ。自分はそれだけのことをしてしまったのだから。  
「頼む、許してくれないか。本当にすまなかった」  
「一生許さない。次に同じ事やったら子供がいたって別れるわ」  
「…それは嫌だ」  
 膝を抱えて顔を伏せている彼女を、宗介は全身でおおうように抱きしめた。  
 中に放たれたものと自らの体内を潤していたものが白く糸を引くように  
流れ出ていて、腰を下ろした、というか  
下ろさせられた彼の衣類に染みるのもまるで無視している。  
 動けるようになればすぐに風呂場へ向かう清潔好きな彼女が、こんな事を  
してしまっているのが自分に対する罰に思えて胸が掻きむしられるように痛いのに、  
どうしてだか冷え切っていたどこかの何かが温まったような気がしてならない。  
「何なのそれ。あんたが言える立場!?」  
 それでもそれだけは嫌だ、と宗介は彼女の肩口でかぶりを振った。  
 
「他に言うこと無いの?」  
「すまない」  
「謝ったってすむことじゃないでしょう」  
「俺が悪かった」  
「…ごめんなさいは?」  
「ごめんなさい」  
「ノートに一万回書かせるわよ?」  
「了解した。それで君の気が済むのなら、」  
「そんなんで済むわけないでしょうが!」  
 顔も見せずにぴしゃりと言い返されて、宗介は弱り切る。  
「本当に俺が悪かった。だが、頼む。手当くらいは受けてくれ」    
 せめて患部の洗浄は俺がする、と横抱きに抱き上げても、かなめはうっとおしいとばかりに  
彼の胸に腕をつっぱり顔をそらしている。  
「シャワー、貸して」  
 そっとバスタブのふちに下ろされ腰かけたかなめは、うつむいたまま手を出した。  
まだうまく動けないらしい。  
 白く濁ったものが、こぷり、と泡のはじけるような音を立てて溢れ、真白い内股をつたって  
流れ落ちているのが見えて、彼は顔をしかめた。  
 あの中には己と彼女のものしかない。  
それを扇情的ですらある眺めだと感じてしまって、その事実に自分の愚かさ加減を  
思い知る。  
 湯温を確かめている細い肩が揺れているようで、抱きしめるために手を伸ばしかけて、  
自分にその資格があるのかと手を下ろし、関節の白く浮き出るほど拳を固く握りしめた。  
「…すまなかった」  
「責任取るんじゃないの?」  
 他人事のような口調で言い返したかなめは湯で体を流しながら  
「見ないで欲しいんだけど」と突き放すように言い、無遠慮なほどまっすぐに  
見つめてくる宗介の視線をそらさせる。   
「当然だ。しかしこれが原因で君が病を得たり、……死ぬようなことでもあれば、  
俺は悔やみきれん」  
「じゃあもしさっきあたしが本気で浮気してたら、あんた心中でもする気だったってわけ?」  
 う、と固まる彼の前で、かなめは肩をわざとらしくすくめてため息をついた。  
「やっぱりバカよねあんたは。そのバカさっさと直しなさい」  
「そうすれば、別れずにいてくれるのか」  
「あーでもバカは死んでも治らないって言うし。それに病気にならなくたって  
妊娠や出産で死ぬ場合もあるわよ?あたしまだ妊娠するには若すぎる年だしね。  
…洗面所からタオル持ってきて」  
 かなめはしれっと言い放つが、洗面所までダッシュで往復して彼女にタオルを  
手渡した宗介は極限まで青ざめて、すぐには声も出ない。  
「い、今すぐ病院へ行こう。君の服はどこだ」  
 着替えは、と女物の服装のことなどまるでわかっていない唐変木は、  
唯一わかる彼女の公用の着衣である学校の制服を取ってきてしまって  
「そんな格好で行けるか!」とハリセンで殴られた。  
 
「はー、病院ねえ。で、待合いにいる間にあんたにまた仕事入ったりして。  
そしたらもちろんあたしを置いて出かけるのよね?あんた忙しいもんね。  
それであたしは一人でお医者さんにデートレイプの被害者ですか、とか  
聞かれちゃって、体の中にこーんな金属の耳かきみたいの入れられて証拠採取されたり、  
妙な道具で体の中洗われたり、弁護士事務所紹介されたりモーニングアフターピル処方されたり  
するってわけね?でもあれ、副作用がすごくきついって聞いたんだけど。  
で、そのせいで体の調子おかしくしてしばらく寝たきりでもあたし一人暮らしだし、  
何でそうなったのなんかなんて家族にもキョーコにも言えなくて、  
何かの拍子にうっかり突然死とかしちゃって、そうしたらあんたが帰ってくるまでに  
ここで腐乱死体になってるかもよねー」  
「そ、そんなはずはない。君には俺以外にも護衛がついている」  
「撃たれたりケガしたりならともかく、寝てる間の心臓麻痺や何かの発作だったら  
間に合わなくない?  
あたし一応今は健康だけど、それも薬やショックのせいで、なんて場合だと分らないし」  
 無駄な方向に想像力が豊かな彼は、もはや土気色の顔で息も絶え絶えになっていたが、  
宗介が彼女の指示で床に広げたバスタオルに座り込み、脱衣所に置いてあった下着をつけ、  
たたむ前の洗濯物の中から適当な着替えを取ったかなめは、ふんだ、と  
そっぽを向いた。  
 日頃は彼の方が無茶苦茶な妄想で自分の行動を諫めようとするのだから、  
このぐらいは言ってやらないと腹の虫が治まらない。  
 女性の体には自浄作用があるけれども、さすがに不安が無いわけでもないことだし。  
 性的接触で伝染する性病はともかく、この男のことだ、妙な感染症くらいは  
拾って来ていそうな気がする。  
あとで医療費その他は請求してやろう。  
 他は…責任は取る、と言っていることだし。  
 そこだけはやたらきっぱりと宣言した口調を思い出して、看護兵いや医療班を、  
などと言いながら慌てふためく彼をちらりと横目で見やったかなめは、  
まだ少し口を尖らせたまま尋ねた。   
「ねえ、ほんとにあたしのことがそんなに大事?」  
「勿論だ、だから死なないでくれ千鳥!」  
「大事なら、どうしたらいいと思う?」  
 あたしはもう言ったわよ、と静かに問われた彼は叱られた犬のようにうなだれて  
長い間悩んでいたが、ようやく思い至ったのか、ぽりぽりと頬をかいてぼそりと呟いた。  
 
 知らないところで死んだら許さない、ということは。  
 必ず、君のもとへ。  
「…ただいま」  
「………うん」  
 立ち上がりかけたところをふらついてしまって横抱きの姿勢で抱え上げられた  
かなめは、持っていたタオルでごしごしと顔をこすった。  
 まだ顔は見せたくない。きっと目が腫れてしまっている。  
 どんな理由でも彼に泣かされるなんて、ちっとも嬉しくないんだから。  
「おかえり。次はちゃんと玄関から帰ってきなさい」  
 そっと下ろされたベッドに横たわり、手をのばす。  
 ぼさぼさの頭を軽く撫でてやると、宗介はその手を握って口元に持って行き  
唇でふれ、額に当てて長いため息をつく。やわらかくてあたたかい彼女の手は、  
もう彼を振りほどいたりしなかった。  
 ガラスを割ったり土足で上がり込んだりしなくて本当に良かった、と思う。  
そんなことをしたら、軽くても今後一切この家には出入り禁止だったろう。  
 よもや彼女が自分の不在にそんな事をしているとは思いもよらなかったとはいえ、  
我ながらひどい暴走をしてしまった。  
 反省しているにもかかわらず、腹が鳴ってしまってますますいたたまれない。  
「あんたのせいであたししばらく起きられないから。おなか減ってるなら  
自分でカップ麺でも作って」  
と言い放ってだるそうに彼に背を向けたかなめは、ふう、と息を吐き、  
握られたままでひらひらと器用に手をふった。  
「あ、葱は台所にいっぱい刻んであるからそれ入れて食べなさい。  
生野菜ぜんぜんないよりましだから」  
 自業自得の彼は、…わかった、と肩を落とし、胃袋よりももっと飢えているのは  
彼女への気持の方だった、とようやく自覚する。  
 あんなことをしなければ、今頃はあたたかい彼女の手料理にありつけたに違いないのに。  
 うなだれている気配に、ばーか、と口のかたちだけで言った彼女は「頭なでて」と  
聞こえにくい声で呟いた。  
 耳ざとい宗介は、そろりと手を伸ばして彼女にふれる。  
「…かなめ」  
「何よ」  
「君を愛してる。信じてくれ、本当だ」  
 少しの沈黙の後、今日は側にいて、とかすれた小さな声が囁いた。  
「ああ」  
「仕事でも行かないで」  
「約束する」  
「絶対?」  
「絶対だ」  
 言い切る彼が専門家として求められる位置で働かなければ、きっとたくさんの人が死ぬのだろう。  
 そうなれば彼は、いつかこの選択を後悔するかもしれない。  
「…やっぱり、いい。やめとく」  
 あたたかく包み込まれていた手を引っ込めたら慌てたように大きな手が追ってきて、  
ぎゅっと握られた。  
「………か、…かなめ」   
「違うって、しょうがないもの。でも今日みたいな無理矢理なのはもういやだからね」  
「わかった。二度としない」  
「じゃ、ちゃんとキスして」   
 言っておいて枕に顔を埋める。  
「その、俺は非常にそうしたいのだが、このままでは…頼む、こちらを向いてくれないか」   
 聞こえないふりをしていると、珍しいほどはっきりと困っている声がした。  
「どうしたら許してくれるのだ?」  
「知らない。そのくらい自分で考えなさいよ。っていうかお布団が汚れるから  
さっさとお風呂入って着替えてきて」  
 ベッドに無理矢理入り込んで彼女を抱きしめている彼を爪先でつついて、  
かなめは今日が安全日で一応助かったかも、とため息をついた。  
 

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