深夜2時、かなめは自作した暗号化機能付き無線で所定のチャンネルを選択する。
約束ではこの時間、彼もあの三日月形の島で自分と同じ様にしているはず。
「…もしもし、ソースケ?」
問いかけて数秒待つ。心臓がさっきから早鐘のように鳴っている。
かなめの耳元に、クリアな音質が届けられた。
「肯定。相良宗介軍曹だ」
「…ふふ。こちらは千鳥かなめ。ソースケ」
「なんだ?」
「あのね、…」
お酒も飲んでいないし頭も至極はっきりしている。
真夜中だからだろうか。かなめはいつになく自分の気持ちに素直だった。
「声、きけてうれしいよ」
「!そ、そうか。その、そうだな…こちらも同じ気持ちだ」
ヘッドセットの向うで彼が鼻の頭をぽりぽりかいているのが目に見えるようだった。
かなめは椅子の上に膝をかかえて座り、彼がメリダ島へ行っている間に起こった
身近な出来事を二、三話した。
「ね、何時位までこうしてられるの?」
「あと一時間といった所だ。その後は待機指示だが、勤務時間になるのでな」
「そっか…ふうん…」
一時間。案外短い。
「あの、じゃあ、そろそろ…」
「む、そうだな…、…」
お互い切り出しにくい。けど、わざわざこんな面倒くさい手段を使ってまで通信
しているのには他ならぬ理由があった。
携帯電話では簡単に会話が漏れる可能性があって、出来なかったこと。
「じゃ、パンツ脱ぐね」
「…まだだったのか…」
囁くような音量で、でも間違いなく動揺と衝撃の含まれた声色で彼が言う。
「あれ、ソースケもしかしてとっくに」
「い、いや。気にしないでくれ。…」
語尾にいちいち含みを持たせている辺りに宗介のいじけた犬の様な素振りが
思い浮かべられて、かなめは吐息だけで笑った。
「はい、脱ぎましたよ軍曹殿」
「そうか。では、その、うん…」
「ソースケは?」
「ん?」
「脱いだ?」
「あ、ああ…」
実はとっくに全裸待機状態だったのだが、言うのがはばかられた。
「…もうおっきくなってるの?」
「こ、肯定だ」
「そう。いやらしいね」
ごく優しい口調で咎められて、宗介は我慢ならず自分のものに手を伸ばす。
「あ、相手が君だからだ」
「その言い方って、まるで他の人ともこういう事するみたいだよ?」
「しない!君だけだ…」
言いながら、情けなくなる。なぜ彼女に対しては、こうも狼狽してばかりなのか。
「君の方こそ、その、どうだ」
「なにが?」
「さわっ…て、いるか?」
「…ウン」
かなめはくすくす笑う。きっと彼は向うで真っ赤だ。
笑われた方の宗介はたまらない。やっぱり自分は何かおかしな事をしているのだろうか。
さっきから彼女が何度も失笑のようなものを漏らしている気がする。
それでも右手は休まず動き、耳元で彼女が何か言う度、焦燥感がつのる。
「ソースケ、きもちいい?」
「ああ…」
「あのね、…あたしも、同じ」
「そうか」
「ね、何か喋って」
かなめは自分の胸をきゅっと触ってみて、それから彼の手を思い出して、先端をきゅっと
つまむ。
「んっ…」
「ちどり?」
「声きかせて」
「…君の事を考えて」
宗介は千鳥の手、指先、柔らかさやひんやりした感触を思い出して、瞑目して懸命にしごく。
「こういう事をするようになって随分経つが…」
「うん」
「想像では、その、激しい事をしているのだ」
「ふーん?え、なに?」
「もっと激しい事を、だ。ん…千鳥、うう、くっ…」
「えっ…ソースケ、お、おわっちゃった?」
「はあ…こ、肯定だ。君は素晴らしい…」
満足げな宗介の声にかなめは困ったような声をたてて笑いたいような気持ちになるけど、我慢する。
多分今笑ったら彼は凄く気にする。
「あ、そ。ありがと。ね…どんな事考えていったのか教えて」
「む」
「激しい事ってなに?どんなの?」
「それは…その、君に知る資格は」
「あたしのことよ?教えてよ」
「その、むう…」
「もしかしてあたし以外の人の事考えてたとか?」
「それは、ない!!」
思わず大きな声で答えてしまい、慌てて声を潜める。
「その、誓っていい。君だけだ。こういった、その、こういう状況に俺を追い込む事が出来るのは。
それは自負してもらっていい」
「あ、そう。で?あたしになにしたの」
引き下がらないかなめに折れて、宗介は嘆息した。
「後ろから、抱きしめたのだ」
「それだけ?」
「…食事を作っている時にだ」
「ふーん」
別に変じゃないじゃない、とかなめは思う。
そりゃそんな事された事ないし、晩御飯作ってる時に後ろから抱き着いて、なんてやらしいなあとは
思うけれど。
「もっとヘンな事かと思った」
「も、もっとだと…!?」
驚愕に目を見開いている宗介を放って置いて、かなめは自分のほうを再開する。
下着の横合いから直に触って、もう一度、彼の指を思い出す。凄く優しく触る。
「ソースケ、指なめてみて」
「?」
「音たてて。ね」
大事な所なのでヘッドセットは音質にこだわった。吐息も拾うので、まるで耳元でささやかれたように
声を聞く事が出来る。
宗介は戸惑いながら、言われたとおり舐めてみる。すぐに少し後悔した。右手はさっき自分のものを
しごいたばかりだった。
控えめに聞こえてきた、くちゅ、ぴちゃ…という音に集中して、かなめは指を2本にして自分の中を探る。
空いた手で自分の胸をいじっていたのをやめて、宗介と同じ様に舐めてみる。
彼の耳元にも同じ様に音が聞こえて、ときおりくぐもった声が混じりはじめた。
「そ、スケ…ん、ああん…」
きゅっと股を閉じて震えて、かなめはようやく達した。頭の中では、台所で後ろから抱きしめられていた。
「千鳥、っ、は…くう…」
手を変えそびれて左手でもたもたとしごいていた宗介も、彼女の声で簡単にいってしまう。
「きもちよかった…」
「そうか、それは、俺もだ…千鳥、すまない。そろそろ時間だ」
「あ、うん…ね、ソースケ」
「なんだ?」
「…何でもない。おやすみ」
「ああ、腹を出して寝たりしないように。ちゃんと布団を被るのだぞ」
「あたしそんなに寝相悪くないよ〜。…頑張ってね。待ってる」
「なるべく早く帰る。努力しよう」
「うん」
「それでは」
お互い無線機のスイッチを切ろうとして、でも、なかなか切れない。
向うが切ったら、と思っているのはお互い様で、こういう時リードしてやれるのは私。
「じゃ、ね」
何か言いかけた宗介を遮って、かなめはヘッドセットをはずした。
あいつが帰ってくるのは明後日の明け方の予定。
明日はお休みだし、エプロンでも買いに行こうかな、と思っている。